年始からプーシキンの『エヴゲーニイ・オネーギン』について私のうんちくを書いてしまったこともあり、久しぶりにロシア文学関係の論文集を読んだ。プーシキン没後 150 年を記念して 1987 年に出た論集『プーシキン再読』である。
外国文学をやったひとはたいていそうだと思うが、研究のために読むのはもっぱら本国研究者の書いたものだ。日本人研究者の仕事は学会での発表で触れるくらいではないかと思う。私も学生のころはそんな一人だった。ロシア文学研究で日本人が書いた文章を読むようになったのは、実は就職してからである... 私には学会に入るほどの熱意はないけれど、現在も大学時代のよしみでスラヴ学研究論文集を送っていただくことがあり、来たものは必ず目を通すようにしている。もちろん、学究心に燃えてというよりは純粋に読み物として楽しむわけである。あのひとはいまこんな研究をしているんだとか、最近はアカデミズムが定着したもんだなあとか、まあそんなくだらないことを考えながら。
『プーシキン再読』を読んで興味深かったのは、やはり木村彰一先生の論文である。編者である法橋先生の論考も気合いが入っていてよかった。どちらも『エヴゲーニイ・オネーギン』の作品論であった。
木村先生の論文『《Evgenij Onegin》, I, I, 1-5 の解釈について』は、目の付けどころ、論法、そして結論とその意義づけに感銘を受けてしまった。1968 年に書かれた論文を今頃読んで感じ入っている自分を笑ってしまった。語り尽くされたかに見える『オネーギン』研究にあって、日本の研究者にありがちな批評風ディレッタンティズムが微塵もない、学術研究に徹した素晴らしい作品論なのだ。ナボコフの誤りを訂正している点で高い価値があると思う。
木村論文は、かのウラジーミル・ナボコフ『エヴゲーニイ・オネーギン注釈書』の第一章書き出しの解釈について、著者ナボコフの論を弁駁し、作品の本質に関わる重要な解を提示した。この注釈書は作家ナボコフがそのロシア文学研究者としての知見のすべてを投じて世に問うたものであり、数ある注釈書のなかでももっとも権威ある文献の一つになっている。先生は、叔父の財産相続人となって領地へ向かう際のあの皮肉に満ちたモノローグのなかに、ナボコフが主人公の叔父への「嘲り」を読み取っているのに反論する。オネーギンが叔父に対し嘲りではなく文字通り尊敬すべき「律儀」を見ていること、皮肉な調子は自己に対するものであることを明快に論じている。さらにこうした心情表現が先立つロシア文学には前例がない、近代的自嘲表現の先駆けであるという指摘。主人公の性格における "честный"(律儀、実直な)という語のもつ重要性の論証などなど、今日の今日をもって私には新鮮この上ない。
とくに風刺的色調ではじまる物語の書き出しから、主人公の性格に「するどい道徳的感受性をそなえた近代的な知識人」(p.59)を認める解釈は、ちょっとビンタをくらった感じだった。私はロートマンの『プーシキンの韻文小説≪エヴゲーニイ・オネーギン≫』の矛盾の原理に関する論考に打ちのめされて以来、書出しの部分には『放浪者メルモス』のパロディーしか読み取らないようになってしまっていたのだった。
木村先生はこの論文の主旨をナボコフに知らせたのだろうか。1968 年ではナボコフはまだ存命だったわけだ。本来なら木村先生の指摘で、改訂版が出てもよいと思うのだが。
木村先生は日本を代表するスラヴ文献学者であるだけでなく、『外国語上達法』(千野榮一著、岩波新書)では「語学の神様S教授」と称賛されるくらい、英・独・仏・希・羅語にかけても一流の学者・ポリグロットだった。博友社ロシア語辞典、白水社ポーランド語辞典や、教会スラヴ語の教科書も残している。あの木村・相良独和辞書の木村謹二博士のご子息である。
私は木村先生の講義を受けた最後の学生の一人である。1985 年夏、札幌での『エヴゲーニイ・オネーギン』の集中講義。このじいさん、本当に『オネーギン』がすきなんだなあ。講義そのものの内容はすっかり忘れてしまった。講義のあと酒をごいっしょした。しきりにプーシキンのこと、大ロシアのこと、日本の小説のことを語っていた姿。「日本人が向こう(ソ連)へいくとロシアは息苦しくて、ウクライナびいき、ポーランドびいきになるんだな、福岡君、灰谷君、みんなそうだ。でも僕は大ロシア主義だね、大国特有のいやみもあるけどそれに見合った大きさをやっぱり買うね」。またどういういきさつから出たのか、「太宰治もすきなんだよねえ」というような言葉が妙に私の印象に残っている。
大学院のロシア作詩法の演習で、福岡星児先生(木村先生の一番弟子だった)と私の二人だけで、チモフェーエフやギンズブルクを読んだ日々とともに、これは、いまは一介のシステムエンジニアでしかない私の、唯一自慢できる経験であり、学生時代のもっともよい思い出である。
もうお二人とも亡くなってしまった。

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