2008年6月アーカイブ

食器洗い

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今日,妻は知り合いのライブを聴きに門前仲町にゆき,私と子供たちはお留守番。晩ご飯のあと,私が iPod で音楽を聴きながら食器洗いをする間,娘はリビングでお勉強。絵心のある娘は気が向いたら,ノートにスケッチをする。「洗い物してるお父さんがなんかさびしそうだったから」とかなんとか言って,私の働く姿をスケッチしていた。なんかメタボなダサイ格好!

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東大スラヴ文学研究室からメール。論文集 SLAVISTIKA の執筆者紹介欄にどう載せるかの話題。「電機メーカー勤務」でお願いしますと回答した。これでは,大学院の研究者の方々に混じってどこの馬の骨かと思われるに違いなく,恥ずかしいのだけど。編集委員の先生は「プーシキン研究者」でもよいと思うとおっしゃってくれたが,それではあまりにカッコ良すぎて,あまりにおこがましいのでやめにした。

『オネーギン』のスパム

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昨夜,寝る前,プーシキンの『エヴゲーニイ・オネーギン』について,インターネット時代の日本人による受容の一端を眺めてみようとふと思い,Google で関連ページを検索した。そんななかで,「気まぐれの夏(PC館)— Rozmarné léto」というブログサイトを発見し,「ロシアのスパマーは文学がお好き?」という記事を面白く読ませてもらった。このブログの管理人中村さんに最近ロシアからスパムが来るようになり,なかを覗いてみると,スパム撃退ソフトの解析をすり抜ける手段なのか,『オネーギン』の詩文が鏤められていたとのこと。オレにもこのスパムメール来ないかなーなんて思ってしまった。これはスパムというより新手のインターネット・ジョークではないだろうかと。もちろん,オネーギンが同時代の精神的病いに冒されたのであってみれば,このスパムメールの閲覧もウィルスチェックをしたうえでないと危なくてしようがないけど。

ところで中村さんのこのサイトでもうひとつびっくりしたのが,私のサイトの紹介があったこと。中村さんはチェコ音楽の研究者で,そのプロフィールページにあるお仕事の内容をみるとあの大作曲家レオシュ・ヤナーチェクの専門家だそうである。カレル・チャペックなどの作家の話題があること自体,通による通のための通なブログなんである。なおかつ,チェコ語のほかロシア語やドイツ語にも造詣がおありで,多言語を計算機で取り扱うことにも相当ディープな入れこみ様を窺わせていらっしゃる。私の関心,目指すところとまったく同じであって,私のサイトの記事が知らない間にこういう方に認められていたことが,とても嬉しかった。

私は大学の露文科で学び,一時は研究者を志したころもあったのだけれども,どうトチ狂ったのか — 研究者としての才能もいまひとつであったし,要するに食って行かねばならないわけで — システムエンジニアになってしまった。私は計算機の手習いから実務において大型汎用機と UNIX ワークステーションに育てられたため,いま主流の Windows のトレンドから取り残されてしまい,PC-UNIX のしがらみを抜け切れない。文学や音楽はやはり生活の一部でもあり,そのため文科系研究者になんとか役立ててもらいたい一心で,この十年間 FreeBSD ネタ,ロシア語ネタのサイトを運営してきた。ところが,PC が文科系学徒にとっても欠かせない道具になったいまのこの時代は,もはや Windows 全盛である。要するに私のサイトは,これがターゲットとするユーザにとって,まったくもって役に立たない,まるで日本社会党のような時代遅れ,タチヤーナとオネーギンのようなすれ違いの態をなしている。さらに,PC-UNIX の領域でも,いまは Linux 全盛で,FreeBSD ユーザは片隅で心細く生き延びているようなところがある。世の中,民主党だよ,ネオコンだよ!— 私のサイトはもうお笑いに近い。わずかに LaTeX 関係だけが Windows ユーザと共通する話題である。私のサイトを旧字・旧仮名遣い復古主義サイトだと勘違いしていらっしゃる方もいるようだ。世の中,戦前の強い「美しい日本」に帰るんだよ!(バッカじゃなかろかルンバ...) — 私のサイトはもうまさにお笑いである。

... と思っていたが,中村さんのサイトをみて,少し元気が出てきたところである。私と同じようなヤツもいるんだと (中村さん,ごめんなさい)。「気まぐれの夏(PC館)— Rozmarné léto」に私の足跡,お礼のコメントを残してきてしまった。ええと,『オネーギン』の現代日本のネット市民による受容については,また今度ということで。

先日,ベラルーシ在住の大学教授レニナ・ミローノヴァさんからその著書『色彩論』が国際郵便で届いた。プーシキン詩における色彩知覚をめぐるメールのやりとりのなかで,私の求めに応じて著書をくださったのである。

この本のロシア語原題は "Учение о цвете"。1991 年に 1,000 部刷られたうちの一冊で,463 頁の堂々たるモノグラフである。色彩に関する人類の関心の歴史と,芸術における色彩の現われとが本書のテーマである。日本の色彩伝統についても,一章が 16 頁にわたって割当られている。そこには題銘として芭蕉の句「鎖あけて月さし入よ浮み堂」(のロシア語訳) が掲げられ,日本の詩や絵巻物等にみられる色彩の扱いについて論じられている。日本人の芸術的心性として言霊信仰から語りはじめ,それを日本人における色彩の魔術的観念に結びつけてゆくアプローチは,さすがとしかいいようがない。ソヴィエトの日本研究の精華を受け継いでいるのだ。

本書出版の年は,ソ連邦が解体し CIS に国家体制が変わり,ロシアとその周辺の諸国民が自由主義経済への破滅的変化にさらされた時代である。ミローノヴァさんは,私が贈った日本の図書と比べてか — その二冊の本についても,知の糧になりかつ眺めて楽しいと満足してくれた —,メールのなかで,その厳しい時代の紙事情による満足のゆかぬカラー図版についてこぼしていた。しかし実物を見ると,マレーヴィチの絵画や源氏物語絵巻の図版など,それには当たらない素晴らしい印刷であった。同一紙面で図版に地の文章を回り込ませたレイアウトはとても美しく,粗悪な文字紙面と紙質を変えて図版だけの頁をまとめる組版よりも私の好む印刷方法なのである。

本には,なんと彼女が教鞭をとっているベラルーシ国立芸術アカデミーの図書館の蔵書印が押されていた。私はこれが非常に気になって,本書を本当に受け取ってよいものか,不安な気持ちを彼女に書き送った。これに対し,図書館と交渉して,同じくらいの価格,内容の書籍と本書を交換してもらったとのことで,堂々とお受け取りくださいとの説明があった。それよりも,自分の著書が色彩について豊かな伝統を有する日本人の目に留まり,読んでもらえるのが真に誇らしく嬉しいという。熱心に勉強しようとする者を認めると方々に走り回って便宜をはかってくれるロシア人気質をみた気がした。でもそうはいっても,読んだら東大とか早稲田とかのロシア研究のさかんな大学図書館に寄付すべきかなとも思っている。

私はここのところ論文の見直しに余念がなかったため,本書を読み進めることができていない。早く読んで,得たところの感想をきちんとミローノヴァさんに書き送らなければ,失礼である。

それにしても,日本人はロシア文化に対して一般に無関心で,ロシア人に対しては憎しみすら抱いているが,ロシア人が日本人・日本文化に大いなる尊敬を払っていることが,本書の記述などから,本当によくわかる (面白いことに,日本人はフランス人・フランス文化に昔から大海のごとき憧れを抱いているのに,フランス人はというと,パリを訪れる金満日本人を見て「金歯をはめたドブネズミ」扱いなんである。悲しいかな,フランス人の感覚のほうが当たっていると私には思われる)。ロシア人は,国家体制としてどんなに敵対関係にあっても,相手国の製品,文化が自分の目で素晴らしいものと判断されれば,心からの尊敬を表に出すことを躊躇わない。それはトヨタであったり,ソニーであったり,芭蕉であったり,北斎であったり,武満徹であったり,黒澤明であったり,北野武であったり,中島みゆきであったり,松田聖子であったりするわけである。この態度は,ソヴィエト時代から変わりがない。坊主憎けりゃ袈裟まで憎くなる日本人とは大違いなのである。いや,袈裟が憎けりゃ数珠まで,坊主まで憎くなるというほうが適切か。

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通夜,論文提出

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今日妻と,先日亡くなられたご近所のお爺さんの通夜に行った。釣りが好きなひとだったらしく,故人の遺影は大きな鯛を抱えて満足した姿だった。合掌。通夜のあと,大雨のなかバス停留所まで 15 分ほど歩いてずぶ濡れになった。

帰宅してサッカー観戦。うちの女性陣は,サッカーの応援はイケメンのため。内田くんや玉田くんが活躍するときゃあきゃあ言っている。日本代表は泥臭い勝ち方をした。でもこんな試合ぶりでは最終予選突破は無理かも。空回りというのか。いまや日本は「ワールド杯出場は当然」の雰囲気があるけれども,そんなに甘くないと思う。

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夜 0 時にプーシキン論文の最終稿をメールで提出した。提出期限は 23 日なのだが,抱える仕事で月曜日は論文どころではないので 22 日のうちに片付けたのである。この二週間,仕事から帰宅したあと,二回目の査読の指摘事項が入った原稿を何度も見直し,ロシア語の綴りや日本語の不正を全体的に見直した。指摘事項以外にも,できるだけ文意が明確になるよう,日本語を練り直した。もはや修正の余地はないと判断し,夕方に提出したあと,何気なく見直していたらロシア語の綴り誤りが見つかった。自分ながら嫌気がさした。訂正して,とりあえずもう一度類似見直しをし,お詫びとともに編集委員会宛に再送した。もうあとは野となれ山となれである。

今夜は妻とミューザ川崎シンフォニーホールでのコンサートに行った。鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパンによる J. S. バッハ・ブランデンブルク協奏曲全曲演奏会である。この曲集は楽器編成が様々であり,全曲チクルスで聴けるコンサートは極めて珍しいのではないか。しかも我が国を代表する古楽アンサンブルによる演奏である。座席は舞台の上手2階席でいまいちなんだけど,ヴァイオリンの演奏や指揮者の様子を正面から眺めることができた。

演奏に先立って,鈴木雅明が短い解説をした。今夜の演奏の特徴として二つあるとのことだった。一つは通常のチェロに代えてヴィオロンチェロ・ダ・スパラなる楽器を用いていること。これはチェロとヴィオラの間くらいの大きさの,ヴァイオリンのように肩に提げて奏する楽器である。二つ目は,第三番の第二楽章に,三台のチェンバロのための協奏曲ハ長調の第二楽章をホ短調に移調したものを挿入したこと。こういう古楽の即興性や,実演の自由度の高い楽器法を汲んだ試みは,生で聴く面白さ,期待感を高めてくれた。

そのヴィオロンチェロ・ダ・スパラが活躍する第三番が素晴らしかった。その奏者のひとりは寺神戸亮であった。バロック・ヴァイオリンの,いまや圧しも圧されぬ世界的演奏家のひとりである。彼の演奏を生で聴くのは,かつて横浜音楽堂で聴いたクイケン・クヮルテットによる『音楽の捧げもの』以来である。あと,第一番の終楽章メヌエット,第四番の最後のフーガは精妙で凄かった。第五番の鈴木雅明のチェンバロ独奏も,軽快で愉悦に溢れる名演であった。私がいちばん好きな第六番についても,ヴィオラの掛合いがいぶし銀のように渋かった。

もう大満足。コンサートが終わったあと,キリンシティでビールを呑んで帰宅した。私のブランデンブルクのお気に入りレコードはニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスが 1962 年に録音した盤だけど,BCJ による録音も是非手に入れなくちゃと思った。

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ここ数日で,北朝鮮拉致問題解決に向けて前進が見られる。これは日本の外交努力というよりも,米国が米朝間の関係改善に向けて,テロ支援国解除の見返りに核問題の解決を迫る交渉のオマケとして,子分である日本のために口利きをしたおかげである。日本は強い米国にすがってきて本当に正解でした。日本政府が,2000 年の訪朝を果たした小泉さんの後は,もはやこの外交的大問題について文句をいうばかりで,対北朝鮮政策においてなんの外交努力もしていないのは明らかなのだ。経済制裁は犬の遠吠えである (なんとなればこれは相手と戦わずして自分だけでできることだからである。また北朝鮮に対して何の効果ももたらさなかった)。

ところが,この漁夫の利,このブレークスルーともいえる追い風の状況に乗じて山崎拓ら超党派議員が日朝交渉を目論む動きに対し,あの「美しい日本人」安倍さんー訪米で冷たくあしらわれてリセット辞任しちゃった元首相ーが「百害あって利権あり」と冷や水を浴びせて話題になっている (産経新聞の Web)。拉致問題の進展は経済制裁の成果だなんて,いうことだけは相変わらず威勢がよい。安倍さんは首相のころ拉致問題対策委員会を創設し積極的に関わっていたが,こうした後ろ向きの発言を耳にするにつけ,この振る舞いは実は拉致問題を解決したいのではなく,米国の機嫌を伺い,庇護の下に居続けるために反北朝鮮プロパガンダを張っていただけだったのだということが判る。

なんと「美しい日本人」だこと。ネットの書き込みも山崎拓らの行動を批判する風潮が趨勢のようである。反北朝鮮・反中国プロパガンダは「美しい日本人」たちにまんまと根付いてしまったようである。米国のライス国務長官などはこうした「元宰相」安倍さんの態度を見てせせら笑っているに違いない — このひとたちは拉致問題を本当に解決したいのか。どうも「美しい日本」の国民には,貧しい北朝鮮を嘲笑っているほうが,拉致された国民の帰還や拉致事件再発防止の確認よりも,自尊心が満たされて気分がよいらしい,と。もちろん北朝鮮からはこれからも外交の場でからかわれるに違いない — 君たちみたいな主体性のないヒモ政府と話しても先に進まないから。

それにしても「美しい日本」という表現は,かつて川端康成やドナルド・キーンの著書によって誇らしい印象が私にあったのだけれど,米国のヒモ・安倍さんのおかげで一番耳にしたくない,嫌悪を催す言葉になってしまった。

台湾政府怒る!

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尖閣諸島近海で台湾の魚船と日本の巡視船が接触した問題で,台湾政府が異例の激しい対日批判を繰り広げている。日本政府も,町村さんなどが領海侵犯は遺憾だと,当然ながら,強気の発言をしている。領土問題は国家の威信をかけた非常にデリケートな問題である。日本だって北方領土近海で日本の漁船がロシアに銃撃され死亡者が出たときは,激しい対露批判が吹き出した。今回は台湾との間で立場が逆転しただけである。

台湾は新しい総統になって中国と急速に接近していて,今回のつば競り合いもその中国寄りの政治的傾向を反映した,多分に政府の政策的な反日行動だと受け取れる。まあ中国も台湾も日本との関係を致命的に損ねるような行動は慎むはずだと思う。日本政府も,台湾とのお付き合いが下降になることと国益とのバランスを考えて,強行路線に走るなり,なあなあでごまかすなりしてもらいたいと思う。台湾政府が必要以上に騒ぐなら,新幹線の技術者を引き上げます,程度でもそれなりの効果があるように思う。いずれにせよ領土問題なのだから政治的に戦ってほしい — もちろん武力闘争などの馬鹿げた行動ではなく — と思う。

これでいよいよ「嫌中」 — 「反中」でないところがミソ — の雰囲気が醸成されて日本政府の思うツボである。これは「米国大好き」の裏返しだからである。福田さんはどちらかというと親中国派だと聞こえているけれど,この支持率低迷はどうしたものか。今日のニュース・ジャパンの報道によれば,昨年の参議院選挙直後の,あの声だけは大きかった安倍内閣と同程度にまで支持率が落ちたらしい。サミット後に解散か,内閣改造かを迫られた挙句に麻生さんにバトンタッチなんて事態になったとしたら,「反中」の雰囲気に変わりかねない。いずれにせよ,日本も中国・台湾なしにはやっていけないのだから,硬軟使い分け,ほころびを広げないよう,慎重にお願いしたいものである。

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秋葉原での殺傷事件が会社でも大いに話題になっている。ホコテンにはもう行かないという者もいた。犯人が携帯サイトに頻繁に書き込みを行っていたことで,またぞろネットワーカー,アニメやゲームおたくが,可哀相なことに,「やっぱり」的な冷たい視線を浴びるわけである。あの容疑者はただの自暴自棄の短気な殺人者であって,その心性はアニメやゲームとはなんの関係もないのに。毎日ご飯を食べる契約社員は危ないというくらいアホらしい話である。でも普通のひとはこういうパターン — 「ゲーム脳」だとかの根拠のない馬鹿な極込み — に嵌めて時事を語ることが大好きなんである。

それにしても,アニメおたくへの嫌悪といい,嫌中といい,日本人はマスコミの偏向報道や政府の情報操作に弱いとつくづく思う。普通の良識の持ち主ならば,中国やロシアのやっていることと比べると,イラクやベトナムや日本で行った米国の行為は未来永劫の地獄堕ちに値する極悪だと思われるのに,日本人の外国に対する好感度では圧倒的に米国が高い。

とはいえ,米国人は真面目で純真で責任感が強く,ロシア人と同じくらい私は尊敬している。大国というのは,国民のひとりひとりの個人は人間性豊かでかつ優秀なんだけど,国家として有象無象の姿をとった瞬間に醜悪な本性を現すのは本当に面白い。

(※ 12.7 付記)

秋葉原無差別殺人事件の容疑者の人格について,派遣社員の扱いの酷さも事件の背景にあるとの意見がある。だからといって無差別殺傷が正当化されるはずはもちろんない。やはり彼はただの殺人者である。

あるひとがイスラムのテロについて,「殉教」によって現世の貧困を清算し,彼岸の幸福を希求するという構造があると指摘していた。貧困が根本にあるいうわけである。一方,日本人がテロ行為に走るのは,酷薄な社会と未来への絶望からだという。その際,神のない日本人はどうも自己実現願望で −−− 端的には有名になりたいために −−− テロ行為に走るとも。

派遣社員の扱いの酷薄な現実という社会問題なら政治が手を打つべきである。でも「自己責任」という政治家の発言が堂々とまかり通るのであってみれば,時代はまだまだ暗くなる一方のような気がする。自民党め!次の衆院選挙を見てろよーってか!

父の日,大地震など

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今日,父の日に妻が本をプレゼントしてくれた。レイ・リシュナー著の『C++ ライブラリ・クイックリファレンス』(オライリー・ジャパン, 2004)。前から欲しかったのだが,高価でちょっと手が出なかった本である。プーシキンのコンコーダンス・ソフトの心臓部を Unicode 対応に書き直そうと思っていて,そのためのライブラリ,関数仕様を調べるのに適切な書籍は,これをおいて他に見当たらなかった。妻に感謝。子供たちは何をしてくれるのやら。

C++ライブラリクイックリファレンス
レイ・リシュナー著
オライリー・ジャパン
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14日の朝,岩手県で大地震があった。山が崩れ道路が無惨に分断された映像をニュースで見た。妻の実家が北上なので電話を入れたところ,被害がなかったようでほっとした。余震が続いて家を出たり入ったりと落ち着かないとのことであった。そんななかでも,私が東大の論文集に投稿したことを妻から聞いた義父 — ピエール・ブレーズそっくりなんである — は,そのことに感銘を覚えたらしく,たいへん誉めてくれた。こういうところが,文学のブの字も知らない私の実の父 — 北島さぶちゃんにそっくりなんである — とは大きく違うところである。掲載されたら抜刷を送ろうと思う。

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この休日,プーシキンに関する論文を修正して過ごす。「掲載可」との編集委員会の通知とともに,査読者が修正を要請してきた朱入れ部分を重点的に見直した。引用の参照やロシア語の綴りにバグが多かった。査読者の先生は私の文献引用をひとつひとつきちんと原典に当たって確認してくれたようで,私はありがたいとともに恥ずかしかった。前回,査読者にコテンパにやられたダメ出しに対し,限られた時間のなかで全面書き直しを行い,やっと評価してもらえたわけだけど,今回も改めてチェックすると,日本語にも細かい瑕疵がいくつもあり,より明快に,分りやすいように修正した。締切まであと一週間の余裕がある。綴り誤り以外はとくに指摘のなかったロシア語要約についても少しは見直そうかと思っている。

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最近ロシア文学がブームだとのコラムが今日の朝日新聞に出ていた。ドストエフスキイやゴーゴリの新訳が相次いで出版され,部数も出ているという。でも「ブーム」といえるほどかは極めて疑問である。ところでそのコラムで佐藤優が,ドストエフスキイが日本でのロシア文学の一番人気であることの危険性を指摘していて,興味深かった。私も佐藤にまったく同感である。ドストエフスキイほどバランス感覚・常識の欠如した作家,過激な反動家は少ないと思うのだが,その十九世紀的精神主義というか終末論的な思想の深遠さ,観念的な想像力が,思想的な基盤の弱い日本人の羨望の的になるんである。「神がいなければすべてが許される」という命題からして,ドストエフスキイについてゆけないものを私は感じるのだけど。むしろ私なんかはドストエフスキイを読むと,「神がいるから,その名のもとにすべてが正当化される」という危険性を感じるのだ。

ほげほげ

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首相問責決議案が参議院を通過。すぐさま衆議院で内閣信任決議が可決。いったいなんて暇なひとたちなんだろうか,国会議員は。

プーシキン論文採用通知

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東大スラヴ語スラヴ文学研究室から,スラヴ研究学術雑誌『SLAVISTIKA』に投稿したプーシキンの作品論が二度目の査読で採用になった,との連絡があった。よーし。厳しい指摘にめげず全体見直しをしたものが受入れられて,なんとも嬉しかった。誤記訂正の依頼が別途来るようだ。私の書いたものが公に印刷されるのは,『美文書』第四版のお手伝い以来。いずれにせよ,なんのためにやっているんだか,よくわからないのだけど。

W杯予選

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オマーンとの対戦を観た。結果は負けなかったというだけの試合。それ以上に,乱暴者のおかげで日本チームが中国チームと変わりのないガサツなチームだということがわかり — 私ですらそう感じたのだから,世界の顰蹙をかったに違いない —,本当にがっかりした。大久保くんは試合のあと監督に「チームに迷惑を掛け申しわけない」と詫びたそうだ。これまた現代日本の世相を見た気持ちになりうんざりした。子供を持つ親の私からみると,謝るべき相手は岡田監督ではなくまずはオマーンのキーパー選手に対してのはず。子供が己れの非で喧嘩して帰ってきたら,親の私に謝ってくれても私は許しはしない。叩いた相手に土下座してこい。そんな子はW杯なんか出なくてよい。恥ずかしい。家でじっとしてろ。

Web 公開サーバを入れ替えた。Apple Power Mac G5 の支払いがやっと終わったので,公開 Web サーバ用のマシンを新たに調達したのだ。ノーブランドのベアボーン,56,000 円也。Intel Core2Duo E7200 CPU (45nm-Dual コア, 2.53GHz x 2, FSB 1,066MHz, L2=3MB) & 2GB Memory を搭載した最近の構成である。これまでのノートパソコンと同じように静音設計の筐体である。この価格で DVD スーパードライブ,500GB S-ATA HDD 付き。OS はこれまでと同じ FreeBSD 7.0-RELEASE。かなりのデータを旧サーバ (IBM ThinkPad X20: Pentium-III 600MHz CPU, 340MB Memory) からのコピーで対処したこと,CPU の性能が大幅に改善したためパッケージのコンパイルがさっさと終わったことで,二日で移行が完了した。

新型の CPU,2GB の大容量メモリを得て,misima 高速簡易オプション版misima フルオプション版プーシキン電子コンコーダンスロシア語電子コンコーダンスなどの性能が劇的に改善された。500GB HDD は私のサイト運用だけでは持て余してしまうので,Mac から NFS でディスク共有することにした。

ところで FreeBSD のインストールでまたしてもアホになりました。つまり,つまらないミスで「オモロー」な状況になってしまったんである (テレビの観過ぎ)。必要パッケージをしこしこ組込み,起動オプションを設定し,いざ新環境の再起動を確認しようとしたところ,システム起動設定ファイル /etc/rc.conf の編集でミスをしたために,ブートでエラーとなり途中停止。せっかくの作業が無駄になるかも知れないはめに。「ん!再インストールかよ...」。

ここは落ち着いて次のオペレーションを行い,/etc/rc.conf を訂正してセーフとなった。/etc/rc.conf に文法不正があると,Bourne シェルのパスを問い合わせるプロンプトで停止する。ここで Enter を押下げてシェルに入る。この時点では,ルートパーティションが Read Only でマウントされている。/etc 配下のデータがここにあると書換えができないので,まずこれを書込み許可でマウントし直す。普通の mount コマンドで "/" をマウントし直せばよい ("/sbin/mount /dev/ad4s1a /" など)。続いて,/etc/rc.conf を修正するわけだけど,そのためのエディタが別のパーティションにある場合,これが格納されているファイルシステムを手動でマウントしなければならない。vi の場合,/usr/bin にあり,私の今回のインストールではルートとは別のファイルシステムにあったのでこの作業が必要であった。"/sbin/mount /dev/ad4s1d /usr" を実行 (私のファイルシステムの場合である。パーティション設定によってデバイス名は変わるので注意)。これで "/usr/bin/vi /etc/rc.conf" として訂正ができるようになった。修正が正しければ,"Ctrl+D" でログアウトすると同時に OS が元気に起動するはずである。

FreeBSD ユーザの皆様,/etc/rc.conf を修正したら,面倒でも Bourne シェルの "." コマンドで読込み試験をしてからリブートするようにしましょう。

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http://yasuda.homeip.net/ サーバ仕様

Hardware
- CPU: Intel Core2Duo E7200 45nm-Dual core, 2.53GHz x 2, FSB 1,066MHz, L2=3MB
- Bare bones: Shuttle XPC SG31G2
- Memory: DDR2-800 PC6400 2GB
- Video: Intel GMA 3100 DVI+RGB
- HDD: S-ATA2 7200rpm 500GB
- Keyboard: Digital Equipment Corporation RT-6856T 101-US
- Mouse: Logitech MouseMan
- Monitor: EIZO FlexScan E67T 19 inch
- NIC: 1000Base Gigabit LAN

Software
- OS: FreeBSD 7.0-RELEASE
- HTTPD: Apache 2.2.8 with proxy modules
- C/C++: gcc 4.2.1 20070719
- Java: Sun Microsystems, inc. Java 5.0, JDK 1.5.0.14p8_1,1
- Perl: Perl 5.8.8
- Servlet engine: Apache-Tomcat 5.5.25
- SOAP engine: Apache-Axis 1.4
- CMS: Movable Type 4.1::Professional Pack 1.1

職場が再び溜池山王に移った。私の課だけ本部ビルにいたのだが,部の拠点である赤坂に集結ということになった。

社員食堂が利用できないので,数少ないお弁当組以外は皆外で昼食をとる。最近,霞ヶ関ビルの横にできた霞ヶ関倶楽部なるビルで,子分と昼食。夜は高い飲み屋になる,外堀通りに面したお店。850 円の唐揚げランチはまずまずであった。部下は昼食補助 500 円以内でなんとか賄いたいらしいが,霞ヶ関・赤坂周辺では難しい。

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米国民主党の次期大統領候補選びは,オバマさんの勝利がほぼ確定のようである。改革路線に期待がかかっているようである。でも私は米国の民主党が — 日本の民主党同様 — 嫌いである。なによりヒロシマ/ナガサキに原爆を投下したのが民主党トルーマン政権だったからである (単純...)。

もし民主党の大統領が選出されたら日本の国益にとってよいのだろうか。共和党もタカ派のイメージが強くて好きになれないけれども,それ以上に民主党は米国の偽善的価値観を押し付けてくるのではないかと私は思っている。本質的でない問題で日米関係が曲がってゆくことが想像される。民主党は先の米国下院選挙で大勝した (来年 1 月の大統領選挙もこのあおりを食う可能性が高い)。あのあと日本にとってなにが起こったか。民主党議員が提案した従軍慰安婦問題の非難決議である。なんでいまこの時期にと,— 中国の差金かと,— 意外に思うひとも多かったと思う。

米国の一般市民は — 我が家の愛読する朝日新聞と同じで — この手の「他人の」人権問題,前近代的スキャンダルが大好きなのである。東アジアの安定だとか中東の緊張緩和だとかよりも,正義感の発露の対象として分りやすい。捕鯨問題だとか貿易摩擦だとかのほうが非難の矛先として分りやすい。民主党が政権を獲得したら,またぞろこのようなつまらない問題が日米間で再燃するのではないかと思う (民主党が政権を獲得したら,ゴアさんの熱心な CO2 環境問題への対応がどうなるのか見物ではある)。

一方,サブプライム問題などの国内経済不振のはけ口に,中国との貿易摩擦,中国の軍拡問題,チベット問題などに対して中国叩きを露骨にはじめるのではないか。かつてのスーパー301条,ジャパンバッシングのような外国苛めの次なる対象はどうみても中国である。またイラク問題に嫌気がさしている民意を受けて,民主党政権はイラク撤退を決断するかも知れず,その場合,米国は直接的脅威である中国と北朝鮮に対してやみくもな強硬路線に転じる可能性があり,東アジアは危険極まりない状況になるのではないか。民主党は安全保障に対する感度が共和党に比べ低い。かつて民主党ケネディは裏をかかれていつのまにやらキューバにミサイル配備されて激昂し,米国の論理で核戦争の一歩手前まで世界を追いつめた。そういうアンテナの低さが恐いのだ。

とまあ,あんまり根拠のない心配をしてしまうのである。WASP 一辺倒の米国大統領の伝統に黒人系候補が食い込んでゆけるかという関心もあって,オバマさんには頑張って欲しいという心情もあるのだけど。またこんな心配もさることながら,日本政府がこの先の米国の動きをどのようにみているのか,興味深い。日米同盟は揺るぎない,米国に右へ倣えばかりではそろそろ限界だと思うのだけど。

浦井康男教授の論文

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北大の浦井康男教授から紀要論文の抜刷をいただいた。『カラムジン「ロシア人旅行者の手紙」におけるテキスト・バリアントの分析』(北海道大学文学研究科紀要124, 2008.2, pp. 49--102)。ロシア語テクストの計算機処理について先生と若干の意見交換をさせていただいたことがある。これが契機となって,直接先生の授業を受けたわけでもなく,大学を出て以来ただのサラリーマンに過ぎないこの私に,先生は自著の論文や大学のスラヴ研究論文集を必ず郵送してくださるのである。ありがたい。だから読んで必ず感想を送るようにしている。

ニコライ・カラムジンは 18 世紀末から 19 世紀第一四半期にかけて活躍した感傷主義文学の代表者である。日本ではほとんど知られていないが,ロシア文学史ではロシア文章語・標準的ロシア語文体の成立に果たした役割において不朽の名を残している。プーシキンの親の世代にして,フランス語の影響から脱皮してロシア語らしい言語表現を研ぎすませていった先達である。プーシキンは同時代のロシア散文の模範としてカラムジンの『ロシア史』をあげた。つまりカラムジンの言語マナーの研究は近代ロシア文章語研究の要諦なのだ。

浦井論文は,カラムジンの作品『ロシア人旅行者の手紙』の八つの版の間にみられる異文 (ヴァリアント) の変遷から,言語マナーの変化を分析しており,私はまずこの切口にたいへん感銘を覚えた。その後標準的ロシア語と看做されるようになった語に外来語や古語が書き換えられてゆくプロセスを,語の出現度数に基づいて明らかにしている。そのプロセスを3段階に差異化して分析している点も説得力のある論証であり,学問的価値が高いと思った。とくにヴァリアント数に着目して導き出した,各版の言語的特徴の分水嶺を示すスキーマは鋭い。

浦井先生はザリズニャクの文法辞書を独自に電子化し,これをコンコーダンス作成やテクストの計算機分析に活用し,本論文のような研究成果を生み出している。私はいま,先生の手になる文法辞書をうまく利用して,プーシキンの電子コンコーダンスの語解析精度を高められないか思案しているところである。性・数・格に応じた語形変化を纏めた語彙表を生成できないと電子コンコーダンスとは呼べない。現状の私のツールは語の変化形をフォローできないのである。

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ISAO YASUDA。システムエンジニア。神奈川県在住。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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