2011年7月Archives

頭が熱い

また暑い夏が復活。夜,猫の額(我が家の庭のこと)の草花に水をやるのが最近の習慣になっている。水を撒くと涼気が漂う。蚊に喰われパンパン手足を叩きながら,煙草を吸い,涼むんである。
 

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中国高速鉄道の事故で大騒ぎである。客車の残骸のなかにはまだ遺体が隠れているかも知れないのに,客車ごと土に埋めたというではないか。こんなダイナミックな埋葬は見たことがない。なんと人命の安い国か。原因調査もほとんどせずに運行を再開したというではないか。中国政府のいつもの隠蔽体質に,ここまで「おおっぴらに隠せ」るものかと感心させられる体質に,びっくり。中国出張に行ったとしてもこの中国版新幹線に乗るのは絶対にやめましょう。これがこの事故から得られる教訓のすべてである。

この事件は中国の「技術」に対する考え方を端的に表している。速い超特急が国力を世界に示す,よって高速であればよい — そういう単細胞的技術観を何にも増して露呈した。そう私には思われた。超特急は列車そのものの「高速」ということ以前に,システムが「安全」でなければならない。また,数分に一本という超過密な運行計画にあっても混乱するこのとない運行管理という周縁技術が確立されていなければならない。万一事故が発生した場合は,原因を徹底的に究明し,今後の改善に活かされなければならない。どうも,中国高速鉄道では「速さ」以外のこうした技術・運用設計に関して相当手を抜いたようである。

この点で,中国製のハイテク製品はダメだね。いま空母を作ってるっていうけど,大丈夫? 日立から新幹線システムを導入した英国は,こういうところをよくわかっていたわけだ。私は中国人が大好きですが,この件については譲れません。
 

付記:

そうはいっても,福島原発事故とその影響に対する日本政府による隠蔽ぶりを考えると,中国政府とどちらが悪の度合いが凄まじいか,わかったものではない。牛肉,野菜などへの放射線汚染は福島県に留まらないいまのこの状況は,今後さらなる悪化を引き起こしそうである。気がついたら最悪の事態になっていて,それが既成事実化して皆開き直る,なんてことは勘弁してほしい。なのに政局はポスト菅一色。マスコミも相当この問題放置・ゴマカシに加担していると思わずにはおれない。日本のマスメディアはもはや信頼できない。海外の反応をよくウォッチしたほうがよさそうである。
 

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大韓航空機が 6 月 16 日に竹島上空でデモ飛行を行ったことを受け,外務省は抗議の意味で公務での大韓航空機利用自粛を決めた。竹島問題では一歩も譲ってはいけません。私は韓国人が大好きですが,この件については譲れません。外務省さん,もっと過激におやりなさい。

関係ありませんが,このニュースをネットで見ているとき,フジテレビが韓流ドラマ,韓流ポップス(K-POP って言うんだよ!)を垂れ流しているのに対し,Yahoo! コメンターがいつものとおり「売国奴」呼ばわりしていた。私には実感がなかったのだけれど,新聞のテレビ欄で確認すると確かに「垂れ流して」いるようである。でも,これは視聴者の好みの反映なのであって,なんで「日本人は日本人による番組を流し,そして見るべきだ,この売国奴め!」という論理になるのかサッパリわかりません。ひとりのバカな日本人とひとりの賢い韓国人が目の前にいたとして,やっぱり俺は「賢い」方を褒めて上げたいと思う。それのどこが「売国奴」なんだ? 韓流の魅力(というか「人気」)の秘密がどこにあり,和製ドラマがなぜに韓流に対して魅力がないのかを考えるべきではないか? 私はというと,韓流の魅力がどこにあるのか,サッパリわかりませんが(「今の」韓国の映画は結構面白いですよ。黒澤明などの「昔の」日本映画には敵いませんけど)。同様に,和製ドラマも,J-POP も,AKB も,どこがよいのかサッパリわかりません。
 

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俳優の原田芳雄が亡くなった。『ツィゴイネルワイゼン』,『ミスター・ミセス・ミス・ロンリー』などの ATG 映画。私はニヒリスティックな役回りの嵌るこの俳優が好きだった。『ツィゴイネルワイゼン』で原田芳雄演ずる中砂にこんな台詞があった:「俺が死んだら俺の骨を君にあげるよ,そのかわり君が先に死んだら君のを俺が戴く」。骨を戴きたいものである。彼を回顧し,彼のご冥福を祈って,サラサーテを聴くとしよう。

頭を冷やせず

サッカー女子代表のワールド杯制覇の話題で持ち切りである。有名人にはゴシップがつきもの。で,早くも熊谷選手がパンピー大学生に後ろから刺されてしまった。このバカ大学生の暴露的つぶやき自体は,大した内容じゃないのだけど,時期が時期だけに騒ぎが大きくなってしまっている。熊谷選手だけでなく佐々木監督までが謝罪しなければならない事態になってしまった。常識的にはこのバカ学生こそが謝罪しなければならないのだが,世間は,虫けらには謝る口がないということがわかっているようで,虫けらに刺される側の脇の甘さを追及することになる。有名になればそれだけ言動には慎むべきという意見が世の中にはあって,私もそれに異論はない。けれども,超一流の人物が何の取柄もない虫けら的俗物に — そう,こんなことを書いている私のような俗物パンピーに —,ハナクソのような下らないことで足下を掬われるのは,見たくない。

それにしても,なでしこジャパンの選手たちだって,サッカーを離れれば普通の女の子なのである。おまけに,これまで男子代表のような待遇とは無縁の境遇にあったわけで,多くの選手がサッカーの練習をする前に,労働者として,学生として,私たち一般人と同じ生活を余儀なくされている。その点では,金満セレブリティとは無縁の,地を這う生活のなかの楽しみ,苦しみを,私たちと同じ目線で共有しているはずである。だから,今回,彼女たちがかくも偉大な業績を成し遂げたからには,彼女たちに一時のカルナヴァルを与えてやってもよい,と私なんかは思う。できることなら,彼女たちに,恋人と一日中同衾する,新宿のナンバーワン・ホストクラブを一晩借り切って豪遊する,くらいはさせてやりたい。

それなのに,有名人にタカりたい虫けらパンピーは,超一流人たちのそんなかりそめの息抜きをたまたま見かけて,携帯電話を取り出してインターネットでコソコソ「こんなことやってたよ」と書き込んで面白がるんである。なでしこの選手たちも,これからは「有名人」として我が身を処して行かなければならない。でも,その前に「有名人」に相応しいインカムを彼女たちに授けてやらないと,あまりに可哀相ではなかろうか。収入は私たち虫けらパンピーと同じなのに,超高額の「有名税」を支払わさせられるなんて理不尽である。
 

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付記:私のようなハナクソでも,ある官庁入札案件にからんで危ない書き込みを2ちゃんねるにされた経験がある。2ちゃんねるには,企業の内部情報を一抹の事実に根も葉もない尾ひれをつけて面白おかしく書き込むスレッドがわんさかあるんである。たいていは企業内部にいる「面白くない」社員の仕業だと思う。品質保証部や総務部は,危機管理上,世の中のニュースのみならずそういうバカ者共の病んだ内面の発露をも結構丹念にチェックしている。プロジェクトの責任者であった私は,品質保証部からその悪意ある書き込みについて報告・呼び出しを受け,対策会議をしなければならなかった。この陰険野郎を暴き出して血祭りに上げてやると私は怒り心頭に発したのだが,死ぬ程の多忙のなかで信頼のおける子分につまらないネットワークログ調査をさせるのは断念した。幸い,2ちゃんねるの大量一過性というはかないパンピーらしさを備える本性のおかげで,くだんの書き込みはすぐ埋もれてしまい,対策会議で決めたリスク回避手段を採る必要はなかった。

それでも,業務中に2ちゃんねるに書き込みを行う社員を見つけたら,即刻クビにしてやるといまだに私は息巻いている。以来,2ちゃんねるや Yahoo! コメント欄にカキコしているヤツをアプリオリにハナクソ・パンピーと断じてしまうようになってしまった。今回,熊谷選手は Twitter 被害に遭遇した。2ちゃんねるでもこの件でバカ・スレッドが乱立するのが目に見えるようである。Twitter は名のある権威者が簡潔に,ダイナミックに情報発信できるメディアとして画期的なツールなのだが,ハナクソ匿名パンピーに使わせると哀れなくらいなゴシップ・チェーン・ツールに,あるいはグチッターに堕してしまう。

P. S.
英語の twit はそもそも「なじる,やじる」という意味である。また,「バカ,まぬけ,くだらんやつ」という名詞的用法もある。よって,Twitter が無名バカの毒づきツール,グチッターに堕することは,開発者自身の本懐なのかも知れない。名は体を表す。米国人のイロニー。

頭を冷やして

日本女子代表がワールド杯優勝を果たしてまる二日。月曜朝,試合が終わったとき,私は呆然自失状態であった。興奮も冷めようやく少しずつワールド杯優勝の意味を考えはじめている。

ドイツに勝利してから俄に日本中になでしこブームが沸き起こり,いまやフィーバー状態である。どんな形であれ「あの」FIFA World Cup の Champion に日本がなったのだ。私は日本が目も当てられないくらい弱小だった時代をよく知っているだけに,この快挙はホント感無量であって,いくら世の中が加熱してもし過ぎることはないと思っている。震災復興への思いがなでしこたちを駆り立て,そして日本国民になにかを齎した。これは比喩として「歴史的」というのではなく,おそらく本当に東北大震災と付随して歴史教科書に記述されるカイロスになる出来事である。ただ,このフィーバーが一過性で終わらずに,女子サッカー界の人たちの待遇が改善され,わが国のサッカー文化がさらに向上していくことを強く望む。

澤の同点ゴールを目の当たりにしたときは,「神風」が吹くということの意味を考えさせられた。ここぞというときの瞬間的パフォーマンスにおいて澤選手と宮間選手というタレントの凄さに恐怖をすら覚えた。こんな試合を日本人ができることが信じられなかった。

そして PK 戦。PK 戦は運である。が一方で,メンタルの強い方が勝つというのが私の抜き差しならない思いである(ペナルティ・キックはまず入って当然なので,それを外してしまうことがすなわち敗退であって,「メンタルの強い方が勝つ」というよりは,「精神力の弱い方が負ける」というのが適切かも知れないけれど)。今回,サッカーのレベルでは「圧倒的に」米国に打ち負かされた日本は,耐えに耐えて PK 戦で勝利を盗んだというのが私の正直な感想なんである。サッカーの質では世界一とはとても思えないが,しかし,この大一番の精神戦を制したという点で,これ以上誇らしい勝利はないのである。

PK 戦の日本チームのキッカーとして,宮間,近賀,永里,大野,澤の五人がこの順番で出て来るに違いないと私は考えていた。胆力を問われる PK は経験豊かな攻撃的プレーヤこそが相応しいから。しかし,宮間,永里以外は外れてしまった。澤選手が PK で禍根を残した経験があるのを忘れていた。まず宮間選手が男子代表・遠藤選手のような頭に来るくらい落ち着いたコロコロキックで確実に決め,ケレン味たっぷりのガッツポーズ。この時点で日本の勝利を確信したも同じだった。それでも,四番目に二十歳の,しかも DF の熊谷選手が出て来たのには本当に驚いた。緊張と外した場合を思う恐怖とで,彼女の目が泳いでいる。一瞬の間,天を仰いだ。フランクフルトスタジアムは屋根付きなので星空は見えなかったはずであるが,意を決したようである。ゴール左隅上方に突き刺さる,潔いとしかいいようのないキックだった。これで勝負が決まった。なんで熊谷選手に蹴らせたのだろうか。もちろんキーパー海堀選手の神懸かりのセーブこそが勝因なのではあるけれども,私はそのことばかり考えていた。涙が出て来た。私の子供と同じ歳ごろの娘さんに最後を締めくくらせた。これは間違いなく監督のなにかのメッセージだと私は疑わなかった。

それにしても。アジア杯男子代表の優勝,このワールド杯女子代表の優勝。決勝戦に行くと日本チームはなぜこうも落ち着いているのか。そして必ず勝つ。この若者たちを見ていると,「失われた十年」で日本の進んで来た道(教育など,もろもろのこと)は間違ってはいなかった,とちょっと飛躍したことを考えてしまった。この世代の若者たちが歳をとって世の中の中心になれば,いまの馬鹿な年寄りがダメにした日本を必ず復活させるに違いない。
 

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アジア杯を纏める素晴らしいビデオを作ってくれた sonarediter 氏が女子ワールド杯についてもすぐさま美しい作品をアップしてくれましたので,ここにも embed しておきます。
 

 
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付記:

どこかの文学者知事が,ワールド杯・日米決勝戦を前にした会見で,次のように語ったらしい:「俺なんか古い人間だから65年の遺恨というのがあるわけだよ。戦にやぶれてからの。とにかくコテンパンにやっつけてもらいたいな」。サッカーなどのスポーツの国際試合を「代理戦争」だのとカッコ付けて言うのが結構いるんだけど,ホント,ガサツな,vulgar な奴らだと私は思う。この文学者知事さんのようなガサツな国威発揚根性でサッカーを眺めているからこそ,中国,韓国のやるサッカーが,仮想敵国日本に対する単なるガサツな「怨恨的闘争」に堕してしまい,かつては自分の後ろを走っていた日本にいまや遠く追い越されてしまったのだ。そういうことが何故わからないのか。「代理戦争」— 言いたいことはわからないでもないが,こういう考え方は日本でも半世紀以上遅れている。スポーツは文化である。プレーの技術力,精神力は藝術にほかならない。(ダメです。頭を冷やしたつもりが...)
 

20110719-nadesiko-victory.png

World Cup Champion のこの記念すべき新聞報道は,ちゃんと保管してあります。

FIFA Women's World Cup Final U.S.A - Japan

PK での勝利。「思ったとおり」なのか,「信じられない」なのか。どちらでもよい。これは精神力の勝利。大和撫子らしく,耐えたという試合。いや,おめでとうございます。澤さんて,この人いったい何者なんでしょうか。

FIFA Women's World Cup Sweden - Japan

日本が強豪スウェーデンに勝利してファイナリストとなりました。サッカー・ワールド杯の決勝トーナメントは,一試合一試合がプロ野球一年分の重みを持っている(と,私なんかは勝手に思っている)。プレッシャーのかかる試合でミスから先制されながら逆転で勝利した精神力が頼もしかった。信じられない。決勝戦は,いままで勝ったことのない米国。この上もない舞台となった。

スピードもテクニックもフィジカルも経験もダントツに日本に勝る米国。ここは日本チームは若さと敏捷さで消耗戦に持ち込んで(米国チームの選手は年寄りが多い),あわよくばドイツ戦のような一瞬の隙をついたゴールで勝つ,あるいは PK 戦で精神力で勝利を拾う,そうあってくれればと願う。FIFA World Cup で日本のナショナルチームが杯を掲げる場面を見ることができるならば,阪神タイガースがこれから 30 年間最下位でもよい。うわぁ,ホント月曜未明が楽しみになって来ました。

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菅総理が「脱原発」を表明して話題を呼んでいる。フィージビリティなぞ全く考えず,どのような課題を見越し,どのような筋道を考え,どのような見通しのもとに発言しているのか,全く感じられないこの軽口。どうしようもない人だと思った。閣僚からも批判を浴びる始末である。でも,この発言はそれなりに評価してよいと思う。今回の福島の原発事故で,原発というものが停止させることすら難しいことが明確になり,誰も安全だとは信じられなくなったのだから。

原発をいまだに推進すべきと考えている人を私は信じられない。住んでいた場所にもう二度と戻れないかも知れない福島県民の身になってみると,いまや「推進」なんてとても是認できない。この後に及んでまだ安全だと主張するなら東京の新宿御苑あたりに原子力発電所を建設すればよいのだ。もちろん電力供給能力確保のためにはいま現時点ですぐ全廃するなんて非現実的ではあるけれども,方向性としては菅総理の言うように「脱原発」(「廃」ではなく,エネルギーの技術革新を進めながら少しずつ行う「脱」)でよいと思う。

FIFA Women's World Cup Germany - Japan

10 日未明に行われた,ドイツ女子ワールド杯サッカー準々決勝ドイツ VS 日本戦は,日本女子サッカー界にとって歴史的な一戦となった。私は独りテレビの前で — 当然ながら缶ビールを手にしつつ — 観戦していた。眠気も吹っ飛ぶ凄い試合であった。

先日のイングランド戦で気迫のいまひとつ感じられないへんな負け方をしていたし,ワールド杯二連覇中しかもホスト国の強豪ドイツが相手の完全アウェイのなかなので,正直,私は日本が目も当てられない惨敗を喫するのではと予想していた。しかし試合がはじまって,なでしこ達がイングランド戦とはまったく違っているのに眼を見張らされた。凄まじい気迫。前線からの激しいプレスと玉際への集中力とで,これじゃ 90 分間もたねぇと心配になって来た。ところが後半に入ると,日本のボールポゼッションと,素早いパススピードと,なかなか先制点が入らない焦燥感とで,逆にドイツ選手の方が体力的・精神的に消耗していることがありありとわかり — その紛れもない徴候がファールを期待する転倒の多さであって,これをやりはじめるチームは集中力が散漫になってしまい勝てない,というのが私の見方だったのである —,こりゃもしかすると日本にも勝機があるかも知れないとほんの少しだけ期待が出て来た。ほんの少しだけ。

延長後半 3 分,走り出した丸山選手をきちんと見ていた澤選手がウラへ絶妙なパスを出す。左サイドから安藤選手が中央に走り込んでいたが,「自分で行け! 自分で!」と私は大声を張り上げていた。丸山選手は,彼女に取っては唯一といっていいシュートチャンスをきっちりモノにした。元女子日本代表の NHK 解説者が解説者らしからぬ金切り声で「カリナー(丸山選手の名前),カリナー,カリナー,カリナー,入ったー!」と喚き散らしていたのが印象的である(この人の解説はなにがなにやらさっぱり意味不明であった)。しかしながら,ドイツの選手もこの疲労感絶頂の時間帯で絶体絶命の先制点を許しながら,プッツンと切れてしまうことなく,冷静に猛攻を仕掛けて来る。さすがドイツ。その後の 10 分あまりはハラハラドキドキ。日本はハッキリしたクリアをしまくり,そのたびに流れが断ち切られ時間が過ぎ,相手からすればコノヤローモードで冷静に時間を埋めていった。終了の笛がなり無失点で勝利した瞬間は「信じられん」を繰り返しておりました。NHK の実況アナウンサー(有名な人である)の声も,歓喜で裏返っていた。

こういう試合を観ると,強い相手に対しては,高速パスを基本に守備意識を高くもって少ないチャンスに攻撃の集中力を絞るスタイルしかないなぁと納得してしまう。後半早々,エース永里選手を交代させたのは,守備と攻撃の切替えの運動量が足りなかったところを佐々木監督が敏感に見切ったからである。その采配が決定的な結果をもたらしたわけだ。さすがだと唸ってしまった。男子 A 代表と比べると,なでしこジャパンはディフェンダーの運動量が凄くてしかも基本に忠実であって,私は彼女達の強さはやっぱり後ろの四人にあると思う(キーパーの判断がちょっと遅いのが問題だけど)。次の準決勝は,これまたガタイのでかい強豪スウェーデン。しっかりとコンディション(もうここまで来たら選手のコンディションがすべてである)を整えて同じような試合運びが出来れば,勝機はあると確信している。イングランド戦ではどこか心によくない余裕があって引いてしまったけれども,このドイツ戦での勝利でもう同じ轍を踏まないだろう。

追記:澤選手がドイツのでかい選手にヒールでアソコを蹴られて猛烈に苦しんでいた。サッカー選手に蹴られちゃ,ボクサーにストレートを喰らうのと同じだ。私も股間を蹴られてぴょんぴょんもがき飛んだ経験があるが,女性もあれほど苦しいのかとゲビた興味を掻立てられた。幸いというか執念というか,その後澤選手はピッチに復帰し,果たして素晴らしいアシストをやってのけた。前回・北京での敗退時の彼女の悔しがる姿が目に焼き付いているだけに,いっそう今回の勝利には値打ちがある。それにしても,弱小だったなでしこジャパンがなぜここまで強くなったのか。あの高速かつ正確なパスサッカーは,対戦相手にとって恐らくもっとも怖いサッカースタイルである。10 年くらい昔は中国にも勝てないくらいだったのだ。それを痛いほど知っているだけに,私はこの強さをまだ信じられない。

東北大震災のクライシスのあと,あまりにショッキングだったせいか,思うところがあり,ロシアの詩人,アレクサンドル・プーシキンが 1833 年秋に書いた叙事詩『青銅の騎士 — ペテルブルク物語』— А. С. Пушкин «Медный Всадник - Петербургская повесть» を再読した。本作品は,ソヴィエト科学アカデミー版プーシキン全集で,タイトル頁等のスカスカ頁を含めても,たった 16 頁しかない叙事詩(題に『ペテルブルク物語』とあるように,いわゆる叙事詩とは距離をおいた新しいジャンルを作者は意図しているのではあるが,作品全体が四韻脚弱強格の韻文で書かれている。「詩」というものに「美辞麗句」や「型に嵌った紋切型」のようなことしか連想しない現代の小説読みにはわからない,構造的ダイナミズムがあるのだ)である。朗読しても 25, 6 分。なのに,恐るべき傑作として世界文学史上に輝いている。

主人公・エヴゲーニイは,地位も金もない入庁三年目のペーペー公務員である。神に知恵と金を授けてもらってそれなりに独立と名誉をかち得て,恋人と結婚する,ささやかな家を設けて平和に暮らす,ともに老いてともに墓に入る,孫たちに弔ってもらう — 彼の思いはそのようなものだった(「結婚? 俺が? もちろんそれは重荷だ,でも俺は健康だし夜昼働くつもりだ。世の中にはバカで怠け者のくせに楽チン生活しているシアワセな奴がいるじゃねぇか,いったい何なんだ!」— エヴゲーニイのこの独り言,なんと身につまされることか)。この叙事詩の主人公はまさにこのような善良な小市民である。ところが,彼は,1824 年 11 月にペテルブルクで発生したネヴァ河の大氾濫のために,恋人を失ってしまう。家屋が流され死体がごろごろ転がる氾濫の恐ろしい傷跡を目の当たりにした主人公は,発狂し,恐ろしい記憶に苛まれつつ,我が身を引きずるようなホームレス生活を送る。時が経ちある秋の夜(おそらくは 1825 年 11 月,デカブリスト蜂起失敗の直前だ)埠頭で寝ていると,雨と風の音のなかで呼び交す哨兵の声で,突然あの洪水の日をまざまざと思い出す。気がつくと彼は元老院広場に佇んでいる。目の前にはピョートルの記念碑・青銅の騎士像。主人公は洪水の大量死を,このペテルブルクという都市を海辺に建設したピョートル大帝の幻影に結びつける。「この野郎,思い知らせてやる!」と悪口雑言を騎士像に浴びせる。するとブロンズ像が恐ろしい形相で彼を睨みつけ,馬を駆って彼を追いかけてくる。主人公は逃げ回り,その果てに野たれ死ぬ。彼の死体は死んだ恋人の壊滅した家の敷居で発見され,無縁仏(ロシア語では「神のために」)として葬られる。

『青銅の騎士』の筋書きはこのようなものである。東北大震災の津波の大惨事を見た者には,この作品の悲劇性を共有しないではおれないはずである。偕老同穴・孫に弔われるという夢が,洪水で壊滅した家という死に場所を恋人と共有し「神のために葬られる」姿に終わるというあまりに残酷な皮肉 — 涙を禁じ得ない。とはいえ一方で,エヴゲーニイがピョートルの幻影に天災の不幸の責めを負わせてしまう筋書きは,内在的論理抜きにそれだけを単純に眺めると,東北大震災の責任を菅総理あるいは政府に転嫁するようなただの短絡バカにしか見えないかも知れない。オマケに叙事詩の主人公というものは貴族階級のエリート的英雄こそが相応しかったのに,『青銅の騎士』では主人公は我々のようなどこにでもいるただのパンピーであって,いよいよ喜劇的バカに見えてもおかしくない。しかし,天災発生の結果,原子力発電所で事故が起こり,このため多くの市民・家族の生活が破壊されたとなると,話は別である。ここには何か深遠な問題 — エネルギー確保と核技術の維持という国家の論理と国民生活との調和という大問題 — が立ち現れる。現在,日本人だけでなく世界中の人々が原発問題を議論している次第である。よく読むと『青銅の騎士』でもエヴゲーニイと青銅の騎士像とのコンフリクトにおいてこれに類する国家権力の問題提議を読み取ることができ,それゆえにこそ,この現代に読んでも,この作品の厳粛で悲劇的な物語性に唸らされるのである。私は認識した,青銅の騎士は現代の原発であり,エヴゲーニイは現代の日本国民である,原発の恐怖に我を失って巷を彷徨するエヴゲーニイたちがいま東北地方に大量に出現しているに違いないと。

今回の再読で,私はいくつか発見をした。この作品にヨハネ黙示録の神話的物語構造が認められること(ネヴァ河氾濫災害の発生はロシア暦 1824 年 11 月 7 日,つまりヨハネ黙示録に登場する大天使ミハイルの日の前日である,青銅の騎士は「蒼白い馬に乗る騎士」のイメージがある,等々); そして聖書的物語構造に立脚するがゆえにこそ,しがないパンピー主人公がイエスと関ったペテロのごとき大きな「振子運動」(エーリッヒ・アウエルバッハ)を起こして神的なまでの悲劇的昇華を果たすこと; 発狂したエヴゲーニイが青銅の騎士に追いかけられる筋書きには,秘密警察による監視・追及の寓意が付加されていること(騎士像を囲む格子に顔を押し付けるエヴゲーニイの描写は,牢獄の鉄格子に捕われる姿の寓意である。この作品にはスパイ小説のような魅力もあるのだ); エヴゲーニイの元老院広場での反抗と挫折にはデカブリスト蜂起が暗示されていること(場所と時がそれを如実に示している); 『序』のペテルブルク(「ピョートルの都市」)の旧世界には漁師であったペテロ(ロシア語でピョートル)の居住地という表象があること(聖書的神話構造の一要素); ペテルブルクという都市とエヴゲーニイの葛藤は『エヴゲーニイ・オネーギン』八章におけるタチヤーナとオネーギンの葛藤の問題論の継承であること; などなどについて,かなりの確信が得られた。一部は前から考えていたことである(ここにも少し書いた)。ここでグダグダそれらの論証を綴ってもしようがない。きちんと文献学的に検証して論文の形にしたいと思い,いま参考文献を漁っている。そして,プーシキンというロシアの古典的作家の偉大さに,改めて恐れおののいているところである。いまの私の流行語は Ужо тебе!(ウジョー・チビェー!=この野郎,思い知らせてやる!)。ニュースで民主党政権のお笑いを見るたびにこれを発しているんである...

グリーンカーテン

震災の後の原発問題等を受け,電力供給の危機的事態が続き,節電が行政による強制にまでになっている。日本国民総節電モードである。暑がりません復興までは。ぜいたくは敵だ。ま,これくらいならいいかと。私の会社も輪番制を実施した。工場も建物にグリーンカーテンを施し,温度低下を少しでも実現しようとしている。

ってなこともあり,先日,我が家でも流行に乗って小さなグリーンカーテンを設置いたしました。私の好きな朝顔などを植えたんである。いま芽が出てちょっと楽しみ。グリーンカーテンの網を張っていたら,自転車置き場になんとゴマダラカミキリが出現。なんと珍しく懐かしいこと。私の子供のころは,イチジクの木に必ず一匹か二匹,見出すことができた。つい最近はとんと見なくなった大型の甲虫。しばらく眺めて楽しんだ。
 
20110625-greencarten.png

下付ルビ

芭蕉俳句に関する文書を epLaTeX で作成していて,岩波文庫『芭蕉俳句集』p. 47 に出て来る「闇夜きつね下はふ玉眞桑」(妖気漂う闇の夜きつねが好物の真桑瓜に忍び寄る。男の少しおどろな夜這物語の風情がある句)をどう組むか悩んだ。この句は,「闇夜」の右側に「ヤミノヨト」,左側に「スゴク」とルビが振られていて,「やみのよとすごくきつねしたはふたままくは」と読む。「やみのよとすごく」と二度読みする(音で読んだものをさらに訓で読み下す)こういう漢文訓読法を「文選読み」というそうである。右側のルビは通常のルビ付けマクロを使えばよいが,左側に — 横書きスタイルなら下側に — ルビを付加する命令は,聞いたことがない。そんなに難しくなさそうなので,マクロを書いてみることにした。下付ルビ命令 \uruby の定義は以下のとおり。

\newcommand\uruby[3][0zw]{\leavevmode
  % 親文字とルビの寸法を取得
  \setbox0=\hbox{#2}\setbox1=\hbox{\tiny #3}%
  % 幅の大きいほうの寸法を \dimen0 に格納
  \ifdim\wd0>\wd1 \dimen0=\wd0\else\dimen0=\wd1\fi
  % \dimen1 に「ルビ高さ+深さ+間隔値」(下にずらす量)を設定
  \dimen1=\ht1 \advance\dimen1 \dp1 \advance\dimen1 #1\relax
  % \dimen0 の幅で親文字を出力し,ルビを \dimen1 寸法だけ下に下げる
  \hbox to\dimen0{\hfil#2\hfil}%
  \kern-\dimen0\raise-\dimen1\hbox{\vbox{\hbox to\dimen0{\tiny #3}}}}%
20110702-uruby.png

\uruby[間隔値]{親文字}{ルビ} の書式で使用する。「間隔値」とは,親文字の下へのルビの移動量「ルビ文字の高さ+深さ」をさらに増量させたいとき,その寸法値を指定する。通常のルビ命令は奥村先生の okumacro.sty に定義されており,これと併用すれば課題は解決できることになる。例を以下に示す。

% -*- coding: utf-8; -*-
\documentclass[12pt]{tarticle}% 縦書き
\usepackage{okumacro}% 奥村先生のマクロ集
% 下ルビ命令: \uruby[間隔値]{親文字}{ルビ}
\newcommand\uruby[3][0zw]{\leavevmode
  \setbox0=\hbox{#2}\setbox1=\hbox{\tiny #3}%
  \ifdim\wd0>\wd1 \dimen0=\wd0\else\dimen0=\wd1\fi
  \dimen1=\ht1 \advance\dimen1 \dp1 \advance\dimen1 #1\relax
  \hbox to\dimen0{\hfil#2\hfil}%
  \kern-\dimen0\raise-\dimen1\hbox{\vbox{\hbox to\dimen0{\tiny #3}}}}%
\makeatletter
\def\kanjistrut{\vrule \@height0.66zw \@depth0.12zw \@width\z@}
\makeatother
\begin{document}
% 『芭蕉俳句集』岩波文庫,p. 47.
\uruby[4pt]{\ruby{闇 }{ヤミノ}\ruby{夜}{ヨト}}{スゴク}きつね下はふ玉眞桑
\end{document}

奥村先生の \ruby 命令は,縦書きスタイルで使用するとルビが少し右に離れすぎてしまう。これは親文字とルビとの間に噛ませた箍 \kanjistrut を調整すればよい。また \uruby も縦書きのときは「間隔値」を指定して,もう少し左に(つまり,横書きスタイルでは下に)ずらずようにした方がよい。上記の原稿ではこの二点の調整を行っている。処理結果は右図のとおりである。

俳句翻訳・なでしこ凄い

米国ミシガン州在住のロシア人女性からメールをもらった。彼女とは Facebook 繋がりなんである。海外の俳句・短詩集を出版し,その売上げ全額を日本の震災被災地に寄付しようというプロジェクトが進行しているという。Prayer for Japan。ありがたいことである。その詩集には英語の詩への日本語訳も付けることになっているらしい。メールは,その翻訳の一部を私に依頼するものだった。全額寄付のプロジェクトなので皆ボランティアで参加するそうである。「もちろん,よろこんで協力します」と私もお返しした。そして,先ほど 10 句くらいの翻訳をして,送付したところである。

女子サッカー・ワールドカップが開幕した。日本チームは,先日はニュージーランド,今日はメキシコに勝利して,早々に決勝トーナメント進出を決めてしまった。澤選手のハットトリックは凄かった。釜本選手の国際マッチ・ゴール記録を抜いたらしい。この大ベテランはどこまでもどこまでも先に先に行ってしまう。男子とは違って「優勝」が絵に描いたモチではないところがなでしこの凄さである。ああ,しばらく楽しみが続きます。

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ISAO YASUDA。システムエンジニア。神奈川県在住。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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