2009年8月アーカイブ

外国語で文書を作成する際,なくてはならないのがスペルチェッカである。私は FreeBSD において,GNU Emacs 上で ispell + ロシア語辞書を昔から愛用してきた。Emacs は,比較的容易な設定変更で多言語スペルチェックもできるという意味で,秀丸,サクラ,WZ など日本で圧倒的に支持されている和製テキストエディタが太刀打ちできないくらい強力である。これこそ世界中の人々によって鍛えられている強みである。UNIX 文化の典型である Emacs は,ドキュメントをよく読まないと使いこなすのは難しい。しかし,外国語テキスト抜きでは計算機生活ができないユーザーにとって Emacs は,苦労も多いが得られることも多大なソフトウェアなのである。

最近,Unicode でテキストファイルを作成することが一般的になりつつある。Emacs 上で用いるスペルチェッカについても,UTF-8 テキストを取り扱うことのできる GNU Aspell を Emacs 付属の lisp プログラム ispell.el からドライブする形態で,スペルチェックを行う方式が主流のようである。

一般に日本語サイトでは,Emacs スペルチェッカ環境の整備方法について英語に関するリソースばかりで,ロシア語のような ASCII 範囲外の文字を使用する言語に関する活用情報を見かけることが極端に少ない。あったとしても,設定内容に踏み込んだ説明がまったくなく,応用の効かないものが多い。

そこで本稿では,もう少し言語を増やして環境構築を行う方法をしるす。UTF-8 エンコーディングで文書を作成しつつ,ロシア語,英語,フランス語,ドイツ語を切替えて利用できるようにするための導入記録である。先日,Mac OS X Tiger での Emacs-CVS 23.1.50 のインストールメモを書き,GNU Aspell のロシア語環境についても合わせて触れた。本稿の記述はこれと一部重複するところがある。

圧倒的シェアを誇る Windows 環境で説明する。Windows で動作する GNU Emacs である Meadow 開発最新版 3.01-dev から,Aspell-0.60 を使う前提である。私の試したのは Windows XP SP3 である。Windows Vista でもほぼ同じオペレーションで導入できるものと考える。露・英・独・仏語で Aspell を使えるようにすれば,第二外国語として多くのひとが選択する外国語をカバーするわけで,私のような「特殊辺境言語」ロシア語を学ぶ者のみならず,いろんな方の役に立つと考える。英語は標準であるとしても,その他の辞書とその設定は必要なものを選択すればよいように説明するつもりである。

Meadow で Aspell を使うには Cygwin 環境でインストールしたモジュールを使うのがよい。Aspell には Win32 ネイティブで動作する版も存在するが,辞書の追加のし易さから,ここでは Cygwin 版(Cygwin 用というのではなく,単に Cygwin 環境で make された Aspell パッケージと理解してほしい)を前提とする。Cygwin とは簡単にいえば Windows で動作する UNIX 疑似環境である。

以下の説明では Meadow のコマンド操作は Emacs の伝統的表記を用いている。C-x は Ctrl + x キー,M-x は Alt + x キー(Esc のあとに x キー押下でもよい),RET はリターンキーを示している。

  1. Cygwin の導入

    以下の Aspell 利用環境の構築の前に,Cygwin パッケージをインストールしておく。セットアップ・プログラム setup.exe をダウンロード・実行し,指示に従って行けば,簡単にインストールできる。 Cygwin インストーラはパッケージ選択メニューから同時にインストールするソフトウェアを選択できる。このとき,Aspell(0.60.5-1)GNU Make(3.81-2)Wget にチェックを付けてインストールしておく。その他,GNU C/C++ コンパイラ(gcc4-core 4.3.2,gcc4-g++ 4.3.2)も入れておきたい。本稿では Cygwin を C:\cygwin にインストールしたものと仮定して説明をする。別の場所にした場合は読み換えること。

    Cygwin のインストールが終了したら,ユーザーのホームディレクトリを決めて,そのフォルダ・パスを環境変数 HOME に登録しておく(「システム」→「詳細設定」タブ→「環境変数(N)」)。ここでの説明は C:\home をホームディレクトリと仮定して説明する。Cygwin シェルでは $HOME~/ でホームディレクトリのパス参照が可能である。

  2. Meadow-3.01-dev の導入

    Meadow-3.01-dev についても,日本語 Netinstall: setup-ja.exe を入手して,インストールしておく。インタフェースは Cygwin とほぼ同じで,操作はしごく簡単である。同様に,Emacs 外部パッケージを選択インストールができる。apel(10.7-1)mule-fonts 多言語 BDF フォント(1.0-4)を必ず選択して導入しておく。

    ここでは Meadow は C:\meadow 以下にインストールされたものと仮定する。また Meadow の初期設定ファイル .emacs$HOME ディレクトリに格納されたものとする。

    Emacs 外部パッケージ一覧において ispell パッケージを選択する必要はない。もし選択する場合は,ispell パッケージの auto-autoloads.el と,本稿の .emacs 設定とが競合する問題があるため,前者をロードしないような操作を施す必要がある(後述)。

    Emacs 外部パッケージをあまりに欲張って選択・インストールすると,各パッケージの自動設定プログラム auto-autoloads.el が相互に競合を起こして,.emacs 初期設定処理中にエラーが発生し,うまく動かなかったりすることがある。このため,まずは必要最小限のパッケージで所期の目的を確認しつつ安定動作させたのち,追加して行くことをお勧めする。もし,初期処理中にエラーが発生したら,*Messages* バッファに出力されたメッセージを確認し,エラーの原因となったパッケージ auto-autoloads.el の存在するフォルダ(C:\meadow\packages\pkginfo の下にある)を別の場所に移動させると,問題を回避できることがある。このようにしたとしても,.emacs 設定をしかるべく記述すればパッケージを利用することができる。

  3. Meadow 言語環境の設定

    本稿での Aspell 設定は Unicode 環境を想定したものである。Meadow の言語環境も Unicode に最適化された設定にしておくこととする。以下の内容を .emacs に追加する。

    (set-language-environment "Japanese")
    (set-default-coding-systems 'utf-8-dos)
    (set-buffer-file-coding-system 'utf-8-dos)
    (set-selection-coding-system 'utf-16le-dos)
    (prefer-coding-system 'utf-8)
    

    set-selection-coding-system 関数の設定は IE 等の他の Windows アプリケーションとの間でテキストをコピー・ペースト(Emacs 用語でいえば,キル・ヤンク)するために必要である(UTF-16 Little Endian を指定している)。この記述がないと,ASCII 以外のあらゆる文字列のコピー・ペーストが文字化けを来す。こんな設定はデフォルトにすべきもののように思われるが,現在の開発版 Meadow 3.01-dev では明示的に記述する必要がある。

    その他,Meadow-3 の多言語環境一般の設定(BDF フォント,インプットメソッド等)については,弊サイト記事『Windows Meadow 3.00』を参考にしてほしい。

  4. 辞書のダウンロード・解凍

    GNU Aspell ホームページ http://aspell.net/ にある辞書アーカイブへのリンクから,以下の辞書アーカイブをダウンロードする。

    ダウンロードしたら,Cygwin シェルの ~/tmp(Windows パスは C:\home\tmp)下に解凍しておく。tar.bz2 アーカイブを処理できるアーカイバ(lhaplus 等)が必要である。Cygwin シェルでダウンロード,解凍するなら,次のようにすればよい。ロシア語辞書の例であるが,これを英,仏,独についても繰返し行う。

    $ mkdir -p ~/tmp
    $ cd ~/tmp
    $ wget -nH -nd \
    ftp://ftp.gnu.org/gnu/aspell/dict/ru/aspell6-ru-0.99f7-1.tar.bz2
    $ tar jxvf aspell6-ru-0.99f7-1.tar.bz2
    
  5. 辞書の組込み

    Aspell 辞書のインストールは Cygwin のシェルで実施する。以下のロシア語辞書のオペレーションを英・仏・独語用辞書についても同様に行う。いずれも,各言語用辞書の解凍ディレクトリにおいて,./configure,make,make install を順次実行するだけである。

    $ cd ~/tmp/aspell6-ru-0.99f7-1/
    $ ./configure
    $ make
    $ make install
    
  6. ispell auto-autoloads.el の移動

    Meadow Netinstall で ispell パッケージを選択してインストールすると,ispell 用の自動設定 elisp: auto-autoloads.elC:\meadow\packages\pkginfo\ispell フォルダ下に組込まれ,Meadow が起動するたびに自動的にロードされる。この auto-autoloads.el は,本稿の Aspell 用 .emacs 設定(後述)を反古にしてしまう。このため,ispell 設定用の auto-autoloads.el がロードされないよう,pkginfo フォルダから ispell フォルダを別の場所に移動させておく

  7. Aspell 用 .emacs の調整

    Aspell スペルチェックの設定 elisp を 初期設定ファイル .emacs に追加する。すなわち,以下のテキストをコピーして,.emacs にペーストすればよい。ただし,このテキストには,露・独・仏語の文字が含まれるため,ペーストして格納する前に,必ず C-x RET f utf-8 RET としてバッファ・コーディングシステムを UTF-8 に設定しておく。.emacs に エンコーディング指示を書き込んでいる場合は,これも utf-8 に書き換えておく。.emacs を修正・格納したら,Meadow を再起動すれば,定義が有効になる。

    ;;
    ;;  Aspell -- spell-checking UTF-8 text -- .emacs に追加する elisp
    ;;    based on "Настройка проверки правописания Ispell" by KOSTAFEY
    ;;    (see http://kostafey.blogspot.com/2009/07/emacs-aspell.html)
    ;;
    ;;  注意: .emacs を UTF-8 エンコーディングとすること。 
    ;;  - C-x RET f utf-8 RET で .emacs バッファを UTF-8 にする。
    ;;  - .emacs 先頭に -*- mode: emacs-lisp; coding: utf-8; -*- を記述しておく。
    ;;
    (require 'flyspell)
    (require 'ispell)
    (setq
     ispell-program-name "c:/cygwin/bin/aspell.exe" ;; ユーザー環境に依存
     ispell-dictionary-alist 
     '(
       ;;【ispell-dictionary-alist 指定パラメータ概略】
       ;; 1. Dictionary name: 辞書名
       ;; 2. Case characters (regex): 対象文字セット(正規表現)
       ;; 3. Non case characters (regex): 非対象文字セット(正規表現)
       ;; 4. Other characters (regex): 単語構成特殊文字(正規表現)
       ;; 5. Many other characters (bool): 単語構成特殊文字複合有無(t or nil)
       ;; 6. ispell Arg (list): Aspell コマンド引数リスト("A" "B" "C") → "aspell A B C"
       ;; 7. Extended character mode (const ~tex, ~nroff, etc. or nil): チェックモード
       ;; 8. Coding System: コーディングシステム
       ("English"                       ; English
        "[a-zA-Z]" 
        "[^a-zA-Z]" 
        "[']" nil ("-d" "en") nil iso-8859-1)
       ("Russian"                       ; Russian
        "[АБВГДЕЁЖЗИЙКЛМНОПРСТУФХЦЧШЩЪЫЬЭЮЯабвгдеёжзийклмнопрстуфхцчшщъыьэюя]"
        "[^АБВГДЕЁЖЗИЙКЛМНОПРСТУФХЦЧШЩЪЫЬЭЮЯабвгдеёжзийклмнопрстуфхцчшщъыьэюя]"
        "[-]" nil ("-d" "ru-yeyo") nil utf-8)
       ("German"                        ; German
        "[a-zA-ZäöüÄÖÜß]"
        "[^a-zA-ZäöüÄÖÜß]"
        "[']" t ("-d" "de_DE") nil utf-8)
       ("French"                        ; French
        "[a-zA-ZçàâéèêëîïôûüÇÀÂÉÈÊËÎÏÔÛÜ]"
        "[^a-zA-ZçàâéèêëîïôûüÇÀÂÉÈÊËÎÏÔÛÜ]"
        "[']" t ("-d" "fr_FR") nil utf-8)
       (nil                             ; Default
        "[A-Za-z]"
        "[^A-Za-z]"
        "[']" nil ("-C") nil iso-8859-1)
       )
     ;; ロシア語を標準とする
     flyspell-default-dictionary "Russian"
     ispell-dictionary "Russian"
     ispell-local-dictionary "Russian"
     ;; Aspell に渡す付加オプション: 高速モード,UTF-8 インタフェース
     ;; see Aspell Manual: http://aspell.net/man-html/index.html
     ispell-extra-args '("--sug-mode=ultra" "--encoding=UTF-8")
    )
     
    ;;; 不正単語ハイライト表示フェース(デフォルト)
    (setq ispell-highlight-face 'flyspell-incorrect)
    ;;; Text-mode で flyspell を自動起動
    (add-hook 'text-mode-hook 'flyspell-mode)
    ;;; check 前のウェイト秒数
    (setq flyspell-delay 1)
     
    ;;; 各国語用切替関数の定義
    ;;; Russian, English, French, German in ispell-dictionary-alist
    ;;;; Flyspel
    ;;;; ロシア語
    (defun flyspell-russian ()
      (interactive)
      (flyspell-mode t)
      (ispell-change-dictionary "Russian")
      (flyspell-buffer)
      (message "Russian dictionary - Spell Checking completed."))
     
    ;;;; 英語
    (defun flyspell-english ()
      (interactive)
      (flyspell-mode t)
      (ispell-change-dictionary "English")
      (flyspell-buffer)
      (message "English dictionary - Spell Checking completed."))
     
    ;;;; 仏語
    (defun flyspell-french ()
      (interactive)
      (flyspell-mode t)
      (ispell-change-dictionary "French")
      (flyspell-buffer)
      (message "French dictionary - Spell Checking completed."))
     
    ;;;; 独語
    (defun flyspell-german ()
      (interactive)
      (flyspell-mode t)
      (ispell-change-dictionary "German")
      (flyspell-buffer)
      (message "German dictionary - Spell Checking completed."))
     
    ;;;; Ispell-buffer
    ;;;; ロシア語
    (defun ispell-russian ()
     "Russian aspell for UTF-8"
     (interactive)
     (ispell-change-dictionary "Russian")
     (ispell-buffer))
     
    ;;;; 英語
    (defun ispell-english ()
     "English aspell for UTF-8"
     (interactive)
     (ispell-change-dictionary "English")
     (ispell-buffer))
     
    ;;;; 仏語
    (defun ispell-french ()
     "French aspell for UTF-8"
     (interactive)
     (ispell-change-dictionary "French")
     (ispell-buffer))
     
    ;;;; 独語
    (defun ispell-german ()
     "German aspell for UTF-8"
     (interactive)
     (ispell-change-dictionary "German")
     (ispell-buffer))
     
    ;; ファンクションキー
    (global-set-key [(control f1)] 'ispell-word)
    (global-set-key [(control f2)] 'ispell-region)
    (global-set-key [(control f3)] 'ispell-buffer)
    

    Cygwin,Aspell を本稿の前提パス C:\cygwin 配下とは違う場所にインストールしている場合,ispell-program-name のパス指定を修正しなければならない。上記 elisp が目的とする機能は以下のとおりである。

    • Aspell 露・英・仏・独辞書名をそれぞれ,RussianEnglishFrenchGerman として定義する。先頭は大文字にしてある。
    • スペルチェック対象の各国語エンコーディングを UTF-8 とする。
    • Text mode で flyspell-mode を自動的に起動する(text-mode-hook)。flyspell はカーソル位置の単語に,もしくは単語入力のつど,誤りがあれば,赤く強調表示をする(正確には,オレンジレッド,ボールド,下線付き。これは flyspell-incorrect フェースに定義されている)。辞書に適合している単語は通常の表示である。ここで Text mode とは,通常の .txt プレーンテキストのみならず HTML, LaTeX などをも対象としたテキスト形式編集モード(html-mode,LaTeX-mode 等)のことを指している。
    • 標準辞書はロシア語としている。他の言語辞書に切替えるには,M-x ispell-change-dictionary RET French(切替えたい辞書名) RET とする。以下の flyspell-言語名 もしくは ispell-言語名 のユーザー関数を使うと,その過程で辞書が切替わる。
    • M-x flyspell-russian RET によって露語辞書に切替え flyspell チェックを行う。
    • M-x flyspell-english RET によって英語辞書に切替え flyspell チェックを行う。
    • M-x flyspell-french RET によって仏語辞書に切替え flyspell チェックを行う。
    • M-x flyspell-german RET によって独語辞書に切替え flyspell チェックを行う。
    • M-x ispell-russian RET によって露語辞書に切替え ispell-buffer チェックを行う。
    • M-x ispell-english RET によって英語辞書に切替え ispell-buffer チェックを行う。
    • M-x ispell-french RET によって仏語辞書に切替え ispell-buffer チェックを行う。
    • M-x ispell-german RET によって独語辞書に切替え ispell-buffer チェックを行う。
    • C-f1 によって,現在選択されている辞書で ispell-word を実行する。ispell-word 関数はカーソル位置の単語をチェックし,誤りがあれば別バッファに候補を表示する。
    • C-f2 によって,現在選択されている辞書で ispell-region を実行する。ispell-region 関数はテキスト・リージョン(選択範囲テキスト)に対してスペルチェックを実行し,ミススペルの語を強調表示するとともに別バッファに訂正候補を表示し,ユーザー応答を促す処理を繰り返す。
    • C-f3 によって,現在選択されている辞書で ispell-buffer を実行する。ispell-buffer 関数は編集バッファ全体に対してチェックを行う。

    各国語辞書はそれぞれの言語の方言・正書法に応じて複数用意されている。それは Aspell コマンド引数リスト,例えば,ロシア語辞書定義の ("-d" "ru-yeyo") のうちの "ru-yeyo" の部分に指定することができる。-d は Aspell の辞書を指定する引数であり,それに引き続いて辞書名を指定するわけである。このロシア語用定義で指定されている ru-yeyo は,е(イェ)と ё(イョ)のいずれの表記にも対応できる辞書である。つまり твердый でも,твёрдый でもチェックできる指定である。仮に,ru-ye を指定すると,твёрдый が綴り誤りとしてチェックアウトされる。この方法で指定できる辞書のオプションは,各国語辞書パッケージに添付されている README に説明がある。必ずこれを読んで,ユーザー自身の目的に応じた辞書を("-d" "辞書名") に指定してほしい。

    デフォルト選択辞書をロシア語にしている。別の言語を設定したいのならば,上記 elisp 中の変数 flyspell-default-dictionaryispell-dictionaryispell-local-dictionary の各オペランドを "Russian" ではなく "German" 等の辞書名に書き換えればよい。

    この Aspell 用 elisp 設定は,Windows Meadow のみならず,FreeBSD,Linux,Mac OS X の Emacs でも有効である。もちろん,ispell-program-name のパス指定を使用環境に応じて書き換える必要がある。

  8. 非アクティブ・モード行表示不正対策

    Meadow 標準設定では,非アクティブのモード行(バッファの下にあるステータス表示行)のキリル文字が文字化け(いわゆる「豆腐」)で表示されてしまう。これは Meadow において modeline-inactive 属性のフェース・フォントが,キリル文字を含まないデフォルト・フォントに設定されているためである。この対策として set-face-font 関数によって modeline-inactive 属性に用いるフォントセットを mule-fonts16 に再設定すればよい。M-x set-face-font RET modeline-inactive RET mule-fonts16 RET を実行するとよい。いちいちこれを入力するのが面倒であれば,mule-fonts パッケージ C:\meadow\packages\pkginfo\mule-fonts\auto-autoloads.el を Meadow で開いて,最後尾に以下を追加して格納し,Meadow を再起動すればよい。対策前後を図 1 に示す。

    (set-face-font 'modeline-inactive "mule-fonts16")
    

    なお,この定義は .emacs に記述できない。フォントセット mule-fonts16 は .emacs よりあとで読込まれる mule-fonts\auto-autoloads.el で定義されているからである。

    m-04-modline-zengo.jpg

    図 1. 非アクティブ・モード行キリル文字問題対策


Meadow 3.01-dev における GNU Aspell 露・英・仏・独辞書環境設定は以上のとおりである。図 2 に,ispell-buffer によってロシア語テキストをスペルチェックするスクリーンショットを示す。

m-08-ru-buffer.jpg

図 2. ispell-buffer ロシア語スペルチェック

今回,露・英・仏・独四カ国語を切替える設定を示したけれども,ユーザーにとって不要な言語を削る設定はそれほど難しくないと思う。C-f1 などのショートハンドについても,global-set-key 関数によって,好みのキーに割り当ててもらいたい。

ここで対象にしなかった言語についても,Aspell でサポートされている言語ならば,辞書追加を同じように実施し,上記 elisp の ispell-dictionary-alist に辞書エントリを追加すればよい。エントリの 8 つのパラメータについて上記 elisp 中にもコメントとして概略仕様を簡単にしるしておいたので参考にしてほしい。また,標準 ispell 辞書用の定義が ispell.el にあるので,これを参考に Aspell 用を定義してもよい。詳しくは開発者によるマニュアルを参照のこと(M-x describe-variable RET ispell-dictionary-alist RET から参照できる)。

複数の言語が混在した文書のスペルチェックは当然ながら辞書を切替えながら実施することになる。仏語辞書が選択されているとき独語テキスト部分で誤りと判断される単語が大量に出てしまうのは致し方ない(図 3. フランス語辞書選択時と,図 4. ドイツ語辞書選択時の画面を比較せよ)。ロシア語辞書の場合は,ispell-dictionary-alist 定義によって,キリル文字のみが対象文字セットに指定されているため,ASCII 文字からなる単語には反応しない。

m-10-flys-fr.jpg

図 3. フランス語辞書使用時

m-11-flys-de.jpg

図 4. ドイツ語辞書使用時

iPod に動画

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Janne Da Arc のファンである娘から,彼らのコンサート DVD の動画を iPod に入れてくれとうるさくせがまれた。「自分で調べてやればー」---「なんでも言うこと聞くからお願い!」---「わかった,じゃー...」。私は iPod にロシア語の勉強のためにロシア映画などを入れている。メインのリソースは結構長いクラシック音楽なんだけど,音楽だけだと 80GB はとても使い切れない。このエリアを一部子供に割譲してやることで,お父さんの言うことを聞くなら,おやすい御用。

私は iPod を Mac OS X で初期化して使っているので,動画処理も Mac 用のソフトが使えると便利である。HandBreak という Mac OS X アプリで,DVD の動画を iPod に格納することができる。これは,シェアウェアの多い Mac ユーティリティのなかにあってフリーというありがたいソフトウェアである。HandBreak を用いた DVD からのリッピングと iPod 格納用の画像変換については,"HOWTO Rip DVD Movies To Your iPod Using Free Software" という英文サイトが参考になった。

というわけで子供と iPod を共有しているのだけど,こうなるとオトナのコンテンツを入れられないじゃないか。「これはお父さんだけのエッチな画像なので見ちゃいけないよ」なんて言いおくのはヤブヘビというものである。特定コンテンツのパスワード保護機能サポートを,ぜひとも Apple に望む次第である!

飯田進『魂鎮への道』

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今夏も例年のように終戦記念日のあたりには,第二次世界大戦を振り返る特番,ニュース,新聞記事,反戦映画等々が流れ,戦争とは何だったのかという問題論が反復された。風物詩のような観がある。

私もそんな折り,丸善で飯田進著『魂鎮への道』を見つけた。これは 1997 年不二出版初版を岩波書店が文庫版として再編したものである。このように,岩波現代文庫は 21 世紀の新時代において新たに見直すべきテーマをきちんと見据えて,啓蒙的なモノグラフの力作を提供してくれる。豊下楢彦著『昭和天皇・マッカーサー会見』(2008 年),古関彰一著『日本国憲法の誕生』(2009 年)には,終戦直後と憲法制定のような戦後日本の原点について,教えられるところが多かった。

最近,安全保障問題,領土問題,靖国問題,田母神論文等に現われた歴史認識問題等々を巡って,日本はかつてないほどに右傾化している。小林よしのりの『戦争論』がバカ売れし,その安価な軍国的ヒロイズムに傾倒する若者が増殖している。YouTube には反韓・反中の煽動動画が溢れている。総じて,昭和の中国・東南アジア侵略・太平洋戦争を正義の戦いだったと大真面目に信ずる若者が急増しているように思われる。ネット・ニュースについても韓国・北朝鮮・中国に関る記事は,よいこと悪いこと重大事,社会面おしなべてどんなものでも,悪し様の軽薄で低レベルなコメントがすぐさま行列を成すのである。

私が彼らの言説にまったく真実性・現実性・思想性を見いだせないのは,ひとえに次の理由による。戦争に参加しその過酷な試練にさらされた人々の意見にまったく耳を傾けず,欧米列強の非道,東京裁判などの敗戦による屈辱,そこから来る被害者意識と安価な正義感,「武士道」を誤って理解した美学的・倫理的センチメンタリズム,「強い日本」のイメージを,ただひたすら誇張するばかりだからである。私は平和論・戦争論について戦争を体験した人の言うことしか信じない。戦争を知らぬ者に「突撃セヨ」と言われて誰が真に受けるだろうか。小林よしのり,田母神俊雄,潮匤人,渡部昇一 — こういう者たちがただの「煽動者」にしか見えないのは,究極,そういうことである。なぜもっと経験者のことばに耳を傾け,想像力を働かせることができないのか。

飯田進は帝国海軍の兵士としてニューギニアに送られ,戦後いわゆる BC 戦犯としてスガモ・プリズンに収容されていた太平洋戦争の生き証人である。本書はその体験,戦友の辿った悲惨な運命について,美化することなく,真摯に顧みた手記である。加害者としての非道を自問すると同時に,連合国軍側の非人道性(日本軍と同様の残虐行為,捕虜の虐殺,無差別絨毯爆撃,原爆投下)をも糾弾し,戦争というものの無惨を語る。

『魂鎮への道』についてあまりここで多くを語りたくない。是非読んでほしいということ。兵站を無視した大本営の無策によって戦友が大量に餓死する様を見,「殺すか殺されるか」の狂気のなかで自らは無実の非戦闘員を虐殺し,戦犯として死刑宣告を受け,焦土と化した日本を目の当たりにし,そうして当の大本営の責任者が戦後のうのうと生き延びた様を目にしたその人が,いまこの時代に何を思い,何を訴えようとしているのかを。思想とはそういうものである。

私は理解した。あの東京裁判とは,実際は戦争の現場を知らずに司令部で愚策を推進した軍事官僚(この現代に敷衍すれば,田母神俊雄のような幕僚たち)ではなく,責任者・閣僚トップ(石破茂のような防衛大臣)と眼に見える現場の兵卒とを死刑にすることで,戦争責任を問うたようなものである。日本は戦前から無責任な官僚に主導される国家だったのである。その構造はいまも同じ。許せますか?(小沢元民主党代表秘書逮捕事件でも,公設秘書や小沢さんの名前ばかりが世に叫ばれ,検察官僚という権力側にある者たちの固有名詞はまったく取りざたされない。この逮捕が横暴だったとしても検察官僚は国民によって裁かれることはない。「無責任」構造とはそういうことである。)

東京裁判が政府閣僚を A 級戦犯として,現場の兵士を BC 級戦犯として死刑台に送ったことで日本の戦争責任追及としたこと。これが戦後日本人の無責任体質を生み出したと著者は主張する。英霊のおかげで戦後の経済発展があるとするロマンチズムを著者は批判する。日本兵は多くがただ無惨に餓死したに過ぎず,経済発展も朝鮮戦争・ヴェトナム戦争という冷戦構造の特需の恩恵であって,日本兵のイヌ死とはなんの関係もない,と。そして大東亜共栄圏などは,アジアの人々に対する優越感のなせる自己中心的発想でしかなく,さらに戦後の経済発展を通してそのアジア人蔑視を引き継ぎ,戦犯裁判によって逆説的に責任なしとされた戦後日本人は,あの戦争は軍部による愚策だと他人事のように語り,一方では 2,000 万人以上とも言われる日本軍によるアジア人虐殺の事実を軽く受け流している,と著者は憤る。飢えて死んで行った兵士の無念,虐殺された現地の非戦闘員の無念,空爆で焼け死んだ一般市民の無念を,戦後 60 年たったいまも誰も晴らそうとしていないと訴える。

現代日本人ひとりひとりがあの戦争の責任を己のなかに問うこと。これなくして,自衛隊も改憲論もクソもないと著者は主張する。これこそが無駄死した戦友への真の鎮魂だというのである。
 

衆議院選挙・民主党優勢

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いよいよ衆議院選挙。家にも各政党から電話がかかって来たりする。ねじれ国会のおかげで法審議が一向に捗らないにもかかわらず,4 年も改選していないなんて異常な感じだった。なにか国政の先送り体質が透けているようで,醜かったんである。

新聞各社の予想によれば,民主党が優勢である。単独で 300 議席という記事も見た。昨年から今年にかけ,政府閣僚の失態,小沢民主党代表の献金問題で,自民党,民主党それぞれが一進一退だと私は思っていた。でも,有権者のいまの反応をみていると,そんな一過性の問題で揺れるのではなく,新自由主義小泉政治に対し今回は「ノー」を叩き付けるということがこの状況に現われていると思うようになった。そうだ,21 世紀になっていったいどんなよいことがあっただろう,というわけである。民主党が少しくらい頼りなくったって,ここいらで自民党政権を一遍潰してみよう。それで混乱が生じても受入れよう。国民の思いはそういうことなんだと思うようになった。民主党は官僚政治をぶっ潰すと言っている(そうそう,選挙で選ばれた国会議員に対して舐めたような真似をしてくれた検察官僚に復讐してやればよい)。それを見てみよう。

解散から一月という長い時間の間で,マニフェスト・政策を比較検討する記事をいろんなサイトで見た。「ブレる・ブレない」が流行語のようになっているが,有権者はもうブレないかも知れない。

1930 年代,世界恐慌からの脱出を試みる時代背景において,ファシズムが台頭した。ファシズムは今となっては全体主義的非人道性ばかりが強調されるが,「弱い者の味方」風の社会・国家主義的要素を押し進めて権力を握った。幸福実現党の綱領を耳にして,大統領制にするだの(これは権力を大川総裁個人に集中する,ということである),北朝鮮に一矢報いるだの(これは軍事的国家エゴを堂々と発揮する,ということである),この権力奪取前のナチスの強権的社会主義を一瞬想起してしまった。こんなのを冷ややかに見過ごして,民主党優勢になっているのだとしたら,日本の有権者は冷静なんだと思う。

とはいえ,民主党は党員の出自がバラバラで,安全保障や改憲論という基本的な問題においてすら党内が一致しない,そういう珍しい野党である(小沢さんも鳩山さんも旧自民党内部の権力闘争に敗れた人達である)。ここのところ民主党のマニフェスト修正がからかわれているけれども,そもそもブレまくって当然なのである。多様なことは悪いことではない。各論において状況に応じて軌道修正してゆくことも必要である。しかし,Change の風潮を逆手に取って,政権を取ったら公約を顧みずにへんな方向に突き進む,なんてことのないよう祈る。

民主党が勝利したら,鳩山さんが総理大臣になるわけである。小沢さんのほうがよいと思うんだけどなあ。小沢 -- オバマ,小沢 -- プーチンの会談なんてぜひ見てみたい。あのコワモテの難しそうな顔で勝負する姿を見てみたい。

木曜日朝,目黒の顧客との打合せの前に,目黒駅東口のマックでコーヒーを飲みつつ,会議に向けて気合いを入れる。それが私の習慣になっている。

昨日そのマックでちょっとしたトラブルに遭遇した。若い男ふたりが言い争っていた。店員が仲裁に入っていたが収まらない。そのうち,警官がやって来た。店員の証言からかひとりは解放されてもうひとりのほうが残された。短く刈り込んだ髪を茶色に染め,サングラスをかけ,乱暴な口のきき方をする 30 前後の男であった。チンピラもマックなんかに来るんだと意外であった。チンピラですらないのかも知れない。

警官が「ちょっと話を聞きたいので交番まで同行してもらえる?」と穏やかに要請するが,男はあと一時間待てと聞かない。「おまわりさん,オレ被害者だよ。なんで損害賠償の相手を逃がしておいて,オレにいちゃもんをつけるわけ? あ,そうそう,オレ,一時間後に衆議院議員・佐藤XXX(あの有名な小泉チルドレンのことだろう)と会う約束になってんだけどな。おまわりさん,こんなんじゃあ,遅れちまうじゃねえか。佐藤さんに電話してよ。あんたの所為で遅れるって」。警官はというと顔色一つ変えない。「わかった。なら交番でゆっくり聞こうじゃないか」。

さてその先がどうなったかは知らない。残念ながら,打合せの時間が近づいたのだ。世の中には本当にこういう愚にもつかないワルがいるもんだと久々に納得した。相手を脅かしたいのだろうが,自分の印象を悪化させることにしかならない見え透いた嘘をつく。警官もこんなのを扱い慣れているようであった。国家権力が取り締まるべきなのはこういう連中なのである。(横道にそれますが,ノリピーも悪いけれども,彼らにヤクを回して金を儲けている奴らを潰すことこそが,国家権力の第一に考えるべき使命というものである。)

世の中の犯罪者には少なくとも二種類いると思われる。ひとつは悪いと思いつつ何らかの事情で犯罪に手を染めてしまった者。もうひとつは生い立ちの過程で犯罪になんの抵抗も覚えなくなった者。そう,ヤクザのような人達。この男は後者の部類に入るようである。こういう奴らはもはや救いようがない。塀の向こう側で税金を費やしてでも三食食わしてやったほうが国益に適う。

* * *

8 月 15 日土曜日の朝日新聞・文化欄に「日本人の戦争観 多様」なる記事が掲載されていた。『日本人の戦争---作家の日記を読む』を巡って著者ドナルド・キーンに取材したコラムである。「わかったことは,日本人特有の戦争観といったものはない,ということです。戦中,米国の軍人の大半は日本人を狂信的だと思っていたが,日記を読むと実に多様だったことがわかる。現在,単一的にみえるイスラムや北朝鮮などの人々もみなが同じではない,ということを伝えたい」とキーンは語っている。

「良識」とはこういう態度のことをいうのだ。広く資料を読んで対象を理解しようとする姿勢。戦時中の日本人は一律に狂った民族だと欧米から思われていた。いま,核開発問題,ミサイル問題,拉致問題等々,北朝鮮の国民は日本人に同様の目で見られている。しかしこれらの問題の責任は北朝鮮政府・権力者にある。ネットで「北朝鮮を空爆しろ」と騒いでいる奴らは,マスコミの偏った報道・政府のプロパガンダに乗せられているだけなのに,自分の目で確かめようなどとはこれっぱかしも思わず,自分が正しいと思い込んでいる。そういう良識のない衆愚性こそが,民間人に対する無差別な空爆や原爆投下を正当化するのである。
 
※ 2010.9.13 付記

その後ほどなくして,ドナルド・キーン『日本人の戦争---作家の日記を読む』を読んだ。キーンは日本人の戦時中の思索は思いのほか多様だったと指摘するが,大東亜共栄圏への熱狂のウラにある戦前・戦中の日本人のメンタリティにはアジアに対する抜き差しならない蔑視が横たわっていたことを知識人の日記からうまくあぶり出している。私には,アジアの他国に対する蔑視という観点では戦中・戦後の日本人はじつに「画一的」であったと考えざるを得なかった。おそらく現在もそうだと思う。英文学者・吉田健一はキーンのよき紹介者で尊敬すべき文筆家であったわけだけれども,吉田の日記はこういう点でぞっとしませんでした。

どの著書だったか本書とは別のところで,ドナルド・キーンは,日清戦争が日本人の中国人に対する態度を尊敬から軽蔑に決定的に変えてしまったと指摘している。そうだ,昔の日本人は中国文化を尊敬してやまなかった。そしてそれは確かな素地だったと私は思う。それがいまやどうだろう。中国を「文化」からもっとも遠い劣等国であるかのような扱いをしている。戦争に勝つ負けるが国民に与える影響は測り知れないものなのだと再認識。私は中国文化に対する態度でそのひとの教養のレベルを計るようになってしまった。中国文化を軽んずる輩はまずもって日本の文化をも理解していないと判断するのである。
 

Wnn7, Mew-6.2 with Emacs 23.1.50

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FreeBSD にも Emacs-CVS をインストールした。Emacs 22 の Mew 5.1 draft-mode(メールを書くときのモード)でメールを書いているときに flyspell がうまく動作しないので,どうしたものか悩んだためである。FreeBSD でもバージョンアップしてみることにした。Mew も 6.2 が公開されていた。ふたつともいっしょにバージョンアップした。Mew の X-mailer から Emacs 23 において Mule バージョンも「賢木」から「花散里」になったことを知った。日本人による Emacs コントリビューションの最大の成果である Mule は,『源氏物語』の巻名でバージョンを表現する習わしである。

これで,Mew の draft-mode でも flyspell が動作するようになった。ところが,今度は Wnn7 のかな漢字変換において「候補が 1 つも作れませんでした」とミニバッファに出て,漢字変換ができない。なんじゃこりゃー! もうサイテー! オレはインスコ・ヲタクじゃねーのに,余計なことさせんなー! 調べたところ,Wnn7 elisp: wnn7egg は Emacs 23 ではそもそもうまく動かないらしい。

捨てる神あれば拾う神あり。この問題でパッチが公開されていることをここで知った。最新の Emacs 23.1.50.2 でもこのパッチが有効かどうか少し疑問であったが,ダメ元で試してみた。wnn7-elisp-el-1.02-1.patch.gz をダウンロード。オムロンのサイトにある wnn7egg v1.02 ソースアーカイブをダウンロード・展開したものに対して,このパッチを適用する。オペレーションは以下のとおり。

% cd ~/tmp
% wget -nH -nd \
http://www.omronsoft.co.jp/SP/pcunix/wnn7/support/modules/wnn7egg/wnn7-elisp-el-1.02-1.tgz
% tar zxvf wnn7-elisp-el-1.02-1.tgz
% cd wnn7
% wget -nH -nd ftp://ftp.jpl.org/pub/elisp/wnn7-elisp-el-1.02-1.patch.gz
% gunzip wnn7-elisp-el-1.02-1.patch.gz
% patch -p1 < wnn7-elisp-el-1.02-1.patch
% su -m
# mv /usr/local/share/emacs/site-lisp/wnn7egg ~/tmp/wnn7egg.bak
# cp -R wnn7/elisp/emacs20 /usr/local/share/emacs/site-lisp/wnn7egg
# exit

これで,かな漢字変換ができるようになった。M-x egg-use-input-predict による Wnn7 入力予測機能への切替えも OK であった。

※ 09.8.28 付記
Mew のバージョンについて,Emacs-23 では Mew-6.2.52 以降を使う。Mew 作者は 6.2.52 で Emacs-23 対応のバグを fix したという。たしかに,Mew-6.2 では draft-mode でのテキスト入力が異常に遅く使い物にならなかったが,6.2.52 で改善されていた。

Mac OS X Tiger 10.4.11,X11 環境の GNU Emacs(22.0.50)において,ロシア語テキストの flyspell-mode(単語入力と同時にスペルチェックし,ミスがあると修飾表示してくれるモード)設定をしたところ,"Symbol's function definition is void: ispell-maybe-find-aspell-dictionaries" というエラーが出てスペルチェックができない。ispell-buffer などは OK である。調べたところ,どうも Emacs の新しい版では訂正されているとのことであった。そこで,意を決して久々に CVS から Emacs を構築することにした。バージョンは 23.1.50.2(ChangeLog 最新日付は 2009.8.15)。

ところが,Mac OS X でのコンパイル,起動確認は厄介だった。オープンソース・プログラムの構築では,ユーザーの環境により様々な問題が出る可能性があり,一様ではないだろうけれども,私と同じ問題に遭遇した人のために,その問題と対処メモをしるしておく。

まずは Emacs CVS リポジトリ http://savannah.gnu.org/cvs/?group=emacs からローカル・ワークにチェックアウトする。続いて,configure スクリプトを実行し,make。

% cd ~/tmp
% setenv CVS_RSH ssh
% cvs -z3 -d:pserver:anonymous@cvs.savannah.gnu.org:/sources/emacs co emacs
% ./configure --with-x
% make bootstrap

ftfont.c のコンパイルで問題が出た。'FC_WEIGHT_REGULAR' undeclared や 'FC_WIDTH' undeclared といったエラーが出て停止する。これは GTK+2 ライブラリがないために出るようである。Version-23 から GTK+2 を使うようになったらしい。そこで,このライブラリをインストールした。今回は source tar ball からではなく,EasyPackage インストーラで Tiger 用バイナリを導入した。x11-toolkits 分類から gtk+2 をダブルクリックするだけ。いとも簡単。これで再度 make をしてコンパイルは完了した。sudo make install でインストールは終了。

次にいよいよ Emacs を起動したところ,次のようなエラーで Emacs が abort した。

Error reading Pango modules file
 
(emacs:24574): Pango-CRITICAL **: _pango_engine_shape_shape: assertion
`PANGO_IS_FONT (font)' failed
 
Pango-ERROR **: file shape.c: line 75 (pango_shape): assertion failed: 
(glyphs->num_glyphs > 0)
aborting...

Pango ってなんじゃ? これはフォントのレンダリングでアンチエイリアス表示をする仕組みのようである。こんなんいらんのにと,configure オプションを調べなおしたりしたが,抑止できるオプションがなさそうであった。でも /usr/local/lib,/opt/local/lib の下を確認すると,libpango* のライブラリがすでにインストールされており,設定の問題らしいことがわかった。Google で検索した結果,pango.modules の設定がよろしくない。これを作りなおすコマンド pango-querymodules を実行すればうまくいった。

# cd /usr/local/etc/pango
# pango-querymodules > pango.modules

Emacs のコンパイルでトラブルは毎度のこと。どうしてこんなに面倒なのか。FreeBSD ports や Mac Carbon-Emacs dmg,Mac Darwin ports を利用して構築することを強く推奨する。こんなことで時間を浪費するのは,スキ者に任せておくべきである。

flyspell もばっちり OK になった。これを契機にロシア語スペルチェック環境を改善した。ロシアの KOSTAFEY 氏によるブログ "KOSTAFEY'S BLOG" 2009.7.28 日の記事 Emacs, Aspell и одновременное использование словарей を参考に .emacs から以下の elisp を読込むようにした(つまり (load-file "~/elisp/aspell.el") を追加した)。これは text mode で自動的にロシア語用 flyspell が起動し,カーソル上の単語にスペルミスがあれば赤色・下線付きで強調表示してくれる。C-F1 キーで ispell-word 関数(カーソル上の単語チェック),C-F2 キーで ispell-region 関数(指定範囲のチェック),C-F3 キーで ispell-buffer 関数(バッファ全体のチェック)が起動し,スペルチェックが出来る。flyspell-english 関数と flyspell-russian 関数によって,英語とロシア語の切替えが出来るようになっている。ispell-change-dictionary 関数で辞書を切替えてもよい。辞書はデフォルトをロシア語にしてある。もちろん,GNU Aspell とロシア語辞書を予めインストールしておく必要がある。ru-yeyo とは,е(イェ)と ё(イョ)どちらの綴りにも対応したロシア語辞書指定である。

;; -*- coding: utf-8; -*-
;; aspell.el
;;
;; Настройка проверки правописания Ispell
;; From http://kostafey.blogspot.com/2009/07/emacs-aspell.html
;;
;; .emacs に (load-file "hoge/aspell.el") を指定して読み込ませる。
;;
 
(require 'flyspell)
(require 'ispell)
(setq
 ispell-program-name "/usr/local/lib/aspell-0.60/ispell" ;; aspell path
 ispell-dictionary-alist 
 '(("english"                       ; English
    "[a-zA-Z]" 
    "[^a-zA-Z]" 
    "[']" nil ("-d" "en") nil iso-8859-1)
   ("russian"                       ; Russian
    "[АБВГДЕЁЖЗИЙКЛМНОПРСТУФХЦЧШЩЪЫЬЭЮЯабвгдеёжзийклмнопрстуфхцчшщъыьэюя]"
    "[^АБВГДЕЁЖЗИЙКЛМНОПРСТУФХЦЧШЩЪЫЬЭЮЯабвгдеёжзийклмнопрстуфхцчшщъыьэюя]"
    "[-]" nil ("-d" "ru-yeyo") nil utf-8)
   (nil                             ; Default
    "[A-Za-z]"
    "[^A-Za-z]"
    "[']" nil ("-C") nil iso-8859-1)
   )
 ispell-russian-dictionary "russian"
 ispell-english-dictionary "english"
 flyspell-default-dictionary ispell-russian-dictionary
 ispell-dictionary ispell-russian-dictionary
 ispell-local-dictionary ispell-russian-dictionary
 ispell-extra-args '("--sug-mode=ultra" "--encoding=UTF-8") ;; added
)
 
;; Russian
(defun flyspell-russian ()
  (interactive)
  (flyspell-mode t)
  (ispell-change-dictionary ispell-russian-dictionary)
  (flyspell-buffer)
  (message "Russian dictionary - Spell Checking completed."))
 
;; English
(defun flyspell-english ()
  (interactive)
  (flyspell-mode t)
  (ispell-change-dictionary ispell-english-dictionary)
  (flyspell-buffer)
  (message "English dictionary - Spell Checking completed."))
 
;; ハイライト表示フェース
(setq ispell-highlight-face 'flyspell-incorrect)
;; テキスト編集モードで flyspell 自動起動
(add-hook 'text-mode-hook 'flyspell-mode)
;; check 前にウェイト 1 秒
(setq flyspell-delay 1)
 
;; short hands
(global-set-key [(control f1)] 'ispell-word)
(global-set-key [(control f2)] 'ispell-region)
(global-set-key [(control f3)] 'ispell-buffer)

Cygwin 環境で Aspell を組込めば,これとほぼ同じ設定で Windows Meadow-3.01dev においても,flyspell,ispell-buffer,ispell-region,ispell-word が動作する(修正点は aspell のパス)。ただし,Meadow Netinstall で ispell パッケージを組み込んでいる場合,%MEADOW%\packages\pkginfo\ispell フォルダに格納される auto-autoloads.el の定義が上記 aspell 用 elisp との相性が悪く(おそらく,この auto-autoloads.el は英単語チェックしか考慮していない設定になっていて,上記 aspell.el 設定と矛盾するためだろう),ispell-buffer と ispell-region がうまく動作しない。対策として ispell フォルダを pkginfo から外す必要があるので注意。(さらにもうひとつ。Windows Cygwin 環境でも aspell 辞書をインストールするには,アーカイブを解凍してできる辞書データを aspell 辞書フォルダにコピーするだけでは不十分である。必ず,./configure; make; make install オペレーションを実施して,*.rws ファイルをインストールする。)

Windows Meadow で aspell を使う場合,もう一点,注意事項がある。スペルチェック中綴誤りのある単語について aspell が問い合わせを行うバッファ・フレームのモードラインのロシア語が,デフォルト状態では「豆腐」で出力されてしまう。これは inactive なモード行のフォント設定がデフォルト・フォントであるために,キリル文字が表示できない事情による。Meadow 多言語フォント・パッケージ mule-fonts を導入しているなら,M-x set-face-font RET modeline-inactive RET mule-fonts16 RET として,mule-fonts16 に fontset をインターラクティブに変更するか,mule-fonts パッケージの auto-autoloads.el の最後に (set-face-font 'modeline-inactive "mule-fonts16") を追加する。キリル文字を含む多言語用の fontset を Meadow に定義しているなら,mule-fonts16 でなくその fontset 名を代わりに指定してもよい。

Emacs の苦労多き構築作業が終わったあとになって,flyspell の訂正版が出ていることが判明。なにも Emacs-CVS の追っかけをやる必要はなかったのだった。Manuel Serrano 氏の flyspell ページから flyspell-1.7o.el をダウンロードし,FreeBSD の Emacs 22.0.90 lisp/textmodes/flyspell.el をこれに入れ替えたら,きちんと動作するようになった。トホホ。

でも Emacs-23 にバージョンアップしてよかった点がひとつある。Unicode 文字合成機能(文字にアクセント記号を後置すると合成して表示する。タイ語などでは必須の機能)がやっとサポートされたことである。

※ 2010/01/11 付記
Emacs の最新 trunk は,2009 年末,ここでしるしている cvs から bzr (bazaar) にバージョン管理が変更された。もう cvs は適用できないので注意。

小言を言う

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息子に小言を言った。彼は大学の推薦入学の志望理由書がうまく書けず悩んでいた。ぶつぶつ独り言を言い,半分切れかけていた。お前バカか。

相手に点数を付けようとする人達は,その観点を決めているものである。私だって部下の査定基準を決めていて,それが上がるように「あれやれ,これやれ」とうるさく指示するのである。大学の入試担当者なら次の一点にしか興味はないはずだ:自分の将来の夢がどのようなものであり,その実現のための準備において当学のカリキュラムがどのようにマッチするのかを,具体的に説明しているか

頭で考え悶々とする前に手を使え。100 点をとろうとする前に自分の将来の希望が説明できているかを検証しろ。お前はじっと座ったまま,「個性的」に,「立派」に書こうとして,文章をいじり回すことしか考えていない。そんな態度だと,いかに立派なことが述べてあっても,美辞を用い文章が流れるように巧みでも,入試担当者は読み飛ばすだけだ。逆に鼻先で嗤うかも知れない。そんなのは口先だけだとわかっているからである。「具体的」ではないからだ。そういうのを,関西では「ええカッコしぃ」というのだ。

「具体的」というのは,自分の手を動かしてなにかを調べたかどうかということだ。「田中一郎先生の新書『イスラム法』を読んで,現地の人々との共同生活に根ざして理解しようとする態度に共感した。A大学では田中先生がイスラム法講座を開いており,日本とイスラム諸国との民間友好に関わりたいという私の願いを...」云々という感じ。その本を読んでいないと,田中教授の講座の存在を調べて知っていないと書けないようなこと。「具体的」というのは,例えばそのようなものである。「具体」を目指せば,カッコなんてつけなくても,それが「個性」を十二分に規定するわけで,自ずと入試担当者の目に留まるはずである。

え? 「将来の希望」なんてない? そんなの知ってるよ。お父さんだって大学に入る段階で「将来」なんていうほどの立派なイメージは何もなかった。だから志望校に合わせて「将来の希望」を作るのだ。いいの。割り切って。手を動かすというのはそういうことでもある。「正直に書け」なんて誰も言ってない。

北園克衛詩のロシア語訳について先日メールのやりとりをしたニューヨーク在住のロシア詩人から,今日,連絡があった。掲載される予定の文芸雑誌 «Новая Кожа, 2009 No. 2»(日本語にすれば『新たなる皮膚』というのか。ニューヨークで発行されている independent なロシア語系雑誌のようである。米国に移住しても母国言語で創作活動の場を興そうというロシア人たちがいるのだと感心してしまった)の,彼の北園翻訳頁を PDF 版で送ってくれたのである。

冒頭に北園克衛のごくごく簡単な紹介文があった。伊勢で生まれたこと,エズラ・パウンドと文通をしていたこと,アヴァンギャルド雑誌 VOU 編集に携わったことが触れられていた。「モダニズムの古典的詩人」と評されていた。

訳は私がはじめに読んだものから少し変更が加えられていた。うれしいことに,頁の最後に私への謝辞が述べられていた。私の名が "литератураведа Исао Ясуду" と対格形でしるされ,しかも「文学研究者」なる肩書きが付されているのに,照れてしまった。Web サイトを公開していると時おりこういう貴重な経験ができる。

«Новая Кожа» の Web サイトはこちら。そのうち,Игорь Сатановский さんの北園詩翻訳がここにも掲載されるのではないかと思う。

kitasono_novaja_kozha_2009_.jpg

* * *

今週会社の夏期休暇を取った。それで昨日,妻と川崎駅周辺に買い物・食事に出た。Tower Records を何気なくぶらついていたら,前から欲しかった CD を 2 セット見つけ購入した。

ひとつはセルジウ・チェリビダッケがミュンヘン・フィルを指揮したブルックナー交響曲第 8 番ハ短調 1890 年ノヴァク版のライブ録音。私は彼の指揮によるブルックナーの CD を何枚も所有し愛聴している。EMI から 1998 年に出たシリーズが特に好みである。7 番と 9 番を発売当時すぐ手に入れたのだが,この 8 番は買いそびれてその後なかなか入手する機会がなかったのである。

ブルックナーのシンフォニーは一時期,ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルによるドイツ・グラモフォン盤をよく聴いていた。ところが学生時代 NHK-FM でチェリビダッケ,ミュンヘン・フィルのライブを聴きその集中力の高さと深い音場に心底感激して以来,チェリビダッケ録音ディスクを待望するようになった。彼は音楽の演奏を「一期一会」と見なしていたようである。録音を毛嫌いした。でも愛好家がそんな演奏を偲ぶ記録を手元に置きたい,というのも人情である。彼の死後,発売されたブルックナーの盤はその感動をもう一度再現してくれた。そのためか,私はもうカラヤン盤をまったく聴かないようになってしまった。

(カラヤンは 20 世紀の大指揮者である。けれども,私にとっては彼の録音は「どれもこれも」優れていて好みの演奏であるにせよ,そのうち個別曲の演奏において彼を圧倒的に凌駕する指揮者の盤が登場し,私にとって最高の盤といえるものがほとんどなくなってしまう,そういうタイプの名演奏家である。モーツァルト,ベートーヴェン,ブラームス,チャイコフスキイ,マーラー,ブルックナー,等々どれも一流であるが「私にとって最高」と言えるのものが残念ながらほとんどない。リヒテルと組んだチャイコフスキイのピアノ協奏曲くらいか。)

Bruckner 8
S. Celibidache(Dir), Münchner Philharmoniker
(Live recording: 12 & 13 Sept. 1993)
EMI Classics (1998-09-30)
 

もう一枚は巌本真理弦楽四重奏団による待望のシェーンベルク室内楽 CD 化である。私はこれまでずっとこの録音をアナログ LP で聴いて来た。Tower Records が企画し,復活させてくれたらしいのだ。1972 年の録音。

この盤ほど気合いの入ったシェーンベルクを私は聴いたことがない。少し解釈の重く生真面目すぎるきらいがあるが,長野羊奈子のソプラノの迫力は凄い。ジュリアード,ラサール,アルディッティよりも私はこの盤を上に置いているのである。このカルテットがシェーンベルクの全集を録音していてくれたらと残念である。

シェーンベルク:浄夜 & 弦楽四重奏曲第2番
巌本真理弦楽四重奏団,
江戸純子(Vla),藤田隆雄(Vlc),長野羊奈子(S)
TOWER RECORDS EMI CLASSIC (2009-03-04)

麻雀映画『むこうぶち』

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私は麻雀をしない。点数計算などの細則について不案内である。けれども,上がり役の序列と難易度については,阿佐田哲也の麻雀小説の傑作『麻雀放浪記』を読んでよく知っている。このようなギャンブル青春小説が一大ジャンルとして成立しているのは現代日本大衆文学の特徴なのではないだろうか。競技のルールを熟知せずとも,寝食を忘れてのめり込んでしまう面白さがある。

ふとしたことでツタヤ・レンタル DVD で麻雀映画『むこうぶち』を観た。これは,天獅子悦也作画によるマンガ(雑誌『近代麻雀』連載中)に基づく DVD 作品(封切りはされていないはずである)。Vol.1 は 2007 年発売で現在もシリーズが続いている。主人公・傀を袴田吉彦が演じている。その他出演者に高田延彦,ガダルカナル・タカ,及川奈央。1980 年代のバブル時代が舞台になっており,一晩で数千万が動く高レート麻雀を巡る悲喜劇である。

博打麻雀は,企業経営者もサラリーマンもヤクザもホステスも皆,ルールに則って勝負を行い,狡智と運を競う。優勢だった者が一瞬にして奈落に突き落とされる。まあ,フィクション,作られたスジとして,当然のごとく主人公・傀(人に鬼と書いてカイ)がひとり勝ちする。彼は,四暗刻を聴牌した敵の安全牌を切って逃げる振りをしながら(三暗刻ないし四暗刻のシャボ待ちはどう考えても当り牌を読めないと思うんだけど),九連宝燈をツモってしまう神のような存在である。「御無礼。ツモりました」。いくら低姿勢とはいえ,全能の神を観ていても面白くない。よってもって,作品の関心事は周辺の人々の業(ゴウ)にある。

風間トオル扮する大学の統計学教員がその確率センスを恃んで傀に勝負を挑む。果たして積み込みのごとき神の筋書きでもって,アタッシュケース一杯の万札をすべて傀に負け取られてしまう。紙袋に無造作に金を放り込んで去って行く傀のひと言:あなたは 99 パーセントまで勝ちを収めたが,残りの 1 パーセントのために敗れた。その 1 パーセントとはあなたの「過信」です — ちょっと笑ってしまうけれども,読みと同時に流れ・運に支配される麻雀という博打,ひいては不確実な世の中の一真理には違いない。かくして,横暴なヤクザや狡賢い成り上がり,自信過剰の大学教授から全財産を巻き上げ,観客の鬱憤を晴らすわけである。

主演の袴田吉彦はそのニヒリスティックな風貌でどんな役回りにも嵌る俳優だと思う。この作品は彼の謎めいたイメージによく合っていた。いつまでたっても二番手のプロ麻雀士・高田延彦とナンバーワン・ホステス役の及川奈央との対比・麻雀を通しての交感,雀荘のオヤジ・ガダルカナル・タカの下町風人情味など,脇役のキャラクターもなかなかよかった。粗末なストーリー性ゆえに C 級にも達しない通俗娯楽映画といえるけれども,麻雀映画として楽しめました。これを観て思い出した。大学時代,友人がひとり雀荘に打ちに行き,ヤクザ風情に大負けして帰って来たのだった。彼は私などの与り知らぬ人生の勉強をしたわけか。
 

 

※ 付記

この作品のなかで出て来たレートは,「東風戦,2 の 2・6 の 10 万ビンタ」,つまり,ウマ 2 万—6 万,デカリャンピン(千点 2000 円),ビンタ 10 万(順位で下位のものが配給原点超の上位者に 20 万,配給原点割れの上位者に 10 万支払う差しウマ)というものであった。25000 点の 30000 点返しの場合,仮に,東場終了時における順位順の点数が 42000, 24000, 20000, 14000 だとすると,それぞれ +78.4 万円,+2.8 万円,-26.0 万円,-55.2 万円となる。たった一回の勝負でトップは 78.4 万円の儲け。これなら一晩で 1000 万勝つ者,負ける者が出るわけである。バブル時代は狂っていたんですね。

雑小説三冊

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雑小説というか「軽い」読み物を立て続けに三冊読んだ。梓林太郎『奥能登・幻の女』(光文社文庫),南英男『覆面猟犬・私憤』(徳間文庫),睦月影郎ほか官能怪異短編集成『妖炎奇譚』(祥伝社文庫)。

いずれも,サラリーマンが出張で長距離移動をする間に,まずスポーツ新聞,週刊誌を処理したあと,持て余した時間を潰すために最後に手に取るような,そして読んだあとは座席ポケットかゴミ箱に捨ててしまって顧みない,そういう娯楽小説である。読む前と後とで己の立ち位置が 1 ミリも変わることのない,そういう人畜無害の文学である。

それぞれ,旅情ミステリ,犯罪サスペンス,官能ホラーである。『幻の女』はなにが書いてあったかもう忘れました。ぬぼーっとした主人公刑事の印象だけが残る,まさに幻のような作品でした。『私憤』には「北朝鮮を空爆しろ,日本も核武装しろ」的右派を侮蔑するような痛快がありました。『妖炎奇譚』は珍しいエロ怪異譚集で,異界の女との濃密なセックス(それらが「夢のような」ではなく,事細かな現実的描写であるのは論を俟たない)によって 18 歳に若返り,人生を生き直すスキ男の話など,なんとも仕合わせで毒・浪漫のない物語ばかり。不満が残りました。エロスは地獄落ちと結合しないとやっぱダメですよね。

この手の小説はどれも,陰に陽にエロティックな描写に事欠かないわけで,まるでお化け屋敷で出て来るいつもの出し物のように結構が決まっている。だからなんの不安もなく楽しむことが出来る。十代前半の少年少女なら鼻血が出てもよさそうな数頁もあるにはあるけれど,オジサンには3本目の低カロリー発泡酒みたいなものである。哀しい。

最後にひと言。それでも,それなりに面白いんだからしようがない。作者はいずれもプロなんである。ワンコインにせよ野口英世一枚にせよ,それに見合う楽しみを与えてくれる。それだけの力量には感服。いずれまた,これらの作家のカストリにほんのり酔わせていただきます。

パイオニアの危機

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大手電機メーカー・パイオニアが昨年 9 月の世界同時不況のあおりを受け存続の危機にさらされている。6 日のニュースでは,2009 年第一 Q の赤字幅は縮小したものの,ホンダなどからの出資案件がなかなか纏まらず,依然経営が流動的なようである。特許権を売っぱらって損失をカバーする姿が,私には末期的に映る。

パイオニアといえば古くからは高級ハイファイ・オーディオ,最近では光ディスク,プラズマ・ハイビジョン・テレビ,カーナビゲーション・システムにおいて,玄人受けする高性能製品を製造・販売して来た。オーディオが売れなくなり,光ディスク関係では LD 事業が DVD により壊滅させられ,テレビ市場で Panasonic,SONY,シャープとの競争に敗れ,独壇場ともいえたカーナビについても自動車販売不振の影響をモロに受けた。製品は一流だったのに,時代の読みが甘かったということかも知れない。

パイオニアは一流品質の製品を供給できる一流企業である。私もパイオニア製の LD,DVD プレーヤを愛用している。お金があればハイビジョン・テレビもパイオニア製品を選びたいところだったのに。でも,玄人受けするだけで売り上げが伸びず,競争に勝てない結果,市場から撤退を余儀なくされてしまうわけで,私の好きなメーカーだっただけに悲しい。ここは,創業時の基本に立ち返り,もう一度得意分野に集中し,やり直すことが必要なのか。なんとか盛り返してもらいたいものである。

パイオニアの危機を経営手腕の問題だけに還元してしまう気に私はなれない。これは日本の製造業の象徴的姿のように思われるからである。もう,よいものを作るだけではダメということを通り越して,ちょっと気のきいた機能を付加する以外は徹底的に安くし,ブランド力で売らないと,すぐ市場から脱落する。いま中国製品は「安かろう悪かろう」で Panasonic や SONY の敵ではないように見える。しかし,技術革新で安さに品質はすぐ追従してくる。安価な労働力と高品質によって高度経済成長期の日本製品が欧米製品に対してなしたように,中国製品が日本製品を叩き潰すのは時間の問題である。半導体市場では日本はすでに韓国製品にやられているのである。

中国は,英米型の金融至上主義を採らなかったおかげで,この世界同時不況の影響が比較的小さい。エネルギーとモノ作りとを基本とした経済基盤によって,いまや絶大なる活力を持っている。また一方,米国の国債を大量に保有し,米国財政の首根っこを押さえている。オバマは胡錦濤に歯向かえないのである。中国が米国債を手放すと言った瞬間に本当にドルは大暴落するだろう。エネルギーも金も工場も人もふんだんにある。最強なのだ。

中国は日本の技術・特許,ブランド力が喉から手が出るくらいに欲しい。そういう情勢を考えると,ホンダが出資を諦め,公的資金注入がなされない場合,パイオニアが中国資本によって買収される可能性も出て来るように思う。パイオニアは優れた GPS 技術を持っている。そうなると,技術とブランドだけ持って行かれて,日本人の雇用は捨てられるだろう。こうして日本の顔をした中国製品のブランドが高められて行くだろう。

私がパイオニア業績不振の先行きについて,いちばん怖いと感じているのはそういうことなのである。「中国人は日本人ほど優秀でない」と本気で信じている,無邪気な反中日本人がいっぱいいる。そういう人達はそのうち中国人に使われるはめになる。中国人は優秀である。そのうち,日米中の特許紛争が大問題になると思う。

暑っ・原爆の日・仮名遣い

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今日はもう暑くてくたくた。

* * *
昨日はヒロシマ原爆の日だった。北朝鮮やイランの核開発が問題となるなか大国が率先して核兵器の放棄を訴えようというのか,オバマ大統領がプラハで「核兵器の廃絶」にまで言及する演説を行ったり,米露首脳会談において核軍縮が合意されたり,このところ,近年にない核軍縮ムードが広がるニュースが報じられている。オバマ大統領は核兵器を使用した唯一の国としての責任があるとまで言った。本気のつもりなんだろう。ならば,広島・長崎を訪れ,自国の犯した罪悪を自分の目で見ろ,と思う。「原爆投下は早期戦争終結のための手段だった」と米国が正当化している限り,偽善的な陽動戦術としか受け取られないのではないだろうか。
* * *

昨日,ある方から私のブログ記事「歴史的仮名遣いについて」についてメッセージをもらった。その返信をそれなりにきちんと書いたつもりである。このテーマに関する私のブログ記事は,「正字正仮名」信奉者には頭に来るはずである。それゆえか時おり,イヤガラセめいた書き込みやメールを受け取ることがある。内容によってはゴミ箱行きにしている。昨日の返信を書きながら,反省もした。

考えてみれば,「正字正仮名」信奉者(長いので,以下「正信」と略する)は誰の迷惑になっているわけでなし,その考え方についてことさら論難しても詮無いなあということ。「正信」なんて「圧倒的小数派」なんだから,多数派の現代仮名遣いの立場で非難するなんて「弱い者苛め」ではないか。別にいいじゃないか。「なんちゃって旧字旧仮名遣い派」(「正信」に感染して,僕は伝統を守るんだといきまいて,間違いだらけの旧字旧仮名テキストを恥ずかし気もなく晒しているブロガーのことを,私は自分なりにこう呼んでいる。こいつも長いので,以下「な派」とする)が増殖したって多寡が知れている。「な派」が秘かに嗤われるだけなのだから。なんで「正信」の悪口をわざわざ書きたてるのか(「正信」の馬鹿さ加減については,萩野貞樹『旧かなづかひで書く日本語』書評記事「旧字・旧仮名雑感---Wikipedia の議論について」で書いたので,そちらを参照)。「正信」同様,下劣ではありませんか?

第一の理由は,萩野貞樹『旧かなづかひで書く日本語』についてクソミソに書いた際,ネットでその評判を検索・閲覧してみると,好意的なものが大多数だったこと。そのなかには「な派」になってしまったブロガーも結構いたこと。それで,危険な臭いを嗅いだ気がしたのだ。つまり,「正信」は小数派なのに実は大いなる影響力を持っていることを知ったのである。おまけに,それら「な派」は,ある主導的「正信」サイト(私はその「権威主義」をここで言及したことがある)の意見に唯々諾々と従う人ばかりなのだ。その主張は「正しい表記を使ふのが本當の日本人」,「正假名は合理的」,「新假名は國語の傳統を破壞した」,「新假名と憲法は敗戰のどさくさに紛れた押付けだ」,「正假名はカッコいい」,「字音假名遣ひは嚴密でなくてもよい」とまあ,判で押したように「まったく同じ」。寒気がするんである。ここまで右へ習えとなると,一種独特の宗教団体,教祖様に従う右派集団のように見えて来たのだ。

教祖様がある人の悪口を書くと,信徒君が自分のブログで同じ悪口を書く。私にイヤガラセも来るわけだ。それも,匿名なのはよいとして,違うメールアドレス(どれも gmail.com,yahoo.co.jp,hotmail.co.jp などのフリーメール・ドメインであることはいうまでもない),違うハンドルネームで「同じ IP アドレス」から。当然というか,ことごとく Windows ユーザ。なるほど。でも,別に危険ということでもないので「受け流して終わり」なんだけど。

私も歴史的仮名遣いが好きで,misima なんてツールを公開している。「正信」のひとりだと思われてもしようがない。自己撞着してませんか? そう,私自身が「正信」だと誤解されたくないための弁明 — これがいまひとつの,大きな理由である。ただし,いくら弁明しても,実際はそれが読まれやしないわけで,「な派」の一部は,私の自己撞着めいたプログラムを使って恥を晒しているかも知れない。そう思うと,背筋に冷たいものを感じる。そのうち misima をユーザ登録しないと使えないようにするつもりである。

別にどうでもいいじゃないか。今日は疲れた。仕事もうまくいきません。愚痴も出ます。

文字をもたないインドネシアの少数民族,ハングルを採用」とのニュースを読んだ。「独自の言語をもつが,表記文字を持たないインドネシアの少数民族が,韓国のハングル文字を採用することを決定した」という。現代においても,植民地とされたのでも占領されたのでもなく,平和的にこういう事象が起こりうるのだとびっくりした。これはおそらく画期的な話ではないだろうか。私が知らないだけ?

この言語を研究し,なんとか文献としてその文化を残したいという韓国人言語学者と,この民族の長との思いが一致したのだろう。「技術面」でも,ハングルは複雑な母音・子音体系を表現できる高度な表音文字なので,この言語にも無理なく適用可能だったのかも知れない。こういう国際貢献もあるのだと感心してしまった。

ハングルは Unicode で 10,000 文字以上を占めている。IT 化を想定すればひと昔前なら躊躇する選択だったかも知れないが,いまや組込みマイクロコンピュータでも格納でき,屁のカッパか。

文は人なり?

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最近,コンピュータ関係書籍の文章について触れた。ウィンジェルの音楽の文章術も採り上げた。「文学的」文章への指向をこっぴどく腐したりして,読んでかちんとくる人もいたと思う。

そこでもうひとつ。私は「文は人なり」(ビュフォン)ということばが嫌いである。それは,この言説には生身の人間の理解を阻んでしまう危険性があるからである。このことばは — 書かれている思想から自律して — 文章の書き方・表現が,知らず知らずその人となり,性格を示す,という意味で使われることが多い。それを「信じている」人が結構いるようである。文章の個性を人の個性と勘違いしているらしい。

確かに,誤字・脱字だらけであったり,論理展開の一貫しない文章を読まさせられたりすると,「これ書いた人,バカじゃね?」というような印象を抱いてしまうかも知れない。でも,それは文章を一定時間内でシェープアップできていないだけかも知れないし,書いた本人の頭の良し悪しを本当に断定できるかというと,無理がある。要するに,その印象は「偽」である。そんな文章について恥じるべきなのは誤字・脱字,論理破綻であって,「人」ではないのだ。それを書いた人よりも「これ書いた人,バカじゃね?」と思う「文は人なり」的人間のほうがじつはよっぽど「バカ」かも知れない。そうでないかも知れない。「文」は単に書かれたものであって,「人」ではない。そもそも論理のはじめに誤りがある。芥川龍之介は,人となりが文章に出てしまうという意味なら「人は文なり」ということか,みたいな彼一流の皮肉をどこかで書いていた。身なりや容姿でその当人を判断するのと同じくらい,「文は人なり」は危険なのである。

エロ小説ばかり書く作家はエッチで俗悪な人間だろうか? レイプ殺人を扱った小説の書き手はレイプ犯罪者の予備軍であろうか? 「文は人なり」は本質的にそういう直線的な人間理解を主張しているのである。だから私はこのことばに世の偽善者と同じような嫌悪を覚えるのだ。異常なものを読む人が異常だとは限らないように,異常なものを書く人だって異常人格の持ち主だとは限らない。人間はそんなに単純には出来ていない。(イラクやアフガニスタンでどんな非道が行われていようとも何の行動も起こさないのに,世界を滅ぼすとばかりにポルノの悪影響を騒ぎ立てる人がいる。世の中わかりません。)

じゃあ「文体」ってなんなの? その意味はどこにある? と反論する人がいるだろう。「人となり」ではない「何か」でしょう。

息子も娘も受験生である。「いいなあお前等,受験生なんて青春そのものじゃ」みたいな他人事をいう私。でも,若い人がいちばん美しく見えるのは勉強している姿である。茶髪でピアスをした,それだけだと軽んじてしまうかも知れないような「とっぽ」い男が,真剣な眼差しで『経営学概論』なんて本に取り組んでいるのをスターバックスなどで時おり目にすると,人は服装や外見では判断できないという思いを新たにする。こっそり応援したくなってくる。

本屋に行くと,受験生向けの学習参考書コーナーなぞも覗くようになった。原仙作先生の『英文長文問題精講』(旺文社刊)など,私の受験生時代にお世話になった本がまだ並んでいるのをみるのは懐かしい。科学新興社の数学本『解法のテクニック』は,私が読んでいたのは矢野健太郎先生の著書だったのに,いま並んでいるのは別の先生による改訂になっていて,ちょっと残念だったりする。ふーん,いまの高校生は微分方程式を教わらないんだ。私は旺文社ラジオ講座というもので大学受験勉強をしたラジオ世代だが,いまや DVD 動画付きの英語学習書などもあり,さすがーと感心する。数学,国語,英語,社会,理科のそれらの学習書を眺め歩くと,3年あればこんなに知識が広がるのだったと,いまさらながらびっくりしてしまう。日本史 B・世界史 B の現代史記述が簡潔かつ「まとも」なのに本当に驚く(丸善で手に取って読んだのは山川出版社のものである。「新しい歴史教科書をつくる会」主導のものではないので誤解なきよう)。ああ,もっと勉強しときゃあよかった。

子供たちにも私が読んで面白かった学参ものを与えている。今日はそのなかから牧野剛『河合塾マキノ流!国語トレーニング』(講談社現代新書)について少し。著者は長年,河合塾で受験生を指導して来た名物講師である。我流かも知れないが率直なポリシー・方法論が面白い。建前ばかりの公務員的学校教員にはないものだ。

本書によれば,受験国語というものはパロディー的批評性と醒めた類型学だと知らされる。著者は文章を読み解くためのとっておきの方法として「コード読み」を説いている。「コード」には「流行の論理コード」と「作家コード」の二つある。それぞれを「反科学論」・「文化の否定性」・「言語論」等,「中村雄二郎 -- 多義性」・「山崎正和 -- 逆説」等,いくつかのコード・パターンに分類する。要するに,そのパターンに照らせば,眼の前の現代文を読むにあたって,視点の論理的一貫性をもつことができ,論を噛み砕くことができるとする(pp. 78--81)。こうしたパターンとの差異を読み分けることが理解だというのである。醒めてます。試験問題で採用される現代文はワンパターンだというのだから。このナメた観点は,長年の蘊蓄に支えられたパロディ的発想以外ではありえない。そもそも試験問題なんて「解けるようにできている」んだから,当然か。

本書の面白いところは巻末のささやかな読書論である。受験国語指南の書にそぐわず,ちょっととってつけた感が否めない。けれども,やはり本を読むことを愛する者でないと他人に「書かれたもの」の面白さを教えられないということがひしひしとわかる。竹国康友著『ある日韓歴史の旅』など,取上げられている本が個性的である。そのなかで,私が衝撃を受けたのはヘーゲル著『精神現象学』のくだりである。牧野はあまり言葉を費やさず,長谷川宏と金子武蔵の二つの訳を並べてみせる。それをここにも引用させていただく。

《まっさきにわたしたちの目に飛びこんでくる知は,直接の知,直接目の前にあるものを知ること以外にはありえない。この知を前にして,わたしたちは,目の前の事態をそのまま受けとる以外にはなく,示された対象になんの変更も加えず,そこに概念をもちこんだりしてはならない。》
長谷川宏訳。牧野剛『河合塾マキノ流!国語トレーニング』講談社現代新書,2002 年,p. 222。
《最初に或は直接的に「我々」の問題であるところの「知」とは,それ自身直接的な知であるところの知,即ち直接的なもの或は存在するもの以外のものではありえない。そこで「我々」のほうでもやはり同じように直接的な或は受け取る態度をとらなくてはならないから,現われてくるがままのこの知に少しも変更を加えてはならず,補足すること Auffassen から概念的理解 Begreifen を遠ざけなくてはならない。》
金子武蔵訳。下線部は傍点。同書,同ページ。

著者は金子訳を批判しているわけではない。でも,こう並べて見せつけられると同じヘーゲルでも,金子訳で読まさせられた人の不幸がありありとわかる。正真正銘の実在する翻訳なのに,強烈なパロディーをお見舞いされた気分になる。エラい大学教授による難しい訳本を前にして,私はいつも牧野のこの二つの引用を思い出す。そして次のチャーチルの言を。

次のような言い方はやめよう:「次の諸点を心に留めておくことも重要である」,「...... を実行する可能性も考慮すべきである」。この種のもってまわった言い廻しは埋草にすぎない。省くか,一語で言い切れ。[...] 思い切って,短い,パッと意味の通じる言い方を使え。くだけすぎた言い方でもかまわない。
木下是雄『理科系の作文技術』中央公論社。p. 2--3 からの孫引き。

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ISAO YASUDA。システムエンジニア。神奈川県在住。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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