2009年4月Archives

2009 ピアノ発表会

今日,娘のピアノ発表会があった。私は昨日深酒をしてしまい,今朝頭痛が酷くてならなかったが,Google マップで場所を確認して出かけた。会場は,新横浜にある横浜ラポール・ホール。横浜ラポールは横浜市総合リハビリテーション・センターの一角にある施設である。身体に障害のあるひと,お年寄り,子供たちが卓球やボーリングに興じていた。なかなか立派な中規模ホールが同じ館内にあった。Steinway & Sons 製の豪華なコンサート・ピアノが設置されていた。いままでのホールはどこも YAMAHA か KAWAI だったので,「金持ってんなー」と思わずにおれなかった。

娘はシューベルトの Impromptus OP. 90-4 As-Dur を弾いた。暗譜で破綻なく弾き終えたけれど,練習不足がありありとわかった。「トリオの途中で譜を忘れちゃった。ほんとに即興しちゃった」と娘はケロリとしていた。だとしたら,ある意味で誉めてやってもよい。「折角シューベルトの名曲を練習したんだから,レパートリーにしなくちゃ」と私。去年ショパンの即興幻想曲を奏でた女性が今回参加しておらず,私は少しがっかり。

横浜ラポールは日産スタジアムのすぐ隣である。帰り,新横浜駅に向かう途中,横浜Fマリノス対ジュビロ磐田のサッカー・ゲームに向かう大勢のひととすれ違った。頭痛で悩ましい私はさっさと帰宅したかったけど,娘は大規模ドラッグストアで買い物をするといって聞かない。年頃の女の子はドラッグストアで安物コスメなんかを漁るのがほんと好きなんである。

20090429-piano.png

Modern Japanese Compositions

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尾高賞 30 周年記念 N 響コンサート '82 の録音を聴く。CBS ソニーから出たアナログ・レコード『日本の現代管弦楽作品集』。これは,山田耕筰,近衛秀麿から伊福部昭,芥川也寸志を経て,一柳慧,吉松隆に至る日本現代音楽の回顧展ともいえた。指揮は外山雄三,管弦楽は NHK 交響楽団である。

私はこのコンサートを NHK によるテレビ中継で観た。吉松隆という才能の登場に大いなる感激を覚えた,私の記憶に残るコンサートだった。吉松隆『朱鷺によせる哀歌』は,鳴き交わし羽音をたてる朱鷺と,その背景にある荒涼とした雪原を,幻想的にイメージさせる傑作だった。なんと切ない美しさだろうか。この感情はモーツァルト,ベートーヴェン,マーラー,シェーンベルクにだって表現することができない。時代に生きる者の心の琴線に触れるのはやはり現代音楽,同時代の音楽なのだと思い知った。吉松は武満徹を襲う唯一の作曲家だと,私は確信したのである。

このレコードに収録されている曲で,私は三善晃の『ヴァイオリン協奏曲』もお気に入りである。数住岸子によるヴァイオリン独奏は,この曲のよい新録音がない(1960 年代の,黒沼ユリ子,海野義雄の独奏によるレコードしかない!)なかにあって,最高の名演である。いまやこの録音が絶版となってしまい,入手できないのは残念である。敬愛する女流・数住岸子のディスコグラフィーにおける,私にとっての最高の盤のひとつ。

modern_jp_music.png

吉松隆『朱鷺によせる哀歌』は BBC 交響楽団の演奏で以下の CD が入手可能である。私は上の NHK 交響楽団によるライブ演奏が忘れられない。

※ 4/30 付記

Amazon で調べたところ,『日本の現代管弦楽作品集』は CBS ソニーから CD が発売されていた。ただし,こちらも品切れのようである。参考までにリンクを貼っておく。中古はプレミアが付いてバカ高い。再リリースを待った方がよさそうである。

現代日本の管弦楽作品集



 
外山雄三 (Dir),数住岸子 (Vln),堤剛 (Vlc),木村かをり (Pf),
NHK 交響楽団
ソニーレコード (1991-01-21)

巨人強。

草彅君の騒動でもちきり。酒呑んでふるちんになるくらい大目に見てよい。世の中にはもっと愚劣な「行為」がまかり通っているのに,ひとに知らしめるべき善行がひと知れずなされているのに,バカなマスコミ。ほかにもっと報道すべきことがあるでしょ!

それは無視して...,WBC のドラマが終わり,プロ野球のペナントレースがはじまった(今ごろ書くネタか! ほかにもっと反応すべきことがあるでしょ!)。しばらく見るともなく見ておりますが,今年の巨人はスタートからめっちゃ強い。今夜も中日ドラゴンズ相手にサヨナラ勝ちをしたという。WBC でも活躍した亀井選手の3ランホームランでお釣りなしの逆転勝ち。原さん「持ってますね」(今年の流行語大賞候補か?)。

その一方で,我が阪神タイガースは去年の屈辱からいまだに立ち直れていません。あいも変わらず金本選手などの年配選手頼みのようである。我が贔屓の新井選手も,三塁手にコンバートされて悩みが多いように見受けられる。昔,私がしゃかりきになってタイガースの試合を観ていたころは,ゴールデンウィークまでは快進撃で,夏の死のロードでご臨終というのがチームのパターンであった。それに応じてファンの行動もパターンにハマるところが面白く,それゆえ阪神は愛すべきチームだったのだ。今年はそれすらムリ,ということか。いろいろとその采配を叩かれている真弓監督,「ろくに補強もせんで,やっぱり監督代えたのがまずかったんやー」といわれないよう,戦術に工夫をしてほしいものである。カーネル・サンダースの呪いも解けたらしいし,ミラクルを起こしてまた道頓堀に放り込んでくれないものか。いや,やっぱり今年も阪神ファンを観て楽しもう。

* * *

WBC の死闘によるバーンアウト症状なのか,日本代表メンバーの不調がとりざたされているように思われる。確かにあれはキツかったと思う。ヤクルトの青木選手が特に心配。松坂,中島,村田,内川の各選手もいまいち元気がないようである。イチロー選手も胃潰瘍のため(!)半月間静養したそうである。それでもイチロー選手は復活後,張本選手のもつ記録を早々に抜きさった。今年は年間 200 安打の記録への挑戦も楽しみである。

張本というと,私のようなオヤジにとって,感慨の深い名前である。彼は在日韓国人として幼年時代から差別された。広島で被爆した戦争の犠牲者でもある。非常な苦労の果てに大選手になった。「安打製造機」の異名を取った。守備がヘタクソだったので「守っても安打製造機」と言われたらしいけど(それはここにも書かれています)。朝鮮人であることで彼が口汚くヤジられるのを,私も子供の頃この耳で何度も聞いた(私の育った大阪はとりわけ在日差別が酷かったようである。その記憶に比べれば,サッカー・アジア杯での中国の反日行動などまるでかわいいもので,私には「中国は民度が低い」なんて嗤える根拠がない。なぜなら,そこには出自に基づいたレベルの低い個人攻撃がないからだ)。そういう逆境をバネにして日本記録を打ち立てた彼は,私には日本と韓国の不幸な歴史の体現のようにも思われた。私はそれだけいっそう張本選手の記録の凄さを理解しているつもりである。イチロー選手がそれを破った今,戦後の新しい時代が到来したと思いたい(それくらい,私はなにかにつけ今が戦後の大きな転換期にあると思われてしようがない)。

綾波レイ風 tcsh

最近,UNIX 仮想端末のシェルは bash(Bourne Again Shell)の全盛だといってよい。しかし,BSD UNIX を昔から使っているユーザは,いまだに tcsh(Tenex C Shell)を手放せないのではないだろうか。昔は System V UNIX では sh(Bourne Shell)が,BSD UNIX では csh(C Shell)がシステム標準のシェルであった。BSD UNIX でのかつての tcsh 流行は,その拡張である。思うに,BSD UNIX のユーザは,端末操作では tcsh を使い,シェルスクリプトはどの UNIX にも組込まれている sh で書く,というのが一般的だった。私もそんな慣例に縛られたユーザのひとりである。機能の良し悪しというよりは慣れの問題で bash に鞍替えできないのである。

さて,tcsh は NLS(Native Language System: XPG4 に準拠した,システムの各コマンドを多言語対応にするための仕組み)によりコマンドメッセージを多言語化することができ,これをカタログファイルとして外部から与えることができる。インターネットでは,tcsh ユーザが作成した愉快なカタログファイルが出回っている。

私はそのなかから『新世紀エヴァンゲリオン』の主人公・綾波レイ風のカタログファイル(CyberKnight Tekkaman Blade 氏作)を久しく使わせてもらっている。メールを受信すると「碇君 新しいメール あるから...」,タイプミスをすると「コマンド 見つからない...」などなど,綾波レイ風のメッセージをシステムが返すわけである。ユーザは碇シンジ君に見立てられているということか(そのように昔の BSD UNIX 使いは内向的で,独特の偏向を帯びていたといえなくもない)。まあ,遊び,アクセサリーのようなものである。

FreeBSD はかつてはこうしたキャラ風カタログファイルを japanese ports によって提供し,これを簡単にインストールできるようになっていた。残念ながら,最近の Linux 優勢の影響で tcsh の人気がほぼ根絶されたせいか,ports から削除されてしまった。参考までに,カタログファイルソースをインターネットから取り寄せ,FreeBSD システムに設定するメモをしるしておく。tcsh シェルの環境変数 LANG 及び LC_ALL には ja_JP.eucJP がセットされているものとする。Linux でもロケール仕様以外は同様の操作が適用できると思う。

  1. tcsh version 確認
    組込まれた tcsh において "nls" というオプションがあるか確認する。そのためには "set | grep tcsh" を発行すればよい。最近の FreeBSD なら OK のはず。もしバージョンが 6.14 未満であれば,ports でそれ以上に更新する。
    % set | grep tcsh
    shell   /bin/tcsh
    tcsh    6.14.00
    version tcsh 6.14.00 (Astron) ... options wide,nls,dl,al,kan,...
  2. カタログファイルの入手と生成
    tcsh日本語オリジナルカタログ』サイト(榊原善之氏による)よりアーカイブを適当なディレクトリにダウンロードし,解凍する。その後,make を実行する。
    % tar zxvf tcsh-6.14.00.add.tar.gz -C ~/tmp
    % cd ~/tmp/tcsh-6.14.00.add
    % make -f Makefile.add
    すると,カレント・ディレクトリ直下に,tcsh.ja.xxxxx.[cat, m] のファイル群が生成される。この Makefile は NLS カタログファイルソースから gencat ユーティリティによってカタログファイルを生成するレシピである。既成のファイルを複写して,構成をまねて独自のカタログファイルを作成するのも面白いだろう。
  3. カタログファイル・ディレクトリの作成
    できたカタログファイルを ~/lib/tcsh ディレクトリ(名前は任意)にコピーする。その後,NLSPATH 環境変数に位置情報をセットする。.tcshrc にも環境変数の定義を追加しておく。
    % mkdir -p ~/lib/tcsh
    % cp ~/tmp/tcsh-6.14.00.add/tcsh.ja.* ~/lib/tcsh
    % setenv NLSPATH $HOME/lib/tcsh/%N
  4. カタログファイルの指定
    自分が使いたいカタログファイルを set catalog=ja.xxxxx.cat のように tcsh に指示する。このコマンドで別のカタログファイルを指定するつど,メッセージが変わるので試してみてほしい。どのようなカタログファイルが添付されているかは,『tcsh日本語オリジナルカタログ』サイトを参照のこと。綾波レイ風の場合は次のとおり。これも .tcshrc に追記しておくとよい。
    % set catalog=ja.ayanami.cat
    『新世紀エヴァンゲリオン』に限っていえば,惣流・アスカ・ラングレー風(東工大松田氏作)も同じアーカイブに含まれていて,set catalog=ja.asuka.cat とすればよい。すると場合によっては,「あんた,バカー?」と罵られることになる。

何気に,続けてアニメにかかわる記事となってしまった。

tcshcat.png

YouTube のロシア関係の動画を観ていたら,『涼宮ハルヒの憂鬱』オープニングテーマ『冒険でしょでしょ?』のロシア語版クリップを見つけた。ロシアにも日本アニメのファンはたくさんおり,われわれ日本人は誇ってよい。この作品もロシア語版 DVD が 2008 年夏にリリースされたそうである。ロシア語タイトルは «Меланхолия Харухи Судзумии»『メランホーリヤ・ハルヒ・スズミイ』。スズミイというのはスズミヤの生格形である。涼宮ハルヒは,ロシアの «МИР ФАНТАСТИКИ И ФЭНТЕЗИ - Журнал о фэнтези и фантастике»(月報・幻想とファンタジーの世界)の 2008.11.13 作品批評によれば,「ここ数年のアニメにおけるもっとも輝かしいヒロインのひとり」と評されている(«Рецензия на фильм: Меланхолия Харухи Судзумии»)。

クレジットによれば,ロシア語詞は Николай Караев ニコライ・カラーエフ,ボーカルは Ирина Попова-Тимашова イリーナ・ポポヴァ=ティマショヴァ。オリジナル版では平野綾が主人公・涼宮ハルヒ役の声とボーカルを担当しているのに対し,ロシア語版ではそれぞれ別人であり,ハルヒ役は Мария Бондаренко マリヤ・ボンダレンコとなっている。ちなみにエピソード 12 に挿入されたあの素晴らしい映像,"God knows" の演奏でも,ロシア語版のボーカルはポポヴァ=ティマショヴァが吹き替えている。興味のある方は,これらのロシア文字をコピってググってみるとよい。なお,ロシアにも熱心なファンがいて,SOS-dan.ru(ロシア人の Web 頁によくある,ロシア・アヴァンギャルドばりの一種独特のギトギト感がなく,なかなかよくできている)などのサイトがある。

さて,このクリップにたいへん興味を覚えたので — 私は決してアニメオタクではないが —,ロシア語テクストを書き写し,その日本語訳を付けてみた。逆輸入は勉強になる。ロシア語は日本語オリジナルのかなり正確な翻訳になっており,しかも日本語の音節数をきちんと移植している。下表は,左側に (対応する日本語オリジナル歌詞の出だし)・ロシア語・発音のカナ表記,右側にその日本語訳を示す。ご参考に。日本語訳は私によるほぼ直訳なので,オタ風味はいまいちな点,ご了承ください。ロシア語をやったアニメファンは,これを覚えるとオタク仲間の間でウケるかも。

ちなみにロシア語でも「萌えー」は «Моэ!» のままのようである。ちなみに「ツンデレ」,「ヤンデレ」も,それぞれ,そのまま «цундере», «яндере» で,ロシアのアニメオタクには通じるようである。

(答えはいつも...)
В своей душе я на любой вопрос найду ответ...
フスヴァエ・ドゥシェー・ヤー・ナリュボィ・ヴァプロス・ナィドゥ・アトヴェート

どんな問いの答えも私は自分の胸に求めるの
(なんでだろう...)
Я верю в тебя,
ヤー・ヴェリュ・フチビャー

あなたを信じる
(あなたを選んだ...)
Потому что ты и только ты мною избран.
パタムシタ・トィ・イ・トリカ・トィ・ムノュ・イズブラン

あなただけを私は選んだのだから
(もう止まらない...)
Отныне и впредь
アトヌィニェ・イ・フプレーチ

これからずっと
(運命さまから...)
Ты со мною будешь рядом.
トィ・サムノーュ・ブージェシ・リャダム

あなたは私の隣
(きめられたけど...)
Это твоя судьба!
エタ・トヴァヤ・スジバー

それはあなたの運命
I believe.
 
I believe.
(まねだけじゃ...)
Скучно играть всё время по правилам.
スクシナ・イグラーチ・フショヴレミャ・パプラーヴィラム

いつもみんなの通りじゃつまらない
You'll be right.
 
You'll be right.
(感じるまま...)
Потому что я деляю то, что хочу, только то, что люблю...
パタムシタ・ヤ・ジェーラュ・ト・シトー・ハチュー・トリカ・トー・シト・リュブリュー

だからやりたいこと好きなことをやるだけ
(冒険でしょでしょ...)
И мир будет нашим, даже если истину в нём
イ・ミル・ブージェト・ナーシム・ダージェ・エスリ・イースチヌ・ヴニョム

きっと世界は私たちのもの,たとえ真実が
(変わる世界で...)
Заменит сладкая ложь.
ザメニト・スラートカヤ・ロシ

甘い嘘に変わっても
(夢があるから...)
Когда наступит завтра нам озорная мечта,
カグダ・ナストゥピト・ザフトラ・ナム・アザルナーヤ・メチター

明日過激な夢がかなって
(だれのためじゃ...)
Подарит крепкие крылья.
パダリト・クレプキェ・クリーリャ

ゆるぎない翼を手に入れるのだから
(いっしょに来て...)
Давай отправимся вместе
ダヴァーィ・アトプラヴィムシャ・ヴメスチェ

いっしょに出発しようよ
(どこまでも自由な...)
Навстречу нашей свободе.
ナフストレーチュ・ナシィ・スヴァボージェ

ふたりの自由に向かって
(私を見てよね...)
Ты посмотри мне в глаза!
トィ・パスマトリ・ムニェ・ヴグラザー

視て私の眼を
(明日過去になった...)
Чудесный миг станет прошлым для всех остальных только не для нас.
チュジェスヌィ・ミク・スタニェト・プロシリム・ドリャフセフ・アスタリヌィフ・トリコ・ニェ・ドリャナス

この奇蹟の一瞬が私たちのほかのみんなには過去になってしまうのだから
(つかもう...)
Давай взлетим...
ダーヴァィ・ヴズレチーム

さあ飛び立とう
(未来を...)
Вперёд и вверх...
フピリョト・イッヴェールフ

未来へ高く
I believe you...
 
I believe you...
   (c) перевод  Николаем Караевым
   (c) Кадокава Сётэн, Реанимедиа.  
   (c) японский пере-перевод
     Исао Ясуда

Posted by gsxr1100j.
* * *

※ 2009.5.7 付記

次はおまけ。
Приложение. Сошлю внизу видео, где поет «Бокэн дэсё дэсё?» Ая Хирано, сэйю. Она в японской оригинальной версии представляет Харухи Судзумию.


Posted by diksun1.

先日,天皇陛下ご成婚 50 周年のテレビを観ていて,感銘を受けた。そこで,日本の戦後ということについて少し読んでみようと思った。講談社現代新書から出たばかりの本,東郷和彦『歴史と外交』(講談社, 2008)。著者は長年にわたりロシア外交に己を捧げたエリート外交官である。本書を読んで知ったのだが,その祖父は,太平洋戦争開戦・終戦当時の外務大臣,東京裁判でA級戦犯とされた東郷茂徳である。

靖國問題,慰安婦問題,東京裁判,日韓歴史問題,等々について述べられている。ここが大事な点であるが,著者の個人的人生経験と良心,学識から来る率直な思いを述べるとともに,現代日本は,慎重で良心的な思考・判断に基づいて日本全体のコンセンサスを作らなければならないとしている。右と左に分かれてそれぞれ非難し合う場合ではない。そもそも日本全体のコンセンサスなんて不可能だと私は思うけれど,一方で東郷の真摯な主張は尊いと思わずにはおれない。

靖國問題,竹島・尖閣諸島領有問題,歴史観を巡る中国・韓国による反日的行動,とくに北朝鮮による拉致問題,核開発・ミサイル問題への反発から,世の中が目に見えて右傾化している。テレビ番組においても,露骨な反中・反韓論を展開する識者も珍しくないし,中国・韓国・北朝鮮を武力で大人しくさせるための環境作り(要するに憲法 9 条改正,スパイ防止法制定,排外主義的入出国管理法改正,軍拡)をすべきだとか,核武装論までが出る始末である。それを支持するひとたちは,村山談話に代表される軍国主義的侵略への反省・歴史観に対して,自虐だとか平和ボケだとか「日本の常識,世界の非常識」だとか批判している。それとともに醜い排外主義もまかり通りはじめている(いまや「カルデロン親子は日本から出て行け!」などと呼ばわる排外主義デモが起こる時代なのだ。いくら不法滞在していたにせよ,この苛め根性丸出しには身の毛がよだつ)。まあ,中国も,韓国も,北朝鮮も政府の反日プロパガンダに煽られて,ことあるごとにガサツな反日ショービニズムを発揮してくれるわけだから,日本も少しくらい悪ノリしたって罰はあたらないと思う。

けれども,国際平和主義・憲法精神に反対するこの方向に世の中全体が本気で傾くとしたら,どうだろう。やっぱり日本は再び不幸な結末を迎える道を歩むことになるのではなかろうか。それは,憲法が則る国際平和主義はサンフランシスコ平和条約で行った,日本の世界に対する「約束」であり,それを国際世論の大勢の同意なくして破ることは,自分の首を絞めることに繋がるからである。資源を他国に依存する貿易立国日本は国際社会の信用を失うと生きてゆけないのだ。よって,敗戦からの再出発で立てた原理原則は — 米国の強制によるものかどうかは別にして —,天皇陛下のお姿の通り,崩してはならないのではないか(その意味で,小泉さんも安倍さんも麻生さんも村山談話を政府として踏襲すると発言したのは「保守」として当然のことである)。

東郷は日本はまだ自分自身で第二次大戦の責任追及を十分にしていないと書いている。それが靖國問題を外交問題に発展させ,中国・韓国との真の和解が果たせない結果になっているとしている。改憲にせよ,歴史問題にせよ,日本人がその偉大な過去の経験と良心に基づいて導いた思想を,国際社会にきちんと主張し,合意を得た上でやるべきだという思いを強くした。

* * *

最近,YouTube をよく観ている。サッカーの珍プレー映像で大笑いする。加藤周一立花隆が東大で行った講演なんかも視聴でき,啓蒙されることもある。昔の懐かしい映像がアップされていて感激する。

今日何気なしにブラウズしていたら,『ウルトラセブン』のクリップを見つけた。貧相なアパート — 今になって,この昭和臭ぷんぷんのアパートの所在はどうも木場界隈らしいのに気づいたのだが — で諸星ダンとメトロン星人とが,ちゃぶ台越しに対峙して議論する,あの有名な場面である。私は幼稚園のころ白黒テレビで『ウルトラセブン』を熱心に観ていたのだ。親に買ってもらったウルトラセブンのフィギュアが,その顔に往時の稚拙な歪みがあったからか,動き出すのではないかと夜中には怖くて仕方なかった。その一方で,「アンヌ隊員,べっぴんでおっぱいでかいなー」なんて馬鹿なことを,近所の友達と言い合ったものである。五歳の子供でも,そんなもんです。

メトロン星人,愉悦に溢れるフルート協奏曲を BGM に,曰く「我々は人類が互いにルールを守り信頼し合っていることに目を着けたのだ。地球を壊滅させるのに暴力を振るう必要はない。人間同士の信頼感を無くすればよい。人間たちは互いに敵視し傷つけ合い,やがて自滅して行く」。中国人も韓国人も日本人もメトロン星人の「赤い結晶体」に冒されているようだ,とはたと気づく。深いですね。「なかにはダンがいるんだな」とわざわざ確認しておきながら,宇宙船を躊躇いなく撃墜してしまうウルトラ警備隊。正義はコワイですね。中国の温家宝首相は孫がウルトラマンにばかり夢中になっているとこぼしているそうである。妙な感動を覚えます。

月曜日,私は年休をいただいた。娘とボーリングに行った。娘も,その日は授業参観だった土曜日の振替休日で,しかもバレーボールクラブも珍しくお休み。ということで横浜に遊びに出たのだった。もともと WBC 日本代表の活躍の影響もあってバッティングセンターに繰り出すつもりだったのだけど,横浜駅西口近くにあるお目当ての遊興施設では,バッティングセンターは廃業されてしまっていた。まあボーリングでもよいかとなった。2 ゲームずつやって私の勝ち。「お父さん,意外とやるじゃん」— でも 118 が最高だった。今,腕が痛くてしようがない。

お隣のレーンで,お年を召した奥様三人がプレーしていた。横目でちらちら窺うと,じつに上手い。ボールも自前のようであり,専用手袋も着けていて,相当の力の入れようが察せられた。奥様仲間でボーリングに夢中になるという話は珍しくないのかも知れない。ボーリングはあまり体力を要しないし,ゲートボールのような爺婆むささがなく,なにより誰かの顔を想像しながらピンをなぎ倒すことで鬱憤ばらしになる。お金がかかるよなあ,でもゴルフほどじゃないか,なんて貧乏臭いことを私は考えていた。

料金の支払いを終え,レーン横にあるボーリンググッズショップ前のソファーで一休みしていると,その奥様のうちの二人がショップにやって来た。ショップは昼休み閉店中で 15:30 開店との貼紙があった。開店まであと 15 分ある。「あーら残念ねぇ」とひと言発して奥様方はエレベーターを降りて行った。「あとちょっと待ちゃいいのに。お年寄りは残りの時間が短いだけ気短なのよ」と娘は口性ない。「おいおい,やめとけ,聞こえるぞ」と制するのにひと苦労であった。

* * *

今夜,晩ご飯のあと,娘のピアノ練習に付き合った。4 月 29 日にピアノ教室の発表会が予定されていて,今その課題曲をさらっている。シューベルト作曲 Impromptus OP. 90-4 変イ長調。バッハが好きな娘は,シューベルトのよさがいまいち解らないとこぼしていたが,内田光子の宝石のような名演 CD を聴いて,真面目に取り組むようになった。指はまあ回るようになった。Allegretto 3 拍子の軽快さとためらい,トリオの光と影を,まだ思うように出せない。暗譜もできていない。あと 10 日しかないのに大丈夫? シューベルトのあとは,バッハの『G 線上のアリア』を自己流に編曲したものを娘が聴かせてくれた。

* * *

愛用のライターが壊れてしまった。IMCO 製のオイルライターである。Zippo 用のフリント(発火石)を流用しているためか,なかなか発火せず,ぐりぐり圧迫しながら使っているうちにトリガーがバカになってしまったのだ。それでもまだ十分用途に耐えるわけなんだけど,買い替えようか思案中。一個 700 円くらいでめちゃ安いのだ。

IMCO は since 1918 年。オーストリア・ウィーン製ということもあって,第二次大戦中におけるドイツ軍兵士愛用の一品である。 私にとっては,ロシア兵がドイツ兵からかっぱらった IMCO で煙草を吸う戦争映画シーンの記憶のほうが強く,このせいで IMCO を愛用するようになった。ありきたりの Zippo なんかより,小振りにして渋い。

imco.png

授業参観

今日は,中学三年になったばかりの娘の授業参観だった。授業内容は学級活動。5,6 人ずつ 5 班に分かれて,「学級目標」を話し合う。新しい担任の先生はグループの進み具合をフォローする。そんな黙々,ひそひそ状態が 40 分続いて,正直私は退屈した。終了 10 分前,学級委員が壇上に立って,各班それぞれのステートメントを発表した。夢,仲間,大人への一歩,最後のメモリー,といったキーワードが目を惹いた。健全で少し安心。あと 5 分しかないぞと思いながら私は観ていた。学級委員がなんといきなり多数決を採りはじめた。"Dreams Come True 〜 夢をかなえよう" という目標に決まった。時間の制約のなかで最大の結論を出すという意味で,なかなか見応えのある最後の 5 分であった。

自転車置き場で帰り支度をしていたら,K の奥さんに声を掛けられた。運動会で 1,2 回挨拶したくらいだが,目鼻立ちのはっきりした容貌に見覚えがあった。4,5 分,お互いの近況について立ち話。「またお会いしたいと奥さんにお伝えください」との伝言を承った。

天気がよく,暖かかった。いつもと違う見知らぬ経路で帰宅した。三菱ふそうの工場をぐるっと廻って刈宿という所を自転車で走った。二ヶ領用水沿いの桜を観た。もう葉桜。音のない温もりのなかで,花弁は風に吹かれて散りつつあった。

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陛下ご結婚 50 周年

今日,4 月 10 日は天皇陛下のご結婚から 50 年の日。ご会見の様子をニュースで見た。

皇室の区切りとなる儀礼,催しの話題が出ると,必ずかつての国事行為のトピックが回想される。今日のテレビ番組でも,昭和 34 年の馬車行によるご成婚パレードの映像が流れていた。その他,平和への祈りを中心に据えたご公務の記録映像を見ていると,心底私は感銘を受ける。1975 年皇太子時代の沖縄訪問での火炎瓶事件のエピソードなどに伺われる,戦争の負の遺産を引き受けるあの腰の据わり方。平和憲法の精神に対するブレのなさ。つまり,時代が目に見えて右傾化し改憲論が喧しい昨今,戦後の一貫した皇室のお姿には,立ち戻るべきなにかを考えさせられるのだ。それは,ひとたび天皇陛下自身が国民と世界に向けて発した以上,微動だにせず依拠しようとする憲法という原理原則である。その精神は,即位の礼での宣明においても,明らかだった。

1975 年を最後に,以来天皇陛下は靖國神社御親拝をしていない。それは,1978 年の A 級戦犯合祀に対する,昭和天皇の不快感と関係があるとの説がある(「富田メモ」をシンプルに解釈すれば明らかな,この戦犯合祀不快感説は,戦勝国による苛めともいえる東京裁判において「A 級戦犯」とされた軍人・文民そのひとたちに対して,陛下が愛情と信頼を寄せていた,ということと必ずしも矛盾しない)。1979 年のソ連によるアフガニスタン侵攻などの,冷戦時代の新しい局面を受けて,時代が大きく右傾化し,中曽根首相の靖國公式参拝などで戦後レジームから日本国自身が脱却を図りはじめたころである。このころから中国・韓国との間でも「歴史認識」が大きな火種になりはじめたと思う。このような時代背景のなかで御親拝がなされなくなったということからして,思うに,皇室は一種独特の国際感覚をもっているだけでなく,今となって見れば,戦後スキーム(新憲法,サンフランシスコ平和条約等々に基づく戦後日本の出発点)の原理原則に対し,実にブレなく,忠実に行動しようとする一貫性が伺われる。戦後スキームからの逸脱と,米国,中国,韓国,フィリピンその他の国々へのその影響を,世界のなかでの日本の立脚点の動揺を,昭和天皇が敏感に察知なされたのではなかったか,と思われるのだ。

靖國問題を日本人自身の総意で整理し,中国・韓国と和解できたとき,再び御親拝がなされるような気がしてならない。天皇陛下のために亡くなった英霊を天皇陛下がお参りできないこのねじれ現象。保守政治家は,己の政治的主張で左派を非難し靖國神社参拝を政治利用するのではなく,天皇陛下に御親拝いただく環境作りをすることこそがその務めではないだろうか。

こんなことを書いていると右翼だとか,左翼だとか,根も葉もないことを言われそうなので,皇室雑感はこのへんで。とにかく,陛下ご結婚 50 周年,おめでたいことに違いない。

* * *

幼い頃,母が「皇太子と美智子さんのパレード,見とうて,見とうて,ほんま堪らんかったんやけど,仕事で見られへんかったんやー」と言っていたのを思い出す。父母も来年,結婚 50 年である。今年は妻の両親が金婚式を迎えるとあって,お祝いをどうするか思案中である。

* * *

※ 4.25 付記

これにからんで,1999 年 11 月 12 日に行われた天皇陛下御即位 10 年記念祝典の映像を YouTube で見つけた。X Japan の YOSHIKI さんのピアノ演奏の様子である。楽曲は『奉祝曲 Anniversary』。厳かな弦によるテーマの導入にはじまり, 時代の紆余曲折を象徴する調性の変転を経たのち,輝かしい未来を言祝ぐフィナーレで終わる。祝祭に相応しい名演である。功も名もある現代音楽作曲家(第一芸術の担い手)ではなく,日本のロックを代表する音楽家にこれを書かせ,演奏させたプロデューサの才覚にも拍手を送りたい。この曲は CD: YOSHIKI "Eternal Melody II" に収録されている。

Eternal MelodyII
YOSHIKI
コロムビアミュージックエンタテインメント (2005-03-23)

この YOSHIKI さんの参加について,東京大学のとある先生グループが「国家総動員」の危険性を嗅ぎ付け,質問状を YOSHIKI さんに送って警鐘を鳴らしたそうである。祝祭に我を忘れるひとがいる一方で,冷や水を浴びせるひともいる。健全な社会である証拠だと思う。

このころ私は,西暦 2000 年問題対応の最終行程にあり,仕事でキリキリ舞いしていて,世の中の姿がまったく見えていなかった。YouTube 映像のなかで,皇居の向こう側,官庁街にオフィースの煌煌とした灯りを認めて,「ああ,みんな Y2K 残業してやがる」と思うのは私だけか。それから十年を経たいま,こうした記録によってしみじみと当時を振り返るばかりである。


Posted by joui2669.

ミサイル発射,誤探知,などなど

今日 4 月 5 日,北朝鮮が人工衛星と称するミサイルを打ち上げた。この「衛星」は軌道上で金正日を讃える歌を世界に向けて 470 MHz で発信しているのだそうである。この二日間,固唾をのんで発射を見守ったひとも多いと思う。「誤探知」のどっちらけも入って憤りの矛先が分散された分,今日の発射に対して少し冷静になった。

いずれにせよ,ほぼ予定通りの航跡(軌道に乗ったかは別として),予定通りの迎撃回避で,とりあえず最悪の事態が免れたのでひと安心。発射後の政府声明もほぼ予想通りのもので,これから国連での議論に注力するようである。これでよいと思う。予定通り,想定の範囲内,ということこそ国民がいちばん安心するのだから。ネットのこの関係の書き込みを見ていると,「甘い,北朝鮮を空爆しろ,報復せよ」みたいな青臭い論調が支配的であるけれども,働く一般の市民にとってはこの問題が何事もなかったかのように収束するのがいちばんである。

あれだけ中止を求められていたにもかかわらずミサイルを発射した北朝鮮は,国連の議論のなかで責任追求なり,制裁なりを受ければよい。それにしても,国際社会を敵に廻してでもパワーでのし上がろうとするこの国,第二次大戦前のどこかの国とそっくりでないか。他国を無視した核の平和的・軍事的利用,弾道ミサイルの開発と輸出など,平和を指向する人々にとって「悪の枢軸」に相応しい外貌を示して余りある。しかし,北朝鮮からすれば,これは米,英,仏,露,中などの大国がかつて国際世論・国際法を無視してやってきたことであって,なんで同じことを俺たちがやって国益を増すことがいけないのか,国権として平等であるのが世界の秩序ではないか,ということではないだろうか。小国であるからその大国特有の「悪」がいよいよ歪んで目立つだけなのだ。そういう大国の論理を使いつつ,なおかつ — どこかの国と違って軍事介入など,手を血で染めるような愚行を絶対にせずに — 表面的「強硬姿勢」だけの冷静な外交を進めているから,米,中,露も具体的な行動を起こせないし,起こす理由も見出せないのである。上に向かってツバを吐くと自分に降り掛かる。

「なんだかんだ言っても結局は力の論理」と「理性的な恒久平和は実現可能という理想」との拮抗する現代において,北朝鮮は脇目も振らずに前者を国是としているともいえる。超大国は自分と同じ行動論理を認め,忸怩として北朝鮮の思うつぼにハマっている。日本は後者の代表格なのにもかかわらず,北朝鮮の大国ぶりの冷静な外交力の前には,なんとも頼りない。それでも私は日本国民でよかったと思う。最近の日本の世論は,ことあるごとに平和ボケを嗤う。平和ボケでよいではないか。北朝鮮はいずれ第二次大戦前のどこかの国と同じ轍を往くだろう,それよりはマシだと思うからである。

イスラエル新政権発足のニュースを見た。イランの核開発に対して強硬な立場をとるネタニヤフが首相になった。最近,イスラエルはガザ攻撃で世界的に(米国除く)悪役のレッテルを貼られてしまっているけれど,次はイランとキナ臭い事態になるのか。こちらの情勢にも私は少しびびっています。

* * *

昨年9月の米国発の世界的な不況の影響で,私の会社も 2008 年度,創業以来の空前の赤字に陥った。というわけで,今年に入って,旅費やら残業やらさまざまな締め付け要請が現場に来ている。「お父さんがリストラされたらどうする?」ってな話も出ないわけではない。我が社は,雇用不安への対応として,ワークシェアリングを行うという。労働時間,給与を減らしてでも社員皆が仕事を続けられるほうが,リストラよりもよい。もちろんリストラの避けられない時勢ではあるけれども,私の会社に限らず,日本は助け合い・譲り合いの精神において欧米よりも格段に進んでいるのではないか。

日本はこれまで深刻な不況にあっても技術革新などでくぐり抜けて来た。今回も,そうは言っても,英国や米国の底知れぬ挫折に比べれば,まだまだ体力の落ち方は少ないのではないだろうか。

ホンダは 2008 年のシーズンをもって F1 から撤退を決めた。これも不況の直接的影響によるものである。バブル崩壊の 1992 年以来,再度の挫折である(トヨタもいつ F1 から撤退しても不思議でない。今年のトヨタ・マシンは,初優勝の期待できそうな気配がある。有終の美にならなければよいが)。でも,しばらく華やかな世界から身を潜めて技術革新に努め,そして再びステップアップした姿で世界を驚かしてくれるだろう。日本は逆境のなかで自己を磨いて飛躍のできる国だと信じたい。

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ISAO YASUDA。システムエンジニア。神奈川県在住。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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