2010年8月Archives

大阪帰省・京都

父が心筋梗塞で倒れたとの連絡があり,急遽,妻,娘と三人で帰省した。幸いすぐ病院に担ぎ込まれて,カテーテルを入れ,血管の詰まりを除去した結果,命を取り留めた。主治医の病状説明では,父の心臓は血液が行き渡らなかった間に 30% 程度が壊死してしまった。でもこれは,車のエンジンの排気量が 3000cc あるものもあれば 1000cc のものもあり,1000cc 車でも何の問題もなく走行するのと同じで,普段の生活にはなんの支障もないらしい。カテーテル治療の間に二度心臓が停止し,電気ショックで復活したという。医師の手際のよさに感謝した。説明のなかで,治療中に撮影した患部の動画を見せてくれた。カテーテルを通して詰まったところのゴミを吸引し,スプリング付風船を膨らませた瞬間に,血液がパッと流れ出す様を見せつけられて驚いた。いまはこういうダイナミックな治療説明をするんだと感心した。

父の治療をしたのは大阪府松原市にある徳洲会松原病院である。鳩山首相が徳之島に基地移設説明をするに先立って相談をした徳之島の名士・徳田虎雄氏が設立した病院の第一号である。同じく徳之島出身の母は古くからこの病院のお世話になっていた。院内掲示板には医療講習会のポスターが張られていた。数年前,臓器売買斡旋疑惑で世に叩かれた宇和島徳洲会病院・万波誠医師が講演者に名を連ねていて興味深かった。なにしろこの人,腎臓移植のゴッドハンドとして聞こえている斯界の権威である。彼はバカなマスコミ(と,匿名医師が立てたと思しき2ちゃんねるスレッド)に相当叩かれたのだが,まだまだご健在の様子,私は頼もしく思った。徳洲会は既得権益に腐敗した医療界の異端児として登場し,かつては方々から攻撃されたようである。この腎臓移植問題もおそらく誰かのやっかみだろうと当時私は思ったものである。この医師に助けられた人にとって,こんな「疑惑」スキャンダルなど医学倫理にかこつけた偽善以外の何ものでもないと思われたに違いない。どうも,日本の医療サービスは,ガラパゴス化日本の典型であり,規制が多くて身動きできない体たらくらしい。そうそう,私は吉川尚宏著『ガラパゴス化する日本』をこの帰省の間に読み,草食男子社会・ガラパゴス化ダメ・ニッポンにいよいよ危機感を募らさせられた。

とにかく,私の父も救ってくれて,徳洲会病院には私は感謝に堪えない。父は翌日には話をするようになり,ICU から出て一般病棟に移った。個室なのに一日 6,300 円という費用の安さに驚いた。もう尿器も,点滴も取れて自力歩行できるようになり,テレビでタイガースの野球と将棋の対局ばかり観ている。それでもやはり退屈だろうから,私はエロ雑誌を買って差し入れてやった。エログラビアなんて老人の心臓によくないって? 心筋梗塞は心臓病ではありません。
 

* * *

父を見舞った翌朝,自転車で散歩に出た。大学に入ってから帰省したとき,駅と実家の間の道しか往来しなかった。私が通った学校などの様子を久しぶりに見たいと思った。老いた父が危ない状況なので,私も少し懐古的・感傷的になっていたのかも知れない。

小学生のころ住んでいた集合住宅地,中学時代の友人宅付近などを巡ってみた。もう往時を偲ぶばかりで,見知った建物はもはやなかった。表札も知らぬ名前ばかりだった。少年のころ悪童ばかりが住んでいて怖くて近づけなかった長屋も,一戸建て住宅に建て変わっていた。国道 309 号沿いにあった,中学時代の友人の両親が経営していたお好み焼き屋も,あとかたもなかった。私の通った市立松原中学校は校舎が新しくなっていた。

中学校の近所にある丹比・柴籬神社にも行ってみた。この小さなお社は 18 代(北畠親房の『神皇正統記』では 19 代)反正天皇をお祀りしている。門には十六八重表菊の紋章。建立は 5 世紀後半ともいわれている。ここは古代,柴籬宮があったとされる地である。賢み,賢み。西鶴の「むくけうへてゆふ柴垣の都哉」の句碑にはじめて気付いた(「うへて」は「うゑて」じゃないのか,という旧仮名バカは西鶴とは無縁である)。木槿の白い花。子供のころにはそういうところにはまるで関心が行かなかったようである。父の快癒,家族の無病息災の願をかけた。私の打った二拍手は,静かな朝の誰もいない古社に,少し間抜けに聞こえた。
 

* * *

今日,川崎に戻る前に,折角だから京都に寄って帰ろうということになった。といっても,数時間しかないので,地下鉄四条駅前・烏丸通りから四条通りを河原町通りまで歩いて,高瀬川沿いを行き,鴨川を観るだけと決めた。高校時代以来,私は京都が好きで何度もこの古都を訪れた。でも,首都圏に住み着いてこのかた,この界隈を歩いてからもう何年経つだろうか。河原町商店街のゲームセンターで,記念に家族三人でプリクラを撮った。周りは小ギャルだらけで辟易。そのあと,木屋町通り裏手の狭い路地に居並ぶ京都らしい飲食店を観て歩いた。短い時間だけど京都らしい町並みを観た気分になった。鴨川に面したスタバでコーヒーを呑み,綺麗な女性店員に記念写真を撮ってもらった。

途中,『京都タウンサーチ』という京都案内の無償小冊子をもらった。なんのことはない,古都のキャバクラ,ラウンジなどのガイドブックであった。そうだ,河原町から祇園にかけては京都随一の色町なのだった。京都らしい和の趣のある店構えと居並ぶ女たちのギャルぶりとのアンマッチがおかしかった。

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京都駅にいつの間にかできた巨大な伊勢丹デパートの飲食店街でイタリアンを食った。値段の割りにたくさん食えて満足。娘は名前がいいと言って,あるノンアルコールのカクテルを注文した。ヴァージン・セックス・オン・ビーチ。なんでこんな名前が付いているのか知りたかった。処女の浜辺での初体験のように甘美だというのか,それとも苦渋だというのか。そのカクテルは甘いか,苦いか,娘には聞けませんでした。
 

22 対 8

しかし,面白い試合をしてくれますねぇ,阪神,広島って球団は。22 得点は阪神の球団新記録らしい。Yahoo! 速報で進行を見守っていたんだけど,8 回だか新井選手のバッターボックスの速報で,「乱闘」などというわけのわからない表示が出て,大笑いしてしまった。アニキの満塁アーチに酔いしれて勝っても,こんな草野球じゃ,阪神ファンのお客さんも納得しないんじゃないでしょうか。広島の監督,コーチもぷっつん状態で,選手のケアもお忘れになったような雰囲気が Web からも伝わって来ました。広島はこんな負け方をしてもただの1敗なのが本当に面白い。明日は広島のちょっといいピッチャーが出て来て阪神は 0 封されたりして。

特許庁贈収賄事件

東洋経済新報社が発行する『週刊東洋経済』2010.8.28 号に『遂に逮捕者! 迷走する特許庁システムの隘路』なる記事が掲載された。業界紙であるから省庁関係者が実名で書かれている。記者は経済ジャーナリストの山崎康志氏である。

先日,私はこの逮捕劇についてただのチクリだといい加減なことを書いた。この記事は新事務処理システム開発を巡る特許庁のせっぱつまった事情が背景にあることをきちんと書いていた。経験のない東芝ソリューションが超安値で新システム設計を落札した結果,システム開発が暗礁に乗り上げ,にっちもさっちも行かなくなった状況で,特許庁の仕事熱心な担当者が善後策を講ずるなかで NTT データ社員と贈収賄関係に陥ってしまった。そういう事情がきちんと書かれていて,私はさすが業界紙だと感心した。「誤解を恐れずに行政の実態をいえば,こういうことは時々起こる。[ ... ] 特許庁は二度目のシステム稼働延期を認めた頃から,東ソル [東芝ソリューション:私註] に見切りをつけたといっていい。NTT データをシステム開発に取り込む声が高まり,東ソルを技術的に支援させることで立て直しをもくろんだのだ」(『週刊東洋経済』2010.8.28 号,p. 22)。

それに比べ。『入札タテに『おねだり三昧』…汚職の特許庁官僚はロックバンドのボーカルだった』という記事をご覧あれ。産經新聞・iza によるこの無記名のバカ記事を。「収賄容疑で警視庁に逮捕された特許庁先任審判官の志摩兆一郎容疑者(45)は,自ら“おねだり”し,長年にわたってタクシーチケットや飲食費を業者にたかり続けていたとされる」—「おねだり三昧」などとまるで自分がその場に居合わせたかのように平気で「創作」する,要するに,「ウソ」を書く。なのに一方で「... とされる」などとことばを濁す。責任回避を目論む偽善的書き方。「同業他社に事務処理システムを落札され焦った業者と,うまい汁を吸いたい官僚。そこには欲でべっとりと絡み合った官業癒着の姿があった」— ここには,その背景について何の調査も,理解もない。これは,ただのスキャンダル好きの,ただのスキャンダル好きによる,ただのスキャンダル好きのための,偽善に満ちた品性下劣な記事でしかない。上の『週刊東洋経済』記事と比べると,この記事は警察の発表と容疑者の個人情報・私生活の断片から創作されたに過ぎないことがはっきりわかる。机に座っていただけでも書ける記事。これを書いたバカ産經新聞記者の頭のなかには,官庁の仕事の取材に基づく問題構造・内在論理への志向ではなく,「おぬしもワルよのう」式通俗的官業癒着「ストーリー」しかないのだ。なんとわかりやすいこと。なんと浅はかな固定観念。

報道として有害ですらある。このわかりやすい,陰険な匿名根性をくすぐる記事にトラックバックをつけた一般市民のブログを,このバカ記事のリンク(「このニュースのブログエントリ」)からみるがよい。この記事が「ストーリー」でしかものごとを見ない人たちを量産していることがよくわかる。「ストーリー」に毒されたアタマは,自分の知らない他人を「犯罪者」というだけで「悪の権化」に仕立て上げるのに,何の疑念もない。これらのブログでも,この手の贈収賄の犯罪者は無期懲役にするよう法改正せよと主張したり,志摩容疑者を「新種の社会のダニ」などと極め付けるなど,被疑者の人間性を否定すらしている。「お気楽」の一言である。こんなのがブログランキングの比較的上位にいるんである。この記者にしてこの読者,そのブログを支持する読者たち。産經新聞のビジネスが成り立つわけである。

私がこの産經新聞記者をバカ呼ばわりするのは,彼が事実の論理的組立て・仮定の裏付け取材で記事を書くのではなく,既定の安易な癒着「ストーリー」を通してしか事実を見ていないからである。「ウソ」,「創作」と私が言う所以もそこにある。産經新聞(=三流新聞)記者のこの記事には,ものごとの本質というものへの眼差しがまったく欠けているのである。右から左にものを移している(自分で取材をせず警察の発表や外電をそのままいただく)だけなのに,そこに薄っぺらいジャーナリスティックな「ストーリー」をまぶして己の「個性的」な仕事をしたつもりになっている。現代日本の一般紙・大新聞のレベルを象徴している。このお気楽な「ストーリー」へのあてはめは,小沢報道の「金権」,鳩山報道の「ブレ」など,枚挙に暇がない。これが「報道のプロ」の仕事というものなんだろうか?

志摩兆一郎容疑者は,日本の技術立国を支える特許庁システムのために,汗水たらして働いた。『週刊東洋経済』記事から,これは疑いがない。それが,何も知らない,取材すらしない産經新聞記者のようなバカどもから「おねだり」,「欲でべっとり」などと根拠ない悪者「ストーリー」で塗れさせられ,嘲られる。志摩氏のやったことは結果的に犯罪でありその責任を問われて当然ではあるが,彼の人間性を否定することは許されない。この事件を「面白がっている」バカ産經新聞記者の品性下劣を目の当たりにして,『週刊東洋経済』記者のように,きちんと見てくれている人もいるのだということを彼に伝えてあげたい気がする。
 

民主党代表選

民主党の代表選挙が 9 月に予定されている。鳩山首相と同時に幹事長を辞任した小沢さんが立候補するらしい。そうか,これを目論んでいたのか,と感心。菅内閣は,事勿れ主義に陥ってもう何もできなくなったようにしか見えない。こんなやつらはもういらない。小沢さん立候補で,民主党内で大きな分裂が起きているようである。権力しか頭にない民主党は,内紛でもなんでもよいから,さっさと分裂/新党結成ブームにさらされればよい。

私は小沢さんが代表になって総理大臣になってほしいと思う。菅さんは最短命首相の記録を更新すればよい(おっと宇野さん,羽田さんを忘れていた)。小沢さんは,ばったばったと政敵を倒し,政策を「数の論理」でごり押しでも進めて行けばよい。そういう下品でガサツな政治を見たいというのが私の思いである。悪魔に魂を売ってでも国民の利益のために働く。そういう政治家を見てみたいものである。己の言うことを聞かない,あるいは財政のお荷物になっている官僚の首をスパスパ切って,井戸端会議然としたマスコミを「法律に則って」弾圧しまくり(骨のあるジャーナリストだけが生き残ればよい),己のやりたいように国民への約束を実行する。そういう指導者を見てみたいものである。いままでの日本の政治家は官僚やマスコミに優しすぎた。

やっとこれができそうな人が総理になりそうである。菅さんが勝つ気がしないのは何故なんだろうか。もし小沢さん一派が国民にとって間違ったことをやれば,彼らを選挙で落とせばよいのである。
 

※ 2010.8.31 付記

それにしても,政治ニュースはどこもかしこもこの代表選一色になっていて,しかもどこもかしこも民主党分裂危機を煽り立てているばかりである。

鳩山元首相が「菅首相を支える」と発言していたにもかかわらず,小沢さんへの支持を表明したことについて,朝日新聞は「またブレた」などとおめでたい記事を書いていた。菅首相は現在の首相であり代表であるわけだから,鳩山さんが菅さんを支えるという立場は同じ政権政党の一員として当たり前であって,しかし,こと次の民主党代表の選挙について小沢さんが立候補するなら小沢さんを支持するという発言は,この「菅首相を支える」ということと論理的に何の矛盾もない。なのに,部分を切り取って来て勝手な解釈を視聴者,読者に押し付けて政治家を貶める。それで面白がっている。そしてまた,鳩山元首相がモスクワから帰国したあとの発言としてこういったことどもが報道されたのだが,彼が首相を退いたいまモスクワでいったいどんな仕事をして来たか,その成果はなにかについては一言も触れようとしない。彼らの報道は水が低きに着くというのとなにも変わらない。いや,死体にはウジムシが湧くというべきか。

一般紙マスコミはどこもかしこも同じなんである。バカな若者が流行にばかり追従しようとするように,時流に流されてばかりいる。ある事件にみんながワッと押し寄せ,みんがまったく同じ記事を書く(『赤旗』などの政党新聞は除き)。どうしようもない記者たちである。太平洋戦争中,どこもかしこも連戦連勝,決意の玉砕ばかりを書き立てていたところから,なんの進歩もない。記事の影響の責任から免れていることもなんの変わりもない(これは『週刊新潮』だけの問題ではないのだ)。インターネットでの情報受・発信がさらに徹底して,視聴率重視・広告主重視で大企業におもねるばかりの現在の大新聞は,売り上げをさらに落として一度崩壊したほうがよいと思う。

讀賣 VS 阪神戦を観た。テレビで観た時くらい勝ってくれよ,タイガース。なんとなく予想できた三連敗。あのヘボ投手陣じゃ,いくら打線が点を取っても,讀賣には敵わない。三日天下でした。

まあ,讀賣もあの投手力じゃ,今年はダメでしょう。讀賣も阪神も,昨年から投手力が課題だとはっきりわかっていたのに,前者は長野,後者は城島と,新戦力テコ入れの考え方がまったく理解不能である。おそらく,どちらも,投手力・攻撃力のバランスの素晴らしい中日には敵わない。今年の予想:1.中日,2.讀賣,3.ヤクルト,4.阪神,5.広島,6.横浜。
 

* * *

伊藤計劃『虐殺器官』を楽しむ。あまりの面白さにすぐ読了した。これは近未来のテロ核戦争時代を描いた SF だが,先進国の富や平和が,途上国の屍の上に成り立っていることを寓意する意味で,まさに同時代を見つめるものである。

オバマ大統領のプラハ演説以来,核兵器廃止への国際的ムードが高まっているけれども,一方で核拡散のリスクが高まり,中東のキナ臭さはいつ発火してもおかしくない情勢である。本書ではテロリズムによってサラエボで限定的核攻撃が行われ,インドとパキスタンが「管理された」核戦争を起こしたことが語られている。「核兵器は人類を滅ぼす」というヒロシマ・ナガサキ神話が崩壊した世界である。核廃絶の世界と人類滅亡との間のこの中途半端な地獄絵が,じつはもっとも起こりそうな近未来である。

作中人物の見方として次のようなくだりがある:

考えてみれば当たり前なのだが,一般市民にとって愛国心が戦場に行く動機になったのは,戦争が一般市民のものになった,言うなれば民主主義が誕生したからなのだった。自分たちが選択した戦争なのだから,そこに責任が生ずるのは当たり前だ。その責任がいわば,愛国心というやつだった。
伊藤計劃『虐殺器官』ハヤカワ書房,2010 年,p. 370。

本書のテーマは一般市民が担うべき戦争の罪と罰である。

本書の著者は 35 歳の若さで昨年亡くなった。若い世代にこのような目線で想像力を形にできる人がいることに,心底頼もしい気持ちになった。いろいろな感慨をもたらしてくれる本作品ではあるけれども,今日はこのくらいで。
 

川崎市のおもしろ本

先日,シャガール展に行った帰り,川崎 BE の有隣堂でマイクロマガジン社から出た『これでいいのか川崎市 日本の特別地域・特別編集』なる雑誌のような本を買って来た。表紙にはデカデカと『東西冷戦激化中!』との見出しが。私はこの手の地元情報誌が大好きである。

私は川崎市幸区民になってちょうど二十年になる。メーカーに就職し,結婚して,築四十年のオンボロ 2K 社宅(窓から自社情報システム部門のビルが見えた)に詰め込まれて以来,この界隈に住み付いてしまった。いまは再開発から取り残され,細い道が曲がりくねった古い住宅街に居を構えている。川崎は,旧東海道の宿場町にして,ドヤ街あり,一大風俗街あり,やるせないくらいの古い団地群あり,大工場あり,で昔から「穢い,危ない,怖い」町として見られて来た。『あしたのジョー』の荒んだイメージの町である。もちろん私が川崎に住みはじめたあたりから,東芝や明治製菓などの工場が次々と移転し,その跡地の再開発が進み,ミューザ川崎・超豪華クラシックコンサートホールなどもできて一大文化都市に生まれ変わりつつあり,もはや川崎は「危険な」感じはしなくなっている。それでも川崎は,ちょうど東京都と横浜市の間にあり,この二つの都市が日本を代表するハイソな地域であってみれば,川崎市のレベルがいよいよ低く見えてしまうわけである。大洋ホエールズも讀賣ヴェルディもイメージの悪い川崎からそれぞれ横浜,東京へ逃げ出した。よってもって川崎市民は東京都民,横浜市民に対して尋常でないコンプレックスをもっている。

本書『これでいいのか川崎市』は,川崎市のこうしたせつない側面を面白おかしく捉えた,地元民でないと appreciate 不可能な細部に拘ってまとめられた地域コラム集といってよい。「東西冷戦」という表現は,川崎市に住む者ならすぐピンと来る。つまり,川崎市は東京都・横浜市と対照的な荒んだ都市イメージがあるのだが,川崎市そのものも,東西(見方によっては南北)に長い地勢にあって,内部の東西格差が極めて激しいという特徴がある。すなわち,川崎区,私の住まいである幸区のある東側と,麻生区,多摩区,宮前区のある西側とを比べると,上記川崎の一大イメージ「穢い,危ない,怖い」はことごとく東側の地帯に集中しており,東部地帯こそが荒んだ印象を川崎市全体のものとして全国にまき散らしているわけである。川崎区には京浜工業地帯の大工場群があり,川崎区・幸区はいまだに光化学スモッグ注意報が出るくらいなのである。それに対し,西側は小田急や東急の沿線でもあり,東京の大企業のエリートサラリーマンのベッドタウンであり,田園地帯も広がり,町も清潔そのもの,主婦もハイソな雰囲気を漂わせている。西のハイソ,お受験,お金持ち。東の風俗,団地,工場,ビンボー,風俗,やくざ,競馬場・ギャンブラー,ホームレス,外国人労務者。日本の平均乗車人口において五本指に入る一大ターミナルがあるかと思えば,浜川崎線のような無人駅地帯がある。川崎市にはこうした極端な分裂がある。

学校なども,西は優等生の多い学園らしい学校が多いのに対し,東は学級崩壊は当たり前の荒んだスラム的学校が多いと聞く。私の娘は高校になって多摩区にある進学校に通うようになったが,生徒の多くが西部の中学校出身であって,デキがまるで違う(成績の話ではなく生活態度,考え方)のにびっくりしたらしい。幼いころの娘の友達には母子家庭の子や,親が離婚寸前で寂しそうな子が多くて,いとおしかった。娘が中学校時代の友達と撮ったプリクラを高校の同級生に見せたところ「東の学校だってすぐわかる」と言われたらしい。西部地区の人たちは,こういうところからも,東部地区を蔑んでいると知れるのである。

それでも,私はこのせつない都市・川崎,そう,私の住む東部地区こそが好きである。このガラの悪さ,不潔感,寂れ感は,私の生まれた大阪を思わせるものがある。天王寺,新世界,鶴橋あたりの雰囲気である。まさに日本の近代化のハキ溜めのようなトポスであって,私などはそこに強い郷愁を覚えてしまうんである。川崎駅東口の砂子(いさご)町,南町の商店街・風俗街のゴミゴミ感には人生の哀愁がある。私は南町にある川崎ロック座(言わずと知れた浅草ロック座の姉妹劇場である)にストリップを観に行きたいと思っているが,まだ果たせないでいる。夜の 9 時を過ぎ,37 番街付近を歩いていると,その筋の女によく声をかけられる。キャバクラやソープの勧誘員がウジャウジャいる。新川通り沿いでは,ホームレスが頬杖ついてカップ酒を呑みながらダンボールで横になっている。『これでいいのか川崎市』にも,これこそ日本の高度経済成長を支えた成れの果てとして愛着を感じるとの記事があった。

J1 川崎フロンターレは川崎を愛し,川崎市民から熱烈に支持されている。私は富士通も東芝も商売敵であるが,サッカー J リーグ,都市対抗野球ではやはり地元川崎のフロンターレ,東芝野球部を応援してしまう。フロンターレにいた FW チョン・テセも,コリアンタウンのある川崎の象徴のようでもあり,どこのチームに行こうが応援したくなる。一方,ホエールズ,ヴェルディはというと,川崎を去ってからそれぞれリーグのお荷物チームに成り下がった。ヴェルディに至ってはハイソぶりの徹底した讀賣から見放されてハイソぶりでも自滅したわけだ。ざまぁ見やがれ。俳優の東山紀之は,わが幸区の出身であり,最近,著書『カワサキ・キッド』を出版した。これは彼の少年時代の思い出のようだけど,タイトルからしてこの悲しい川崎という町に生まれ育ったことへのこだわりがひしひしと伝わって来て,私はこれをぜひ読んでみたいと思っている。
 

シャガール展・『インセプション』

展覧会『シャガール ロシア・アヴァンギャルドとの出会い — 交錯する夢と前衛 ポンピドー・センター所蔵作品展』に行って来た。上野,東京藝術大学美術館。娘はシャガールが大好きで,この夏休みに必ず行こうと約束していたのである。お盆のためか,思った以上に空いていて,目を近づけて絵具の具合をゆっくりと丹念に確かめたりしても,周りの迷惑にならないくらいであった。

私はシャガールの 1930--40 年代の作品の暗い郷愁が好きであるが,『ロシアとロバとその他のものに』(1911 年)など革命前のキュビズム風時代の作品も魅力的であった。戦後の仕事では,彼が手がけたモーツァルト作曲・歌劇『魔笛』の舞台美術(1966--67 年)に強い印象を覚えた。タミーノやパパゲーノなど登場人物の衣装デザインや,背景幕,場面演出のスケッチの数々。こんな『魔笛』をぜひ観てみたい強い思いに駆られた。

同時に展示されていたナターリヤ・ゴンチャローワの『アレクセイ・クルチョーヌィフ『隠者たち,詩』のための挿絵版画』(1912 年),ミハイル・ラリオーノフの『タトリンの肖像』(1913 年)など,見応えのあるアヴァンギャルド絵画が多かった。
 

* * *

展覧会のあと,藝大アートプラザでスケッチブックや庄司さやかデザインによるクリアファイルなどを買い,上野広小路でハンバーガーを食い,アメ横を御徒町まで歩き,川崎に戻って娘の買い物に付き合い,お次は映画『インセプション』を観た。夢とうつつ,意識と無意識を等価に扱うところに,倒錯した面白みのある映画だった。

13,000 歩近く歩いた。疲れた。

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お買い物・Subversion

今日は夫婦で川崎駅前のラゾーナ川崎に買い物に出た。蚊取り線香を燻らすブタ陶器と本を買って来た。書籍は,中国南宋の詩人・陸游の『陸游詩選』(一海和義編,2007 年,岩波書店),伊藤計劃『虐殺器官』(2010 年,早川書房),佐藤竜一『Subversion 入門』(2010 年,技術評論社)の三冊。
 

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* * *

『Subversion 入門』に従って,さっそく FreeBSD 8.0-RELEASE に subversion 環境を作成した。私はもともと自分の書いた Web ページやプログラムのバージョン管理には CVS を使っていたのだけれども,先般,LaTeX 関係の書籍のお手伝いをする際,執筆者で原稿のバージョン管理を Subversion で実施することになり,その使い勝手が CVS とあまり変わらないことに加え,commit 等のイベントをフックして独自の処理を追加できることにメリットを感じ,CVS のリポジトリを Subversion に移行することを考えはじめたのである。Emacs にも Subversion モードが備わっていて,CVS と同じ操作が可能である。

もちろん,「移行」といっても履歴等の情報すべてを考慮するのは難しく,ここでは CVS での最終版を Subversion に初期登録することだけを考えた。よって CVS の環境はそのままにして,今後は調査やバージョン復元のためにしか使わない位置づけとしたのである。

FreeBSD での Subversion 導入はいたって簡単。/usr/ports/devel/subversionmake install clean を発行するだけである。 ただし,Apache22 経由で複数クライアントからリポジトリにアクセスできるようにするためには,make config のインストール設定において,MOD_DAV_SVNAPACHE22_APR のオプションを選択しておかないといけない。これでインストール時に,httpd.conf に自動的にモジュールエントリが追加されるようになっている。

Subversion 導入後,サーバに svn リポジトリを svnadmin create で初期生成し,パーミションを Web サーバの UID/GROUP に変更しておく。また,http 経由でのアクセス制御のための定義を /usr/local/etc/apache22/Includes/svn.conf(名前は拡張子が .conf であれば何でもよい)として作成する。ここで,svn リポジトリや,アクセス制限のためのパスワードファイルへのパスを Apache22 に指示するわけである。パスワードファイルも htpasswd コマンドで作成しておく。これで Apache22 を再起動すれば,リポジトリの運用が可能になる。このあたりは『Subversion 入門』の第 5 章に詳しく書かれている(Linux 向けなので環境が BSD と若干違うのだが)。一応,私の作成した svn.conf を以下に掲げておく。パス情報は適宜であることに注意。

<Location /svn>
    <IfModule dav_module>
        Dav svn
        SVNParentPath /usr/local/var/svn
    </IFModule>
 
    AuthType Basic
    AuthName "Subversion Repository"
    AuthUserFile /usr/local/etc/apache22/.svnpasswd
    Require valid-user
 
    <LimitExcept GET PROPFIND OPTIONS REPORT>
        Require valid-user
    </LimitExcept>
 
    Order Deny,Allow
 
</Location>

とりあえず Web サイト用リポジトリだけは Subversion 移行を完了した。リポジトリ・ディレクトリ下の hooks ディレクトリ直下にフックスクリプトを置く。Emacs 上の svn クライアントで HTML の新しいバージョンを commit したら,自動的にサーバ上の作業コピーを update し,更新されたファイルだけ Web スペースにコピーし,さらに namazu 検索インデックスも更新するようなシェルスクリプトを書いた。これを post-commit というファイル名でこのディレクトリに格納し,実行権限を付与する。スクリプトの実行ユーザは Web サーバ(FreeBSD の場合,www)なので,svn update や Web スペースへのファイルコピーにおいてユーザ権限の齟齬がないようにするのに苦労した。expect により別ユーザにすり替わる処理を入れてこれは解決した。これでインターネット上のどこからでも,Web サイトの更新ができるようになった。

enable-auto-props = yes
[auto-props]
*.html = svn:mime-type=text/html;svn:eol-style=native;svn:keywords=Id

svn:keywords=Id というのがその設定である。svn:mime-typesvn:eol-style はそれぞれ MIME Type を text/html に,改行コードを OS (UNIX なら LF)に設定するものである。c, cpp, h, tex, txt, 等の拡張子に対しても,同様な定義をしておくとよい。
 

立ち読みで,サーバ設定がわかり易く書かれていた入門書だったので本書を選択した。しかしながら,クライアントサイドの使い方は TortoiseSVN クライアントにほぼ限定したものなので,UNIX ユーザにはまったく役に立たない。svn コマンドの使い方については,インターネット・リソース,例えば『Subversion によるバージョン管理』などのほうが有用である。

今日は岩波文庫『遊仙窟』を読みながら,野球観戦。高校野球を観,夕方になってソフトバンク VS オリックスのナイトゲームを観,とまあ,家族が不在なのをよいことにテレビの前に座りっぱなしであった。そして思い出したように時おり便所に行き,そこで煙草を吸いながら『遊仙窟』を 10 ページくらい読む。その果てしない繰返し。ウラで行われていた広島 VS 阪神戦もネット速報をチェックするという堕落ぶり。

ここのところ連敗中だった阪神は広島に打ち勝った。最近だらしがない讀賣のおかげで,ふたたび首位に返り咲いた。やったー。でも,こんな不安定な投手陣じゃ,たぶん今年もダメである。今週末,好調ヤクルトにボコされて,やはりあっという間に転げ落ちる予感がする。おまけにいわゆる「死のロード」でビジターとしての連戦・移動が続くので,疲労困憊の挙句,首位転落どころではなく,中日にひっくり返されてしまうことも大いにありそうである。私の今年の予想はやっぱり 4 位。ま,一日天下でもいいじゃないか。
 

* * *

さて,張文成による中国唐代の伝奇小説『遊仙窟』。あるお役人「私」が,都から遠く離れた新たな赴任先に赴く途中,神仙の住居に招き入れられ,妖艶な女仙・崔十娘(崔家の十番目の令嬢)とその嫂から豪華な食事,管絃,舞踊でもてなされ,詩文の遣り取りをし,ついに十娘と二人でお熱い一夜を過ごして別れる。そういう一人称形式の物語である。

本国・中国では散逸してしまったが,日本では奈良時代に遣唐使によって伝えられ,その後知識層で広く読まれ,『万葉集』から『源氏物語』,西鶴,仮名垣魯文に至るまで,日本文学に大いなる影響を連綿と与え続けたという来歴がある。空海などの坊主がこんなエロ文芸本を大切に持ち帰ったなんてことを知ると,楽しくなって来る。中国では,20 世紀になってようやく魯迅が再評価し,日本の写本を元に逆輸入して,刊行したんだそうである。

本作品は,典故を踏んだ難解な表現に充ちた四六騈儷文で書かれている。そんな絢爛・豪華な文体の元で,下品なまでのエロティックな比喩表現がふんだんに出て来るという,奇書ともいってよい古典である。エロティックな作品であるとはいっても,現代の官能小説の臆面もない描写とはもちろん一線を画している。「その」シーンの記述は以下のようなものである。

あでやかな顔が眼一杯になり,かぐわしい匂いが鼻を裂くばかり,心はうわの空で制する人もなく,愛情がこみあげてとめどがなかった。赤い褌(したぎ)に手をさしいれ,翠の被に脚をまじえた。二つの唇を口にあてて,片臂(うで)で頭をささえ,乳房のところをつかみ,内腿のあたりを撫でさすった。口を吸うたびに快感がはしり,抱きしめるたびにうれしさがこみあげた。鼻がつんと痺れ,胸がつまった。しばらくして,眼がちらつき,耳がほてり,血管がふくらみ,筋がゆるんだ。こうしてはじめて,逢いがたさ,めずらしさを感じ,かたじけなさ,もったいなさを知った。わずかの間に,数回もあい接したのである。
張文成『遊仙窟』今村与志雄訳,岩波書店,1990 年,90 ページ。

「わずかの間に,数回もあい接した」男女の交わりの直接的な描写は,唯一この部分だけである。克明ではあるが,いやらしさはそれほどでもない(2010.10.13 付記:こっちのほうも読んでもらえますか?)。しかし,本作品は主人公たちの交わす詩文にこそ,「おいおい」と思うばかりの猥褻がある。小刀と鞘,筆と硯,矢と的など,眼につくものを詩に詠む。これらは,言うまでもなく,男根と女陰の隠喩であって,こうした詩の遣り取りは,二人で床に就くまでの主人公の心情 — 「私」は十娘と寝たい,十娘もそれを受け容れたい — を少しずつ高めて行く変奏のようなものである。恋愛を詩で高めることこそ真の趣味人の好色。小刀と鞘の詩だけを引用しておく。

そこで,わたしは,小刀を歌に詠んだ。
 
  自憐謬漆重   塗りかためし固き縁のいとしさに
  相思意不窮   恋いしたう心の緒(いと)は絶えぬなり
  可惜尖頭物   あたら,さきのとがりし得手物こそ
  終日在皮中   ひねもす皮をかむりしままなれ
 
すると,十娘が,鞘を歌った。
 
  數捺皮應緩   おしつけるほど皮ゆるみ
  頻磨快轉多   とぐほどにすべりよく
  渠今拔出後   そをいま抜いてしまいし空の鞘
  空鞘欲如何   あとはいかになりぬらん
同書,56 ページ。

「おしつけるほどに皮ゆるみ」,「とぐほどにすべりよく」なんて,下品なまでに猥褻である。これらが古典からの引用に富んだ文人趣味の高踏的文体で語られるのだから,凄い。妖艶な女と旨い料理を食い,霊妙な音楽を聴き,詩歌を吟じ,寝る。夢のような話とはこのことである。作品のなかで克明に語られる料理の品々はその名自体が神妙であって,いったいどんな食い物なんだろうかと想像を遠く翔らせてくれる。「さすが中国」と思わせるばかりである。

中国には焚書坑儒の伝統がある。もっぱら思想書が対象であったが,エロ読物も禁書のひとつとされたようである。『遊仙窟』が中国では失われたのはそのあたりの事情があるのかも知れない。そういうことを鑑みると,わが国の大らかなエロの伝統と蓄積は中国を裕に凌駕しているわけですね。
 

本書は,作品の訳文そのものは高々 100 ページしかないのだが,引用・典故の解説,語釈などの注解が 100 ページ,さらに原典印影が 100 ページと,学術的付録が極めて充実している。さすが岩波文庫である。また,訳者による作品解説は,本作品の好色な性質についてはひとことも触れず,文学史的価値の来歴に徹している。さすが岩波文庫である。

ある編集者の愚痴

知人 M は某出版社で俳句・短歌の編集を担当している。仕事の多くは自費出版である。彼女の仕事上の愚痴をよく聞かされる。今日も相手をした。

彼女が担当するある初老の女性俳人の本が出来上がった。それを著者に見せたところ,著者はページの余白が気に入らないと言う。ノドの余白が広すぎる云々。M は,トンボ入りのゲラを著者に見せて確認を取っているし,いまさらページのレイアウトにクレームをいただいても対応できない,と正論を著者に伝えた。ところが著者は,「トンボ付のゲラを見せられても仕上がりがどうなるのか素人の私にはわからない。そのとききちんと説明してもらっていないのだから,アンタが悪い。どうにかしなさい。トンボがどうのこうの言われても素人の私にわかるわけないじゃないの!」の一点張りらしい。トンボの何たるかを知らなくとも,自分の著書のサイズからそれが何を意図しているかは,よほどの間抜けでない限り,自ずと想像できるのではないだろうか。

「見積りの承諾を取ってから作業したんだろうね」と私は念を押す。「もちろんそうしたよ。その著者の人,出来上がってからグジグジ言う人らしいのよ。ご要求がなかったのでページ三句組みの一般的なレイアウトにしたんだけど,だいたい余白の取り方にそこまで拘るんなら,初期の段階で自分のイメージに近い本を見せるなりして,『こう組んでくれ』って言ってもらわないとわからないよねぇ」と M。どうも本当にこの著者はクレーマーのようである。

私の見立てでは,この著者はこれを理由に値切ろうとしている。見積りに合意しながら,その条件に定義されていない要求事項について仕事が終わったあとにケチを付けて来る奴。最低の客の典型である。非機能要件(仕様書,要求事項文書に明記されていない成果物の要件)はいくらでも掘り出すことができる。書籍の場合で言えば,フォントデザイン,ノンブルの微妙な位置,字間のつまり具合,等々。そして,いくらゲラ等で確認させても,それらについて出来上がったあとになって,「素人」を盾に出版社の非を突いて来る。見積りの段階で「もう少し安くしろ」という話であれば,本の素材品質や作業内容等の条件を調整することで合意に向けた企業努力が出来るが,仕事が終わったあとに値引きを要求されると,受託側はたまったものではない。「そのオバハン,ヤクザ以下だな。そういう後出しジャンケンをするのは女に多いんだ。そのつどそのつどはしとやかに抑えているくせに後戻りできないときになって不満を爆発させる。そんな奴とは徹底的に闘って,ビタ一文引いちゃダメだ。『そのようなご要求は承っておりません,いまさらお受けできません』を頑に通すんだ。水掛け論になるだろうけど,それを突き通す。そして心のなかでこうつぶやく — 『俳人(歌人)としてだけじゃなく,社会人としても三流以下だな』」と私はけしかけた。

M が言うには,ある程度名のある俳人・歌人はまずこんなくだらないケチを付けたりしないそうである。M の愚痴を聞いているといつも思う。なぜに素人(三流以下の)俳人・歌人は内容ではなくて本の見た目にばかり拘るのだろうかと。もちろん自費出版でそれなりの金が掛かっているので,己の完璧イメージを実現したい気持ちはよくわかる。でも,頭のなかのイメージはやはり頭のなかにしかないわけで,それが実現されないことについて,自分がその仕様を定義しなかったことを棚に上げて,すべて出版社のせいにしようとするのはいかがなものか。自分の頭のなかにしかないものが他人にも共有されていることを当然のように看做す知的甘えん坊である。難しい客はそういうのがほとんどらしいのである。「こうしてくれ」と要請しないで,「こうじゃない」と駄々をこねる。まるでガキである。もっぱら三流以下の(なのに自分では一流だと思っている)相手にそういう付き合いをさせられる M がホント不憫である。「バカは死ななきゃ治らないって割り切って,仕事に徹しよう!」と私は励ます(励ましになってねぇってか?)。

余暇に俳句・短歌を詠んでいる人について,私は結構な嗜みだと思う。でも一方で,M の愚痴を聞くにつけ,「素人」の見た目勝負のくだらなさに,素人俳句・短歌の「着替え人形」(残念ながら,誰がこの評言をなしたのか私は思い出せない)ぶりを嘲りたい気にもなってしまう。功なり名遂げたヒマ人たちのお上品な趣味ですこと。

映画『告白』

高校野球,読書ばかりにも飽いて,今日は川崎チネチッタに独り映画を観に行った。『告白』,2010 年,中島哲也監督作品。主演は松たか子,木村佳乃,岡田将生ほか。まずひとことだけ感想を述べると,観るに値する作品である。

先日読んだ少年犯罪ミステリー『天使のナイフ』と比べると,ある意味で真逆に被害者の論理を描いた作品である。どちらも加害者と被害者の双方の視点を対比させたフェアなアプローチであるが,少年犯罪の罪と罰,「更正」のあり方の帰結としては,『告白』は遥かに酷薄である。罪を犯した少年に復讐することこそが彼を「更正」させる最良の方法だとこの作品は主張しているからである。つまらない見方ではあるが,少年法厳罰化に賛同する向きは,『告白』のほうによりカタルシスを覚えると思う。その行き着くところは「関係者すべてが己の不幸をさらに加速させること」である。「爆発させて終わり」の安易さが少し不快であったし,それゆえにエンターテーメントとしての落としどころにもなっていた。

「告白」という形態で少年犯罪の加害者/被害者のそれぞれの視点から物語が語られる。それはその人の徹底的に自己中心的な論理の表明である。でも,人間はそうはいってもここまで自己中心的になれない。だからこそ犯罪の裁定が難しいのではないか。誰をも満足させえない結果になるのもそれゆえではないか。— と思う私が幸せなだけか。日本人の確信犯的絶対悪はそれ自体,マユツバに見えてしまう。絶対悪ならこれを誅して終わりじゃないか。

私はこのように作品の描く主人公の性格に現実性をあまり感じなかった以上,その「主張」らしきものも,フィクションとしてしか消化できなかった。「マザコン少年の犯罪」なんて,私は吹き出しておしまい。犯罪心理の型にハマり過ぎているんである。「なんだマザコンか」である。崖で足を滑らせたら,それあ奈落に落ちてもしようがない。そして,その崖が「マザコン」というのは付き過ぎじゃありませんか? 現実の悲劇は,歩道で足を滑らせたら死んじゃったってことではないだろうか?

それでも,面白かった。まず第一に,復讐の手口の陰険さが最高(おまけに松たか子がやってくれると来ている。ネタバレなのでこれ以上はやめ)。そして,狡くて卑怯で愚かな子供たちがよく描かれていた。このガキぶりの醜悪を支えているのが匿名メールや,インターネットの民主制である(ガキでも意見をバラまくことができる)ということもよく理解できる。ガキどもが AKB48 のテレビを観ているのには笑ってしまった。個人で目立ちたいくせに均質の徒党をなすそのざまが象徴的なのである。「殺す相手は誰でもよかった」との動機にある,そのじつただの集団主義の裏返しでしかない自己顕示欲(私はこれを「AKB 症候群」と呼びたい)が,哀れなくらいわかり易いように描かれていた。原作も読んでみたいと思った。
 

* * *

チネチッタで映画の時間が来るまで,同じ建物内にある Tower Records で CD を漁った。Arcanto Quartett によるフランスの弦楽四重奏曲集を買った。Claude Debussy: Quatuor à cordes en sol mineur op.10; Henri Dutilleux: “Ainsi la nuit” pour quatuor à codes; Maurice Ravel: Quatuor à codes en Fa majeur; harmonia mundi s.a, HMC-902067. デュティーユの『夜はかくの如く』という作品をはじめて聴いた。なにか悪夢のようなものである。寝ながら聴くと,苦しめられるかも知れない。ラヴェルがよかった。
 
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* * *

府中街道沿いの,川崎市街地へ行く最寄りのバス停留所でバスを待っていると,ふと目の前の電信柱が傾いているのに気付いた。こんなんで大丈夫かな,倒れやしないか。と,その隣の電信柱に目をやると二本が支え合っている。古い町なのでこんなダイナミックな普請もあるんだと,へんに感心した。ヒマだとくだらないことが目に付いてしまう。このあたりは操業を止めた町工場がいくつもあって,ちょっと寂しい町並みである。
 

20100811densin.png

2010 夏休み

夏期休暇をいただく。妻と娘は岩手に帰省。私は息子と過ごす予定だったが,大学のクラブの合宿で滋賀に行った息子は,そのまま大阪の私の実家に遊びに行くとの連絡があった。私は独りで過ごすことに。

高校野球を観,本を読んで,一日中過ごす。そんな堕落した生活が私の最高の休みの過ごし方である。この堕落したお休みの間,中国の怪談を漁っている。陳舜臣『聊斎志異考』,岡本綺堂『中国怪奇小説集』。先日興味深く読んだので,何冊か纏めて陳舜臣の作品を丸善で買って来たのである。

中国の怪談は,幽霊がまるで普通の生きている人間と同じようにふるまい,生きている人間も幽霊を畏れるところがほとんど見られない。意味深長なエロスを漂わせて,奥ゆかしい。主人公の男が二人の美しい女幽霊に読み書きを授けるなんてストーリーもある。彼女たちと交わるとその住人をとり殺すとされていたが,主人公の男は女色に淡白なおかげで彼女たちと愉快に暮らすという話である。
 

8.6

今年の広島平和記念式典は,米国のルース駐日大使やパン・ギムン国連事務総長が出席し,注目を集めた。米国人が「これは謝罪を表明するものではない」とムキになって説明しているのが印象的であった。米国内では,退役軍人会を中心に「原爆投下が戦争を終結させ,多くの米国兵士の生命を救った。その歴史を書き換ようとするのに断固反対する」との声が主流である。6 割を占めているのだそうである。それでも,たった 6 割なのか,と私には意外であった。米国人もじつは心を痛めているのである。

21 世紀の悪の権化になったビン・ラディンが,いつだったか,潜伏先で密かに撮ったビデオのなかで,帝国主義的米国を非難するいつもの演説をぶっていた。そのなかで,米国への激しい非難に「ヒロシマ,ナガサキに原爆を落とした米国人よ,それで平然としていられる悪魔どもよ,神のご意思に従ってお前たちを地獄に送ってやる」というようなのがあったと私は記憶している。心が動いた。もちろん,アル・カーイダのテロリズムにはまったく共感できない。

卑劣な真珠湾攻撃をしかけた日本よ,アジアで残虐の限りを尽くした日本よ,原爆投下,大規模空襲はその報いだ,という意見もある。それはそれ。米国の報復と正義を装った無差別大量殺人についても,それ自体の非道は問われるべきである。

エロ・グロ・ナンセンス

先日,寝る直前に妻となぜか四方山話をする流れになった。妻は,少女のころ,父親の目を盗んで,彼の書斎でエロ週刊誌をよく盗み見た,というような話をした。そこに掲載されていた宇野鴻一郎や川上宗薫の官能小説を読んだらしい。少年のころの私など,エロ週刊誌については,エロ・グラビアにしか興味がなかったのと比べると,さすが文学少女だったわけである。妻の曰く「裏口入学で医大に行ったようなエロ医師が出て来て,看護婦を一列に並べパンツを脱がせて,片っ端から自分の肉棒で『お注射』をして行く,そんなナンセンスにただ笑ってしまった」。

ピンク映画も,エロ小説も,ゴマンと観たり読んだりして来た私が思うに,このナンセンスは意図的なものである。昔の — とくに 70 年代くらいの — ポルノには,このような「興奮するよりも,笑うしか反応のしようのない,いくら考えてもまったく意味の見出せない」エロ断片が必ずある。要するに解釈を拒絶するような nonsense の要素である。「高尚な芸術的エロス」を求める,教条主義に毒された小賢しい読者は,まず間違いなくこれで作品に「低俗」のレッテルを貼るはずである。思うに,こうしてポルノ作者は不純なエセ読者を遠ざけ,真の読者を招き入れるのである。

神代辰巳のポルノ作品にも,かかるホントくだらないシーンがいくつもあった。谷ナオミ主演『悶絶!!どんでん返し』(1977 年)に,裸の女 3 人が四つん這いに並んで,それぞれ伸縮ビニル笛(吹くと,巻いたビニル管が空気で伸びて,ピーと音を出す,あの子供のオモチャだ)を膣に差し込み,いきんでピープー鳴らせようとするシーンがあった。コンテクストに何の意味も齎さないただのおバカ。むしろ,意味を拒絶するようなニヒリズム。シュールでさえある。笑うしかないんである。通常の思考の限界に突き当たったとき人間は笑う,というあのベルクソン風の笑いにちょっと似ている。でも,こういう要素こそが,エロを無条件に肯定する日本の素晴らしい表現伝統だと,私なんかは思う。この神代ポルノのおバカシーンの趣向はじつはストリップショーの一演目「花電車」と同じである。性的興奮に諧謔を添える日本の凄い伝統だと私は思う。

江戸初期の草子に『きのふはけふの物語』というのがある。そこにこんな話がある。ある男が,自分の女房が間男を通わせているとの風聞を耳にして,そいつを取っ捕まえてぶち殺してやるとばかりに,外出する振りを装って間男を待ち伏せする。案の定,間男がやって来て,女房と事に及ぶ。それを男は覗き見している。女は間男に,アタシが心底好きならアタシのあそこを舐めてちょうだいと迫る。「よろしい」と間男。

そう言って男は,女房のまたぐらに顔をさし寄せたが,さてその臭いこと。とても舌で舐める気にはならず,鼻の先でちょいちょいといじって舐めたふりをしておいた。すると,女房はよく感触を分っているとみえて,
「今のは,鼻ぢゃ」
 と言う。水掛け論になって言い争っている。
 二階に隠れていた亭主は,節穴から覗き,よくよく観察していて叫んだ。
「おれはどっちのひいきでもないが,今のは鼻ぢゃ」
林望『古典文学の秘密』光文社,2010 年,pp. 130-1。

ここでは「浮気の証拠を突き止めてコロース」という「ストーリー」があったはずが,いつの間にか,あらゆる焦点が女のあそこを舌で舐めたか鼻でいじっただけかのナンセンスに収斂している。このエロのシュールさはまったく見事というほかない。この無意味さこそ,意味以上の一撃を喰らわしてくれるということが,この江戸の仮名草子でよくわかる。日本人のエロは筋金が入っていて,凄いんである。

妻の四方山話に,もうひとつ,『岩手艶笑潭』という本を父の書斎で読んだというのもあった。体で文字を表してみよというお題があった。赤子を抱いた女はすかさず,「『好く』という文字でございます」とやった。続いて,ある女が片足を真っ直ぐ水平にさし伸ばして言うには,「『可』という文字でございます」。いかなる解釈も超越した,意味のないエロの哄笑。

こんな感じ — 漢字で — で,深夜に腹を捩って大笑いして,私はその夜,なかなか寝付けなかった。
 

Post Scriptum.

こうして少女時代の妻は思春期のスケベ心で父の書斎に忍び込んだわけだけど,少年のころの私はというと妻とは違って,盗み見たというよりも,父が堂々と週刊誌のヌード・グラビアを広げて「えらい綺麗やなー」とまじまじと見蕩れているのを,横で一緒に眺めていた,そういう記憶のほうが鮮明である。父は「こんな別嬪と一発やってみたいなー」などと平気で口にしたものである。どうも父は子供の私には意味が通じないと思っていたらしい。

私の父は,中卒で大阪に働きに出て,大いに苦労した田舎者で,まったく衒いがなかった。おまけに彼は一種独特の女評目線を持っていた。どこにでもいそうな無個性な美人(それでも,自分で自分が美人だとわかっているよくいるタイプ)を認めると,「ダイエーのマネキンみたいな別嬪やなー」と巧みな形容をした。「ダイエーの」という表現が,その安っぽさを強烈に突いていた。

私もこういうつまらないところだけは父を受け継いだようである。
 

わが国の大らかなエロを,この本でぜひお楽しみください。本書はことさら目新しい作品を掘り起こしたわけではないけれども,やさしいエロチック古典案内としてお勧めである。これで私は,中国唐代の張文成による色好み小説『遊仙窟』や,上に引いた江戸初期の仮名草子『きのふけふの物語』,江戸の春本『色ひいな形』など,興味深い作品の存在を知るところとなった。

二足のわらじ

35 万票を得て堂々の当選を果たした谷亮子は,立候補の段階で「柔道も続ける」との意志を表明し,一部に「国政を舐めている」との批判を浴びた。『谷氏,柔道着で練習!『二足のわらじ』始動』という記事についた Yahoo! コメントも,概ね「二足のわらじ」に対して批判的であった。

でも,なぜ「二足のわらじ」を履くと国政への取り組みが疎かになるなんて断言できるのだろうか? 例えば,幼子がいる母親の議員がいるとして,子育てと国政が両立できるか云々の議論をする馬鹿がいるだろうか? 子育ては過酷だが,でもそれを捨てなくちゃ国政が成り立たないというのは,人間であることをやめないと政治はできないというのに等しく,「政治」そのものが意味をなさなくなる。それを「ひとつのもの」としてやり抜くスタンスがあってこそ何かが達成される,そういう活動もあるのではないか? 何を「二足」と分割して捉えるべきかは,その人次第,状況次第ではないのか?

なんでこういう見方をする人がおらず,アプリオリに「二足のわらじ」だと腐すのはなぜなんだろうか? このように,進展する状況を確認する前から頭ごなしに「二足のわらじ」そのものを悪と断じてしまう俗物ども — これらバカ Yahoo! コメンターたちはまさにそういった「何も考えない,頭ごなしの愚かな俗衆」そのものである。谷亮子はどれほど選ばれた優れた人間なのか,金メダリストというものがいかに凄いのか,この人たちにはわからないのである。どんな優秀な人間も自分とあんまり変わりがないと自惚れていられる無邪気な奴らなんだろう(要するに,遠く置いていかれているのに,それに気づかない人たち)。谷亮子とキミたちは,天と地,神と奴隷,ダイヤモンドと糞くらい違う。キミたちが死んでもせいぜい親兄弟しか悲しまないが,谷亮子が死んだら何千万人もの国民が悲しむ。

これからいろんな試練が谷亮子に降り掛かるはずである(すでにこれら俗物どもの騒音に痛いほど曝されているともいえる)。彼女なら,己の仕事の状況を冷静に見据え身の振り方を適切に変えて行くことができる,と私は思う。豹変できる器であると。その過程で「二足のわらじ」を断念するかも知れない。やり抜くかも知れない。その過程を見守り,状況に応じて叱咤・応援しよう。それでよいではないか。

谷亮子の柔道家のオーラはわかる人にはわかる。そのようなオーラを感じることのできるプーチンのような政治家がいる。そういうとき,国内向けにちょっと変わったことが言えるだけの「みんなの党」の国内向けカリスマ二世議員なんかよりもよっぽど,谷亮子のほうが「政治家」として国益を背負って対等にプーチンと渡り合えるだろう。

講談社文庫から出ている『スペシャル・ブレンド・ミステリー 謎004』(2009 年) を読んだ。001 東野圭吾,002 宮部みゆき,003 恩田陸とそれぞれ選者の違うシリーズの一冊である。日本推理作家協会が年一度編む短編ミステリーのベストアンソロジーから,京極夏彦によってさらに厳選された短編集ということで期待して手に取ったのだけど,たいていはびっくりするくらいつまらない作品群だった。実力ある作家たちばかりなのに... 京極夏彦はいいところを東野圭吾らに持って行かれたのか。

法水綸太郎『重ねて二つ』: 拵えものの典型。ギャグ小説といったほうが適切である。都筑道夫『マジック・ボックス』: 電話ボックスで被害者が銃弾に倒れたのに電話ボックスに弾痕がないのはどうしてか,なんてことのいったいどこに読者の興味を惹き付けるものがあるのか,さっぱりわからない。夏樹静子『暗い玄界灘に』: 「動機」・息切れってか? 松本清張『理外の理』: 江戸期の巷説逸話をネタにしているのは出色。だけど,ただそれだけ。山崎洋子『熱い闇』: 底の浅い芸術家気取りスケベ女教師の単なるショタ話。山田正紀『別荘の犬』: 老人の哀愁にはちょっと味があった。連城三紀彦『黒髪』: 「日本の伝統」を重装備した渡辺淳一のエロ爺・スケベ潭よりはマシだけど,そのミステリー的亜流に見えてしまうところが悲しい。どうせなら「薪能」のシーンでも添えて渡辺淳一をパロってくれればよかったのに。

とまあ,惨憺たるものだった。けれども,唯一,陳舜臣『宝蘭と二人の男』だけは私を幸せにしてくれた。これだけでも本書を読んでよかったと思わせてくれた。

『宝蘭と二人の男』は,昭和初年,神戸三ノ宮の穴門裏・芸姐間(ゲエトアキン:中国芸者屋)を舞台に,中国から売り飛ばされて来た芸妓・林宝蘭(リン・ホウラン)とその二人の中国人旦那の物語である。実際の三ノ宮の昭和初期の考証的記述から語り出される。「父の思い出」を再話するといういわくでもって,そこからスッと芸姐間の物語に入って行くその語り口。いきなり幻想的世界に入り込んだわくわく感。中国人芸妓という知られざる歴史をもつ往時の神戸の非日常性,伝奇性が堪らない。

人身売買で物心付いたときから奴隷の身だった宝蘭は,幼いころからまるで「自由」というものがなかった奴隷の境遇ゆえか,それでも裕福な主人の元で衣食住には足りる日常であったゆえか,主人に手込めにされようがまったく頓着しない(性の奴隷ぶりを大らかに描くことのできる陳舜臣の凄さよ),無欲で屈託のない,しかし結局「自由」にはなれない悲劇的性格に育つ。そんな逆説がリアリティを持つくらい陳の筆致は見事である —「借金を返しても,宝蘭が自営の営業をつづけたのはいうまでもない。彼女にはなんの不服もなかった。なにをしてもよい,という状態を考えただけで,彼女はそらおそろしくなるのだった。自前になっても,なんとなく束縛されているかんじの,穴門裏の生活が,彼女にはふさわしかったのである」(p. 272)。一番人気の芸妓だった彼女に,二人の中国人の旦那が付く。あるとき,二人は同時に死んでしまう。これ以上はぜひお読みになってください。その事件の謎と,日本・中国の過酷な時代背景,主人公の視点との同期・ズレが哀愁を帯びて美しい。

この作品を読んで,私は日影丈吉の傑作『応家の人々』を思い出した。中国人・主人公の魅力が発散する幻想と,暗黒時代の過酷な政治背景とが醸し出すロマン。私にとって堪えられない伝奇的ミステリーの属性なんである。
 

Adobe Systems が刊行した『PostScript リファレンスマニュアル第 3 版』をやっと購入した。税込み 9,240 円と高価な本である。インターネット・リソースだけではなく,きちんとしたドキュメントでも PostScript の詳細,とくにそのフォントの仕様・取り扱いを確認できるようにしたかった。

本書は,英文,和文の二種の書籍電子版 PDF を添付している。目次,索引から該当部分にリンクすることもでき,電子データであるだけに検索で必要な箇所を洗うこともできる。和文ではっきりしない記述を英文で確かめる,なんてこともできる。まあ,やっぱり冊子体が好きなので,よほどのことがない限り,PDF 版を見ることもないだろうけど。
 

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