2006年6月アーカイブ

ジーコ監督のこと

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テレビや新聞を見ると,ワールドカップ一次リーグ敗退の件で,ジーコ監督に対する批判が噴出しているようである。でもなんでこの期に及んでこの一途な指導者を悪くいうのだろうか。外国人でありながらここまで尽くしてくれてありがとうとなぜいえないのか。

なんか間違った成果主義に毒された現在の日本人のダメなところが丸出しのような気がする。自信過剰なところが。結果,結果というけれども,結果で評価すれば,現在の日本はいったいなににおいて一流を誇れるのか。サッカー日本代表ならずとも自信喪失は間違いない。

今日,ミューザ川崎での演奏会に出かけた。川崎市のアマチュア・オーケストラ,宮前フィルハーモニー交響楽団と宮前フィルハーモニー合唱団との定期演奏会である。JA でチケットを無料で手にいれたのである。アマチュア・オケがミューザ川崎みたいな豪華なホールで公演ができるなんてよい時代になったものである。というかこんなすごいホールを運営している川崎市という自治体こそが特別だというべきか。

演奏曲目は,ゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデル作曲オラトリオ『メサイア』抜粋と,グスタフ・マーラー作曲交響曲第一番ニ長調「巨人」。オーボエの一声にはじまる音合わせ,会場のどよめきと静まりのなかから立ちのぼってくる統制された音響,そのひとつひとつが私は好きである。とくに今日はアマチュア・オーケストラということもあってどんなものがとび出してくるか,いつもと違う期待感もあった。

とくにマーラーがよかった。ヘンデルもフーガの線が美しかった。アマチュア・オーケストラの団員は,何ヵ月もの間,仕事のあとの個人練習,休日の全体練習を続けて今日を迎えている。演奏は団員の日頃の努力が伺われる素晴らしいものだった。破綻がないこと自体,とくにマーラーみたいな起伏の激しい近代音楽の演奏では称賛に値する。

指揮者はプロであった。マーラーの一番を暗譜で振ってしまうところなんかみると,こういう誠実な指導者があってこそアマチュアのオーケストラのレベルがアップするんだと思った。

LaTeX サンスクリット語パッケージ skt を Mac OS X にインストールして使ってみた。Charles Wikner 氏によるものである。デーヴァナーガリー文字と,学術論文で用いられるラテン翻字表記とを出力することができる。入力は 7-bit アスキーコードで行う方式なので pTeX でも利用できる。

CTAN: language/sanskrit/ から関連ファイル一式をダウンロードして,TeX ツリーに TDS に従って格納し,skt.map マップ登録を行えば TeX 環境の組み込みは終わりである。

サンスクリットなどインド系言語の TeX パッケージは複雑怪奇なアクセントの記述のためにプリプロセッサで TeX 原稿の前処理を行うものが多く,このパッケージも skt というプリプロッサが添付されている。次にこれを C でコンパイルし,実行バイナリをパスの通った場所にインストールしておく。

% cc -ansi -g -o skt skt.c
% su -m
# cp -i skt /usr/local/teTeX/bin
# exit
% rehash

プリプロセッサ skt はそのままでもよいが,私のマシンのコンパイラ(Mac OS X gcc 4.0.0, FreeBSD gcc 3.4.2)で作成した実行バイナリでは,ファイル名指定の引数を省略すると入力/出力ファイルの問い合わせで無限ループに陥る。気難しい scanf 関数を使っているオリジナルのコードを fgets 関数で書き換え,パッチ skt-2.2.patch を作ってみた。これを適用してコンパイルすると,きちんと動作するようになるはずである。

% patch < skt-2.2.patch
% cc -ansi -g -o skt skt.c

パッケージの読み込み指示はプリアンブルで次のように記述しておく。オプションは利用する書体指定であり,larger, xitalic, iitalic, titalic, uitalic が選択できる。

\usepackage[larger,iitalic,uitalic]{skt}

原稿をたとえば xxxx.skt という名前で準備したのち,skt プリプロセッサで処理する。この結果生成される xxxx.tex を (p)latex でコンパイルする。次の例は添付のドキュメントを処理し,dvips, ghostscript によって pdf まで生成している。

% skt sktdoc.skt sktdoc.tex
% latex sktdoc
% latex sktdoc
% dvips sktdoc -o
% ps2pdf sktdoc.ps sktdoc.pdf

多言語環境などで他のパッケージとともに使うと,問題があった。skt.sty (パッケージスタイルファイル) の \ZH などの定義が \newcommand で定義されており,他のパッケージとコントロール・シーケンス名が重複すると,エラーとなってしまうのである。私の環境では,奇しくも自作の教会スラヴ語パッケージ OldSlav との間でこの状況に陥った。そこで,skt.sty をカンレトディレクトリにコピーしてきて,\newcommand\renewcommand に書き換えてやると,うまくコンパイルできた。skt.sty を手直ししたくない場合は,OldSlav の \ZH を使わない前提で,まず babel を読み込んだあとで OldSlav の \ZH を無効にする指定 (\let\ZH=\relax) を行いその直後に skt.sty を読み込めばよい。

\usepackage[oldchurchslavonic,...,
  nippon]{babel}% babel oldchurchslavonic 指定
\let\ZH=\relax% OldSlav \ZH 無効化
\usepackage[larger,iitalic,uitalic]{skt}% skt 読み込み

タイプセット例は次のとおり。デーヴァナーガリーとラテン翻字表記,リグ・ヴェーダの一節から。サンスクリット語をさまざまな言語とともに私がタイプセットしてみたサンプルもここにリンクしておく。

skt.jpg

skt パッケージの命令,記法などの入力仕様詳細は添付の sktdoc.ps を参照。結構難しいかもしれないが,宗教学やインド学でサンスクリットをきちんと組みたいと思う研究者にとって,素晴らしい文房具となるはずである。ArabTeX といい,この skt といい,研究者の情熱が伝わってくる労作である。LaTeX 文化の奥の深さを思い知らされる。

ワールドカップ

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ワールドカップ第三戦,日本はブラジルに1—4で完敗し,一次リーグ突破は叶わなかった。子供達と早朝に起き出してテレビ観戦した。三都主のトリッキーなアシストから玉田がスカッとするゴールを決めてくれた。試合終了後,中田選手が悔しさで立ち上がれなかったのが印象的だった。この三試合,世界との差を見せつけられたとしかいいようがない。

こうして強くなってゆくのだと思う。この二年くらい,アジアカップからワールドカップ予選,本大会と日本代表は大いに盛りあげてくれてよかった。昔,アルゼンチンのケンペスやマラドーナ,ドイツのベッケンバウアー,ミューラーが活躍していたころ,日本がこの大舞台に立つこと自体,私には夢のように思われた。あの強豪チェコでさえグループリーグ敗退である。あの韓国でさえ二〇〇二年に初勝利を収めたくらいなのだから,日本はフランス,日韓,ドイツとまだ三回目だし,当分修行が続くと考えてもおかしくない。また四年後に向けスタートするんだなと思うと楽しみである。もちろん世界の強豪国が比較的順当に勝上がった今回のワールドカップ決勝トーナメントも残っていて,次は娘とのトトカルチョが楽しみである。

ところで,ワールドカップが開幕して世界中の男どもがサッカー観戦に熱中して女房の話もウワのそら,バカ亭主急増中!との記事が新聞に出ていた。奥さんへのシュートは?,とまでは書いてなかったけど。

今日のブラジルは,重戦車アドリアーノもロベルトカルロスもお休みだった。それなら日本に貸してくれればよかったのにと妻は冗談を言っていた。

ulatex コマンド

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Utf82TeX の機能改善で小さな小さなユーティリティを二つ作ってアーカイブに含めた。ulatex と genchrtbl である。

最近 TeX Q & A で UTF-8 対応の pTeX の話題が続いたことがあった。ptetex という私も使わせていただいているインストール・ツールが pTeX の日本語コードを UTF-8 で処理できるようにしたのである。これは JISX-0213 対応の文字拡張ができるようで,今後に大きな期待が寄せられる。けれども,まだ多言語コードを個別の言語パッケージに食わせるまでにはいたっていないようである。つまり Utf82TeX を私自身捨て去ってしまうまでにはいかないようである。

この Q & A の議論の中で Utf82TeX を使って変換したのちに,iconv で日本語コードに変換しなければならない面倒について触れているものがあった。私としては Utf82TeX はもともとコード変換そのものが仕事ではなく,コード変換にはすでに存在する優れたソフトがあるのだから,組み合わせて使えばよいと考えていたし,それこそが UNIX 文化のよいところだと思っていた。そんなの,スクリプトを数行書けば終わりだからである。

かつて UNIX ユーザにとって計算機を使うこととプログラミングとは同じことがらであり,フィルタを組み合わせたりシェルスクリプトを書く行為は常識であった。でも Linux デスクトップがこんなに普及し,まったくプログラミングしないですませられる現在,ユーザからみれば確かに面倒なのかな,とも思う。というわけで,自分の使っているシェルスクリプトを調整して添付することにした。Windows 向けにもバッチを書かなくてはならなくなり,苦労した。

これは Utf82TeX で UTF-8 文字を TeX シーケンスに変えたのち,iconv で日本語コード変換を施し,platex コンパイル,pdf まで生成するという一連のステップを,単に組み合わせただけの単純なしろものである。今回これだけではあまりに芸がないので,platex の log をチェックして未解決の参照が存在すれば複数回 platex を自動実行するような機能をいれておいた。\ref などの命令がきちんと解決するまで勝手に動くというもの。とはいえ,Windows 版にはこの機能をいれる元気がなかった。

ついでに genchrtbl を付けた。こちらは Utf82TeX の変換テーブルのもとネタを生成するツールである。ユーザの追加したい言語のテーブル作成にあたり,文字モレを起こさずひな形を自動生成して,ユーザ負担を減らす目的である。O氏が Utf82TeX のための拡張テーブルを公開してくださって私はとても嬉しかった。これで,さらにユーザが得意分野のテーブルを作ってくれたら,それこそ私の小さな試みも甲斐があったというものである。

最近,TeX のパッケージ作成に集中していたこともあり,TeX や Perl の参考書を調べることが多く,一般書籍を手に取ることをしなかった。昨日,今日と梅棹忠夫の題記書籍(岩波新書)を読んだ。この本は奥付をみると 1969 年初版の古い啓蒙書だが,さすがロングセラーだけに示唆に富む内容であった。

著者の意見の端々に読み取れるのは,知的な情報を整理して他人と共有できるまでに高めてゆく個人的営みをいかに効率よく進めるかであり,記録の重要性であり,「現在の自分」への絶えざる不信である。「『自分』というものは,時間とともに,たちまち『他人』になってしまうものである。」(p.162)つまり,自分がわかって,他人がわからないのはひとりよがりである,ということを通り越して,他人が理解できない営みはいずれは自分をも裏切るという逆説なのだと思う。

かなのタイプライターを著者が愛用している話が出てくる。梅棹はカナモジ擁護論者に近いことは何かの本で読んだことがあった。私自身はローマ字論者,カナモジ論者の主張に与するものではないが,書記効率を劇的に改善しなければ日本の知的立国に未来はないとまでに考えていた彼らのまじめさは理解できる。文字コードの標準化が進み,ワープロの品質・性能が向上した現在,かなタイプライターなど喜劇的に映らないではないけれども,「情報処理」の草創期の差し迫った思いがわかる。「わたしのつもりからいえば,とにかくタイプライターという機械をつかって日本語をかくのが目標であって,ローマ字やカナモジをつかうのが目的ではない。<・・・>できることなら,いまの漢字かなまじり文を,そのままタイプすることができれば,それにこしたことはないのである。」(p.138)

この悩みを四十年前の話だと笑ってはいけない。いまこの時点をもってしても,標準的なコンピュータではこの国の高等学校で使われる国語の教科書すら完全には記述できないのである。

もうひとつ,心を動かされたところ。「わたしは,まいにちタイプライターでローマ字日本語をたたきだしているうちに,日本語の文章をかくうえに,たいへんだいじなことを,いくつか身につけた。<・・・>第一に,ことばえらびが慎重になった。ローマ字は表音文字だから,むつかしい漢語をたくさんつかうと,意味が通じにくくなる。そこで,なるたけ耳できいてわかることばをつかうようになる。その結果,わたしの文章は,文体からして,すっかりかわってしまうことになった。」(pp.128-9)現代ではどうか。コンピュータが自動的に変換してくれるので,意味がわからないのにむつかしい漢語をたくさん使うようになっただけではないか。

知的生産の技術
梅棹 忠夫
岩波書店 (1969/07)

VnTeX 3

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Utf82TeX のテストとしてそのサンプル変換結果を UNIX と Windows とにおいて platex コンパイルしたところ,前者では問題がないのに後者ではヴェトナム語のアクセント命令でエラーになった。ヴェトナム語 Tiếng Việt は Utf82TeX 変換後 Ti\'\^eng Vi\d\^et となり VnTeX で処理できる記法となるはずだが,これで Windows では "! You can't use a prefix with `end-group character }'." とのエラーが発生してコンパイルが停止してしまった。まったく,ヴェトナム語と古典ギリシア語は Babel の調整において鬼門なのである。

サンプルは種々の言語を併用しているので,アクセント命令でコンフリクトが起きているのだろうと思い,ひとつずつ言語を削って確認したが,ヴェトナム語だけにしても同じエラーが出ることがわかった。O 氏提供のヴェトナム文字変換テーブルのアクセント付き文字の親文字をグルーピングしたりしてもだめ。VnTeX のマニュアルを探したが README.txt にはインストールについて書かれてあるのみで役に立たず,VnTeX のホームページはヴェトナム語なのでさっぱりわからない。しようがないので VnTeX のスタイルファイルをいろいろ漁って試行錯誤するしかなかった。

結局,dblaccnt.sty なるスタイルファイルがアクセントを重ね書きするためのマクロ定義であることがわかり,これをプリアンブルに指定してみると首尾よくコンパイルできたのである。つまり,もともとの VnTeX 用のプリアンブル:

\usepackage[...,vietnam,...]{babel}
\usepackage[utf8]{vietnam}

を次のとおりにすると,UNIX でも Windows でも OK となった。

\usepackage[...,vietnam,...]{babel}
\usepackage{dblaccnt}
\usepackage{vietnam}

読み込む順番が逆だとだめで,このとおり指定しないといけなかった。でもなんで UNIX では OK で Windows では NG なの? マクロを丹念に調べればわかるのかもしれないが,そのパワーがない。原因が不明なので薄気味悪い。VnTeX に英文のマニュアルはないのだろうか。

とにかく,Unix, Windows ともにタイプセットできるコーディングが得られたので,Utf82TeX のサンプルを修正し,アーカイブを入れ替えた。Utf82TeX のドキュメントも手直しした。なんとなく不毛であるけれど。

ちなみに VnTeX-3.02 の Typewriter 書体のフォント定義 t5cmtt.fd にはバグがある。その 10 行目 <5><6><7><8>vntt8<9>cmtt9%cmtt9 は誤りであって,vntt9 が正しい。

Windows 版 LaTeX の導入

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Utf82TeX の確認のため,Windows に角藤先生の W32TeX の追加パッケージを導入した。先日 ActivePerl,iconv,swath,W32TeX 主要パッケージを入れたのだけれど,Utf82TeX 添付のサンプルの変換結果が組版できるか,前提となる多言語環境を Windows でも試しておく必要を感じたからである。

W32TeX のフルインストールに近いパッケージのダウンロードと組み込み,ThaiLaTeX タイ語,VnTeX ヴェトナム語,Unicode,OTF,Teubner,cbgreek,SlavTeX,HipTeX,ghostscript,自作の OldSlav,Izhitsa などなど面倒この上ない。そうはいっても,W32TeX を入れ込んだ段階で Babel の完璧な環境ができあがっているのはすごいと思った。

LaTeX は テキストベースの処理系でありプラットフォーム依存度の低いシステムであるといえるけれど,いろんなパッケージをインストールして確認していると,UNIX とは仕様の異なる場合があるのに気づく。ThaiLaTeX のフォント切り替えは UNIX では Norasi と Garuda で,てっきり同じだと思っていたのに Windows だとサンセリフは Garuda でなく dbttx を指定しないといけない。VnTeX も UNIX だと普通に通るのに,Windows だといくつかの言語と併用すると,endcsname missing などのよくあるエラーが出たりする。アクセントを独自のマクロなんかで処理するとへんなコンフリクトを起こすようで,OldSlav もいくつかこのために手を入れなければならなかった。SlavTeX サンプル文書も,UNIX では tex \&slplain pray.tex でコンパイルできたのに,Windows では tex -fmt=slplain pray.tex としないといけなかった。

ドイツ語,フランス語,チェコ語,ロシア語,ウクライナ語,教会スラヴ語,古典ギリシア語,タイ語,ヴェトナム語,簡体中国語,繁体中国語,韓国語,日本語からなる,これだけやればそれなりの多言語環境といってよいサンプルを Windows 上で Utf82TeX によって変換し,LaTeX 処理して PDF を生成するところまで確認。疲れはてた。

吉岡実の散文集

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『吉岡実散文抄 — 詩神が住まう場所』という本を丸善の棚で見つけ,思わず買い求めた。思潮社から「詩の森文庫」という新書版シリーズが出ているのを知った。

吉岡実は間違いなく戦後のもっとも重要な詩人のひとりである。私も学生時代に『僧侶』や『神秘的な時代の詩』を読んだ。猥雑でありながら硬質で,先鋭で,また「意味もなく」笑ってしまうようなおかしみもある。
 

四人の僧侶
庭園をそぞろ歩き
ときに黒い布を巻きあげる
棒の形
憎しみもなしに
若い女を叩く
こうもりが叫ぶまで
一人は食事をつくる
一人は罪人を探しにゆく
一人は自瀆
一人は女に殺される
詩『僧侶』より,『吉岡実詩集』思潮社,現代詩文庫 14,1968 年,23 頁。
いかがわしい蘭のからまる少女たち
夜景をまわる夜警たち
その市松模様
暑い夏がくるまで
蛇行セレモニイ
黒くなるべき孔雀
白くなるべきポスター
いつ赤くなる?
詩『神秘的な時代の詩』より,吉岡実『神秘的な時代の詩』書肆山田,1976 年,68 頁。
 

さて『吉岡実散文抄』は,内容的には雑誌から乞われて書いたあんまり文学的でないエッセーがほとんであり,私にはこの大詩人の秘密を解く鍵は残念ながら見い出せなかった。しかし,軍隊の輜重兵だった彼の目に見えた満州の光景が『苦力』に形象していることや,西脇順三郎の詩に吉岡が登場していること,詩人が現代俳句に傾倒したこと,会社が倒産して職安に通ったこと,浅草のストリップ小屋に齧り付いていたことなど,たいへん興味深かった。現代詩に対する考え方ということでは,吉岡の次の言葉は,思うに,短いが彼の詩精神の核心を突くものだ。「詩は感情の吐露,自然への同化に向かって,水が低きにつくように,ながれてはならないのである」(吉岡実『吉岡実散文抄 ― 詩神が住まう場所』思潮社,2006 年,82 頁。強調は筆者・私)。

現代詩はわからないというひとがいる。確かに超現実的な形象があふれ,日常的リアリティに弛緩した精神にとってはたわごとに過ぎないように思われる。でも,詩が「わかる」とはどういうことか。「そうだそうだ」,あるいは「あるある」と共感できること,もしくは「いいなあ」と感じられることだろうか。現代詩「は」わからないというひとは,おそらく,吉岡が言うとおり「水が低きにつくように,ながれ」ないと気が済まないか,詩や文学を食べ物かなにかと勘違いしている。思うに,絵画,映画,ひいては音楽さえをも,食べてその味について云々したがる。「このシーンは非現実的でウソくさい」,「この絵なんか気持ち悪い」,「ここの不協和音は耳障りだ」,とかなんとか。

現代詩のある本質をトゥイニャーノフはうまく述べている。1929 年に書かれた文章でなんだけど。「今日,詩について書くのは,詩を書くのとほぼひとしくむずかしい。われわれの時代の悪循環はこのようなものである。詩はますます少なくなり,実際,確実に存在しているのは,詩ではなく詩人たちなのである」(『過渡期の詩人たち』—『ロシア・フォルマリズム文学論集2』せりか書房,1982 年,267 頁)。現代詩というものがその文法と言葉をそのつど組み立て直してこれを受け入れなければならなくなった — そういうことをこれは言っているのであり,書くことだけでなく読むことが真に創造的である時代の到来を告げているのだ。当然,自己の日常を越えて再度経験を組み立てなければ,理解できるわけがない。また理解できるとも限らない。
 

 

それにしても,この本は吉岡実があちこちに書いた小文を集めたものなのに,初出の書誌情報をまったく掲載していない。解説者・編集者はじつに怠慢だと思ってしまった。「十年前,私は...」という文は,時代背景の遡及手段を奪われ,意味不明に貶められてしまう(初出時点の読者は時代の雰囲気を共有しているが,いまのわれわれはそうではない)。こんな本からはおそらくだれも引用しない。書物は「書いてあるとおり」というのは,ただの思い上がりだと思う。ものごとには「背景」というものがあるのだ。

先にあげた『僧侶』を含める吉岡詩集の普及版へのリンクを付けておく。私の所有する『神秘的な時代の詩』書肆山田初版はもう古書店で探すしかない。
 

 

トゥイニャーノフの論文を収録した『ロシア・フォルマリズム文学論集2』のリンクも設置しておく。彼の「詩と散文」論の具体的検証である『《エヴゲーニー・オネーギン》の構成について』,優れたパロディ論『ドストエフスキーとゴーゴリ』などの名篇が納められている。断言する。これはそんじょそこらの文学論集ではない。現在は古書でしか入手できないようである。
 

ロシア・フォルマリズム文学論集2 (1982年)


Yu. トゥイニャーノフ,B. トマシェフスキー,R. ヤコブソン
水野忠夫(編)
水野忠夫・小平武・大西祥子(訳)
せりか書房
 

20120117-yosioka.jpg

Utf82TeX バージョンアップ

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この休日,Utf82TeX の改造をした。Windows で使用するとタイ語の処理結果に不正な文字が混入するとの話が以前 O 氏よりあった。FreeBSD,Mac OS X では再現しない。この問題については放置してしまっていた。最近業務情報の持ち出しが厳しく,自宅で Microsoft Office を使って仕事をすることがほとんどなくなったため,いまの私は,自宅ではめったに Windows を起動しないようになってしまったのである。今回 OldSlav 教会スラヴ語パッケージを公開したのに併せ,Utf82TeX 機能もこれに追随させたのを契機に,Windows でもきちんと動くよう取り組むことにしたのである。

私の PC は FreeBSD と Linux との共存のおかげで Windows 2000 にはディスク容量が 10GB 程度しか割り当てられていないため,まずディスクの空きの確保から作業をしなければならなかった。ActivePerl,角藤先生の W32TeX,iconv,swath を取り寄せインストールするのがひと苦労であった。

Utf82TeX でタイ語を処理すると確かにところどころ E という文字が不正に混入してしまうことが確認できた。私の Perl コーディングなのか,コード変換ユーティリティ iconv,タイ語単語境界マーキングプログラム swath,さらに Windows OS なのか,問題の在処の切り分けからはじめなければならなかった。

タイ語の変換で以下のように逆クォート引用文でシェルプログラムを起動しているが,Windows echo コマンドを通すと問題が発現することがわかった。タイ語以外は Windows でもまったく問題なく変換処理が行われる。

my $thais = shift; # $thais タイ語テキスト
$ICONV = "iconv -f UTF-8 -t TIS620"; # TIS-620にコード変換
$SWATH = "swath -f latex"; # swath
$thais = `echo $thais | $ICONV | $SWATH`; # 変換

echo を自前で書いて @ARGV を UTF-8 として明示的に扱っても問題の解消には至らなかった。要するに,コマンドライン引数を Windows のシェルが食った段階でテキストが壊れるらしいのである。インターネットで検索してこのような問題の事例を漁ったが適当な記事を見い出せず,結局根本原因をつきとめることはできなかった。Windows もしくは ActivePerl のバグなのか,プログラム作法がまずいのかよくわからない。

回避策として,Windows の場合は一時的ファイルにタイ語テキストのみ書き出したあと,echo ではなく cat でそのファイルを読み出して iconv 以降のパイプラインを処理するとうまくいった。余分な入出力を行うのは処理速度などの観点でいただけないが,しようがない。

Windows ユーザが少しでも手軽にインストールできるようバッチ・ファイルも添付し,im-textools-0606a としてアーカイブし,公開した。タイ語のためにこのプログラムを使う人がどれだけいるか非常に疑問だが,とりあえずは落ち穂拾いができたといえるだろうか。

OldSlav, Utf82TeX 最新版

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このお休みに,古代教会スラヴ語 LaTeX パッケージ OldSlav の微調整と Utf82TeX 教会スラヴ語対応を行い,昨日の夜中に公開した。

OldSlav はある程度できたかなと思うと,ヴェトナム語と混在するとアクセントがエラーになる,ハイフネーションパターンが登録されていないと組版できないなど,細かい問題が次から次へと出てきて,苦労した。

SlavTeX オリジナル表記で TeX 文書を作成し,きれいに教会スラヴ語をタイプセットできるようになり,多言語 TeX のかねてからの私の目標のひとつを果たした。

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ISAO YASUDA。システムエンジニア。神奈川県在住。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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