2011年10月Archives

W 杯予選・北朝鮮・平壌での試合

11 月 15 日に予定されているサッカー・ワールド杯アジア予選,アウェイの北朝鮮戦は,日本のサポーターも現地観戦できることになった。中川正春文部科学相が会見で「応援にかけつけて」と述べた。これまで北朝鮮への渡航は,ミサイル問題の制裁として,外務省から自粛するよう要請が出ていた。このワールド杯予選で政府が積極的に制限緩和に動いた。政府要人が公的な場所でわざわざこれを話題にしたことで,北朝鮮政府も相当にリキを入れてこの試合の運営に当たることになるだろう。サポーターだけでなく日本のメディアも許可されたらしい。バカ・ネット「右翼」どもが「拉致されるぞ」なんてホザいているけれども,六カ国協議を一刻も早くやりたい北朝鮮の目下の思惑からすれば,日本のサポーターはむしろ歓迎されるだろうと私は期待する。「喜び組」が出て来てくれないものでしょうか! ま,スポーツ・イベントであるし,キムさんの顔は忘れましょう。

こういうところからも,サッカーの国際試合の凄さというものを,ひしひしと感じさせられる。ナゾに包まれた北朝鮮・平壌に行けるなんて。こんな機会はまずない。北朝鮮で日本代表がプレーするのは 26 年ぶりというから凄い。2006 年ワールド杯予選では,イラン VS 北朝鮮戦での観客の暴動に端を発して,北朝鮮での予選開催が流れてしまった経緯があった。1985 年の北朝鮮アウェイでの日本代表は,10 万の北朝鮮人民の大観衆にドギモを抜かれながらも引き分けたそうである。今回の 11.15 も — スタジアムは 5 万人収容の国立競技場クラスのようだけど — アリラン,マスゲームのような「均一なる人,人,人」で日本代表は寒気を覚えるに違いない。こういう雰囲気のなかで,日本代表がフェアかつ高度なプレーを披露し,北朝鮮国民の目の前でアジア王者の実力を見せつけ,勝つ。これを期待したい。サムライブルーのメンタルが試されるときでもある。

うわー,わくわくして来ました。サッカーのアジア予選は,各国のお国柄が多種多様でホント面白い。11 月 15 日が楽しみである。その前にタジキスタン戦もある。このわくわく感に比べりゃ,プロ野球の CS ときたら...
 

P.S.

産經新聞が電子版で,「北朝鮮渡航についてかかる特例を認めたら,制裁がなし崩しにならないか」などど,ホントXXな記事を書いていた。これは日本代表がサポーターともども合法的に「闘い」に行くのであって,物見遊山ではないのである(?)。そもそも,原則に準拠するも状況に応じて立ち足を変えつつ行動を決することこそ政治のあり方。そこで「こう決まっているのに」などと一般論にしがみついた,こんなハナクソ記事を書いているから,産經を読む気がしないんです。
 

11.7 付記

その後の報道によれば,この試合での日本のサポーターは鳴りものダメ,日の丸の国旗ダメ,横断幕ダメのダメダメづくしの禁制に縛られるらしい。しかも認められたのはたったの 150 人。5 万人のうちのたった 150 人。北朝鮮め,ふざけていやがる。

でも 150 人もいれば,甲子園 PL 学園応援団の人文字みたいなことはできそうだ。ツアー参加サポーター皆でツルんで,白と赤の T シャツを上着の下に隠しておいて,試合が始まったら人文字で日の丸を描いて応援する,なんてことをやってほしいものである。着る服の色まで制限されてはいないんじゃないかな。
 

11.14 付記

上で,平壌で日本が北朝鮮代表と試合をするのは 26 年ぶりなどと書いたが,これは私の勘違い。確かに 1985 年に試合があったが,その後,1989 年にもイタリア W 杯予選で日本 VS 北朝鮮戦が行われたので,今回は 22 年ぶりということになる。いずれにせよ「元」悪の枢軸国家での,めったに拝めない試合。五万人の観客から「殺せ!」だとかガサツな大合唱があっても,コテンパンにやっつけてくれ!(1989 年の試合ではそんな大合唱があって試合会場は殺気だっていたそうである。でも,もしこんな朝鮮語の大合唱があっても日本選手には通じず,逆にチョン・テセのようなまともなスポーツマンシップをもった北朝鮮選手のやる気を殺ぐのではないかと私には思われる)

ナビスコ杯

ナビスコ杯決勝で鹿島アントラーズが,延長戦の末に浦和レッズを破り,9 年ぶりの優勝を勝ち取った。後半からテレビで観たんだけど,山田直輝選手の退場処分で 10 人になった浦和が鹿島に攻めまくられつつもなんとか凌いでいたところだった。浦和の守備の集中力の高さに感心したが,鹿島がなかなかゴールをこじ開けられない状況のなかで,少し不運なファールを取られて一人退場処分を受けてからは,息詰る試合展開。これぞナビスコ杯決勝というに相応しい試合になった。鹿島は若手とベテランのバランスのとれたチームで,ここぞというときに勝負強さを見せる。結局,若い大迫選手のゴールが決勝点となった。ほとんど足を釣りながらもゴールをアシストした興梠選手の気迫が印象的だった。鹿島,浦和はともに,J リーグでもっともサポータの応援が熱い恵まれたチームである。国立競技場が 5 万人近い観客で真っ赤に染まって凄かった。プロフェショナルな面白い試合だった。

プロ野球はやっと CS がスタートした。間にドラフトが入りペナントレースの流れが断ち切られてしまい,野球というスポーツを象徴するような,なんとも間延びした体たらくである。ヤクルト・スワローズに頑張ってもらいたい。

贔屓の阪神は,私の予想通り 4 位でシーズンを終えた。9 月の大事な大事なところで 6 連敗なんて,勝負へのメンタルが子供のように弱い。あれほどの打線と投手陣を擁しながら負けてしまうのは,監督自身の締まりのなさに要因がある — 当然ながらファンの目にはそう映った。真弓監督は激しい批判に晒され,クビ。それでも甲子園の最終戦終了後は観客席から真弓コールが起こったそうである。やっぱりチームのために頑張って来たわけだから,監督の労をねぎらうべきだろう。ファンのこういう行動を見ると,ファンというのはホントありがたいものだと思う。後任監督は和田さん。私個人としては中日を勇退した落合さんのような勝負師を期待したのだけれど,やっぱり叩き上げの人材が登用された。和田さんも「守りの野球を目指す」と堅実な就任コメントを出しているようなので,それなりに期待できるのではないだろうか(そもそも今年の「戦犯」が監督昇格なんて,というのが阪神ファンのもっぱらの反応のようであるけれども)。ドラフトも,打で伊藤,投で歳内という有望株の交渉権を得たので,例年になく首尾よい成果だったと思う。来年に期待しましょう。

サッカーを観たあと川崎駅までウォーキング。ミューザ川崎コンサートホールは東日本大震災時の天井崩落の復旧工事でいまだにコンサートができない事態にある。いつものイルミネーションがなく物寂しい感じであった。再開は来年まで掛かるようである。娘の試験が終わったこともあり,みんなで焼き肉を食べた。川崎駅ビルは人で溢れ返っていた。
 

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佐藤優『はじめての宗教論』

佐藤優は目下のジャーナリズムの寵児である。彼は元外務省分析官で,もっぱらロシア外交に携わり鈴木宗男とともに北方領土問題の解決に尽力した。それよりもなによりも,彼は 2002 年に背任容疑で逮捕され,先頃有罪が確定した人として世間に知られている。佐藤優は,本を読まずにテレビばかり観ている人にはただの「犯罪者」でしかないが,マスコミ報道に疑問を持つ者,世界を理解しようとするにまずは書籍を頼む者にとっては,日本人に数少ない最高の行動的知識人のひとりである。

私はかつて彼の『国家の罠』,『自壊する帝国』について記事を書いた。宗教論について書かれた『はじめての宗教論』二冊(右巻:2009,左巻:2011)こそ,思うに,佐藤の人となりの深いところを示し,かつその人間精神のあり方でもって感動を与える書物になっている。私は 2009 年末に右巻が出版されてすぐ読んだ。左巻がその後なかなか出て来ないので,どうしたのかと思っていたら今年の 1 月にようやく出た。ちょっと思うところがあり,遅まきながら本書をここでも取上げたい。

宗教論のみならず,佐藤の哲学・文学についての言説の特徴は,これらが生きて行く上で「役に立つ」ということを誰憚りなく主張し,現代の日本・世界の政治情勢の分析において具体的に適用している点である。私は大学でロシア文学を先攻した。これについては自分が世の中の余計者の系譜にあると自認している。卒業後は喰うために情報処理技術者となった。仕事は他人と生活との役に立つ社会的行動(公),文学はまったく役に立たない,他人の知らない私の内面世界(私) — こういう相互関係のない公私の割り切りをして来た。文学のブの字も出ない職場に 20 年以上いるとこうなる。世の中には人文科学を無用の長物と見下すバカがゴマンといる。よってもって,文学・哲学・宗教学について「役に立つ」などと人前で本気で語る人をはじめて見て,非常に驚いたのである。

本書は「見えない世界」について考察する宗教学が何故に生き続けているのか,それが現代においてどういう意味を持つのかを,「学」としての基礎知識とともに,示してくれる。彼の宗旨であるプロテスタント神学の観点からという前置きがあるにせよ,これによって,「見えない世界」を見えるようにするための基礎訓練とでもいうような仕上がりになっている。右巻は,宗教と人間社会・政治・国家との関わり,罪,霊魂の問題について,左巻は,宗教とナショナリズムについて述べている。

本書で私がもっとも感銘を受けたのが「道徳」と「倫理」の問題である。「殺す勿れ」は道徳の範疇である。末期ガンで苦しむ患者を,もはや尽くす手がなくなったとき安楽死させるべきかどうかについて悩むとき,人は倫理の問題に踏み込む。「殺す勿れ」の道徳はこういう当の抜差しならない状況において問題解決の役に立たない。道徳は善悪の一般的基準である。そして,倫理とは個別具体的な状況での決断である,というようなことが書かれている。私はそこで述べられたエピソードにいたく感銘を受けたので,長文ではあるが引用しておきたい。

 こんな例があります。私はかつてロシアで外交官として大使館に勤務するかたわら,週一回,モスクワ国立大学哲学部宗教史宗教哲学科(旧科学的無神論学科)で宗教論の講義をしていました。あるとき,アフガニスタンへの従軍経験がある学生アルベルト君から,次のような質問を受けたことがあります。
「アフガニスタンのゲリラにソ連兵が捕まると,目をくりぬかれ,鼻をそぎ落とされ,両手両足を切り取られ,芋虫のようにされて放置され,殺されます。山岳部でソ連兵がゲリラに拘束されそうになり,救出できる見込みがないときには武装ヘリコプターを飛ばして,友軍傷兵を皆殺しにしました。それが戦友を苦しみから救う唯一の手段だと思ったからです。サトウ先生,キリスト教神学倫理の立場からこの対応は正しいと言えますか?」
 アルベルト君は私を困らせようとしてこの質問をしたわけではありません。この質問に対して,「アフガニスタンに侵攻したソ連軍が悪い」と非難しても問題の解決にはなりません。アルベルト君は自ら手を上げてアフガニスタンへ行ったのではなく,徴兵されて戦地に送られたに過ぎないからです。ソ連がアフガニスタンから撤退した後,帰還兵には大学の特別枠が設けられ,アルベルト君は戦場での体験を心の中で整理するために宗教を学ぶことにしたのだといいます。
 私は「戦友をヘリコプターで射殺したのは状況倫理として認められる」と答えた上で,こう質問しました。
「その後,君たちは何をやったのか」
「ソ連兵を拘束しようとした者がいた村に掃討作戦を行いました」[ 後略 ]
佐藤優『はじめての宗教論』右巻,NHK 出版,2009, pp. 243-4。

「殺す勿れ」は原則であるが,個別具体的状況に直面すると苦しい決断の果てに「殺さなければならないときがある」。これが正しいかどうかはわからない。「倫理として認められる」のみである。しかし,ここには「道徳」と「倫理」について誠実に考える姿がある。タローとジローを生きたまま地獄の南極に置き去りにした『南極物語』の隊員の行動は正しかったのだろうか。そもそもこの処置は悩み抜いた末の「決断」だったのだろうか? しばらくして隊員が南極を再度訪れたとき信じられないことにタローとジローが生きていた,ということに感動の焦点を置くわれわれ日本人は,この観点が欠如しているのではないか。これが「優しい日本人」ということなのだろうか? おそらく『南極物語』を「美談」と捉えるのは,日本人だけではないだろうか。政治学者・丸山眞男は,福沢諭吉を高く評価し,ある既成観念に応じた判断(福沢の言う「惑溺」)ではなく,具体的事案の状況に即してその都度善し悪しを評価し次の行動を決して行く動的な態度を主張した。佐藤優の「道徳」と「倫理」の問題は,丸山の「既成観念に応じた判断」と「状況に即した動的態度」との関係に似ている。いずれにせよ,私は一般論(道徳,既成観念)にしがみつく奴の言うことは信じないことにしている。個別的事情の凝視とその都度の動的判断 — 丸山と佐藤の教えるところだと思っている。

佐藤はこの倫理の問題から多様性と寛容の立場を抽象して来る。

個別的な出来事には必ず差異があります。そこで,自分とは異なるものをいかに認めるかという,寛容・非寛容の問題とつながってくるわけです。類型的な見方とは多元主義なので,必然的に寛容性が出てくる。それに対して,具体的な実体から離れたところに抽象的な絶対の真理を立てることはキリスト教では禁じられています。絶対の真理は神にしか立てられません。
同書, p. 245。

世の中にはいろんな考え方があり(多様性),場合によっては鋭く対立し共存が相容れないように思われることがある。それでも,お互いを尊重し(寛容性),「正しい/正しくない」に固執せず(何故ならその絶対的真理は「神のみぞ知る」だからだ),「個別倫理として認める」姿勢が必要だ — と佐藤は述べているのである。日本人は「二分法」的(「売国奴」かそうでないか云々というような)あるいは,個的特性を全体に適用する「十把一絡・一事が万事」的(ある韓国人によるレイプ殺人報道をみて韓国人全体が性嗜好の欠陥を持っているとするような)超絶論理学を主張する奴があまりに多い。そういう意味で,ユニバーサルな(グローバルではない)立場をリベラリズムではなく宗教論に基づいて説いてくれる佐藤のような知識人は,たいへん奇特な存在である。
 

* * *

TPP 問題がいま大きく取上げられ,民主党,自民党のそれぞれの党内でも統一的立場を決めかねている。JA など農業関連団体はモーレツに反対運動を繰り広げている。極めて考え深い韓国政府は,あらゆる製品において制限が撤廃されるであろう TPP を嫌って,保護すべき製品を除外できる余地のある米韓 FTA に踏み切ろうとしている。もし韓国が米韓 FTA を批准したとしたら,日本は米国との貿易において決定的に韓国に敗北し,日本製品の国際競争力はさらに角度を増して低下するのは目に見えている。ここで,日本は大きな決断を迫られている。日米安保条約批准と同じくらいの。菅首相が「第二の開国」と評したのも充分納得できる,それくらいのインパクトがある。野田首相は TPP 参加に前向きである。

この状況に対して,佐藤優はラジオで面白いことを言っていた。TPP は中国包囲網としての環太平洋諸国による「経済ブロック」の実現であるというのだ。なぜなら,自由貿易の枠組み自体は WTO というものがすでにあり,それに各国が準拠してゆけばよいからである。またぞろわざわざ自由貿易圏を環太平洋諸国間で作ろうというのには,ブロック経済という帝国主義的思惑がある。これで中国を圏外に追い出して貿易の国益を中国以外の国々で山分けしようという魂胆。野田首相の前向き発言のおかげで,プーチンが同じ中国包囲網であるユーラシア経済圏をぶち上げた,北朝鮮が中国偏重をやめロシアに目を向けるとともに日本にラブコールを送りはじめた,という佐藤の指摘は意味深長である。へえ,というしかない。こんな見方があるんだと感心した。日米安保条約が軍事的安全保障上の戦略だとすれば,TPP は米国との経済的同盟関係,つまり保護主義的にツルむということ。日本国民は関税の掛かった中国製品と,無関税の安い米国製品とでどちらを買うか。米国国民は関税の掛かった中国製品と,無関税で比較的安くなった質の高い日本製品とでどちらを買うか。少なくとも中国製品の魅力はいまよりも確実に低下する。

TPP で関税のみならず資本・人的資源の往来も自由化されれば,競争力の弱い産業はたちどころに壊滅するのは当たり前である。その筆頭である農業団体はもとより,外国資本・労働者がより日本に入って来やすくなるとして,排外主義的右翼は猛反発している。医療サービスそのものも対象になるとなると既得権益を確保できなくなるので,医療団体も猛反対している。しかし,この経済圏から日本が締め出されたら,これこそ日本全体の首が締まる。私個人は TPP に前向きな野田総理を支持します。ま,例によって小田原評定の政府だから,当分は決まらないだろう。こうして日本の国際競争力は知らないうちにいつの間にやら「お前はもう死んでいる」ということになりそうである。

日本人の人口、減る…区別集計開始以来初』を讀賣配信の電子ニュースで見た。国勢調査でも確実に日本の人口が減少していることがハッキリしたわけだ。外国人を含めると 2005 年前回よりも微増とのこと。つまり国内の経済活動そのものも外国人依存度が高まっているということ。

この記事では述べられていないけれども,総務省のサイトに掲載されている『平成 22 年国勢調査 — 抽出速報集計結果・要約』を閲覧すると,人口の年齢別内訳推移も集計されている。もう世間でうるさいくらい問題になっている少子・高齢化社会構造は,人口減少に伴って当然ながら加速度的に進行している。調査報告書からその推移グラフだけをちょっとここにいただく。
 

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平成 10 年ころを境に 65 歳以上の人口が 0〜14 歳のそれを逆転し,増分を増やしつつさらに増加傾向にあることがわかる。もっと深刻なことに,15〜64 歳(いわば働くことのできる人々)の人口がこの逆転と同時に減少に転じた。つまり,国際競争力が減る一方の国家体質になったということである。65 歳以上の人口が加速度的に増えて行くモードに入ってすでに 10 年。このグラフの推移を延長すると,あと 30 年もすると,今度は 65 歳以上がそれ以下と同じになるような勢いである。昭和の終わりごろはざっと 8000 万人が 1000 万人の老人を養っている形だったのが,平成 5X 年では 6000 万人が 6000 万人の老人を養わなければならなくなる,つまり,8 人で 1 人だったのが,1 人が 1 人を賄うことになる? 人口減少に歯止めがかからず 0〜14 歳の比率が下がる一方だとすれば,この予測はそれほど間違ってはいないだろう。

いまのオレたちが 80 になる時代にゃ,年金どころではないことがハッキリする。オレたちが積み立てている金はどんどん先食いされてそのころにはすでに残っていやしない。そこで老いぼれたオレたちが尚も年金なんて貰ったら,働く人たちはおそらく過労死するだろう。おまけに,いまの若者はただでさえ就職難でかつワーキングプアに苛まれロクな手取りがない。異性とエッチする余裕すらなく自分が食べて行くだけで汲々としている。当然結婚もできず,子供も産めない。そんな若者が壮年になって,目下彼らに冷たい仕打ちをしている 40〜50 代(いまの 60 代より上の世代はそのころはもうくたばっている)の面倒を見るなんて,どうしたって想像できない。

ウチには二人の金喰い虫のガキがいるけれども,貧乏でもよいからあと二人くらいは生んでおくべきだったかなと,いま切に思っている。子供を増やす政策を政府がいくら施しても,この国勢調査の推移グラフで見る限り子供の増える徴候が「まったく」認められない。もう,すぐにも,日本中が加齢臭と入歯の口臭(泉鏡花の読み過ぎか)で充満しそうだというのに。

こうなると,じゃ国としてどうするか。日本で老後を過ごそうと思う限りにおいて,カネに物言わせて外国から若い労働者を連れて来るしか手だてがないではないか。日本人は自分で子供を増やせない以上,これはバカにでもわかる。実際,在日外国人は増え続けている。なのに,讀賣ニュースに付いた Yahoo! コメントの最上位の意見はどうか —「減ったからといって,移民を受け入れる理由にはしないでほしいものだ」。16:40 のオレたちが必死こいて働いている時間帯の書き込み。つまり,例によって,ヒマな排外主義的バカ・ネット「右翼」である。そしてそれを支持する者たち。「カルデロン親子は出て行け」なんて恥さらしを堂々とやる口だ。こいつら,老いぼれたら,誰にケツを拭いてもらうつもりでいるんかね。こいつらは,「憂国」の「ええカッコしい」(関西ではこの言葉は見せかけだけの能無しに対する最大の侮辱である)に過ぎず,じつは「自分のいま」しか考えていないことが,こういうところからすぐわかるのである。

ああ,定年過ぎたら生命保険が下りるうちにさっさと死にたい。いや,その前に誰かの富を合法的に収奪する手だてを考えるべきか。そのうち中国と戦争がおっぱじまったりして,若い者が国内で働き,社会のお荷物となるオレたちこそが出征して大量死し,これで国内経済の帳尻が合うのか。とまあ,世の中の冷徹な数字を見せつけられるたびに,暗澹とした気分にかられるんである。暗い,暗い。cry, cry... こんな状況を鑑みるにつけ,いまの日本は子供,若者を大事にしなくてはならないとつくづく思う。石油,レアアースどうのこうのどころじゃない。「人間」こそが国家のいちばん大事な資源なのである。

国芳

歌川国芳の画集を古書で入手した。古書といっても,今夏に没後 150 周年を記念して開催された回顧展のカタログ『破天荒の浮世絵師 歌川国芳』(NHK プロモーション制作,2011 年)である。

国芳は幕末の動乱期を生きた。洋の東西を問わず動乱期の藝術は,既成の価値観が動揺し,文化史的にマニエリスム的な傾向を帯びるものだが,国芳の場合も,アルチンボルド風騙し絵あり,オランダ絵画に倣った風景画あり,と伝統的な浮世絵師の概念から大きく逸脱する作品も残している。絵の題材の厳しい制約 — 当時,天保の改革以降,芝居役者を描くことは禁じられていた — をかい潜るために,落書き風に描いた変った絵もあり,現代ならさしづめ「ヘタウマ」路線のような試みまでしている。それゆえに「破天荒」なる形容が相応しい絵師のひとりになっている。彼は猫をたいそう可愛がったそうで,猫が登場する戯画をたくさん描いている。

彼の作品の最高峰は武者絵と妖怪画だろう。伝奇物語に取材したダイナミックな構図と色彩は,現代クリエイターの関心をも惹き付けて止まないものがある。侍が巨大な骸骨と対決する妖怪画『相馬の古内裏』はなかでも有名で,私も江戸絵画でもっとも好きな作品のひとつである。国芳展の情報がアンテナに引っかからず,実物を拝めなかったのがつくづく残念である。さしあたりこの画集を眺めて楽しもう。
 

20111026-kuniyosi-1.png国芳画集カバー
20111026-kuniyosi-2.png相馬の古内裏
20111026-kuniyosi-3.png見立東海道五拾三次 岡部 猫石の由来
20111026-kuniyosi-4.png荷宝蔵壁のむだ書
20111026-kuniyosi-5.png二尾の猫絵

はやく人間になりたい!

今日会社から早めに家に帰ると,子供たちがテレビを観ていた。『妖怪人間ベム』がいま実写で放映されているんである。私は,小学校に上がるか上がらないかの幼いころ,この元になったアニメを恐怖に駆られながら毎回観ていたものである。

アニメ『妖怪人間ベム』のテーマは明らかに「差別とは何か」であった。見た目に妖怪であろうが何であろうが,正しいことをするものを弾圧してよいものか。妖怪ベム・ベラ・ベロは人間以上に人間らしい心で困っている人たちを助けて,彼らから感謝される。ところが妖怪であることが判明した瞬間に,掌を返すように人間たちから疎外されてしまう。この不当な永遠の壁はいったい何か。子供心にもこの問題論はハッキリと認識できたのである。「はやく人間になりたい!」という意味が — 人間こそが人間らしくないというアイロニーとして — 切実に理解できたのである。『妖怪人間ベム』はそんな硬派のアニメであった。『ウルトラセブン』もそうだったが,1960 年代末の子供向け空想ドラマには,いま観るとドキリとする批判精神があった。いまの子供は『お坊ちゃまくん』などのレベルの低い下ネタものに晒されていて可哀相になる。

実写版では,ハゲだったはずのベムがイケメン男子(KAT-TUN の亀梨くん)になっていた。それよりも何よりも,ベラを演じているのがなんと杏。アニメのベラは,『夜の女王のアリア』を歌い出しそうな,面妖なアネゴだったのに。こんな美貌の妖怪ならフツーの人間よりもウェルカムぢや。これじゃ,「はやく妖怪になりたい!」てなもんや。

と,テレビを観ながら物理を勉強していたウチのバカ娘が「お父さん,いいでしょ!」とマトリョーシカを手に持っている。同じ高校の仲良しの女の子がアルメニアの土産に買って来てくれたんだそうである。アルメニアは昔ソ連の一部だったのでロシアの文物も豊富である。「いいねぇ,フェースブックに載せて上げよう」とデジカメで写真を撮った。オヤジは内心,マトリョーシカも好いけどな,アルメニア土産なら絶品のコニャック『アララート』がよかったな,などと独り言。アララートは,そう,ノアの箱舟が洪水を乗り切って到着した山である。アルメニアの地なんである。

娘のその友人は母親がアルメニア人である。アルメニアといえば,グルジアとともに,コーカサスくんだりの美人産出地域である(残念ながら,アルメニアとグルジアは昔から熾烈な民族紛争を繰り広げている)。さぞ美人なんだろうなと,娘に言うと曰く「うん,お母さんの昔の写真見せてもらったけど,すごい美人」。友人家族は親戚の結婚式のためにしばらくアルメニアに里帰りをしていたそうである。友人の女の子は当然一週間ばかり学校をお休み。今週から娘の学校は試験がはじまる。そういう大事な時期でも家族のイベントをより大切にするのは,日本では忘れ去られているのではないだろうか。アルメニアの人たちは日本人よりも家族を大切にしているんだろうな。一族のイベントよりも試験なんかを重要視する日本人の価値観には,行く先の不幸が見える,というものだろう。
 

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Kurt Weill, Arnold Schönberg - Lieder

Dmitri Smirnov による芭蕉句ロシア語翻訳のための註解作業をしながら,クルト・ワイルとアーノルト・シェーンベルクの声楽を聴いた。フランスのシャンソンのあとは,ドイツの 20 世紀のリートが聴きたくなったのである。どちらも大学のころから聴いて来たアナログ・レコードである。

1982 年に米国ノンサッチ・レーベルから出たクルト・ワイル歌曲集 "The Unkown Kurt Weill"(『知られざるクルト・ワイル』)は 1920 – 40 年代に作曲された 14 の歌曲を収録している。ソプラノは,ベルクのオペラ『ルル』などのエキセントリックな役所で一級の演技を披露した歌手,テレサ・ストラータスである。

ワイルは,なによりベルトルト・ブレヒトと組んだ音楽劇『三文オペラ』(1928 年)で有名である。クラシック音楽の作曲家というよりも,ミュージカルや大衆的歌曲こそが本領であった。もちろんチェロ・ソナタなどの佳作も残している。1930 年代を生きた優れたユダヤ人藝術家の運命の多くの例に漏れず,彼も 1933 年パリに亡命,その後米国に渡り 1950 年ニューヨークで没した。

この歌曲集のレコードは,「クラシック音楽」のジャンル付けをされているけれども,大衆音楽というほうがよい。第一次大戦による荒廃,共産主義と民族主義との闘争,ナチスの台頭という騒擾時代の,一般大衆の手の届く音楽。思うに,20 世紀音楽の大きな特徴は,高級なクラシック音楽と大衆音楽との境界が著しく掻き乱されたところにあり,クルト・ワイルはちょうど両者を激しく往来した作曲家である。「正直に言うわ,あの夜 あたしは進んであなたに身をまかせた [...] わたしの顔を見て,ねえ見てってば!」(ワルター・メーリング詞『もうあとどれだけ?』)のような壊れた愛のラブソングあり,「俺が食卓で坐ってミートボールを食っていると 突然ノックの音がした [...] そとに立ってたのは誰だと思う? 俺だ,俺だ,この俺だったよ」(ベルリン民謡『ミートボールの歌』。言わずともわかるだろうけど,ミートボールってのはキンタマのことである)のような笑劇的怪奇民謡あり,「セーヌの川底には金が沈んでいる,[...] セーヌの川底には死が横たわっている......」(モーリス・マーグル詞『セーヌ河哀歌』)のような都市文明の慨嘆あり,大衆的趣味とともに鋭い時代批判精神も認められる。声もベルカントというよりも,絶叫まで繰り出して来て音楽劇に近い趣きがあり,新しいリートの試みともいえるんである。このどこかガサツさ漂う大衆性が私には堪らない魅力なのである。

第一曲目の『ナナの歌』はブレヒトの作詞。ワイルはこの曲を妻・レーニャへのクリスマス・プレゼントとして書いたそうである。

紳士の皆さん,私は十七の時
愛を売る市場に出るようになり
そこからいろんな経験を積みました
悪いことも沢山知ったけど
それはみんなゲームだったわ


それにしても,妻への捧げものが娼婦の歌だなんて,ワイルは相当にこだわりのない人だったようである。
 

Unknown Songs
T. Stratas (Soprano)
R. Woitach (Pf)
Nonesuch (1995-11-10)
 

シェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』は,20 世紀音楽の傑作のひとつに数えられている。声楽パートは「シュプレッヒシュティンメ」というしゃべるような歌唱によって歌われる。アルベール・ジローによる夜の狂気と死臭に満ちた歌詞と相俟って,第一次世界大戦前後の頽廃的時代の最高の音楽的表現になっている。このドイツ表現主義と言われる藝術思潮は,思うに,世紀末の耽美的ロマン趣味が戦争の銃弾に打ち抜かれ火傷を負い,その傷が腐敗したような病んだ姿をした,そんな頽廃である。これこそが現代人に相応しい頽廃である。

今日はイヴォンヌ・ミントンのシュプレッヒシュティンメ,ピエール・ブレーズの指揮,ピンカス・ズーカーマン,ダニエル・バレンボイムほかの名手たちによる盤を聴いた。これは,流れるように麗しく,端正な造形で,この曲の名盤のひとつになっていると思う。一方でドイツ表現主義の腐ったような頽廃の味は少し殺がれている。こちらの味を求めたい方には,ヘルガ・ピラルツィクの朗唱とドメーヌ・ミュジカル・アンサンブルの演奏による盤を強くお勧めする。ベルリンの場末のキャバレーで娼婦に,耳元で卑猥な冗談を囁かれ,耳を咬まれる,そんな気分に浸ることが出来る。もう廃盤のはずなので,中古レコード屋で探してください。
 

Schoenberg: Pierrot lunaire - Lied der Waldtaube
J. Norman, I. Minton (Soprano)
P. Boulez (Dir), BBC, et al
Sony (1993-07-15)
 

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暴力団排除

山口組総本部を大阪府警が捜索 初の暴排条例適用』だそうである。暴力団が市民生活を脅かすのは確かなことなので,こういう警察の作戦はドシドシやればよいと思う。暴力を後ろ盾に己の意志を通す組織は是認できない。

現在,暴力団追放意識は官民ともに徹底されている。島田紳介さんは暴力団と付合いがあるだけで芸能界から追放された。なのに一方で,山口組のおかげで興行ができた美空ひばりが死して伝説と化し,いまだに国民的スターであり続けているのは,ご愛嬌ということか。過去の芸能人とヤクザの付合いを穿り出して名誉を奪うのは,該当者が多過ぎて無意味だからか。昔は芸能人はヤクザに仁義を切らないと,イベントで,頬に切り傷のある,袖口から彫物の見える,明らかにそのスジとわかる何人もの若い者に客席を陣取られ,異様な雰囲気を会場に振り撒かれた。客は眉をひそめて逃げて行く。マネージャがその若い者の頭に「ちょっとこちらへ」と囁いて封筒を渡す。こうして芸能人のそのスジとのお付き合いがはじまるというわけである。華々しいアイドル歌手のウラでヤクザがしのいでいる。彼らはアイドルに付き纏う偏執狂的ストーカーを認めると,そいつをビルの裏側へ連れて行きもう二度と現われないようにしてくれる。夢もクソもない。企業も株主総会においてこれとまったく同じやり方で食い物にされて来た。暴力団対策法や暴力団排除条例によって,こうしたヤクザの行為を締め出すことができるようになった(乱暴狼藉を働くわけでないので,かつては訴えても立件できなかった)。

私は大阪で生まれ育ったこともあり,ヤクザの絡む事件が身近で数多くあった。中学時代,野球部の友人(悪ガキであった)が雀荘のバイクを盗んだ。ところがその店はヤクザが経営する店だった。彼はその後学校に顔を見せなくなった。昭和五十二年,高校一年のころ,住吉区にあった私の高校の目と鼻の先にある銭湯で,ヤクザの抗争事件があり,拳銃で一人が殺された。ちょうど山口組・田岡組長の狙撃事件があり関西の至る所で血臭い事件が頻発していた時期である。

いまから考えると怖い時代だった。ところが当時はどこか当たり前みたいなノリがあり,「ヤーサンに関ったらアカンでぇ,注意しいや」くらいで,そう,自動車には気を付けようみたいな程度であった。そら無防備で叢歩いたら蝮にかて咬まれるわいな,てなもんや。ま,普通に生活している限りにおいて,ヤクザに因縁を付けられボコされるよりは,交通事故に遭う確率の方が高かったことは確かである。親をヤクザにもつ友人も何人かいた。家に遊びに行くとその父親が鍔のない日本刀の手入れをしていた。打粉で刀身をポンポン叩いて和紙で拭き取り油を塗る。私が食い入るように視ていると彼は「そんなおもろいか」と優しく笑って言ったものである。別の友人は質の悪いガキで(でも一緒に野球をやっている分には面白い子供だった),先生が扱いかねて彼の父親に授業参観をさせた。その友人は普段は授業中もことあるごとに先生に歯向かっていたのだが,彼の父が来たその日はまったく猫を被ったようになった。その友人以外のよくいる付和雷同的チョイ悪ガキたちも同じ。父親がヤクザだと皆が知っていたからである。とまあ,私はヤクザの「被害」を被ったことは一度もなく,むしろ友人の親としてよくしてもらった記憶しかない。いまなら,どうなんだろう,私は「暴力団関係者と交際をしている」ことになるんだろうか,私の友人は暴力団関係者として村八分に晒されるのだろうか,それも不条理だよな。

その当時からすれば,暴力団対策法,暴力団排除条例によってヤクザの活動が著しく制限され,いまはヤクザの勢力は地に落ちるところまで来ている。ま,いいことなんでしょう。十年くらい昔,仕事で遅くなり真冬の夜中の三時くらいになってタクシーがなかなか捕まらないと,会社事務所近く,江東区洲崎(昔,遊郭があり,吉原に通じているので親不孝通りといわれた)の屋台でおでんを食いながら一杯やったものである。あるとき店のオヤジから「みかじめ料として売り上げの半分をヤクザに持って行かれる」と愚痴を聞かされたことがある。ヤクザがいなくなったらどうなるか。屋台のオヤジは金を払わなくて済むようになる一方,別の業者との激しい競争にさらされる,ヤクザですらないヘンな無法者のなすがままにされる(ヤクザの「縄張り」でヘンなことをするのは,マヌケかあるいはよっぽど肚の据わったチンピラである),などのデメリットも出て来る。芸能人でいうなら,ムシが付きやすくなる。要するに,縄張りのウラの統制が効かなくなるリスクを負うことになる。新宿歌舞伎町など,ヤクザの縄張りが壊れて,ヘンな客が暴れたり,外国系マフィヤの無法により,却って犯罪が凶悪化しているとも聞く(真実のほどは知らぬ)。

ヤクザにも功罪がある。暴力団排除は大賛成だけど,いい面ばかり見ていてもよろしくないかも知れない。
 

P.S.

昨日 20 日,自由報道協会が主催した小沢一郎・民主党元代表の記者会見で,讀賣新聞記者が政治資金問題で小沢さんにしつこく食い下がって(「説明責任」というあのメビウスの環を回っているのだから讀賣の行動のバカさ加減は当然だ)場を独占したために,協会の暫定代表である上杉隆氏がアタマに来て讀賣の記者との間で一悶着があった(BLOGOS 記事を参照)。

BLOGOS によれば,自由報道協会とは「記者クラブに所属しないフリー記者やネットメディアが中心となってオープンな記者会見をするために誕生したもの」である。「フリー記者らは小沢氏に TPP 加入問題や日中関係など政策についてのみ質問。それに対して新聞記者の質問は,小沢氏の政治資金問題に集中するというように,くっきりと分かれていた」とある。私としては現時点の政治的な問題はフリーの記者の関心のほうが核心を突いていると思う。それに対して讀賣をはじめ大マスコミの政治資金問題づくしは,国家の大問題をよそに政治家の立ち小便の罪にばかり目を向けている一般人の週刊誌的政治観を象徴している。

これら大マスコミは,喩えて言えば,自由報道協会にとって,芸能人イベントにおけるヤクザとまったく同じではなかろうか。参加者の一見正当な権利に基づく振る舞いによって,イベント全体の本当に大事な要素が決定的に壊される,という意味で。どうだろう,こういう場合,暴力団対策法に訴えて讀賣新聞記者を警察にしょっぴかせてはどうだろうか。彼らは「指定暴力団員」ではないから,もちろん,それはできないし,やってはいけない。ペンは剣よりも強し。新聞記者は暴力団員よりも強し。でも,マスコミの誤報・悪意ある報道で人生をフイにした人にとってみりゃ,どちらも似たり寄ったりだよな。

Cora Vaucaire, Récital en Japon, 1980.

会社から帰宅して,コラ・ヴォケールを聴いて,先日亡くなった彼女を偲ぶ。1980 年に初来日した際の,草月ホールでのリサイタルのライヴ録音。Cora Vaucaire, Récital - Enregistrement Public à Sogetsu-Hall。彼女による枯葉こそオリジナルといえる,ジャック・プレヴェールの詞になる名曲『枯葉 Les Feuilles mortes』,『桜んぼの実る頃 Le Temps des cerises』など,彼女の定番の 12 曲を収録している。レシタルのすぐあとにフィリップスから出たアナログ・レコードである。残念ながら廃盤で CD の再発売もならず,もう入手することは適わない。これは彼女のファンである妻が大学のころに買ったもの。伴奏をジャン・ピエール・レミ(ピアノ),鈴木秀美(チェロ)が担当している。鈴木秀美はいまやバロック・チェロのエキスパートですね。

いまの日本には,シャンソンのファンは数少なくなったんだろうけど,確実に,したたかに存在しているはずである。30 年前のこの盤に耳を傾けると,米国ポップスのふやけた輸入品のような JPOP の浅ましさ・見かけ倒しとは無縁の,粋な知性と衷心さが,いまにして身に沁みる。1980 年当時にしてコラ・ヴォケールはすでに 62 歳。それでも,「人生の数だけドラマがあり,愛の数だけシャンソンがある」なんてことを心の底から謳うのである。

C'est une chanson
Qui nous ressemble
Toi tu m'aimais
Et je t'aimais
Les Feuilles mortes
  それは私たちふたりに
  似た歌
  あなたは私を愛し
  私はあなたを愛した
『枯葉』中村敬子訳

こんなシンプルな愛の表現はいまやリアリティを失い,もはや「時代遅れ」としか理解されない。ところが老いたコラ・ヴォケールの声にかかると,セピアな恋の時代に心地よく逆行できる。年とともに藝に磨きがかかるという真実。越路吹雪や加藤登紀子によるコラ・ヴォケール・ナンバーのカバーも忘れられない味があった。

モンマルトル。サン・ジェルマン・デ・プレ。恋する詩人たち。「ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ / われらの戀が流れる / わたしは思ひ出す / 惱みのあとには樂しみが來ると / 日も暮れよ 鐘も鳴れ / 月日は流れ わたしは殘る」(アポリネール,堀口大學訳)。場末のシャンソン。「ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し」と朔太郎が歌った憧れのフランス。
 

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* * *

注文していた『公式フェラーリ F1 コレクション 2011年 10/26号』が届いた。F1 グランプリの思い出に浸ったはずみで,ネット発注してしまったのである。このシリーズはアシェット・コレクションズ・ジャパンが隔週で発行する歴代フェラーリ F1 のコレクションで,先頃創刊されたばかりである。1/43 スケールのミニチュアが付いている。この号は,1990 年にアラン・プロストがドライブした Ferrari 641/F1-90 である。詳細な解説付で 1990 円というこのコレクションの価格は,1/43 ミニカーが通常 4 〜 6 千円することを鑑みると,魅力的ではなかろうか。とはいえ,シリーズ全部を取り寄せるとお金がいくらあっても足りないので,私はこれはと思う 1970 年代のフェラーリの号だけを選択的に集めようと目論んでいる。

書斎机のマックの横にミニカーを飾ったら,「子供みたい」と妻に笑われた。「いいでしょ,子供なんだから」。ホント,そうなんだから仕方ない。なかなか精巧である。Ferrari 641/F1-90 を,これだけはと思って購入した Ferrari 312T4(ジョディ・シェクターが運転して優勝した 1979 年モナコ・グランプリ仕様)と並べて,いま子供のようなプチ喜びに浸っております。でも,これが 3 台,4 台と増えて行くと置き場所に困るなあ,なんてふと思うくらいだから,後の号は買い忘れてしまうかも知れない。
 

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公式フェラーリF1コレクション 2011年 10/26号 [分冊百科]
Ferrari 641/F1-90, A. Prost, 1990.
アシェット・コレクションズ・ジャパン (2011-10-12)

F1 グランプリとその思い出

先週末行われた韓国グランプリで,レッドブルのセバスチャン・ベッテルが今季 10 勝目を上げ,3 戦残して早くも F1 世界チャンピオンの座を確定した。しかも二連覇。レッドブル・レーシング・チームもコンストラクターズ・タイトルを獲得した。

私はここのところ,日本の若き F1 ドライバー・小林可夢偉にしか注目していない。日曜の夜中に放送される中継録画も,たまにしか観戦しない(だって,次の日は仕事ですよ。フジテレビは何考えてんだか)。レースそのものにあんまり関心がない。マシンの実力差があまりに激しくてつまらないのである。それでも,高校を卒業する 1980 年あたりまでは,レース情報雑誌『Autosport』を毎号購読し,熱心にグランプリ・レースをフォローしていたものである。新聞やテレビでほとんどモータースポーツの話題がなかった時代(大昔のギターと同じで,ガキっぽい — 暴走族のイメージに結びついた — 不良の道楽のように見られていたのだ)。小学校 6 年生のとき友人に JAF が刊行する F1 グランプリ年鑑写真集(ジョー本田の素晴らしい写真が掲載されていた)を見せてもらい,雑誌などの僅かな情報を持ち寄って友人と楽しむようになった。中学生になり,映画『F1グランプリ』を観て,ジャッキー・スチュワート,フランソワ・セベールに魅了され,F1 の虜になってしまった。プラスチック・モデルをいくつも拵えたものである。当時,スーパーカー・ブームというのがあったのだが,私はそんなものよりもずっとフォーミュラ・レーシング・カーの野性的な美しさに魅了されてしまっていたのである。

1975 年から 1980 年にかけては,イタリアのフェラーリの復活・全盛時代だった。1960 年代までのフォーミュラ・レーシングカーはいわゆる葉巻型の皆似たような車が競い合ったものだが,1970 年代に入ると空気力学の進歩に伴いマシンが戦闘機のような機能美をもつ美しい姿になった。そして,エンジンこそフォード・コスワース DFV 8 気筒とフェラーリ・水平対抗 12 気筒との実質的に二つのエンジンのしのぎ合いではあったが,マシンの外観は各チームごとに個性豊かになった。1976 年には 6 輪車(タイレル・フォード)までが登場する個性的な時代だった。そして,これは私の主観に過ぎないかも知れないけれども,フェラーリ 312T シリーズは,このなかでも抜きん出て速く美しい車だったのである。フェラーリは 75 年,77 年,79 年にドライバーズ・チャンピオンシップを獲得した。「速くて美しい」— これは決定的な魅力だった。私にとって,1979 年の 312T4,1980 年の 312T5 は最も美しい F1 の記憶である。このときフェラーリを駆ったカナダのジル・ヴィルヌーヴは私の贔屓のドライバーだった。

ジル・ヴィルヌーヴは時に無謀ともいえるオーバーテイクでダイナミックなドライビングを見せてくれる,命知らず(よって時代遅れ)のレーサーの代名詞的存在だった。1977 年の日本グランプリで,富士スピードウェイの第一コーナーにおいて彼が無理な仕掛けをしたために,他の車と接触し後輪に乗り上げ,舞い上がった車体がそのまま客席に落下し,彼自身は無傷だったにもかかわらず,観客が二人死亡してしまった。これが,その後長らく日本グランプリが開催されない直接の原因となった。さらに,それから 5 年後,ヴィルヌーヴ本人が 1982 年のベルギー・グランプリで事故死してしまった。彼には二人の幼い子供がいたこともあり,その傷ましい死に私は大きなショックを受けたものである。

1980 年代に入ると空気力学的車体構造の進化がある飽和段階に来たのか,マシンのデザインがまたまた各チーム似たようなものになりはじめた。1980 年のグランプリ・シリーズを制したウィリアムズの最強マシンは,まるでカモノハシのような醜いフロントノーズをしていた。醜いマシンが私の最も美しいと思っていたフェラーリ 312T5 を楽々と抜き去る時代になった。フェラーリはまたもや長い低迷時代を迎えることになった。速さと美しさが別物に感じられはじめた(速いものこそ美しい,と人はいうのかも知れないが)そんなころ 1982 年のヴィルヌーヴの事故死があり,私の F1 への関心は薄らいでしまったのである。大学に入って文学や音楽のほうにハマってしまった次第。ホンダがマクラーレンと組んで F1 コンストラクターとして復帰し,アイルトン・セナが華々しい連勝街道を突っ走った 1988 年 〜 1991 年,日本パワーの躍進にはさすがに心が躍ったけれども,グランプリ・レースそのものへの関心はもう失ってしまっていた。車が大好きなのに運転免許も取得していないのはその所為かも知れない。自動車は危ないから。

ジル・ヴィルヌーヴのフェラーリ 312T4, 312T5 が懐かしい。私にとってはこのマシンがいまだにいちばん美しい。若い人から見れば,「神様・仏様・稲尾様」,「巨人・大鵬・卵焼き」とまったく同じ。まさに終わってますね。

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Gilles Villeneuve with his Ferrari 312T4 in Autodromo Enzo e Dino Ferrari, 1979.
(c) ideogibs, http://www.flickr.com/photos/ideogibs/2113890097/

U-19 日本女子連覇

ベトナムで行われた U-19 サッカー・アジア女子選手権で,日本のリトルなでしこたちが見事連覇を果たし,来年ウズベキスタンで開催される U-20 女子 W 杯出場権を獲得した。五輪予選時のなでしこと同様,北朝鮮としのぎを削る恰好になったが,直接対決で勝利を収めたのである。おめでとうございます。それにしても,時事通信以外このニュースをどこも報じてくれず,日本のマスコミはどうしてこうもユースに無関心なのか。

U-19 世代は日本女子サッカー史のなかでも「黄金世代」と呼ばれるに相応しい。W 杯で優勝したなでしこA代表のひとりである岩渕選手の名前が轟いているけれども,今回のアジア選手権で活躍した京川選手,田中選手など恐るべき才能が揃っている。ホント,将来が楽しみなんである。彼女たちは,来年の五輪こそ難しいかも知れないが,次回の W 杯では間違いなく主要メンバーに入るだろうと私は確信する。

田中選手は JFA アカデミー福島の生徒である。 JFA アカデミーは,幼少時にその才能を見出された子供たちを集めて,中高一貫教育を行い,サッカーの「エリート」を養成する。日本人は「エリート」ということばにヘンな拒否反応を示す珍しい国民で,おまけに「エリート」をもっぱら「東大ほかの有名大学を卒業して中央官庁ないし一流企業に入った者」のことだと勘違いしている。そして,困ったことに,東大卒業者も,たとえ世の中の何の役にも立たなくても,暗黙のうちに自分を「エリート」だと勘違いしている。それは「ブランド志向」というものであって,「エリート主義」とは異なる。「エリート」とは,意志を持って,己の存在を賭けて,世界と対峙し自国を背負う人材のことである。JFA アカデミーは己の使命を,「『世界基準』をキーワードとし」,「サッカーはもちろん,人間的な面の教育も重視し,社会をリードしていける真の世界基準の人材,常に(どんなときでも,日本でも海外でも)ポジティブな態度で何事にも臨み,自信に満ち溢れた立ち居振る舞いのできる人間の育成」(JFA アカデミー)と定義している。これこそ「エリート」たる人間の養成というものである。日本もやっと「世界規準」に近づきはじめたような気がする。

JFA アカデミーを終えた者は,「エリート」としての自覚と責任感をもって,日本のために世界の強豪と戦うだろう。その素晴らしい成果を U-19 アジア女子選手権に見たように思う。本来ならば,サッカーだけでなくあらゆるテクニカルな分野においてこのような「エリート養成」をなすべきである。「ブランド志向」が「エリート主義」と取り違えられているからこそ,日本の官僚,政治家があのような体たらくになっているのだと思いませんか? この暗黙の自称「エリート」たち,算数国語理科社会のお勉強ができるだけじゃないですか! だから外国の官僚・政治家に「負ける」のである(外務省の振る舞い,国際会議での大臣の発言を見るとすぐわかりますよね)。

秋,クラシック音楽に浸っております。今日は少し汗ばむ暑い昼下がり,ハイドンの弦楽四重奏曲集『太陽』全曲を楽しんだ。Haydn - Streichquartette op.20 »Sonnen-Quartette«, Hob.III: 31-36。ドイツ・グラモフォン,1994 年,ハーゲン四重奏団の演奏による比較的新しい録音である。若々しく端正なハイドン。
 


交響曲などの大編成オーケストラによる作品がコンサートホールに集う市民たちの祝祭であるとするなら,室内楽作品は心をひとつにする極く少数の仲間内の親密な語らいである。前者が公的でシンプルで華やかであるならば,後者は私的で複雑で洗練されている。室内楽でも弦楽四重奏という形式は,ことにその傾向が強い。そしてその至高の表現者はいうまでもなくベートーヴェンであった。彼の交響曲は誰にもわかるようにシンプルに書かれ,高い演奏効果をもち(アマチュア・オケによる演奏であっても),よって人気も高い。それに対し,弦楽四重奏曲は複雑(とくに後期作品は複雑怪奇といってもよいくらいである)で,気難しく,実験的で,極めて難解である。市民的オーディエンスのためではなく,作曲家自身,あるいは演奏家,音楽的教養の豊かな選ばれた少数の人たちのために書かれているといえる。

ハイドンはそういった弦楽四重奏曲という形式を完成させた作曲家とされている。ベートーヴェン,シューベルト,ブラームス,シェーンベルクの弦楽四重奏曲を知ってしまったわれわれからすれば,難解なところは少しも感じられないけれども,彼の作曲した数多の弦楽四重奏曲群は,「演奏効果」だけからすれば,聴くをもっぱらとする側にとって退屈なシリーズであるかも知れない。ところが「演奏者にとって」は,四国八十八箇所の霊場巡りのような,求道的鍛錬と悦びの混淆する魅力のあるモニュメントになっている。私の大学のころの友人に大学サークルの弦楽四重奏団でヴァイオリンを弾く者がいたが,彼の曰く,優れた四重奏はたくさんあるが,弾いていて楽しい四重奏はハイドンがピカイチ。もっぱら聴くばかりの私は「ふーん」であった。

それでももちろんハイドンは,「演奏者」ほどではないにせよ「聴くばかりの者」にも確かに素晴らしい弦楽四重奏曲を書いている。私にとって『太陽四重奏曲集』はそんな作品のひとつ。第四楽章のシンコペーションが印象的な第一番変ホ長調,優美で長閑なテーマの第二番ハ長調など,愉悦に溢れた楽しい作品が全 6 曲。なかでも私は第五番へ短調が大好きである。疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドラング)時代の理性の裡に秘めた激情というのか,Romantik に成り切れない者の節度ある憂愁というのか,第一ヴァイオリンの奏でる哀愁のあるテーマが胸を打つんである。東京カルテット演奏のアナログ・レコードではじめて聴いたときは,ハイドンにもこういうドラマティックな感情があるのかと感嘆した覚えがある。
 

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お休みの今日,バッハの平均律クラヴィーア曲集を第一巻,第二巻全 48 曲通して聴いた。この曲の私のお気に入りの盤は,何といってもロシアのピアニスト,スヴャトスラフ・リヒテルのピアノ演奏によるもので,普段はもっぱらこちらばかりなんであるが,今日はケネス・ギルバートによるチェンバロ演奏,1984 年・独 Archiv Produktion から出た Das Wohltemperierte Clavier, Teil I & II, BWV 846 - 893, Präludien und Fugen を久しぶりに再生した。

チェンバロ盤はグスタフ・レオンハルト,鈴木雅明,ケネス・ギルバートの録音を取っ替え引っ替え聴いている。いずれもお気に入りなんだけど,ギルバートの盤は,音響の粒立ち,広がりのよい録音と,確かな技量に支えられたクセのない演奏とで,飽きが来ない。オーソドックスな演奏だと思う。清々しい朝に華やかに鳴らしても,深夜に音量を絞って耳を傾けても,満ち足りた独りだけの贅沢な時間を過ごすことが出来る。

私にとってバッハの平均律はこれまでの人生でもっとも大切な音楽の筆頭である。ハ長調からはじまって半音ずつ主音を上げつつ長・短それぞれの調性で前奏曲とフーガを織りなし,12 音・長短調の全 24 曲かけて一巡りして円環が閉じられるとき,何か壮大な世界が完結する。キリスト者が苦悩のなか聖書の一節を顧みるように,自分の人生のある時点の境遇・気分にぴったり嵌る曲をこの曲集のなかに見つけるのが,私の精神的習慣になっている。

普段はレディ・ガガや Acid Black Cherry などの米国 POPS,JPOP ばかりに夢中で「クラシック音楽は退屈」と言って憚らないウチの娘も,私の影響からか,バッハだけは別格で,バッハの平均律を聞くと「神のいる宇宙の広がり」を想像してしまうらしい。第一巻の楽譜を買い与えてやったら,24 番ロ短調 BWV 869 を結構真面目に練習していた。でもきちんと弾けるようになる前に,受験,バレーボールその他もろもろの理由で,残念ながら,さらうのをやめてしまった。「音符の数はスカスカなのに何でこんなに難しいの?」— 「バッハは複数の旋律線が別々に聞こえて来ないとまったく何が何やらわからないんだよ」— 確かに娘にバッハの平均律は何十年か早かった。それでも,まったくヘタクソでも,娘があの瞑想的なプレリュードを弾くのを耳にしたときは,なんとも言えない感慨を覚えたのである。
 

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ギルバート演奏の私の所有するレコードは,東京に出たてのころ秋葉原・石丸電気で見つけた輸入盤 CD 4 枚組。この盤をアマゾンで探してみたが見当たらなかった。多分これが再発盤と思われるもののリンクを設置しておきます。
 

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デニス・リッチー死去

先日スティーブ・ジョブズの死去がトップニュースで報道され,大きな話題になった。確かに,アップルの今後の動向は IT 業界に大きな影響を与えるので,当然の扱いである。今日,デニス・リッチー死去のニュースがひっそりと掲載されていた

でも,私のような 1980 年代に計算機の素養を身に付けた者にとっては,デニス・リッチーのほうがスティーブ・ジョブズよりも,遥かに,何倍も,圧倒的に,ネームバリューが高いのではないだろうか。ブライアン・カーニハン,ケン・トンプソンなどとともに,デニス・リッチーの業績は,Programming language C,UNIX という,現代の計算機基盤の創造と直接に結びついているからである。スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツが「ビジネス」にして大成功した,その礎を築いたのが彼らだからである。

私にとって,デニス・リッチーは計算機「文化」の生けるレジェンドであった。彼の名著『プログラミング言語 C』に,どれだけ多くの人が C の文法のみならず「プログラミング書法」というものを教えられただろうか。私はこの本を読んで,プログラミングは間違いなく文化表現たりうるという確信をもったものだった(この本についてはここに記した)。そのレジェンドがとうとう歴史のなかに移行しようとしている。私には,敬愛する大作家が亡くなったような,そんな感慨がある。

放射線,ユーロ危機

世田谷区の住宅街で強い放射線量が検出され大きな話題になった。最新のニュースによれば,福島原発事故と直接には関係がないようである。それでも福島原発事故はチェルノブイリと同じレベル7というのだから,放射能の拡散においても同程度の危機感を煽ってしかるべき。チェルノブイリの場合は,事故現場から 350 km のような遥か遠く離れたところにも,高放射線量を示す「ホットスポット」がいくらでもあるらしい。放射性物質はそもそも,政府が暫定的に示した半径 20 km 以内云々などとは無関係に,気象条件その他の要因によりランダムに拡散するのだから,雨風その他もろもろに乗って意外な場所に汚染が広がっているのは想像に難くないのである。

それにしても,最近あまり騒がれなくなりつつあるからか,福島原発の事故対応状況がよくわからない。わからないながらも騒がれないので,なんとなく時間が解決してくれるような感覚に近くなっていないか。政府は除染をきっちりやると言っているけれども,通常の事故対応というものは,事故により発生する害毒の出所を止めるフェーズ,撒き散らされた害毒を消滅させるフェーズ,被害者を救済するフェーズがあると思われる。そして対応状況は,そのそれぞれの全体作業規模と収拾過程とがセットになってこそ,その進捗が判断されるべきもののように思われる。ところが,刻一刻と更新されている東電の報告書を見ても,これをしました・こんなことが起きましたばかりで,その作業規模と進捗状況がまるでわからず,おそらく原発事故というものは,われわれのようなシステム屋の事故対応観念からは測り知れないくらい,処置が難しいんだろうな,と溜め息が出るばかりである。東電の技術者は地獄のなかで頑張っている。マスコミにはこの3フェーズの進捗状況を「翻訳」してきちんと国民に伝えてほしいと願う。

世田谷はどうも違ったようだが,それでも,本当に危ない「ホットスポット」が福島から遠く離れたところに見出されるのは時間の問題のように思う。日本に住んでいる以上もはやどこか腹を括らないといけないのかも知れない。チェルノブイリ事故対応でウクライナ政府がいまだに手を煩わせていると聞くと,日本も少なくとも向こう三十年はこの事故を背負わなくてはならないのである。そのへん,外国人はシビアに理解していて,先日行われたF1日本グランプリで来日したあるチームは,メンバーに日本の食材を口にすることを禁じたという。福島から遠く離れた鈴鹿なのにですよ。でもこれは,リスク管理として当然の判断である。この状況じゃ TPP による農産物の自由化なんて,日本が食い物にされて終わりなのかも知れないなと思ってしまった。あんたんとこの農作物はベクレルベクレルしてもうて危ないからうちは買いまへんけど,うちの国からは関税なしに買えるようになりまっせ,てなもんや。
 

* * *

日本産は安全神話(もともとただの「神話」であるが)が崩壊しこんな感じで危機的事態にあるんだけれども,円は高値安定。製造業を中心に輸出で成り立っている企業はどんどん海外に出て行く。中小企業はヘトヘトの状況である。国家の危機に際しては経済も下降し,通常はそのために通貨の価値も下がるはずだと思うんだけど,円はそうではない。そして円高だと産業がダメージを受ける。この二点が私にはどうしても理解できない矛盾したことのように思われる。通貨の価値が高く評価されているのは経済力に対する国際的な高い信頼を示すはずではないか。なんか誰かが詐欺まがいの経済学を流布させてるんじゃないかと思ってしまう。

その一方でユーロはいま,ギリシア財政問題に端を発する欧州金融危機・ソブリン危機で非常に危ない事態になっている。一時期 170 円近かった 1 ユーロはもう 105 円程度になりつつある。イタリア,ポルトガルも危ないのではと言われている。ドイツとフランスが頑張るらしいけど。欧州が破綻したらどうなるんだろう。

これに比べたら日本は,借金まみれのダメ政府,大震災による疲弊,原発事故の十字架,などなどの危機的状況であるにもかかわらず,なんで経済的信用が高いのか。じつは破局がまだ見えないだけなのか。

政府は年金支払い開始を 65 歳からさらに引き上げようとしているようである。俺たちは死ぬまで(日本人らしく)働かなければならず畳の上では死ねない,と考えざるを得ません。欧州の心配をしているどころじゃないというのが生活人としての愚痴である。
 

* * *

日本 VS タジキスタンの W 杯予選見ましたよね。日本は格の違いを見せつけてくれました。駒野選手までがゴールしちゃうというあまりにヌルい草サッカー。私は途中から真面目に見る気がしなくなり,泉鏡花読書のほうに注意が行ってしまうくらいであった。それでも,日本代表は,大量リードの割には 90 分間集中を切らさず手を抜かず,チームメートを思いやるプレーも随所に見られた。中村憲剛選手さすが。本田,遠藤のスーパーサブはこの人しかいません。年が年なんでそれだけが心配だけど,柏木選手や家長選手には到底真似の出来ない「広い視野」をもっている。ボールをもった瞬間に出す場所を判断できる「広い視野」— これが,本田・遠藤選手以外の日本選手に決定的に欠けているところなんである。タジキスタン代表もフェアプレーに徹してくれた(ロシアをはじめとする旧ソ連の国々のサッカーは,少なくとも中国や韓国よりも,フェアかつ「真面目」だという印象がある。ウズベキスタンも極めてスマートなサッカーをする)。こんな試合は荒れると思った私の期待を別な意味で裏切ってくれ,幸せでした。ま,まだまだブラジルは遠いんだけど。

それはそうと。なでしこジャパンの佐々木監督と澤選手が秋の園遊会に招かれた模様をニュースで見た。陛下と言葉を交わす澤選手がガチガチに緊張しているのが笑えた。振り袖(!)を身に着けた澤選手なんて想像だにしなかったのだが,意外と(失礼!)女性らしさが清々しくて,とてもチャーミングでした。

やっぱ,私はただの生活人であって,放射線,ユーロ危機も気になりますが,スポーツ・芸能の話題で癒されてしまう。わが国の政府と同じで,まったく「危機感」がありません。

ruby マークアップ・ツール

昨日書いた泉鏡花『貧民倶樂部』の記事において,鏡花テクスト引用のために大量のルビをマークアップしなければならなかった。HTML で <ruby><rb></rb><rp></rp><rt>これ</rt><rp>)</rp></ruby> とマークアップすると,これ となる。<ruby> タグをサポートしていないブラウザならタグ以外のテキストがそのまま出力されて 此(これ)となる。LaTeX にも奥村先生のマクロ集に \ruby 命令があり,この場合は \ruby{此}{これ} とマークアップする。これらのルビ付加用マークアップ作業は,やっている最中に元の文章が分断されて判りにくくなりかつ極めて面倒なので,私は自分で書いた簡単なツールで一括整形している。今日はその整形ツール convertruby を紹介しておく。私は Mac OS X で使用しているが,FreeBSD, Linux でも動作するはずである。同じ必要に迫られた方はプログラム・コードをコピってお使いください。

このツールは,標準入力から UTF-8 テキストを読み,此(これ)のように,漢字 + + 読み + のように書いた文字列に対して,マークアップを行う。デフォルトでは HTML タグを付加する。-l オプションを指定すると LaTeX 形式で整形する。対象テキストの括弧は全角でないといけない。そういう融通の利かないところがある。開括弧より前のテキストを後ろから逆方向に走査し,漢字以外が出現するまで漢字をスタックにプッシュし,あとでこのスタックからポップして得られる文字列(先入れ後出しにより文字の順番が戻る)を親文字と判定する。「漢字」は Unicode CJK 統合漢字に属するかを \p{InCJKUnifiedIdeographs} 正規表現文字クラスで判断している。Perl コードは以下の通り。

#!/usr/bin/perl -w
# -*- coding: utf-8; mode: cperl; -*-
#
#     convertruby: ルビ・マークアップ
#     - ベタのテキストを <ruby> or \ruby シーケンスに整形する
#     - 例: 此(これ) ["(", ")" は全角括弧]
#       -> <ruby><rb>此</rb><rp>(</rp><rt>これ</rt><rp>)</rp></ruby> (default)
#       -> \ruby{此}{これ} (with -l option)
#     - usage: convertruby [-l] < stdin
#          -l: for LaTeX; default: for HTML
#
use strict;
use utf8;
use Getopt::Std;
use File::Basename;
binmode(STDOUT, ":utf8");
# コマンドライン・オプション処理
my %opts = ('l' => 0);
Getopt::Std::getopts('l', \%opts) ||
    die "Usage: " . basename($0) .
    " [-l] \< (stdin)\n   -l: for LaTeX; default: for HTML\n";
# 行毎の主処理
while (<STDIN>) {
    my $line = $_;
    utf8::decode($line); utf8::decode($_);
    my ($yomi, $leftt, $rightt);
    # 「(読み)」を含まない行はそのまま出力
    unless ($_ =~ /([^)]*)/gi) {
        print $line; next;
    }
    # 「(読み)」を走査し,これがある限りその前後を切り出す
    while ($line =~ /([^)]*)/gi) {
        $yomi = $&; $leftt = $`; $rightt = $';
        # 「(読み)」から括弧を外す
        $yomi =~ s|[()]||g;
        # 対象漢字部を後方から走査し,漢字スタックに push する
        my @kstack = (); my $k;
        my @istack = split(//, $leftt); # 「読み」の左側テキストの文字配列
        while ((@istack) &&
               (($k = pop(@istack)) =~ /\p{InCJKUnifiedIdeographs}/g)) {
            push(@kstack, $k); $k = "";
        }
        # 最後に pop した非漢字を左側テキスト配列スタックに戻しておく
        push(@istack, $k) if ($k);
        # 漢字スタックから漢字部文字列を pop で復元
        my $kanji = "";
        while (@kstack) {
            $kanji .= pop(@kstack);
        }
        # 抽出した漢字部よりも前の文字列を出力
        if (@istack) {
            print $_ for @istack;
        }
        # ruby マークアップ部分を出力
        if ($kanji) {
            if ($opts{'l'}) {
                # LaTeX (with -l option)
                print '\ruby{' . $kanji . '}{' . $yomi . '}';
            } else {
                # HTML (default)
                print '<ruby><rb>' . $kanji .
                    '</rb><rp>(</rp><rt>' . $yomi . '</rt><rp>)</rp></ruby>';
            }
        } else {
            # 「漢字(読み)」のパターンでないものはそのまま出力
            print "($yomi)";
        }
        # 走査対象文字列に右側テキスト(残り)文字列を格納して,繰り返し
        $line = $rightt;
    }
    # 残り文字列を出力
    print $rightt if ($rightt);
}

GNU Emacs からは,以下を .emacs に追加すれば,利用できるようになる。ここでは convertruby/usr/local/bin 下にインストールされているものとしている。この定義を Emacs に評価させた後,テキスト・リージョンを指定し,M-x convert-ruby-html, M-x convert-ruby-latex を実行すると,当該リージョンがそれぞれ HTML, LaTeX のルビ・マークアップ整形を施される。

;; convertruby for HTML
(defun convert-ruby-html (start end)
  "Convert text to ruby HTML sequence."
  (interactive "r")
  (call-process-region
   start end
   "/usr/local/bin/convertruby"
   t (list t nil) nil
   "")
  )
;; convertruby for LaTeX
(defun convert-ruby-latex (start end)
  "Convert text to ruby HTML sequence."
  (interactive "r")
  (call-process-region
   start end
   "/usr/local/bin/convertruby"
   t (list t nil) nil
   "-l")
  )

泉鏡花『貧民倶樂部』の引用に際しては,新字・新仮名遣いで引用文を作成し(図 1),自作のソフトで旧字・旧仮名遣いに変換し,次に,ルビを付けたい漢字に「(よみ)」を付加し(図 2),最後に Emacs 上で convertruby を実行して <ruby> タグをマークアップした(図 3)。ただし,図 3-1 は HTML 整形の,図 3-2 は LaTeX 整形の結果例である。
 

20111012-ruby-1.png図 1. ルビなしで新字・新仮名遣いで記述
20111012-ruby-2.png図 2. 表記変換後,ルビを付加
20111012-ruby-3.png図 3-1. HTML 整形実行結果
20111012-ruby-4.png図 3-2. LaTeX 整形実行結果

泉鏡花『貧民倶樂部』

作家・泉鏡花は明治六年,金沢の生まれ。その作品は怪奇趣味と妖美を湛え,幻想文学の愛好家にとっては『高野聖』,『草迷宮』,『歌行燈』,『夜叉ケ池』等などで文学史上の忘れられない名前になっている。私も高校生のころから鏡花作品に親しんで来た。私は,怪奇幻想の系列だけではなく,「通俗娯楽」作品も大好きなんである。江戸草子文藝の濃密な味わいが堪らないのである。初期の作品『貧民倶樂部』(明治二十八年)はそのような作品のひとつ。『江戸迷宮』読後,鏡花が恋しくなり,岩波書店『鏡花全集』第二巻を引っ張り出して再読。

『貧民倶樂部』は痛快娯楽物中篇小説といってよい。毎晩新聞社の探訪員・お丹が,四ツ谷・鮫ヶ橋(江戸のころは夜鷹=下級売春婦のねぐら,明治時代は貧民スラムとして有名だったそうである)の貧民窟に住む貧民たちとともに,貧民救済慈善会を催す華族婦人たちの偽善と虚飾を暴き出し,それを新聞に書き立て,華族婦人を恥辱にまみれさせ,さらに非情な私刑を加えて行く。作品の魅力は,なんといっても,非日常的でありながら江戸のころより親しまれた文語体によって,明治の上流階級,最底辺の貧民,気風のいい伝統的江戸ツ子が入り乱れる奇想譚を物語ったところに尽きる。ここでは,貧民の群れ,乱闘の描写に横溢する百鬼夜行ぶりは,くだらない人道主義的リアリズムを超越して,むしろ豪華絢爛と言いたいところだ。

「さあこれからだよ。賣溜うりだめ金子かね幾千いくらあらうと鐚一錢びたいちもんでも手出でだしをしめえぜ。金子かねつてしのぐやうな優長いうちやう次第わけではいから,かつゑてるものはなんでもひな。さむ手合てあひは,其處そこらにあるきれでも襯衣しやつでもかまはずもらへ。」とおたん下知げちに,おほかみころもまとひ,きつねくらひ,たぬきみ,ふくろふうたへば,からすをどり,百足むかでくちなはたゝみひ,いたち鼯鼠むさゝび廊下らうかはしり,縱横じうわう交馳かうち亂暴らんばう狼藉らうぜき,あはれ六六館ろく\/くわん樓上ろうじやう魑魅魍魎きみまうりやう橫奪わうだつされて,荒唐蕪涼くわうたうぶりやうきはめたり。
『鏡花全集』第二巻,岩波書店,1973 年,pp. 88-9。
そして,いま読んでも痺れるようなお色気。これぞ鏡花の大きな魅力だと私は思う。「婦人慈善會」に現れたお丹は因縁をつけ,会の売物シャツをタダでせしめて,衆人環視のなか敢然と諸肌を脱ぐ。この一見無意味な露出が,虚飾を排したヒロインの色気たっぷりの気風のよさを見せつけて,カンゲキなんである。
一寸ちよいと婆樣ばあさん。」
 婦人ふじん照子てるここたへざるをて,伯爵夫人はくしやくふじん婆樣ばあさんよばはり,これ亦異數またいすうなり。「啊呀おや返事へんじをしないね。みゝうといのか,襯衣しやつつてげよう。」
 とこたへざれども無頓着むとんぢやく鳶色とびいろ毛絲けいとにて見事みごと編成あみなしたる襯衣しやつり,閉絲とぢいとぶつりとりぬ。
 これのみにても眼覺めざましきに,肩掛シヨオルをぱつと脫棄ぬぎすてたり。慈善會場じぜんくわいぢやうきやくあるじ愕然がくぜんとしてながむれば,かれはする\/とおびきて,下〆したじめ押寬おしくつろげ,おくするいろなく諸肌もろはだぎて,衆目しうもくところ二布ふたのぢず,十指じつしゆびさところ乳房ちぶさおほはず,はだへきよゆきつかね,薄色友禪うすいろいうぜん長襦袢ながじゆばんひるがへりたる紅裡もみうらゆるがごと鮮麗あざやかなり。れてはたまへど,もとより深窓しんさう生育おひたちて,乘物のりものならではおもてでざる止事無やむごとな方々かた\"/なれば,他人事ひとごとながらはぢらひて,かほそむけ,かしられ,正面しやうめんよりるものなし。
同書,p. 64。

もうひとつ,お丹が上流婦人・綾子を私刑するくだり。狡猾,小粋でサディスティックなお丹の女傑ぶりは,その筋の小説好きには堪らないはずである。

 かねてよりめいじけむ,夜叉羅刹やしやらせつ猶豫ためらはず,兩個ふたり一齊いつせいひざてゝ,深川ふかがは夫人ふじん眞白ましろ手首てくびに,くろするどつめくはへて左右さいうより禁扼とりしばり三重みへかさねたる御襟おんえり二個ふたりして押開おしひらき,他目ひとめらばえぬべき,ゆきなすむねしたまで,あらけなくかきあくれば,綾子あやこかほあかめつゝ,惡汗をかん津々しん\/腋下えきかきて,あれよ\/ともだたまふ。りやう乳房ちぶさ右顧とみ左眄かうみて,おたんはなぶりあざけり,「ふむ,大分だいぶんおほきくなつた乳嘴ちくびにぼつといろいて,かた呼吸いきして,......ところ四月よつき末頃すゑごろたしかだ。それでしと,搔合かきあはせてんなよ,おさむいのに。」
同書,p. 163。

鏡花の作品集は数あるわけだけど,「怪奇・幻想・妖艶」にばかりこだわる現代鏡花読みのワンパターンゆえに『貧民倶樂部』は収録されず,この作品は,おそらく岩波『鏡花全集』でしか読むことができないと思う(私が知らないだけで収録作品集も,ネット上の電子テキストもあるやも知れないが)。岩波『鏡花全集』全二十九巻は昭和十七年の版であり,テクストは上の引用の通り総ルビ付きの往時の活版である。表カバーには,雲母をひいた地に桜,桃,梅の文様と,源氏香図「紅葉賀」。見返しには,緑地に青の紫陽花図。扉には,兎,波,月の散らし文様の小袖の図に,題名が印刷されている。用語類の注が一切ない不親切な編集で,世態風俗の用語を調べながら読まないといけないのではあるが,書籍としても版面としても美しい版なんである。鏡花の全集を購入するのはよほどの愛好家であるためか,『鏡花全集』は二,三十年に一度くらいのタイミングでしかも予約出版でしか刊行されない。私は昭和四十八年版(昭和十七年初版の第二刷)を古書で入手したんである。
 

20111010-kyoka-zenshu.png
 

アマゾンで『鏡花全集』第二巻の古書が出ているようなので,リンクを設置しておく。
 

プーチン再来

先日のニュースで,ロシアの次期大統領にプーチン現首相が事実上再選されるとの報道があった。

プーチンは親中国派との評判がある。よって,最近,尖閣諸島問題,空母等の軍拡を巡って日本にとって現実的脅威になってしまった中国に対し,いよいよロシアが肩入れするのではないか,つまりプーチンの復活は日本にとってよくない,という人がいる。私はそうは思わない。北方領土問題にしてもかつてのプーチン大統領は,メドヴェージェフみたいな強行・嫌がらせ一点張りの対日外交ではなく,きちんと日本の主張に耳を傾ける度量があった。そしてプーチンは地政学を重視する帝国主義者,裏の裏を知り尽くした諜報の元プロであるからして,ロシアにとっても脅威になりつつある中国を牽制するために,メドヴェージェフ以上に巧みに日本を利用するはずで,その戦略として日本に甘い汁も吸わせなくちゃと考えるはずである。ま,「出る杭は打たれる」なんて堂々と宣う — つまり,典型的島国根性の集団主義にどっぷり浸かった — わが国のドジョウ宰相には,まずこの古狸には太刀打ちできないだろう。利用されるばかりで,甘い汁は吸わせてもらえない可能性が高い。

もうひとつ,私のプーチン期待を支える重要な指標がある。ロシアの権力トップは,レーニン以来,ハゲとフサフサが交代するという面白い暗合がある。それはプーチン再来でまたもや踏襲される。レーニン(ハゲ),スターリン(フサフサ),フルシチョフ(ハゲ),ブレジネフ(フサフサ),チェルネンコ(ハゲ),アンドロポフ(フサフサ),ゴルバチョフ(ハゲ),エリツィン(フサフサ),プーチン(ハゲ),メドヴェージェフ(フサフサ),プーチン(やっぱりハゲ)。そして,ハゲが権力者のとき,日本とロシアの関係が改善されているという歴史的円環がある。日ソ共同宣言(フルシチョフ=ハゲ),冷戦終結(ゴルバチョフ=ハゲ)。フサフサのときはロクなことがないという印象もある。スターリンの対日参戦はその筆頭である。かくして,プーチンの大統領再任で日露関係はよい方向に進むというのが私の確信である。もちろん冗談である。もとより日本は外交無能なのであるからして。

川崎八丁畷・芭蕉句碑散歩

金木犀がほのかに香って本当に秋らしくなった。妻と散歩に出た。今日は,かねてから一度行こうと思っていた,川崎の芭蕉句碑を見に行った。7, 8 キロもあるだろうか,京急八丁畷駅近くまで自宅から歩いた。句碑のある場所がわからなかったのだが,出かける前に句碑の住所を Google マップで検索して,ストリートビューでそのものずばりを確認できた。便利な世の中である。
 

20111009-kuhimap.png

麦の穂を便りにつかむ別れかな。芭蕉が元禄七年(1694 年),つまり大阪で客死することになる旅路において,川崎宿場を出立する際に,見送る弟子たちの別離句に和した詠である。なんでこんな凄い句をとっさに詠めるのか。「便りにつかむ」— しびれるような把握である。句碑そのものは,ここから少し南東にある棒鼻というヘンな地名の場所に文政十三年(1830 年)俳人一種によって建立されたものが,のちに現在地に移されたもの,との由であった。

古文書・草書体を大学の国文学演習で修めた妻が,碑に刻印された文字を判読して,左から二行目は「麦の穂を」,三行目は「たよりにつかむ」,そして一行目は「わかれ」と読める,と教えてくれた。句を書き下す順番が面白い。「『かな』はどこいっちゃったのかしら,右端の文字は読めないなあ」。もしかすると「かな」みたいな切れ字は書かなくてもわかるというきまりがあったのかも知れない。帰宅してからネットを漁ったところ,右端の文字はどうも「翁」らしい。芭蕉翁。
 

20111009-bashokuhi.png

芭蕉句碑は京急の電車がガンガン走る線路脇にあった。屋根もお地蔵様の祠もあり,花壇の手入れも行き届いていて,顧客先ビル近くで出張の途中に見た,八丁堀亀島橋袂にある芭蕉句碑(「菊の花咲くや石屋の石の間」)とは大違いであった。サルビアの花が咲いていた。句碑の建屋にすぐ隣接して床屋があり,デカデカと散髪代の看板が目につくのが,なんとも日常のなかに溶け込んでいるようで面白かった。床屋を覗くと競馬のテレビ中継画面が見えた。これぞ川崎。

帰路,句碑の前の道を真っ直ぐ川崎駅方面に歩くと,堀之内と並ぶ川崎の色街・南町に出た。この界隈にはラブホテルやソープランド,ストリップ劇場などが密集している。芭蕉も,東海道中,このあたりで遊んだのだろうか。銀柳街でお茶してからダイスで買い物をし,バスで帰宅した。
 

* * *

帰宅してしばらくしたら,娘が沖縄修学旅行の打ち上げ会から帰って来た。娘は沖縄土産として,沖縄名物・紅芋ちんすこうのほかに,『子宝 ちんこすこう』なる下品な名前のお菓子も買って帰った。ペニスの形をしたちんすこう。まったく! お坊ちゃまくん的低レベルの発想。「ちんことわざカルタ入り!」とも。そのカードには「も — 元のちんこに納まる」とあった。元の鞘に納まる,の捩り。元カレとよりを戻すってことか? ん,「元の鞘」って元カノのおまXXのことだったのか!?

江戸迷宮

先週の通勤電車のお伴は,井上雅彦監修『江戸迷宮 — 異形コレクション』(光文社文庫,2011 年)であった。松尾芭蕉読書からはじまって私も江戸時代小説に捕まった。昔から,山本周五郎,池波正太郎,岡本綺堂,山田風太郎なんかの時代小説は読んで来たんだけど,「失われた日本の美的センス」とでもいうものに最近ことに郷愁を覚えるんである。本書『江戸迷宮』は,井上雅彦の発案で編まれた書き下ろしの江戸怪異潭集成である。主に若い作家に個別に依頼して原稿を集めたようである。これを読むと,最近の若い作家も旺盛な関心をもって想像力を研ぎ澄まし,お江戸の闇を凝視しているんだと感銘を覚えた。

短篇の怪異潭集ということで作家の才気が光るものが多い。吉原花魁・半玉をそれぞれヒロインにした平谷美樹『萩供養』,長島槇子『雛妓』は,死と愛欲との究極の一致という近松浄瑠璃の激しい情念を想起させて,素晴らしかった。薄井ゆうじ『彫物師甚三郎首生娘』は,女の生首に恋した彫物師の藝道潭という,江戸川乱歩ばりのファンタスティックな物語だった。タタツシンイチ『風神』は,元は弱気な真面目人だったのに刺青を入れたら「気」が肥大してしまい壮絶な最期を遂げてしまった男の怪談だが,刺青という記号と身体との関係を象徴的に再認識させてくれる佳作だった。老境に入った皆川博子の掌編『宿かせと刀投出す吹雪哉 — 蕪村』は,大きく回転してクライマックスに落ちて行くような物語性を欠くにもかかわらず,滲み出るような渋い文章の味があった。散文による俳味が。

このように本書の短篇はいずれも美しい江戸の闇を見せてくれるんだけど,私は監修者自身による作品・井上雅彦『笹色紅』がとりわけて面白かった。登場人物の語りを並列するだけで物語を構成する手法に立っているのだけれど,その大団円の衣裳の切替えにはあっと言わされるはずだ。そしてそのタイミングで問わず語りのからくりの妙がわかる。「どんな」って?— それについてはぜひ本書をお読みください。ストーリーテラーとしての井上の才能もなかなかなんだけど,しかしながら,私はその描写の視線というか,井上の描き方そのものが江戸の仮名草子の伝統を髣髴とさせて,いたく興味深かったのである。

 ......お佳那のことは,見間違えよう筈もない。
 はじめて会ったのも夏だった。
 猿若町の芝居茶屋。そこの娘だった筈で,黒の格子柄の薄物に真紅の帯を巻いていた。薄物からは,白い軆体が匂いたつように,透けてみえた。
 紅羅宇も鮮やかな長煙管の,銜える仕草はぎごちない。[ ... ]
 そして......<笹色紅>を買ってやった日に,はじめて出会い茶屋に誘ったのだった。
 春から匂いたつ潮の香が,江戸を包み込む季節......。
 何ひとつ羽織らぬお佳那が,しどけなく紅を引く姿が,いまだに目に焼きついている。<笹色紅>は,きらきらと虹の七色に輝く紅だ。
 玉虫の飛翔のように,碧,紫,紺,朱と色彩を変え,お佳那の子鹿のような顔がうごき,その唇が動くたび,その燦めきに誘われる。
井上雅彦監修『江戸迷宮 — 異形コレクション』光文社文庫,2011 年,pp. 351-2。

顔よりも身につけた衣裳・小物の描写に意を尽くす。その衣裳・小物は,江戸人の粋な趣味・伝統の消息に思いを馳せさせてくれるだけではなく,作品の行く末をほのかに暗示している。この重層的な文体の特徴は,まさに江戸仮名草子のそれである。国文学者・亀井秀雄は『身体・この不思議なるものの文学』(れんが書房新社,1984 年)において,『うすゆき物語』(寛永九年,1632 年刊)の書き出しを分析しつつ,江戸草子のこうした文体的特徴を「ミクロ・コスモス的表現」と呼んだ。

その点でこの [『うすゆき物語』冒頭の:私註 ] 描写は,現代の記号論から見て三重の意味作用をもっていたことになる。つまり直接に衣裳の模様そのものを指し示す外示性(dénotation)と,それが伝統的な自然美や恋の名歌を連想させる共示性(connotation)と,物語全体の展開が冒頭の部分(衣裳の記述)のなかで象徴的に予告されるという提喩的な機能(synecdoque)と,である。
亀井秀雄『身体・この不思議なるものの文学』れんが書房新社,1984 年,p. 15。

『笹色紅』の引用箇所の語り手は,あとで,果たして,笹色紅のお佳那が別の遊冶郎(あそびにん)と浮気をしているのを目にしてしまう。そのくだりには「まるで<笹色紅>のようだ。見方によって,向きによって,まるで別の色に見えてしまう」(前掲書,p. 355)と書かれている。要するに,きちんと笹色紅のもつ synecdoque 機能の「種明かし」をしているわけである。文体,すなわち,「文学の約束事」の意味を忘れた,呑込みの悪い無粋な現代人 — 「文は人なり」,文体とは作家の「個性」,言わば「体臭」のようなもの,などと勘違いしている無粋な現代人 — のために,こういう助け舟を出さないではおれなかった,ということか。

思うに,この「ミクロ・コスモス的表現」は古典的短歌・俳句の重要な特徴でもある。これらの仕掛けの中心にある掛詞や縁語は,現代の文体感覚ではダジャレ/地口に向いてしまい,洗練された表現としての重層感は失われている。「失われた日本の美的センス」が偲ばれるというものである。
 

misima 漢詩作成支援: 平仄音韻分析・詩語検索 misimakansiservlet を使っている方からメールをいただいた。そこで思い出したように,久しぶりに辞書のメンテナンスを行った。平仄などのデータを格納した辞書=漢字データベースは SQLite3 で作成したのだけど,SQLite3 オペレーションを中心とするメンテナンス手順を忘れてしまっていた。思い出したのを整理し,ここにも備忘録を残しておく。以下,beatirce:/home/isao[nnnn] % は misima サーバ機端末の tcsh プロンプト,nnnn はコマンド履歴番号を示す。

misimakansiservlet において,漢詩分析デーモン misimakansiserver は漢字データベース KANJITBL で見つからなかった文字をログに出力するようになっている。私はこれを定期的にチェックし,それらの辞書にない文字(ユーザが入力したが辞書になかった漢字)を手作業で DB に追加する。ログのその部分を抽出する。

% grep -e '\*\*\*' /var/log/kansiserver.log | sort | uniq
***** 㱕 が KANJITBL にありません.
***** 僲 が KANJITBL にありません.
***** 嵆 が KANJITBL にありません.
***** 扃 が KANJITBL にありません.
***** 涴 が KANJITBL にありません.
***** 疴 が KANJITBL にありません.
***** 裛 が KANJITBL にありません.
***** 髥 が KANJITBL にありません.

というわけで,今回この 8 文字を追加。漢字字典を調べ,平仄,読み,語義などを DB のソースコード kanji.src にテキストエディタで追加する。完了したら,create table で漢字データベースファイル KANJI.db を生成する。そしてこれに kanji.src の内容を .import コマンドでロードする。kanji.src のデータ記述はカンマ区切りの CSV 形式なので,ロード実行には -separator , オプションを指定している。

% cd misima
% sqlite3 KANJI.db < mkkanji.sql
% sqlite3 -separator , KANJI.db ".import kanji.src KANJITBL"

ここで,mkkanji.sql とは create 文で DB のスキーマ(データ項目とその属性)を定義する元ネタである。misimakansiservlet の場合は以下のようなものである。

-- -*- coding: utf-8; mode: sql; -*-
-- misimakansiservert 平仄音韻分析用漢字テーブルレイアウト
-- 漢字 ji, 平仄 hs, 韻 in1, 韻 in2, 音読 yo, 訓読 yk, 備考 bk
create table KANJITBL (
       ji text not null,
       hs text not null,
       in1 text not null,
       in2 text not null,
       yo text not null,
       yk text not null,
       bk text not null
);

これで漢字データベースはできた。データ内容を確認して問題なければ,/usr/local/etc/misima/ の下にコピーする。これで Web サーブレットから使えるようになる。以下,SQLite3 DB 操作のメモ。

  1. SQLite3 コマンドラインの起動
  2. 扱う DB を引数に指定する。
    % sqlite3 KANJI.db
    SQLite version 3.7.7.1 2011-06-28 17:39:05
    Enter ".help" for instructions
    Enter SQL statements terminated with a ";"
    sqlite>
  3. テーブル名の表示
  4. sqlite> .table
    KANJITBL
  5. DB スキーマの表示
  6. sqlite> .schema KANJITBL
    CREATE TABLE KANJITBL (
               ji text not null,
               hs text not null,
               in1 text not null,
               in2 text not null,
               yo text not null,
               yk text not null,
               bk text not null
    );
  7. DB 件数の確認
  8. sqlite> select count(*) from KANJITBL;
    6929
  9. tcsh コマンドラインから直接 SQL を入力する
  10. sqlite3 [opt] [db-file] に続けてクオート(ダブルクオーテーションマークで括る)して SQL 文を書けばよい。SQLite3 は標準入力からも SQL を受け付けるので,テキストファイルに書いておきリダイレクトで読み込ませてもよい。
    % sqlite3 KANJI.db "select * from KANJITBL where ji='髥';"
    髥|◎|hs:14:塩|sk:29:艷|ぜん;ねん|-|ほおひげ;鬚髯:柔らかいあごひげとほおひげ;
    % cat sql.txt
    select * from KANJITBL where ji='㱕';
    select * from KANJITBL where ji='僲';
    select * from KANJITBL where ji='嵆';
    select * from KANJITBL where ji='扃';
    select * from KANJITBL where ji='涴';
    select * from KANJITBL where ji='疴';
    select * from KANJITBL where ji='裛';
    select * from KANJITBL where ji='髥';
    % sqlite3 KANJI.db < sql.txt
    㱕|○|hk:05:微|-|き|かえる;かえす|帰・歸の異体字;
    僲|○|hs:01:先|-|せん|-|仙人;僊の異体字;
    嵆|○|hk:08:齊|-|けい;げ|-|稽古の当て・古いことを集めて考える;嵆山:山の名;嵆康:姓の一;
    扃|○|hs:09:青|-|けい;きょう|-|かんぬき;とざす;
    涴|●|sj:13:阮|sk:21:箇|えん;おん;わ|-|涴演:川が曲がりまわって流れるさま;けがす・けがれる;
    疴|◎|hs:05:歌|sk:22:禡|あ;か;け|-|やまい;痾に同じ・痾疾;
    裛|●|sn:14:緝|sn:16:葉|ゆう;おう;よう|-|つつむ・香がまとわりつく;書物の覆い;しっとりと濡れる;
    衣の部;
    髥|◎|hs:14:塩|sk:29:艷|ぜん;ねん|-|ほおひげ;鬚髯:柔らかいあごひげとほおひげ;

これで追加した漢字の平仄分析ができるようになった。
 

20111008-kanjituika.png

自然を食す

体調がすぐれなかったり,仕事をする気力が萎えたり,コンサートの予定が入っていたりすると,仕事の状況を見極めた上ではあるが,私は仕事を放り出して帰ることがある。何日も徹夜させられるときもあるんだから,仕事が落ち着いているときは,たまに抛擲してもバチは当たらない。そうして,妻よりも早く帰宅する場合,洗い物をし,米を炊く。今日もそんな日であった。10 月 7 日,金曜日,晴れ。

妻の岩手の実家からよく米をもらう。家の田んぼで穫れたおいしい米である。梅雨から夏場にかけ,研ごうとして米の器に水を注ぐと,ウジ虫のような小さな幼虫がうじゃうじゃ浮いて来ることがある。健気にのたうつヤツ,まったく動かないヤツ,羽化しそうなヤツが,米の間から湧いて出て来る。調べたところ,これ,ノシメマダラメイガという羽虫の幼虫で,螟蛾の一種らしい。学名は Plodia interpunctella プロディア・インテルプンクテラ。今日も居たか。

気持ち悪い。妻は夏場,新聞紙に米を薄く延べ敷いて陽に干し,プロディアたちを取り除けたりしている。だけど,米にだって虫もつくわいな。美しい桜を咲かせる樹にもうじゃうじゃ毛虫がいる。美人の腹のなかにだって寄生虫がいる。どれだけ米を研いだところで,卵,幼虫をすべて洗い流すのは無理だろう。ヘンに神経質になると — 知らぬがゆえに神経質にならずにすむヤツがほとんどなんだろうけど — この世の中生きては行かれない。ならば,お前たち,食ってやる。プロディア・インテルプンクテラともども米を食うのは,タンパク質も摂取できてよいではないか。

食われずにすんだ螟蛾の成虫が舞い飛ぶのをときおり目で追いながら,子供たちも納得してうまそうにごはんを食べている。自然を食す,というのはこういうこと也...?

ジョブズ氏逝く・小沢裁判

今日の朝日夕刊の一面は,「小沢裁判・全面否認」と「アップル創業者スティーブ・ジョブズ氏死去」の記事だった。

* * *

スティーブ・ジョブズは,マイクロソフトのビル・ゲイツと並んで,パーソナル・コンピュータ業界の偉大なカリスマである。ゼロックス・パロアルト研究所やベル研究所,カリフォルニア大学バークレー,マサチューセッツ工科大学の研究成果をいただくことと,M & A による領土拡張とによる商売の大成功。お互いに憎み合いしのぎを削るマイクロソフトとアップルはどちらもこうした共通点がある。彼らの実業家センスは現代アメリカン・ドリームの象徴である。Windows は,コンピュータについては何も知らない人が使うパソコンに,頼まなくても搭載されているオペレーティング・システムとして世界を席巻している。一方,ジョブズのアップル・マッキントッシュにはアンチ Windows の熱狂的なファンがいる。かつて,ド素人向け「PC」(IBM-PC/AT の略)用という Microsoft Windows のイメージに対し,Apple Mac OS は QuarkXPress 全盛を受けて DTP オペレータやデザイナといったプロフェショナル・クリエイタ御用達の「おしゃれ」なイメージがあった。「少数派」ってわけである。ご存知の通りアップルはその後 iPod を世に出して,ソニーのウォークマンを駆逐し,レコード業界を窮地に陥れた。コンピュータが音楽を滅ぼす時代を作った。社名の示す通り,禁断の林檎を食わせた。いいことである。

私も Mac を使っているけれども,「おしゃれ」を自称する一般のマックファンのような思い入れはまったくない。Windows も会社でありがたく使わせてもらっている。品質では悪名高い Windows 以上にバグが多い,そしてなかなか訂正されない,というのが,私の Mac に対する不満である(アップルがこれであんまり叩かれないのは,「少数派」の熱狂的サポータに支えられているからである)。UNIX として使用できなおかつ Adobe の Photoshop, Illustrator が動くマシン,— もっと正確にいうと — LaTeX でヒラギノフォントが使えるマシン,ということが,私の Mac を使う一番の,— もっと正確にいうと,唯一の — 理由である。ん,ジョブズ氏死去と何の関係があるって? 私とジョブズ氏とは,本来,何の関係もありません。

* * *

小沢さんの裁判は,検察審査会(=「正義感」だけの何もわからない素人)が密室で決めた「強制起訴」決議に基づく(ということは,検察がこれら 11 人の怒れるアマチュア集団を言葉巧みに誘導したんでしょうな)。先日彼の子分たちの一審有罪が宣告されたばかりである。この二つの「裁判」はいったい何の何処に犯罪性があるのかさっぱりわからない — だから「説明責任」で騒がしい — のだけれど,世の中は「金権巨悪を裁け」のような扱いである。

小沢さんは,「僕が悪かった」以外は何を言おうが「説明」と捉えてもらえない「説明責任」という,メビウスの輪のように循環する衆愚的虐待に苛まれている。朝日は書いている:「小沢氏が起訴された背景には,説明不足に対する国民の不信感があるのは間違いない」。でも,身に覚えのない罪を着せられた人は,普通,「説明」のしようがないのではあるまいか。この記事が述べていることは,すなわち,日本という国は不信感で人が起訴されうる国だということである。これを改めて認識しよう。収賄の事実がまったく出ていないのにもかかわらず,生身の人間(たとえ政治家であろうと)を「説明不足に対する国民の不信感」ゆえに被告席に立たせているこの異常な事態を,朝日はなぜ問題視しないのか? この信じられない立件と強制起訴のおかげで,関係者は皆,三流週刊誌やバカ・ネット住民によって,普通の精神の持ち主なら死にたくなるであろうほどに,誹謗中傷され,人格を否定されているのである。

マスコミのレベルは国民の品性を象徴するものだと私は思っている。いま私は自称先進国・日本という国がまったく理解できない。

映画『ツィゴイネルワイゼン』

先日,俳優の原田芳雄が亡くなった。彼を偲んで,映画『ツィゴイネルワイゼン』を,所有するパイオニア配給 DVD ソフトで久しぶりに観た。この作品を私はこれまで何回観ただろう。鈴木清順・1980 年監督作品。原田芳雄,大谷直子,藤田敏八,大楠道代,真喜志きさ子ほかの出演。『ツィゴイネルワイゼン』は,私の確信するに,邦画ファンにとって忘れられない記念碑的一作である。というのも,この作品ののち,1980 年代以降,日本の映画はどうしようもないただの優等生作品,あるいは — 言い換えれば,と言った方が妥当かも知れないが — 不良ですらない下等作品(そういう藝術作品をクズという)ばかりになってしまったからである。というか,本作品をもって日本の輝かしい映画史が終わりを告げ,暗黒時代に入ったとさえ私には思われるからである。まだピンク映画のほうがマシ,ってなもんや。

『おくりびと』などはアカデミー賞・外国映画賞を取るくらいの実力があるじゃないか。日本の映画も捨てたもんじゃない。それは私も否定しない。確かに観て面白い映画はたくさんある。けれども,これらは素材こそ日本的かも知れないが,テーマやモチーフの扱い自体は「リアリズム」という意味で誰が観ても「ああ,あれか」とすぐに理解できる。底の浅いハリウッド映画と何も変らない。だからこそ海外の権威ある賞を受賞できたのだ,と考えたほうがよい。それでよいと思う映画ファンもいるだろう。でも 1970 年代までの邦画に打ちのめされたことのある者は,どうしても苦笑いしてしまう状況なんである。言わばいまの日本映画は,韓国や香港,台湾,インドなどの「映画後進国」の作品とまったく同じレベル — 同じようにヒューマンであり,同じように心温まり,同じように哀しく,同じように泪に咽び,同じように楽しく,同じように面白い,ということ。韓流がなぜいまの日本で流行るのか — それは映像に対する感じ方,見方において,日本映画が韓国の,ないしはグローバル(つまり米国)のフィクション感覚と同じレベル — むしろ先を越されたというのが正しいかも知れない — になったからである。かつてのフランスのフィルム・ノワール,ヌーヴェル・ヴァーグ,ドイツの表現主義に匹敵する,日本人の手になる映像の記憶は失われてしまった。日本人でなければ撮れない映像がロードショーにかかるなんてもはや一縷の期待もできなくなって久しいのである。わずかに北野武,大林宣彦,あと誰がいるか,ってな感じなんである。「何を偉そうに」とお思いになるかも知れないが,黒澤,小津,市川,大島,鈴木などなどのかつての邦画作品の狂気を知る者には,いまの邦画はホントつまらない。私はただの時代遅れか?

『ツィゴイネルワイゼン』のどこがそんなに凄いのか。わからない人(いまの若い人たち)にいくら説明しても無駄である。映画は,思うに,「心温まる人間性」や「正義感」,「真実の愛」なんぞの表現ではなく,絵,ビジョンそのものが命である。『ツィゴイネルワイゼン』の物語は,音楽のように手に掴めもしなければ,匂いのように言葉で表せない何かである。ここでは,映像も台詞も,現実のつまらない人間が見せる表情,発する言葉と共通するところが何もない。これは注意して視るとよい。だから「ああ,あれか」式の日常性モドキから何とも潔く解放してくれるのである。よって「迫真の演技」なんていうホントにくだらないドラマの見方(「リアリズム」と呼ばれている幻想的審美観)からも自由になる。本作品の,訳の分らない,失笑すら催すところも多い,ハッキリ言って荒唐無稽のくっだらないストーリー。やたらとモノを食うシーンが出て来る。なのに,シーンひとつひとつに色気があり,あたかも四人の登場人物たちの絡みが,一種独特の映像による弦楽四重奏とでもいうような美しい狂躁で,脳髄を侵してしまう。映画ではストーリーなんて二次なんである。物語と同様どちらが狂っているのかわからないと束の間納得してすぐ我に返るのだが,映画の台詞にあるように,「もう後戻りはできない」ところにいる感じがするのである。

「きみ,何か言ったかね」,「そのあと,兄さんも同じ夢をごらんになったでしょう... わたくしと,同じ,こわぁーい,夢... 不思議ですわ,わたくしの夢を,兄さんが,途中から,お盗りになってしまった」,「レコオドが一枚,こちら様に来ているのですけれど... サラサーテが演奏している,ツィゴイネルワイゼンでございます... 左様でございますか,グラモフォンの十吋盤なのでございますけれど」— こうした台詞はすべて,まったく迫真性のない — 騒々しいテレビドラマのリアリズムに毒された目にはヘタクソにすら思われるような — 非日常的抑揚を担わされている。それゆえに小説のなかの台詞のように,肉の剥ぎ取られた他ならぬ言葉の骨のようなものが露出して却って頭の中で艶っぽく美しく響くのである。ああ,大正の昔の純粋な美しい日本語とはこうだったに違いない,というような — まったく根拠のない — ヘンな幻想に駆られるんである。歌舞伎や浄瑠璃と同じく,映画のなかでしか聞かれない美しい台詞回しというものがあるのだ。

私はこの映画を三十年の昔,大学生のころ札幌のジャブ70という札幌映画フリーク御用達の渋いハコで観た(当然ながらこの映画館はいまは潰れてしまった)。この映画を観て,大正のころの大學獨逸語教授(「ドイツ語」じゃないよ)というものにほのかな憧れを抱いた記憶がある。『ツィゴイネルワイゼン』に登場する,衒学的で,Erotik で,狂気にあふれたインテリ。フラスコのウィスキーを呷りながらドイツ語の法学なり歴史学の書物を読む姿は,なんとカッコいいものかと思ったものである。私はロシア語の学徒であったわけで,その後もドイツ語はまったくわからないんだけど,日本のインテリにはドイツ語がよく似合うと思ってしまったのである。映画で,中砂(原田芳雄)の本を返してもらいに青地(藤田敏八)宅を訪問した小稲(大谷直子)が,「ゾルダン,ヘッペのヘキセンプロツェッセがこちら様に参っているはずでございます」と,ドイツ語の本の名を語るくだりがある。「ヘッペ」というのが無茶苦茶印象に残ったので — 北海道方言を知る人なら何故かはすぐわかるはずだ —,同じ大学の独文科の友人(Nietzschean であった)に聞いてみた。Hexenprozeß というのは魔女裁判のことらしい。
 
 

レオシュ・ヤナーチェクはチェコの大作曲家である。管弦楽曲,室内楽曲,ピアノ曲,オペラ,そのいずれも傑作ならざるはないといってよいほどである。私はなかでも彼の残した二つの弦楽四重奏曲をことのほか愛している。故障した再生装置が復活し,秋の夜長にはやはり室内楽を,というわけでヤナーチェクの弦楽四重奏曲第一番『クロイツェル・ソナタ』(1923 年作品)を聴く。

全曲の熱情的性格を決定付ける出だしのテーマ。ある人は「かぐやーひめー」を思い起こすかも知れない。
 

janacek_SQ1.png
 

この曲はトルストイの小説『クロイツェル・ソナタ』の読書が作曲の契機になった。小説は道ならぬ恋に生きた主人公の不幸な生涯を描いている。トルストイ晩年の「道徳」教育めかしたストーリに,年老いて恋に溺れた作曲家は「倫理」的な違和感を覚える。その思いが音楽に結晶した作品ということになっている。激しい恋愛感情がスルポンティチェロのトレモロや,延々たるスタッカート,激しく変化する調とリズム,そんな弦楽の奔流となって,曲はこの上なく美しい「不幸なる愛」の表現になっている。不倫の恋の浪漫と評したいところだけれども,その弦の音響は疑いなく二十世紀音楽の先鋭なディナーミクに支えられており,伝統的なクラシック音楽の自動化した和声に親しむ者には — とくに第二楽章は — 騒音にしか聞こえないかも知れない。

私のお勧めの盤は,スメタナ四重奏団が 1979 年にプラハ,芸術家の家・ドヴォルザーク・ホールで演奏したライヴ録音である。当時の DENON 日本コロンビアが日本の録音技術の粋を尽くして録音したものである。スメタナ四重奏団はこの曲を譜面なしで演奏する。とにかくリズム感,強弱感が素晴らしい。第四楽章の第二ヴァイオリンとヴィオラの 32 音符の伴奏には他の四重奏団には出せない切れがある。老齢のため解散してしまった四重奏団だが,私は学生時代に札幌で彼らのモーツァルト・ハイドンセットを聴くことのできた幸せ者である。ヤナーチェクも聴いてみたかったな。でも,この盤がそのよすがとなっている。私は学生時代に買ったアナログ・レコードをいまだに愛聴している。いまこの盤は CD としても入手できるようである。そのアマゾン・リンクを設置しておく。
 

 

私は学生時代にオーストリアの Philharmonia Partituren シリーズにあるこの曲のスコア(校訂者はスメタナ四重奏曲のヴィオラ奏者・ミラン・シュカンパである)を手に入れ,レコードを聴く時に参照したものである。当時は二十世紀音楽のスコアを入手するには,東京や大阪の山野楽器ないし日本楽器の大きな店舗に行き,高いお金を払う必要があった。ところがいまやインターネットで無料でスコアの PDF が見られる時代になった。ヤナーチェクの第一カルテットもここからダウンロードできる。
 

20111004-janacek.png

パステルナーク『全抒情詩集』

私の誕生日に,妻が本をプレゼントしてくれた。未知谷から出版された工藤正廣訳『パステルナーク全抒情詩集』。出たばかりの本である。新聞広告で見つけた妻は,駿河台・男坂にある勤先の出版社からすぐ,猿楽町・女坂にある未知谷の社屋まで出向いて,本書を買って来てくれた。未知谷の刊行物は,国内外の文学論・作品集を中心に,哲学・思想,芸術など幅広いジャンルに渡る。チェーホフ・コレクションなどロシア物の点数も豊富であり,ツール・ド・フランス自転車関係などのディープなシリーズもあり,個性的な出版社である。私も未知谷刊のアフマートワ詩集を読んだことがある。

ボリス・パステルナークは 20 世紀ロシア最大の詩人といってよい。彼の作品ではもっとも有名な問題作『ドクトル・ジヴァゴ』も,散文小説ではあるけれども,「詩の山から散文の平野へのはなばなしい出撃」とヤコブソンが評した通り,詩の「エキゾチックな響き」が至る所に谺する,そういう散文である。やはり詩の山の住人であるところがパステルナークの本性である。本書は日本語で読むことの出来るパステルナーク詩集としては過去最大のボリュームと質とを備えている。私の好きな作品『代理の女(ひと)』(詩集『わが妹人生』所収)から,はじめの四連を引用しておく。

一葉の ぼくはきみの写真と生きている 嬌声たかく笑っている写真と
手頸の関節がかりかり音たてている
指を折り鳴らして やめようとしない そのきみを
客人がひしめき訪ねいて悲嘆に沈んでいる 写真
  
丸太さけて倒れる音 ラコツィ・マーチの猛勇
客間のガラスの器 板ガラスや客たちのせいで
ピアノの上 その火の中を指を走らせ不意にとびあがるその写真
袖の刺繍や小骨の指や 薔薇たち 骰子たちのせいで
  
そしてきみは 髪のかたちほどけて 呆然 狂気じみた
椿の蕾を腰帯にさしはさみ
賛仰むけてワルツを踊った 短いショールを苦悩のように咬み
冗談いいながら そしてやっと息をつきながら
  
そしてきみは片手で 蜜柑(マンダリン)の 皮を揉みくたにして
冷えた果肉の切れをのみこんだ
うしろへ 透きとおるカーテンのむこうへ急ぎながら
シャンデリアきらめき ふたたびワルツの汗が匂いはじめた舞踏の広間へ
  
......
『パステルナーク全抒情詩集』工藤正廣訳,未知谷,2011 年,p. 88。

彼の詩は難解とされる。おまけに日本語訳だと,音とことばのイメージの組合せの面白さが失われてしまう。У которой гостят и гостят и грустят ウ・カトーラィ・ガスチャート・イ・ガスチャート・イ・グルスチャート(客人がひしめき訪ねいて悲嘆に沈んでいる: 上の 4 行目)。だけど,物語の萌芽のような情景が限りなく薄い透明な膜のように映じ,空耳だったかと思われるようなピアノの和音が聞こえ,誰のものともわからない声がそれに交じっている... そんな,観念なのか想像なのか記憶なのか不分明な風景が,一葉の写真の向こうに広がっている。それは日本語でも感じ取れると私は思っている。
 

20111003-pasternak.png

パステルナーク全抒情詩集

ボリス・パステルナーク
工藤正廣訳
未知谷
 

妻の実家から誕生日のお祝いに絶品のチーズケーキをいただいた。岩手県のトロイカというロシア料理レストラン特製である。家族皆で食す。これはホント最高の一品です。http://www.d3.dion.ne.jp/~troika/sub5.htm から注文できるので,ぜひお試しあれ。
 

20111003-cake.png

Mahler "Lied der Nacht",オーディオ故障

妻がマーラーの『亡き子を偲ぶ歌』が聴きたいというので,アグネス・バルツァの盤があったはずだと CD 棚を探した。ほどなく見つかった。私もマーラーが聴きたい気分になり交響曲第 7 番を取り出した。Gustav Mahler: Symphonie Nr. 7, "Lied der Nacht". Claudio Abbado (dir.), Chicago Symphony Orchestra. Deutsche Grammophon, 1984。ところがケースを開けたら,しばらく死蔵していたためか,CD 保護スポンジ材が化学反応か何かで CD にへばりついてしまっていた(セット物 CD にしばしば付いて来るこの保護スポンジ材は,CD に対して悪い経年変化を来すので,買ってすぐこれを捨て去るのがよい)。CD にこびり付いたスポンジを OA クリーナーでゴシゴシ拭いたら CD の印刷面がレーベルもろともかき消されてしまった。「ちゃんと鳴るかな」と不安になりつつ,オーディオにセットして再生したところ,果たしてウンともスンとも言わない。今度は CD を Mac の DVD デバイスで再生してみるときちんと鳴る。書斎のオーディオが故障してしまったらしいのである。「えー!? サーバの次はオーディオが故障かよー」。クソ暑かった今夏,とうとう耐えきれなくなったか。

CD プレーヤ,プリ・アンプ,パワー・アンプ,スピーカ。壊れたのはこのうちどれだ? めんどくせぇー。アナログ・プレーヤも音が出ないので,CD プレーヤではなさそうである。スピーカなら 2 台同時にアウトなんてありえない。となるとプリかパワーのアンプだ。書斎のプリ,パワーはそれぞれ YAMAHA の C-2, B-6 というモデルを長らく愛用している。B-6 のピラミッド型の個性的デザインもたまらなく好きなんである。このほかに,以前使用していた Technics 製 60A, 70A というプリ,パワーのアンプを予備として残してある。この 4 機 — これらは皆 1970 年代に生産された超オンボロであるが,オーディオ機器としての質はいまだに現役なんである — を切替えて確認したところ,故障したのは C-2 プリ・アンプだと特定できた。

リビングで使用しているプリ・アンプ — これも YAMAHA 製 C-2x という古色蒼然たるモデル,壊れた C-2 の上位機である — を書斎に移すことにした。リビングには Technics 70A を復活させる。システム・コンポーネント・オーディオのコードの繋ぎ替え作業の苛立たしさはやったことがある人にしかわからないだろう。70A は通常のフォノ・アンプ(アナログ・レコード信号のプリ増幅回路)しか搭載しておらず,リビングで使っているアナログ・プレーヤの MC カートリッジの小電圧には対応していない(C-2, C-2x は MC カートリッジ用の素晴らしいフォノ・アンプを備えており,トランスは不要である)。そこで MC 昇圧トランスを仲介しないといけないのだが,お蔵入りにした MC 昇圧トランス DENON 製 AU-300LC を,どこに仕舞ったのかなかなか探し出せず苦労した。見つけたときは,捨てなくてよかったと胸を撫で下ろした。何とか接続作業を終え,書斎の再生装置が再び鳴るようになった。でも,C-2 には思い入れがある。ヤマハはまだ修理を受入れてくれるかな,と心配になる。
 

20111002-audio-1.pngCD ラベル消え (左)/YAMAHA C-2, B-6 (右)

20111002-audio-2.pngTechnics A60, A70 (左)/DENON AU-300LC (右)
20111002-audio-3.pngYAMAHA C-2x, C-2 (左)/やっと復活 (右)
 

ああ,やっぱりスピーカから出て来る音響のほうが断然よい。この至福は,iPod なんぞに満足しているうちのガキどもにはわからない(昨今,オーディオに少しでもこだわりをもつのはオヤジ世代になってしまった ...)。マーラーの 7 番 Lied der Nacht をいま聴いているところである。この曲は,五つの楽章それぞれの変化が多様過ぎて聞き所がよくわからず,マーラーの交響曲のなかではあんまり人気がないように思う。「夜の歌」と題されているけれども静謐なイメージがまるでなく,じつはヴァルプルギスの夜なのではないかと思わせるくらいに狂躁的な要素が強い。病的なスケルツォがあったりパッパラパー的ファンファーレがあったりと,全体としてパラノイアな雰囲気があり,私はけっこう好きなんである。私の愛聴するアバド,シカゴ響による演奏がドイツ・グラモフォンでまだ生きているようなので,リンクを設置しておく。
 

マーラー:交響曲第7番「夜の歌」
クラウディオ・アバド指揮
シカゴ交響楽団
ユニバーサル ミュージック クラシック (2011-07-06)

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ISAO YASUDA。システムエンジニア。神奈川県在住。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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