私はロシア語辞典では『研究社露和辞典』(東郷正延編, 研究社, 初版, 1988 年) と『コンサイス露和辞典』(井桁貞義編, 三省堂, 第五版, 2003 年) の比較的新しい二冊をよく使う。学生のころはいまや絶版となった『岩波ロシヤ語辞典』(八杉貞利編, 岩波書店, 増訂版, 1965 年)であった。辞書は,新語の採用,訳語・地理/国名などの現代性において,もちろん新しい版を使うのがよいと思われるが,古本屋で古色蒼然たる昔の辞書を見つけて食指が動くことがある。神保町の古書店で見つけた昭和 29 年増刷版『岩波露和辭典』(八杉貞利編, 岩波書店, 初版, 1935 年) は私のそうした「コレクション」の一冊である。皮装の重厚な作りで渋いことこの上ない。
『岩波露和辭典』の語釈は,歴史的仮名遣い,旧字体で書かれているだけでなく,戦前初版の辞書に相応しく,仮名は片仮名メインなのである。外来語は逆に平仮名。例えばこんな感じ。
дева L [女名] (1)年頃ノ娘,處女 (2)[Д〜][天]處女宮; пресвятая 〜 聖母; старая 〜 おーるどみす
なんとロシア革命で廃止された旧正字法についても解説が付いていて,字母表には і (イ・ス・トーチコイ), ѣ (ヤッチ), ѳ (フィター), ѵ (イージツァ) という現代ロシア語では使われなくなった文字も立派に並んでいるのが凄い。中国/朝鮮の主要地名のロシア語表記一覧が付録に掲載されているのも,かつて,昭和初期では日本のロシア語学習者には中国,満州,朝鮮北部などロシアと近接する地域で活動するひとが多かったことを現わすのだろうか。


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