今日、なんだか仕事がいやになって、定時のチャイムが鳴ると同時に、「じゃさいならー」と家路についた。会社の近くの本屋に寄り道した。笑える本が欲しかったのだが、何となくマーチン・ガードナー著『ガードナー数学マジック』("Fractal Music, Hypercards and More...")のなかの一冊『円周率と詩』という本が目に留まり、買い求めることになった。
この本は、人間の数の幻想に関するエッセイといってよい。数の偶然が持つ魔術は、人間の頭の中の純粋詩といってもよいくらい魅力的である。『博士の愛した数式』のモチーフもその例だと思う。
ダグラス・ホフスタッター『ゲーデル、エッシャー、バッハ---あるいは不思議の環』---私もいつか読みたいと思っているのだけど---の書評、タイトルにもなっている『円周率と詩』がとくに興味深かった。
「6 声のリチェルカーレ」を含む、バッハの謎めいた名曲『音楽の捧げもの』の扉には次のような折句がある。"Regis Instu Cantio et Reliqua Canonica Arte Resoluta(王の命により主題と付属物はカノン様式にて解けり)"。ここには RICERCAR が読み込まれている。一方、ホフスタッターの書物では、チューリングとバベッジ(ともに高名なコンピュータ科学者)がふたりして「利口なとんま」という名のコンピュータを使いつつ対話する場面があり、チューリングがこう語るくだりがあるという。"Rigid Internal Codes Exclusively Rule Computers and Robots(コンピュータとロボットを専用に制御する厳密な内部符号)"。やはり RICERCAR。バッハの数学的音楽構造はよく指摘されるところだが、バッハの発想と電子計算機幻想を絡めたところが面白い。
円周率πは 3.141592... と無限に規則性のない数字が続く超越数であるが、昔からその数列のなかに偶然の暗合を読み取ってうち震える人間がいたという。πの最初の 7 桁の神秘的なパターン(3: 三位一体; 1: 最初の完全数; 141: その和は第二の完全数 6; 1415926: その和は第三の完全数 28)や、魔法陣の数値でインデキシングしたπの数値が独特の方陣を形成するなど。これを見いだした人間は神の啓示に身震いしたに違いない。
「汝はわが歩数を測る。」---『聖書』ヨブ記、14 章 16 節。「ヨブ(Job)は 3 文字の語であり、14 章 16 節をつけ加えると、3.1416 となるが、これはπを小数第 4 位で丸めた近似値である」(p.62)。
その他、力学に関する学術書の一部が偶然にも詩のリズムと脚韻をもつ思いがけない詩となるパターン例などが面白かった。
Can stretch a cord, however fine,
Into a horizontal line
That shall be absolutely straight.
数学史には数の神秘の虜になった者たちの一種独特の芸術史といってもよい面白さがあるが、この本は数学史には載らない数学エピソードを紹介してくれる。


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