2011年5月Archives

阪神どうしちゃったの?

今年の阪神はなんでこんなに弱いの? 横浜とふやけた最下位争い。交流戦は文句無しの最下位定着か。今日も 5-0 で日ハムに敗退。DH で鍛えられたパリーグの投手に,阪神の大振り打者たちが太刀打ちできるわけがない。去年は少なくとも「熾烈な」3 位争いだったけれども,今年の阪神は「ふやけ」まくり。解説者のなかには,今年から飛ばない統一球に変わったのが低迷の要因だとか,頭の悪いことを言う人もいるようである。闘いの条件は同じなのだ。

私のような素人でさえ呆れるくらい守備の緊張感がない。なんか,緊張感のない四十過ぎのヒラ公務員の生活を眺めているようなのだ。あるいは,巨人群と並べると,いまのダメ自民党,ダメ民主党と同じような二大政党野球を眺めているようなのだ。そう,既得権益に守られた全国区球団。テキトーにやっててもファンが今のところは球場に足を運んでくれる。勝負事においてもっと基本に忠実に,真剣になって欲しいというのが,一ファンとしての願いである。とにかく投手起用に細心の注意を払い,守備に注力すること。先発陣があれほど手薄なのに,新しく採った小林投手などを後ろに回して結局うまく行っていない。面白い監督。

今の阪神,役満を上がりたいばかりに,聴牌もしないうちに「勝負!」とかなんとか言って敵のリーチに危険牌を切りまくり,振り込んでばかりいる,そんな愚かな麻雀打ちを見ているようである。いまはまさに,まったく上がれないのにいらいらして悪循環を繰り返しているところのようである。ピンフ・タンヤオ狙いで,あわよくばリーチ一発みたいな打ち方をしろというのだ。「今度こそ」という気合いの通用しないのがプロじゃなかろうか。ま,デカイ役上がりばかり目指す大振りチーム作りをして来たために,送りバントもできない,走塁もへぼい(全速力で走ると肉離れを起こしそうな選手ばかりではないか),守備もできない。で,たまに反省心を起こしてコンパクトな野球をしようとしても,馴れないことはしないに越したことないという結果にしかならない。こうして悪循環。

真弓監督は阪神球団ビジネスとしては最良の監督だと思っていた。というのも,選手の質だけでそれなりの上位に行けるけれども,決して優勝できず,ファンの期待を大いに煽った上でなんとか CS に引っ掛かる程度でシーズンを終える。そう,阪神百貨店が「ようやったセール」のできる程度。よってもって収益は最高にして選手の給料をアップしないで済ませられる,球団経営者がそういう計算のできる監督だということ。既得権益の維持が達成できる。だから最良の監督。権力にしがみつく菅直人とホントよく似ている。でも,最下位争いじゃ,ファンは嫌気がさして球場に行かなくなるはずである。気がつくと業界最高給与選手を集めた最下位集団。そのうち「ベンチがアホやから」と嫌気がさす選手も出て来ると思う(このへんも民主党と同じになりそうである)。考えてみれば,それが阪神タイガースの本領発揮か?

政治やスポーツはそれそのものの緊迫感を喪失したとき,政策・試合内容の善し悪しとは無関係な下品な見ブツ根性を見ている者に引き起こす。菅直人内閣に対し,今週末あたり不信任決議案が提出されそうである。これ,見モノである。社民党も不信任に賛成しろ,小沢一派も賛成に回って党内を混乱させろ! 真弓監督もそろそろ同じ目に遇いそうである。これも,見モノである。ファンによるつるし上げを見てみたいものである。甲子園球場の一塁側から「ま・ゆ・み,や・め・ろ」の大ブーイングが上がるとか。今年は 6 月にして早くも阪神ファンの振舞いにこそ楽しみを見出すことになってしまった。

小林可夢偉,モナコで5位!

29 日に決勝が繰り広げられた伝統の F1 モナコグランプリで,小林可夢偉が 5 位入賞を果たした。私はフジテレビの中継録画で観ていた。観戦の途中,Yahoo! ニュースで結果を見てしまい,ちょっと白けた感じもしましたが,この結果は本当に凄い。昨夜はマジ,興奮した。前日に観たバルセロナとマンチェスター・ユナイテッドの欧州チャンピオンズリーグ決勝戦も凄かった。でも,われわれ日本人にとっては「小林可夢偉・モナコ 5 位入賞」はそれ以上に忘れられない快挙だと思う。野球の結果なんかに気を揉んでいるガラパゴス化日本人には想像できないくらい,F1 グランプリは,サッカーと並んで,スポーツの世界的関心の中心にあるんである。そこで 5 位という成績なのだ。

私は中学生の頃からモーター・スポーツが好きで,Autosports などの雑誌を毎月買ってチェックしていたくらいである(なのに,車の免許すらもっていない)。ジャッキー・スチュアート,エマーソン・フィティパルディの時代から F1 に注目して来た。その当時,日本人ドライバーが F1 グランプリ・サーカスに参戦するなんて夢のまた夢だった。1976 年に富士スピードウェイではじめて日本グランプリが開催されたときは,テレビに齧り付いて,チャンピオンになるのはフェラーリのニキ・ラウダか,マクラーレンのジェームズ・ハントか,と固唾を呑んで観ていたのである。ところが,この初の日本グランプリ,第一コーナでクラッシュがあり不幸にも観客が死ぬという大惨事になって,やっぱりレースは危険だという当たり前の世論が支配的になり,その後 F1 日本グランプリが長らく開催されない事態になった。そんな不景気を私は忸怩として眺めて来たのである。ホンダが F1 コンストラクタとして復帰し,アイルトン・セナのマクラーレンで常勝街道を突っ走るようになったときは感無量だった。サッカー日本代表が W 杯に出場を決めたのとまさに同じインパクトがあった。

その後,日本人 F1 ドライバーも何人か登場してそれなりに活躍したわけだけれども,今回,弱小チーム・ザウバーの車で,しかもテクニカルコースの筆頭であるあのモナコで 5 位入賞というのは,それこそ日本人ドライバー時代の真の幕開けといってよい。小林可夢偉はまだ 24 歳である。サッカー日本代表の香川選手,本田選手,長友選手をはじめ,最近の若い,とくに 24, 5 あたりの世代の日本人は,端倪すべからざる可能性を秘めていて頼もしい。われわれのような 40 代後半より上の「ダメ世代」とは一線を画している。世のバカどもがさんざん貶しまくっている「ゆとり世代」に栄えあれ!
 

2011.10.17 付記:

上で「この初の日本グランプリ,第一コーナでクラッシュがあり不幸にも観客が死ぬという大惨事になって」と書いたが,これは私の勘違い。この事故が起こったのは,1976 年ではなく,1977 年の日本グランプリであった。フェラーリを駆るジル・ヴィルヌーヴが他のマシンに接触して飛び上がり,第一コーナーの観客席に着地してしまったのだった。ヴィルヌーヴは,その無謀さで私の好きなドライバーだったが,第一コーナーでの無謀な競り合いゆえのこの事故のために書類送検されてしまった。彼は不幸にも五年後,1982 年レース中の事故でこの世を去った。

ロースラヴェツのノクターン

YouTube で音楽関係の動画をよく観る(音楽メインなんで「静止画」がほとんどなんだけど)。今日,20 世紀初めのロシアの作曲家ニコライ・ロースラヴェツの『ノクターン』を見つけた。ハープ,オーボエ,チェロと二つのヴィオラのための室内楽の小品である。ロースラヴェツはソヴィエト時代のアヴァンギャルドの鬼才であったが,その斬新な音楽性ゆえにスターリン時代の当然の成り行きとして弾圧され 1944 年に亡くなった。

それにしても,この『ノクターン』の叙情性には陶然としてしまう。夜の波の上を漂うような,夢見るような,質の高いリリシズムがある。『ノクターン』は 1913 年ヤルタで作曲された。この地は,北方のロシア人にとって異国情緒溢れる暖かい地方である黒海・クリミヤ半島にある。この曲のロシアらしからぬ軽やかさはこの地方がもたらす特別な憧憬に因って来るのだと私は思う。

私はモスクワ現代音楽アンサンブル(ドイツのアンサンブル・モデルン,フランスのアンサンブル・アンテルコンタンポランと並び称される現代音楽のエキスパート集団である)による素晴らしい演奏 CD(残念ながらいまはもう入手できないようだ) を所有しているけれども,YouTube の Ensemble Vozvrashenie (直訳すると「アンサンブル帰還」)による演奏も見事である。以下にエンベッドしておくので,ぜひ堪能いただきたい。

川崎大師薪能

今日,仕事を早めに切り上げて,川崎大師薪能を観に行った。毎年,この時期に行われる川崎大師・平間寺恒例の行事である。薪能とは通常の演能・五番仕立てとは異なり,能本来の神事的役割をもった興行であって,はじめに法楽の儀式が大導師によって執り行われる。般若心経のありがたいお経を戴いて,舞台を清めるのである。螺貝の音とともにお坊さんが登場するところ,そして,声明と,奇しき倍音を引く鈴(リン)の音は,なんとも厳かであった。

ところが,残念ながら,今日から入梅。雨もよいのおかげで本堂横のアウトドアでの興行は取りやめとなった。体育館のような平間寺信徒会館での観能となり,篝火の火入れもなく,お坊様の法会の荘厳さも少し殺がれた感があった。

演目は,舞囃子『弱法師(よろぼし)』,狂言『柿山伏』,仕舞『難波』及び『邯鄲』,そして最後に能『巻絹(まきぎぬ)』神楽留。あらかじめ謡曲集で詞章を読んでおきたかったのだが,私の手元にある新潮,岩波の『謡曲集』には『巻絹』は収録されていなかった。でも実際は,狂言も,能も,セリフがハッキリと聞き取れ,意外とわかり易かった。

『巻絹』はいわゆる四番目・狂乱物の曲で,あらましは次のとおり。帝の命により千疋の巻絹を三熊野に奉納することになったが,その巻絹を運ぶ使者(ツレ)が途中,音無天神で寒梅を賞でていたために遅参してしまう。怒りに駆られた勅使(ワキ)は使者を縛める。そこに神が憑いた熊野の巫女(シテ)が現われ,音無天神に和歌を手向けた使者の徳を讃えて縛めを解き,神楽舞を舞う。

私は能の舞や所作の素晴らしさを正しく理解できるクチではないが,象徴に満ちた簡素な舞台の結構や,梅枝を手にしたシテの豪華な小袖,空間を切り裂く笛の蕭条とした音響に魅了された。使者(ツレ)の歌「音無にかつ咲き初むる梅の花・匂はざりせば誰か知るべき」の上の句と下の句とを,使者と巫女がそれぞれ掛合いで吟ずることで,巫女の神がかりが勅使(ワキ)のなかで正当化されるくだりは,能の作者(観阿弥)の古典的芸術観 — やまとうたはちからをもいれずしてあめつちをうごかし云々という古今集以来の詩精神 — の現れかと面白かった。

20110527-takigino-01.png
 

* * *

川崎大師は何年ぶりか。大学生になる上の息子がまだベビーカーに乗っていたころの初詣以来のような気がする。開演までに余裕のあるころあいに京急・川崎大師に降り立ったので,近隣を少し散歩することにした。表参道に沿ってずっと歩いた。初詣のときは人出が凄いが,この時期,この時間帯はまったく人がいない。商店街もなかばシャッターが降り閑散としていた。絶滅危機に晒されている業種・昔ながらの米屋があってちょっとびっくりした。なのに今を時めく AKB48 の米食広告が店先に掲げてあっておかしかった。昔ながらの八百屋・魚屋の並ぶ横町があった。『昭和マーケット』とその名も凄まじい八百屋のおやじは,銜え煙草で野菜を売っていた。なんとも懐かしい風景だった。その横町からさらに小路に入ると居酒屋の仕舞屋が並んでいた。新宿のゴールデン街のような風情だった。寂れ感ばかりが漂っていた。昔は一階で酒を呑ませ二階で客を取っていたのかもなんて下びたことを考えてしまった。

観能の前に少し腹ごしらえをしたかった。だけど,なかなか飲食店が見つからず。しようがなく『昭和マーケット』の近くの総菜屋でコロッケを二個買って,歩きながらむしゃむしゃ食った。スーツを来たサラリーマンが「よーッ」と口走りながら(謡曲のマネをしながら),コロッケを食いながら歩く様はみっともないに違いない。道ですれ違った小学生にクスクス笑われてしまった。この男爵芋コロッケ,一個 120 円と少し高かったけれども,芋がしっかり詰まってバターがよく効いていて旨かった。

今年の秋は,妻と近所の夢見ヶ崎での薪能を観ようか。来年の川崎大師薪能では,晴れてくれるだろうか。

20110527-takigino-02.png

20110527-takigino-04.png

20110527-takigino-03.png

LaTeX Mahjong fonts package PIEMF

LaTeX でも麻雀牌を組版できるということで,ptexlive on Mac OS X Snow Leopard で試してみた。Takayuki Yamaizumi 氏作成の『METAFONT 用麻雀牌ソースパッケージ piemf』である。モノトーンの麻雀牌フォントではあるが,牌構成を文書で説明する用途には十分である。副露を示す横に寝た形の牌や赤牌,暗槓の裏地も用意されている。

METAFONT のソースとマクロファイルが添付されていて,もともと PK ビットマップフォントとして使うことが想定されている。私は mftrace でフォントを Type1 アウトライン化してインストールすることにした。さすが,j-TeX 時代に開発されたらしく,インストール説明は UNIX 向けになっている。マクロも EUC 文字コードでコーディングされているので,ptexlive UTF-8 で原稿を処理するためには,ISO-2022-JP (いわゆる JIS) に再エンコードしておくとよい。

インストールのオペレーションを以下に掲げておく。tcsh である。

[TEXDIR 環境変数に texmf を設定]
% setenv TEXDIR /usr/local/texlive/texmf-local
[作業ディレクトリ作成]
% mkdir -p ~/tmp/mahjong
% cd ~/tmp/mahjong
[package ダウンロード]
% wget -nH -nd http://www.yamaizumi.org:2481/piemf/piemf-2.0.2.tar.bz2
% tar jxvf piemf-2.0.2.tar.bz2
[マクロファイルを JIS に変換]
% cd piemf-2.0.2/macros
% mkdir -p work
% foreach i (*.sty)
foreach? nkf -j $i > work/$i
foreach? mv work/$i .
foreach? end
% cd ..
[マクロ,フォントソースを $TEXDIR にコピー]
% su -m
# mkdir -p $TEXDIR/{fonts/{source,tfm,type1,map/dvips},tex/latex}/piemf
# cp src/*.mf $TEXDIR/fonts/source/piemf/
# cp macros/*.{sty,fd} $TEXDIR/tex/latex/piemf/
# mktexlsr
# exit
[Type1 フォントの生成]
% mkdir -p type1
% cd type1
% mftrace --magnification=4000 --encoding=tex256.enc pie
% t1binary pie.pfa pie.pfb
[フォントマップの作成]
% cat > pie.map
pie pie <pie.pfb
^D (コントロール+D)
[リソースを $TEXDIR にコピー]
% su -m
# cp pie.pfb $TEXDIR/fonts/type1/piemf/
# cp pie.map $TEXDIR/fonts/map/dvips/piemf/
# mktexlsr
[マップ登録]
# updmap-sys --enable Map=pie.map
# exit

pie2e.sty をプリアンブルで読み込んでおく。個別の麻雀牌の出力命令等の詳細は,添付の README を参照のこと。以下,試験原稿と処理結果を掲載しておく。

% -*- coding: utf-8; -*-
% 麻雀牌の組版
\documentclass{jsarticle}
\usepackage{pie2e}
\usepackage[deluxe]{otf}
\begin{document}
\parindent=0pt%
純全帯\CID{14126}九・三色同順---私の好きな役!
 
\vspace{1zw}
{\Huge
  \suo{1}\suo{2}\suo{3}\tong{1}\tong{2}\tong{3}\wan{1}\wan{2}\wan{3}%
  \suo{7}\suo{8}\suo{9}\tong{9}\tong{9}
}
\end{document}

20110525-pie.png

おぼっちゃまくん

私が仕事から早めに帰ると,娘がまだ制服を着たままでテレビを見ている。アニメばかり垂れ流している TOKYO MX で『キテレツ大百科』とか『おぼっちゃまくん』なんかを見ているんである。「おめぇ,高校生にもなってまだこんなガキ番組見てんのか!」と腐しながら,いっしょになって見てしまう私も,相当,愚かである。

『おぼっちゃまくん』は,財閥の御曹司・御坊茶魔の繰広げる低俗アニメである。「友だちんこ」とか「絶こうもん」とか,哀れなくらいレベルの低い駄ジャレネタだけで成立している感がある。JC テレビ広告「おはよウナギ,いただきマウスで,楽しい仲間がポポポポーン!」は,同じ低レベルの言葉遊びでも,心が和む。けれども,『おぼっちゃまくん』の場合は幼稚園児・小学生大好き下ネタばかりなんである。

ヘヲナルド・チャ・ビンチなる芸術家が出て来る。その描いた絵のなかで老婆が見栄を切っている。絵のタイトルは『最後のバアんさん』。御坊茶魔がニセ茶魔に陥れられ牢獄に幽閉されてしまう。その際,「外すと命はないぞ」と言い渡されて仮面を着せられる。男の陰部を象った「ちんかめん」を。鉄仮面伝説のパロディーだろうが,「ちんかめん」はねぇだろ! でも,こういうのを見て娘とケタケタ笑うわけである。見た後の言いようのない虚無感は,ご想像いただけると思う。『おぼっちゃまくん』は小林よしのり原作。この人,こんな低級マンガで下ネタ大好き小学生のお小遣いを掻集めるだけでは満ち足りずに,最近では『戦争論』とかの講釈でもって同じような低レベルを今度は大人を相手に発揮してくれている。語るに落ちる,というものじゃなかろうか。

『おぼっちゃまくん』に,「貧ぼ耐ぞう」なるキャラクターが出て来る。今は零落してしまった上流家庭の坊ちゃまという設定なのだが,ビンボーを理由に,前半分しかない服を着ている。前から見ると立派なスーツを着ているように見えるが,後ろから見ると背中,尻が丸出し。ビンボーで 5000 円しか予算がないとき,10000 円の服の前半分だけで済ますか? 常識的には,5000 円のきちんとした安物完全品を買うはずだろ! これはなにかの風刺に違いない。『おぼっちゃまくん』の数少ないキレ。最近,これに似たような話があった。

東北大震災では海外から多くの支援が寄せられ,規模の大小はあれ,世界の 130 余の国々から暖かいメッセージとともに支援物資・義援金を日本は頂戴した。インターネットでも「ありがとう」が様々な形で発信されている。ここまで世界の応援が貰える日本という国も捨てたもんじゃないと,私は逆説的に気が付いたくらいであった。ところがこれを受けて,日本政府が感謝広告を海外紙に掲載したのだが,それがなんと,たった 7 紙だけだった。しかも米国,英国,中国など主要国に限定。政府のこの対応は,ただちに国会で非難囂々の目に会った。130 何人からお見舞いを貰ってたった 7 人にしかお礼を言わない,なんて,フツーの常識人なら呆れ返るはずである。そういうことを日本国の政府は堂々とやるわけである。しかも,国会での追及に民主党・松本剛明外務大臣は「被災地復興支援で予算を割く必要のある状況下,感謝広告の予算がなかったから」などとウソ丸出しの言訳をしていた。松本大臣,いったいあなたどこに眼が付いてんですかね,霞ヶ関しか見えないみたいですね。不作為菅政権らしい体たらく。

これ,やっていることは,5000 円しかないから 10000 円の服の前半分だけを買ったんだという「貧ぼ耐ぞう」の論理とまったく同じではなかろうか。普通の神経の持ち主なら,持っている金で,たとえ満足できる質は適わなくとも,130 余の恩人すべてにお礼をするはずである。日本政府のこの非常識のおかげで,日本国民全体が海外の人々から礼儀知らずだと思われたのはまず間違いあるまい。これも東洋の神秘かと。ところが実際は,政府が — わかり易いことに — 貧ぼ耐ぞうのように,ただ体裁だけ取り繕おうとしているに過ぎないのだ。幸い,大人の常識がわかる国会議員による追及のおかげで,その後すぐ他の国々に対しても,菅直人内閣総理大臣名義で感謝広告が出された。

内閣法制局『基本法令用語』

仕事で契約書などの内容確認をしなければならないことが多い。また特許法などの条文を読まなければならないこともある。こういう事情で法令用語の基本を覚えさせられて来た。内閣法制局が『基本法令用語』というものを纏めていて,これが大きな指針になっている。これを見ると,法律に照らして判断しなければならない日本語文(契約書など。以下,仮に「法的文書」としておく)は,一種独特の文体をなしており,論理的正確性を担保するためにさまざまな「符牒」を決めていることがよくわかる。

たとえば,法的文書においては「場合」,「とき」,「時」は,厳格に使い分けることになっている。「場合」,「とき」は仮定的条件を示し,「時」は一定の時刻を示す。ここで,仮定的条件が二つある時,より大きな条件を「場合」で,小さい条件を「とき」で示すということになっている。「とき」と「時」は表記の違いでしかないのに,決定的な意味論的差異を付加されているわけである。もうひとつ,「及び」,「並びに」,「又は」,「若しくは」といった接続詞も法的文書ではかなり厳格に用いられる。「A及びB若しくはC又はD」という記述は,((A and B) or C) or D という論理条件を規定しているのである。

しかしながら,こうした法的文書の用語法は,甲・乙で相互に確実な理解を共有するための工夫,ルールであって,このあり方そのものはどんな文章にもついて回る意味論上の基本的属性・指向である。つまり『基本法令用語』は,措辞というものが,固定的意味を本来的にもっているのではなく,「ある条件のもとでそれに付加した取り決めを学ばなければ現実的意味をなさない」ものであることを示して余りある。文体,様式とは,こういう語彙的ルールを含む書記法の多様な統制の総体を,「文学的」・「美学的」に表現したものである。このルールとしての言語のあり方は「法的文書」特有の属性だと思う人があるかも知れない。私は違うと思う。文学をはじめとして,あらゆる言語行為は言葉の辞書的意味以外の意義を担わされている。「辞書的意味」というのは「製品の設計書」のようなもので,「実際の製品」である実際使用の言葉においては,別途意義づけられた意味のほうがむしろインパクトが大きい。そして,別途の意義づけがある統制を有しているとき「文体」とか「様式」というのである。

世の中には「文体」を作家の体臭のような「個性」だと思っている人が結構いる。「文は人なり」という言を無邪気に信じている人のこと。ま,「感性」は人の勝手ではある。仮名遣い・表記について,「漢字で書ける物は何でも漢字で書けば意味が明らかになるので善い」としたり顔で言う人がいる(「正字正かな」派といわれる人たちである。字音仮名遣いの煩わしさから逃れられるからこんな極付けをするわけである)。「時」も「とき」も等価だと断言するような彼らは,法的文書なんかに関わりのない学生さんみたいな人だろう。ま,人の勝手ではある。「勝手」というのは,「相手」ないし「公」に対する責任を意識しないで済む,ということである。唯我独尊。幸せなんですね。

『基本法令用語』は法律学関連書籍の付録に付いている。六法全書にも収録しているものがあるかも知れない。『基本法令用語』を収録している書籍を挙げておく。
 

 

付記:

言語解釈・表記における「ルール」の存在がわからない,勝手な解釈をする人がゴマンといる。私が作成した旧字・旧仮名変換ツール misima について,「ミシマなら mishima だろ」というバカにネットで遭遇したことがある。日本語のローマ字表記はヘボン式というものが「一般には」流通していてこれによれば「シ」は shi であり,この言をなす人は暗黙のうちに一般的流通様式が「正しい」ものとして身に染み付いていてこれを疑うことがない。しかし日本語のローマ字表記はもとより決め事=ルールにすぎず,その場合,昭和 29 年に内閣訓令として告示された綴り方によれば「シ」は si なのである(よって,学校でもまずはこの訓令方式を習うはずである)。私が misima と名付けたのは,これが「ミシマ」でも「ミジマ」でもなくあくまでただ単純に misima にしたかったからであるが,「ミシマなら mishima だろ」などと言う,「正しい表記」の身に染み付いた,「ルール」の意義のわからないバカどもを,暗に,陰険に,愚弄したかったからでもある。

「増田・ますだ」という姓を,日本人なら誰でも,ローマ字で Masuda と綴る。でもフランス人やドイツ人なら,この表記をみてはじめから「マスダ」と発音できる人はまずいないと思う。おそらく彼らは「マズダ」あるいは「マジュダ」と発音するはずである。ヨーロッパの多くの言語では母音に挟まれた単一の s は,z と発音するのがほぼ決りになっているからである。「マスダなら massuda or massouda だろ」というわけである。表記と発音の関係なんて本来いい加減なものである。それがいい加減ではなくなる根拠は「ルール」というものが存在しているからにほかならない。

愛ちゃん避難所訪問

時事通信配信ニュースが,卓球の福原愛選手が仙台の被災者を訪問した様子を伝えていた。記事に掲載された写真,本当にいい写真だと思う。

今回の震災では,俳優やタレント,スポーツ選手たちが「なにかやらなくちゃ」と被災地激励に動く話が過去にないくらい多いのではないだろうか。私のようなただのサラリーマンはいくばくかの寄付をするのが関の山なんだけど,こういう有名人による被災地訪問が喜ばれる様子が報道からもすごく伝わって来る。また一方で,野球のイチロー選手,ゴルフの石川遼選手,AKB48 などが数億円をポンと寄付したりしている。さすが,やることが違う。

Noblesse oblige (ノーブレス・オブリージュ) というフランス語があって,高貴な身分の者はその地位に応じた社会的責任と義務を負うということを示す。これは西欧社会に根付いた道徳観である。アメリカの成功者は必ずポケットマネーから巨額の寄付をするのが当たり前になっている。日本では,この役割を果たしているのは芸能/スポーツ関係者のようである。もちろん人気商売であるから売名意図が仮にあったとしても,そんなことはどうでもよく,彼らの行動はやはり大したものだと思う。

あの渡哲也率いる石原軍団も,東北の被災地で炊き出しをやったそうである。サングラスをかけた怖いおっさんが人差し指でブラインドを少し下ろしてこちらを窺っている。と,豚汁を差し出して来た... なんて楽しいだろうな。

電話器を買う

川崎駅前まで散歩を兼ねて妻と歩いた。妻に母の日の遅いプレゼントを買おうということで。ところが歩き出してしばらくしたら,財布を忘れたのに気付いた。「ごめんお金貸して」—妻へのプレゼントを妻から借りた金で買うなんて情けね。ついでに,これまで使っていた電話器 (10 年くらい使っただろうか) が FAX 機能について壊れたままだったので,ヨドバシカメラで 10000 円ド安物の新品を購入した。

丸善に寄った。12000 歩以上歩いて,ちょっと疲れていた。つい最近出た講談社学術文庫・伊藤正義『謡曲入門』という本を購入してしまった。今月末,ちょっと川崎大師に能楽を観に行こうとしていることもあり,ついつい手が出たんである。本屋の新刊コーナーには『中国人の誇り』,『韓国はなぜ世界でいちばん人気があるのか』といったへんなタイトルの本が,たくさん,これ見よがしに並んでいた。そんなに自画自賛したいのか。シアワセな人たち。中国人,韓国人にはどうしようもなく下品な「知識人」がいるもんだと呆れた。この著者たちは他国の人の眼から見たら自分の姿がどう映るのかわからないらしい。日本の 1980 年代みたくなってね? あ,こういうのを精神のバブルっていうのか,と納得。ん? よく見るとこれらの本のタイトルは「中国」,「韓国」ではなかったようだ。失礼しました。一方,サッカー日本代表・長友選手の『日本男児』という本は,同様にたくさん平積みされていたんだけれど,この震災による辛い事態を強い心で乗り切ろうというスポーツマンらしい気持ちが伝わって来て,私もちょっと読みたくなってしまった。ごめんなさい,全部立ち読みしてしまい,買いませんでした。
 

FreeBSD kern.maxdsiz

全文検索エンジン msearch で,うちのメールアーカイブをインデックス対象として 20000 通を越える大量データを処理したところ,Out of memory during request for xxxxxx bytes, total sbrk() is ... 云々のメッセージを出力して,インデックス作成が abend してしまった(abend は「夕べ」という意味のドイツ語ではなく,Abnormal End = 異常終了というコンピュータ用語である。為念。昔,夕方になると一日の業務のゴミが原因で abend するシステムバグの対策をさせられたことがあり,Abend abend と呼んでいた。関係ありませんけど)。

これは FreeBSD の管理するプロセスのデータセグメントのサイズの制限を超過したときに出るメッセージで,プログラムが自分の仮想メモリに大量データを抱え込んでいると,この事態に陥る可能性が出て来る。ま,制限値を増やせばいいのだけれど,20000 文書程度で出てしまうのもちょっとなんとかならないかなぁと思う。文書数が増えるといずれまた再発するのは確実だからである。Google は 20 億文書インデックスを達成したとき誇らしげにその広告を出していたが,確かに誇るべき数字である。とはいえ,情報検索の世界では数千万件のデータベースは最近では常識的な規模である。高々 20000 文書で OS のメモリ制限に引っ掛かるのは改善できないものか。

とにもかくにも対策。sysctl -a | grep maxdsiz で現状値を確認すると,536870912 だと知れ,約 500MB。だいたいその 2 倍くらいにチューンしてみる。/boot/loader.conf に次の 1 行を書き足してリブートする。

kern.maxdsiz="1024M"

sysctl で再確認すると,1073741824 に値が拡張されていた。これで msearch genindex.pl がうまく通るようになった。

PFonts Cyrillic LaTeX fonts package

CyrTeX-ru で PFonts の話題が上がっていた。キリル・ポストスクリプトフォントとしては PSCyr が有名であるが,「PSCyr はフリーでないし,品質がちょっと」という意見とともに,PFonts が紹介されていた。PFonts はフリー,かつ 16 種類のファミリ(書体)を揃えている。私も早速インストールして試してみた。

インストールは,http://narod.ru/disk/12251041001/PFonts.7z.html から PFonts.7z を落として来て,p7zip で解凍し,TeX ツリーにコピーし,マップ登録すればよい。ダウンロード後のオペレーションは以下の通り。

% mkdir -p PFonts
% 7za x -oPFonts ~/Downloads/PFonts.7z
% cd PFonts
% su -m
# setenv TEXDIR /usr/local/texlive/texmf-local
# tar cf - . | ( cd $TEXDIR; tar xvf - )
# mktexlsr
# updmap-sys --enable Map=pfonts.map

サンプル文書 (pfonts-test.tex) を以下に掲げておく。\usepackage[scale=スケール]{AcademyP} というような行が各書体の指定である。このマクロのなかで \rmdefault, \sfdefault, \ttdefault を再定義することにより書体が選択される仕組みである。複数の書体を切替えて使う場合,サンプルにあるとおり,\fontfamily{ファミリ名}\selectfont とする。書体に対応するファミリ名はサンプル文書に記してある。

% -*- coding: utf-8 -*-
% PFonts test sample, coded by Isao Yasuda, May 10, 2011. 
\documentclass[a4paper]{article}
\usepackage[utf8]{inputenc}
\usepackage[T2A,T1]{fontenc}
\usepackage[russian]{babel}
\usepackage[scaled=1.00]{AcademyP}%
\usepackage[scaled=1.00]{BalticaP}%
\usepackage[scaled=1.00]{BodoniP}%
\usepackage[scaled=1.00]{CooperP}%
\usepackage[scaled=1.00]{CourierP}%
\usepackage[scaled=1.00]{JournalP}%
\usepackage[scaled=1.00]{JournalSansP}%
\usepackage[scaled=1.00]{LazurskiP}%
\usepackage[scaled=1.00]{LetterGothicP}%
\usepackage[scaled=1.00]{LiteraturnayaP}%
\usepackage[scaled=1.00]{NewStandardP}%
\usepackage[scaled=1.00]{NewtonP}%
\usepackage[scaled=1.00]{PetersburgP}%
\usepackage[scaled=1.00]{PragmaticaP}%
\usepackage[scaled=1.00]{QuantAntiquaP}%
\usepackage[scaled=1.00]{TextbookP}%
\renewcommand{\rmdefault}{tdy}%
\def\sample{%
Прежде всего откроем тайну которую Мастер не пожелал
открыть Иванушке.
Возлюбленную его звали Маргаритою Николаевной.
Все, что Мастер говорил о ней, было сущей правдой.
Он описал свою возлюбленную верно.
Она была красива и умна.}%
\long\def\chfam#1#2{%
  \vspace{11pt}%
  \bgroup\fontfamily{#1}\selectfont#2\par\sample\par\egroup}%
\pagestyle{empty}
\begin{document}
 
\begin{center}
\LARGE PFonts test
\end{center}
 
Font-name: Type Family-name;\qquad
Text: \textit{М. А. Булгаков} <<Мастер и Маргарита>>.
 
\chfam{tdy}{Academy: rm tdy}
\chfam{tl5}{Baltica: rm tl5}
\chfam{tbd}{Bodoni: rm tbd}
\chfam{tcb}{Cooper: sf tcb}
\chfam{tco}{Courier: tt tco}
\chfam{tjr}{Journal: rm tjr}
\chfam{tjs}{JournalSans: sf tjs}
\chfam{tla}{Lazurski: rm tla}
\chfam{tlg}{LetterGothic: tt tlg}
\chfam{tln}{Literaturnaya: rm tln}
\chfam{tns}{NewStandard: rm tns}
\chfam{tnw}{Newton: rm tnw}
\chfam{tp7}{Petersburg: rm tp7}
\chfam{tpg}{Pragmatica: sf tpg}
\chfam{tqa}{QuantAntiqua: rm tqa}
\chfam{ttx}{Textbook: sf ttx}
 
\end{document}

pdflatex による処理結果(一部)は次のようなものである。処理結果 PDF (pfonts-test.pdf) もリンクしておくので参照いただきたい。

20110509-pfonts.png

PFonts は T2A, T1, TS1 フォントエンコーディングしかサポートしていない。PSCyr-0.4-beta は一部フォントについて T2D をサポートしているのと比べると残念である。PFonts のポストスクリプトフォントのグリフ一覧を fontforge で確認すると ѣ Ѳ Ѵ のグリフがきちんと揃っているのに,LaTeX PFonts では使えないわけで,これはもったいない。CyrTeX-ru で作者に T2D サポートの要望を出しておいた。

この連休は,散歩に一度出たきりで,あとは何もせずにぼんやり過ごした。ロマンチックな長編ミステリーでも読みたいと本屋に行くも,適当なものが見当たらず。結局,「積読」状態だった本,ロシア人研究者による芭蕉論を読んだ。Бреславец Т. И.  Поэзия Мацуо Басё. М.:«Наука», 1981 (タチヤーナ・ブレスラーヴェツ『松尾芭蕉の詩』モスクワ,1981 年)。ソヴィエト科学アカデミー東洋学研究所から出版されたものである。

本書はわずか 152 頁の小さなモノグラフではあるが,芭蕉の生涯と文学史的位置,その美学的諸概念,表現手法の特徴について,総合的に解説した力作である。悟り,しをり,寂び,細み,軽み,不易流行,風雅の誠といった概念を具体的作品に照らして説明しているところは,外国人がどのように日本の古典文学にアプローチするのかが興味深いだけでなく,ロシア語でこれらの術語を説明するネタとして極めて有益だった。日本人による芭蕉論は軽み・不易流行に重きを置くものが多いと思われるけれども,彼女は上記の美学概念の究極的本質として,風雅の誠を芭蕉の詩的真実だと位置づけている。日本の伝統と日常的・庶民的美の融合こそが芭蕉の最大の功績であるとしている。

歌枕,切字,本歌取り,枕詞,掛詞,縁語などの詩法について,その効果,日本古典詩の特性が,説明のレベルを落とすことなく,なにも予備知識のない読者(研究者・学生)にも伝わるように解説されている。音韻的分析は興味深かった。詩の国・ロシアの研究者らしさがここにあると思われた。Ю. Лотман, Б. Томашевский, В. Виноградов の詩論が援用された芭蕉俳論に出くわすとは思ってもみなかった。次の「閑さや岩にしみ入蟬の聲」の分析はとくに新鮮だった。

Чтобы подчеркнуть значение слов, поэт часто прибегает к аллитерации и ассонансу:
Сидзукэса я Тишина.
Ива-ни симииру Скалы пронизывает
Сэми-но коэ Цикады звон
[131, т. 41, с. 169, № 280]. 1689 г.
Повторяемость звуков «и» и «с» наполняет стихотворение звоном цикад, который разбивает молчание скал. Звук и тишина сливаются воедино, усиливая друг друга. Так впечатление от содержания хайку усугубляется его звуковой организацией.

ことばの意味を強調するために芭蕉はしばしば子音反復法と母音反復法を用いている:閑さや岩にしみ入蟬の聲 Shizukasa ya / Iwa-ni shimiiru / Semi-no koe (露訳省略)。

«i» 音と «s» 音の繰返しは,岩の沈黙をうち壊す蟬の声で詩を満たす。声と静寂はひとつに融け合い,互いを強調し合う。このように俳句の内容から受ける印象がその音声組織によって倍加されるのである。

Бреславец Т. И.  Поэзия Мацуо Басё. М.:«Наука», 1981, с. 133.

芭蕉にある連句と連衆の詩精神についてロシアの研究者の見解が聴きたかったが,その点についてはほとんど触れられていなかった。そこが本書に感じた不満であった。西欧人にとって藝術作品はほとんどつねに個人による一個のシステーマである。それが無意識の formula になっている。拭い去ることのできない個人主義がある。相聞,歌合わせ,連歌,連句抜きに,日本の詩歌の驚くべき高みは理解できないと私は思う。

 

20110426-breslavec.png

* * *

ロシアの日本文学研究もかなりなものだと興味をそそられ,Ozon でちょっと漁ってみた。これはというものが見出せなかったが,面白い本を見つけた。Рубоко Шо «Эротические танки», 2009.— Ruboko Sho『エロティック短歌集』という本。

「ルボコショウ? なんやそれ」。「Эта книга была написана в X в. и представляет собой удивительный, яркий образец средневековой японской поэзии из цикла любовной лирики. Традиционные пятистишия Рубоко Шо вводят читателя в глубоко чувственный, метафоричный мир поэта.— 本書は 10 世紀に書かれ,中世日本恋愛抒情詩の驚くべき輝かしい典型である。ルボコショウの伝統的短歌は読者を詩人の深い官能と陰影の世界に導く」とある。そんな歌人いたっけ? 流鉾抄か? でも歌人の名前なんだよな。国文をやった妻に聞いても知らないという。ロシアの日本好きによるサイト Fushigi Nippon に記事:Рубоко Шо - Ночи Комати, или Время Цикад - Поэзия - Статьи о Японии (るぼこしょう - 小町の夜々,あるいは蟬の頃 - 詩 - 日本に関するコラム) があった。それによると Кино Кавабаки きのかわばき? によって 20 世紀末になって発見された歌人だという。だんだん胡散臭くなってきた。

どうやらルボコショウは мистификация (偽作) のようである。この単語を付加して Google 探索した結果,Рубоко Шо というのは Олег Борушко オレーグ・ボルシュコという人のアナグラムだということがわかった。なんだ人騒がせな。

「一首」だけ訳してみた。

О пара ночных мотыльков
В любовной истоме
Хаги в полном цвету
Вместе с одеждой
Ты сбросила стыд
 
一つがいの夜の蝶よ
愛欲の気怠さのうちに
萩は花開く
衣とともに
お前は恥じらいを脱ぎ捨てる

どうも明け透け過ぎますな。でも,日本の古典を装ってエロティック詩集が出るロシアという国も面白いと思った。この偽装詩集を発注してしまったのは言うまでもない。ちなみに,いま,ロシアでの日本文学ベストセラーはというと,Ozon によれば,桐野夏生,村上春樹,芥川龍之介などなど。芥川は昔からロシアでファンが多いけれども,現在は村上春樹がダントツで人気がある。桐野夏生は意外でした。
 

* * *

先日,Facebook でガリーナ・グリゴーリエヴァさんから東京カンタート合唱コンサートへのお誘いがあったが,結局,別の用事のために行かれなかった。それでも,彼女から教えられていたニコニコ動画で彼女の合唱曲を聴き,感想を彼女に書き送った。喜んでくれた。彼女は,スミルノフの芭蕉俳句訳に付けた私の注解も読んでくれていて,激励してくれた。

その合唱曲 NOX VITAE (生の夜) のニコ動のリンクはここ:http://nicoviewer.info/sm13372666。私はとくに二曲目 Падает снег (雪は降る) が好きである。ロシア正教会の精神性というか静かな魂が感じられる。

NOX VITAE というタイトルから私はロシアの詩人インノケンティ・アンネンスキイの詩によるものと思い込んでいたのだけれど,違った。コンサートに行くかも知れず,あらかじめ詩を読んでおいたのだが,違った。アンネンスキイの詩 NOX VITAE をちょっと訳してみた。四韻脚弱強詩格である。人生の終焉に近づいた己が若かりしころを思い出してみても,懐かしいはずの夜の光景に疎外感しか認められない憂愁を歌っている。そしてそこにそこはかとない美(寒々とした月)を見出している。

アンネンスキイ (1855–1909) は日本ではほとんど知られていない。象徴派の次のアクメイズム詩人,アンナ・アフマートヴァやオシップ・マンデリシタームの魁だと評されている。彼は生徒から慕われた校長先生だった一方で,「デカダン詩人」を自認した世紀末詩人であった。けれども,頽廃というよりは世紀の黄昏の憂愁を衷心から切々と歌うといった詩風である。人を驚かす奇矯な表現はなく,古典的節度がより強い。輝き切れない色彩感に独特の魅力がある。
 

из «КИПАРИСОВЫЙ ЛАРЕЦ» (1910) 詩集『糸杉の手文庫』より (1910)
Иннокентий Анненский    
 
インノケンティ・アンネンスキイ  
 
ТРИЛИСТНИК ПРИЗРАЧНЫЙ 幻影のクローバー
1. NOX VITAE
 
1. NOX VITAE (生の夜)
 
Отрадна тень, пока крушин
Вливает кровь в хлороз жасмина...
Но... ветер... клены... шум вершин
С упреком давнего помина...
 
木陰は快く まだクロウメモドキの血潮を
ジャスミンの白い斑れに注ぎ込む⋯
なのに⋯ 風⋯ 楓⋯ 頂のざわめき
かつての追憶が責めたてる
 
Но... в блекло-призрачной луне
Воздушно-черный стан растений,
И вы, на мрачной белизне
Ветвей тоскующие тени!
なのに⋯ くすんだ月の幻光を浴びる
ふわふわと黝い樹々の胴体
また お前たち 陰気な白光に
憂える木の枝の影!
 
Как странно слиты сад и твердь
Своим безмолвием суровым,
Как ночь напоминает смерть
Всем, даже выцветшим покровом.
 
奇妙にも 庭と天空は融け合わさり
酷な無言をまもり
夜は万物 死を想い起こさせる
色褪せた覆いによってまで
 
А всё ведь только что сейчас
Лазурно было здесь, что нужды?
О тени, я не знаю вас,
Вы так глубоко сердцу чужды.
 
ものみないましがたまで
碧かったのに それはもうどうでもよいと?
影よ 私はお前たちを知らぬ
お前たちは私の心に深く深く疎ましい
 
Неужто ж точно, боже мой,
Я здесь любил, я здесь был молод,
И дальше некуда?.. Домой
Пришел я в этот лунный холод?
まさか ここなのか
私が恋をした場所は 若かった場所は
ここが終着?‥ 帰り来たということか
この寒い月下の地に?
Иннокентий Анненский  Стихотворения и трагедии.
Библиотека поэта. Большая серия,
изд. 3-е. Л., 1990, с. 111-112.

* * *

麻雀ゲームで字一色をツモってしまいました。こんなことやってっから娘から堕落してると言われるんである。
 

20110506-tsuiso.png

ビン・ラーディン死す

たとえ「敵」だったとしても,人の死をよろこぶ気はしない。米軍はどうも非武装の自宅を襲撃し,ビン・ラーディンの息子もろとも射殺したというではないか。そもそも,彼は「容疑者」だったはず。なんで取っ捕まえて裁判にかけなかったのだろうか? 彼が 9.11 のテロの主導者だったならばなおのこと,彼を事情聴取して 21 世紀の不幸の源を明らかにすべきではなかっただろうか? 米国の真意について釈然としないものがある。

馬込文士村散歩

Movable Type 5.1 RC が出たので,ちょっと試してみた。でもカスタマイズをもう一度反映するのにひどく手間がかかりそうだったので,Ver. 4 に戻すことに。ところが,とってあったバックアップからの復元がエラーになり,ハマリまくった。Movable Type のバックアップ・ツールは信用しないほうがよい。Web 環境全体をごっそりコピーするほうがシンプルにして確実である。

Facebook でロシアの現代女流詩人オリガ・セダコヴァからメッセージをもらった。彼女の詩集や紀行文,プーシキン関係論文,教会スラヴ語関連学術書を読んで,私は彼女の作風に強く惹かれていたので,信じられないくらいうれしかった。インターネット時代となり,友達の友達を六段階くらい辿るとたいていの人が繋がり合うという話があるけれども,ひと昔前ならこんなことは考えられなかった。

また,同じく Facebook で,ロシアの作曲家ガリーナ・グリゴーリエヴァから,すみだトリフォニーホールで開催される東京カンタート・クロージング・コンサートへの招待があった。彼女はこの催しに招かれて来日するという。そこで彼女の合唱曲『生の夜』が演奏されるんである。「ぜひお会いしましょう」とのこと。こちらもうれしくてならない。だけど,当日はすでに別の用事が入っており,どうしようか悩んでいるところである。
 

* * *

連休に入り,妻と馬込文士村周辺を散歩した。大田区馬込・大森山王界隈は,かつて,萩原朔太郎,室生犀星,北原白秋,日夏耿之介,吉屋信子,三好達治,北園克衛,和辻哲郎などなど,錚々たる作家・詩人たちが住まったことで,馬込文士村と呼ばれている。若き日の川端康成,三島由紀夫も住んでいたらしい。大田区郷土博物館で,文士ゆかりの品々を見学した。北原白秋や日夏耿之介,萩原朔太郎の自筆原稿,初版本など,興味深かった。
 

20110501-bunshimura.png

左は大森駅山王口すぐにある馬込文士村の作家・詩人たちのレリーフ。ちょっとゾンビみたいで怖い。夜にはこの前を歩きたくないものである。右は博物館にあった日夏耿之介の雑誌『戯苑』のカバー。
 

20110501-hinatsu-tanka.png

この詩歌集にあるような活字の質感は,いまや失われてしまった。日夏耿之介の『黒衣聖母』の黝い浪漫主義には,あの凹凸感のある旧字体活字こそが相応しい。彼の詩は,紋切型のおどろな物語性がなんとも鼻に付くのだが,それゆえにこそ私にとっては堪らない魅力がある。

怕る怖る眺めあげる
黄金色の礼拝壇の中央には
端厳美麗の永貞女彳みたまふ
その眼前の赤蠟燭の大柱の
とぼとぼと燃えさぐる灯の睛のいろは
眼疾を疾んだのか
気弱い灯影疼みただれて
白い泪はしめじめと
紅艷の燭柱の素肌を泫れる
悪 いかほど淫慘な柔肌か
日夏耿之介『蠱惑の人形』—『日本の詩歌』12,中公文庫,1976 年,115 頁。

佐藤惣之助のコーナーに,『六甲颪』,そう,あの阪神タイガースの応援歌の詞が掲げられていた。佐藤の作詞によるもの。プロ野球がやっと開幕,楽しみがまた増えたわけであるが,残念ながら,どうやら今年もわが真弓阪神タイガースはダメ虎のようである。おまけに金本アニキの連続出場記録も,どっちらけの終焉。アニキを温存せぇとは言わんけどやで,配慮が足らなさ過ぎやおまへんか。「意を決して」,ではなく,「判断ミス」で記録が途絶えた,なんていったいなんなんだ。アニキがカワイソ。なんの覚悟もない,ブレーン任せの判断誤りばかりで,まったく存在感,リーダシップが感じられないこと — 真弓監督,菅総理の共通点である。

その他,博物館展示品では,坪田譲治宛萩原朔太郎書翰の,罫を無視した大胆な筆跡が印象的であった。それにしても,昔の詩集・小説本は装丁が奇抜で,工芸的意匠に溢れているんである。

文士村散歩といっても,周辺は細い道が入りくねった閑静な高級住宅街であって,地図を片手に歩いても,番地をたよりに道を探すのに苦労し,お金持ちの家が眼につくばかりで,なんの面白みもなかった。北園克衛が住んでいたという場所を探したのだけれども,まるでわからなかった。12,000 歩ばかり歩いて適度な運動をして来たという感じ。

大森駅に着いたらハラがペコペコ。喜多方ラーメン坂内食堂を見つけ,ラーメンと餃子を食った。アサヒ・スーパードライが腹に沁みて旨かった。
 

Moon Calendar

Profile

ISAO YASUDA。システムエンジニア。神奈川県在住。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
[more], [About our site]

Notice

この文書はフィクションであり,実在する個人,団体等とは一切関係ありません。

R-18 指定サイトです。そのうち「18 歳以上ですか」の認証を入れる予定です。

文書の記述内容は無保証です。不適切な表現があればコメントにてご指摘ください。

コメント,トラックバックは,現在,運用を停止しています。ご意見等ありましたら isao@yasuda.homeip.net 宛電子メールにてお願いします。

Links

Entries

About this archive

Entries at 2011年5月 in chronological order.

Previous: 2011年4月

Next: 2011年6月

Recent Entries in Main Index.
All Entries in Archive Index.

March 2012

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

Emacs: Monthly Archives

Powered by Movable Type 5.12 Powered by FreeBSD 8.2-RELEASE
blog counter