2011年12月Archives

昨日は平成二十三年の御用納め。納会のあと子分と少し呑み,ラーメンを食って深夜帰宅。

今年は仕事でもあんまりパッとしなかった。ウチの会社は,福島原発事故対応で電力事業部は損得なしで大童,コンピュータ事業においても東北地区の自治体システムの復旧で休み無し,と大震災の余波をまともに被った。気仙沼市の震災時システム対応の美談なども聞こえて来た。国難をモロに受ける会社にいると,日本を代表する企業にいるプライドが疼くものである。とはいえ,私の職場は震災の影響はあまりなく,大口顧客の仕事で坦々と稼がせていただきました。

今日から年末・年始のお休み。昼くらいに起きて来て Facebook をボッと眺める。それから,最近顧みることのまったくなかった Web サイトを少しメンテナンス。映画・芸能関係のブログ記事を一覧するインデックスを掲載した。題して『КИНОはけふの物語』。この 6 年間で書き散らした映画評は,いまさらながら,ピンク色が目立って情けなくなる。文学関係の一覧『文学についてのあれこれ』ともどもエロ話が多くて恥ずかしくなる。おヒマなら来てよね。
 

* * *

アマゾン古書店から本が届く。勝見洋一『餞』,映画『終わってる』と,このところまたぞろポルノグラフィについてばかり書いているからか,妻から「またエロ本買ったの?!」と白眼の視線に晒された。違います。ロック歌手・川村カオリの自叙伝『Helter Skelter』。芸能人の本はおそらくはゴーストライターが感動的に纏め上げたものがほとんどなんだろうけど,また一方で「自伝」というものはその本性としていいことしか書かれていないわけなんだろうけど,それは別に構わない。書かれてあることから何が得られるかが問題である。

川村カオリは 2009 年に乳癌で亡くなり,いまや伝説的ロッカーになろうとしている。本書には,片方の乳房を切除した傷跡を晒し管が体に刺さった彼女の半身写真が掲載されていて,痛々しかった。しかし,それよりも,かねてからの私の関心は,彼女が日本人とロシア人の混血であるということだった。日露戦争にはじまり,第二次大戦時の満州侵攻(国際法違反),それに続く日本人捕虜のシベリア抑留,北方領土問題,戦後の東西冷戦と,日本人の民族意識としてロシアは「伝統的敵国」となってしまった。ロシアに関係する日本人はすべからく冷たい目で見られて来た。私は自身がロシア文学を専攻する学生だったので(何かに付け「左翼」のように言われた)それがよくわかるし,その意味でロシアと関係する日本人について無関心ではおれないようになってしまった。そして,ロシア関係に関心をもつものだけが理解できる要素を,本書に認めることができたのである。

彼女はモスクワに生まれ,ソ連の日本人学校に 6 年間通った。ここでは,図書室で伝記シリーズを読むのが好きだったし,個性的な先生から太宰治の『人間失格』を勧められた,それほど平穏な(日本では珍しいくらい文化的な)日々だった。当時のソ連社会の彼女の素描もいい面,悪い面をきちんと見据えている。私は米原万里に感じたソ連育ちの日本人の冷静な視線を,川村にも確かに認めたのである。

 この頃のソ連はこんなふうに外国の製品などあまりなかったけれども,色とりどりのケーキやら果物,洋服や家具,必要な物は全て日本の 10 分の 1 の価格で手に入った。それに社会主義国はみんな平等(軍人やお役人は別ね)だったため,競争心や猜疑心がなく,人々の心も穏やかで豊かだった。知らない人でも喜んで家に招く,そんな国だった。[ ... ]
 今思うと母は一人でどんなに悲しい思い [ 私註:川村の母もまた日本人と結婚したことでソ連官憲から謂れのない差別を受けたことがこの前にしるされている ] をしたことだろう。国への不満や思想を唄や詩にして逮捕される国である。祖父や祖母も仕事場ではいいことだけではなかったという。私の知らない話もまだあるに違いない。
 あの頃はなぜロシア人がみんなウィソツキーという唄い手を愛すのかわからなかったが,最近は日本でも買うことができるようになり,聴き直してみてやっとその理由がわかった。みんな,笑顔の下には涙を隠していたのである。
 ソ連には私服警察がいて,思想的危険分子とされる人はよく連れて行かれたらしい。だから不満があってもみんなそれを言葉にできなかった。ウィソツキーという人はそんな国民の心をギリギリの表現で唄っていた。見た目はアル・パチーノ,声はトム・ウェイツのような唄うたいだった。
川村カオリ『Helter Skelter』宝島社,2005 年,pp. 17-9。

ウィソツキーの名に出くわすとは思ってもいなかったので,懐かしさで溜め息が出た。このシンガーソングライターはギター一本で弾き語りをするソ連時代の魂の詩人であり,1980 年代のロシアを知る者にとっては,知らぬ者のない名前である。そしてウィソツキーをロシア人の「笑顔の下に隠した涙」に結びつける川村の感じ方に,私は数少ない同志を見つけたような感動を覚えたのである。

1982 年に川村家が日本に移住してから,平穏だった川村カオリの人生は一変する。ロシア人のハーフであったためか,日本の子供社会(それはすなわち大人社会の縮図である)のルールに適応出来ず,激烈なイジメに晒される。その契機をこう分析する。

 [ ... ] クラスの中が細分化され,いくつかのチームがあり,みんなどこかに属さなくてはならないことを私はまるで知らなかった。教室の移動やら休み時間など,誘われるがままに付いていった。[ ... ] なんとなく一緒に遊びながらも,これまでのような自然の中ではなく,ゲームに熱中したり,誰かの悪口を言ったり,男の子の話題ばかりだったりする遊び方に違和感を感じていた。ついこの前までトム・ソーヤーのような生活をしていたのだから無理はない。[ ... ] 少しでも違う意見を言うと一瞬で空気が凍るのを感じた。違う意見を言うことは許されないと気づくと,愛想よく付き合うことにすぐに疲れを感じ始めた。しかし疲れようが合わせるほかにない。[ ... ] ところがその甲斐もむなしく,転校して数ヶ月でどうやら私はリーダーの機嫌を損ねてしまったらしい。あからさまにみんなの態度が変わり,無視されるようになった。[ ... ]
 まわりは,あぁやられてる,という顔でただ遠くから見ているだけだった。みんな先生の前では問題などないふりをするので,もちろん先生は気づかない。誰も助けてはくれない。6 クラスもあるのに誰も何も言わない。
 毎日隠される上履き。破かれる教科書,泣きたくなるような机の落書き,黒板に書かれた中傷。ロシアに帰れ。ブス。気持ち悪い。バカ。
 川村死ね。
 死んだ方がどんなに楽だったろう。
同書,pp. 26-7。

ま,誇張があるにせよ,よくある話である。異質な人間が日本で自分を保って生きて行くのは至難の技なのである。Кому на Японии жить хорошо?(誰にニッポンはすみよいか?)。千葉という中途半端な「田舎」だからこんなことになる? 「先生は気づかない」— いよいよよくある話である。「イジメがあったという認識はありません」と生徒がイジメを苦に自殺してしまった学校の記者会見はいつもこうですね。1983 年のソ連による大韓航空機撃墜事件のあとは,社会の授業中に教師にまで「この外道が!」と罵られた,とある。このように,集団主義的イジメは日本の「国民性」である。イジメているのに自分ではその感覚がない。この社会科教師も,ソ連の非道ぶりを許せないとの正義感を振りかざしているわけで,なんの罪悪感もないようだ。帰国子女は耐えるしかない。川村カオリは,その反動からか,その後万引きの常習犯になり,イキがって街を歩き,逆に弱いものイジメを始めるようになる。なんか彼女は学校環境ゆえに落ちて行く人間の典型だったようである。

そんななかでパンク・ロックに出会い,救われる。「わけのわからない服を着た彼ら [ 私註:セックスピストルズ ] は,ハーフである異端児の私と同じに見えた。でも胸張って堂々と自分のやりたいようにやっている強さを感じた。いじめられてもいいんだ。ケガしてもいいんだ。だって PUNK だもん。わけのわからない大義名分が私を守っていた」(p. 30)。

この自伝でもっとも感動的なのは,日本人とロシア人,イジメる側とイジメられる側,どちらにも属した「ハーフ」ならではの複眼的なものの見方である。イジメる側にしか立ったことのない者は何も変わらないが,両方の立場に立った者は「人としてあるまじき行為をした場合,それは一生,自分に付いてまわる傷になる」(p. 33)との深い認識に至ること,罪を自覚することができる。その間で引き裂かれた果てに「私は自分にふるさとが 2 つあることに感謝」(p. 223)できるということ。これこそが,あらゆる尊敬すべき日露関係知識人に共通する属性なんである。日本人がロシア人を憎んでいる激しい緊張感ゆえにこそ行き着くことのできるバランス感覚だと思う。彼女はソ連で成長した方が文化的にも人間的にもおそらくずっと幸福だったろうに,閉鎖的で他人の顔色を窺わないと生きて行かれない日本という劣悪国に帰って来てしまったばっかりに不幸になった。しかし,日本に来て日本人とロシア人の両方の血筋を見つめなければ「川村カオリ」は成らなかったに違いない。
 

 

P.S.

本書にさらりと書いてあってびっくりしたんだけど,川村カオリの両親の国際結婚の仲人は,なんと,杉原千畝だった。父の当時の上司だったそうである。杉原千畝は第二次大戦中のドイツ大使館勤務のなかで日本本国通過ビザを発行し 6,000 人以上のユダヤ人を救った。イスラエルの英雄になっている人物である。

日本人にも『シンドラーのリスト』のような偉人がいたのだと誇らしげに言う日本人が大勢いる。まったく,バカというか,偽善者というか,私は呆れてしまう。この行為は「日本人の優しさ」がなしたものでは決してなく,杉原個人のロシア正教徒としての魂(神の前に己の行動を問うことの出来る魂)が命じたところに依るものなのである。当時の新聞が杉原の行動を知ったとしたら,まず間違いなく同盟国ドイツへの反逆行為として彼を国賊・売国奴扱いしたはずで(「百人切り」なんて恥ずかしい「武勇伝」を何の疑問もなしに新聞記事にしていた国なのだ),杉原千畝は,川村カオリ同様,日本的な集団的イジメに晒されたであろうことは想像に難くない。つまり,日本の国民性は杉原の行動についてこれっぱかしも与り知らぬところなのである。

日本は今年東日本大震災を経験し,被災地でもパニックが起きず略奪もなく,日本人は極めて冷静で己よりも共同体の和を尊ぶ,と世界から絶賛を浴びた。私もこれは確かに日本人の誇れる美徳であるとつくづく思ったものだった。本書を読んで,しかし,それは日本人が中で閉じているゆえの美徳であって,世界のボーダレスに晒されたとき同様の落ち着きと互助精神を発揮できるかと問うてみると,正直,心もとない。集団的弱者イジメを無意識にやる人間は,すぐに化けの皮が剥がれる(現に,東北大震災からの復興の大前提であるガレキ処理に対し,ほとんどの自治体は非協力的である。「助け合おう」なんて口先ばかりなのである)。

文化的にもニセモノだらけではないか。いきおい海外ないし過去に目を向けるしかない,てなもんや。川村カオリも「日本の音楽界もジャリタレばかり」と手厳しいことを書いていた。そう,いまの日本のメジャー文化はあらゆる面で「ジャリタレ」文化である。でも,マイナーな世界とはいえホンモノも必ずいる。川村はそれに救われたのである。

映画『終わってる』

映画『終わってる』を DVD で観た。今泉力哉監督・脚本,2011 年,アートポート製作作品。女優・しじみ(主人公・川瀬まき役)の演技の光る,優れた青春ラブストーリーだった。ただし,あくまで成人指定のピンク映画であり,性交場面 — 描写は控えめではあるが — が何度か出て来るので,誰かと一緒に観るなら注意が必要である。本作品は今年の 3 月,映画館・ポレポレ東中野のみで公開された。今日は,少しネタバレになってしまうかも知れないが,大いに興を覚えたので,この映画についてしるす。

晋助(関口崇則)は,他の男の子供を身籠ったまき(しじみ)と結婚した。それを承知でまきを好いたゆえの決断だったが,赤子が自分の子供ではないことにだんだん嫌気がさして来て,まきとの夫婦関係に亀裂が入る。その一方でまきの親友・町子(篠原友希子)への恋心も募って来る。晋助はまきと別れる決心をして家を出る。町子は,同棲する恭介(松浦祐也)が彼女を独占したいあまり事毎に拘束的であることに耐えられなくなり,晋助へのほのかな横恋慕もあって,恭介に別れてくれと言い放って家を出る。晋助は親友・ババケン(前野朋哉)のもとに身を寄せるが,ババケンに説教された晋助は悪態をついてババケンの家からも出て行く。ババケンは,片思いのまきが晋助と一緒になってからも他の女性と恋愛することなく童貞を守って,日々悶々としている。こうして五人の登場人物は皆それぞれの形で「終わってる」事態を呈している。さて,この五人,これからどうなるのか?

この映画の見所のひとつは,この「終わってる」五人がよりを戻すあるいはその状態から抜け出す契機が,ほんのちょっとした相手の心遣いであったり,己の考えの変化であったりするところである。それは一杯の熱い紅茶であったり,死んだ友人の幻との心の対話であったり,素股セックス(いちいち説明はしません)であったり,その形の機微が心憎い。

しかしいちばんの見所は主人公・まきの人間造形である。まきは,晋助と別の男とで二股を掛けた挙句に妊娠し,そのことを正直に告白した上で晋助と結ばれる。晋助が赤子を巡って嫌気がさし別れようと迫っても,彼女は「絶対別れない」と断言する。その一方で晋助が出て行くのを強く引き止めるわけでなく,また晋助がババケンと喧嘩して戻って来た時ご飯を食べさせ「行く所が見つかるまでここに居ていいよ」とあっさりとしたことを言う。またその一方で,晋助が町子のアパートに行くと知るや,その面当てに,自分はババケンのところに泊めてもらいに行くと言い出す。晋助に見捨てられそうになった煽りで,自分に思いを寄せるババケンに色目を使い,裸で彼と抱き合っても,「ババケンは好きだけど,そんなん(一緒になりたいというわけ)じゃないの,ゴメンね」と残酷なまでに正直な文句をズバっと口にする。

ここで,執着,嫉妬,面当,誘惑,残酷を,同じような冷淡な微笑で表現し分けてしまうまきの図太さ,わからなさが,堪らなく魅力的なんである。全編翻って考えてみると,最初から最後までまったく己の立場・意思を変えずに「終わってる」状態を脱したのはまき一人であったことに,呆れてしまうんである。何でこの女はこんなに強いのかと。それこそ「終わってる」といえるかも知れないと。これこそが「子を持つ女」の強さなのかと。そして,この強さはあっと驚く打算的狡猾さでもある。それは二股を掛けたもう一人の男とまきとのやりとりのシーンで明らかになるが,ここではしるさないでおこう。ぜひ本作品を観てください。執着,嫉妬,面当,誘惑,残酷,打算,狡猾の入り混じった怪しい微笑。まき役女優・しじみのこの微笑がぞくぞくするくらい魅力的なのである。これこそがこの映画の最大の見所である。最後のシーンでまきが見せるこの微笑は,映画のカバーショットにもなっている。これこれ。二股掛けておいて,どちらが男親なのかわからない子供を軽率にも身籠っておいて,子供がありながら夫の親友・童貞男とセックスしておいて(好きでやっているんだから,「身を任せる」なんて男尊女卑はなし),さらにそのウブな男を即座にアッケラカンと振っておいて,最後に見事に己の思うところに納まる女 — こんな勝手な女には吐気がする,とアプリオリに思ってしまう人は,この微笑のぞくぞく感はわからないだろうけど。この微笑をまきが見せる晋助とのセックスシーンは,赤ちゃんがワンワン泣きわめくそのすぐそばでの営み。生活の憂愁と諧謔で痺れさせてくれるいい絵だった。願わくば,まきと晋助が将来において子供を虐待するなんてことだけはないことを。

作品公式サイトによれば,主演女優・しじみは「元AV女優」とある(貝のしじみを芸名に使うそのエロさが理解できる)。何でこれほどの絵,これほどの演技力をもつ女優が,おそらくは予算一千万円に満たない「低俗」なピンク映画でしか観られないのか。これは現代日本の劇場映画・テレビ事情の根本問題であって,「低俗」が好きな私にはどうでもよいことである。トヨタや東電に気を遣っているお行儀のよいメディアには,こんなにもいやらしくはつらつとした魅力的な青春・恋愛映画は撮れないってこと。子供は,草食男女たちの感傷的恋愛ドラマ,陳腐なお笑いバラエティ,古くさい純愛韓流ドラマを観ておればよい。ロードショーやテレビの嘔吐を催させるバカな恋愛ドラマに呆れ果てた大人は,すべからくピンク映画を観るべし。
 

 

製作のアートポートは,もっぱらピンク映画製作会社であるけれども,いわゆる成人映画の,何分間かに一回必ず濡れ場を挿入しなければならない強迫観念から解放された,ストーリー主体のポルノグラフィを提供している。青春Hシリーズと題し,現代の若者の姿を描く作品群を公開中である。『終わってる』はそのシリーズの第 8 作目に当たる。
 

2011.1.13 付記

その後女優・しじみについてちょっとネットで調べてみた。Wikipedia にも記事があった。彼女が 50 本以上もの映画(ほとんどすべてエロ映画)に出ていたなんてことは知らなかった。私はこれまでゴマンとエロ映画を観て来た。記事の一覧には「あ,これ観たなぁ」というのもあった。なのに,まったく彼女には気づかなかった。

ピンク映画は,ストーリーも,絵も,つまらないのが多い。エロシーンだけで成り立っているものがほとんどである。アダルトビデオに毛の生えたような部類に属する。予算が厳しくて充分な作品構想・設計ができないし,観ている方もたいがいはエロを求めているに過ぎないのが,その背景にある。それはそれで私は好きなんであるが。そんなピンク映画でも,たま〜にこの『終わってる』のような,監督の意志を感じさせる,びびっと来る作品がある。しかも,絵や感情表現,俳優の匂いのような点で,ジャリタレによるロードショー・クズ映画,テレビドラマを凌駕していることが多い。前にも書いた『煙が目にしみる』もそのようなものだった。

このしじみさんという女優,「平成不況にみまわれた映画界で予算一千万以内の作品では既になくてはならない存在」(Wikipedia 記事)だそうである。ちょっとこれから注目したい。

ユニフォーム改まる

サッカー日本代表の新しいユニフォームがお披露目された。記事によれば「日本全国の絆を表した『結束の一本線』,ジャパンディープブルーを配した『結束のカラー』,選手とサポーターを繋げるメッセージをユニフォームに施した『結束のメッセージ』の3つをキーワードにしている」とのこと。コンセプトは悪くない。

ところが,ネットの反応をみると「ダサイ」という意見が圧倒的のようである。いま 20:30 ころの Yahoo! 意識調査では「良い」13% に対して「悪い」が 79% もある。私も一見ではあんまりパッとしないなあと思った。暗い色はピッチの上で識別が難しいんじゃなかろうか,このユニフォーム・デザインは視認性など人間工学の観点を考慮しているんだろうか,などと考えてしまった(ドイツ女子 W 杯決勝戦では,白いユニフォームの米国選手のほうがグリーンのピッチ上で目に際立って — アメリカ人の図体がでかいということもあるが —,人がたくさんいるような錯覚があった。私だけ?)。

ま,それでも,スポーツのユニフォームというのは,結果の出ているチームではそれなりにサマになって来るものなんだから,いま目くじらを立てることではないだろう。コンセプトの通り一致団結して強くなってほしいものです。
 

付記:

ユニフォームといえば,今年のラグビー W 杯日本代表のジャージとジャンバーは,桜の文様があしらわれていて日本らしいと感心したものである。とくにジャンパーは,風に散り吹雪いて行く意匠が何ともかっこよかった。カーワン監督がインタビューに日本語で応えていたのには,大いに驚かされた。日本のラグビーもこれから楽しみ。

日立 リトアニア原発受注

讀賣が『日立,リトアニアの原発建設で仮契約』ニュースを報じていた。

日本は福島原発事故を契機として脱原発に政策転換した。しかし,海外への売り込みは別ということで,日本は東南アジア等への原発輸出にも消極的ではない。ダブルスタンダードのように思われるこういう振る舞いは,帝国主義に特有のもので,驚くには当たらない。他国に取られるくらいなら,求める国に日本の技術を輸出して,相手国ともども日本国民が潤えばよいのである。ここには道義的問題はまったくない。こうして武器輸出三原則,非核三原則も見直されて行くはずである。

脱原発を決めたドイツは,この点きわめて潔いようにみえる。だけど,内実は,このリトアニアだとかポーランドだとかの隣国の原発発電力を輸入している。見方によっては,他国に原発リスクを押し付けているに過ぎない。

勝見洋一『餞』

勝見洋一『餞』を読んだ。ひとことでいうと,私小説の味わいのある幻想的にして麗しいポルノグラフィ。

古稀を過ぎた老人・欣哉は,若かりしころ暮らした北京を訪れ,中国に残した息子・志徳(じゆーど)の恋人だった中国人女性・麗倩(りーちん)と出会う。欣哉は彼女に,若くして死んだ妻・鳳霞(ふえんしやー)の面影を重ねてしまう。麗倩も欣哉に,文革(文化大革命)の果てに自殺してしまった志徳を見出す。こうして自然に欣哉と麗倩は交わって,麗倩は懐胎する。

物語は,文革時以来の北京において,欣哉が北京料理や変わり果てた天橋の街並に侵され,亡き中国人妻の面影を追い求めるセンチメンタル・ジャーニーである。あっさりとした極上の清蒸桂魚(ちんじようごえいゆい:作品にも登場する桂魚の丸蒸し料理)のように,抑制の効いたポルノグラフィである。何かに囚われる心,記憶という奔放な幻想装置のみが,動きのない肉体の上を激しく駆け巡る。日中戦争と文革という暗い悲劇的背景が,登場する中国美女の肌の白さと滑りをいや増しに引き立てる,そういう凄みがあった。

作者・勝見洋一は,本書の経歴をみると,中国料理をメインとする料理評論家のようだが,本作品が初の小説である。作品にも北京料理の数々が描かれており,しかも状況に応じた心憎い選定であることがわかる。三島由紀夫の小説では描かれる料理が作品世界のお飾りないし彼の文人的教養の披瀝でしかないのに対し,勝見洋一では,谷崎潤一郎や開高健の作品と同様,食したことのない料理の描写で,一度でよいからそれを食ってみたい強い衝動に駆られるのである。女と二人で旨い料理を食うのは性交するのと同じである。

 だから,それにつづく清蒸桂魚はさすがに見事な出来だった。ほんの少しの生姜と葱で蒸すだけで,淡いくせに口の中を切られるような鋭い桂魚の味が引き出されていた。白身の肉は締まっていたが,自分の舌よりもほんの少し柔らかかった。その白身にまとわりついているさらりとした脂は,胃からすぐに体の隅々に染みていくようで,麗倩との会話もなにかそんな不思議なものの力で押し流された。桂魚の棲んでいた深くて大きな河が,麗倩の背後に流れているようだった。今の十月の大河を疾走する緑色の水の流れを,欣哉は夢のように見た。[ ... ]
 すると欣哉の口の中に,ふと,さっき食べた大河の水と藻で育った桂魚の味がよみがえった。そんな野卑と繊細が入り混じった味が,鳳霞のくちびるの裏の柔らかな粘膜にいつもうっすらと貼りついていたのだったと思いだす。それならばいまの麗倩も,大河の水の味と臭いを満々とからだに湛えているのか。
勝見洋一『餞』幻戯書房,2011 年,pp. 13-4, 30-1。

親子世代の二人の男女の襷がけの一種倒錯したエロティックな関係は,残りの死した二人の存在への思慕そのものである。生まれて来る子供への呼びかけにその妄執が収斂して,作品は終わる。弦楽四重奏の入り乱れた黝い変奏がシンプルなリエゾンで楽曲を閉じられるような,明るい余韻を残す。
 

餞
勝見 洋一
幻戯書房
 

上のアマゾン・リンクでは皆目わからないのだが,本書の極上のポルノグラフィは最近では珍しい美しい本作りに支えられている。単調な白のカバー,灰色クロス装表紙に空押しで「餞」のエンボス加工。艶消しの黒い帯。この白と黒とその中間色・灰は作品の老嬾・艶容の,死臭のあるエロスに相応しい。扉は題名といやらしさを秘めた赤の古風な飾り罫。この物語性にあって,版面の 32 × 12 文字の活字は,なまめくようないやらしい手触りである(印刷は内外文字印刷)。最近では稀にみる本なんである。装丁家・間村俊一の名は覚えておくとよい。こういう装丁は日本の至芸ではないかと思う。ぜひ,手に取って,装丁ともども作品を堪能いただきたい。
 

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勝見洋一『餞』幻戯書房,2011.8.14 初版第1刷

 

付記:

この作品が映画化されないか,私は秘かに期待している。そう,日中合作ポルノグラフィとして。日中戦争,文革という両国の恥辱の歴史がモチーフになっているところ,人間の過去,現在,未来が性を巡って美しく昇華しているところを,映像でもぜひ観てみたい。作者はあまり意図していないかも知れないが,中国文学伝統をいたく尊敬する私は,こういうポルノグラフィこそが日中両国の文化的近親性を共有させてくれてよい,と勝手に信じている。

現代の中国ではポルノはタブーに近いので無理か。餞の題名は死者を送る紙銭に冥界との接点を見出す象徴になっているんであるが,現代中国なら文字通り金とセックスするニュアンスを帯びてしまうかも知れない。あと,『失楽園』みたいなどうしようもない下品な映画になる危険性もないことはない。やっぱり文藝としてひとりこっそり楽しむに限るのか。

聖夜・ロシア料理

昨日は天皇誕生日にして,うちの息子の満二十歳の誕生日。可哀想に,いつもクリスマス・パーティと一緒のお祝いである。息子はバイトとクラブで忙しく,めずらしく家族でご馳走を食べ,プレゼント交換をした。いつもの通り,私は本と音楽ソフトをプレゼント。今年は息子にはいきものがかり PV コレクション DVD と,又吉直樹著『第2図書係補佐』,娘には Acid Black Cherry(ビジュアル系ロックバンド)の CD『Q.E.D』と三上延著『ビブリア古書堂の事件手帖』を買ってやった。 妻には中西進著『美しい日本語の風景』とコーヒーカップセット。月末の厳しいこの時期お小遣いが破綻寸前である。私も低反発ピロー,VANS ブーツスニーカー,北村薫著ベッキーさん三部作の本などなどを貰いました。

そして聖夜の今宵は,神保町の富士見坂にあるロシア料理店『サラファン』。年に一度の贅沢である。ロシア料理店というのは何故どこもかしこも狭苦しいのか。熊のようにデカいロシア人の図体になった感覚もお楽しみください,ってか。暗い店内でクリスマス特製コースを食った。メニューは,鮭とサワークリームのブリヌイ他シェフお任せザクースカ,ピロシキ,ボルシチ,ビーフストロガノフ,デザート,ロシア紅茶。やっぱりボルシチがいちばん旨かった。ロシア・ビール BALTIKA 3 番も — いまいちとは承知しつつ — ついでながら注文。デザートを食い終わると腹一杯になりました。

神保町は何ヶ月ぶりか(妻は神保町勤めなので,なんの感慨もなかろうけど)。陽が落ちてからやって来たので,古書店はみなシャッターを降ろしたあとだった。靖国通りの南側(西日の当たらない,北向きの,本に優しい側)には書店がずらりと並んでいるわけだが,ラーメン屋やコンビニに変わってしまった一画もあり,DVD・ネットカフェなんかのイルミネーションも目立つようになった。こうして一大古書店街も様変わりして行く。残念至極也。
 

Q.E.D.【DVD[LIVE映像]】(ジャケットB)
Acid Black Cherry
カッティング・エッジ (2009-08-26)
 

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受験生の心得

先日会社から帰宅したら,高校二年になる娘が,テレビで『受験生の心得』みたいな番組を観ていた。所ジョージがゲストで出演していた。大学に合格したばかりの大学生(もちろん東大,早大などの一流大学である)が自分の体験から,こうしたほうがいい,こんなことはやってはいけない,等々,これから受験を控える高校生にアドバイスをする,そういう番組だった。娘と一緒に私もちょっとだけ観た。

息抜きは 30 分以内とせよとか,無理な勉強よりも健康管理が大事だとか,受験前に恋はするなとか,受験に成功した先輩の口から出て来るだけに,受験生にとってはフムフム,ナルホドリなのかも知れない。でも,大人の目から見ると,もっと大切なことがあるだろ,という感じであった。こんなの「役に立つ」わけない。当たり前だからだ。こんなことで大学受験は「左右」されない。こんなことしたって,何より興味をもって勉強しないヤツが大学なんか行けるわけねえだろ。自分に合った目標を決め,その達成に応じた,日々の進み具合がわかる計画を立てて,実行する。定期的に計画実行がうまく進んでいるかを評価し,課題を見つけて解決を図る。これは,目標をもったあらゆるプロジェクト運用の骨子である。アドバイスするなら,この営み(工程管理)のコツを問題にすべきなんだ。とまあ,私はわかったような口ぶりで娘にブツブツ言う。

オレも大学受験では苦しんだ。勉強も計画通りに進んだ試しがなかった。小説を読んで「息抜き」ばかりをしていたような気がする。つまり,受験勉強について娘にアレコレ小言を言える資格は,まったくないのである。そもそも大学受験なんてもう二度としたくない。しかし,いまになってもう少し勉強しておけばよかったなと後悔するばかりである。もう少しいい大学に行けたんだが,というのではなく,純粋に,もっと勉強して知識をきちんと身につけておくべきだったという悔いである。ま,「もう遅い」という年齢でもないけれど。

歳を取るにつれ,大学なんて別に行かなくてもよいと納得するようになる(私は大学で勉強できて本当によかったと思っているけれども)。そして,もっと勉強しておけばよかったと切に思うものである。ウチのガキどもが勉強嫌いで試験でアホな点数を取って帰って来ても,私は何の怒りも覚えないし,そんなことで叱るなんてことはまずない。お父さんからもちゃんと言ってやってよ,と逆に私が妻に叱られている。試験でいい点を取って帰るよりも,クラブ活動で先生からコテンパに叱り飛ばされても辞めずにバレーやテニスに打ち込んでいる子供たちをみているほうが安心する。こうして,プレッシャーに強く,きちんと仕事をする人間になってくれればそれでよい。

最悪なのは,思うに,どれだけ勉強ができても,他人に叱られるプレッシャーに弱く(成績優秀者は誉められてばかりいたからか,このタイプが多い),志望大学と同様にブランド志向をもって仕事に就く者である。もう二十年以上サラリーマンをやり,何人も部下の面倒をみて来ると,このタイプがすぐわかる。彼は,厳しく叱られると,萎縮して何もできなくなる。そのためか,失敗や間違いを犯すとバレるのを怖れて嘘を吐く(これがこのタイプを判断する決め手である)。責任を果たすことより,叱られないことを優先する。プロジェクトが納期・品質問題のために担当者皆がヒーヒー言いながら徹夜続きに晒され,日々カッカしているようななかで,上司からガーガー叱られて,彼は落ち込んで会社に来なくなってしまうことがある。真面目で何かにつけ「完全」を目指して頑張るのはよいが,必要なときに必要なレベルのアウトプットが出て来ない(こちらは 30 点の出来でもよいからいますぐ成果を要求しているのに,いつも 100 点を取らなければならないと考えている)。私の経験では,このタイプは,何故か,地方の国立大学(いわゆる駅弁大学)出身者に多い。逆に東京私大出身者はたいていバイタリティがあって仕事においても優秀である。不思議である(早稲田はまず間違いがない)。企業が,学業成績などは露程にも目を留めず,体育会系学生(不条理な叱責と,試合のプレッシャーとに馴れている)が好きなのも,このあたりに理由があるのか。

なんか仕事の愚痴みたいなノリになってしまった。勉強なんて出来なくてよいから仕事をする人間になれ。私は子供にはもうこればかり言っている。いい大学に行くことも大事よと言う妻は,ちょっと迷惑そうにしているんだけど。
 

付記:「ブランド志向」というのは意味のよくわからない言い方だけど,手足よりも頭を使う仕事を,地方支社より東京本社勤務を望む,そういうようなイメージである。テレビの安い恋愛ドラマを観ていると,主人公が「本社」勤務になる・ならない,「企画」の仕事ができる・できない,云々で悩む姿をよく目にする。このとき彼の職種は広告代理店やマスコミが多い。どうも「本社」で「企画」の仕事をする,というのがスマートな仕事人像らしい。私は,メーカーに勤めているからか,こういうのをみると虫酸が走るのである。若い人たちはこういうのをみてカッコいい仕事のイメージを作り上げているのだと思う。ま,それは勝手なんだけれども,現実はカッコいいもクソもなく,目の前にある責任を果たすことが仕事であって,それを毎日毎日やる人こそが仕事人なのだと私は思っている。

金正日死去その2

金総書記は公務の途中,移動列車の車上で突然死したという。自由主義国では彼は何かにつけ戯画化されて来たわけで,知人のなかには「移動列車上で? 悦組の腹の上なんじゃないの? 突然死だなんてそれ以外考えられない!」なんて口性ないことを言うのもいた。地獄に下ったキムジョンイル・ジョークがこれから量産されること間違いなし!

 さて,キム総書記は死んですぐ,閻魔大王の前に立った。
 キム将軍:「キミかね。閻魔大王というのは。ん? ここから途が二手に分かれているな。一つは強盛大国聖地ペクトサン,もう一つは極楽浄土に繋がっているのかな? ワタシはもう神になったので,この際,極楽浄土に行くのが相応しい。どっちだ? 言え! ところで,あの二人は誰だい?」
 閻魔大王:「その通り,察しがいいね。一つは地獄への,もう一つは天国への途だ。そして,あの二人は左に立っているのが同志スターリン,右は聖ヨハネだ。二人のうち一方は必ず嘘を吐く。もう他方は必ず真実をお前に伝えてくれる。彼らは途がどちらに通じているかを知っている。どちらに行けばよいか彼らに聞くがよい。ただし,質問はイエスかノーかで答えられるものを,二人のうちのどちらかに1回限りだ。そして,二人のうちどちらが嘘吐きかは国家機密だ。わかるよな。さあ,行け」

姿からスターリン,聖ヨハネはすぐ見分けが付いた。まさか自分が瀬戸際に立たされるとは思ってもみなかった将軍様は,ビール腹を叩きながら思案した。これまで頭ではなく腹で考えて来たのだ。さてさて,その後キムさんはどうしたでしょうか?

これ,『ケネディの問題』という有名な論理学ジョーク問題を,私が焼き直したものである。元々は,死んだ J. F. ケネディが天国に行くためにヒトラーとチャーチルのどちらにどういう質問をするか悩む話である。野崎昭弘著『詭弁論理学』(中公文庫,1976 年)に掲載されていた。回答はそのへんに転がっているだろうから,ここではしるしません。

金正日死去

昼食後,会社の自席で携帯 Web を見たら,このニュース。びっくりというか,いよいよというか。これからどうなるのか,誰もが興味津々ではなかろうか。

仕事から帰宅して,さすがにテレビのニュースを観た。テレ朝の報道ステーションに安倍元首相が出演していた(相変わらず「北朝鮮に行くな」としか言ってませんでした)。ニュース 23 では,最近見ないなあと心配されていたあのオバさんアナウンサーによる死去報道の演劇的映像を見た。あの「きむじょんいるどんじけそ」が聞けた。小泉元首相もインタビューに応えていましたね。「大変ですね。これから北朝鮮には大きく変わっていただきたい。大変ってのは大きく変わると書きますね」と,あのマジメくさった名調子を久々に聞くことができた。

北朝鮮国民が慟哭している様子が放映された。なかには,泣いているのか笑っているのか判断に苦しむ芝居がかった人もいた。韓国国民の反応も報道されていて,「ショッキング」というのに混じって「死んでうれしい」のようなのもちらほら。わが国のネットでも,北朝鮮という敵国独裁者の死を歓迎する,みたいな意見が多かった。ま,そうかも知れないけど,一人の人間の死を「歓迎する」はねぇだろ。ネットでにせよ,テレビでにせよ,人間らしく「ご冥福を祈る」と言っていたのは,アントニオ猪木だけだった。小泉さんも哀悼の意を表して「残念だ」と言った。これこそ政治家だと思いました。

いずれ近いうちにこの事態が来るのはわかっていたことだけれども,まだ若過ぎるジョンウン氏がヘタに権力を引き継ぐくらいなら,影武者でもなんでも生きているフリをしてくれたほうが混乱が少なくてよいと私は思っていた。このニュースの影響で,日韓ともに株価も,為替相場も下がった(円安は歓迎か?)。情勢が不安定になることがいちばんの心配事である。いよいよ来年の金日成生誕 100 周年の 2012 年が不気味である。
 

付記:

「北朝鮮という敵国」と書いた。でも,右翼は怒るだろうけど,現情勢下においては,日本政府は,食料支援など,米国との同盟関係が許す限りの北朝鮮支援を行うべきだ,と私は考える。核兵器開発を断念させ,拉致問題の解決を進めるためにも,「人道的」支援をすべきだと。半分「騙された」禍根を残してもよい。それでも共産主義独裁国家・北朝鮮が存続したほうが,日本にとっては絶対によい。「売家と唐様で書く三代目」を阻止すべし。

何故なら,核開発・拉致問題を除けば,北朝鮮よりも,従軍慰安婦問題(日本人は人間として欠陥があるという許し難いプロパガンダを世界中にしているのだ)を振りかざし竹島を不法占拠する — 震災で疲弊する日本につけ込んで来やがる — 韓国のほうが,現段階では「敵性国家」だからである。私は今年になって,韓国が友好国であるという認識を棄てた(韓国人そのものが嫌いというわけではないけれども)。そして,金王朝が崩壊し南北統一なんてされた日にゃ,朝鮮半島にいま以上の対日敵対大国が生まれてしまうからである。朝鮮半島で南北対立していてくれるのが日本にとっていちばんである。戦争が再開されない限りにおいて,南北対立が激しければ激しい程よい。日本政府は北朝鮮を支援し,その一方で南北対立を陰険に煽るべきである。

英国を見るがよい。ドイツが東西統一して強大化してしまったために,かつての大英帝国の欧州での発言力はいまやかつてないほどのジリ貧状態であり,現下の欧州経済危機へのイニシアチブにおいても,はっきり言って蚊帳の外に近い。サッチャーさんが東西ドイツの統一に猛反対した理由がいまになってわかるのだ。東西冷戦終結をもってしても朝鮮半島は統一されなかった。日本は歴史的運勢にも恵まれていると言ってよい。

クラブワールドカップその4

バルセロナ VS サントスの決勝戦。90 分間テレビに齧り付きで観て,魔法のようなバルサのポゼッションサッカーに度肝を抜かれた。先日のアルサッドはもともとアジア王者でしかないので参考にならんと思っていたが,あのサントスですら何も出来なかった。柏レイソルを 3-1 で下したサントスが,はっきり言って,「遊ばれて」いた。

バルセロナは,選手の距離感が絶妙で,ゆっくりゆっくりボールを回しながら少しずつ押し上げて,相手布陣のスキを認めるや猛烈なスピードに切り替わってゴールを襲う。とくに右サイドからの仕掛けには惚れ惚れした。

唖然とした。これじゃ,日本はスペイン・サッカーの背中すら見えない。最近日本もサッカーが強くなったと思っていたが,やっぱり何十年かはせいぜいベスト十何位止まりか。「柏もよくやった」と書きたい思いもあったが,この決勝戦を観て,もうどうでもいいやという投げやりな気分になってしまった。恐るべき個人技を誇るブラジルのサッカーも形無しにしてしまうスペインの組織的サッカー。昨年のワールドカップでも確かに舌を巻いた。しかし,今日の試合を目の当りにした柏の選手たちはカルチャーショックを受けたはずである。スペインを真似すればよいというわけではないが,組織力で勝負するしかない日本人にとって,この試合の場面,場面は素晴らしい研究対象になるはずである。世界はやっぱり広い! 面白かった!

日韓首脳会談

韓国の李明博大統領が来日した。冷戦時代から日韓は米国と同じ価値観を共有する僚友として歩んで来たはずであるが,最近,両国の相互の国民感情は悪化の一途を辿っている。その焦点になっているのが竹島問題と従軍慰安婦問題。

今日 18 日,京都で日韓首脳会談が行われた。韓国国民の世論を反映して,時事通信配信ニュースによれば李明博大統領はここでもこの二つの問題をテーマにした。野田総理は「わが国の法的立場は決まっている。決着済みだ」と強調し,韓国の日本大使館前の少女像の撤去も要求したらしい。「議論は平行線に終わった」とのこと。決裂した印象を与えること — これでよいと思う。それでも「未来志向の関係構築に努めることでは一致した」のだから,日本政府としては上々である。韓国側の抵抗は「第二,第三の少女像が立つ」云々。これじゃ「李さん,あんた何しに来たの?」てなもんや。この問題について日韓両国だけでぎゃあぎゃあやっているうちは,事案としてはまったく心配がない。

従軍慰安婦問題はジェンダー・性倫理観と直結するデリケートな事案である。日本側は従軍慰安婦の存在をいまさら否定すべきでない。「狭義の意味で」などというバカげた解釈レベルの問題で従軍慰安婦の存在を否定した安倍元首相のような発言こそが,この問題を大いに拗らせる。こんな「責任逃れ」は右寄り日本人以外の誰の納得も得られず,「日本人ってヤツは女性を組織的に慰みものにしながら涼しい顔していやがる。何が美しい日本だ。恥を知れ」という印象しか残さない。また,日本人の一部は,ドイツだって,ロシアだって,もっというとヴェトナム戦争時の韓国だって,と他国の組織的強姦の事実を持ち出す。これは己を棚に上げる自己正当化でしかなく,問題を混ぜっ返すことにしかならないのに。バカとしか言いようがない。日本政府は,元「慰安婦」の人たちの心情にも気を配りつつ,冷静に態度を決めて行く必要がある。

2007 年に米国で従軍慰安婦問題に関し対日非難決議案が可決された。これこそ外交的敗北。これこそ最悪の事態。先の安倍元首相の発言はこの最悪の事態になされたものであるが,安倍晋三に輪を掛けた自民党バカ議員たちが米国で「それは誤解です」みたいな新聞広告を掲載し,対日感情悪化の火に油を注いだ。これで韓国(と,従軍慰安婦問題を米国で焚き付けた中国)は「従軍慰安婦問題」が日本の国際的イメージの急所であることを確信してしまった。そして今年になってまたぞろ従軍慰安婦問題が再燃。これには理由がある。日本が震災・原発事故で弱っているところに,韓国はつけ込んでいるのである。この野郎。韓国は,来年,大統領選挙もある。李明博大統領も成果を急いでいるのだ。ま,すぐ熱くなるいまの韓国政府なら,日本にとって何も畏れるに足りず。何の心配もない。「日韓友好! ところで竹島は日本固有の領土です」を繰返しておればよい。

外務省は今年の 8 月になって『慰安婦問題に対する日本政府のこれまでの施策』を Web に掲載し,日本政府の努力を広く知らしめようとした。「日韓基本条約において解決済み」という公式見解を崩さない一方で,過去の行いに対する道義的責任の取り方としては,アジア女性基金はたいへんよい施策だと思う。そうそう,こういう路線がよい。外務省もよい仕事をしている。ただ,どうしてこれをもっと世界にアピールしないのか。米国の議会などできちんとロビー活動をして,こうした施策をとっていることを海外世論に訴えて,韓国政府に付け入るスキを与えないようにしてほしい。

須永朝彦『日本幻想文学史』

須永朝彦『日本幻想文学史』を読む。ちょっと骨のある著作に接したということもあり,今日はその「文学史」としての感想,その他もろもろ。

結論から言ってしまうと,本書はディレッタントのディレッタントによるディレッタントのための文学目録でしかない。学問的文学史ではなく,あくまで「目録」あるいは「読書案内」の意味しかない。「文学史」と銘打たれているのは,ただの学問的身振りである。私のようなしがないサラリーマンにこう言われては須永が可哀想なんだけど,「文学史」というアカデミックなタイトルは,残念ながら,本書のディレッタンティズムからするとあまりに高潔過ぎて,失笑すら催すものである。況や,海外の,本物の,学問的厳格さにおいて徹底した文学研究者からは嗤われる。本書はそういう「文学史」である。

「文学史」というと,大学の文学部を出た人ならわかると思うが,国文科なら日本文学史,独文科ならドイツ文学史が必修科目になっていて,当該民族・言語による「文学」の歴史的俯瞰を,一通り辿らなければならないことになっている。だいたいにおいて抽象的で退屈な授業である。ここで用いられる教科書は,たいていが複数の学者の協同によって「纏められた」ものである。あくまで「教科書」であって,その叙述文体は,高等学校の理科・社会の教科書のように,誰々の説であるなどいちいち断ることなく,あたかも確定した「真実」であるかのように書かれている。でもそれは,極めて多くの研究者の研究が最大公約数的に整理されたもので,個人による「文学史」がいかに難しいかを裏返しに示しているのである。

「歴史」であるからには,まず第一にその対象,その分類(ジャンル,類型),時代区分についての実作考察とそこから組立てた理論があるはずである。第二に,その前提として,対象に認められる特性を文献学的に抽出する原典批判が必須となり,文献学の本性として,研究者の立場は「歴史的」でなければならない。つまり,対象テクストの範列論(言葉そのものの言語学的・歴史的位置づけ),統辞論(語接続の文法・語の繋がりによる意味の変異),テーマ論等について,当該時代に固有の表象・価値・解釈に基づかねばならない。そして「幻想文学史」と銘打つ以上,想定された読者(学究)のもっとも高い関心はこれら著者の二点のアプローチにこそ存する。何故なら,何より「幻想文学」の概念そのものが一般には明確でないからである。そして,この二点の真実らしさこそが個別作品の「文学史」的位置づけを決定する根拠となるからである。ところが本書は,「幻想文学」の対象範囲・分類規範という原点考察においてまず怠慢であって,ツヴェタン・トドロフ,ロジェ・カイヨワなど海外の理論家の説を周到に引用しているにもかかわらず,引用のしっぱなしで,その評価を半ばで放棄し,結局自らの立場の位置づけを,いよいよ理解に苦しむ「広い概念」に頼むのである。

 翻って,私をも含めた現在唯今の読者一般の<幻想文学>に対する理解はいかなるものかと申せば,相変わらず<怪奇と幻想>であり,篠田の要約に誓う「驚異」と「怪異」を含む「現実を越える想像力の文学」すなわち「広い概念」の域に在るのではなかろうか。[ ... ] 日本語としての<幻想>が未だ揺れ動き曖昧さを引き摺っている現状を考え合わせると,当面は「広い概念」に拠るのがよろしかろうと愚考する。
 [ ... ] 日本の<幻想文学>について,その原型のごときものから始めて,一通り触れてみたいと思う。<文学>というからには詩歌・戯曲の類をも視界に入れるべきであろうが,この分野に限っては読者の興味は散文とくに小説に向けられているに違いないから,自ずと小説中心の叙述となるだろう。[ ... ] 古典時代に関しては簡略ながらも通史の体を心がける所存ながら,近代現代に至っては急所重視に変ずるかと思う。おそらく自分の嗜好が相応に反映されるだろう。重要なことは<純と通俗の別>などではな<技術的達成と感銘の存否>であり,<美的至福の有無>と申すに尽きる。
須永朝彦『日本幻想文学史』平凡社ライブラリー,2007 年,p. 15-6。

「幻想文学」の「現在唯今の読者一般の [ ... ] 理解」が「現実を越える想像力の文学」になるその根拠こそが知りたいのに,また,何をもってテクストが「現実を越える」と判断するのかという基準をこそ聞きたいのに,それを「広い概念」で一括りにしてしまい,規範化を断念しているわけだ。規範化の試みこそが学問なのに。もし仮に「想像力」を規範の根拠とするならば,「文学一般」が「幻想文学」であるというのと何も変わらない。また,「読者の関心」を勝手に極め付けて研究対象から詩歌を除外し(日本の古典的文学観からすれば文学とは和歌と漢詩だったのに?),対象の選定においても「美的至福」という個人的恣意(「自分の嗜好」)を堂々と押し付ける。それはそれでよい。ならば,第一に,「学」・「史」という文字をタイトルに入れてはならないのである。あるいは,第二に,個人的嗜好でもよいからディレッタントならディレッタントなりの「美的至福」のメカニズムを論証・詳説してほしいのである。この二点ともに欠いているからこそ,本書を「ディレッタントによるただの文学目録」と評せざるを得ないのである。

上記のように学問的基盤も,美的至福のメカニズムの論証も「まったくない」がために,叙述も単なる「幻想文学と思われる」事象の羅列になってしまい,時代の特徴,それに基づく時代区分,総合的判断としての「日本幻想文学」の特性の考察など,「文学史」に求められる構成要素の一切が欠落してしまっている。「ボクが読んで面白かった幻想文学と思われるものを並べてみました」— それならそれでよいのだが,曲がりなりにも「文学史」に対して「学者」のやることではない。作品評の引用も,まったく根拠がない,ほとんどが次のような「ボクもそう思う」的戯言である。

三島由紀夫が「通俗的布置を一挙に破砕するギリシア悲劇風な唐突な大団円は,新しすぎて(!)当時の読者はおろか批評家にも理解されなかつた」と絶讃した『風流線・続風流線』の結構結末なども,実は長編合卷から摂取したものではあるまいかと思わせる。
同書,p. 233。

何のための引用なのかさっぱりわからない。三島由紀夫の言説の正当性に関する論証がまるでない。よって無意味に三島由紀夫を引用することで,「ギリシア悲劇風」云々という誤解を招く余計な評釈をこのくだりのテーマ・泉鏡花作品に纏い付かせるばかりになっている。だから,この引用は,三島由紀夫という「権威」を持ち出して「ボクも三島由紀夫と同じようにそう思うんだよね」と言うディレッタントの「ノボセ」,あるいは幼稚な権威主義としてしか,説明がつかないのである。

と,ま,首を傾げつつ,失笑を覚えつつ,本書の帯をみると「通史仕立ての幻想文学目録 基準は<美的至福の有無>」とある。平凡社の編集者はさすがである。きちんと「目録」と要約してくれている。しかも個人的感想文でしかないことも「基準は」云々で暗にスッパ抜いている。恐れ入りました。

何か真理めいたものに目覚めたとき,いきなりあらゆる事象を — 個別事象で検証するという過程を経ずに — その観点で普遍化・総合しようとする人がいる。例えば,20 世紀第一四半期の世界史においてコミンテルンによるある国での共産革命の工作の事実を知り,当時の歴史を揺るがす大事件のすべてがコミンテルンの「謀略」によるものだと主張する人がいる(田母神さんという元軍人の鼻摘み「論文」がその例である)。専門家筋から見れば「バカ」ないし「青臭い」の一言で一蹴されるわけだが,バカの間ではまことしやかに広がり,不安定な政治情勢下で一定の影響力を持つことがある。また,隣の人が死ぬほど困っていても何の手も差し伸べないのに,いきなり全世界を救いたいと考える人(ドストエフスキイ『罪と罰』のラスコーリニコフのような人)がいるものである。「文学史」と銘打たれた個人著者による著作を目にして,まず私のアタマに飛来するのは,こうした性急な普遍化・全体志向である。そして,須永朝彦『日本幻想文学史』もその手のものである。

須永も引用しているツヴェタン・トドロフは,『幻想文学論序説』(現在邦訳が東京創元社から出ている。かつて邦題『幻想文学 — 構造と機能』として有名だった)で「幻想文学」の定義付けを試み,「テクストの奇怪な出来事について合理的,超自然的の二つのスタンスから読者を揺さぶる構造にこそその特性がある」と定式化した。具体的作品に即し,78 の参考文献を照会し,邦訳で 258 頁を費やして,たったそれだけのことを論証したのである。『序説 Introduction』というささやかな題名は,これでやっと「幻想文学」の文学史を語りはじめられる下地ができた,そういう理論的ポリシーの確立こそが目的であることを示している。そう,普通,個人でできるのはせいぜいこのような「序説」までである。加藤周一も日本文学史を試みたが,最終的に「序説」と題することに躊躇はなかった。でも,ここには — トドロフにも,加藤にも —「学問的誠実さ」がある。文学現象の記述に当り,何が「文学」であるかという対象とその類型の枠組みを設けることすらいかに難しいか,さらにそれら対象を一貫した理論的観点で俯瞰するということがどれだけ労苦に満ち,困難で,しかもフィクショナルなものか,ということをまざまざと教えてくれるからである。そして「文学史」と題された書物を手に取る学究は,この事情を知るがゆえに,「真実」というよりもまさにその理論的「フィクション」を求めているものなのである。

須永朝彦『日本幻想文学史』も「文学史」というからには,そしてアプローチとして「幻想文学」のジャンルの考察から稿を起こしている以上,安易な普遍主義ではなく,真摯な学問的フィクションを私は期待したのだが,無駄だった。それでも,このディレッタント目録にももちろん美点はある。能等の芸能における<本地>の一覧,歌舞伎における<世界>(固定したテーマ論的背景のセット)の一覧,巻末の妖人魔人怨霊キャラクター略事典は一読に値する。そして浩瀚な作品の一覧はこれからの読書案内として役に立つ。いずれにせよ,個人的興味に基づいた「目録」であるけれど。
 

日本幻想文学史 (平凡社ライブラリー す 9-1)
須永 朝彦
平凡社ライブラリー す 9-1
幻想文学論序説 (創元ライブラリ)
ツヴェタン・トドロフ
三好 郁朗 訳
東京創元社
 

とはいえ,個人著者による「文学史」はどれもダメかというとそうではない。私がこれまで読んだなかから,これはと思う素晴らしい「文学史」— 学問性に厳しく準じたもの,あるいは,たとえ学問性において疑わしくとも,対象の美的メカニズムをきちんと論証したもの — を,何点か以下に上げておく。私はこれらと須永朝彦『日本幻想文学史』とを比較してしまい,後者もそれなりの労作であるわけだけど,どうしても辛口になってしまうのである。
 

小西甚一の大著『日本文藝史』は全六巻。第一巻のみリンクを掲げておく。「文学史」としての基盤(対象,時代区分,研究方法)の確固たる大著である。アイヌ文藝,琉球文藝をも含めた日本文藝の「学問的」俯瞰図であるところが最大の特長になっている。小西甚一はこの業績により日本文学史そのものに名を残すことになるだろう。
 

村松剛の書は,「死」という観念への立場を巡って,柿本人麻呂から終戦までの主だった文学作品をモノグラフ風に辿ったものである。学問的志向は薄く「文学史」というよりも「文学の系譜」と呼ぶほうが相応しい。しかし,作品そのものへの確かな凝視に基づき,「死」の文学的表象を追う求心力に心打たれる。「感動」が学問的身振りの瑕疵を埋めて余りある,そういう批評作品になっているのである。
 

本書は,それまでの「ロシア文学史」がソヴィエト体制の社会的リアリズム中心主義に偏重したものだったことへのアンチテーゼとして書かれた(1986 年刊)。その目的の設定と,各国のロシア文学研究者の新しい学説の整理とに基づいて,ロシア文学の新しい俯瞰図を再構成してくれたところに,個の日本人学究による文学史としての意義がある。複数の研究者の共著による川端香男里先生編の『ロシア文学史』(1986 年)が東京大学出版会からも出ている。これも優れた概説であり,ロシア文学研究者たちのもっとも信頼する教科書になっている。ただし,同時期に同じ著者が関与する「ロシア文学史」が二冊もあることについて,私の尊敬するある学者は「学問的良心を疑う」と洩らしておられた。この批判もある意味で正当だけれども,川端先生の仕事が現時点のロシア文学研究学徒の指針になっていることは疑いがない。東京大学出版会から出た『ロシア文学史』のリンクも上げておく。残念ながらこれら二冊ともいまは品切れで,古書でしか入手できないようである。ちょうどこの二冊が出たあたりに川端先生の講義を直接聞いた私には,懐かしさが先に立つ。
 

ロシア文学史


 
川端香男里 編
栗原成郎,森安達也,佐藤純一,島田陽,米川哲夫,
望月哲男,安藤厚,金沢美知子,沼野充義,諫早勇一 他
東京大学出版会

迷惑電話撃退法

携帯電話の普及の影響で,いわゆる加入電話に掛かって来る場合が最近はほぼ限定されている。一,田舎のおじいちゃん・おばあちゃん。二,ママ(洗濯物入れて・ご飯店屋物ですませておいて)。三,セールス。他人からの場合はまず間違いなくセールス業者である。つまり,メールで言えばスパム。ファクシミリですら業者からの着信ばかりで,相手番号通知機能を契約していないと,自動着信したものはすべて削除せざるを得ない。何のための FAX 複合機なのか途方に暮れるんである。

セールスで多いのが「老後の年金補填のための不動産投資」云々。ま,内容はさておき,こちらの意志によらず自宅の電話に掛けて来るそのこと自体に胡散臭さがあり,業者からのメールなら「迷惑メール」として即ゴミ箱行きにするとすれば,こういう電話はまず間違いなく「迷惑電話」と判断してよい。All About サイトにその撃退法が掲載されていたので,ご参考に:『マジメな?セールス・迷惑電話撃退法』。

業者がどうしてウチの電話番号を知り得たのか興味深い。おそらく金に困った社員が企業社員名簿・個人情報データを業者に売ったのだろう。とにかく,こういう電話は頭に来る。顔の見えない電話越しに一方的な押しつけをして来るからである。何度断っても,「お会いして具体的にお話したい」の一点張り。疲れる。もう私は面倒なので(まったく声色を変えないで)「お父さんはいません」でいつも終わらせている(これだとまた掛かって来る可能性があるが)。今度ヒマで死にそうなときに掛かって来たら,All About の撃退法を試してみようと思う。ここでも述べられているとおり,業者の法的企業情報(会社の正式名称,所在地,代表者氏名,電話番号,担当者氏名,責任者氏名)をこちらも最初に知ることが基本である。

イラン制裁法成立

<米国>イラン制裁法成立へ』(毎日新聞配信)。あんまり騒がれていないようだけど,とんでもないことになりそう。米国のイジメは子分皆を巻き込んでくれる。

クラブ・ワールドカップその3

バルサを日本で観られましたね。アジア王者アルサッド相手に余裕綽々 4-0 で勝利。18 日の決勝戦は予想通りバルセロナ VS サントスと相成りました。

観ていて全体のスピード感がいまいちで,バルセロナはアルサッドを相当コケにしている感があった。それでもゴールを狙うスイッチが入った瞬間のスピードはさすがであった。欧州王者は,何かもう,8 割近いポゼッション,ケタ違いのシュート数,コーナーキック数で,あまりにアルサッドとの差があり過ぎ,試合としては観ていてつまらないものだった。スター選手を観られたというに過ぎなかった。

昨日の柏レイソル VS サントスはまだ見応えがありました。予想に反してレイソルが意外といい試合を見せてくれ,最終的に 1-3 という完敗だったわりには,拮抗感があって楽しめた。天才・ネイマールのオヨヨなゴールも拝見できました。それにしても,サントス選手の高度なテクニック,仕掛けの速さと比べると,日本人選手のトロさ加減・精度の悪さ(とくにフォワード,酒井君以外の DF)には愕然とさせられた。酒井選手のキレのあるプレーがここでも観られただけよかった。柏レイソルは三位決定戦でアルサッドと対戦する。今日のアルサッドはどうもいいところがなかったが,これはバルサ相手ゆえのはず。レイソルはドミンゲスが出場停止なので,ちょっとヤバそうである。

何度でも言います。右サイドバックは内田より酒井が現時点での実力は上。酒井は昨年までネームバリューがなかったに過ぎない。内田はドイツに行ってやっと代表らしい守備ができるようになった。ウチの女性陣は内田くんのほうがだんぜんイケメンだから内田くんが上。それは了とします。ま,サッカーはコンビネーションなので,ザッケローニさんの目を信じたいと思います。代表でもしのぎを削ってくれ!

欧州経済危機・ロシア選挙問題

日銀が47億ドル供給…09年5月以来の高水準』(讀賣配信)。いま欧州は,経済危機にさらされ,独仏主導で条約改正しようとしたら,今度は英国が拒否権を盾にして足を引っ張り,と,ユーロという共通通貨を巡って泥沼に嵌り込みつつある。日本銀行はこの状況に対し,欧州金融機関支援に乗り出したというわけである。

2008 年のリーマン・ショックは,1920 年代の世界大恐慌以上の規模であったし,これに匹敵する混乱をもたらすとされ,事実その後各国の経済を狂わせたけれども,1930 年代のような破滅への途とはならなかった。これは G20 各国の協調が経済的信用の維持に大いなる役割を果たしたからだと思う。その過程で UFJ 銀行が米国金融機関を支援するなど,日本も相当な役割を果たしたはずである。

そして今回の欧州支援。おそらくそれでも日本は,リーマン・ショックのときと同様,まったく感謝されないだろう。何故なんだろうか。経済大国だから当たり前ってか? ODA といい,何でこうなるんだろうか。日本政府のやり方が奥床し過ぎるんだろうな。いや,東日本大震災で各国から貰った支援で充分ではなかろうか。
 

* * *

ロシアの下院選挙で与党統一ロシアがかろうじて過半数を獲得したが,選挙に不正があったとしてやり直しを求めるデモが頻発している。米国のクリントン女史までが民主主義云々とちゃちゃを入れはじめるに至って,プーチン首相がメディアを前に例に無く怒りを露にする様をテレビで観た。

過去にいかに政治腐敗があり民主主義の弾圧があったにせよ,いまのこの時代のロシアの選挙制度において,中東諸国のような不正が,クリントンが示唆するような票の書き換えみたいな不正があったとは,すぐには考えにくい。プーチンがはっきりと「デモ誘発を企む米国の内政干渉」だと非難するのは,当然のように思う。しかも,この選挙は欧州第三者機関が介入して選挙管理のなされたものであって,その選管が選挙結果を正当だったと認めているわけだ。

民主党クリントンは来年の大統領選挙を睨んで,「民主主義的いい子ブリッコ」をしているだけに思われる。私がいま心配しているのは,日本政府要人がクリントンの尻馬に乗ってこのロシア下院選挙について証拠も無しに余計なことをしゃべるんじゃないか,ということである。米国の大樹に縋る日本政府はロシアについてはヘンな品のない強がりが得意だからだ。菅直人・元首相なら「事実なら由々しき事」みたいな — こういう仮定を含めた極め付けをするのを「証拠の無い余計な発言」という —,まったく意味のない批判めいたことを口にしたんじゃなかろうか(「不正選挙疑惑」は民主主義者として薄っぺらい正義感を発揮しやすいテーマでもあるし,彼自身人気取りが何より好きな宰相だったから)。もしそうなると,来年プーチンが大統領に返り咲いたとき痛いしっぺ返しを日本は間違いなく食らう。領土問題の進展も期待できなくなる。いま叩いてよいのは軍拡中国政府だけなのだ。男なら,理由なしに余計なことをペラペラしゃべってはならない。さて,野田総理の男を見たいものである。

でもなあ,何でこの騒ぎにメドヴェージェフ大統領じゃなくプーチン首相ばかりが目に付くんだろうか。もうメドヴェージェフはどうでもいいってこと?

帰宅して Yahoo! スポーツ報知配信ニュースを見たら『今年の漢字』が「絆」に決定したそうである。「激」か「絆」かと,先日思いを巡らせたが,やはり「絆」であった。

このニュースについた Yahoo! コメントをみるといつものとおり面白い。曰く「嘘くさい」,「今の日本は民主・経団連はじめ売国奴ばかりだ!」,「美談に変えたいのか」云々。「絆」の決定に対して否定的な人ばかりである。ま,この人たちは世の中にコミットできないヒマ人・スネ齧りであろう。俺たちが通勤電車のなかでもみくちゃになっている,もしくは顧客の理不尽な要求にひとつひとつ丁寧に申し開きをさせられている時間帯に,揃いも揃ってこのようなバカコメントを悠々とタイプしていやがる。学生か,無職者か,さもなければ孤独な年寄りってわけだ。被災地の人たちがどれだけ日本全国あるいは世界中の人たちの「絆」を必要としているのかを考えないではおれなかった今年の差し迫った状況とは,まったく無縁の人たち。他人の不幸は対岸のなんとやらでしかないらしい。TPP についても産業保護をどうすべきかを考えるよりも前に,外国人が入って来るのが許せないという chauvinism が先に立つシアワセ者である(TPP 関連ニュースに付いたバカコメントを見るがよい)。お前達こそ皇国日本に相応しくない輩だ。

Yahoo! コメント欄は,コメント上位がいつもこんなバカどもの書き込みに占有されていて,Yahoo! のゴミ溜めになっている(マトモなのが読めそうなのが,唯一スポーツ欄だけなのだ)。2ちゃんねるともども潰してしまったほうが日本国の国益や皇国の品格維持に適うと私は思っているけれども,ま,バカの形振りを見るのは最上の娯楽でもある。そしてもうひとつ。狂言などではバカ役・太郎冠者の登場の仕方が決っている。ここで登場したからにはバカ役だということがわかるように仕立てられている。ま,シャーロック・ホームズに対するワトソン君みたいなものである。Yahoo! コメント欄はまさにこれと同じバカのトポスである。ゆえに,世の中の事象でどう向き合うのが適切なのか迷ったとき,Yahoo! コメントを見て,その逆の方向を模索すればよいと知れるんである。

古人曰く「バカは死ななきゃ治らない」。
 

* * *

妻が角川書店から出ている俳句と短歌の年鑑を買って来た。今年彼女が編集を担当した句集,歌集が「今年の 10 冊」みたいな特集で採用されたらしい。角川書店は俳句・短歌関係ではいま日本でいちばん権威のある出版社である。でも,私なんかは,名が轟いていなくても実のある本を少しずつでも出し続ける小さな出版社が好きである。

北朝鮮謎の女性アナウンサー姿消す

北朝鮮看板アナ,姿消す 国営テレビから50日以上』なるニュース。キム・ジョンウンお披露目のニュースで「キムジョンウン」の部分を,これ見よがしに心を籠めて彼女が発音しているのを目にしてからこのかた,なんか見ないなぁと私は心配していたんだけど,とうとう騒ぎになりはじめました。あの威圧的で芝居がかった強い口調の扇動的アナウンス,偽善的ニコニコぶりあるいは洗脳的コワモテぶりで,じつは私はこのオバさんの隠れファンだったのに。リ・チュンヒという名前だというのをこの雲隠れニュースではじめて知ったんである。粛正でもされちゃったのか。YouTube で見つけたお宝映像をここにもエンベッドしておきます。何を言っているのかサッパリわからないのだが,フムフムと見入ってしまいます。

じつは,私にはもう一人,そのお方の隠れファンだといってよい,謎のドンビキ美女がいる。中国外務省報道官・姜瑜さんであります。あのウムを言わせぬ薄ら笑いをみるとぞっとするんである。心の臓を射られたように「は,はい」って感じになるわけであります。最近,スポーツ番組(と『相棒』と『深夜食堂』)以外テレビをあんまり視聴しないからか,この人の姿も目にしていない。去年,中国漁船が尖閣諸島海域を侵犯し海上保安庁の巡視船に体当たりした事件について,「日本が引き起こした重大な事態に対し,日本はすべての責任を負わなければならない」なんて,いけしゃあしゃあと,薄ら笑い半分,鬼の形相半分の,背筋が寒くなるぞっとする顔で発言しているのを目にして以来,ない。寂しい。

日本の官邸も,リ・チュンヒさんや姜瑜さんみたいな,ドンビキさせる気味の悪いコワモテ美人の広報官を採用してはどうか。切に願う。いまのように官房長官なんかにしゃべらせていては何のインパクトもない。蓮舫さんみたいな人? フツーの美人だからダメ。おまけに余計なことをしゃべり過ぎる。そうだなー,家政婦のミタみたいな,ニコリともしない無口のロボットタイプがいいな。ジャパニーズ・スマイル封印で,答えたくない質問は平気で無視し(質問にきちんと答えないのは広報官の重要な資質であるから),怒らせたら刃物が出て来そうなの。「ショウチシマシタ」じゃなくて「キョウトギテイショエンチョウニハ,ワガクニハダンジテオウジマセン。ソレガナニカ? デハツギノカタ」てな感じや(なんだかんだでテレビ見過ぎ)。日本にもそろそろ本気モードの組織的劇場政治が必要である。

Apache IP denial configuration

Apache のアクセスログを時折チェックすると,様々なアタックがあることに気付く。公開 Web サーバを運用しているとこれはもうしようがない。GET //dbadmin/scripts/setup.php HTTP/1.1 などの要求(世に言う php アタック)が頻発していて,すべて 404 レスポンス(document not found)で弾かれている。404 で帰ってくれるならよいのだが,隠れたセキュリティホールを突かれてサーバが乗っ取られないとも限らない。面倒だが,これら前科のあるヤクザ・ホストの IP アドレスを収拾し,こいつらのネットワークから来る HTTP 要求はすべて拒否することにした。

Apache には特定の IP アドレス,ネットワークからの要求を拒絶する機能が備わっている。あるドキュメントに対して deny from IP | CIDR を指定すればよい。ヤクザ・ホストの IP アドレスをログから抽出しここに指定しておけば,Apache は 403 レスポンス(forbidden)を返し,アクセスを拒絶してくれる。今回は IP アドレスそのものではなく,こいつらヤクザが属しているネットワーク全体からの要求を拒絶するように CIDR(ネットワークアドレス/マスクビット)を指定することにした。暴力団排除条例が施行されたことだし,「関係者」ともども皆お断りというわけだ。今日は,その設定変更レシピの備忘録を示しておく。ここで % は UNIX コマンドライン tcsh プロンプトを示している。

  1. 存在しないドキュメント参照記録の抽出
  2. まず 404 の履歴を Apache のアクセスログから抽出する。user, webserver は,それぞれ Web サーバへのログイン ID,ホスト名である。リモートシェルを使って Mac OS からオペレーションしている。
    % rsh -l user webserver grep -e ' 404 ' /var/log/httpd-access.log > 404list.txt
  3. アタックの特定
  4. 404list.txt をテキストエディタで開いて内容を確認し,明らかにアタックだと思われるアクセス(.cgi, .dll, .php の拡張子をもつ,いかがわしいプログラムを実行するもの)を特定し,それ以外の行を削除して格納する。

  5. IP アドレス・リストの作成
  6. 編集済のログデータ 404list.txt から IP アドレスだけを抽出・編集し,重複を排除し,対象リスト 404ip.txt を作成する。
    % cat 404list.txt | cut -f 1 -d ' ' | grep -e '[0-9]' | sort | uniq > 404ip.txt
    私の場合,上記 1〜3 のオペレーションは以下のワンライナーでよさそうであった(→印は,次の行と一続きで入力することを示す)。
    % rsh -l user webserver grep -e ' 404 ' /var/log/httpd-access.log  | \
    grep -v 'GET .*\.html ' | grep -e 'bbs\.html\+\|\/manager\|\.php→
    \|\.dll\|\.asp\|\.pl\|GET http\|\/user\/\|\/muieblackcat→
    \|blackhats\|++++++*\|GET \/\/\|GET \/crossdomain\|→
    GET \/idle\/\|GET \/appConf' | \
    cut -f 1 -d ' ' | grep -e '[0-9]' | sort | uniq > 404ip.txt
  7. Whois 情報から Apache denial list の作成
  8. 404ip.txt 中の IP アドレスで whois を参照し,このアドレスが属するネットワーク CIDR や国コードを取得する。国コードはなくてもよいが,いったいどの国にヤクザが多いのか興味はありませんか? この処理は UNIX の whois コマンドを IP アドレス毎にひとつひとつ叩いて CIDR を調べ,Apache の定義文を作成すればよいけれども,IP の数が多いとやってられない。ネットワークの IP アドレス範囲から CIDR を計算しなければならない場合もあり,面倒だ。そこで私は,これらを全部自動的に行う Perl コード ipwhois.pl を書いた。ipwhois.pl コードを記事の最後に掲げておく。このプログラムは IP アドレス・リストを標準入力から読みとって,IP アドレス毎に whois を照会し,当該 IP の国コードと CIDR を取得あるいは計算し,指定出力ファイルに Apache の拒絶定義文(deny from CIDR)の形式で出力するとともに,標準エラー出力に国コード毎の集計データを出力する。CIDR が得られなかったら IP アドレス単体指定を行うものとしている。さて,私の自宅サーバログに基づく実行結果は以下のとおり。標準エラーの全出力を掲げておきます。ヤクザ IP・CIDR の一覧でもありますので,お使いいただいても構いません。
    % ipwhois.pl -o denylist < 404ip.txt 
    113.59.33.9     CN      113.59.0.0/17
    113.84.73.25    CN      113.64.0.0/11
    119.254.72.218  CN      119.254.0.0/15
    121.14.129.100  CN      121.8.0.0/13
    121.141.172.40  KR      121.128.0.0/11
    121.166.70.252  KR      121.160.0.0/11
    140.112.41.58   TW      140.112.0.0/16
    173.162.102.20  US      173.162.64.0/18
    173.245.70.17   US      173.245.70.0/24
    175.177.100.182 JP      175.177.100.0/24
    182.20.206.193  JP      182.20.128.0/17
    184.107.108.37  CA      184.107.108.0/24
    188.127.230.124 RU      188.127.224.0/20
    188.143.233.14  RU      188.143.232.0/23
    188.143.233.160 RU      188.143.232.0/23
    188.143.233.34  RU      188.143.232.0/23
    188.163.105.52  UA      188.163.0.0/17
    188.163.65.234  UA      188.163.0.0/17
    188.163.67.245  UA      188.163.0.0/17
    188.163.67.254  UA      188.163.0.0/17
    188.40.106.11   DE      188.40.0.0/16
    188.40.53.213   DE      188.40.0.0/16
    190.144.175.133 CO      190.144.175.133 (CIDR 190.144/14 not available)
    193.105.210.42  UA      193.105.210.0/24
    195.68.223.44   UA      195.68.222.0/23
    202.19.227.40   JP      202.19.227.40   (CIDR 2 not available)
    203.142.24.17   SG      203.142.24.0/24
    203.180.234.16  JP      203.180.234.0/24
    203.238.185.121 KR      203.238.176.0/20
    204.111.110.29  US      204.111.0.0/16
    204.9.123.122   US      204.9.120.0/21
    208.78.244.107  US      208.78.240.0/21
    209.144.30.98   US      209.144.30.0/24
    209.172.57.77   CA      209.172.32.0/19
    209.190.38.98   US      209.190.38.96/29
    209.236.115.222 US      209.236.112.0/20
    210.165.234.248 JP      210.165.128.0/17
    210.253.108.17  JP      210.253.96.0/19
    211.144.82.8    CN      211.144.64.0/19
    211.233.71.243  KR      211.233.64.0/20
    211.62.35.217   KR      211.62.32.0/21
    211.68.122.12   CN      211.68.120.0/22
    211.72.32.244   TW      211.72.0.0/17
    212.138.82.23   SA      212.138.64.0/18
    212.54.226.117  IT      212.54.224.0/19
    216.171.171.163 US      216.171.160.0/20
    219.136.241.165 CN      219.136.241.165 (CIDR 6 not available)
    221.117.61.178  JP      221.117.61.176/29
    222.186.43.119  CN      222.184.0.0/13
    31.128.142.199  RU      31.128.128.0/19
    31.184.236.13   UA      31.184.236.0/24
    31.184.236.33   UA      31.184.236.0/24
    31.184.236.34   UA      31.184.236.0/24
    31.184.236.36   UA      31.184.236.0/24
    31.184.238.71   RU      31.184.238.0/24
    46.109.177.176  LV      46.109.0.0/16
    46.116.43.68    IL      46.116.0.0/15
    46.21.154.66    US      46.21.144.0/20
    58.191.154.41   JP      58.191.154.40/29
    58.215.12.42    CN      58.208.0.0/12
    59.108.108.100  CN      59.108.0.0/16
    61.187.206.148  CN      61.187.206.148  (CIDR 4 not available)
    61.190.172.2    CN      61.190.0.0/16
    64.124.203.73   US      64.124.0.0/15
    66.87.2.132     US      66.87.0.0/16
    68.15.157.99    US      68.0.0.0/12
    68.58.54.214    US      68.32.0.0/11
    69.133.106.156  US      69.132.0.0/14
    69.26.37.39     US      69.26.32.0/19
    69.73.163.187   US      69.73.128.0/18
    72.29.84.41     US      72.29.64.0/19
    72.44.90.84     US      72.44.80.0/20
    74.217.148.71   US      74.217.0.0/16
    74.217.148.72   US      74.217.0.0/16
    77.207.110.229  FR      77.192.0.0/12
    77.247.181.165  NL      77.247.176.0/21
    77.52.112.197   UA      77.52.64.0/18
    77.92.224.110   GE      77.92.224.0/24
    77.92.233.198   GE      77.92.233.0/24
    81.170.143.96   SE      81.170.128.0/17
    81.25.46.137    BY      81.25.32.0/20
    82.193.117.23   UA      82.193.96.0/19
    85.192.15.82    RU      85.192.0.0/20
    85.88.195.35    IT      85.88.192.0/19
    86.101.224.233  HU      86.101.0.0/16
    86.127.192.137  RO      86.120.0.0/13
    88.40.179.242   IT      88.40.0.0/15
    89.107.227.210  TR      89.107.227.0/24
    89.252.58.228   UA      89.252.0.0/18
    89.28.124.238   MD      89.28.0.0/17
    89.97.190.170   IT      89.97.0.0/16
    91.135.235.139  GB      91.135.224.0/20
    91.207.6.154    UA      91.207.6.0/24
    91.207.6.174    UA      91.207.6.0/24
    91.207.6.82     UA      91.207.6.0/24
    91.214.45.239   LU      91.214.44.0/22
    91.224.160.126  NL      91.224.160.0/23
    91.224.160.127  NL      91.224.160.0/23
    91.224.161.127  NL      91.224.160.0/23
    91.226.165.164  RU      91.226.164.0/22
    92.113.10.162   UA      92.113.0.0/18
    93.182.36.82    RU      93.182.32.0/20
    93.84.116.216   BY      93.84.0.0/15
    94.24.152.61    RU      94.24.128.0/17
    Country list:
    GB = 1; GE = 2; NL = 4; TW = 2; LV = 1; BY = 2; SA = 1; KR = 5; RU = 10; MD = 1;
     TR = 1; JP = 8; CA = 2; SE = 1; CN = 12; DE = 2; LU = 1; CO = 1; RO = 1; SG = 1
    ; IT = 4; UA = 17; US = 21; IL = 1; HU = 1; FR = 1; 
  9. Apache denial list 重複削除
  10. ipwhois.pl が出力した denial list denylist から CIDR が重複するものを一つに纏める。
    % cat denylist | sort | uniq > denylist.txt
  11. Apache httpd.conf への反映
  12. 完成した denial list denylist.txt を Apache のコンフィグレーション(httpd.conf あるいは,これからインクルードされる定義ファイル)中のドキュメントルート Directory ディレクティブのところに,テキストエディタを使って反映する。以下はその例。このあと定義文をチェックし(apachectl -t),問題なければ,Apache を再起動(apachectl restart)して,作業は完了である。
    <VirtualHost *:80>
        ServerName yasuda.homeip.net
        DocumentRoot /usr/local/www/apache22/data
        <Directory />
            Options ExecCGI Includes FollowSymLinks
            AllowOverride None
        </Directory>
        <Directory "/usr/local/www/apache22/data">
            Options ExecCGI Includes FollowSymLinks
            AllowOverride AuthConfig
            Order allow,deny
            Allow from all
            # 以下 denial list 内容の CIDR を指定する
            deny from 113.59.0.0/17
            deny from 113.64.0.0/11
            deny from 119.254.0.0/15
            deny from 121.128.0.0/11
            deny from 121.160.0.0/11
            deny from 121.8.0.0/13
            deny from 140.112.0.0/16
            deny from 173.162.64.0/18
            deny from 173.245.70.0/24
            deny from 175.177.100.0/24
    ...

さて,ipwhois.pl の実行結果から,我が家のサーバ・アタック杯ヤクザ国家の発表です。アタック元 IP の国コードとして多いのは,順に,一位:米国 21 ポイント,二位:ウクライナ 17 ポイント,三位:中国 12 ポイント,四位:ロシア 10 ポイント,五位:日本 8 ポイント,六位:韓国 5 ポイント,七位:オランダ,イタリア 4 ポイントでした。米国,中国,ロシアが上位に来るのは予想がつきましたが,ウクライナの二位は意外でした。もちろんこの国コードはサーバから見ての要求元なので,中国のヤクザが米国のプロクシ経由で攻撃したものは米国に分類されているはずである。

ipwhois.pl コードは以下のとおり。コピペして使っていただいてもよい(無保証)。whois の項目を調べるための Perl モジュール Net::Whois::IPNet::CIDR が必要なので,動かすには事前に cpan コマンドでシステムにモジュールをインストールしておく必要がある。
 

#!/usr/bin/perl -w
# -*- coding: utf-8; mode: cperl; -*-
# Get ip-route and generate deny list from whois info
# 2011 (c) isao yasuda.
 
use strict;
use Net::Whois::IP qw(whoisip_query);
use Net::CIDR qw(:all);
use Getopt::Std;    # command line processing
use File::Basename; # get file basename
binmode(STDOUT, ":utf8"); binmode(STDERR, ":utf8");
 
# command line.
my %opts = ('o' => "0");
Getopt::Std::getopts('o:', \%opts) ||
    die "Usage: " . basename($0) . " -o denylist \< (stdin)\n";
my %ccode; # 国コード集計カウンタ配列
if ($opts{'o'}) { # deny list open
    open(DL, ">> $opts{'o'}") || die "$opts{'o'} open failed.\n";
} else { # 指定がなければ標準出力
    open(DL, ">-");
}
# IP 毎の処理
while (<STDIN>) {
    chomp($_); $_ =~ s/\s+//g;
    # Whois 情報取得
    my $ip = $_;
    my $response = whoisip_query($ip);
    # 国コード取得
    my $country;
    if ($response->{country}) {
        $country = $response->{country};
    } else {
        $country = $response->{Country};
    }
    $country =~ s/\s+//g; $country =~ tr/a-z/A-Z/;
    # CIDR 取得 なければ IP をセット
    my $cidr; my $comm = "";
    if ($response->{route}) {
        $cidr = $response->{route};
    } else {
        if ($response->{CIDR}) {
            $cidr = $response->{CIDR};
        } else { # IP 範囲から CIDR を計算
            my $range = $response->{inetnum}; $range =~ s/\s+//g;
            $cidr = Net::CIDR::range2cidr($range);
            unless ($cidr =~ /^[0-9]+\.[0-9]+\.[0-9]+\.[0-9]+\/[0-9]+$/) {
                $comm = "\t(CIDR $cidr not available)";
                $cidr = $ip;
            }
        }
    }
    # 複数 CIDR が得られた場合はじめの一つのみにする
    my @acidr = split(/,/, $cidr);
    if ($#acidr) {
        $cidr = $acidr[0]; $cidr =~ s/\s+//g;
        $comm = "\t(Some CIDRs found. Selected one)";
    }
    # 端末出力
    print STDERR "$ip\t$country\t$cidr$comm\n";
    # Apache 用 deny list 出力
    print DL "deny from $cidr\n";
    # 国コード集計
    if (exists($ccode{$country})) {
        $ccode{$country} += 1;
    } else {
        $ccode{$country} = 1;
    }
}
 
# 国コード集計出力.
print STDERR "Country list:\n";
foreach (keys %ccode) { print STDERR "$_ = $ccode{$_}; "; }
print STDERR "\n";
close(DL); 

追記:

こんなことをやっていたために,クラブワールドカップ・柏レイソル vs 北中米カリブ海代表モンテレイの試合を見忘れてしまった。柏レイソルが PK で勝利した。すげぇ。ベスト 4 進出。次はブラジル王者サントスとの対戦。楽しみじゃ。
 

12.12 追記:

whois から複数の CIDR が返却される場合があるため,その場合一つだけ採用するよう ipwhois.pl を訂正した。

クリスマスツリーを飾る頃合い。私の書斎の机にも,灯りの付かない使い古しを飾った。今夜は皆既月蝕が綺麗に見えるということで,先ほどベランダに出て眺めた。十五夜の月がぼっと橙色に霞んで欠けた姿は少し禍々しい。

1 年ぶりくらいに,アニメ『地獄少女』を DVD で観た。この作品は,いわゆる「恨み晴らしもの」なんだけど,美人画の伝統を引く美少女・閻魔あいの和装束や,紅葉,菊,彼岸花,蜘蛛の巣など,日本古来の怪異潭の属性を美しく映像化した。そういうところこそが,大正浪漫好きの私なんかに無条件の支持をさせるんである。

今回は Vol. 7。三話収録されているうち,『花嫁人形』がとくに面白かった。日本人形制作の女流老大家・氏家鏡月にその美貌を気に入られ嫁入りした女主人公・氏家祈里は,鏡月から「人形のようにしておれ」と命ぜられ,人間として扱ってもらえず,使用人の監視のもとに行動を著しく制限され,逆らうと仕置きに晒される。鏡月の息子・祈里の夫・幸雄は妻に優しいが,そんな悩みを聞き入れようとしない。絶望にかられて祈里は義母の地獄流しを地獄少女に依頼する。鏡月は地獄に流された。ところが祈里は今度は夫から「きみの心などは必要ではない」と言われ,物語は終わる。

「人形に比べれば人間など,浅はかで醜い外道に過ぎない」と鏡月は言う。現実の人間はくだらない存在で,藝術作品に描かれた姿こそが美しい。このような考えの藝術家は珍しくないのではなかろうか。しかし彼女は,現実の人間を人形のような存在にしたいという倒錯した考えに憑かれたために地獄へ送られる。藝術家の狂気の表現として,いたく面白かった。こういうテーマ論は最近では,アニメに限らず極めて珍しいのではないか。

地獄流しの舟の上で鏡月は閻魔あいに言う:「きれいね。まるでお人形さんみたい。作りたいわ,あなたのようなお人形を。さぞ死装束が似合うでしょうね」。それに対する,あいの冷たいひとこと:「永遠にあの世で作らせて上げる。ただし,モデルはあなた自身の死様よ」。地獄では己を見つめ続けなければならない,というのか。藝術作品のうち,死を美しく連想させるものこそ至上のもの。この藝術観はモダニズム以外の何ものでもない。ああ,私の慰め。
 

地獄少女 7 [DVD]
アニプレックス (2006-07-26)
 

クリスマスツリーと,地獄少女と,皆既月蝕。うちのド安モンのデジカメ CASIO Exilim EX-S12 では,月のまともな撮影はとうてい無理ですな。何か,ユーフォーが飛んでいるようにしか見えません。
 

20111210-xmastree-moon.png

毎日新聞配信ニュースによれば,一川保夫防衛相と山岡賢次国家公安委員長兼消費者担当相に対する問責決議案が今日午後の参院本会議で自民,公明,みんななどの野党の賛成多数で可決された。「一川氏に対しては95年の米海兵隊員による沖縄少女暴行事件について『詳細には知らない』と答弁したことなどを理由として列挙。『もはや素人が防衛大臣であることは許されない』とした」なんだそうである。野党議員先生たちは沖縄のことを何でも熟知しているかのようである。これらの野党議員に,くだんの米海兵隊員容疑者の名前や沖縄の米兵による犯罪の件数,その裁判の判決内容などの「詳細」をぜひ聞いてみたいものである。お前だって知らねぇだろ。民主党の政権担当能力はさておき,野党のこの偽善に満ちたアホらしさはどうしようもない。こういうのをイジメ根性というのである。日本人らしい振る舞い。こんな内容のないことで閣僚人事を左右できるなんてことを認めてはならないのだ。野田総理はこの決議案を無視すべきである。

こんなことをやっているから国会議員=政治家は官僚から有象無象扱いされるのである。国政の事務レベルの推進は官僚の仕事であり,政治家がいなくても進む。事の「詳細」は官僚が熟知しているべきものであり,それに基づいていくつかの方向性を考える。そのうちいずれの途を行くかは,選挙で選ばれた政治家が人間として日本国民の代表としての良識に照らして決断する。ここでは「詳細」に関する政治家の知識は必ずしも最重要の資質ではない。知識よりも智慧・良識が大事なのだ。これが政府の本来の姿だと私は思うのだが,日本ではその決断も官僚がやっているようである。だから官僚は政治家をただの張子だと考える。だからここんな不毛の問責決議案が可決される。このザマを見る限りにおいて,日本の政策実行が官僚の努力だけでなされているのは致し方ないというように見えてしまう。

こんなどさくさの間に,公務員給与削減法案,労働者派遣法改正法案などの今国会での通過が流れてしまっている。それで公務員の今回のボーナスは 10% カットどころか 4.1% の増額とあいなりました。俺たちがケツを叩かれながらいよいよ悲壮な思いで仕事をしても,景気や業績の落ち込みにより,俺たち民間企業のボーナスは大幅カットされていると言うのに(俺のようにまだボーナスが出るのはまだマシな方だ),公務員どもは財政破綻寸前かつ税収は落ち込む一方なのにもかかわらずである。おまけにこいつらは身分が保証されリストラの心配がなく,退職金も一般企業の何倍も貰い,年金だって最高のクラスが保証されている。

こんな僻み根性がいま日本中を渦巻いているはずである。職のないネットカフェ難民の若者,ブラック企業でコキ使われている労働者,派遣業者から人間として扱ってもらえない日雇い,リストラされた中高年,年金の出ない定年退職老人,エトセトラ,エトセトラの怨念が渦巻いているはずである。なのに,その怒りの矛先は,通り魔であったり,児童虐待であったり,2ちゃんねるの悪意の書き込みであったり,そういう方向にしか向けられない。面白い。俺もたくさんの首を切って来たので,このボーナスの時期は後ろから刺されるのではないかと背中が気になるんである。
 

12/10 追記

米国で反格差デモが凄まじい。米国のような国でも官憲とデモ隊が衝突する光景が見られるなんて,反戦デモ以外で私は想像できなかった。「格差」そのものは悪ではない。リオネル・メッシと J リーグのフォワードの所得に天と地の開きが出るのは当然なのだ。それでも,社会の構造的要因により若者が仕事にもつけず衣食住にすら困っているいまこの状況において,一方では,公務員のように,仕事の労力・成果ではなく体制によって守られることに依って,しかも国家・共同体の借金をカタにして,恵まれた経済生活が当たり前のようになっているのをみると,問題にすべき「格差」の姿がハッキリする。アンフェア,不公平ということ。これは,新自由主義によって勝ち組・負け組の分類が流行になり,負け組は「負けた」ことで奈落に落ちる,それは「弱い」自分が悪いので仕方がない,という考えとは少し違う。この過程に身分や体制に基づく不公平があるからこそ,若者が怒るのだ。米国のようなデモが日本でも頻発するのは時間の問題である。

太宰治の何かの短篇に,市役所の担当者が定時ちょっと過ぎに出生届の提出に来た婦人を「もう終わりました」と受付を拒絶するくだりのあるものがある。婦人が事情を聞いてもらえるよう拝むように頼んでも「もう終わりましたから」。どういう理由なのか,この日に出生届を出さなければならなかった婦人は自殺してしまう。彼の義務は定時まで仕事をすることである。それをまっとうしただけだ。彼はその後婦人が自殺したことすら知らない。この不幸のドラマにおいては誰が悪いのか。この公務員は悪くない。しかし「許せない」という感情がムカムカと湧いて出て来るのである。それは,彼が相手の事情や人間性・人格にまったく気遣うことのないルーティン主義の偽善と,そしてその己の偽善に気付いていないシアワセぶりとに対する怒りである。元沖縄防衛局長のレイプ発言も,沖縄県民に対するこれと同じような人間性・人格の無視の現われではないか。

公務員に対するヒガミ,グチは留まるところを知りません。

クラブ・ワールドカップ

柏レイソルがまずは勝利した。ニュージーランドのトップクラブはなかなかのチームだったが,柏が一枚も二枚も上手だった。次はメキシコのクラブ。とはいえ,このクラブ・ワールドカップ,スペインとブラジルという超サッカー大国のクラブが参加しているけれども,イングランドも,ドイツも,イタリアも出て来ない。カネの論理が先に出ているような感じで,いまいち盛り上がりに乏しい。

それにしても,田中選手,工藤選手のゴールは素晴らしかった。特に,逆ターンで切り返して DF をかわし,左の難しい角度から左足で測ったようにネットに突き刺した田中選手の一点目には惚れ惚れとした。こんな仕事ができるんだと,失礼ながら意外な驚きがあった。フォワードなんだからゴール前でボーッと突っ立ってないで動き回って DF を攪乱してくれよ,だから岡崎,前田に先を行かれるんだよ!なんて私は思っていたんである。今日の試合では,優勝後のイベントで疲れ切っているはずなのに,彼らのボールコンタクトの技術は一級品だった。この試合だけを見ている限りにおいて,田中,工藤はセリエAのストライカーのようであった。
 

* * *

警視庁がたくらむ『2ちゃんねる撲滅作戦』』という記事をみた。「たくらむ」という表現が言外に警察権力への記者の批判が込められているけれども,私なんかは「いままでどうして潰さなかったのか」とずっと思っていたクチである。

2ちゃんねるは「犯罪の温床」である。犯罪予告が書き込まれるなんてしょっちゅうだし,おそらくはほとんどバカが思い付きで書き込んだに違いないにせよ,秋葉原事件のような例もあり警察としては動かないわけにはいかない。警察のマンパワーの無駄遣いにもなる。2ちゃんねるのような,社会に認知されたサイトなのに,匿名による書き込みの管理をまったくしない,無責任な掲示板はこうなる。当然である。国家権力を発動して潰してしまえばよい。

札幌にある2ちゃんねるのサーバルームを家宅捜索したのは,道警ではなく警視庁だったそうである。となると,まず間違いなく,犯罪が行われているのを放置した行為みたいな罪状で立件されて,管理者は逮捕されサイトは閉鎖になるだろう。サイト管理者には適切に運用されているかを管理する義務がある。YouTube などあれほど使い倒されているのにアップされた動画をきちんとチェックして,不適切なものは削除する等の処置をしている。2ちゃんねる「弾圧」については,私は桜田門を支持します。国家権力を発動してこの無責任なネットのゴミダメを潰してしまえ。いや。『週間朝日』の記事だから,眉に唾つけたほうがよさそうである。

Shankar - Vision

今日は時雨も冷たい寒い一日だった。世にふるもさらにしぐれのやどりかな(宗祇)。

会社から帰宅して,ちょっと景気付けにインドのシャンカル Shankar のクロスオーバーを聴く。Shankar の 10 弦のステレオフォニックのエレキ・ヴァイオリン,ジャン・ガルバレク Jan Garbarek のサクソフォーン,ペール・ミッケルボルク Palle Mikkelborg のトランペットによる Vision。1984 年に ECM レーベル(ドイツの個性的なレーベルである)から出たアルバムである。

東洋風奏法によるヴァイオリンの伸びやかな,遠い彼方から伝わって来るような響きと,サックス,トランペット,フリューゲルホルン,パーカッションの現代的なリズム・旋律との組合せは,夢幻的軽やかさで一種独特の魅力がある。異国情緒のこれ見よがしのへんな色気のないところがよい。シャンカルのアルバムは,夏の晴れた浜辺でペリエでも飲みながら楽しむのが合っているようにも思われ,この季節にあんまりそぐわないのですけど。
 

Vision
Lakshminarayana Shankar (Vln),
Jan Garbarek (Sax),
Palle Mikkelborg (Tr).
ECM Import (2000-08-01)
 
* * *

昨日,真珠湾攻撃について書いていたら,今日『真珠湾攻撃70年 『ルーズベルトは狂気の男』フーバー元大統領が批判』(産經新聞配信記事)をみた。真珠湾奇襲を予め察知しておきながら(ことほど左様に,当時の帝国陸海軍の暗号技術はヘボで,米国には作戦が筒抜けだったようである),日本に国際法違反の先制攻撃をさせ明らかに国力の低い国を叩く口実にした,という陰謀論はこれまでいろんな評論家が言って来たことである。この記事は元大統領の証言という形でこれを根拠づけるものだといえる。でも,当時の世界情勢からすれば,日米開戦は時間の問題だったし,奇襲攻撃を敢行したことで日本が世界史に汚点を残し,奈落に落ちて行った事実はどうしようもない。

ところでこの記事をみていると,「在米日本資産の凍結など41年7月の経済制裁」といい,「米国から日本への食糧供給」の必要性といい,当時の米国の見方・動き方は,現在の北朝鮮に対するそれそのものである。北朝鮮もそのうち火を噴くってことか? 最近,北朝鮮が米国を射程内に納める ICBM を開発しているというニュースも見た。いよいよ危ないのではないか?

ニイタカヤマノボレ

ニイタカヤマノボレ1208。ニイタカヤマノボレ。

今日は真珠湾アタック 70 年目の日である。この奇襲発令の暗合がちょうど 70 年前のちょうどいまこの時刻に打電された。ニイタカヤマとは新高山。当時日本でもっとも高い山であった。「であった」わけで,日本の最高峰はもちろん富士山。新高山は,当時は日本領だった台湾の高峰。絶頂へ行け,というのは何ともヒワイである(こう感じるのは下品な俺だけか)。

ところで日本人にとって Attack on Pearl Harbor の日付は 1941.12.8 なんだけど,米国からみれば,すなわち世界史的には,12.7 である。日本時間 12 月 8 日未明は,全世界のほとんどの国ではまだ 12 月 7 日である。この当たり前の事実になぜハッとするのか。歴史は永遠に相互理解ができないというわけである。

トラ・トラ・トラ。ワレ奇襲ニ成功セリ。

問責ブーム・NHK『坂の上の雲』

今日の国会参議院予算審議会で磯崎陽輔議員が山岡消費者担当相のマルチ商法業界との関係を追及した。例の田中レイプ発言で渦中にある一川防衛相とともに,山岡消費者担当相についても,問責決議案が 9 日にも提出されるそうである。

でも,マルチ商法業界との繋がりは「犯罪」なんだろうか。そこに犯罪性があるとしたら,磯崎さん,素人のアンタじゃなく,プロの警察が捜査しその結果で検察が立件すべきかどうかを考えるのではないでしょうか。こんなの国会審議のネタなのだろうか。いろいろ攻撃の材料を集めてご苦労様です。それにしても,自民党の議員さん,ヒマなんですね。民主党の野党時代そっくり。もっと国民のためにやるべきことがあるでしょう。議員定数削減大賛成。
 

* * *

日曜日,NHK でドラマ『坂の上の雲』を少し観た。戦史小説が映像化されると,何で安っぽい戦争賛美になってしまうのだろうか。呆れてしまった。これじゃ作家・司馬遼太郎が可哀想である。私も戦争ドラマは嫌いではないが,それはあくまで限界状況における個別具体的な人間模様についてであって,明らかに感動の焦点を「お国のために死ぬ」ことに合わせているのは,わざとらしくてならない。口に出して言うと白けてしまうことがある。私は靖國神社にお参りすることを当然と考える一人であるが,政治家や評論家の「靖國神社に参拝するのは日本人として当然だ」などという示威行為には虫酸が走るのである。

ところで,ドラマのなかでロシア皇帝ニコライ二世(けっこうニコライ二世に似ていた。メドヴェージェフ大統領にもちょっと似ているのが笑えた)の口に日本人のことを「猿」と言わせていた。これは司馬遼太郎の小説に準拠したのだろうが,たとえ日露戦争を扱ったドラマでかつ「原作に忠実」との理由があろうとも,こういう政治的判断を左右する差別的台詞をロシアの皇帝に言わしめるのは問題ではないかと思う。ニコライ二世がはっきりとそう言ったという史実はないのである。原作に忠実でも映像化した瞬間に新しい責任が生ずるのだ。「表現の自由」というのかも知れないが,これに類することを外国の戦争映画が天皇陛下の役に言わせている,なんてことを想像すると,日本人なら「この監督を誅すべし」と怒るはずである。さらに,一事が万事のバカ右翼なら「この露助野郎どもめ,お前ら皆殺しだ」とさえ思うかもしれない。つまり NHK のドラマがいかに失礼かつ軽卒なのかがわかる。皇室を尊崇するなら,他国の王室・帝室にも相当の敬意を払うべきである。NHK もいい加減である。

Facebook バグ多し

Facebook をよく閲覧している。 friends のほとんどが日本に関心をもつ海外の人である。東日本大震災や福島原発事故について気遣ってくれるので,日本も捨てたものじゃないなという感を深くすることもしばしばだった。彼らは日本の伝統文化を大いに尊敬していて,それはそれで日本人として嬉しいわけだけど,それでも現代の日本人が心を惹かれているものにも関心をもってもらいたいという思いもあり,私はもっぱら日本の現代の音楽や日本画,アニメなどの情報を流している。もちろん,私の知らなかった興味深い情報が friends から得られて,Facebook はいまや手放せないサイトである。

Facebook は頻繁に仕様変更され,それゆえ極めてバグが多い。Mac OS X Safari だととくに気になるんである。ま,コミュニケーション・ツールなのでバグといっても痛みを感じない部類のものである。私のこのバカ・ブログを Facebook にも feed していたんだけど,これまでも atom.xml を取りに来なくなるバグに少々辟易していた。ところが,最近まったく feed されなくなり,昨日よくよく調べてみると,最近の仕様変更によりいつの間にか外部サイト記事の feed 取込を停止してしまったようである。マシン・パワーが馬鹿にならないのと記事が増えて困るのとがその理由だろう。

Facebook のバグで苛立たせられるものとして,YouTube 動画をシェアしようとするとリンクが追従出来ないことが時折りある。でも,これは次のようにすれば回避できる。YouTube 動画画面で「共有」ボタンをクリックして現われる「長いリンク」と「開始位置」とをチェックし,「開始位置」に "0:01" のように差し障りのない時間を指定してから,動画リンクのテキストをコピーし,これを Facebook の "What's on you mind?" のテキストボックスにペーストする。すると動画のサムネイルも Description もきちんと持って来る。百発百中を保証するわけではないが,ダメなとき私はこれですべてうまく行った。

深夜食堂

TBS 火曜日の深夜 0 時半過ぎから放送される『深夜食堂』は,数少ない愛着のあるテレビ・ドラマのひとつである。映像が通常のテレビ・ドラマのビデオ画質ではなく,映画のようなフィルム画質である。そこが懐かしいのである。毎回,世の中に疲れた人物が主人公になり,小林薫扮する『めしや』のマスターの作る深夜の料理で癒される。ドラマ最後で,配役が料理の簡単なレシピまで説明する。この深夜番組を観ると,出て来た料理が無性に喰いたくなる。この前観た回ではクリームシチューだった。寒い深夜のクリームシチュー。食べたい食べたい。

家に帰らぬ小説家・鈴木(吹越満)とその娘・花(朝倉あき)の物語は身につまされた。花はこの就職難のなかキャバクラでバイトをしながら就職活動をしている。せっかく決った企業にキャバクラ稼業がバレて内定は取り消し(でも,そんなことで内定取消されるかなー?)。デリヘル嬢などの仕事をするしか手がない。家族を棄てたような執筆生活の気晴らしに,鈴木はあるときデリヘルを依頼する。ところがやって来たデリヘル嬢はなんと娘の花だった。こんな残酷な話があるか? そのときの鈴木の歪んだ顔に,胸をえぐられるくらい哀しくなってしまった。生活のためにこういう仕事を女性がしなければならないことがある。そしてそれが自分の家族だったらどうか。桃色遊びをする世の男性は,自分の娘,妻と対峙する覚悟を持つべし。最後は鈴木親子 3 人,深夜食堂でクリームシチューを食べるシーン。これが救いである。

それにしても,小説家役の吹越満がいい味を出していた。この人,性格俳優として定評がありいまでは人気俳優になっているけれども,20 年近く昔,喜劇的少女戦隊もの『有言実行三姉妹シュシュトリアン』で,フライドチキン男なる脇役を演じていた。おそらく東映の大部屋俳優だったのだろう。それで私の記憶に残った。こんなことを知っているのは,当時幼い子供のいた私のようなオヤジだけだろう。『有言実行三姉妹シュシュトリアン』は,思うに,単なるヒーローものではなく,世相を見事に反映・風刺した名作である。矢野顕子の『あなたには言えない』がエンディング・テーマに使われているのもよかった。DVD でも観られるようなのでぜひ御覧あれ。
 

付記

『あなたには言えない』を収録した矢野顕子のアルバムをリンクしておきます。私のお気に入りの一枚。
 

LOVE IS HERE
矢野顕子
エピックレコードジャパン (1993-06-02)

柏レイソル J1 優勝

柏レイソルが浦和レッズとの最終戦を制し,J1 初優勝を果たした。NHK が放映してくれました。やりました。やっぱりワグネルが先制点を決め,これまで得点のなかった選手が追加点を上げ,底上げチームらしい守備力で守り切っての優勝。真っ赤に染まった埼玉スタジアム 2002 のアウェイの最終節で決めたこの優勝は,感無量である。さすがにアウェイでの優勝だったので,日立の社長が出て来ることは適わなかったんだけど,それも見たかったものである。

浦和は,フィジカルの弱い山田直がスタメンでワントップに入った。これで勝てると考えるところが私には疑問だった。これじゃゼロトップじゃねえか。FW,MF,DF というポジションがゲーム戦略上どうして存在するのかという基本スタンスがここにはない。このためか,柏のダブル・ボランチに簡単にチャンスを摘み取られて前線にフィードされ,とくに前半ではまったくボールが収まらなかった。その結果,受けに回った浦和は,守備力のヘボさがここでも象徴的に出てしまった。柏木,梅崎,山田直,原口,坪井,鈴木など元・現日本代表を多数揃えながら勝てない浦和。思うに,球際に弱く守備の意識が低いのが,あの弱さの決定的な要因である。熱狂的なサポーターが 5 万超収容のスタジアムを埋め尽くす,世界でも稀な好環境にあるにもかかわらず,この体たらく。そして守備力の高い柏にボコされるなんてのをみるにつけ,まるで満員の甲子園で貧打の中日ドラゴンズに押さえ込まれる阪神タイガースを見るようで — いつもの真逆で — 哀しくも痛快であった。

柏の右サイドバック・酒井選手と浦和の左サイド・原口選手の日本代表二人の 1 対 1 の競り合いが私の個人的な見所だった。酒井は柏の躍進とともに急成長したサイドバック。今日も原口に決定的な仕事をさせなかった。守備と攻撃のバランスからいうと,私は A 代表の内田選手よりも酒井選手のほうが上であると思う。日本代表の将来を考えるとセンターバックをさせても充分機能すると思われるくらい,フィジカルもあり守備意識も高い。ブラジルのトップ・チームであるサントスからもオファーが来ているそうで,若いうちにさらに進化が期待できる。

柏は,昨年 J2 に落ちてから体制を整え,今年 J1 昇格していきなりの優勝。サッカーというものが守備を基本に試合を組立てるべきチームスポーツであることをまざまざと見せつけてくれる本当によいチームだった。今日の浦和戦はその象徴。レイソルが J リーグに参画し,西野監督がビルドアップしたが,その後低迷し,ネルシーニョ監督が再生してくれた。ブラジル人監督にしては意外にも守備重視と後半に畳み掛ける戦術とで悲願のリーグ制覇をもたらした。あとは天皇杯でもこの堅固なサッカーで勝ち抜いてほしいと思う。いや,やった,やった!
 

追記

浦和レッズの悪口をさんざん書いたんだけど,これも熱狂的サポーターに支えられているレッズには優勝争いをきちんとしてほしいからこそなのである。この試合後のレイソル優勝表彰式を見守ったあと,レッズサポーターはクラブのフロントを批判し夜 10 時まで座り込みを行ったという。こんな熱心なサポーターに後押しされているのに,ホント,命がけでやれというのである。

浦和は守備意識を高めれば必ず強いチームになる。いま堀さんが即製監督になっているが,「やらされ感」が漂っている。やっぱり,戦術に長けポリシーの一貫した外国人監督を招くべきである。サッカーの監督はサッカーがうまい人より頭のよい人が向いている。日本人監督は,たいてい自身が優れたサッカー選手だった体育会系であって,理よりも体が先に動いてしまうタイプが多く,ピッチの上からの俯瞰する視点ではなくピッチの中のプレーヤの視点で見るタイプが多く,要するに頭が悪い。監督は外国から連れて来るべし。「優秀だった」プレーヤ上がりではなく,冷徹な「経営者」を連れて来るべきである。それが世界のサッカー監督のトレンドでもある。

セクハラ・寒いっす

お歳暮のシーズンになり,妻が会社からお菓子のお裾分けを貰って来た。懐かしい神戸凮月堂のゴーフル,HENRI CHARPENTIER のタルト・フリュイをいただく。

相変わらず Perfume がスクリーン隅でちょろちょろして(Gyao の広告)うるさい Yahoo! Japan を見ていたら,ちょっと理解に苦しむニュースを読んだ。あの五輪柔道金メダリスト・内柴正人さんが未成年の女弟子にセクハラしたとの疑いで大学をクビになったそうである。この話をしていたら,「最近のニュース,セクハラ・ネタ多くね? 『これからヤルといってヤル奴いますか』なんて,あんな防衛庁オヤジじゃ,言われる前に女が逃げちゃうっつうの!」と娘。

それにしても内柴さんセクハラ問題。男子柔道家が酒のあおりでハダカで女性に寝ワザを仕掛けてしまったのか。イッポン背負いをしてしまったのか。よくわからない。仮に性交渉があったとすれば,本人の主張するようにたとえ合意の上でも「不倫」である。合意の上でなければ「強姦」ではなかろうか。なら何故警察に逮捕されない? 被害者女性が被害届を出していないからなのには違いない。この内柴さんの行為は強姦だったのか,違うのか。「セクハラ」という,事実何が起こったのかよくわからないコトバが使われているのは何故だろうか。さすがに金メダリストに対してマスコミが気を使ったのか。このあたり,彼がじつはハめられたんじゃ — ハめたんじゃなく — なかろうかという仮説も,私は否定できないのである。このご時世何をもってセクハラ疑惑をかけられるかわかったものではないので,中年オヤジは注意しなければならない。

ところで,海外,とくにヨーロッパなどでは,たとえ合意の上でも,コンドームを着けずに配偶者でない女性とベッドで格闘すると,すなわち強姦罪が成立するというのだから,厳しい(あのウィキリークスの親分がスウェーデンの官憲によって「強姦罪」で逮捕されたのは,このためらしい)。日本は強姦などの性犯罪が少ないと言われているけれども,日本の基準が海外よりも甘いだけなのかも知れない。

晩ご飯を食べながら,家族で男子バレーボール W 杯・日本 VS ロシア戦を観る。娘と妻はいつもの通り選手がイケメンかどうかにもっぱらの関心がある。日本代表はミスを連発してストレート負け。「何で越川くんが代表外れたの?」と愚痴も出てしまう。予想通りのゴッツのサーブ・ミスにがっかりして,息子がブルース・ウィルスの出ている車の CM を真似してひとこと —「ゴッツは期待に応えた。目立つぞゴッツ。悪い意味で」。なのに,フジテレビは「ロシアを追いつめた」と理解に苦しむヨイショ。米国などの超格上にも勝利した女子と比べられて,男子はバレーでも可哀想,ってなもんや。まあプロリーグで進化したサッカー日本代表が五輪出場当たり前になったこの時代になっても,男子バレーはまだ 10 年くらい我慢が必要である(バレーはサッカー,ラグビー,バスケットボールに比べるとフィジカルな要素が少ないスポーツなのに何でこうも日本男子バレーは弱いのか。背丈の劣勢を言う解説者が多いのだが,日本のブロックは悪くない。ド素人の私が見ても,一にサーブレシーブがヘボなこと,二に単純ミスが多過ぎることこそが敗因に思われる。フィジカルじゃないのだ)。まだロンドンへの出場権獲得のチャンスはあるので頑張ってほしい。でも,W 杯に出て来るだけ凄いよね。

バレー,サッカーをみるにつけ思うに,日本はそれにしても男よりも女が相対的に強い。世界的視点からみると男女の社会的格差比較において日本は先進国のなかでは抜きん出て女性が軽んじられている国らしい。人口減少に転じた日本は,先行きがホント暗いわけだけど,女性の社会進出が進み,世界のなかで女性が勝負すべき領域で頑張れば,国力はもっともっと上がるはずである。

またしても下品になりました。すみません。寒いので風邪などをお召しにならぬよう。
 

12.7 追記

内柴さん,警察が動き出してとうとう逮捕されてしまいましたね。ハメられたんじゃなくやっぱりハメたのか。下品ですみません。「準強姦」という罪状はどうもやっぱり私にはよくわからない。起訴されるかどうかはまだ不明である。

オリンピックで二連覇までした人なので残念である。野次馬根性も出てしまう。有名人はこういうときクソミソに叩かれてたいへんだ。柔道界からも総スカン。でも,被害者女性,彼の奥さんとお子さんはもっと可哀想である。

空書

空書というのをご存知だろうか。あまり書家の流派や作風には詳しくないけれども,書が好きである。見事な墨跡を見ると,漢字文化圏の文字に込めた美学に戦く。空書とはいわゆる文字というよりも書家の想像力に従った抽象的な書を謂う。YouTube で女流書家・佐々木香粋による空書動画を見つけた。これは 2010 年横浜で開かれた APEC Japan 2010 のメインビジュアル画面で放映されたものである。彼女は 1982 年生まれの俊英である。こういう若い藝術家が書という日本の伝統藝術によって新しい現代感覚を表現するのに接すると,息を呑むくらいの感動を覚える。ここにもエンベッドしておきます。

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ISAO YASUDA。システムエンジニア。神奈川県在住。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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