野崎昭弘『詭弁論理学』

月末の今日,定時になってから勤務届け等の事務処理をした。メーカー勤務なので作業票という作業実績記録も締めなくてはならなかった。メーカーでは普通,開発/製造作業の契約単位で管理番号を振ってその費目に原価を計上して収支の管理を行う。作業員は当該契約にかかわる仕事をした分だけ作業時間を作業票に記録し — これを「投入」と呼ぶ — 原価管理を行うのである。税務署もこの記録から申告が健全かどうかをチェックする。「契約納期は三末なのに作業票が何で四月にも投入されてんの? この契約,赤字だね。ん,アンタんとこ前年度苦しかったから今年度に原価ずらしたんじゃねぇの? これ,立派な税法違反だよ!」てな具合に経理部は国税に虐められるんである。作業票は当然勤務時間と整合が取れていなくてはならない。月末はそれを締めなくてはならず,私のような管理者は部下の作業票をもチェックして,変化する原価状況を把握しなくてはならない。

このブログでは私は,意識的に,仕事については触れないようにしている。ここだけの話,2011 年度下期,つまり 10 月 1 日から私は別のプロジェクトを取纏めなければならなくなった。要するに仕事が変るわけである。来期,四年レンタルで百億の官庁入札案件を抱える新プロジェクトは責任重大。久しぶりに大きな官庁の国家公務員とお付き合いするのかと思うと,少々緊張しているところなんである。だからこれまでの仕事も終わり,事務処理も完了したところで,ヒマこいた私はちょっと Web を見た。もう勤務届けを締めたのでここからは遊び。ホントは,業務にかかわりのないサイトを会社の PC で閲覧するのは禁止されているのだけれども,ま,管理職の私だって,常識の範囲ならと少しくらい社規を逸脱することはある。

Yahoo! のニュースを見てしまう。AFC チャンピオンズ・リーグ,全北現代 VS セレッソ大阪の試合で,韓国のサポータが「日本の大地震をお祝います」なる垂幕を掲げた。それが大いに騒がれている。全北現代サイドがこの行為をしたサポータを特定して法的対応を検討中とのニュース。この問題はサッカーファンなら知らないものがないと思うが,私はここまで騒がれるとは思っていなかった。ま,「バカは世界中のどの国にもいる」からである。そんなことでいちいち目くじら立てていたら市民生活は送られない。でも,震災をネタにしやがったこの悪意ある行為は,さすがに日本人の琴線に触れたようである(私の琴線には触れなかった。ただのバカが何をやらかそうがどうでもよいからだ。バカ同士,お互い,袋叩きでもやり合えばよい,くらいの受け止めだったのである)。そして韓国の普通の人たちはというと,「国の恥」だと考えたようである。これに関してまた別のニュース。今日になってこの愚かなサポータが全北現代に名乗り出て日本国民と韓国サッカーファンに謝罪したそうである。これはこれで潔い。なら,いいじゃないか。

この Yahoo! ニュースについたコメントに「だから韓国人は卑劣なんだ」みたいなのがあった。ベガルタ仙台の外国人選手に対して差別的ヤジを飛ばしたガンバ大阪日本人サポータは,じゃなんなんだ? こいつらが名乗り出て謝罪したという話は聞かない。この Yahoo! コメンタ・タイプの,論理学を超越した完全バカが多いのが,日本のネット住民の特徴である。人の不幸を喜ぶ者は卑劣である。韓国人は震災の被災者を侮辱する示威行為をした。ゆえに韓国人は卑劣である。この手のものすごい帰納法がまかり通り,便所の落書きのように書き散らされ,しかも「そう思う」の大量クリックを獲得しているのである。中国の話題についてもこれとまったく同じ。「だから中国人は民度が低い」だと。それゆえにネット・ニュースを見ていると世の中にはホントくだらない,疲れさせられるろくでなしが多いと思ってしまう。

仕事で顧客にどやされ,部下のヘマに気が狂いそうになり,私自身の管理不良で数千万の赤字を出し,社内外から締め付けを食らっても,仕事はやっぱりそれなりに面白い。知らないところで起きる事件についてあれこれ書き立てているネット・ニュースの抽象性に比べれば,仕事は「あのお客さん,オレに消えて欲しいと思っているようだな」みたいな強烈な感覚を味わうことができる現実なんだ,と私は安心してしまうんである。それでも先行きの重い仕事を想像していろいろと不安になることもある。

今日も帰りは霞ヶ関から新橋まで歩いた。健康のためというのもあるが,やはりラッシュの混雑から少しでも逃げ出したいという気分もある。それにしてもだな。歩きながら思い出す。Yahoo! ニュース,そのコメンタのバカぶりに疲れさせられながらも,やっぱり懲りもせず見ていたら,人権侵害救済法案,外国人参政権が可決されそうな情勢にグダグダ管を巻くコメントなども見せつけられた。「スパイ防止法がない日本は亡国の途を行く」などという,これらの法案となんの関係があるのかと思わせるようなものもあった。自分の身の周りのことをもっと心配したらどうかね。アンタ,自分の生活の周りの親戚・友人のなかに人権侵害救済法や外国人参政権のために苦しむ人が出て来そうかね? アンタの周りで「スパイ行為」とやらを目にしたのかね? 私はこういう,仕事をせず昼間からパソコンの前で平和な無為に耽りながら,常に「非常事態モード」でしか物事を見ない人,気に入らない人間を「売国奴」呼ばわりすることしかできない人(これが私の Yahoo!「ネット『右翼』」の代表的イメージである)が,ホント,哀れである。アンタの望み通りスパイ防止法とやらができたら,アンタらの英雄 sengoku38 みたいな奴が真っ先に塀の向こう側に送られるってことがなんでわからないの? 自分自身,自分の周辺で起こっている「日常」における,アンタの本当の悩みはいったい何かね? ところで,「世の中の人間は売国奴かそうでないかの二種類である」という発想は,論理学においては「二分法」という。幼児的世界観の特徴である —「イイモン」or「ワルモン」。わかりやすいというわけである。

どうしてこんなに仕事が見つからないのか。どうして仕事をする前に通勤ラッシュで身を削らなくちゃいけないのか。通勤ラッシュをなくせないか,和らげられないか,お年寄りや身体障害者でも通勤時間にラクに電車に乗れるようにできないか。そんな — つまらないかも知れないが — もっと身近な問題に目を向けられない「政治的」バカがこの国には何でこうも多いのか,とそんなことを反芻しながら歩いた。スパイ防止法制定を急げ,だって? そんな「非常事態」については公安警察官,自衛官,外務官僚などの公務員が考えることであって,われわれパンピーはわれわれの「日常」の悩みを国に訴えるべきではないか。われわれの生活が「非常事態」に晒されないように,彼ら公務員の活動を叱咤激励することのほうが大事ではないか?

とまあ,バカなことを考えながら,新橋三丁目の交差点で信号待ちをしていた。と,そこで「おい,小池!」という大声がした。振返ると,警官が走り寄って来て,私のスーツの袖をつかんで「小池だな,交番まで来い」と迫る。「えっ,またかよ!」と既視感に囚われ,私はその気もないにもかかわらず,彼を振り払って逃げ出していた。昔,十年以上前,主任だったころ,実務能力の高い二人の現場公務員を接待して豪遊させたことはある。彼らに新宿ニューアートのストリップを観せ,歌舞伎町のキャバレーで女を抱かせ触らせ浴びるくらい呑ませ,そのあとお持ち帰りもさせてやった。ハラの痛まないカネで。たしかに今なら公務員倫理法違反だ。でも,オレは小池じゃねぇ! 人殺しはやったことはねぇぞ! 石川知裕衆議院議員有罪判決のさっき見た Yahoo! ニュースを思い出していた。そうだ,この国では根も葉もないことで人が逮捕され,しかも検察の言いなりの無責任裁判官に有罪を宣告されることがある。調書にこう書いてあり被告のハンコも押されている。よって有罪!? — 前提に従う推論としては正しくても前提そのものが誤りの場合がある,とは論理学の教えるところ。この裁判官,名前は,そう,東京地裁・登石郁朗さん,だったかな,覚えておいたほうがよさそうだ。オレも同じように殺人犯に仕立て上げられるのか? ってわけで私は逃げ出していたのだ。

烏森神社入り口にある立呑屋に逃げ込んだ。やっぱり既視感があった。コユキがハイボールを差し出してくれた。角瓶ではなくトリスのハイボール。「赤ちゃんが生まれますので,もうこれっきりです。だから今日はサービスでタダにしますね」とコユキ暢気である。私はあんまり彼女の言うことを聞いていなかった。彼女の前の俎に,丸善で頸動脈を切られて殺されたあの若い女の血みどろの生首と,檸檬とが置いてあったのだ。ああ,このコはあの老害・中年女にいまや四肢からも切り離されて... 可哀相に... と,彼女の頸を掻き切った張本人である中年女が,ドギツイ若作りをして端の席で,— 立呑屋なのに — ロマネ・コンティのヴィンテージ・ワインを旨そうに飲んでいやがる。そして私のほうに目を向けて「煙草はご遠慮していただけます? ここには妊婦さんもいらっしゃるんですから」と説教をした。「ここはヤベェ」と私は千円札を血みどろ生首女の口にねじ込んで,店を抜け出た。

ニュー新橋ビルに逃げ込む。このビルはちょっと変った形をしていて,新橋駅前の目立つ建物になっている。昔,そごうデパートだったところだ。デパートが潰れ,いまや雑居商店ビルになっている。古めかしい。階段にその薄汚さがよく顕われている。電車男御用達のような鉄道マニヤの店あり,昭和四十年代かと思わせる古色蒼然とした喫茶店あり,安チケットショップあり,古銭ショップありで,なかなか昭和の風情のあるビルなんだけど,テナントの半分はシャッターが降りていて寂れ感がひどい。四階以上のフロアは雀荘ばかりなんである。「健全な麻雀を心がけています」という貼紙がビルの外側から見えたな。「健全」って何? 賭けではなくゲームを純粋に楽しむってことか? それとも,金銭的スリルのない不健康なバクチはやりませんってことか? 気が付くと私は,その昭和な雀荘のうちのひとつに逃げ込んでいた。なぜかすでに雀卓を囲んでいた。対面に袴田吉彦が座っていた。聞いてもいないのに「カイ,と呼ばれています」と自己紹介。そのとなりには元プロレスラーの高田延彦。「土偏に鬼と書いて塊だ」とひとこと。下家には — 思った通り — 下元史朗が座っていて,「にいさん,レートは2の2・6の十万ビンタでいいか?」と凄んでいた。私はそこにも長居はしなかった。東風戦一局目の第一打で私が九ピンを切ったら,塊が「御無礼!」と言ったのだ。私は一枚目の捨て牌で国士無双,しかも人和を放銃してしまったのである。塊がひとこと:「それがいまのアナタの『流れ』です」。呆れてモノが言えなかった。ここにも論理学を超越した人たちがいることに。塊に 60 万円,高田と下元にそれぞれ 11 万円を即金で支払って,入って 5 分もしないうちにその雀荘を出た。どこからカネが出て来たんだ? バクチは現行犯じゃなければ逮捕されないはずだったっけ? いかん,逃げなくちゃ。新橋駅から横須賀線に乗った。

ふっと気付いたら目の前に数式があった。

 数学的な例では,次のような式がよく知られている。[ ... ]
   y=x2+x+41
 簡単な計算でわかるように,
   x=0 とおくと,y=41
   x=1 とおくと,y=43
   x=2 とおくと,y=47
 となり,y の値はいつでも素数になる。ゆえにこの式の x に,整数値を代入すると,いつでも素数になる(!?)。
 [ ... ] 参考までに,x を 0 から 39 まで動かしたときの y の値を表 [ 省略:私註 ] にしておくが,これらは全部素数である。[ ... ]
 だからといって,さっきの式が「いつでも素数になる」という保証はない。実によくできている式ではあるが,x が 40, 41, 44, 49 などのとき,y は合成数となる。こういう例もあるのだから,絶対に誤りのない判断を下そうとすると,油断は禁物である。
野崎昭弘『詭弁論理学』中央公論社,1976 年,pp. 84-6。

どうもこのところ私はエロ本,エロ映画ばかり食べていたからか,久しぶりに硬そうな本を噛み砕いているうちに,帰りの横須賀線のなかで少しウトウトしてしまったようである。ま,世の中,バカも多いが,賢い人もたくさんいる。そういう人たちの書いた本を仕事の合間に読むことが,精神の安定を生み出す。

野崎さんの『詭弁論理学』には,このほか,「媒概念曖昧の虚偽」の例として,次のような英語の三段論法ジョークが紹介されていた。

Nothing is better than my wife.
A penny is better than nothing.
Hence a penny is better than my wife.
同書,p. 94。
   

帰宅して Web の麻雀ゲームをしたら,国士無双を上がりました。これは何かの暗合か。
 

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ISAO YASUDA。システムエンジニア。神奈川県在住。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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Written by isao at 2011年9月30日 21:45.

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