潮干狩り

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今日五月三日は潮干狩りにいった。娘があまりにうるさくせがむので、干潮時刻を見計らって八景島に出かけていったのである。上の息子は中学三年になって、クラブのない休日は親と行楽にゆくよりもレンタルレコードを借りてきて音楽を聴いていた方がよいらしく、別行動。好きなようにさせておく。

昨日とはうってかわって快晴で冷たい風が心地よかった。コバルト色の海が妙に懐かしく感じられた。鳶が飛んでいた。松の木の下に陣取った。娘はすぐに貝を漁りに飛び出していった。私と妻はまずは腹ごしらえということで焼きそばを買い食いした。

妻と娘が浅蜊をとるのに夢中になっているあいだ、私は冷たい風に少し震え、iPod で音楽を聴き、煙草を吸い、推理小説を読んだ。ショスタコーヴィチの五番、ブルックナーの七番、マーラーの五番を大音響で聴いて気持ちよかった。マーラーのアダージェットを聴きながら、ヴィスコンティの映画『ヴェニスに死す』の海と美しい少年を思い出した。でも私の目の前では、八景島の遊園地と、足の踏み場もないほどの雑色のひとだかりとによって海は遮られ、ヴェニスの青と白のあの夢のような退廃に浸る雰囲気ではなかった。「お父さんも浅蜊とりなよー」としきりに娘が誘ったが、腹の出たこのおやじは、あのダーク・ボガード演ずる芸術家のように「気分こ」出してじっと座っているばかりであった。

潮風に吹かれて読んだのは『アウェイ・ゲーム』。ロシアのミステリ作家アレクサンドラ・マリーニナのシリーズもの、分析官アナスターシヤ・シリーズの二番目の作品である。私にとって彼女の作品は三作目。最近のロシアの小説の傾向は私の知るところではないが、この作品は、現代的なカルトな犯罪の謎を頭脳明晰な女捜査官がこ気味よく解き明かしていくエンターテイメントであって、それゆえに伝統的なロシア文学のイメージから遠いのは間違いない。

しかし、女が肉体的、精神的とを問わず男と同じ条件で仕事を成し遂げてゆく姿の描写は、ひとり作者のジェンダー的作風のみによるのではなく、ロシアの地なのだと感じる。主人公アナスターシヤはファッションや料理や男性には全く興味を示さない女性である。コーヒーをがぶ飲みし、ヘビースモーカーであり、見た目にもぱっとしないが、知的謎解きに無上の喜びを覚えるインテリである。タチヤーナとも、ソフィヤとも、アンナ・カレーニナともタイプが違うが、男より女がしたたかであるという意味では、まさに伝統的なロシア文学の流れにある。

「女と六時間もしゃべって、退屈もさせず、愛想も尽かされないようにするってのは---石炭を貨車から積み降ろすぐらい大変なんだ」のような登場人物のせりふは、ロシア以外の文学では出会えないのではないか。麻薬中毒の小人ヴラドの語る恐ろしい運命の直感を、なんの疑念も差し挟まずすべてこれまた直感的に信じ込む娼婦スヴェータが登場する。こうした人物像など、ドストエフスキイ風の奇妙なロシア人理解を物語っている。「スヴェータは、ヴラドが麻薬を得るためなら、身にまとっているものを最後のひとつまで脱ぎ去って、だれと寝たってかまいはしないと思った。この人があたしを助けようとしているのだから、あたしもこの人を世話してあげなくちゃ。」

持ち帰った浅蜊で妻がお味噌汁を作ってくれた。うんおいしい! 貝エキスの風味は日本のお味噌汁でもっとも引き立つんじゃないだろうか。皆、満足した。

マーラーの五番はジュゼッペ・シノーポリがフィルハーモニア管弦楽団を指揮した演奏が好きである。

Mahler: Symphonies Nos. 1 & 5
Giuseppe Sinopoli
Philharmonia Orchestra of London
Deutsche Grammophon (2000/03/14)

A. マリーニナの作品はほか『無限の殺意』、『死とほんのすこしの愛』が面白かった。いずれも光文社文庫で手に入る。

アウェイ ゲーム
アレクサンドラ・マリーニナ 貝澤 哉訳
光文社文庫 (2003/04/10)

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ISAO。システムエンジニア。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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Written by isao at 2006年5月 4日 01:02.

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