2011年9月Archives

野崎昭弘『詭弁論理学』

月末の今日,定時になってから勤務届け等の事務処理をした。メーカー勤務なので作業票という作業実績記録も締めなくてはならなかった。メーカーでは普通,開発/製造作業の契約単位で管理番号を振ってその費目に原価を計上して収支の管理を行う。作業員は当該契約にかかわる仕事をした分だけ作業時間を作業票に記録し — これを「投入」と呼ぶ — 原価管理を行うのである。税務署もこの記録から申告が健全かどうかをチェックする。「契約納期は三末なのに作業票が何で四月にも投入されてんの? この契約,赤字だね。ん,アンタんとこ前年度苦しかったから今年度に原価ずらしたんじゃねぇの? これ,立派な税法違反だよ!」てな具合に経理部は国税に虐められるんである。作業票は当然勤務時間と整合が取れていなくてはならない。月末はそれを締めなくてはならず,私のような管理者は部下の作業票をもチェックして,変化する原価状況を把握しなくてはならない。

このブログでは私は,意識的に,仕事については触れないようにしている。ここだけの話,2011 年度下期,つまり 10 月 1 日から私は別のプロジェクトを取纏めなければならなくなった。要するに仕事が変るわけである。来期,四年レンタルで百億の官庁入札案件を抱える新プロジェクトは責任重大。久しぶりに大きな官庁の国家公務員とお付き合いするのかと思うと,少々緊張しているところなんである。だからこれまでの仕事も終わり,事務処理も完了したところで,ヒマこいた私はちょっと Web を見た。もう勤務届けを締めたのでここからは遊び。ホントは,業務にかかわりのないサイトを会社の PC で閲覧するのは禁止されているのだけれども,ま,管理職の私だって,常識の範囲ならと少しくらい社規を逸脱することはある。

Yahoo! のニュースを見てしまう。AFC チャンピオンズ・リーグ,全北現代 VS セレッソ大阪の試合で,韓国のサポータが「日本の大地震をお祝います」なる垂幕を掲げた。それが大いに騒がれている。全北現代サイドがこの行為をしたサポータを特定して法的対応を検討中とのニュース。この問題はサッカーファンなら知らないものがないと思うが,私はここまで騒がれるとは思っていなかった。ま,「バカは世界中のどの国にもいる」からである。そんなことでいちいち目くじら立てていたら市民生活は送られない。でも,震災をネタにしやがったこの悪意ある行為は,さすがに日本人の琴線に触れたようである(私の琴線には触れなかった。ただのバカが何をやらかそうがどうでもよいからだ。バカ同士,お互い,袋叩きでもやり合えばよい,くらいの受け止めだったのである)。そして韓国の普通の人たちはというと,「国の恥」だと考えたようである。これに関してまた別のニュース。今日になってこの愚かなサポータが全北現代に名乗り出て日本国民と韓国サッカーファンに謝罪したそうである。これはこれで潔い。なら,いいじゃないか。

この Yahoo! ニュースについたコメントに「だから韓国人は卑劣なんだ」みたいなのがあった。ベガルタ仙台の外国人選手に対して差別的ヤジを飛ばしたガンバ大阪日本人サポータは,じゃなんなんだ? こいつらが名乗り出て謝罪したという話は聞かない。この Yahoo! コメンタ・タイプの,論理学を超越した完全バカが多いのが,日本のネット住民の特徴である。人の不幸を喜ぶ者は卑劣である。韓国人は震災の被災者を侮辱する示威行為をした。ゆえに韓国人は卑劣である。この手のものすごい帰納法がまかり通り,便所の落書きのように書き散らされ,しかも「そう思う」の大量クリックを獲得しているのである。中国の話題についてもこれとまったく同じ。「だから中国人は民度が低い」だと。それゆえにネット・ニュースを見ていると世の中にはホントくだらない,疲れさせられるろくでなしが多いと思ってしまう。

仕事で顧客にどやされ,部下のヘマに気が狂いそうになり,私自身の管理不良で数千万の赤字を出し,社内外から締め付けを食らっても,仕事はやっぱりそれなりに面白い。知らないところで起きる事件についてあれこれ書き立てているネット・ニュースの抽象性に比べれば,仕事は「あのお客さん,オレに消えて欲しいと思っているようだな」みたいな強烈な感覚を味わうことができる現実なんだ,と私は安心してしまうんである。それでも先行きの重い仕事を想像していろいろと不安になることもある。

今日も帰りは霞ヶ関から新橋まで歩いた。健康のためというのもあるが,やはりラッシュの混雑から少しでも逃げ出したいという気分もある。それにしてもだな。歩きながら思い出す。Yahoo! ニュース,そのコメンタのバカぶりに疲れさせられながらも,やっぱり懲りもせず見ていたら,人権侵害救済法案,外国人参政権が可決されそうな情勢にグダグダ管を巻くコメントなども見せつけられた。「スパイ防止法がない日本は亡国の途を行く」などという,これらの法案となんの関係があるのかと思わせるようなものもあった。自分の身の周りのことをもっと心配したらどうかね。アンタ,自分の生活の周りの親戚・友人のなかに人権侵害救済法や外国人参政権のために苦しむ人が出て来そうかね? アンタの周りで「スパイ行為」とやらを目にしたのかね? 私はこういう,仕事をせず昼間からパソコンの前で平和な無為に耽りながら,常に「非常事態モード」でしか物事を見ない人,気に入らない人間を「売国奴」呼ばわりすることしかできない人(これが私の Yahoo!「ネット『右翼』」の代表的イメージである)が,ホント,哀れである。アンタの望み通りスパイ防止法とやらができたら,アンタらの英雄 sengoku38 みたいな奴が真っ先に塀の向こう側に送られるってことがなんでわからないの? 自分自身,自分の周辺で起こっている「日常」における,アンタの本当の悩みはいったい何かね? ところで,「世の中の人間は売国奴かそうでないかの二種類である」という発想は,論理学においては「二分法」という。幼児的世界観の特徴である —「イイモン」or「ワルモン」。わかりやすいというわけである。

どうしてこんなに仕事が見つからないのか。どうして仕事をする前に通勤ラッシュで身を削らなくちゃいけないのか。通勤ラッシュをなくせないか,和らげられないか,お年寄りや身体障害者でも通勤時間にラクに電車に乗れるようにできないか。そんな — つまらないかも知れないが — もっと身近な問題に目を向けられない「政治的」バカがこの国には何でこうも多いのか,とそんなことを反芻しながら歩いた。スパイ防止法制定を急げ,だって? そんな「非常事態」については公安警察官,自衛官,外務官僚などの公務員が考えることであって,われわれパンピーはわれわれの「日常」の悩みを国に訴えるべきではないか。われわれの生活が「非常事態」に晒されないように,彼ら公務員の活動を叱咤激励することのほうが大事ではないか?

とまあ,バカなことを考えながら,新橋三丁目の交差点で信号待ちをしていた。と,そこで「おい,小池!」という大声がした。振返ると,警官が走り寄って来て,私のスーツの袖をつかんで「小池だな,交番まで来い」と迫る。「えっ,またかよ!」と既視感に囚われ,私はその気もないにもかかわらず,彼を振り払って逃げ出していた。昔,十年以上前,主任だったころ,実務能力の高い二人の現場公務員を接待して豪遊させたことはある。彼らに新宿ニューアートのストリップを観せ,歌舞伎町のキャバレーで女を抱かせ触らせ浴びるくらい呑ませ,そのあとお持ち帰りもさせてやった。ハラの痛まないカネで。たしかに今なら公務員倫理法違反だ。でも,オレは小池じゃねぇ! 人殺しはやったことはねぇぞ! 石川知裕衆議院議員有罪判決のさっき見た Yahoo! ニュースを思い出していた。そうだ,この国では根も葉もないことで人が逮捕され,しかも検察の言いなりの無責任裁判官に有罪を宣告されることがある。調書にこう書いてあり被告のハンコも押されている。よって有罪!? — 前提に従う推論としては正しくても前提そのものが誤りの場合がある,とは論理学の教えるところ。この裁判官,名前は,そう,東京地裁・登石郁朗さん,だったかな,覚えておいたほうがよさそうだ。オレも同じように殺人犯に仕立て上げられるのか? ってわけで私は逃げ出していたのだ。

烏森神社入り口にある立呑屋に逃げ込んだ。やっぱり既視感があった。コユキがハイボールを差し出してくれた。角瓶ではなくトリスのハイボール。「赤ちゃんが生まれますので,もうこれっきりです。だから今日はサービスでタダにしますね」とコユキ暢気である。私はあんまり彼女の言うことを聞いていなかった。彼女の前の俎に,丸善で頸動脈を切られて殺されたあの若い女の血みどろの生首と,檸檬とが置いてあったのだ。ああ,このコはあの老害・中年女にいまや四肢からも切り離されて... 可哀相に... と,彼女の頸を掻き切った張本人である中年女が,ドギツイ若作りをして端の席で,— 立呑屋なのに — ロマネ・コンティのヴィンテージ・ワインを旨そうに飲んでいやがる。そして私のほうに目を向けて「煙草はご遠慮していただけます? ここには妊婦さんもいらっしゃるんですから」と説教をした。「ここはヤベェ」と私は千円札を血みどろ生首女の口にねじ込んで,店を抜け出た。

ニュー新橋ビルに逃げ込む。このビルはちょっと変った形をしていて,新橋駅前の目立つ建物になっている。昔,そごうデパートだったところだ。デパートが潰れ,いまや雑居商店ビルになっている。古めかしい。階段にその薄汚さがよく顕われている。電車男御用達のような鉄道マニヤの店あり,昭和四十年代かと思わせる古色蒼然とした喫茶店あり,安チケットショップあり,古銭ショップありで,なかなか昭和の風情のあるビルなんだけど,テナントの半分はシャッターが降りていて寂れ感がひどい。四階以上のフロアは雀荘ばかりなんである。「健全な麻雀を心がけています」という貼紙がビルの外側から見えたな。「健全」って何? 賭けではなくゲームを純粋に楽しむってことか? それとも,金銭的スリルのない不健康なバクチはやりませんってことか? 気が付くと私は,その昭和な雀荘のうちのひとつに逃げ込んでいた。なぜかすでに雀卓を囲んでいた。対面に袴田吉彦が座っていた。聞いてもいないのに「カイ,と呼ばれています」と自己紹介。そのとなりには元プロレスラーの高田延彦。「土偏に鬼と書いて塊だ」とひとこと。下家には — 思った通り — 下元史朗が座っていて,「にいさん,レートは2の2・6の十万ビンタでいいか?」と凄んでいた。私はそこにも長居はしなかった。東風戦一局目の第一打で私が九ピンを切ったら,塊が「御無礼!」と言ったのだ。私は一枚目の捨て牌で国士無双,しかも人和を放銃してしまったのである。塊がひとこと:「それがいまのアナタの『流れ』です」。呆れてモノが言えなかった。ここにも論理学を超越した人たちがいることに。塊に 60 万円,高田と下元にそれぞれ 11 万円を即金で支払って,入って 5 分もしないうちにその雀荘を出た。どこからカネが出て来たんだ? バクチは現行犯じゃなければ逮捕されないはずだったっけ? いかん,逃げなくちゃ。新橋駅から横須賀線に乗った。

ふっと気付いたら目の前に数式があった。

 数学的な例では,次のような式がよく知られている。[ ... ]
   y=x2+x+41
 簡単な計算でわかるように,
   x=0 とおくと,y=41
   x=1 とおくと,y=43
   x=2 とおくと,y=47
 となり,y の値はいつでも素数になる。ゆえにこの式の x に,整数値を代入すると,いつでも素数になる(!?)。
 [ ... ] 参考までに,x を 0 から 39 まで動かしたときの y の値を表 [ 省略:私註 ] にしておくが,これらは全部素数である。[ ... ]
 だからといって,さっきの式が「いつでも素数になる」という保証はない。実によくできている式ではあるが,x が 40, 41, 44, 49 などのとき,y は合成数となる。こういう例もあるのだから,絶対に誤りのない判断を下そうとすると,油断は禁物である。
野崎昭弘『詭弁論理学』中央公論社,1976 年,pp. 84-6。

どうもこのところ私はエロ本,エロ映画ばかり食べていたからか,久しぶりに硬そうな本を噛み砕いているうちに,帰りの横須賀線のなかで少しウトウトしてしまったようである。ま,世の中,バカも多いが,賢い人もたくさんいる。そういう人たちの書いた本を仕事の合間に読むことが,精神の安定を生み出す。

野崎さんの『詭弁論理学』には,このほか,「媒概念曖昧の虚偽」の例として,次のような英語の三段論法ジョークが紹介されていた。

Nothing is better than my wife.
A penny is better than nothing.
Hence a penny is better than my wife.
同書,p. 94。
   

帰宅して Web の麻雀ゲームをしたら,国士無双を上がりました。これは何かの暗合か。
 

20110930-kokusimuso.png

FreeBSD メモリディスク

misima 旧仮名遣い・旧字変換サービスは大量の辞書を読み込む。高速化のためには出来る限りファイル入出力のオーバヘッドを減らしたい。そこでサイト運用において FreeBSD のメモリディスクに辞書などの misima リソースを格納して,インコアで処理できるようにしている。FreeBSD メモリディスクとはメモリに割り当てられたファイルシステム機能であり,昔の所謂 RAMDISK というのか,HDD に比べて高速なメモリにファイルを割り当てるものである。以下,そのオペレーションのメモ。

misima の辞書等のリソースは一式 /usr/local/etc/misima ディレクトリ下に格納している。だいたい 5MB 程度である。この容量をもつファイルイメージでメモリファイルシステムを生成しマウントする。

# [1] mkdir -p /usr/local/etc/misima
# [2] cd /tmp
# [3] dd if=/dev/zero of=newimage bs=1k count=5k
# [4] mdmfs -F newimage -s 5m md0 /usr/local/etc/misima
# [5] cd ~/src/misima/etc/
# [6] tar cf - . | ( cd /usr/local/etc/misima; tar xvf -)

[3] でまっさらな 5MB のファイル newimage を作成し(名前は任意。dd コマンドでゼロを 5MB = 1,024 x 5,120 バイト分書き込んでいるだけである),[4] でこれをメモリディスクデバイス md0 として /usr/local/etc/misima にマウントしている。もちろんこの時点で中味はまだ何もないので,[5][6] のように,開発ソースディレクトリから辞書などをコピーして準備完了となる。mdmfs コマンドの日本語マニュアルはここを参照。

mount, df コマンドで確認すると,以下のような表示がされるはずである。

# mount
......
/dev/md0 on /usr/local/etc/misima (ufs, local, soft-updates)
# df -k
Filesystem  1024-blocks     Used     Avail Capacity  Mounted on
......
/dev/md0           4718     3608       734    83%    /usr/local/etc/misima

メモリ上のファイルシステムなので,当然ながらリブートすると跡形もなく消え去ってしまう。misima サービス起動時に上記オペレーションを自動的に実行するようなシェルスクリプトを書いて,運用するとよい。5MB くらいならキャッシュに入ってるって? ま,そうなんだけどね。

FreeBSD 8.2-RELEASE HDD 増設

SATA-HDD を FreeBSD 8.2-RELEASE に追加してみた。disklabel コマンドが最近の FreeBSD では bsdlabel コマンドに変更されているなどのおかげで手間取ったが,何とか増設できた。備忘録を残しておく。ただし,以下はコマンドラインからのオペレーションによって増設 HDD をまるごと一ファイルシステムとして追加する方法である。FreeBSD 初期インストール時は,sysinstall (FreeBSD の標準インストーラ) で HDD を初期化するほうがよいと思う。

増設 HDD がどのデバイスで認識されているか /var/run/dmesg.boot を確認する。私の場合,ad6 で認識されたようである。ちなみにブートパーティションのあるメイン HDD のデバイスは ad4 である。

ad6: 476940MB <SAMSUNG HD501LJ CR100-10> at ata3-master UDMA100 SATA

スーパユーザで,このデバイスを初期化し(dd),標準的ディスクラベルを書き込み(bsdlabel -w),ファイルシステムを生成し(newfs),最後にマウントする(mount)。マウンティングポイントは /disk としておく。

# dd if=/dev/zero of=/dev/ad6 bs=1k count=1
# bsdlabel -w ad6
# newfs /dev/ad6a
# mkdir -p /disk
# mount /dev/ad6a /disk

newfs コマンドで指定している ad6a/dev/ad6a% が存在していたので,これを使った。

マウントがうまく行けば,/etc/fstab にもエントリを追加しておく。

# Device    Mountpoint      FStype  Options         Dump    Pass#
/dev/ad6a   /disk           ufs     rw              2       2

NFS で他の PC からも参照するのであれば /etc/exports にもエントリを追加しておく。

/disk  -alldirs  -network 192.168.1.0 -mask 255.255.255.0

指定内容は割愛。man exports で確認してください。

Burning DVD-R on FreeBSD

備忘録。

/shared/dvd 下に焼きたいファイルを格納しておく。

# cd /shared
# mkisofs -U -R -o dvdimage.iso ./dvd
# growisofs -dvd-compat -speed=4 -Z /dev/cd0=dvdimage.iso
 

【注意事項】

1. 容量は 4GB 程度以下にしておく。
 これを超えるデータは split で分割しておく。
 # split -b 4000000000 bigdata split-20110925-
 --> split-20110925-aa split-20110925-ab ... に分割
 復元: cat split-20110925-aa split-20110925-ab ... > origdata

2. /usr/ports/sysutils/dvd+rw-tools 前提

3. ATAPICAM モジュールを有効にしておく。
 kldstat で atapicam.ko があれば OK。
 なければ kldload atapicam でロードしておく。

Subversion post-commit

FreeBSD サーバ beatrice 復旧がやっと終わったと思ったら,バージョン管理システム Subversion の commit がエラーになってしまった。サーバに Subversion のリポジトリがあり,クライアント PC から自作プログラムや Web ページのバージョン管理を行っている。Web ページについては commit (新バージョンの登録) 操作を行うと,Subversion の post-commit スクリプト(commit の延長で実行される Subversion の付加スクリプト。これを改造して独自処理を追加できる)により,新しい HTML を Web 公開ディレクトリにコピーし,namazu 検索インデックスを更新する,という一連の更新作業を自動的に行うようになっている。

エラーはこの実行環境を復旧し忘れていたためだった。このリカバリには少し悩んだ。自分で組込んだのにその仕組みを完全に忘却してしまっていた。メモを残しておかないとこういうハメになる。そういうことで,改めてここで記しておくことにする。

自動更新の手続きは次のようなものである。

  1. post-commit スクリプトは Web ページ更新シェルスクリプト webupdate スクリプト(自作)を呼び出す。
  2. webupdate は作業ユーザ user のホームディレクトリにある Subversion 管理下の Web サイトソースにおいて,svn update を実行し,新しい版を取り出す。
  3. webupdate は,前回 Web 更新実行時刻のタイムスタンプをもつタイムスタンプファイルよりも新しいファイル群だけを纏めて一時アーカイブファイルを作成する。
  4. webupdate は Apache22 ドキュメントルートにおいて一時アーカイブファイルを解凍し,公開 Web ドキュメントツリーを更新する。
  5. webupdate はタイムスタンプファイルを現在の時刻で更新する(touch コマンドによる)。
  6. webupdate は namazu 検索インデックス更新スクリプト mkwebidx(自作)を呼び出す。
  7. mkwebidx は,前回インデックス更新実行時刻のタイムスタンプをもつタイムスタンプファイルよりも新しく,かつインデックス作成対象のファイル群だけを,namazu インデックス更新用作業領域にコピーする。
  8. mkwebidx は,コピーしたファイルのうち UTF-8 エンコード文書を EUC-JP にコード変換する(namazu が EUC-JP 前提のため)。
  9. mkwebidx は namazu 検索インデックス更新プログラム mknmz コマンドで検索インデックスを更新する。
  10. mkwebidx はタイムスタンプファイルを現在の時刻で更新する(touch コマンドによる)。

この手続きは Web 環境で実行されるため,ユーザ権限は www のパーミションである。しかし,一連の操作において user, root 権限が必要なオペレーションがあり,www がこれらに成り代わる仕掛けが必要になる。もちろん関連するリソースすべてを www の所有とすればよいのだけれども,その他運用事情で www 専用とするわけにも行かなかった。このため,スクリプト内で対話操作を実現するために expect を利用する。www ユーザが expect コマンドで他のユーザでシステムにログインしてその権限の必要なオペレーションを実行するわけである。expect は FreeBSD ports /usr/ports/lang/expectmake install clean を行い組込んでおく。

ただし,このためには www のアカウント設定を通常の nologin からログイン可能ユーザに変更しておかなくてはならない。www アカウント設定(vipw で編集)を以下のようにした。

www:パスワード:80:80::0:0:World Wide Web Owner:/nonexistent:/bin/tcsh

/nonexistent はもともとダミーなんだけど,www オーナで同名ディレクトリを作成しておく。これで一度,www ユーザとして userslogin しておき,ssh が通るようにしておく。

beatrice:/home/user % su -
xxxxxxx
# mkdir -p /nonexistent
# chown -R www:www /nonexistent
# exit
beatrice:/home/user % su - www
xxxxxxx
> slogin user@beatrice 
The authenticity of host 'beatrice (192.168.1.4)' can't be established.
RSA key fingerprint is 62:35:a2:d5:e6:20:8f:91:6e:ce:e6:d2:a4:2b:5c:a7.
Are you sure you want to continue connecting (yes/no)? yes
Warning: Permanently added 'beatrice,192.168.1.4' (RSA) to the list of known hosts.
Password: xxxxxx
beatrice:/home/user % 

post-commit スクリプトは,Web ページソースの Subversion リポジトリが /usr/local/var/svn/website/ だとすると,/usr/local/var/svn/website/hooks/ 下に格納する。

以下に post-commit を示す。Subversion によって,引数としてリポジトリディレクトリ名とリビジョンが渡されて起動される。このスクリプトは /var/log/svnupdate.log に実行ログを出力するようになっているので,あらかじめ www オーナ属性でこのファイルを touch しておく。

#!/bin/sh
REPOS="$1"
REV="$2"
LOG=/var/log/svnupdate.log
/bin/echo "*** post-commit STARTED at `/bin/date` $REPOS $REV" >> $LOG
/home/user/bin/webupdate >> $LOG
/bin/echo "*** post-commit ENDED at `/bin/date` $REPOS $REV" >> $LOG

以下に,順次実行される webupdate, mkwebidx の両スクリプトも掲載しておく。

#!/bin/sh
#
#   webupdate
#
#   * HTML install for Beatrice
#   * will be called by post-commit of Subversion
#   Copyright (c) 1998-2011, isao yasuda, All Rights Reserved.
#
DATADIR="/home/user/src/noxinsomniae"
STAMP="$DATADIR/stamp"
EXPECT="/usr/local/bin/expect"
echo "*** Web install start at `date` ***"
# 新しい HTML の取り出し
$EXPECT -c '
    set timeout -1
    spawn slogin user@beatrice
    expect "Password:" 
    send "xxxxxx\r"
    expect "% " 
    send "cd /home/user/src/noxinsomniae\r"
    expect "% " 
    send "/usr/local/bin/svn update\r"
    expect "% " 
    puts "End"
    exit
    '
# 更新ページのアーカイブ
cd $DATADIR
echo "*** $DATADIR archiving & Beatrice installing ..."
find -L . \( -newer $STAMP \! -name .svn \! -name prop-base \! \
    -name text-base \! -name props \! -name tmp \! -name all-wcprops \
    \! -name entries \! -name "*svn-base*" -type f \) | \
    xargs tar zcf /tmp/webarc.tar.gz
echo "*** archive gen done. *** "
ls -las /tmp/webarc.tar.gz
# 公開 Web ツリーへの展開
$EXPECT -c '
    set timeout -1
    spawn slogin user@beatrice
    expect "Password:" 
    send "xxxxxx\r"
    expect "% " 
    send "su\r"
    expect "Password:" 
    send "xxxxxx\r"
    expect "# "
    send "tar zxvf /tmp/webarc.tar.gz -C /usr/local/www/apache22/data\r"
    expect "# " 
    puts "End"
    exit
    '
echo "*** extraction done. ***"
rm -f /tmp/webarc.tar.gz
echo "*** removed archive. ***"
echo "*** Web install ended at `date` ***"
# タイムスタンプの更新
touch $STAMP
#
# namazu 検索インデックスの更新
#
echo "*** Search index generation ***"
$EXPECT -c '
    set timeout -1
    spawn slogin user@beatrice
    expect "Password:" 
    send "xxxxxx\r"
    expect "% " 
    send "su\r"
    expect "Password:" 
    send "xxxxxx\r"
    expect "# "
    send "/home/user/bin/mkwebidx\r"
    expect "# " 
    puts "End"
    exit
    '
echo "*** done. ***"
 
#!/bin/sh
#
#   mkwebidx
#
#   * namazu Web 検索インデックス更新
#   Copyright (c) 1998-2011, isao yasuda, All Rights Reserved.
#
LANG=ja_JP.eucJP
export LANG
SRCDIR=/usr/local/www/apache22/data
TMPIDX=/tmp/webidx
MKNMZRC=/usr/local/etc/namazu/web/mkwebidxrc
IDXDIR=/usr/local/var/namazu/index/web
MKNMZ=/usr/local/bin/mknmz
STAMP=/tmp/webidx/stamp
LIST=/tmp/UTF8LIST
if [ `whoami` != "root" ]; then
    echo "Invoke as a superuser, `whoami`."
    exit
fi
# 更新ページの抽出
cd $SRCDIR
find -L ./*.html ./bbs ./dl ./izhltndoc ./japlit ./lan \
    ./oldslav ./profile ./pushkin ./rus2 ./russify ./slavonic \
    ./tex ./misima ./cyr ./usconcord ./concordance  \
    \( -newer $STAMP \) -and \
    \( -name "*.html" -or -name "*.shtml" -or -name \
    "*.pdf" -or -name "*.txt" \) | \
    xargs tar cf - | \
    ( cd $TMPIDX; tar xvf - )
# UTF-8 to EUC-JP コード変換
find -L ./*.html ./bbs ./dl ./izhltndoc ./japlit ./lan \
    ./oldslav ./profile ./pushkin ./rus2 ./russify ./slavonic \
    ./tex ./misima ./cyr ./usconcord ./concordance \
    \( -newer $STAMP \) -and \
    \( -name "*.html" -or -name "*.shtml" \) | \
    xargs grep -H -e "charset=[Uu][Tt][Ff]-8" | \
    cut -d : -f 1 > $LIST
for i in `cat $LIST`
do
    iconv -c -f UTF-8 -t EUC-JP $i | \
    sed 's/charset=[Uu][Tt][Ff]-8/charset=EUC-JP/g' > $TMPIDX/$i
done
# インデックス更新
$MKNMZ -f $MKNMZRC -a -O $IDXDIR -k $TMPIDX
# タイムスタンプの更新
touch $STAMP
rm -f $LIST
echo "*** done. ***"

谷崎潤一郎『卍』

谷崎潤一郎の『卍』を再読。もの思ふ秋なんてカッコつけたところへ,またもやエロ戻り。

『卍』は昭和三年に雑誌『改造』に連載された。当時ではこのような同性愛をテーマにした作品はかなりヘンタイ的嗜好で読まれた,と想像する。「卍」の字訓は縦横に入り乱れるさまである。谷崎の本作品のおかげで「卍」という漢字には — 仏教的漢語に使われることが多かったにもかかわらず — 肉体が乱れ絡むさまの性愛的イメージが定着してしまったのではなかろうか。でも性的嗜好何でもありのこの現代,この作品はもはやテーマのショッキング性を喪失してしまっている。イケメン男性の同性愛ネタのマンガ・アニメはひとつのジャンルをなしており,それを好む女性を「腐女子」と称する。こういう名称がひろく行きわたることは,それこそ「腐女子」がヘンタイでもなんでもなく,藝術作品愛好のひとつの類型として「健康的に」定着している証左である。「腐女子」といわれる女性も普通の市民生活を送り,普通に男性と恋をしている。「腐」っているのはアタマの中だけだ,というわけである。私はこれはとてもよいことだと思っている。それにしても,女性の同性愛物語を愛好する男の謂として「腐男子」なるコトバがないのはどうしてか。昔からその愛好があまりにもありきたりだからだろう。

それでも谷崎の『卍』はいま読んでも背徳的想像力を充分に刺激してくれる。何より本作品の魅力になっているのは,大阪弁によって一大長編を滔々と語り尽くしているところである。小説などで出て来る関西弁は大阪出身の私からみると不自然なものが多いのだけれど,谷崎は言葉そのものへの凝視が徹底していて,大正期の大阪船場あたりのハイソな家庭のヌラヌラ,ニョロニョロした頽廃的大阪弁を,擬音語でも使うように,ごく自然に写している。しかし,このヌラヌラ,ニョロニョロが,大阪の言語的日常性を超越してしまい,同性愛の陰湿と滑稽と真面目とがブレンドされた哀しさを表現している。唸らさせられるんである。

夫・柿内孝太郎と妻・柿内園子は徳光光子を巡る三角関係に陥り,光子を自宅に住まわせて夫婦で取り合いをする。「僕ら死んだら,此の觀音樣『光子觀音』云ふ名アつけて,みんなして拜んでくれたら浮かばれるやろ」(谷崎潤一郎全集,巻十七,p. 169)などという孝太郎の台詞とともに,三人は薬を飲んで心中を図る。園子は光子の自称婚約者・綿貫榮次郞から光子を共有する契約書に血判を押させられる。結局,綿貫は同性愛三角関係の秘密を世間に暴露し,新聞がその醜聞を書き立てる。これらはみな,その荒唐無稽さでエロティシズムというよりは笑いをこそ催す。異常性がある一線を超えると日常的風景のなかでは,滑稽感を顕に浮き彫りにする。

その一方で,生き残った園子は,光子に騙されたと思いながらも「今でも光子さんのこと考へたら『憎い』『口惜しい』思ふより戀しいて\/ [ くの字点:私註 ],......... あゝ,どうぞ,どうぞ,こない泣いたりしまして堪忍してください」(同書,p. 169)と拭いきれない未練を洩らす。このハイカラな「パツシヨン」は笑うべきものではない。

こういう荒唐無稽の笑いと狂った情熱との混淆こそが中期谷崎エロティック・ワールドなんだと私は思う。ラブシーンの描写そのものは,いまのエロ小説では考えられないくらいに抑制が効いている。

さう云ふと光子さんもやつぱり默つてわたしの顏じーツと視つめたまゝ,ふるてなさつたやうでしたが,ついさつきまでの氣高い楊柳觀音のポーズ崩れて,羞かしさうに兩方の肩おさへて,一方の足の先を一方の上に重ねて,片膝を「く」の字なりにすぼめながら立つてなさるのが,哀れにも美しう思へました。わたしはちよつといたいたしい氣イしましてんけど,シーツの破れ目から堆く盛り上つた肩の肉が白い肌をのぞかせてるのを見ますと,いつそ殘酷に引きちぎつてやりたうなつて,夢中で飛びついて荒々しうシーツ剝がしました。[ ... ] — 冷やゝかな,意地の惡いほゝゑみを口もとに浮かべて,體に卷きついてゐるものをだんだんに解いて行きましたが,次第に神聖な處女の彫像が現れて來ますと,勝利の感じがいつのまにやら驚嘆の聲に變つて行きました。「あゝ,憎たらしい,こんな綺麗な體してゝ! うちあんたを殺してやりたい」わたしはさう云うて光子さんのふるてる手頸しつかり握りしめたまゝ,一方の手エで顏引き寄せて,唇持つて行きました。
谷崎潤一郎全集,第十七巻,中央公論社,1959 年,pp. 27-8。傍線は原典傍点。

「羞かしさうに兩方の肩おさへて,一方の足の先を一方の上に重ねて,片膝を『く』の字なりにすぼめながら立つ」,「シーツの破れ目から堆く盛り上つた肩の肉が白い肌をのぞかせてる」などの描写は,おそらく往時では読者のエロティックな想像力を掻き乱したに違いない。現代のわれわれはおそらくもっと露骨な想像を働かせるだろうけど。
 

* * *

谷崎の小説を読んですぐ,映画『卍』も観た。2005 年,アートポート制作,井口昇監督作品。主演は秋桜子(柿内園子),不二子(徳光光子),野村宏信(柿内孝太郎),荒川良々(綿貫榮次郞)ほか。

いうまでもなくピンク映画である。谷崎作品の映像解釈としては当然,ピンク映画なので露骨な濡れ場が出て来る。東宝映画などで見られるお高く止まったエロティシズムではなく,現代人の欲望を正直に,気取りなく映像化することのできる「低俗」ピンク映画の視線で,谷崎ワールドを再現している。登場人物の造形の子供っぽさに原作本来の荒唐無稽感がよく出ていて,笑いを誘う。俳優の大阪弁は不自然な感じが強い。だけれども,映画・演劇における台詞の迫真性はリアリズムではないのであって,私はこの映画の「作ったっぽい」台詞は少しクレージーなテーマに合っていてよいと思うほうである。

だいたいにおいて原作のストーリーに忠実たろうとした映画だろうけど,上記で引用したシーンは,原作と違って,園子ではなく光子が積極的に相手を貪るような解釈になっていて,面白かった。映画では光子は確信犯的「悪女」のタイプに作られていた。映画ではやはり現代の日本人が観ることを想定してコトバなどが微妙に現代風になっているのもおかしかった。原作では,光子は園子の夫を「姉ちやんのハズ」(ハズバンドの略)と呼ぶのだが,映画では「パパさん」になっていた。

「映画ファン」,「谷崎ファン」はこの映画を酷評するだろう。大阪弁の台詞がわざとらしくて無茶苦茶だの,谷崎のエロスを卑俗化/通俗化し過ぎているだの。「藝術的エロス」を語るお高く止まった者たちには,谷崎の「荒唐無稽」「子供っぽさ」にある「笑い」の要素は,おそらく理解できない。谷崎ファンの所謂「日本美」なんてクソくらえである。そうそう,市川崑監督作品『細雪』— おそらく彼らの大好きな映画 — のような,これ見よがしの「日本の伝統美」なんて吐き気がする。人間の裸体の美を無条件に肯定することが谷崎の魅力だと私は思っている。谷崎の真骨頂は「吐き捨てたくなるからこそのエロ」なのだ。なんてバカバカしくて,なんて哀しいのか。深みがなさそうなピンク映画,エロ小説のどこが悪い。私はこの映画を支持します。
 

* * *

今回再読したのは,中央公論が 1959 年に刊行した谷崎潤一郎全集第十七巻(全三十巻)である。私は谷崎源氏もこのシリーズで全巻持っている。棟方志功デザインの新書判クロス装丁は味がある。本文も谷崎のオリジナルに合わせた旧字・旧仮名遣いである。活字の手触りがたまらなくよい。
 

20110924-manji.png
 

以下のアマゾンリンクには,手近に入手できる新潮文庫版を挙げておく。旧字・旧仮名遣いが例によって新字体・現代仮名遣いに改められている。作品のヌルヌル,ニョロニョロ感は息づいている。新潮文庫版における表記の変更など,まったく気にしなくてよい。
 

もの思ふ秋

暑さ寒さも彼岸まで,とはよく言ったものである。台風が過ぎ,雨と風が夏を追い出してしまったような今夜の涼しさ。コオロギの鳴声も快い。心尽くしの秋は来にけり。Autumn has come. Наступила осень моя. 私にとって,クラシック音楽と古典文学とに浸る,もの思ふ秋。エロい夏とはいい加減おさらばします!?

今回の台風は日本列島を縦断し,関東一円でも大きな混乱をもたらした。昨日は夕方ごろから鉄道がすべてストップ。私は 20 時あたりまで残業したあと,横浜方面に住む子分たちと相乗りでタクシー(このご時世もちろん自腹である)を拾って,21 時少し前には帰宅できた。ところが,出版社勤務の妻は,社長のはからいで 15 時くらいには退社できたらしいが,品川で電車がストップになり,駅舎で半日足止めをくらい,家に辿り着いたのは 23 時ころであった。ま,東日本大震災時は全交通がマヒし東京都心から川崎の自宅まで歩かなければならなかった。それに比べればまだ幸いだったともいえる。
 

* * *

帰宅してサッカー・ロンドン五輪アジア予選,日本 VS マレーシア戦を,前半終了間際からテレビ観戦した。日本は圧倒的優位に試合を進めながらもなかなかゴールをこじあけることができず 1 点リードのまま後半を迎えようかというところだった。ま,結局 2--0 で勝ちましたので上出来であります。予選は試合内容よりも結果である。結果が得られれば文句を言うスジはない。

それでも。退いて守る超格下(そんなふうには見えなかったが)のマレーシア相手に,中盤でボールを支配できない U-22 日本代表は,見ている者が不安を掻立てられるには充分であった。中盤でのミスが多すぎる。ボランチの視野が狭すぎる。選手の距離感がむちゃくちゃでボールをもっても出すスペースがない。なのにきれいなサッカーをしようとする。ヒールパスで相手にボールを渡してしまう,わざわざ相手選手が密集している間にスルーパスを出してボールを奪われる。そしてそれで慌ててヘタに動かされて体力を消耗する。これじゃ予選突破できても欧州の強豪の前にはひとたまりもないという悲観が頭を擡げて来る。これまでのサムライとどこも変わらない。昨年の広州アジア大会での「雑草」集団はもっと可能性を抱かせてくれたのに。

後半に永井選手が投入されポストサッカーに切替えたのが若干功を奏したように見え,清武ー永井ー山崎の連動による素晴らしいゴールを観ることが出来た。けれども,格下相手なら鮮やかなパスサッカーで崩してくれよ,サイドチェンジをしまくって守備陣形を揺さぶって中に切り込んでくれよ,とまあ,不満たらたらで私は観ていた。疲れました。

とにかく初戦を取った。課題は監督,選手がいちばんよくわかっていると思う。次に期待したい。

sendmail, Movable Type のリカバリ

サーバが故障してリカバリに四苦八苦。しばらく触らないとすぐ設定方法を忘れる。また同じことが起こるはずなので,私自身のために書き残しておく。つまり,記述は私自身の運用環境に依存するので,不特定の方の参考にはならない可能性が高い。
 

1. sendmail

私のメール環境は,送信はプロバイダの SMTP サーバを用い,受信を自宅サーバで行い各ユーザのメールボックスに配信する運用になっている。SPAM メール対策に SpamAssassin を使い,少しでも機械的メール送信プログラム対策に資するよう Milter-Greylist を使っている。家族の PC で動くメールソフトから取りに来る受け口となる POP3 サーバ Qpopper, 着信メールの自動振分のための Procmail, Web アーカイブとして閲覧できるようにするための MHonArc, プロバイダ・アカウント宛に来たメールを取得する Fetchmail 等々,関連プログラムは少なくない。まずこれらのソフトウェアを ports でインストールする。ここでは Qpopper と SpamAssassin についてだけ少し。

Qpopper とのコネクションは inetd が受け付けるようにしているので,/etc/inetd.conf 中の POP3 のエントリを以下の通りの内容で記述しておく。

pop3  stream  tcp  nowait  root  /usr/local/libexec/qpopper  qpopper -s

SpamAssassin については,FreeBSD 8.2-RELEASE の現時点での最新 ports /usr/ports/mail/p5-Mail-SpamAssassin/ から導入を試みると,ライブラリのバージョンで齟齬を起こしてうまく make できなかった。調べるのも面倒なので,日本語版 ports /usr/ports/japanese/p5-Mail-SpamAssassin/ を試してみるとうまくインストールできた。ただし,この日本語版 ports は日本語処理に MeCab を活用するパッケージになっていて,これを自動的にインストールしてくれるのだけど,UTF-8 で MeCab を調整するよう要求してくる。そこで以下のように MeCab を UTF-8 で導入したあとで SpamAssassin を組込むとよいと思う。

# cd /usr/ports/japanese/mecab && make WITH_CHARSET=utf8 install clean
# cd /usr/ports/japanese/mecab-ipadic && make WITH_CHARSET=utf8 install clean
# cd /usr/ports/japanese/p5-MeCab && make install clean
# cd /usr/ports/japanese/p5-Mail-SpamAssassin && make install clean

メール環境の復旧は何より sendmail.cf 設定ファイルのリカバリが命である。これをバックアップしておけばよいのであるが — 愚かにも — 今回バックアップのなかに見当たらなかった。それで一から設定することに。

最近の FreeBSD では sendmail.cf の生成は,/etc/mail 下で m4 マクロで元ネタ(mc ファイル)を記述し make することにより行うのが一般的のようである。私のサーバ yasuda.homeip.net 用の mc ファイルとして beatrice.yasuda.homeip.net.mc を以下の通り準備した。

divert(0)
VERSIONID(`...')
OSTYPE(freebsd6)
DOMAIN(generic)
MASQUERADE_AS(`yasuda.homeip.net')
MASQUERADE_DOMAIN(`$j')
EXPOSED_USER(``daemon news usenet postmaster MAILER-DAEMON'')
FEATURE(`limited_masquerade')
FEATURE(`masquerade_envelope')
FEATURE(`allmasquerade')
FEATURE(access_db, `hash -o -T /etc/mail/access')
FEATURE(blacklist_recipients)
FEATURE(local_lmtp)
FEATURE(mailertable, `hash -o /etc/mail/mailertable')
FEATURE(virtusertable, `hash -o /etc/mail/virtusertable')
define(`confCW_FILE', `-o /etc/mail/local-host-names')
define(`confMAX_MIME_HEADER_LENGTH', `256/128')
define(`confNO_RCPT_ACTION', `add-to-undisclosed')
define(`confPRIVACY_FLAGS', `authwarnings,noexpn,novrfy')
dnl j,{if_addr},{cert_subject},i,{auth_authen} are already enabled by default
define(`confMILTER_MACROS_HELO', confMILTER_MACROS_HELO``, {verify}'')
define(`confMILTER_MACROS_ENVRCPT', confMILTER_MACROS_ENVRCPT``, {greylist}'')
INPUT_MAIL_FILTER(`greylist', `S=local:/var/milter-greylist/milter-greylist.sock, F=T, T=R:30s')
MAILER(local)
MAILER(smtp)

私自身の備忘録なので細かいことは省略する。最後行から 3--5 行は Milter-Greylist のための記述である。一般的な記述は freebsd.mc に書かれているので,ドメイン名などを自分用に修正すれば基本的によいはずである。書き方の詳細は /usr/share/sendmail/cf/README に記載されている。

mc ファイルができたら,sendmail.cf を make する。

# cd /etc/mail
# make SENDMAIL_MC=/etc/mail/beatrice.yasuda.homeip.net.mc all install

さらに /etc/rc.confsendmail_enable="YES" を追加する。これを行わないと,sendmail は localhost 以外のコネクションを拒否する設定で起動するので注意。詳細は man rc.sendmail を参照。これで,リブートすれば壊れる前と同様に sendmail が動作する。

スパムの踏み台にならないか一応チェックしておくとよい。http://verify.abuse.net/relay.html などで不正な第三者中継のセキュリティホールを診断できる。このサイト・フォームの Address to test: にメールサーバ名を入力して test for relay ボタンをクリックすれば診断を開始する。All tests performed, no relays accepted. が最後に出力されればよいと思う。
 

2. Movable Type

本ブログの管理システム Movable Type 4.1 (以下 MT) のリカバリについては,ブログ情報を格納した SQLite3 DB と Web MT data ツリー,cgi-bin ツリーすべてが,壊れたディスクから復元できた。このため,リカバリ作業はこれらのツリーの復元(バックアップアーカイブの解凍),SQLite3 のインストール,そしてMT 動作のために必要な Perl モジュールの追加ということになる。

まず Web サーバ Apache22 環境を構築しておく。その後バックアップから MT ツリーを復元する。SQLite3 がインストールされているか確認し,なければインストールしておく。そのあとでブラウザから mt-check.cgi にアクセスすると,MT が前提とする Perl モジュールの検出状況が出力される。不足しているものを ports で追加するか,cpan コマンドもしくは perl -MCPAN -e shell でインストールする。再度 mt-check.cgi を実行して動作準備完了が確認できれば,mt.cgi にアクセスする。以前の通り使用可能になるはずである。

自宅サーバ復旧

土曜日,自宅のサーバが故障した。NFS マウントしたビデオデータを Mac OS から観ていると頻繁に停止する。挙げ句,サーバ接続が切断される。FreeBSD サーバのログを確認すると,LBA read に失敗した旨のエラーメッセージが大量に出力されている。南無三宝,ディスクがぶっ飛んだらしい。サーバをリブートしたところ,ハードウェアの probe のあと fsck で回復不能エラーを検知して起動が停止してしまった。「エッチな映画ばかり観てるからバチが当たったのよ」とは妻。正しい。教訓その1:NFS サーバにエッチな映画を入れて楽しむのはやめよう。

ディスクを買って来て,交換し,FreeBSD をインストールし,Apache やらなにやら大量のプログラムをインストールし,サーバ環境を整え,... と考えると気が遠くなった。しかしメールサーバが使えなくなるとやっかいか,ブログもパーか,などなど考えるにつけ,しようがないなーとサーバ復旧に着手したのである。おかげでこの連休はほとんどパーになってしまった。

日曜日,娘の学園祭を見に行ったあと,川崎駅前ヨドバシカメラで Hitachi Global Storage Technology 社製の SATA2 7200 rpm 1TB HDD バルク品を 5,000 円足らずで購入。帰宅して,サーバ筐体を開けて HDD を交換しようとしたら,なんと壊れた既設の HDD が取り外せない。このベアボーンは,HDD を装着したネジを覆うように,特殊な方法で電源を固定していたのである。「じゃ増設」と考えたんだけど,予備の SATA 用電源コネクタがひとつも空きがない。しかも,SATA 用ケーブルもない。私の知らないうちに(PC を自分で組立てるなんてもう 15 年くらいやっていない) PC の世界も当然ながら様変わりしているわけで,内蔵 HDD の電源コネクタはいまや 4pin ならず,マザーボードとの接続も IDE ケーブルならぬ SATA ケーブルなんである。昔悩んだ IDE プライマリ/セカンダリのジッパ設定から解放されたのは嬉しかったんだけど。ふたたびヨドバシカメラに逆戻りして,4pin-SATA 電源変換ケーブル,SATA ケーブルを追加購入しなければならなかった。教訓その2:内臓周辺機器を増設するときは,あらかじめ筐体内部を確認し,追加の必要なケーブル類を洗い出しておこう。

20110920-pcsata.png
4pin-SATA 電源変換ケーブル(上)/SATA コネクタ(下)

取得してあったシステムのバックアップは何ヶ月か前のものであり,ブログをはじめ日々更新されるデータは最新状態ではない。教訓その3:バックアップはこまめに取得し DVD-R などに焼いておこう。ディスクを「増設」するついでに,壊れた HDD 内のまだ生きているデータを漁って,使えるものは使おうということにした。今日はその苦肉の方法のメモを残しておく。

まずは SATA のプライマリソケットに再度旧 HDD をつないでブートする。当然,fsck で悲鳴を上げて,次のメッセージとともに停止する。

Automatic file system check failed; help!
ERROR: ABORTING BOOT (sending SIGTERM to parent)!
Sep 18 16:03:45 init: /bin/sh on /etc/rc terminated abnormally, 
going to user mode
Enter full pathname of shell or RETURN for /bin/sh:

help! は機械のお前じゃなくこっちのセリフじゃ! これに対し,Enter キーを押して,シングルユーザモードでログインする。自作プログラム,文書,ブログ記事など大事なデータを格納しているディスク・パーティションをマウントしてみる。/etc/fstab を参照し,デバイス名とマウンティングポイントを特定する。これらは利用者のインストールの仕方によって変わるので注意。

# cat /etc/fstab
# Device  Mountpoint FStype Options Dump Pass#
/dev/ad4s1b  none    swap   sw      0    0
/dev/ad4s1a  /       ufs    rw      1    1
/dev/ad4s1g  /home   ufs    rw      2    2
/dev/ad4s1h  /shared ufs    rw      2    2
/dev/ad4s1f  /tmp    ufs    rw      2    2
/dev/ad4s1d  /usr    ufs    rw      2    2
/dev/ad4s1e  /var    ufs    rw      2    2
/dev/acd0 /cdrom  cd9660 ro,noauto  0    0
linprocfs /compat/linux/proc linprocfs rw 0 0

私の目的とするデータは /usr/home にあるので,この二つだけをもう一度 fsck でチェックし,そのあとで mount してみる。幸いにもこれらパーティションは無事だったようである。vi などのツールは /usr/bin にあるので,それらツールを使う場合もマウントしておく必要がある。

# fsck -y /dev/ad4s1d
# fsck -y /dev/ad4s1g
# /sbin/mount /dev/ad4s1d /usr
# /sbin/mount /dev/ad4s1g /home

必要なデータをアーカイブする(ここでは省略)。上記マウントができれば当該ファイルシステムは書き込みも可能なはずである。ルートパーティションはおそらく書き込み不可なので,アーカイブはマウントしたファイルシステムに格納する。アーカイブデータを別のコンピュータにコピーするには,ネットワークが使えないといけない。この時点ではネットワーク通信の準備ができていないので,次にこれを行い,取得したデータを scp (ftp でもよい) で別マシンに転送する。以下では anotherpc のユーザ user のホームディレクトリにコピーしている。anotherpc 上でも ssh が動作可能でなければならない。Mac OS など UNIX 系 OS なら OK である。

# ifconfig msk0 inet 192.168.1.4 netmask 255.255.255.0
# scp mydata-archives.tar.gz user@anotherpc:/Users/user/

msk0 はネットワークインタフェース名であり,利用する LAN カードによって変わって来る。忘れてしまっていたら,/etc/rc.conf 中に ifconfig_XXX=... なる行があるはずなので,その XXX をネットワークインタフェース名に指定する。IP アドレスは使っていたものをそのまま使うのがよい。詳細は ifconfig のマニュアルを参照。

必要なデータをすべて別マシンに転送し終わったら,ほっと一息。煙草で一服し,コーヒーでも飲もう。シャットダウンし,電源コードを抜く。新しく追加した HDD の SATA ケーブルをプライマリに,旧い HDD のケーブルを DVD ドライブの次のソケットあたりに繋ぎ直す。ついでに筐体内部に溜まりまくったホコリをエアスプレーで吹き払っておく。とくに冷却ファンの近辺を念入りに。これで PC の騒音がピタリと止む。

ここからは新しい HDD に最新バージョンの FreeBSD を導入する作業となる。私は Mac で,FreeBSD 8.2-RELEASE の DVD イメージをダウンロードし,ディスクユティリティで DVD-R に書き込んで,このメディアでインストールを行った。とにかく真っ先に sendmail,POP 環境を整えた。その後,上で取得したコピーデータを再度新環境に転送してからもろもろの復旧を行った。まだまだ入れ込めていないプログラムもたくさんあってうんざりである。もう二度とやりたくない。けれども,3 年に一度はやるはめになる。次はもうやる気力が起こらないかも知れない。教訓その4:自宅でサーバ運用なんてやめたほうがよい。

最後に。警告その1:上記方法がいつもうまく行くとは限らない。 
 

P.S.

復旧中に,misima 旧字旧仮名変換支援サービスを使ってくれている友人から「つかえなくなっちゃったけど,どうしたの? 体調でも悪くしてサーバ運用やめちゃったの?」とのメールをもらった。ありがとう。四苦八苦しながらもリカバリしましたよ! 教訓その5:へたに自作プログラムの公開などしないほうがよい。

岩井志麻子作品

岩井志麻子の小説を二冊読んだ。『邪悪な花鳥風月』と『瞽女(ごぜ)の啼く家』。いずれもホラー小説として絶品であった。

私は未知の作家について著書を本屋でパラパラ書き出しを読んで買い求めるタイプである。世間で評判かどうかはまったく気にしない。これまで岩井志麻子という作家の存在を知らなかった。ところが,岩井はかなりの有名人らしく,娘は知っていた。速読のできる娘は,私が買ったもう一冊の岩井作品『楽園 ラック・ヴィエン』を手に取って,2分くらいで目を通して,ひとこと「やっぱエロの漂う人だワ」。娘によれば,岩井は『5時に夢中』なるテレビの夕方バラエティ番組にコメンテーターとして出演していて,「異常人のオーラ」を発散しているらしい。一方,私とは違って新聞などの書評を丹念にチェックして本を買い読むタイプである妻も,朝日新聞で取上げられた岩井の出世作『ぼっけえ,きょうてえ』をすでに読んでいた(「オレにも『ぼっけえ,きょうてえ』貸してよ」と言うと,書籍で部屋が狭くなるのが嫌いな妻の曰く「面白かったけど,もう古本屋に処分しちゃった」)。私も作品を読んで,岩井が確かに有名になってしかるべきめっちゃ力量のある作家であると納得した。

『邪悪な花鳥風月』は,「私は若くて美人で才媛で,しかも幸せで裕福で堅実な家庭を守る主婦でもあった(p. 9)」— そういう,美貌と才能,金,幸せな家庭のどれにも恵まれた新進女流作家「私」が紡ぐ物語集という名目で繰り広げられる連作怪異潭である。日本の伝統藝術の根幹にある「花鳥風月」に歪みを加え,花,鳥,風,月のモチーフで異形の幻想的ホラーに仕立てた。

「本来なら私とは決して交わることのない,安アパートの住人達だ。安月給で暮らす人間がどんな顔なのか,いい大学を出ていない人間とはどんなふうに生活しているものなのか,贅沢や浪費を知らない人間の求めているものは何か。私はそれらに興味津々だった」(p.12)— そういう「私」の上から目線丸出しのもとに(このあたりから「何かヘン」な胸騒ぎがある)創造される『邪悪な...』登場人物たちはことごとく,なんの取り柄もない市井のパンピーである。この書く主体と書かれる客体とのことさら誇張された空疎な階級的関係幻想こそが,あとになってじつはホラーのホラーたる核心であることがわかる。書いている者も書かれている者もおぞましい猟奇的惨劇に取り込まれ,言わば両者ともに何かから相対化される。いったい誰が誰の何を書いているのか混沌としているのに,書かれている事柄自体が鮮明に網膜に取り憑いてしまう。こういう物語構造こそが恐怖を高める妖かしの仕掛けになっている。

この小説には普通の男女の人間的卑俗さが心憎い筆致で描かれている。エロな描写もかなり出て来るが,官能小説のテクスチャにはない,それこそ目を背けたくなるくらいのイヤらしい官能美なんである。エロ DVD を再生装置に掛けて「どれどれ」と思って観はじめたら,出演しているのは美貌の AV 女優ではなく,なんとお向かいに住む田中さんの(美人とは思われない)奥さんだった。としたらどうだろうか。一般のエロ DVD で目の前に繰り広げられる映像を,この「自分のふたつの目」で視ているのではなく,何か抽象的な「想像力」で視ていたことに気付く。本当に「自分のふたつの目」で視ることがいかに難しいかがわかる。岩井の筆致は書かれていることを「自分のふたつの目」で視ることを強要する。そこが官能小説との違いである。

ところで,官能小説のエロ描写は,美的であると決めた設計に従って自動出力された大量生産品のようなものである。Java 官能小説クラスライブラリ(こんなものあるわけないけど)でインスタンスを生成し,そこに主人公の名前と性交体位とをパラメータとしてセットして「描画」命令を発行すると,誰がコーディングしたプログラムでも自動的にエロ・テクスト・パラグラフを生成することができる。生命保険のおばちゃんが生年月日などを顧客に問診してそれを機械に入力すると,パパパッと保険の設計書が出力されるのと同じ。

 彼はすぐにその手を下ろすと,衣の裾を持ち上げました。楽器を奏でる優雅な手つきです。彼の顕な腰部には女性器が口を開けていました。[ 中略 ]
 それに見蕩れる暇もなく今度は男性器の方が現われました。これは至極当たり前の形状でした。そこだけ凡庸なため逆に生々しく異様な感じです。
 芳子は長椅子に俯せにされました。肘かけに手をかけると尻を突き出します。中心に涼しい風を感じます。その風は難なく柔らかな肉を掻き分け深奥に吹き込んできます。
岩井志麻子『邪悪な花鳥風月』集英社文庫,2004 年,p. 145。

これは「第三章 いずれ檸檬は月になり」における,「頭巾をすっぽり被っていますが,頭の天辺に口がある」,手足の美しい「Q」と主人公・芳子との愛の行為の描写である。Java 官能小説クラスライブラリには,「楽器を奏でる優雅な手つき」や「頭の天辺に口がある」両性具有者の文字列を出力できる関数が実装されているとは想像できない。「自分のふたつの目」で視ることを忘れた,ライブラリ自動出力に馴れてしまった読者は,岩井のこのテクストが何を言っているのかわからず,目を背けたくなる美しさがわからず,これをただの「バグ」だと思うだろう。
 

 

『瞽女の啼く家』は明治の岡山の田舎が舞台の土俗的ホラーである。著者一流の岡山方言を取り入れた語りが特徴である。でも,この作品の核心は,目に見えないものを見えるようにするのがホラーの真骨頂であるというテーマ性にあると思われる。瞽女(ごぜ)とは,一般に女性の盲人のことだが,日本ではとくに,三味線を弾き歌を歌って門付して歩く盲人女性芸者を指す。物語は三人の瞽女の視点から描かれるパラレルワールドである。

 お前達は恋うる人も怨む人もなく,驕りも嘆きもなく,ただ薄闇の中で生きて奏でて歌っていればよいと,皆様はおっしゃるでしょうか。
 はい,と答えます。明日枯れる花を思い煩い,明後日死ぬ蟬を哀れんだとて,歌は巧くはなりませぬ。妾達は,雪が降れば薄明かりとなる瞼の向こうを楽しみ,寝て見る夢の中だけで極彩色を悦んでいればよいのです。
岩井志麻子『瞽女の啼く家』集英社文庫,2008 年,p. 5。

このような,作品の大きなテーマを象徴的に予告するような美しい書き出しには,最近めったに出会えなくなってしまった。「明日枯れる花,明後日死ぬ蟬」への無関心は,伝統的な審美眼の歪められた,盲いた藝術家の立場である。この意味で『邪悪な花鳥風月』の趣向と同じものがある。目の見えない者の想像力という極彩色の夢 — これは盲者こそが目に見えないものを見えるようにできることの豪語である。極彩色の夢とは次のようなビジョンを言うのだ。

 指先で探る簪の銀の枝垂桜の模様ほどに,複雑に曲がって折れた畳廊下。人に懐かぬ異国の小鳥の羽ほどに軽やかな開け閉めのできる,しかし無数ともいえるほど奥に奥に連なる襖。裸足で歩けば背筋をなぶる淫靡な艶を直に感じ取れる,ああもっと歩いていたいと呟かせる,長い長い果てしない渡り廊下。
同書,p. 110。

畳廊下を歩く感触に「簪の銀の枝垂桜の模様」を感じ取る。私はこういう描写にこそ「テクストの快楽」というものを覚える。われわれ凡人が普段の生活では見ることの出来ないビジョンを見えるようにしてくれるとは,こういう想像力をいうのである。作品は,目の見えない者特有の能力について言及しているけれども,目では捉えられない真実への感応を目に見える形に表現することは,すなわちホラー,ひいては文学一般の意義・骨髄であるというようにも聞こえる。
 

 

娘の話で岩井志麻子という人間にも興味をそそられ,Wikipedia で調べてみた。テレビ・タレントとしては,下ネタで特殊な人気を博しているようである。旦那様は 18 も年下の韓国人だとのこと。飼っている猫を日本人である岩井は「竹島」と,韓国人である夫は「独島」と呼び,お互いに「領有権」を主張しているそうである。痛快である。私には,日韓関係のあるべき姿であるような気がして羨ましい。

でも,岩井志麻子は彼女の小説作品で判断すべきである。「下ネタ」なんてゲビた表現を彼女の言葉に対してなすのは失礼である,ということがしかとわかるはずである。自動出力・大量生産のメリヤス品と藝術家の手が紡いだ極上の絹織物とを同じにしてはいけません。

総書記登場にキジが合唱

時事通信が『『総書記登場にキジが合唱』=権威付けに超常現象動員—北朝鮮』なるニュースを報じていた。短いので全文を引用する。

 【ソウル時事】「将軍様が登場すると数十羽のキジが合唱を始めた」—。北朝鮮の祖国平和統一委員会のウェブサイト「わが民族同士」は14日,金正日労働党総書記に関する神秘的な逸話の数々を紹介した。故金日成主席生誕100周年の来年を前に,金総書記の権威を高めようと,超常現象まで持ち出した形だ。
 同サイトによると,金総書記がある軍部隊に到着するとキジが総書記の乗った車の方を向いて一斉に鳴き始め,万歳の叫び声のようだったという。
 金総書記が別の部隊を訪れた際の逸話では「それまで咲かなかったバラの花が,その朝数え切れないほど開き,辺りを深いバラの香りで満たした」と伝えた。
9/14 付 時事通信配信

これを読んでどう思うか。「超常現象動員」という文言から,記者の侮蔑が込められているのは明らかである。国家神話的一体感を喪失した現代日本人による,この記事についた Yahoo! コメントも,「国全体が狂っている!」という — 想像通りの — ものである。拉致問題を巡る敵愾心とテレビや新聞が描いたイメージとからだけで「狂っている」と断言してしまう Yahoo! コメンターの北朝鮮観(狂った国家のイメージ)が,日本では支配的ではないだろうか。このバーチャルな(北朝鮮に行ったこともなく北朝鮮国民の誰とも付き合ったことのないにもかかわらず「狂っている」と極め付けられるのは,仮想現実に生きているとしか思われない)世界観と,「超常現象動員」までなす北朝鮮とで,どちらが「狂っている」のか。私には判断できない。

しかしながら,私はというと,これ,昔の日本人のメンタリティとまったく同じだと懐かしさを覚えるくらいなんである。あの,「万世一系の天皇は生ける神である。天皇陛下,ばんざーい!」である。戦前の日本人は,軍国主義と神的存在の崇拝とにおいて,欧米から「狂っている」と思われていた。つまり,構造的に現代の北朝鮮とまったく同じである。戦前の日本では学校の教室に天皇・皇后両陛下の御真影が飾られていた。現代の北朝鮮とまったく同じである。現代日本人だって,われわれの祖父より上の世代が「狂って」いたとは思わないはずである。つまり,北朝鮮国民は「狂って」なんかいない,北朝鮮政府がわが国のかつての皇国観を模倣しているだけだ,というのが私の印象である。私はじつは時事通信が伝える北朝鮮のメンタリティに心情的に共感しているのである。

そして皇室神化を支える瑞兆への期待感。ごく最近でも,秋篠宮悠仁親王殿下の御誕生とセットで黄色のビワコオオナマズのニュースが伝えられた。時事通信の伝える北朝鮮と本質的に同じである。珍しい禽獣の瑞兆は日本でも神話の定番である。『日本書紀』卷二十五 — 孝徳天皇の記述には,奇しくもこの記事と同じく,白い雉の瑞兆の有名な挿話がある:

白雉元年 [ ... ] 二月の庚午の朔戊寅に,穴戸國司 [ あなとのくにのみこともち ] 草壁連醜經 [ くさかべのむらじしこぶ ],白雉獻りて曰さく,「國造首が同族贄,正月の九日に,麻山 [ をのやま ] にして獲たり」とまうす。[ ... ] 僧旻 [ みん ] 法師曰さく,「此休祥 [ よきさが ] と謂ひて,希物とするに足れり。伏して聞く,王者四表に蒡 [ あまね ] く流 [ ほどこ ] るときは,白雉見ゆ。[ ... ] 又,晉の武帝の咸寧元年に,松滋に見ゆ。是休祥なり。天下に赦すべし」とまうす。是に白雉を以て,園に放たしむ。
『日本書紀』下,岩波古典文学大系,1965 年,pp. 312-3。

「草壁連醜經が白雉を奉った。僧の旻の言うには,『これは瑞兆だ,王者の徳が四方に行き渡ると白い雉が現われると聞く。中国でも例がある。天下に罪を許されるがよい』」というのがこのくだりの大意である。ここで描かれた孝徳天皇の治世とそれに続く時代は,国内では大化改新という一大政変があり,国外では朝鮮半島において新羅,高句麗,百済の三国が覇権を争い,日本も白村江に出兵して敗れるという,軍事的・国際的に極めて緊張した時代だった。そういう時代に白雉なる瑞兆が触れられていることが,逆に何とも不気味な劇的性格を醸し出す。

時事通信のニュースは,私のなかで,— ぶっとんだ想像かも知れないが,— この『日本書紀』の雉の神話的表象と重なってしまった。これは来年金日成生誕 100 周年を迎える北朝鮮の神話創造ではないだろうか。私には,これが何か『日本書紀』的暗合,これから起こる怖い事件の前兆のような気がしてしまうのである。

サッカーのあとの野球

なでしこジャパンが五輪アジア最終予選で大活躍。21 日には男子五輪代表の予選も控えている。サッカーの話題でまだまだ楽しい秋。ところで,プロ野球はまだシーズンが続いていた。贔屓の阪神はというと,私の予想通り,4 位目がけて突っ走っているようである。それでも阪神を応援します。

今夜,阪神は中日相手にまんまと逆転勝利! その前は 4 連敗。今日の勝利のヒーローインタビューでマートン選手の「全試合勝つつもりでやっている」との談話があった。そうそう,その気合いだ。でも,大事な大事なところで連敗を喫してしまう阪神チームがこれを言っているとなると,少し白けてしまう。これでヘンなことを思い出した。学校の生徒は試験に出そうなテキストの大事なところに赤線を引っ張ったりする。昔,私の中学の友人に,社会科の勉強に気合いが入るあまり,テキストの文章すべてに赤線を引く奴がいた。「全部大事,全部覚えるぞ」というわけである。「全部に赤線引くやなんてどこにも引かへんのと何も変わらんのとちゃうか? テキスト汚してるだけやんけ」と私はからかってやった。いまの阪神の「全勝するつもり」はこれと同じだと独りで大笑い。

要するに,メンタルの持ちようが本当に優勝に向いているのか,単にプレッシャーに屈して強がっているだけではないか — こんなつまらない勘ぐりに陥ってしまい,なんとも頼りない。なでしこたちの「結果がすべて,そして結果を得た」タフネスを見せつけられたあとだけに,阪神の「全勝」はいっそう白けてしまう。ま,「これでも頑張っている」なんて感傷的な言訳を聞かされるより何倍もマシである。だから,私は阪神を応援します。

江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』

映画『屋根裏の散歩者』はいうまでもなく江戸川乱歩の同名短篇の映画化である。1994 年,乱歩生誕百周年記念作品。監督は実相寺昭雄,主演は三上博史,嶋田久作,宮崎ますみほか。

乱歩の倒錯した耽美趣味をいかんなく発揮した映画である。1920 年代が舞台。私の酷愛する大正浪漫。演劇風の室内的陰湿さが,乱歩特有のあの狂った耽美趣味に相応しい。私は原作を高校生のときに読んだ。屋根裏から他人の生活を覗き見るという行為は文学の楽しみにほかならないこと,誰にも見られていないという安心感のなかでの人間のなすこの上ない楽しみは黝い淫らな趣味に耽ることにほかならないこと,そして私的な範囲ならそれはべつに悪でも異常でもないこと — そんなことをこの作品からつらつら感得したように記憶する。

本作品のエロティック映像にはただのピンク映画と変わらない卑俗感がある。でも,大正の風俗様式がその卑俗感を異化してくれ,それゆえに楽しむことができる絵になっている。しかしながら,私の思うに,この映画のなによりの美点は,橋下功による音楽・『屋根裏の散歩者のための五重奏曲』にある。不協和音と九度進行旋律を特色とする現代音楽風の病的な音響はこれだけで堪能できる。サウンドトラック CD を探しているのだが残念ながら入手できないでいる。

作品のストーリーが倒錯した性のモチーフに満ちた異常なものであるのに対し,主人公・明智小五郎はそういった狂の物語性を「真実だけが知りたい」という醒めたキャラクターで相対化してしまう。ちょっと白けた捉えどころのない俳優・嶋田久作は,そうした明智役として嵌っていた。精神に異常を来したバイオリニスト役で登場する女優・宮崎ますみは,この『屋根裏の散歩者』あたりから清純派を脱却し,『奇妙なサーカス』(2005 年)における性的狂女のような危ない役所もこなす女優に成長したのではないだろうか。
 

屋根裏の散歩者〈完全版〉 [DVD]
ジェネオン エンタテインメント (2005-02-25)

学習性無力感

「学習性無力感」という心理学用語がある。Wikipedia によれば「長期にわたって,ストレス回避の困難な環境に置かれた人は,その状況から逃れようとする努力すら行わなくなる」という心理学説である。

私はこのコトバを何年か前に観た邦画(ピンク映画である。あまりにもたくさん観て来たので,タイトルはもう忘れてしまった)で知った。映画では,ある女子大生・主人公がチンピラに犯され,その際盗撮されたビデオをもとに強請られ,詐欺の片棒を担がされ,不断の性的/肉体的暴力にさらされる。チンピラへの倒錯した一縷の愛情と握られた弱みとのために,彼女はそこから逃げたくてもできず,半ば絶望的にチンピラの言いなりの生活を悶々と送っている。もうそんな生活を清算する気力も失せてしまっている。こうした境遇を象徴するように映画のなかで「学習性無力感」というコトバが発せられる。女子大生は,結局,チンピラを殺害してバラバラにし山中に埋めるという,もっとも極端な暴力的手段によって,「学習性無力感」から解放される。

就任したばかりの鉢呂吉雄経済産業相が,福島原発事故被災者を逆なでするような失言をしたとして,話題になっている。たしかに「死のまち」,「放射能つけてやる」なんて言草は大人げない。原発事故,被災者をナめているのかと映る。でも,これ,わざわざ国民に知らしめて,「とんでもない,許せない」と騒ぎ立てるような話だろうか? 誰でも口が滑ることがある。「大臣ともあろうお人が」という気持ちもわからないではないけれども,やっぱり「失言」に過ぎない。こんなことより,目下の政策実行状況を直接示すような,国民に知らしめるべきもっと大事なことがほかにあるのではないだろうか。マスメディアがたかる話題がどうも腐っている。そしてこういう腐ったような騒動で政治家が振り回されている。じつはマスメディアこそがいまの政治的閉塞感を隠然と煽っているのではないか,という思いに私は駆られてしまう。政治家は選挙で首をすげ替えることができるのに対し,マスメディアや官僚機構は国民の意思でもってこれができない。よって変えたくても変えられない。おそらく日本の現在の政治的閉塞感は,このような状況から来る「学習性無力感」に近いのではなかろうか。

この政治的「学習性無力感」から解放されるにはどうすべきか。そんなこと私が知る由もない。ただ,上記映画の主人公が殺人という暴力的手段に訴えたのと同様に,ヒトラーやスターリンといった,強烈なリーダーシップを発揮する超過激なカリスマ政治家・独裁者(官僚もマスコミも震え上がる,人権などに拘泥しない指導者)の登場を期待するような世情になってしまうとすれば,これこそ危惧すべき不幸ではなかろうか。小泉さんはカリスマ性を備えていたためにきわめて人気が高かったが,彼は幸いにも独裁的権力欲よりも良識のほうが強かった。もとより,強力なリーダーシップは常に求められている。狂人的リーダーが熱狂的に迎えられる風潮は起こりえないことではない。ま,その意味では野田さんは,目立たないミッドフィルダー志向の「どじょう」であらせられるようなので,あんまり心配はなさそうである。よって,まだまだ政治的「学習性無力感」は続くというわけである。
 

2011/09/22 付記

私の上記ブログ記事に対し,ある真面目な友人から「それなら新聞を買わない,テレビを見ない,そういうキャンペーンを Facebook あたりで張ってみてはどうか」という意見をもらった。

いや,私はマスメディアを否定しているのではない。新聞やテレビ/ネットは,いかにくだらない話題にフォーカスしているとしても,一方でまともなニュースも流してくれるわけである。普段バカばっかり言っていて呆れさせてくれるんだけど希に愛すべき好いことを言う友人がいて,そのために付き合いを止められない,そういうことがある。マスメディアもこれと同じ。だから,概して信用していないといいながら私は新聞を読むのをやめたくない。むしろ,マスコミのことを「マスゴミ」などと腐してその不要論をかざす奴を,それこそ「バカ」だと私は思っている。

女子サッカー日本代表のロンドン五輪アジア予選突破が確定した。若いチームのスピードと高い精度とに苦しめられて,日本はなんとか北朝鮮と引き分けたのだが,オーストラリアが地元・中国を降してくれたおかげで二位以内が確定した。北朝鮮は残り一試合・超格下のタイとの対戦では余裕しゃくしゃくで勝利するだろうから,アジア代表は日本と北朝鮮という結果になりそうである。北朝鮮はドーピング問題で選手を大幅に入換えた若年即製チームのわりにはめっぽう強かった。恐るべし。二,三年先にはなでしこジャパンを追い越しているかも知れない,日本も若い世代をきちんと育てなくちゃ — 日本 VS 北朝鮮戦は,そんなことをつらつら思わせてくれた。いや,両チームとも,おめでとうございます。

なでしこジャパンはワールド杯優勝の大ブレークのためにマスコミに追いまくられて肉体的・精神的に疲労困憊状態だったはずである(「メディアに追っかけられてなでしこたちはクタクタ」なぞと,そのメディアが報じているんである — 恥ずかしい商売とはこれの謂)。世の論調も「世界一なんだからアジア予選突破なんて当然」みたいな間抜けな期待感があった。中国現地では,練習もゴルフ場をあてがわれスパイク着用を禁止されるなど,信じられない嫌がらせにさらされた。中国の競技場のピッチは日本のそれと比べると整備が行き届かず,試合そのものにおいてもボコボコのピッチのために彼女たちの得意な速いパス・サッカーの強みが活かせなかった。各国は世界女王に対して研究を重ねチャレンジして来た。11 日間に 5 試合という気違いじみたスケジュール。こういう逃げ場のない強烈なプレッシャーのなかで彼女たちは予選突破を果たしたわけだ。試合内容云々なんてどうでもよい。ここでまたなでしこジャパンはもう一皮剥けた感がある。私は彼女たちへの尊敬の念をいま再び新たにいたしました。素晴らしい。男子代表もこうなってくれよー。あんたたち「サムライ」でしょ?

地元・中国はホームという「圧倒的な」地の利があったにもかかわらず,残念でしたね。日曜日,日本 VS 中国のゲームは,どうなるんだろうか。お互いフェアプレーで最後を締めていただきたいと願うばかりである(余裕,余裕)。
 

* * *

私の会社は世界中に事業を展開しているので,海外のテロ事件,治安状況に対してきわめて敏感である。社員の安全と事業展開上のリスク回避のために,「リスク対策情報」として各国の世情をイントラネットで発信している。このサイトがけっこうよくできている。ロンドンやノルウェー,インド・ムンバイのテロ事件,7 月末に「2ちゃんねる」でなされた東京駅大量殺人予告(幸いにも,これは匿名虫けらパンピーがなすに相応しい,ただの便所の落書きに過ぎなかった)など,危険性の高いトピックをメール緊急速報するだけでなく,共同通信社クレジット(産經新聞などの三流マスコミじゃないよ)の各国ニュースを国別に定常的に知らしめてくれる。

私は仕事で海外に行くという部署にいるわけでないので,あんまりこのイントラ情報が業務と直接関わりがあるわけではないのではあるけれども,面白いのでロシアの情勢などを頻繁にチェックしている。

日本国政府官僚と同様,いまだに冷戦時代の世界観から抜けきれない日本の大手マスコミにとって,ロシアはいまだに「仮想敵」であって,目にするロシア関係のニュースでは,まず間違いなくロシアの「悪い」ところしか報道されない。たいていは北方領土絡みの「反日的」動向に限定されるとみてまず間違いない。ま,それは日本国政府の思惑と一致しているし,国民(というか,ネット「右翼」)もそれに躍らされていても何の損も自覚しないですむ(この点で,日本というと竹島に結びつけて日本を非難する韓国メディアとまったく同じレベルである)。

しかし,共同通信社報知に基づく「リスク対策情報」でここ最近のロシアと日本との交渉をトレースしていると,もちろん北方領土問題がメインなのではあるけれども,東日本大震災を巡ってロシアが重要なメッセージを日本に発信していることがよくわかる。以下,ちょっとピックアップ。

震災直後は,菅総理がなした「不法占拠された北方領土へのメドヴェージェフ大統領訪問は暴挙」発言(「外交」をしないくせに強がることだけは抜かりない,ただの人気取り発言)が引き起こした領土問題を巡る日露攻防は「休戦」状態になった。3.15 に予定されていた「若き親衛隊」北方領土訪問等が中止になったりした。ちなみに,このとき「美しすぎる女スパイ」として米国とのスパイ交換で帰国したあのアンナ・チャップマンさんもこの一行に含まれていたそうである。ちなみに,ロシアではいま,アンナ・チャップマンさんなどロシアの美人スパイたちを集めた,歌って踊ってロシア国民を楽しませてくれるグループ КГБ48 (カー・ゲー・ベー・ソーラク・ヴォーシミ,つまり KGB48 ケー・ジー・ビー・フォーティ・エイト) が人気だそうである(ウソ)。そして復興への支援として東シベリアの液化天然ガス(LNG)提供の提案など友好的関係が全面に出て来る。4.21 付記事では,LNGプラント建設でガスプロム社と伊藤忠が協議したことを報じている。これ,その後どうなったのやら。

面白いのは,それと同時に福島原子力発電所の事故について,震災直後の 3.22 の時点で早くも,事故対応の「日本型官僚主義」を痛烈に批判しているところである:「福島第一原発の事故現場で日本側に助言を与えたロシアの核物理研究施設クルチャトフ研究所のアスモロフ副所長は21日付けのロシア紙イズベスチアとのインタビューで,意思決定に時間がかかりすぎる日本型の官僚主義が事故の処理を遅らせたと指摘,日本政府の対応に苦言を呈した。[ ... ] 『5分で済むような問題を,日本人は委員会をつくって延々と議論する。責任者を見つけるのは困難で,副大臣以下と話しても意味がない』と述べた。また,[ ... ] 『日本人は他人の助言をもらうのを恥だと感じている』と指摘。事故処理を指揮する責任者は一人にし,『省庁の本部ではなく,現場に常駐させなければならない』と強調した。副所長はチェルノブイリ事故の経験を踏まえ,福島原発の事故では『放射能による死者は一人も出ないと断言できる』と述べた」。いまになって思うと,アスモロフ副所長のようなプロの言うことをきちんと聴かなかった日本政府のおかげで,計画的避難を強いられた福島県周辺住民はお先真っ暗になってしまっている(そういえば,政府は耳の痛いことを述べる原子力専門家をクビにしましたね)。ロシアのマスコミの論調は日本政府が「レベル7」に引き上げたことに対しても,「政府の対応をこれ以上非難されないための政治的判断」(4.13 付)だと厳しい。これ,日本人が中国の高速鉄道事故対応に対してあげつらっているのに似ている。日本人は己を棚に上げるのがきわめて得意であるということがわかる。海外で日本の原発事故対応はこのように見られているという記事は,日本の大新聞ではまず読めない。4.8 付の記事では,福島第一原発の放射性物質を含む汚染水を「事前通告なしに」海に放出した日本側の対応に不信感を露にしている。日本外務省は4日に開始した汚染水放出を6日になってロシア側に伝えたそうである。日本では東北産農作物などへの風評被害がことさらに取上げられているけれども,ロシアの極東沿岸地方・日本海に面した海水浴客が原発事故の影響で「平年より50〜70%減少」し地元は困り果てている(7.26 記事)。このような日本に対する不信感を否応無しに植え付ける日本政府の行動は,なぜか日本のマスメディアは触れない。原発事故は日本人だけの問題ではないという観点がゼロなんである。自己診断でしか自分を見ようとしないこの行動様式が原発事故対応を決定的に誤らせているということが,ロシアの情報でよくわかる。

震災後二ヶ月を過ぎると「休戦」モードに終止符が打たれる。5.16 付記事は「『支援と領土は別』明確に」と題して,イワノフ副首相ら政府代表団による北方領土訪問を伝えている。その後,5.25 記事では,韓国,中国,ロシアが日本との領土問題に関して連携を模索している状況が報じられている。韓国国会議員が北方領土訪問したとのこと。日本の震災による弱体化につけ込んで,日本を共通敵としてロシアと結託しようとしているようである。この野郎! なのに日本政府外務省は何の手も打てずじまいのようである。「この野郎!」はいったい誰に対して発するべきか?

そんなこんなで,私は,外交関係のニュースについて,日本メディアの報道観点を基本的に信用しないことにしている。

澤選手の誕生日

だでしこジャパンのキャプテン・澤選手が昨日 33 歳の誕生日を迎えたそうである。「同い年ぐらいの女性は年を取るのが嫌という人が多いが,自分は毎年すごく充実している。いろいろなことに挑戦して自分磨きをしたい」との由。

女性にとって若さと美貌はとても大切なこと。しかし,年齢とともにその衰えは避けられない。いつまでも若々しく美しくありたいと努力する女性が多いわけだけれど,その努力の涙ぐましくも無惨な様子に時に目を背けたくなることは否めない。いずれは老いさらばえる。澤さんの場合,年齢を重ねるにつれ人間に磨きがかかっている。思うに,こういう女性こそが美しい。それは男も同じこと。

なでしこジャパンは,ワールド杯女王の意地を見事なまでに見せつけ,苦しみながらも三連勝を果たし,明日北朝鮮に勝利すれば他のチームの勝ち点に依らずロンドン五輪出場権を獲得する。是非明日で決めてくれー! そして全勝でぶっちぎってくれー!

加藤徹『怪の漢文力』

5 年程前『漢文の素養』を読んで以来,私にとってその著者・加藤徹はもっとも優れた中国古典文学案内人のひとりになっている。NHK 教養バラエティ『カンゴロンゴ』で馴染みのある方もいると思う。彼は,『漢文力』で正統的中国古典を扱ったのち,怪力乱神にまつわる中国の伝統について『怪の漢文力 ― 中国古典の想像力』を著してくれた。

『怪の漢文力』は,人体,霊魂,生命の変身・復活,性,天体・宇宙などに関して,古代から語り継がれて来た中国人の思想と想像力を語る。個々の内容は,いわゆる著者独自の統一的視点に立ってテーマを掘り下げたモノグラフというよりも,『漢文力』という題名のとおり,中国古典の断片に対する個別テーマに関する解説といったほうがよい。雑学的親しみ易さがある。それでも本書は,深い学識に支えられて,中国文学の偉大な伝統の魅力を堪能させてくれる。

本書には興味深いモチーフが鏤められていて,感心すること頻りなんであるが,私がとくに感銘を覚えたところをひとつだけ引用しておく。それは『荘子』内篇冒頭にある,あの有名な鯤と鵬の謎めいた逸話の解説である:「北冥に魚有り,其の名を鯤と為す。鯤の大いさ,其の幾千里なるを知らず。化して鳥と為る。その名を鵬と為す。鵬の背,其の幾千里なるを知らず」云々。著者によれば,ここには「古代中国人の自然洞察が隠されている。ミクロとマクロ,微視と巨視は,実はつながっている,という宇宙観」がある(本書,p. 155)。

「昆」([ 中略 ])の字源は,「日(太陽)のしたに比(人が並ぶ)」である。仲間が群れをなして集まってまとまる,というのが原義。混(まじりあってまとまる)・渾(カオス的にまとまる)・群(むれをなしてまとまる)も昆と同系。[ 中略 ]
「朋」([ 中略 ])の字源は,貝殻を重ねて紐でつないだものを,二つならべた象形文字である。同等の小さなものが整然とならぶ,というのが原義で,のちに「友だち」の意味になった。並(ならぶ)・併(二つにならべてあわせる)・倍(二つならぶ)も朋と同系。
『荘子』冒頭のこの文章は,表向きは一匹の巨大魚が一羽の巨鳥に変身するというイメージを描きつつ,その裏には,海中の無数の魚の群れが,無数の小鳥の群れに変化する,というもう一枚の隠し絵を重ね合わせている。現代風に言えば,水の分子が集まって海となり,蒸発した海水の分子が集まって台風のような雨雲をなす,というイメージである。
加藤徹『怪の漢文力』中公文庫,2010 年,p. 156。

『荘子』の解説をいろいろ読んだ気がするが,こんなに我が身に引きつけて理解させてくれたのは本書をおいてない(私の勉強不足に過ぎないのかも知れないが)。

日中戦争中の西村真琴と魯迅との心温まる友情の逸話など,その他にも面白い話がたくさん掲載されているので,是非本書をお読みいただきたい。魯迅が西村に送った詩の一部を引用しておく。

度尽劫波兄弟在   劫波を度り尽くして兄弟在り
相逢一笑泯恩讐   相逢うて一笑すれば恩讐泯びん
[ いつか両国の民草は,長く悲惨な歳月を乗り越え,兄弟として再会する時が来るでしょう。互いに一笑すれば,きっと深い恨みも消えることでしょう。]
同書,pp. 182-3。

いま現在,残念ながら,日中両国間の恩讐は増幅される一方である。日本人は富国強兵を果たし,日清戦争で勝利して以来,江戸時代まで抱いていたような中国文化に対する深い尊敬を(ごくごく少数の教養ある人たちを除いて)一般には失ってしまった。これは私の勝手な意見ではなく,ドナルド・キーンが『日本人の戦争』で指摘した達見である。私は,それがすなわち日本の伝統の死をも意味している,と痛感している者のひとりである。中国の伝統は,ヨーロッパ人にとってのギリシア,ローマ,ラテン中世,ビザンティンの文化と同じく,日本人にとって自身の伝統の欠けてはならない一大潮流なのである。
 

映画『煙が目にしみる』

映画『煙が目にしみる — 重松清『愛妻日記』より』を観た。2006 年アルチンボルド制作,亀井亨監督作品。不二子,木下ほうか主演。重松清の小説が原作である。R-18 指定のいわゆる成人映画,要するにエロ映画である。私はピンク映画が好きで,この系統の女優・不二子の狂なる演技にもかねてから魅了されていたので,この DVD を借りたんである。しかし私は断言する。シネコンでロードショーに掛かる最近の邦画は — 観る前と後とで世の中に対する見方が寸毫も変わることがないという意味で — どれもみなクズのような作品であるのに対し,一部の好き者たちが集まるユーロスペースのような映画館で公開されるピンク映画にこそ,現代日本の病んだ人間性を認識させる好篇が多い。『煙が目にしみる』は,傑作というにはあまりに作りが小さいのだけれど,そんなインパクトのある作品である。

リストラされた高橋(木下ほうか)は止めていた煙草を妻・千穂(不二子)の前で吸う。ショートピース。その臭いを千穂は狂ったように拒絶する。そしてその後彼女は夫と性交ができなくなり,家出してしまう。千穂の告白から,煙が燻るショートピースを女陰に差し込まれるという,高校生のころにホームレスのおじいさんから受けた性的イタズラに,その原因があるとわかる。夫は夫婦関係を繋ぎ止めたいと願い,妻からときおり掛かって来る電話越しにテレフォンセックスのようなことも試みる。高橋は,あるとき千穂の姉を通してそのイタズラは実は千穂ではなく姉が受けたものだったことを知り,千穂のトラウマはイタズラが性的嗜好になってしまった姉に対する倒錯した羨望であるということに思い至る。高橋はホームレスの姿で妻を呼び出し,死んだヘンタイおじいさんと同じように,ショートピースに火を点けて妻の女陰に差し込んでは吸い,吸ってはまた差し込んで言う:「煙草がおいしいよ。あんたのまんこの味がする。きれいだよ。そのまんこは結婚するまで大事にしなくちゃいけないよ」。千穂は再びエクスタシーを獲得する。

何のことはない,ただのヘンタイ映画か,と思われるかも知れない。また,トラウマによる性的嗜好の障害はその原因となった事象を見つめそれを追体験することで救われるのかとも読めるのだが,この映画はそんな説教がしたいわけではもちろんない。もとより未成年女性にこんなヘンタイをするのは「犯罪」である。けれども,被害者女性が後年になってその追体験で性的絶頂に至るのは,病んでこそいるが,「悪」ではない。それくらい人間の性には奥行きがある。ヘンタイはヘンタイなんだけど,この映画は美しいってこと。

モノクロームのような樟んだ色調が荒んだ超時代性を感じさせて独特の美しさがある。千穂がショートピースを自販で買いまくってそのまま捨て置いて行くシーンで,地面スレスレのアングルから彼女の脚だけを映す。病的行動の何気ない不気味さを印象づけていい絵だった。超時代性は,築 40 年くらい経っていそうな古風な洋風マンションや,夫婦が室内でも靴を履いている,日本では稀な生活様式や,公衆電話とダイヤル式黒電話とのテレフォンセックスや,などなどに現われている。超時代性において何より強烈なのが,千穂がイタズラされる場所が人間生活から吐き出された大量のゴミ,ガラクタが山のように集積した廃棄物処理場であり,その背景にあるのが巨大コンビナート・工場の煙突・配管の入り組んだ構造建築群,そこから吹き出す煤煙・炎である,ということである。豊かな生活財を生産・廃棄するむき出しの機械性,醜怪さは現代的風景というよりも,時代を超えた物質社会的側面の象徴である。何か機械的人間存在の入出力の姿のようでもある。これは人間の排泄したウンコが脂ぎった鉄の塊になって四方八方に撒き散らされている世界である。生まれながらのホームレスを懐胎する子宮である。なのに、醜怪にしてなんと美しいのか。このピンク映画は,テレビドラマやシネコン・ロードショーが逆立ちしても造形できない美しい映像を,さらっと見せてくれるのだ。最近,こうした風景を愛する「工場萌え」という趣味が認知されており,クルージングが企画されるくらいであるという。私も少しその気があるからか,「工場萌え」の人にとってはこの映画の風景は堪らない魅力になると確信する。

出勤を装うリストラされた主人公・高橋は駅舎のベンチで女子高校生が喫煙しているのを咎める。その次の映像で彼はその高校生に男根をシゴかれている。手に付いた精液を汚らしげに拭いながら女子高生は掌を上にして高橋に突き付ける。彼は財布から躊躇いがちに二枚紙幣を抜いて差し出す。「オジサン,女子高生に手コキさせといて何? ケタがひとつ足んないよ!」と彼女。なのに「いいよ千円で」と言って彼女は立ち去る。— パンピーが一大決心をしてパンピーらしい薄っぺらい正義感を発揮し,その直後にパンピーらしく簡単に性的誘惑に屈してしまう,悲哀と失笑を催すシーンである。女子高校生も不良には見えないまったく普通の風情であり,しかも性的サービスを施した相手に対し過剰な妥協をしてしまうところが,パンピー的ヘンタイぶりを強調している。ところで,この場面の場所は川崎 JR 鶴見線・浅野駅舎である。浅野駅以外にも JR 鶴見線の海芝浦駅(海に接した珍しい駅舎である)も出て来た(以前,この両駅舎の散策記をここに書いた)。川崎市民である私は,この映画の荒涼たる風景が地元・川崎の臨海地区であることがすぐにわかった。そういう点でもこの作品に愛着を覚えた次第である。
 

重松清「愛妻日記」より 煙が目にしみる [DVD]
監督:亀井亨
主演:不二子,木下ほうか
2006 年アルチンボルド制作
松竹 (2007-01-27)

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サッカー予選始まる

女子サッカー・ロンドン五輪アジア最終予選,男子サッカー・ブラジル・ワールド杯アジア第三次予選が始まった。男女ともに初戦で勝利をあげることができた。

さっきまでテレビで男子・北朝鮮戦を観ていた。北朝鮮が引いて守る完全カウンター狙い,とにかく負けなければ儲け物みたいな試合運びで,日本は攻め込む一方だった。なのにまったくゴールの臭いがしない昔の日本代表のようなストレスを強いられる試合内容だった。本田がいないだけなのにこんなにヘボくなるものなのか。面白かった。吉田クンの起死回生のゴールは拝みたくなるようなありがたみがあった。北朝鮮も前回ワールド杯に出場したプライドがあるならもっとガッツを見せてくれよと思った。私はフロンターレにいたチョン・テセが大好きなんである。今の日本代表は北朝鮮とこんなに実力差があるのか,という驚きもあった。

女子のほうはといえば,12 日間で 5 試合という,おそらくサッカーというスポーツについて何も知らない中国人が決めたタイトなスケジュールを考慮し,主力温存で臨んだタイ戦。私は仕事があったので生放送では観られなかったのだが,ハイライト動画,試合速報からも,タイ相手に 60 分間ノーゴールという試合経過は,観戦していたサポーターを相当苛立たせたのではないかと知れた。監督が宮間選手をしぶしぶ投入してがらりと試合の流れが変わったようである。長州力・永里(こんな失礼を言っているのはウチのバカ娘である。ふん,切えてないす)からパスを受けたビューティ・川澄(女子プロレスかよ)が上尾野辺にボールを預けてワンツーで DF のウラに飛び出してビューティ・ゴール。これは鮮やかであった。

男子も女子も前途多難である。でも日本代表は面白いサッカーをしてくれる。ガンバレ,ニッポン!!

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ISAO YASUDA。システムエンジニア。神奈川県在住。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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