2010年4月Archives

阪神サヨナラ勝ち!

今日から甲子園球場で「伝統の」阪神・巨人戦。4--3 で阪神がサヨナラ勝ちした。スポーツ報知目線でいえば「巨人軍がサヨナラ負けを喫した」。よしよし。

私は不熱心な阪神ファンで,タイガース野球そのものにはあまり興味がない。フーリガン的阪神ファンこそが好きなんである。「エラそうに,まあえぇわ,ちょっと見たろかぁ」の,あの一種独特の冷笑家精神が好きである。関西の阪神ファンの大勢は讀賣巨人のなかに「ええかっこしぃの東京モン」の権化を本能的に認知している。東京の育ちのよい,コミュニケーションにおいて脆弱な若者は,関西企業に就職すると,まず手始めとしてこの冷笑的な ritual に晒される。そして,おそらくは耐えられなくなる。東京のテレビ局に来て顰蹙を買う関西芸人がいるのは,場の逆転現象である。お高くとまったテレビ局への面当てに文字通り「ケツを捲った」笑福亭鶴瓶はその代表(でも最近,吉本興行が本格的に東京に進出したのに伴い,東京のテレビに出て来る関西芸人は「お上品」になってしまい,ホントつまらなくなった)。

関西の野球放送では,敵チームを臆面もなくさんざんにコキ降ろしつつ,タイガースのチャンスでやんやの喝采を送る「裏音声」があるそうである。私が大阪にいたころはこんな楽しいフィーチャはなかった。是非一度私も見てみたいと思っているが,まだ叶わない。こういう関西の姿は,東日本の,きれいごとしか言わず,自分こそが「標準」で「正しい」と信じて疑わない人の目には,「下劣」・「大人気ない」と映るのではないだろうか(陰口大好き2ちゃんねらーがそういう関西を「下品」だとパソコンのモニターに向かって詰るのも,お上品な日本の清潔漢ブロガーが,公共メディアでありながら日本をコキ降ろす韓国スポーツ報道に対し,あるいは国母スノーボード選手・朝青龍の振る舞いに対し,「品格」をホザいて憤慨しているのも,私にはまったく同じに見えてしまう。等しく「東京」的に見えてしまうのだ)。関西人がそういうことを意識的にやっているのだとは知らずに。関西人はその上で「東京モン」を嘲っているのである。

私もこの関西人的「下品さ」に浸っていたからか,「東京」的マスコミ報道の「東京モン」ぶりを嗤わずにはおれない。「東京みたいなとこに人が金で集まりよるから日本がアカンようになるんじゃ」と真剣に考える関西人がいるはずである。そう,橋下さん,大阪都を作って是非東京を見下してください。日本は中央集権的な時代よりも戦国時代や幕末のように地方同士で憎み合う時代のほうが,優れた人物が輩出しその結果国力が高まったという歴史をもっている — そうはいえないか?

連休

今日から黄金週間。午前中いっぱい寝る。覚醒中はつまらないことばかりのこの世の中,寝るのがいちばんの仕合わせである。

起きて朝日朝刊に目を通す。一面トップにクズ時事問題・普天間基地移設問題の面白い記事が出ていた。徳之島にヘリポートを持って行き,縮小規模とはいえ辺野古にも滑走路を建設するという。この中途半端にして,誰をも満足させることのできない案で鳩山さんは調整に入るのだそうである。朝日は「実現は困難」との見方を示していた。米国との合意も反古。沖縄県民悲願の県外移設も反古。反対大多数(当然)の徳之島島民の意思も無視。社民党の意向(これこそどうでもよいが)も無視。これで皆がワンサカ吼え立て,産経新聞が大喜びする様が容易に想像できる。

鳩山さん,やってくれます。このあまりの半端ぶりは,もしかして意図的なはぐらかしではないかと私は考えてしまった。どうせ米軍はグアムに出て行っちゃうんだから,どうでもよい話なのに,沖縄やら徳之島やらの「米軍基地反対」の大合唱をわざと焚き付け,米国を怒らせグアム移転を加速させるのが本当の目的だったりして。鳩山さん,頭いいから。それくらいの寝技を使ってくれなくちゃ。米国が自分からそれを言い出すなら,対米従属根性に塗れた旧態抵抗勢力も黙るしかなくなるわけだ。小沢さんが主張する,まっとうだけど今の日本人には荷が重すぎる「自主防衛論」に向けた前哨かも知れません。私は,一時「小沢さん,なに強がってるんだか」とバカにしていたけれども,最近,それでもよいように思われて来た。安倍元首相のような,右翼のくせに対米従属という,冷戦終了を認めないハナクソ保守 — この「美しい日本」のハナクソ保守こそがラクなわりに一番カッコ良く見えることを,今の若い日本人はよく知っている — よりも遥かにマシに思われて来たからである。どうでもよい普天間基地問題をじつは私が面白がっているのも,こういうウラの想像に尽きるんである。

普天間は危険極まりない基地であって,普天間返還は沖縄県民にとっては喫緊の課題である(日本国民にはじつはどうでもよいクズ事案であるのに,これにかこつけて鳩山内閣の迷走ブリを皆で面白がっているだけのところが,この問題の本当の悲劇ないし喜劇ではないか?)。おそらく最終的には沖縄県民の願いが叶うだろうと思いたい。私としては,いま一人の頭のよい橋下知事の言うとおり,大阪・関西空港にどでかい米軍基地を誘致し(もちろん経済効果だけを目的として),基地周辺の歓楽街をヤクザにでも仕切らせ,それと同時に,大阪にアンチ東京・アンチ霞ヶ関・アンチきれいごとの「政府」を作っていただけると,本当に「面白い」んだけど。民主党の主張する「地方分権」の主旨にも沿うではないか。米国とのお付き合いも続けられる(関西のヤクザならうまくお持てなしするはずである)。日本が関西から元気になるのではないか。いや,関西出身の私としては,関西「だけ」が元気になるのでもよい。

というわけで今日から連休。あー,ヒマじゃ。

Olga さんからのお誘い

Olga さんからメール。なに,この前 Olga スパム対策をしたばかりなのになんでだ? という疑問がまず第一に頭をよぎった。でも内容を見ると,Facebook の「友達」へのお誘いだった。即,承認。

彼女はロシア系の米国人で,日本文化の熱烈な愛好家である。「生まれ変わったら私は日本人」とまで書いている。D. Smirnov のために私がロシア語で書いた松尾芭蕉ページ(限定公開)を,彼女にも紹介した。ドナルド・キーン編の日本古典文学選集が UNESCO から出たそうで,いまそれに首っ引きだという。

いま海外の日本文化愛好家はアニメ・ファンの話題ばかりといってよいけれども,彼女の Web ページを読んでいると,芭蕉,北斎,広重などに関心を寄せる「伝統的」な眼差しをもつ人もやはり結構いることがわかる。ロシアの日本紹介サイト Fushigi Nippon で「日本の歴史でもっとも関心があるのはどの時代か」というオンライン・アンケート:Какой из периодов истории Японии Вам наиболее интересен? を見ると,「江戸時代」がダントツトップである(2010.4.28 時点の約 6,000 回答のうち,30% 強もある)。日本文化の最良の精華は江戸時代にある,とロシア人も認めているわけである。

「平成」も 2 位に着けている。これは主にアニメの影響であろう。Fushigi Nippon には,日本アニメ批評のコーナーがあるほどである。私も『涼宮ハルヒの憂鬱』ロシア語版のネタをこのブログで書いたところ,その夜からしばらくの間,ロシア,ウクライナあたりのドメインから一日 400 アクセスも(私のサイトでは「も」なんである)来て,驚いたものである。私は日本のアニメのいったいどこが海外の人たちの関心を惹いているのか,さっぱりわからないのだけれど,このロシアのサイトで何か興味深い記事を見つけたら,ここでも紹介したいと思う。

小沢さん「起訴相当」

読売記事『『起訴相当』民主に危機感,くすぶる辞任論』を見た。「起訴相当」って何だ? ふざけるのもいい加減にしてくれという感じである。

4 億円がどこから出て来たのかきちんと説明せよ。これがおそらく小沢批判世論の「説明責任」云々のポイントかと思う。でも他人の収入根拠をなぜいちいち忖度しなくちゃならないのか。「アンタなんでそんな大金持ってんの?」と聞かれて,「オレが稼いだ金だ」以外の説明を何でしなければならないのだろうか? 4 億円がヤバい金なら,警察こそがその事実を明らかにすべき話なのに,それができていないのだから,「説明責任」をまくしたてるのはただの僻み根性である。

ならば「起訴相当」って何を意味しているのか。これこそきちんと説明せよというのだ。人を犯罪者扱いしているだけである。検察審査会などという 11 人の素人集団がなんと全会一致で「起訴すべき」だと認めたということらしい。このバカ者どもの名前は議事録に残るだろうから,彼らはいずれ赤っ恥を掻くはずである。多数決で人を犯罪者として世間に呼ばわることができるなんて,大した民主主義である。特高警察より酷い。おそらくこの 11 人は「怒れる市民」のバカな正義感にかられて,なんの犯罪性もない事柄に「犯罪」のレッテルを貼ってしまったのである。

またそれに踊らされる困った人たち。11 人のアマチュアによる裁定で動揺するなんて,プロフェショナル意識が失われてしまった証拠である。それを鵜呑みにして「危機感」を焚き付けられているとしたら,ヘタレなのは民主党そのものということでもある。

マスコミは,なぜ検察権力のこのような子供騙しの恫喝的ふるまいを批判しないのだろうか。検察権力はこれらバカな 11 人の素人集団に吹き込んだのは疑いない。つまらない普天間問題を針小棒大に採り上げて,国益を損する方向に仕向けているのはいったい誰か。米国はもう実質的にグアムに移転しようと考えているにも関らず — 沖縄に駐留する意味がない上に,沖縄県民の理解が得られないから — マスコミが大騒ぎしてくれるおかげで,米国にとっては二束三文の普天間の値段がどんどん上がって,米国に対日折衝でより有利な条件を引き出しやすくしてやっているのだから。もしかしたら徳之島の値段もはね上がって,それだけ国税がムダ遣いされるかも知れないのである。「絶対反対」は「どんなに金を積まれても反対」ということであり,それはすなわち金が積み上げられて行くのを見守っていることでもある。

ダム計画停止,普天間問題などクズのような事案ばかりを採り上げ,鳩山総理がロシアのメドヴェージェフ大統領と領土問題を絡めた会談を今年だけで何回も予定している,といった重大な事項をなぜ無視するのか? 小沢の金問題,普天間問題,こんなことよりもっと大事なことがあるのではないだろうか。日本国民の行くべき方向を曇らせている張本人はマスコミではないだろうか。マスコミはヘボになった日本国の象徴のように思われて来る。

(だからといって私は,「マスゴミ」などとしたり顔して息巻くバカ右翼ではありません。新聞はやっぱり貴重な情報源です。誤解しないでください。)

Xvfb 仮想フレームバッファ・サーバ

VNC をいじったついでに,かねてからやろうやろうと思っていた Xvfb の導入もやった。Xvfb はディスプレイのないサーバ機などで X Window System の画面入出力をシミュレートする X11 のサーバ・ソフトウェアである。例えば,あるサイトのリンクにそのページ画面のサムネイル画像を掲げているのをよく目にするが,これをサーバで自動的にやろうとすると,JavaServlet などでサイトのページを取得し,ブラウザと同様にレンダリングし,画面イメージを生成するわけだ。このとき Awt などの「ディスプレイ」の存在を仮定するライブラリを使うのが常である。そこで,ディスプレイ・レスの UNIX サーバ機でもそれをエミュレートする,仮想フレームバッファなるインタフェースを提供するのが Xvfb である。

私はサイト・ページのアクセスカウンタを自作の JavaServlet WebCountServlet で取得している。このサーブレットは,カウンタ画像を生成する関係で Java Awt クラスライブラリを使っており,ディスプレイ環境を必要とする。これまで,普通にメインコンソールで X11 を起動して使っていたのだけれど,Tomcat 再起動のたびにディスプレイのある場所に行かねばならなかった(というのも,Tomcat が DISPLAY:0.0 を当て込んでいるので,:0.0 の端末から操作しなければならなかったから)。リソース的にも X11 を常駐させるのは好ましくなかった。Xvfb ならこのあたりの不都合が減らせる。

FreeBSD の ports を使って Xvfb をインストールした。cd /usr/ports/x11-servers/xorg-vfbserver && make install clean で完了。

# Xvfb :5 -screen 0 1024x768x24 &

を投入して Xvfb サーバを起動させておき,Tomcat が参照する環境変数 DISPLAY に,この場合は :5.0 を設定しておけばよい。通常はディスプレイ.スクリーン番号を :1.0 とするようだが,うちでは ssh,VNC その他でもアクセスするので,:5.0 とした。私のように FreeBSD Tomcat5.5 で使うなら,Tomcat 起動スクリプト /usr/local/etc/rc.d/tomcat55 のどこか,起動時に動く関数のはじめのほうに,次を入れておくとよいと思う。各オペランド指定の仕方は man Xvfb で確認いただきたい。

DISPLAY=:5.0
export DISPLAY
/usr/local/bin/Xvfb :5 -screen 0 1024x768x24 > /dev/null 2> /dev/null &

サーバ設置場所に行かなくても,Tomcat 再起動の必要な作業を書斎(自称)でできるようになったのが,私にとっては何よりうれしい。

VNC の利用

FreeBSD 8.0-RELEASE を稼働させている IBM ThinkPad X40 のキーボードが故障した。それ以外はまだなんとか動く。キーボードだけの問題であれば,他のマシンからリモートログインして,作業ができる。ssh でもよいのだけれど,デスクトップの操作ができると嬉しいので,VNC を使うことにした。FreeBSD 上に vncserver を起動し,Mac OS X の VNC Client からこれに接続し FreeBSD を操作するわけである。

FreeBSD での VNC プログラム vnc-4.1.3 のインストールは cd /usr/ports/net/vnc && make install clean でできる。Mac OS X の VNC クライアントはフリーウェア Chicken of the VNC を使うことにした。こちらも dmg パッケージを落として来てマウントし,アイコンをアプリケーションフォルダにドラッグすれば,組込みは完了である。

サーバ側で vncserver :1 -geometry 1024x768 -depth 24 などとして VNC Server を起動し,初回にパスワードを応答しておく。クライアント側では Chicken of the VNC の connection --> open connection メニューから,ホスト名,パスワード,ディスプレイ(この場合 1)を指定して接続を実行すると,Mac 上に FreeBSD のデスクトップが現われる。

vncserver を実行するユーザの $HOME/.vnc/xstartup に X クライアントや X ウィンドウマネージャ等の起動コマンド列を記述しておく。.xinitrc の内容とだいたい同じである。ただし,Emacs などのアプリを使おうとすると,次のようなエラーが出て異常終了してしまうことがある。

Xlib:  extension "RANDR" missing on display ":1.0".
Xlib:  extension "Generic Event Extension" missing on display ":1.0".
Undefined color: "black"

これには結構悩まされたのだけれど,計算機と戯れる日々:2009-05-31 記事に救っていただいた。ありがとうございました。rgb.txt を vncserver に指示してやればよいとのこと。というわけで,次のとおり再起動すれば,Emacs もきちんと動いた(Xlib のエラーは解消しないけれど,実害はなさそうである)。

% vncserver -kill :1
% vncserver :1 -geometry 1024x768 -depth 24 \
  -co /usr/local/share/emacs/23.1.91/etc/rgb

また,X スクリーンセーバーが働くとにっちもさっちも行かなくなるので,止めておいたほうがよい。xset s off を端末から投入するか,xstartup に書いておく。

これで,X40 のキーボードがダメでも,Mac から FreeBSD Mew on Emacs を使ってメールチェックする,などの作業ができるようになった。スクリーンショットはこんな感じ。ちなみに X ウィンドウマネージャは Enlightenment DR-16 である。X40 とまったく同じ画面で FreeBSD が使えるのである。

vnc_screen.png

ptexlive, upTeX, e-pTeX, X40 の故障

ここのところ,ptexlive, upTeX, e-pTeX の追っかけをやっている。upTeX-0.30 が出て,e-pTeX の upTeX-0.29 用パッチを手動で適用した。ptexlive-20100322 に e-pTeX が追従したというニュースも入って来た。upTeX の作者 ttk さんも,ptetex3 から ptexlive にベースを移行するとの意思表明をなさった。ついでに ptexlive の Babel 対応もお願いします。私の期待は膨らむばかりである。

* * *

愛用の FreeBSD マシン IBM ThinkPad X40 がいかれてしまった。キーボードの down(下矢印),delete キーの効きが悪く,Emacs や Eterm では C-n や C-d,あるいは Backspace で凌いでいたのだが,昨日 Space や Enter キーまでが反応しなくなってしまった。スピーカや AC アダプタもどうも調子悪い。中古で仕入れてから 3 年間コキ使ったので,寿命を迎えたとしてもおかしくない。キーボードを脱着・清掃してみてダメなら,かろうじて動く間にバックアップをとって引退させることにした。

というわけで,MacBook Pro 13 inch US Keyboard モデルを発注してしまった。これでやっと LaTeX でヒラギノ ProN (Adobe-Japan1_6,JIS2004 対応 OTF) が利用できることになる。私にとって Mac OS X のありがたみはそこに「しか」ない。なにしろ Mac OS X は,バグが多いし,UNIX としてはトロいし,型落ち OS への対応が冷たいし(Mac が大学関係 — UNIX 幻想に囚われた大学 — にしか採用されない理由はここにあると思う),などでちょっとやり切れない。Leopard はさてどうだろうか。FreeBSD とはサーバだけの付き合いになってしまうのが少し悲しい。

帰省

亡くなった大叔母は近鉄南大阪線古市駅近くの住宅街に住んでいた。自宅前に児童公園があり,青山古墳に接していた。この前方後円墳は誰の陵か,私は知らない。もうここに来ることもなくなるのか。

古市付近は大規模な古代古墳群で有名である。近くには謡曲『道明寺』で知られる道明寺がある。憤死した大津皇子が葬られた二上山も遠望できる(私は謀反の疑いで自害させられたこの皇子の墓を訪れたことがある)。古代の死臭のする地域である。大叔母の骨を拾いながら,日本で最初に火葬に付されたのは持統天皇だったっけ,灰と化すことは古代の復活信仰の終焉だと誰かが言っていたなあ,などと古代の死と親族の死を重ね合わせてしまった。次は,『懐風藻』に収められた大津皇子辞世の一絶。

 臨 終
金烏臨西舍    金烏 西舍に臨み,
鼓聲催短命    鼓声 短命を催す。
泉路無賓主    泉路 賓主無し,
此夕誰家向    此の夕 誰が家にか向かはん。
『王朝漢詩選』 小島憲之編,岩波文庫,1987 年,26 頁。

私はこの詩(押韻も平仄もメチャクチャだが,死を前にしても詩を詠まずにはおれない心情に私は心惹かれる。行末の仄韻が痛い)を小島憲之編『王朝漢詩選』(岩波文庫,1987 年)で読んだのだけど,残念ながらこの版はすでに絶版になったようである。その代わり,今は『懐風藻』の全編とその注解が文庫で手に入る。古代の日本人の漢詩集は,玉石混淆とはいえ,万葉集とはまた違った端正さがある。
 

いま大阪,奈良は,平城遷都 1300 年祭の広告で満ちあふれている。どこに行っても,せんとくんがいる。このせんとくん,公募で採用されたときは「キモイ」とさんざん批判されていた(こんなのに目クジラを立てネチネチと批判する書き込みを読んで,ヒマなヤツがいるもんだと面白かった。他人のことは言えませんけど)が,今はなんの抵抗もなく親しまれているようである。

201004_nara.png

大叔母の葬儀

心臓を患っていた大叔母が亡くなった。3 月の連休に帰省して病院の彼女を見舞った時,体が小さく見え余命のほどが察せられ,思わず大叔母の手を握りしめてしまった。でも,その時がこうも早く来るとは思わなかった。大叔母は大正十四年生まれ,三島由起夫とほぼ同じである。享年 85。鹿児島県徳之島の生まれである。

今日の葬儀のために,昨夜 11 時頃大阪・松原の実家に着いた時,かしましい徳之島方言が居間から聞こえて来て,何事かと思った。この大叔母の妹が通夜のあと来ていたのである。うちの両親と島口でしゃべっているが,私にはまったくわからない。「いま徳之島は凄いことになってますね」と私が水を向けると,「ああ,基地なんてみんな反対じゃ。カネに目が眩んで賛成しとるのは 3 人しかおらん。総理大臣のことを島ではハトと言いよる」というようなことを元気にまくしたてた。賛成が本当に「3 人」しかいなくったって,政府が決めれば基地移設は行われるだろう,でもそれはハトによらず今までの常道ですよ,というようなことは私は言わなかった。

このお婆さんも 83。子,孫,曾孫,玄孫合わせて 40 人いて,面倒が多いと大笑いしていた。彼女の発音を聞いていると興味深い。歴史的仮名遣い(字音仮名遣い)では「会社」,「映画館」を「くわいしや」,「えいぐわくわん」と記すが,彼女は "quaisya","ēguaquan" とでも写したくなるような,まさにそのとおりの発音をした。亡くなった祖父もまったく同じであった。古い音が辺境では残っているのか,歴史的仮名遣いを表記通りに発音する習慣があったからなのか,歴史音声学に詳しくない私にはわからない。

故人が大往生したということもあり,葬儀の参列者には年寄りが多かった。便所の「姫」の扉の前に婆ばかりが並んでいた。出棺,火葬の直前を除き,涙はなかった。「いい葬式じゃ」と大叔母の妹婆さん。昔のある徳の高い禅僧は,「何かめでたい書を」と乞われて,こう書いたそうである:「祖死,父死,子死,孫死」。故人は逆縁には遇わなかった。

大叔母の世代は,現代史の辛酸を舐めた人たちであり,半端者が少ない。肚の据わり方が凄い。この大叔母,10 年前に亡くなったその夫とともに戦中・戦後のどさくさを生き抜いた。ともに戦争で男兄弟を亡くした。終戦直後は,台湾と本土との物流関係でヤバい仕事もやったらしい。私の父母のような,島から上阪して来た無学な田舎者の面倒を何人も見,4 人の子供を育て,7 人の孫の世話をして来た。私も,父母がまだ若く甲斐性も暇もないころ,大叔母宅(生野区寺田町にあったので,「寺田町のおばちゃん」と呼んでいた)に預けられていたことがある。厳しい人だった。町工場に勤めていた仕事中の母に,大叔母に黙って,会いに行ったり,白飯に醤油をぶっかけて食っているのを見つかって,彼女にこっぴどく叱られたことを私はよく覚えている。

大叔母,その次の父母の世代を思うたびに,そのあとの世代に対する物足りなさをひしひしと私は感じてしまう。文学だって,三島由起夫,安部公房(大叔母と同じ),その次の開高健,大江健三郎(父と同じ)の世代と比べると,それ以降の作家たちはいきなり質がどん底に落ちた観がある。これは私の勝手な印象ではない。私が女性知識人としてもっとも尊敬する米原万里は,次のように書いている。

[ ロシアの:私註 ] 友人は,今ロシア文学は空前の活況を呈していて次々と面白い本が出ていると自慢。さらに「今度出た現代日本文学のアンソロジーは」と言って口ごもるので問いつめると,「かつて大江健三郎や安部公房で日本文学に魅せられたロシア人は長らく禁断症状に苦しんでいた。経済が破綻して出版社は日本文学の翻訳に手を出せずにいたから」と言う。「今度の二巻本には飛びついた。でも,あまりの退屈,底の浅さに愕然とした」。
米原万里『打ちのめされるようなすごい本』文春文庫,2009 年,51 ページ。

「底の浅さに愕然」— 痛烈。だが,紛れもない現代日本文学の現実。井上ひさしも亡くなっちゃいましたね。あああ。
 

* * *

帰省して親父と呑んだあと,ひとりテレビを観るともなく観ていたら,『ハナテン』という関西では有名な中古車販売会社のコマーシャルがかかった。シーツに包まった裸の女が「アナタ,クルマ売る?」とウッフン声でそそる。これ,私が物心付いて以来,まったく変わらないハナテン CF の流儀なんである。小学生の私はときめいたものである。関西にはまだこの伝統が生きていたのかと私は少し嬉しくなった。マスプロアンテナも「見え過ぎちゃって困るのー」とスケスケ・ルックの女性が登場する CF をまたやってくれないものだろうか(酒に酔って裸になったタレントが地デジ CF から降ろされてしまうこの現代ではありえない)。昔の,こういう昭和エログロ風の「下品な」 CF は,圧倒的な印象を残したと思う。

最近,エロな CF や深夜番組は,世の清潔漢のおかげでテレビから一掃されてしまった。公共性の高い場にヌードポスターを掲示するなんて,ありえない時代になった。ニッセイのおばちゃんからもらったヌードカレンダーを何気なく職場の机上に飾って使うなんて,セクハラとして今や許されない。私の小学生のころは,近所のイズミヤ 3F にあった日用品・インテリヤ売場に,秋吉久美子や麻田奈美のヌードポスターが堂々と飾ってあった。私は友人とよく観に行ったものである。そういうことは珍しくなかった。そのころのヌードグラビアやポスターは質が高かったと,私は今にして思う。

セクハラ防止や教育上の配慮で,公共の場からセクシュアリティ,エロスを徹底的に排除しようとする傾向に対し,子を持つ親として,社会人として,私は悪いことだとはさらさら思わない。でも,こんなに清潔感漂う上品な街角では,少し横道に逸れプリクラなんかを覗くと,「殿堂」と称する投稿機能(知っている人は知っている。私は娘に教えてもらった)で,セックス・プリクラ写真が小学生にさえ閲覧できるようになっていたりする。どうも,昔の下品な時代のほうが,まだ「まともな」性の幻想で子供も癒されていたと思わないではおれないのである。見たくもない一般人による穢いモロ出しセックス画像と,秋吉久美子の綺麗なヌードとで,どっちがよいかは歴然としている。どっちも悪いという人は — 少なくとも私はそんな人を信用しない。

misima 限定公開

ちょっと前に,misima という旧字・旧仮名遣い変換ソフトを友人たちだけの限定公開とした。このような「冗談ソフト」が消えても,困る方はいないと思う。

いままで misima をお使いいただき,ありがとうございました。旧字・旧仮名遣いで古風に書きたいと思う方には,『まるやるま君』という,misima よりももっとよいソフトがあります。

そういえば,自分は「正字正仮名」で正しく書いているとするある奇特なサイトが,以前(というのも,このネット思想家サイト管理者はどうも学校を卒業したらしく,店を畳んでしまった),こんなことを書いていた:「私の書く正字正假名が讀みづらい,解りづらいと思ふ方は『まるやるま君』などで新字・新假名に變換してお讀みになるとよからう」。はいはい。ご教示ありがたうございます。こういうのを,英語では "It's none of your business" と言うようである。

というわけで,このネット思想家のように「正字正仮名」で「國語の傳統に忠實に,正しく」書きたいと思う方には — 私も,店を畳むだけではユーザー様に申しわけなくもあり, —『まるやるま君』をお勧めしておきます。

普天間問題

普天間問題について鳩山首相は昨年末の自宅前のインタビューで「来年(つまり今年)の 5 月には決着させます。私が決めますから」と応えていた。おそらく言った通りにするはずである。

この問題がマスメディアに採り上げられ,「日米同盟の危機」が煽られるたびに,私はマスコミのバカさ加減に本当にうんざりする。こんなことくらいで日米同盟が揺らぐのなら,最初からないも同然だということがなぜわからないのか(現実,いまやないも同然)。オバマは Futemma が日本のどこにあるのかも知らないに違いない。心配しなくても何の問題もない。これは米国にとってハナクソ以下の話題であろう。マスコミ(産経新聞のことである)は,普天間問題にかこつけて政府の無能ぶりをあげつらうわけだけど,どっちが無能なのか,こちらはよくわかっています。

夏の参議院選では民主党過半数獲得は難しいとの見方がある(例えばココ)。そうかも知れない。でも私は,次の参議院選挙でも民主党が勝つことを期待する(私は民主党は嫌いだけど)。そうでなきゃ,日本の有権者のあまりの性急さ・浅薄さがばかりが露になってしまい,情けないではないか。自民党政権がダメにしてくれた日本を回復するのは,半端な事業ではないのである。民主党もダメかも知れないが,自民党はもっとダメ,最低じゃないか。国民に灸をすえられたのに,なおも国民不在の与党攻撃に余念がない。

OldSlav-1.3-beta, Spam 対策

OldSlav-1.3-beta を公開した。古ルーマニア正教会で用いられた二文字の追加,その他バグ fix を行った。

新しい文字は \OCSDZHE \OCSdzhe\OCSYN \OCSyn,またそれぞれ \DZ \dz\YN \yn でも入力ができる。前者は UTF-8 で Џ џ を直接入力することができる。後者は Unicode U+A65E,U+A65F という拡張領域にあり,今回は直接入力のサポートを見送った(このブロックを表示・編集できるエディタは少ないと思う)。

OldSlav-1.3-beta はダウンロードサービスから取得できる。

* * *

最近,頼子さんやら,恵子さん,美香さんなどから,艶っぽいメールをたくさんいただく。とくに頻繁なのがロシア娘 Olga である。要するにスパムメールの話。たいていはスパム丸出しで SpamAssassin が取り除けてくれるのだけど,Olga の英文スパムだけは差出人が私のメールアドレスを詐称しているため,Whitelist 扱いで堂々とメールボックスに入って来てくれる。このオリガ,ロシア語をしゃべってくれるのなら,少しは相手をしてやってもよいのだが,英語で "many beauties" やら "my pussy" やらとウザったい上に,あまりにも出没頻度が高い。その都度手動で MHonArc Web メーリングアーカイブからパージするのにも疲れてしまった。いい加減手を打つことにした。

詐称された自分のメールアドレスを Whitelist から外すという策もあるわけだけど,今回は procmail レシピを追加した。私は自分の出すメールは自分にも cc する習慣であって,それらが SpamAssassin にスパム扱いされかねないのも煩い。

私のアカウントを詐称するメールは,私自身が送信したものではない点をチェックすればよい。その特徴は,当然,私の MUA,プロバイダを通過せずに来るので,メールヘッダの Receive 行に localhost やプロバイダメールホストの来歴がない。ここをチェックして弾くようにした。

:0:
* ^From:.*watasi.no.address.*
* ! ^Received:.*my.provider.smtp.server.jp.*
* ! ^Received:.*localhost.*my.mail.server.jp.*
spam/.

しばらく様子見。おお,Olga が引っ掛かってる,引っ掛かってる。

※ 2010.4.30 付記

それはそうと,ロシア女性名のイメージとなるとオリガというのはなぜなんだろうか? しかもどこか淫微であったり,おつむが弱かったり,という不幸なイメージにおいて。これはどうも伝統的である。プーシキンの『エヴゲーニイ・オネーギン』のオリガは,思慮の浅い女性のタイプになっている。

横光利一の『上海』にも,落ちぶれた亡命貴族女性オリガが登場する。彼女と同棲することになった主人公は,オリガからひっきりなしにアレを迫られ,ヘタってしまう。これはオリガの個性というよりも,ロシア女性一般の情熱に近いらしい。ロシアの男は週に 16 回妻を満たさないと一人前の亭主とは認められない,と佐藤優がどこかで書いていた。横光の観察には感銘を受ける。

10 年程前,錦糸町で顧客と呑み歩いたあと,とうに終電を過ごしてしまった真夜中,ひとり駅前をぶらついてタクシーを探していた時,私はキャバクラの外国人袖引きに誘われたことがある:「えっちナろしあノ女ノ子イマスヨ! はんがりーノキレイナ子モイルヨ! 遊ンデイキマセンカ」。私は「そのロシア人,オリガですか?」と聞いたら,「ヨク知ッテルネ」と言われた。

私は昔,新潮文庫で『上海』を読んだのだけれど,最近,岩波文庫から手頃な版が出たので,以下にその Amazon リンクを付けておきます。
 

大学一年生

この春,大学に入ってからというもの,ウチの息子は浮かれて,遊び歩いてばかりいやがる。私も同じだったので何も言えません。履修届を出す前にもうバイト先を決めて来た。昨夜は,友人たちとコンパがあり,酔いつぶれた女友達,男友達,二人を連れて帰ると連絡があった。

妻は「何ィー!」と頭に血が上り,文句たらたら,狭い我が家にどいつをどこに寝かせるかなど思案しつつ準備をはじめる。こういうとき,同じ部屋に寝かせたりなんかするものならきっとエッチをするに違いないと,女親はすぐその方面の心配をする。「考え過ぎ。あのねぇ,自分がそのつもりになって考えたら,親のいる家なんかニャ帰らねえって!」と私は諭す。すると,高校一年生になった娘も「アタシもそろそろエッチしていい年じゃね?」などと言い出す。「ボケ! 十年早え。男は女で失敗する,女は男で人生を狂わす,知らねーのか! 人はエッチの前に仕事を覚えないとロクな人間にならん!」。まったく。俺も学生時代に戻りたい(そっちかよ)。

男の子は「夜分すいません,ホントすいません」と詫び,「ワタクシ,社会学部社会学科の I と申します!」。千葉の産。茨城県から来た女の子はというと,ぐでんぐでんに酔っぱらっていて前後不覚状態,息子に甲斐甲斐しく介抱されていた。急性アルコール中毒ということでもなさそうだ。この子の親御さんはさぞ心配してるんだろうな。友達の家に行くと連絡はしてあるようだ。

大学新入生はいまや浮かれ気分。不況もクソも関係ないのだ。息子は私よりずっと手が早そうである。いいか,孕ませるなよ。

OldSlav: K さんからの返信

OldSlav 教会スラヴ語 LaTeX パッケージへのフォント追加について,ベータ版とサンプル組版 PDF を K さんに送った。今朝,彼から早速返事をもらった。彼はたいへん気に入ってくれたようである。文字の幅,高さ,カーニングの具合が知りたくて,私は追加資料をお願いしていたのだが,なかなか適当なのが見出せないと彼は詫びていた。サンプルができたのを幸い,大学の文献学教授に見てもらい,見解を知らせてくれるという。

この女性教授,K さんの旧版 OldSlav で組んだ文書を見て,これはロシア風の書体様式だとすぐ判ったらしい。いくつか写本を見て来たとはいえ,私などは,教会スラヴ語の書体がロシア風か,ブルガリア風か,はたまたマケドニア風,セルビア風か,さっぱり区別が付かない。ただ「美しい」ということだけ(このフォントは,もともと,モスクワ大学のアンドレイ・スレプーヒン教授がロシア正教会の委託で作成したものである)。さすがである。こんな学識豊かな教授の意見がもらえるなんて,少しワクワク。

ところで,この先生,K さんによる OldSlav LaTeX 原稿を同時に見て曰く,世の中には Microsoft Office があるというのに,なんでまたこんな面倒臭い書き方をするんでしょう,"king size pain in the ass"(何故かここだけ英語)ですワ。"king size pain in the ass(ケツん中ビッグに痛ぇカンジー=ちょーイラつく)" なんて下品な表現を,本当に彼女が発したのかは知りません(もとより,ルーマニア人である)。でも,これが LaTeX の魅力を知らない人の正直な意見であるのは疑いがない。あるいはより多くの場合,LaTeX に「挫折した」人の恨みツラミである(ネットでもよく見かける)。MS Office is MS Office. LaTeX is LaTeX. That's all. No reasons. そう書いて返信した。orz...

もう少しマクロに手を加えたら,OldSlav-1.3(とりあえずベータ版)として公開するつもりである。

OldSlav に対し,先日ルーマニアの学生 K さんから要請されたフォントの追加を行った。古ルーマニア教会文献で用いられた文字を二つ,upper / lower で計 4 グリフ(Ꙟ: Yn U+A65E, U+A65F — 矢印「↑」もしくは漢字「个」のような形をした i — と,Џ: Dzhe U+040F, U+045F)。METAFONT で生成した。Yn のデザインがよいのやら悪いのやらさっぱり判らず,K さんに見てもらうことにした。彼が満足できるものなら,公開しようと思っている。

彼からデジカメ画像で送られて来た見本のルーマニア語文献の引用で,早速タイプセットしてみた。赤い文字が今回追加したものである。

romanian-ocs.png

ルーマニア語には TeX Gyre の Termes (Roman) フォント,QX フォントエンコーディングを使用した。

\usepackage[utf8x]{inputenc}
\usepackage[QX]{fontenc}
\usepackage[oldchurchslavonic,romanian]{babel}

ルーマニア語アルファベットには Ș (U+0218), ș (U+0219), Ț (U+021A), ț (U+021B) というコンマを付けた特徴的な文字がある。\usepackage[utf8x]{inputenc} を指定すれば,これら文字を直接タイプして T1 フォントエンコーディングでも出力できる。この場合 utf8x.def が定義している \textcommabelow 命令によって,S と , との合成で文字が出力される。

ところが,昔から Latin2 (ISO 8859-2) でテキスト作成する関係で,これらの文字はコンマ付プロパーではなくセディーユ付で代用されて来たせいか,Ş (U+015E), ş (U+015F), Ţ (U+0162), ţ (U+0163) を入力し,かつ QX エンコーディングを指示してタイプセットしたほうが,TeX Gyre にあるカンマ付プロパー文字 Ș ș Ț ț が出力できるのである。カンマとの合成文字で出力するよりもずっと綺麗である。T1 エンコーディングだと — 当然ながら — セディーユ付 Ş ş Ţ ţ が出てしまう。

こういうややこしい事情からして,ルーマニア語はどうも可哀相な扱いを受けて来たらしい。この Ș ș Ț ț の文字がいまブラウザに表示されていない方(おそらく Windows な方)もいるはずである。これらは Unicode 体系においては,アゼルバイジャン語,エヴェ語,フーラ語などの拡張ラテン文字ブロック Latin Extended-B (U+0180--U+024F) に収められている。いわゆるヨーロッパ言語の文字が基本的に Latin Extended-A (U+0100--U-017F) までに収容されていることからすれば,仲間はずれにされているわけである。ルーマニア語ってヨーロッパ言語のなかで個性的だということがよくわかるのである。

※ 2010.4.30 付記

このルーマニアの学生さんは,ルーマニアでのこうした文字の混乱について憤慨していた。彼は LaTeX で母国語を組むときは combelow パッケージを使っているそうである。TeX-Gyre のコンマ付文字はコンマが少し大きくて,彼は好きになれないそうである。その一方で combelow の \cb 命令(\cb S とすると S の下にコンマのダイアクリティカルマークが付加される)も,コンマと文字の間のアキが大きすぎるとこぼしていた。自分で微調整して使用するとともに,作者にも連絡をとって提案しているとのことだった。

私自身は TeX-Gyre のフォントが気に入っているので,「ルーマニア語 LaTeX 事情は複雑ですなぁ」としか応対できなかった。

Google Scholar BibTeX link, UT Repository

ちょっと BibTeX について調べていたら,Google Scholar に,学術文献の BibTeX リンク出力機能があることをいまさらながらに知り,またまた Google の偉大さに畏れをなした。検索ボタンの右にある「Scholar 設定」というリンクから,「文献管理」で「BibTeX への文献取り込みリンクを表示する」を選んで設定すればよい。いまの学生は便利な世の中にいて,羨ましい。

面白半分に自分の名前を入れてみたら,なんと,2 年前に書いた論文(『エヴゲーニイ・オネーギン』のパラレリズムの一考察 : 白と赤のイメージによる作品構造をめぐって — Цветовой параллелизм в романе А. С. Пушкина «Евгений Онегин» : О толковании изображения снежного пейзажа в IV и V главах и структуре сюжетов с красным образом на белом фоне в романе)へのリンクが出て来た。おお,私も Scholar になったわけだ。東京大学学術機関リポジトリ UT Repository に登録されたんである。UT Repository では,東京大学が発行した紀要等の学術論集を検索し,PDF で閲覧したりできる。ヒマな人はここから見てください。

死刑制度・時効撤廃

麻薬密売をした邦人の死刑が中国で執行された。日本国内にはこのニュースに対して「遺憾」との声がある。でも,それじゃ死刑そのものにどうして異論を唱えないのか? 中国は自国の法に則って死刑にしたに過ぎない。死刑を認めるとするならば,という限りにおいて,麻薬密売犯など「死刑」にしてしまっても,私は別になんとも思わない。死刑が被害者遺族の思いで正当化されるのならば,麻薬で廃人となった人の肉親にとっては,麻薬密売犯の罪は死に値するはずである(麻薬に手を出した本人が悪いというのはもっともかも知れないけれど,市場を形成する構造的問題に関る者,要するに麻薬で儲けている者はもっと悪い。ノリピー・押尾学報道の愚かさは,この点をまったく無視していたことにある)。

公訴時効見直しの世論に押され,刑訴法改正案が国会で審議されはじめた(どうも千葉景子法相はこれをこそ己の政治成果にしようとしているようである。どう考えても「罪人」とは思えない民主党・石川議員が逮捕されるを傍観しておきながら,大した善人である)。凶悪犯罪の時効撤廃はよいことだと思う。

一方で「死刑判決」がこれまで以上に慎重になるはずである。いい加減な捜査,検察の言いなりの裁判が仮に明るみに出ても,真犯人の捜査を再開できることになる。取り返しのつかない判決を急ぐ必要がなくなるからである。もし菅谷さんのような冤罪で,仮に死刑が執行されたとしたらどうだろうか。誰がどのような責任を取るのか。菅谷さんは裁判所のヘボさ加減があまりに酷かったので逆に救われたわけだけど,仮に死刑が確定し,さらに執行されたあとに冤罪が明らかになっていたら,警察も,検察も,裁判所も,信用がまるつぶれになるだろう。特にこの裁判に関与した,検察の言いなりの,不作為の裁判官たちは,いまごろ死刑判決を出さなかったことで胸を撫で下ろしているに違いない(というか,己の体面を取り繕うのに懸命なだけか)。

こういうことを考えると,時効撤廃は,被疑者否認の裁判において,おそらく死刑判決を減らす役割を果たすだろうと私は思う。時効の無い国家・社会では,死刑が実質廃止されているのはこういうことだと思う。

入学式

今日は子供たちの入学式であった。あいにくの雨。それでも,先日の強風を生き延びた桜が静かに咲いていた。あいにくのバッティング。それで,妻は池袋にある息子の大学,私は宿河原にある娘の高校,と行動を分けることに。

娘の高校は昨年 10 月に学校説明のために訪れて以来であった。クラブの生徒たちの勧誘が凄かった。入学式では,「入学許可」などという「上から目線」の次第があり,担任の先生が生徒一人ひとりの名を読み上げた。先生が名簿と生徒との間で視線を往来させるのを見るにつけ,私は抜かされる子がいるんじゃないかと,ヒヤヒヤしながら見ていた。あとで娘から聞いたところ,やっぱり飛ばされたヤツがいたらしい。「呼名された者の入学を許可する」なんて言ってたの,この場合どうなんのかな?

退屈な時間。おまけに寒かった。しかし,合唱部の演奏が,お世辞なんぞではなく,マジ,本当にハイレベルで驚嘆した。式場の体育館に,雨なのに『ハレルヤ』の四部合唱が高らかに響き渡って,祝祭的気分を盛り上げてくれた。

夕方,お祝いに焼肉を食べに行った(いつも焼肉なんである)。息子だけはテニス・クラブの友人たちと徒党を組んで,夜遅くまで遊んで帰って来た。

2010 年度開始

2010 年度がスタートした。今年度は多忙な年にしたいなー。

バンクーバー冬季五輪,パラリンピックが終わったけれど(そういえば,パラリンピック・アイスレッジホッケーで日本が銀メダル! うちの会社の選手がいるので,健常者の五輪よりも感動した),J リーグ,プロ野球も開幕した。

阪神,昨年と変わりなくヘボい。一時は投手王国と呼ばれたのに,いまや藤川以外にロクな投手がいない。城島捕手なんて補強したって無意味である(彼が活躍するとやっぱり嬉しいのだけど)。野球はほぼ投手で決まるのに,真弓さん,何考えてんだか。岡田監督のほうが絶対上である。星野監督が阪神を弱者のイメージから解放し,岡田監督がしっかりと受け継いでくれたが,真弓さん(「さん」付けで呼ぶべきである)になって,またかつての「野球は弱いが巨人・中央・東京への反感だけは最強だった阪神」に逆行してしまった。阪神ファンの皆様,次回の優勝は 30 年後です。

* * *

普天間基地移転先候補として鹿児島県徳之島があがっているそうである。徳之島は私の父母の故郷である。大阪で生まれた私も何度も訪れたことがある。正月に帰省して,サトウキビ収穫の手伝いで大いに汗を流したこともある。祖父に連れられて,かつての世界最高齢者・泉重千代さんの家でご馳走になったこともある。幼稚園に上がる前,何ヶ月か過ごし,島口(徳之島方言)をペラペラしゃべっていたらしい(いまは忘れた)。

徳之島のある奄美群島地方は,琉球王国の勢力範囲だった。方言も沖縄と酷似している。太平洋戦争ののち,沖縄と同様,米軍に占領された。米軍基地が集中していた沖縄とは戦略的位置づけの違いもあって,島民の激しい返還運動の結果, 沖縄よりもおよそ 20 年早く 1953 年に日本に返還された。日本から切り離されたそんな歴史過程のただなかに私の父母は大阪に出て来たのである。そんな家族の成り立ちゆえ,私は今般の徳之島基地移設問題のみならず,沖縄についても他人事ではおれないのである。

徳之島は生態系に特徴があり,珍しい昆虫,動植物の宝庫でもある。珊瑚礁の美しさで海は光り輝いている。そこに基地を持って行くのは,自然破壊の一因になるに違いない。残念である。それでも,島は過疎化と産業衰退で困っているわけで,基地招致で経済的効果を得るのは悪いとは言い切れない。徳之島の人たちはそれこそこの二つの間で引き裂かれる思いなのに違いないのだ。

元防衛大臣・自民党小池百合子が徳之島で反対集会を開いた。「美しい徳之島を基地で台無しにしてよいのか」などと宣ったのを私はテレビではっきり聞いた。この,徳之島なんてどこにあるのかも知らなかったに違いない,吐き気を催す「美しい日本」時代の,偽善的エリート(お嬢さん大臣),この期に及んでなんとも「野党政治家」してくれている。アンタに徳之島の事情の何がわかるかというのである。昔,徳之島には日本軍の基地があったのを知らないらしい(私の父は,敗戦で日本軍が放置した零戦に載って遊んだものだと教えてくれた)。そもそも — じゃあ,小池さん,沖縄なら「台無し」にしてもよいってか? 私が沖縄県民だったら,この偽善者を袋だたきにしてやりたいくらいである。それくらい小池の徳之島演説に私はブチ切れたんである。まったく,小池百合子といい,川口順子といい,千葉景子といい,女性大臣(経験者)にはロクなのがいない。

徳之島は選挙では,近隣住民が掴み合いの喧嘩をするくらい,活動が激しい。闘牛の盛んな血の気の多い島である。基地移転問題では賛成派・反対派がどんな様相を繰り広げるのか,私は心配である。
 

* * *

自民党に新党ブームが起きている(そのうち民主党にも起こるだろう)。与謝野元財務相,平沼元経産相が党を離脱するとニュースでみた。まあ,どちらも日本をダメにしてくれた人たちなので,なんの興味もなし。平沼なんて,ただの右翼じゃねえか。

多摩高校合唱部定期演奏会

今日,夕方,神奈川県立多摩高校合唱部の第 44 回定期演奏会に行って来た。多摩高校合唱部は全国でも有数の実力を誇る。新百合ケ丘にある麻生市民館大ホール。もう何年もこの界隈を訪れなかったので,小田急の駅舎,その周辺の変貌に驚いた。

谷川雁作詞,新実徳英作曲『北極星の子守歌』,Javier Busto 作曲『O magnum mysterium』,宮沢賢治詩,千原英喜作曲『雨ニモマケズ』など,個性的な選曲。鍛え抜かれた歌声。ミュージカル風のステージもあり,楽しめた。

あの色だけならば 暗すぎる
谷川雁『われもこう』
どいつも こいつも ぎぜんしゃ
おれは どっこい じてんしゃ
かんからかんの ちりりりりんさ
谷川雁『自転車でにげる』
O magnum mysterium
et admirabile sacramentum
 おお,大いなる神秘よ
 賞讃すべき秘蹟よ(ラテン語)

Moon Calendar

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ISAO YASUDA。システムエンジニア。神奈川県在住。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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