四月中旬、もう十日ほど前になるけれど、妻の父母が遊びにきた。子供たちと上野の美術館に行ったりして楽しんだようである。精神科医である義兄夫妻のお招きに与り、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に、私たち一家も中華料理のコースをごちそうになったりした。
義父は長らく学校の校長を勤めたが、定年後は地元の公民館の館長などの様々な職を引き受けながら、エッセイを書いたり、地域の歴史を調べたり、文筆活動にさかんである。書斎は地方史の文献やら、文学書やらで埋め尽くされている。新聞社の賞をもらったり、かなりいい線を行っている。
昨年の秋、地元の小・中学生向けに『御境塚ものがたり』という小冊子を出版した。むかし伊達藩と南部藩はいたく仲が悪く、境塚という藩の境界を設営していがみあったそうである。この本は、境塚にまつわるお話をやさしく語ったものである。史料や図版の収集についての苦労話を聞いた。北上の学校で生徒に配られたという。私も一冊分けてもらった。
老いて地方史に熱中する方は珍しくないかもしれない。わがルーツの営み・事跡への探求心は歴史研究を支えるもっとも純粋な知的情熱だと思う。インターネットでこの本について検索してみると、岩手日報が報じた記事をみつけた。http://www.iwate-np.co.jp/news/y2005/m11/d17/NippoNews_12.html
義父にはあとふたつテーマがあり、ひとつは宮澤賢治、いまひとつは鬼剣舞の舞踊家だという。これから調べて、本を出すのだと楽しげであった。妻に言わせれば、先生をしていたころよりずっと精力的にみえるんだそうである。老人には「一日が一年よりも長く、一年が一日よりも短い」風の退屈で疎ましい日々という生活イメージがあるが、義父にはそれは当たらないようである。東京に来ても、まずは大型書店や神保町の古書街にせっせと足を運んで書物を漁っている。
私が二月に余暇を利用してプーシキンの論文を書いたと知ると、非常に喜んでくれ、もっとコンスタントに研究をするよう激励してくれた。あいにく私はトラブル対応の仕事にどっぷり嵌り込んでしまってろくに相手もできず、論文を印刷して「謹呈」する間もなく、私の出勤中に父母は東北に帰って行った。

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