ロシア・スラヴの最近のブログ記事

Ozon から書籍が纏めて送られて来た。ロシアのインターネットマガジンサイト Ozon からの発送書籍は,служва доставки(発送手続き)に付されてから 2 ヶ月程度を経てようやく手元に届く。その間にクレジットカードの引き落としがなされ,慣れないと気掛かりでしようがない。これは,ロシアの郵便事情そのもののトロさではなく,おそらく海外発送物に対する行政による禁制品チェックで時間が掛かっているものと思われる。

今回のお買い物は, Т. Г. Цявловская «Рисунки Пушкина».(Т. ツャヴロフスカヤ『プーシキンの絵』) М.:«Искусство», 1987.; О. А. Седакова «Стихи» и «Проза». в 2-х томах.(О. セダコヴァ『詩集』と『散文集』二巻本) М:«Эн Эф Кью / Ту Принт», 2001.; «Юрий Тынянов. Писатель и ученый».(『作家・学者ユーリイ・トゥイニャーノフ』) М:«Молодая Гвардия», 1966.; А. А. Зализняк «Грамматический словарь русского языка».(А. ザリズニャク『ロシア語文法辞典』) Изд. 6-е, стер. М:«АСТ-ПРЕСС», 2009.

タチヤーナ・ツャヴロフスカヤの『プーシキンの絵』は,詩人プーシキンが詩文のマニュスクリプト余白などに描いた言わば落書き絵に関する研究書である。プーシキンは 18 世紀的教養人の教育ゆえに,絵の素養もあったのである。この本を眺めていて,興味深いことに気づいた。

プーシキンは女性の足フェチだったことがつとに知られており,『エヴゲーニイ・オネーギン』第一章 32--35 節に --- 4 詩節も費やして ---,女の足を歌った有名なくだりがある。この一連の詩の「足」は緑の草を歩む白い素足の変奏だと,私はなんの理由もなくごく自然に思い込んでいた。ルネサンス風の健康的な神話的エロスの伝統もあるのだろう。ところが,本書に掲載された「女の足」の落書きを見ると,乗馬用の靴と思しきものを履いている。この絵は直接『エヴゲーニイ・オネーギン』の詩節に関係付けられたものではないけれども,こうした「履物を付けた足」に詩人が「萌え」ていたとすると,私にはちょっと驚きなのであった。『PENTHOUSE』などの海外の成人向雑誌などで,靴だけを履いた女性のヌードをよく見かける。ああ,この趣味かと。西洋人は家屋のなかでも靴を履く習慣である訳で,男と女が情欲に急き立てられて事に及ぶと,往々にして衣服ばかりを剥ぎ取って靴を履いたままとなる。これが一種独特のエロスの型になるというのも頷ける。プーシキンとの間に少し距離を感じた... でも,ちょっとした発見。
 

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足以外にも,プーシキンの好む「悪魔(デーモン)」の絵も印象的であった。
 

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オリガ・セダコヴァの二巻本の詩・散文集は,この知る人ぞ知る女流詩人の,おそらくははじめての著作集である。『野薔薇』,『トリスタンとイゾルデ』などの清らかな詩,紀行文,文学研究論文などの散文が集められている。かの高名なビザンティン文学研究者セルゲイ・アヴェリンツェフが序文を書いている。いま私は,プーシキンの『青銅の騎士』についての彼女の論文: «Медный Всадник»: композиция конфликта.(1991) 『«青銅の騎士»--- 葛藤の構成』を読んでいるところである。
 

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ユーリイ・トゥイニャーノフの書籍は,彼の友人たちによる回想録とも言える文集である。ヴィクトル・シクロフスキイ,ボリス・エイヘンバウム,リディア・ギンズブルク,セルゲイ・エイゼンシテインといった錚々たる文芸学者,映画人たちの手記から成っている。1966 年,かつて禁止されていたロシア・フォルマリズムの遺産が「雪解け」のおかげで陽の目を見つつあったころの出版である。作家・文芸学者ユーリイ・トゥイニャーノフは私にとってはなによりもプーシキニストであって,ロシアの文学研究者としてもっとも尊敬するひとりである。1920 年代にすでに「構造」という概念で --- структура ではなく конструкция という用語だった訳だけど --- 文学作品を分析していた。しかも,実証主義的・文献学的アプローチで論を固めて行く紛う方なき「学者」なのであった。こういう点に,フランスの構造主義的文芸批評家(彼らは哲学者・文学者として名を残しても,「学者」ではない)とは一線を画するロシアの文芸学の特徴があり,60 年代以降のロートマン,イヴァノフに引き継がれる伝統がある。私はトゥイニャーノフという人に,その業績のみならず人間として興味をもっている。革命前後の大いなる文化興隆の一体現のように思っている。

アンドレイ・ザリズニャクの『ロシア語文法辞典』(2009 年第 6 版,初版 1977 年)は,ロシア語語形変化パターン辞典と言ったほうが誤解が少ない。本書は,コンピュータでロシア語を解析しようとする計算機科学者にとっても重要な文献のひとつになっており,ロシア語形態素解析ソフトウェアはほぼ間違いなく本書の語形変化パターンの恩恵を受けて開発されているのである。そういう訳で私も最新版を手元に一冊。

会社の帰りに川崎のレコード店に少し寄り道した。ピエール・ブーレーズ指揮,アンサンブル・アンテルコンタンポラン,シカゴ交響楽団等の演奏によるストラヴィンスキイ・ドイツ・グラモフォン・コレクションを見つけた。どうも発売されたばかりらしい。6 枚組輸入盤で,なんと 3,690 円。迷わずゲットした。『春の祭典』,『ペトルーシカ』,『火の鳥』,『夜鶯の歌』,『兵士の物語』などの代表作,歌曲などとともに,なによりうれしいことに,室内楽集が収録されている。輸入盤 LP で愛聴してきたが,今回やっと CD になったのではないだろうか。

ストラヴィンスキイの室内楽は,あまり録音がない。15 奏者のための 8 つの器楽ミニアチュール,弦楽四重奏のためのコンチェルティーノ,フルート・クラリネット・ハープのための『墓碑銘』,ヴィオラソロのためのエレジー,弦楽四重奏のための二重カノン。いずれも絶品なのに。いろんな演奏家の盤を聴いて来たが,ここに収録されたアンサンブル・アンテルコンタンポランによる録音がモダンで,きびきびしていて,私のいちばんのお気に入りである。とくにジェラール・コセ独奏によるエレジーがよい。
 

Boulez Conducts Stravinsky
P. Boulez (Dir),
Ensemble InterContemporain,
Chicago Symphony Orchestra,
The Cleveland Orchestra,
Berliner Philharmoniker.
Deutsche Grammophon (2010-01-19)

近所のお婆さんが亡くなって,プーシキン『エヴゲーニイ・オネーギン』の一節を思い出した。第二章,三十六詩節,ドミートリイ・ラーリン(女主人公タチヤーナの父)が亡くなったときの場面である。ドミートリイは典型的な田舎貴族で,女房の尻に敷かれながらも「何事もしごくのんきに信用しつつ/飲み食いも部屋着のままで済ませていた」憎めない善良な人物として描かれている。その死の描写は次のとおり。

昼食の前の刻限 隣りの地主や
子供らや忠実な妻などの 普通(なみ)よりは
真心のこもる涙に送られて
彼はあの世の人とはなった。
木村彰一訳,講談社文芸文庫,1998 年,97 頁。

この件を読んで凄いと思うかどうかが,プーシキンのファンとドストエフスキイのファンとの分かれ目だと私は勝手に思っている。ここには,人間の死の呆れるばかりの皮肉な日常性と,それでも死に対する厳粛極まりない人間感情が,渾然と「表現」されている。ここでは,人間の死が「昼食」の時間を基準に計られているのである。昼飯のまへにあるじは逝きにけり。「なみよりは」という第三者的な眼差し。このような諧謔と同時に,「忠実な妻」(尻に敷かれていたことを読者がいやというほど知っているからこそなおさら),「真心のこもる涙」というウラのない表現が,日常性で貶められた現実に笑えない厳粛さを帯びさせる。なにか「真実」を悟った気持ちになる。ロシア詩の研究者・バエフスキイは,この昼食時の言及には牧歌の伝統が下敷きにある,と分析している。私は,このような何の変哲もない日常風景の描写に諧謔と厳粛,さらには文学伝統まで詠み込む重層性こそが,プーシキンという天才の面白さだと思う。これは --- 文学伝統のレミニサンスは別として --- ロシア語原典に当たらなくても読み取れるものである。

歳をとったせいか,最近,この手の深い日常的表現に出会うと,感極まって涙が出て来てしまうようになった。正岡子規の「甁にさす藤の花房みじかければ疊の上にとゞかざりけり」という短歌に肝をつぶすのである。人間の生の静けさは軽やかで,動かず,そしてどこか狂気が籠っている。だから美しい。

私はプーシキン,正岡子規の逝った年齢をとうに通り越してしまった。天才的文学者のことばに人生を教えられ,生きることの密度の違いを思い知らされる今日このごろである。

お隣のお婆さんが亡くなった。うるさいお婆さんだったが,亡くなると寂しいものである。つい先日,ウチがゴミ当番だった朝,「網が掛かってないからカラスが散らかしているじゃないの」とこのお婆さんにお叱りを受け,そそくさともう一度網を掛け直しにゴミ捨て場に出,彼女と挨拶したばかりなのに。合掌。ご主人もいつも叱られていたような気がする。敷かれる尻がなくなっても元気でいてほしいと思う。

* * *

OldSlav-1.2 を公開した。Windows CP1251 などの代表的なキリルエンコーディングによる入力方式を追加した。ドキュメントも改訂した。

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IBM ThinkPad X40 FreeBSD-6.2 Release に ptexlive 最新版をインストールした。私の環境はディスクの空きがわずか 1.5GB しかなく,texlive に必要な 5, 6GB を確保できず,公開サーバの NFS 領域にインストールすることにした。ところが NFS マウントのオプションに -maproot=root を付けていないので,ptexlive の make install でエラーのオンパレードになってしまった。公開サーバなのでシャットダウンするのも憚られ,root ではなく一般ユーザの権限でインストールした。ちょっと環境を壊すリスクが高いけれども,まあよい。

ptexlive-20091009 ではまだ,texlive に添付された UTF-8 の新しいハイフネーションパターンがサポートされていないようである。fmtutil --byfmt platex で,添付の language.dat を読み込ませると,昔懐かしい bad pattern エラーが頻発してフォーマット生成が失敗する。しようがないので,旧 ptetex3 環境からハイフネーションパターンファイル一式をコピーして再実行したらうまく行った。

texlive は各プラットフォーム用のバイナリが install-tl コマンド一発でインストールできるようになっている。LaTeX パッケージも Teubner や CJK,unicode,cm-super などがはじめから組み込まれていて,めっちゃラクである。ただし,CJK パッケージの日本語タイプセット用に TFM を生成しようと ttf2tfm コマンドを実行したら,ライブラリのリンクでエラーとなった。ソースからビルドすればこんなことにはならないはずである(もちろんコンパイルなど別の面倒が発生するのだけど)。UNIX ユーザ向けにバイナリを配布するのは,こういう問題があるからやめたほうがよいと思うのだが。でもまあ,主要なコマンドは元気に動いているのでよしとする。いちおう,土村さんの ptexlive サイトに動作報告をあげておいた。

ptexlive で OldSlav を試験したが問題なさそうである。公開したバージョン 1.2 に ptexenc オプションを追加しておいた。やっていることは 1.1 の ptetex と同じだけど,土村さんの提言に従うことにしたのである。

※ 1.10 付記
ttf2tfm ライブラリ問題について,ptexlive.cfg にある conf_option --without-cjkutils をコメントアウトすれば,ソースからビルドするようになると,土村さんからご教示いただいた。さすが,考え抜かれているなー。Babel ハイフネーションパターンも対応中とのこと,楽しみである。

OldSlav 教会スラヴ語 LaTeX パッケージの 8 ビット・キリル・エンコード対応作業を行っている。OldSlav の従来バージョンでは SlavTeX オリジナルのエンコード CP866 キリル・コードでオリジナルの記法そのままに入力できるような設計になっていたのだが,8 ビット文字の分類コードなどを不用意に変更すると,韓国語 UTF-8 inputenc との併用で問題を来すことがわかり,1.1 では CP866 サポートをやめてしまっていた。それなら inputenc.sty のキリル・サポートに乗っかって,広く行われているキリル 8 ビット・コードを使えるようにするのが次の課題になった。

とはいえ,すでに教会スラヴ語環境内で \CYRA などの inputenc.sty の命令を読み替えることにより T2D, T2A, X2, XS エンコーディングを使えるようにしていたので,じつは 1.1 でも \usepackage[koi8-r]{inputenc} とするだけで KOI8-R の原稿でも基本的に動作する。ただし,これだと などの SlavTeX がサポートしていた,キリル文字からなる命令(主にアクセント命令)が使えないし,特殊なアクセント位置調整も効かない。今日はこの不足を補うマクロを書いた訳である。babel \languageattribute で指定するオプションに代表的なキリル文字コード Windows CP1251, KOI8-R, ISO 8859-5, CP866 を指定できるようにした。それぞれ,cp1251koi8-riso88595cp866 を書けばよい( inputenc.sty と同じ)。ただし,もちろんこの場合, latexpdflatex による組版が前提である。これで SlavTeX との互換性も満足できそうである。ロシア人が使うには必須の機能かも知れない(彼らがよく使う MiKTeX に私はほとんどまったく馴染みがないのだけれど)。

試験をしていたら,長大な原稿で何度も言語切替えを行うと Save size スタックのオーバーフローエラーが起きた。げげ,こんなのはじめて,またつまらない潜在バグ!と我ながら呆れた。キリル命令・他パッケージの命令と教会スラヴ語命令との切替えにおいて,頻繁にバックアップ/リストアを \let 命令で繰り返しているとこれが発生するという訳だった。とりあえずバックアップ処理のタイミングを一度に限定することでこの問題対処とした。

これらの対応版は一応できたけれども,ドキュメントがこれから。さっさと改訂して 1.2 としてサーバに置くつもりである。仕事もはじまり,なかなか時間が取れそうもないんだけど。極々関心のある方限定で oldslav-1.2rc.zip をお試しください。

OlsSlav for Old Church Slavonic LaTeX package Ver. 1.1 対応の英文ドキュメントをやっと公開した。ヘタクソな英文でも,ないよりはマシ。巧遅拙速に如かず。世のビジネスでは品質よりも納期優先じゃ。それでも,メールで付き合いのある外国人に,おいおいチェックしてもらうつもりでいる。

これで三が日が費やされてしまった。 ああ,でも今年の正月休みは家族水入らず,ホントのどかなよい寝正月だった。

御用納めとなり,2009 年も残すところ二日となってしまった。先頃,今年を象徴する漢字は「新」ということが清水の舞台から公にされたが,それぞれ皆,各々の今年の一文字があるかと思う。私の場合,不況でまったくつまらない今日この頃,「暇」であった。また死ぬほど顧客に虐められ,トラブルで火を噴く現場の喧噪に包まれたい,という思いも無い訳ではない。

妻にせっつかれてやっと年賀状を作った。娘の描いた虎の画をスキャンして,Mac OS,Adobe Photoshop で加工し,Illustrator で文字周りをぺぺっとレイアウトして 30 分で完了。とりあえず 50 枚印刷。

公開したばかりの OldSlav について,奥村先生のサイト TeX フォーラムにおいて,観点鋭くかつ学術性にも配慮した指摘をいただいた。自分の用途に足りるレベルで作ったものを公開しているに過ぎないのだけれど,ハイレベルな反応をもらうとなんともうれしくてたまらなくなる。教会スラヴ語日付様式の典拠,韓国語 inputenc との共存など,重い課題が多くて,システマチックにその指摘に対応するのは難しいところがあり,いま手元にある文献や試験環境でできる範囲で設計を見直し,訂正して,今日公開した。SlavTeX オリジナル CP866 コード入力での互換性は inputenc との絡みで今回犠牲にした。だいたい今や誰も使わないエンコードに拘っても意味がない。ダウンロード頁から oldslav-1.1.{tar.gz, zip} を落としてお使いください。

明日は我が家の大掃除。ここのところ仕事から帰宅したあと OldSlav の改造に夢中になってしまい,妻から家事を手伝わないと責めまくられている。

* * *

アンナ・アフマートワの詩集『ヴェーチェル(夕べ)』を工藤正廣訳(未知谷刊)で読む。ロシア詩のスタンザ毎に短歌として訳した珍しい翻訳である。工藤先生も健在だなあ,という思いがこの書を手にしたそもそもの理由である。

アンナ・アフマートワは 20 世紀ソヴィエトの女流詩人。彼女の詩は,至る所に死の匂いが染み付いている。己の死後の現実の感触を透視し聞きとろうとする心の闇がある。「あまりにも生を望みしそのわれの冷たき屍手おくひとなし」(p. 115)。スターリンの大粛正で夫(第一級の詩人ニコライ・グミリョフ)が銃殺され,わが子がシベリヤ送りとなったこの天才にあって,死の日常性が事物に取り憑いてさりげなく漂うのは,文学的衒いでもなんでもないのである。

夢おそく不眠の窓にまた白くご機嫌ようと白きカーテン(p. 15)
氷結し狭き運河の流れずにおゝ新しきこともなき地よ(p. 49)
太陽の記憶こころに弱まれば闇のこの夜にまさに冬来る(p. 50)
日没に針葉の森消えゆくを見つつ聞きおりきみに似し声(p. 110)
酩酊の葡萄匂える遠景にわれ惜むなしきみ虚無の声(p. 164)
 
夕べ―ヴェーチェル
アンナ・アフマートワ
工藤正廣・短歌訳
未知谷

とある知人 M は文芸書の出版社に勤めていて自費出版の編集を担当している。この版元は自費出版でもきちんと校正作業をするそうで,良心的である。いま担当している老女の俳人著者がまるで嫁いびりでもするかのように彼女を責め,これまでなんの問題もなかった編集作業の仕方にまでケチをつける。そのイビリ電話が毎日 30〜40 分にも及んで,M は心が壊れそうだという。俳句詠みだからといって,十七文字のごとく凝縮された表現で不満をぶつけるのではないらしい。逆に,ドストエフスキイ小説の登場人物のように何頁分もの言葉を一気にしゃべって疲れを知らない人だと見受けられる。「俳句は結構上手いんだけど」と M。ゲラ刷りを見て字体,紙の色,インクの色が気に入らないと言い,自分で作ったワープロ出力を送って来て,この通りにしろ,などと出版素人丸出しの要求を突きつけて来る。「だからあなたは雑だっていうのよ」だと。行間のアキ,文字色に拘りがあるのであればはじめにそのように要求仕様を提示すべきであるし,紙の色はゲラの段階では粗悪に決まっている。

出版という業界はなぜか知らぬが,私などからみると見積・契約が極めていい加減である。著者から自費出版の話があると,カネが決まらないうちに仕事をしはじめてしまう。担当者はカネを握らされておらず原価管理をせず,ひたすらよい本を出すことに注力するため,そんな手順にはおかまいなしのようである(だから作業手順の原価低減努力がまるでなされない)。著者のほうも,文化人気取りなのか,カネの話で「私の傑作句集を出すロマンが穢される」とでもいうのか,見積・契約を曖昧にしたまま仕事を依頼してしまうようである。もとより自費出版で本を出すなんてのは著者一世一代の決断なのだから,カネは十分に準備しているものなのだろうけれど,この手順の逆転は,ごく一般の企業のサラリーマンである私には信じられない。

M 担当のこの婆さんについても,やっぱりいつもの客と同様,カネの話は抜きにして原稿を送って寄越し,口絵にする写真の由来の自慢話をくどくどとはじめたようである。つまり,まずは作業がはじまったらしい。ところが初稿のゲラが出た段階になって,この俳人婆さん,「お見積もりはどうなっているのかしら」と来た。見積を送る。この時点で業者側は最悪の事態に直面したも同然だと私なら考える。案の定,婆さんからは ---「これ高過ぎじゃないの? 他の本屋よりも全然高くて,夜も眠れないじゃないの!」。

ここで婆さんが「高いので止めにした」と決断すると,出版社としては見積・契約もせずに勝手に仕事をしたということになり,それまでの作業はパー,かかった外注経費も取り損ねるはめになる。これは商法上の常識である。いくら婆さん自身も,この常識を意識せず仕事を「させた」ことに問題があるとはいえ,責任は業者が取るべく世の中はできている。私は主任になりたてのころ,見積の延長で勝手に仕事を進めてしまい,協力会社に作業をさせ,結局案件を受注できず数千万の赤字を出し,責任を取らさせられた経験がある。設計は見積のレベルを越える仕事=「作業」であるし,見積合意・契約が成立しないうちには「作業」を絶対にしない・させないがそれ以来,鉄則になっている。

さて M は困った。デザイナーにも装丁を依頼済みである。これで婆さんに止められると今までの仕事が水の泡になる。上司の M への評価も変わるかも知れない。カネを握る会社の上役が作った見積根拠文書を婆さんにまずは送ったそうである。私は第三者なのであまり立ち入ったことはわからず気の利いたことが言えない。それでも自分の経験から少し助言した ---「見積合意抜きで仕事をしたのは出版社側の非。でもじつは婆さんにとって,どうでもよいネタでウサ晴らしにただ君を責めたいだけなんだろうから,それを逆手にとって嫁いびり婆さんを少しいじってやれば? 自分から見積についてクレームを言っている訳だから,その婆さんにこう言うべきだね。『その見積根拠に対して,ご了承いただくかまたの機会とお考えになるか,ハッキリ決めていただかないうちは本作りを進められません。ついては,ご判断がついた段階でご連絡ください。それまでは仕事を止めてお待ち申し上げます』。老人は我儘でセッカチだ。時間がなにより大切で,自分の本が出る日程が延びるかも知れない,となったらただごとではない。『夜も眠れないというお話でしたし,勝手には進められません』とイヤ味のひとつも言っていい。そうしておくと,相手がババを握るのだから,見積だけに話題を集中でき,それ以外の論点をシャットアウトする根拠になる。余計なイビリをされる前に話を打ち切ることができると思うよ。『申し上げました通り,お決めいただかないうちは本のお話はできません。それでは』って言えばいい。何日かしたらこちらから先手を打って,『見積の件,どうなりましたか,早くしていただかないとデザイナーを手放さないといけなくなります。ご希望の日程で出版するのも難しくなります』ってやんわり脅すんだ。とにかくいい本を出すための正論はズバズバ言えばいい。そうすることで優位に立つことができると思うよ。理由もなく文句をたれる者には,右手が痛い,左足がお前の所為で痛む,と言われる前に,目的のためには心臓をまず治さないといけない,と論点を先に限定するんだ。そうすると相手が次に何を言って来るにせよ,あらかじめ往なし方,返し方を考えておくことができる」。

しかし,その後の数日,婆さんからなんの音沙汰もないらしい。「仕事が雑」などと相手の人間性を否定しながら,見積について「夜も眠れない」と文句を言いながら,その根拠を提示されたのに内容についてウンともスンとも応答を返さないヤツ。実際に,私が仕事で付き合う上でもっとも許せないタイプの人間のようである,このババアは。どうも俳人,歌人,詩人,小説家という奴らは自意識過剰で,本屋の担当者なんて歯牙にもかけない「文化人様」らしい。本というものが編集者,組版担当,印刷業者,製本業者,デザイナー,仲介業者など多くの人々の協同で成り立っているということをまったく考えず,自分ひとりで本が出来上がるとでも思っている。私にもここでメラメラと怒りが湧いて来た。不謹慎ながら,『罪と罰』の主人公・ラスコーリニコフに斧で叩き殺された悪徳金貸し婆さん・アリョーナを想像した。そうそう,これからはこの婆さんをアリョーナと呼ぼうじゃないか。

お年寄りをぞんざいに扱うなど許せない行為だけれども,社会人としてあるべき姿から逸脱し,他人を軽んずる者に対しては,相手が誰であろうと仕事の上で社会人としての正論であざ嗤ってやる,仕事の見返りを十分にふんだくってやる,というのが私の秘かな主義である。イヤな客との付き合いにおいて,そうでもして楽しまないと,「弱き業者」根性に荒んで心が病んでしまうのだ。実際に病んでしまった担当者を私は山ほど見て来た。M にも,プロなんだからいい本を出す(いい作品かどうかは知らん)とともに,社会人として徹底的に蔑んでやればよい,とけしかけた。「見積説明に対して反応がないなら,こっちから電話して,ガンガン,フォローすりゃいいじゃねえか」と私は言うのだが,M はどうにも電話がしづらいらしい。

OldSlav 1.1 を開発したところであるが,1 点致命的なバグを見つけた。OldSlav は \< という気息記号アクセント命令を定義している。ところが,ptetex UTF-8 対応のためにこれを \DeclareTextAccent で登録したため,グローバルに \< を書き換えてしまい,通常このコントロール・シーケンスに割り当てられている \inhibitglue を上書きしてしまっていたのだった。訂正版(同じアーカイブ名なんだけど)をアップしたので差し替えていただけると幸いである。oldchurchslavonic 環境外では \inhibitglue\< で機能するようになるはずである。

ところで,教会スラヴ語訳聖書を眺めていて,その組み方を LaTeX の環境命令として実現するマクロがあると便利だと思った。聖書の組み方は次のようなものである。章の第一節・第一文字をインデントなしでドロッピングする,つまり,文頭の一文字だけを大きな文字で飾り組みする(古い文献によくあるマナーである)。二節目以降はインデントして教会スラヴ語様式で節番号を表示し,本文を続ける。その実際の教会スラヴ語聖書での姿をここに掲載したので,関心のある方は確かめてみてほしい。

ocsbiblija 環境マクロを作成してみた。ドロッピングは第一文字を \LARGE にし,\lower 命令で文字を下にずらすことによりレイアウトする。改段落のつどカウンタを回して,それが 2 以上の場合,自動的に教会スラヴ語の節番号を先頭に出力する。これは \everypar を再定義して実現する。第一節の 1 行目をインデントしないよう,\setbox0=\lastbox でインデントのボックスを取り除く。 一方,2 行目だけはドロッピング文字とのバランスを考慮し,所定サイズの字下げを付け,3 行目以降はインデントしないよう,\parshape 命令で調整する。設計はこのようなものである。以下にそのコードを示す。
 

% ocsbiblija 環境の定義
% - \begin{ocsbiblija}[<d|other>]{第一文字}本文 \end{ocsbiblija}
% - オプション d なら第一文字をドロッピング(デフォルト),それ以外はそのまま
% - 第一文字はグルーピングが必要
\makeatletter
% ocsbiblija 環境の設定パラメータ初期値
\newdimen\ocsbibindent \ocsbibindent=0.65em\relax% 節番号前のインデント
\newdimen\ocsbibskip \ocsbibskip=0.3em\relax% 節番号と本文のアキ
\newdimen\ocsdropsize \ocsdropsize=0.45em\relax% 開始文字の下げ寸法
\newdimen\ocshangsize \ocshangsize=1.65em\relax% 第一節 2 行目のインデント
\def\ocsbiblija{\@ifnextchar[\@ocsbiblija{\@ocsbiblija[d]}}%
\def\@ocsbiblija[#1]#2{% #1 最初の文字; #2 ドロッピング対象文字;
  % 第一段落の定義
  \dimen0=\linewidth \advance\dimen0 by-\ocshangsize
  \if#1d% dropping の場合 2 行目だけを \oocshangsize 分インデント
    \parshape 3 0pt \linewidth \ocshangsize \dimen0 0pt \linewidth
  \else% そうでない場合インデントしない
    \parshape 1 0pt \linewidth
  \fi%
  \leavevmode\setbox0=\lastbox% \parindent>0でもインデントを除去
  \if#1d\lower\ocsdropsize\hbox{\LARGE#2}\else#2\fi% dropping
  % 第二段落以降の定義
  \@tempcnta=1\relax
  \everypar{%
    \advance\@tempcnta by1\relax
    \ifnum\@tempcnta<1\relax% 第一節は節番号を振らない
    \else% 第二節以降は教会スラヴ語様式で節番号を振る
      \makebox[1em][c]{\slnum(\the\@tempcnta).}%
      \hskip\ocsbibskip\relax
    \fi%
  }%
  \parindent=\ocsbibindent\relax% 第二節目以降は \ocsbibindent 分インデント
}%
\def\endocsbiblija{\par}%
\makeatother

\begin{ocsbiblija}[オプション]\end{ocsbiblija} の間に本文を記述する。オプションに d 以外を指定すると,ドロッピングせずノーマルサイズで第一文字を組む。各種アキ,インデント幅,字下げ量はパラメータ初期値にあるコントロール・シーケンスを再設定すれば調整できる。本文の第一文字はグルーピングしなければならない。節毎に空行を入れて本文を記述してゆくと,第二節以降,自動的に節番号が教会スラヴ語様式で段落冒頭に出力される。

このマクロをプリアンブルに記述し,upLaTeX で組んだ画像を以下に示す。LaTeX 原稿: ocsbiblija.tex と PDF: ocsbiblija.pdf も掲載しておく。multicol.sty で二段組みにし,段組み線を入れると,まさに教会スラヴ語聖書らしくなった。
 

ocsbiblija.jpg

このマクロを OldSlav にも入れようかと思ったが,その他の教会スラヴ語マナーを含めもう少し総合的なマクロ集ができた段階にすることにした。

今回,\parshape\everypar,インデントの仕組み等々の解説で Victor Eijkhout の著書『TeX by Topic』がとても役に立った。LaTeX マクロを自作したい方は必携の文献である。
 

今日は家族でクリスマス・パーティ。妻の作ったホウレンソウのクリーム・スープが旨かった。ケーキを食べながらプレゼント交換した。自分ではまず絶対買わないような気の利いたアイテムを貰う。私は子供たちに CD と本を与えた。上の息子のために,セロニアス・モンクの名盤 "Thelonious Himself"(1957)を選んだ。渋すぎたかも。娘にはジョージ・ウィンストンの "Winter Into Spring"。

できたてホヤホヤの教会スラヴ語 LaTeX パッケージ OldSlav を使ったメッセージをラベルシールに印刷し,プレゼントのパッケージに貼付けた。教会スラヴ語で「2009 年クリスマス,XXXへ,父より」というもの。ウケた。
 

oldslavxmas.jpg
 

セロニアス・ヒムセルフ+1
セロニアス・モンク
ユニバーサル ミュージック クラシック (2007-09-19)

息子の誕生日,クリスマス,ということで,今日は家族でロシア料理を食した。子供たちにはこれまでこんな贅沢はさせなかった。たまにはコース料理も食べさせてやろうということに。場所は,新宿西口にあるロシア料理店「スンガリー」。サーモンのブリヌイも,ボルシチも,シャシリクも旨かった。ロシア紅茶といっしょに出てきた薔薇瓣・木苺・チェリーのジャムはなかなかのものだった。ロシア製のジャムを味わうと,ジャム観が変わるはずである。日本製がただの子供のおやつに思われてくる。Балтика 3 番,6 番(それぞれラガー,スタウト)ビールは,甘ったるくてちょっと嗜好に合わなかった。アルメニアのコニャック «Арарат» を品書に見いだし,食指が動いたが今日は止めにした。

先日,爆笑問題が話題の学者の研究内容を紹介する NHK テレビ番組『ニッポンの教養』で,ロシア文学者亀山郁夫と爆笑問題がロシア料理店でドストエフスキイについて語り合うものがあった。妻によれば,今日行った店は,そのロケーションになった店の支店だったようである。

亀山先生といえば,私にとってフレーブニコフの専門家というイメージがかつては強かった。でも,いまやドストエフスキイの現代性を論じて,最近メディアでつとにお名前を目にするようになった。番組で私がもっとも感銘を受けたのは,インターネット時代の孤独な人間が PC の前に座ったときに捕われる「全能感」の問題提起である。亀山先生の言葉に私はどきりとした。人間は誰しも世界の片隅しか支配できない。ところが,インターネットで様々な情報を居ながらに得,匿名で偉そうな書き込みをしているうちに,なにか世界を手中にしたかのような幻想に捕われる。これを,ひとごとだと思ってはいけない。ロシア文学に全霊をかけて取り組んだ人は一種独特の文明批評に富んでいる,と改めて納得した。情報を知性ではなく魂で受けとめようとするのである。

聞き役の爆笑問題も,亀山先生を相手に堂々と会話を成り立たせているところ,また,タルコフスキイの『惑星ソラリス』が描いた未来世界のエコロジーについて語るところ,ただ者ではない。最近,高学歴お笑い芸人が話題になっているけれども,そういう「ただの優等生」とは決定的に違う風格を,太田は備えている。

* * *

Utf82TeX-0912 を公開した。以前からあった -h オプション(^^16進形式変換)に変換対象としてキリル文字・ギリシア文字を追加した。ptetex3 がこの形式だと欧文で処理するという話に触発されたのである(昨日の記事に書いた Perl コード十数行で十分なのだけど)。あと,問題を訂正した。

今日帰宅して,昨夜公開した OldSlav のドキュメントを眺めていたら,ロシア語の т がぼろぼろ脱落していて慌てた。литературалиераура となっていてマヌケなんである。OldSlav のとんでもないバグだとまずは考えた。今回 \russiantext 命令を結構いじっている。しかし,旧バージョンに戻して組版しても再現する。ドキュメント旧版を確認するときちんと出力されている。頭が煮詰まって来た。

なんで小文字の т だけが抜けるのか。うまく出ている原稿とダメな原稿を落ち着いてよく比べてようやく原因が判った。ダメ版ではいつものサボリ根性から T2A のキリル文字を簡単にマークアップするために \def\cyrt{\fontencoding{T2A}\selectfont} というマクロを書いていた。バカみたいなバグである。\cyrt は T2A 小文字の т の出力命令と同じ名前であって,これをつぶしていた訳である。フォント切替えなのでエラーとならず,見過ごしてしまった。

教訓は,サボルな,ではなくて,マクロの名前はよく考えよ。特定の文字の問題はマクロ名の重複を疑え。よく見るとほかにもいただけない瑕疵があり,類似見直しをした。ドキュメントを訂正して差し替えた。

* * *

奥村先生の TeX サイトで土村さんの ptetex3 の後継,ptexlive が出ていることを今ごろ知った。もう着いて行けてません。それなら OldSlav の改造は ptexlive でやったほうが皆のためだったかも知れない。まあ,そのうち時間が取れれば ptexlive 対応にも取り組みたいと思う。

また,ptetex3,ptexlive とも,環境変数 PTEX_IN_FILTER として原稿ファイルの出口ルーチンを登録できるということも知るところとなった。ptetex3 では互換性を重視して JISX-0208 に定義されているキリル文字,ギリシア文字を和文として扱う仕様になっており,ロシア語・ギリシア語の UTF-8 テキストを欧文として処理したいユーザーには少し物足りないところは否めない。旧 pTeX でロシア文字を JIS コードで入力していた人にはまったく影響がないのでそういう選択をしたということのようである。それでも,文字を ^^十六進形式にすれば,欧文として扱うとのことを土村さんから教えていただいた。そしてその変換を行うフィルタを PTEX_IN_FILTER に登録すればよい,という話であった。

Utf82TeX を改造して試したら,たしかにばっちりロシア語が出た。でも ^^十六進形式にするのは,大げさなプログラムは不要で,次のような Perl コードですんでしまう。

#!/usr/bin/perl
# -*- coding: utf-8; mode: cperl; -*-
# Cyrillic and Greek to ^^HEX format
use utf8;
binmode(STDIN, ":utf8"); binmode(STDOUT,":utf8");
while (<STDIN>) {
    utf8::decode($_);
    foreach my $chr (split(//, $_)) {
        if ((($chr ge "\x{0400}") && ($chr le "\x{04ff}")) || # Cyrillic
            (($chr ge "\x{0370}") && ($chr le "\x{03ff}")) || # Greek
            (($chr ge "\x{1f00}") && ($chr le "\x{1fff}"))) { # Greek Ext
            my $uchr = $chr;
            utf8::encode($uchr); # UTF-8 encode
            foreach my $bchr (split(//, $uchr)) {
                print(sprintf("^^%x", ord($bchr)));
            }
        } else {
            print($chr);
        }
    }
}

UTF-8 で書いた TeX ファイルをこれ(myfilter.pl とでもしておこう)で前処理すれば,キリル文字とギリシア文字(拡張領域含む)だけが ^^十六進形式に変換される。ただし,PTEX_IN_FILTER を通すと,あらゆるマクロファイルをこれに掛けるためか,platex のコンパイルが眼に見えて遅くなる。面倒でも,次のようなスクリプト(u8platex とでもしておこう)を書いてドライブしたほうが高速である。u8platex hoge とすると hoge.pdf までができる。

#!/bin/sh
BN=`basename $1 .tex`
myfilter.pl < $BN.tex > $BN.utf
platex --kanji=utf8 $BN.utf && dvipdfmx $BN.dvi

教会スラヴ語 LaTeX パッケージ OldSlav ver. 1.1 を公開した。UTF-8 サポートと文字追加・入れ替えを反映した。私は Mac OS X upLaTeX,FreeBSD ptetex3-euc 環境で試験したが,Windows SJIS 環境でも問題ないと思う。ドキュメントも訂正してある。oldslav-1.1.tar.gz,もしくは oldslav-1.1.zip をダウンロードしてお使いください。

英文か露文のドキュメントの要望も受けている。時間がとれれば,英文マニュアルを書かないといけない。

1900 年刊行の教会スラヴ語聖書を眺めていて,SlavTeX フォントにない文字付略号符(буквенное титло)を見つけた。ч の文字にハットを冠したもので,私の見たことのないものだった。これは教会スラヴ語教科書にもない。教会スラヴ語 LaTeX パッケージ OldSlav の Unicode 対応をするなかで,どうしてもこの略号符を出力できるようにしたいと思った。

マクロで重ね打ちするなどの手段を考えたが,やはりフォントを作ることにした。SlavTeX フォントはもともと METAFONT で作成されており,フォントソースが添付されている。これを流用して буквенное титло ч を作ってみた。また,従来の SlavTeX フォントでは,ハイフネーションの文字はハイフン(-)だった訳だが,この聖書ではアンダースコア(_)が使用されていた。こちらのほうがそれらしいと思ったものだが,SlavTeX フォントにはアンダースコアがない。ついでにこいつも追加することにした。

私にとって METAFONT への取り組みは Izhitsa 教会スラヴ語パッケージの日本語対応以来である。METAFONT はタイポグラフィによほど関心のない限りなかなかとっつきにくいものがある。それでも,クヌース教授による『METAFONT ブック』を参照しながら,既存のソースを流用してなんとか作成することができた。

METAFONT フォント作成のメモを簡単にしるしておく。 .mf ファイルに描画命令を記述する。今回 exslav10.mf として別フォントとして生成することにした。適当なエリアで文字を割当て,フォントを生成しておき,仮想フォントで目的とするエリアにマッピングすればよい。参考までに今回作成した .mf のうち, буквенное титло ч の描画部分だけをあげておく。

% буквенное титло ч
beginchar(100,9u#,small#,0);
  % titlo hat function (slav.mac)
  hat(1,0);
  % titlo character
  r:=22/10u; s:=7/2u;
  % right vertical line
  z.u=(s+r+1/8u,small+6u);
  z.d=(s+r,small+2u);
  z.m=(s+r,small+10/3u);
  pickup penrazor scaled 4/5u;
  pp:=flex(z.u,z.m,z.d);
  draw pp;
  labels(u,m,d);
  % curve from left upper to right vertical line
  z2.2=(s+r+1/10u, small+21/5u);
  z2.1l=(s,small+6u);
  penpos2.1(4/5u,0);
  penpos2.2(3/10u,90);
  penstroke z2.1e{down}..tension 0.75..{right}z2.2e;
  penlabels(2.1,2.2);
endchar;

exslav10.mf ができたら,mf ユーティリティで処理し,gftodvi ユーティリティでゲラ刷り DVI ファイル(下図)を作成する。これを確認しながら,METAFONT の記述を修正しつつ,満足のゆくものができるまで文字のデザインを調整する。クヌース教授は,smoke モードで生成した DVI を紙に印刷して壁に貼り,後ろに下がって眺めるとよい,と勧めておられる。tex testfont を実行するとフォントチャートが得られる。それとともに tfm 及び pk フォントのファイルが生成される。
 

mfgera.jpg

これでできたフォントは tfm と pk である。tfm は LaTeX で組版するときに必要となる。しかしながら,pk フォントは,紙に印刷すると暖かみのあるものだと私は思うけれども,いわゆるビットマップフォントであり,PDF などに埋め込むにはあまり推奨されない。そこで mftracet1binary の両プログラムを用いて PostScript Type1 アウトラインフォントに変換した。DVIWARE にフォントを拾ってもらうための map ファイルも作成する必要がある。

以上の一連の流れのコマンドラインを以下に示す。私は Mac OS X で行ったが,FreeBSD, Linux, Windows でも手順はそれほど変わらないと思う。

% mf exslav10
% gftodvi exslav10.2602gf
% tex testfont
...
Name of the font to test = exslav10
...
*\table
 
*\end
...
% mftrace --magnification=4000 --encoding=tex256.enc exslav10
% t1binary exslav10.pfa exslav10.pfb
% cat > oldslavex.map
exslav10 exslav10 <exslav10.pfb
(control-D)
%

さて,exslav10.tfmexslav10.pfboldslavex.map までできたけれども,これだけでは OldSlav の組版でフォントが使用できる訳ではない。OldSlav の仮想フォントのしかるべきエリアに,作成したフォントをマッピングしなければならない。既存の OldSlav 仮想フォント・ソース fslavrm.vplexslav10.vpl の当該文字定義を反映する。この定義の元ネタ vpl ファイルを tftopl ユティリティで生成し,MAPFONT 命令で exslav10 のエントリを追加するとともに,буквенное титло ч の文字定義を fslavrm の空きエリア 6 番に,アンダースコアをハイフンの位置 45 番に(ハイフンの代わりとして使うので)MAP 命令でマッピングする。定義が終われば,vf と tfm を vptovf ユティリティで生成する。仮想フォントの作成は面倒だが,以前 OldSlav 用 vf を作成したとき,メモを残しておいたのが役に立った。いまこうして書きしるすのも,自分のためである。

以上できた tfm, vf, map, pfb ファイルを TDS に従った場所にコピーし,mktexlsrupdmap-sys --enable Map=oldslavex.map を実行する。これでやっと追加フォントが使用できるようになった。

% tftopl exslav10.tfm exslav10.vpl
% emacs fslavrm.vpl exslav10.vpl &
(ターゲットの fslavrm.vpl を編集し,exslav10.vpl 定義を反映する)
% vptovf -verbose fslavrm.vpl
% su -m
# setenv TEXDIR /usr/local/teTeX/share/texmf-local
# cp fslavrm.vf $TEXDIR/fonts/vf/oldslav/
# cp fslavrm.tfm exslav10.tfm $TEXDIR/fonts/tfm/oldslav/
# cp exslav10.pfb $TEXDIR/fonts/type1/oldslav/
# cp oldslavex.map $TEXDIR/fonts/map/dvips/oldslav/
# mktexlsr
# updmap-sys --enable Map=oldslavex.map
# exit

OldSlav に буквенное титло ч アクセント命令(\ttlh)を追加して,早速組んでみた。実際の文献でも文字付略号符は虫眼鏡でみないと判別できないくらいのシロモノだけど,まあできた,できた。ハイフネーションも聖書のマナーを再現できて満足。今回の成果を含めなるべくはやく UTF-8 対応版パッケージを整理して公開したいと思う。
 

ocstitlo.jpg
 

教会スラヴ語聖書を手に入れてから,このところ教会スラヴ語 LaTeX パッケージ OldSlav の UTF-8 対応に血道をあげている。先日はまだアクセント付加文字をグルーピングすると不具合が発生する状況だったが,今日その課題が解決した。

この OldSlav utf8 モードは土村さんの pLaTeX UTF-8 対応では使用できない。土村さんの ptetex はキリル文字を JISX-0208 に化かしてしまうので,もとよりロシア語も欧文として取り扱うことができず,日本語フォントにあるキリル文字が組まれてしまう。utf8 モードで教会スラヴ語を組みたい場合,ttk さんの upLaTeX か,もしくは pdfLaTeX(これは欧文純正なので日本語混在組版は CJK パッケージを使う)の環境が必要である。角藤先生配布のパッケージにも upLaTeX が含まれているので Windows ユーザにも使えるはずである(試験はしていない)。

教会スラヴ語聖書を眺めていて,SlavTeX フォントにはない略号符(титло という。単語の綴りの一部を省略することを示す記号。頻出する語でよく用いられた)を見つけた。それは ч の文字 титло。UTF-8 対応パッケージを公開したら,次は METAFONT でこのアクセント文字を自作して,SlavTeX フォントに組み入れようかと考えている。

※ 12/24 追記: OldSlav UTF-8 その後のその後

ptetex3 では UTF-8 キリル文字が欧文として使用できない,ということについて作者である土村さんから指摘があった。原稿に書いたキリル文字,ギリシア文字はそのままでは欧文として扱われないのは,互換性維持というポリシーでそうせざるを得なかった,欧文としてキリル文字・ギリシア文字を取り扱いたければ ^^十六進形式にすればよい,とのことだった。この場を借りて訂正しておく。

Utf82TeX-0912 で -h オプションを指定すればキリル文字・ギリシア文字を^^十六進形式に変換するようにしたので,utf82tex -h 原稿.tex > 原稿.utf; platex --kanji=utf8 原稿.utf とでもすれば,ptetex3 でもキリル文字・ギリシア文字がきちんと欧文として処理される。OldSlav に関しても inhibitslavactive, utf8, ptetex 3 オプションを併記すれば,ptetex3 でも UTF-8 で組めるようにした。

この休日,教会スラヴ語 LaTeX パッケージ OldSlav の UTF-8 対応作業をしていた。久しぶりの LaTeX マクロへの取り組みだったので,現状の作りを思い出すのに苦労した。とりあえず,SlavTeX オリジナル記法と互換性を確保しつつ,Unicode 古スラブ文字を直截原稿に記述できる拡張まで漕ぎ着けた。いまのところ,Babel スタイルのみの対応である。また,アクティブアクセントモード(アクセント命令を \ なしで記述できるモード)の試験のみ。いまのところ問題はなさそうである。

OldSlav UTF-8 対応の方式設計の基本は,使用する UTF-8 キリル文字の第一オクテット X"D0",X"D1",X"D2" をアクティブ(catcode 13)に設定し,第二オクテットを引数として取る命令として定義する点である。第二オクテットになりうる文字コード 128--191 の分類コードを通常文字(catcode 11)に変更する。第二オクテットで文字を特定でき,それに応じて教会スラヴ語の文字に置き換えてゆく。Dominique Unruh 氏によるめっちゃトリッキーな Unicode パッケージ utf8x.def との共存で苦労した。これと併用できないと,他の言語,例えば古典ギリシア語の直截入力と混在できないことを意味する。ゆえに utf8x.def 共存は OldSlav にとってぜひとも解決の必要な課題だったのである。このため,OldSlav 環境を抜けるとき,utf8x.def がローディングされている場合,キリル文字第二オクテット文字の分類コードを 13 に設定しなおす必要があった。

そのうち,ドキュメントを含めパッケージを整理して公開する予定である。IR 版(本パッケージはこの先ずっとβ版だろうけど,それ以下ということ)を置いておくので,すでに OldSlav をお使いでかつ興味のある方のみ,次の二つのファイルをダウンロードして既存ファイルに上書きして試してほしい。ocscommon.def, oldchurchslavonic.ldf

SlavTeX オリジナル記法が使い方の基本である。さらに ѧ і ї ѣ є ѡ ѿ などの古スラヴ文字を使うことができる。いまのところアクセント引数のグルーピングにバグがある('{ѣ} などとするとうまく動作しない。 と書く必要がある。ただし,教会スラヴ語では複数文字をグルーピングすることにより引数を指定する局面はないはずである)。原稿例(ギリシア語,ロシア語混在試験)とその出力は以下のとおり。教会スラヴ語テキストはヨハネ福音書の冒頭である。uplatex が必要である。原稿では inputenc.styutf8x オプション付が指定されているが,これはロシア語,古典ギリシア語の直截入力のためであり,OldSlav だけならこれがなくても UTF-8 入力が可能である。
 

% -*- coding: utf-8; -*-
% OldSlav UTF-8 対応試験 
\documentclass[b5paper,uplatex,papersize]{jsarticle}
\usepackage[T1,T2A]{fontenc}
\usepackage[utf8x]{inputenc}% ロシア語・ギリシア語向け。OldSlav は不要
\usepackage[polutonikogreek,oldchurchslavonic,russian]{babel}
\languageattribute{oldchurchslavonic}{utf8}% OldSlav UTF-8
\pagestyle{empty}
\kcatcode`б=15\relax% Cyrillic U+0400--U+04FF
\kcatcode`ς=15\relax% Greek U+0370--U+03FF
\kcatcode`Ἄ=15\relax% Greek Extended U+1F00--U+1FFF
\parindent=0pt\relax
\begin{document}
\selectlanguage{oldchurchslavonic}
\parbox[t]{100mm}{%
Въ нач'алѣ б`ѣ сл'ово, \и сл'ово б`ѣ къ б_гу, \и б_гъ б`ѣ сл'ово.
С'ей б`ѣ ^искон`и къ б_гу:
вс^ѧ т'ѣмъ б'ыша, \и без\ъ нег`ѡ ничт'оже б'ысть, "єже б'ысть.
Въ т'омъ жив'отъ б`ѣ, \и жив'отъ б`ѣ св'ѣтъ челов'ѣкѡмъ:
\и св'ѣтъ во тм`ѣ св'ѣтитсѧ, \и тм`а <єг`ѡ не <ѡб\ъ'ѧтъ.
Б'ысть челов'ѣкъ п'осланъ ѿ б_га, "имя <єм`у <іѡ'аннъ:
с'ей прї'иде во свид'ѣтелство, да свид'ѣтелствуетъ 
<ѡ св'ѣтѣ, да вс`и в'ѣру "имутъ <єм`у.
Не б`ѣ т'ой св'ѣтъ, но да свид'ѣтелствуетъ <ѡ св'етѣ:
б`ѣ св'ѣтъ "истинный, "иже просвѣщ'аетъ вс'ѧкаго челов'ѣка 
гряд'ущаго въ м'іръ:
въ м'ірѣ б`ѣ, \и м'іръ т'ѣмъ б'ысть, \и м'іръ <єг`ѡ не позн`а:
}%
 
\vspace{2em}
\selectlanguage{polutonikogreek}
\parbox[t]{100mm}{%
Ἄνδρα μοι ἔννεπε, Μοῦσα, πολύτροπον, ὃς μάλα πολλὰ\\
πλάγχθη, ἐπεὶ Τροίης ἱερόν πτολίεθρον ἔπερσε.\\
πολλῶν δ'' ἀνθρώπων ἴδεν ἄστεα καὶ νόον ἔγνω,\\
πολλὰ δ'' ὅ γ᾽ἐν πόντῳ πάθεν ἄλγεα ὃν κατὰ θῡμόν,\\
ἀρνύμενος ἥν τε ψῡχὴν καὶ νόστον ἑταίρων.\\
ἀλλ'' οὐδ'' ὧς ἑτάρους ἐρρύσατο, ἱέμενός περ;\\
}%
 
\vspace{2em}
\selectlanguage{russian}
\selectruencoding{T2A}%
\parbox[t]{100mm}{%
Прежде всего откроем тайну которую 
Мастер не пожелал открыть Иванушке.
Возлюбленную его звали Маргаритою Николаевной.
Все, что Мастер говорил о ней, 
было сущей правдой.
Он описал свою возлюбленную верно.
Она была красива и умна.
}%
\end{document}
 
ocsutf8test.jpg

Ozon から本が届いた。«Библія, сирѣчь книги Священнаго Писанія Ветхаго и Новаго Завѣта на церковнославянскомъ языкѣ съ параллельными мѣстами, СПб.: Синод. типогр., 1900»--- 教会スラヴ語訳旧約・新約聖書,Сѷнодальнаѧ Тѷпографїѧ シノダーリナヤ・ティポグラーフィヤ(ロシア宗務院印刷所)による 1900 年刊行本の復刻版(Российское Библейское Общество, М. 2005. ロシア聖書協会,モスクワ,2005 年刊)である。教会スラヴ語関連の学術文献目録の筆頭にしるされるべき権威ある版である。長らく探し回ってやっとの思いで手に入れた古書。768.6 ルーブリ,日本円にして 約 2,400 円也。

正教会の八端十字架がカバーに押されている。クラシックな教会スラヴ語文字による二段組み。総 1,660 頁のノンブルはすべて教会スラヴ語の数様式で振られている(アラビア数字のない教会スラヴ語文献では,例えば 2009 を "oldchurchslavonic numeric style 2009" と表現する。ローマ数字で 2009 を "MMIX" と表現するのと同様である)。惚れ惚れしてしまう美しい版である。洋書は紙質に対しておよそ拘りがないけれども,本書には,日本の辞書で用いられるような薄く,かつ勁い上製紙が用いられている。装丁も皮クロスで立派である。聖書だけは別格らしい。私の所有している現代ロシア語訳新約聖書,ギリシア語コイネー原典新約聖書も,同じ上製紙が使われていた。

教会スラヴ語訳聖書カバー・扉・ヨハネ黙示録冒頭

教会スラヴ語訳旧約・新約聖書は,本国ロシアの Ozon でも本当にめったに売りに出ないので,私は今回の掘り出し物が嬉しくて堪らない。入手してすぐ,奥村先生著『改訂第4版 LaTeX2e 美文書作成入門』の多言語の章において Babel 組版例にあげられている『ヨハネ福音書』の冒頭(J 章, p. 357)を,この教会スラヴ語訳聖書からの引用により,拙作教会スラヴ語 LaTeX パッケージ OldSlav を用いて組んでみた。実際は節番号が教会スラヴ語様式でしるされているが,これは省略した。

ヨハネ福音書冒頭LaTeX組版
ヨハネ福音書 1.1--1.10 教会スラヴ語訳 LaTeX 組版
ヨハネ福音書冒頭(書籍の該当部分)
ヨハネ福音書 1.1--1.7 教会スラヴ語訳 書籍の該当部分(節番号付)

LaTeX 原稿は以下のとおり。これは OldSlav SlavTeX オリジナル記法でコーディングしているので,このままではコンパイルできず,拙作 Utf82TeX で変換する必要がある。ulatex evangelie_ioanna.tex でコンパイル,PDF 生成を行った。いちおう,LaTeX ファイル: evangelie_ioanna.tex組版結果 pdf: evangelie_ioanna.pdf もリンクしておく。

% -*- coding: utf-8; -*-
% ヨハネ福音書より 1.1--1.10
% ЕѴА'НГЕЛїЕ Ѿ ІѠА'ННА.
%                2009 (c) isao yasuda, All Rights Reserved.
\documentclass[11pt,b5paper]{jsarticle}
\usepackage[dvips]{color}
\usepackage[T2A,T1]{fontenc}
\usepackage[oldchurchslavonic]{babel}
\pagestyle{empty}
\renewcommand{\baselinestretch}{0,8}
\begin{document}
\selectlanguage{oldchurchslavonic}%
\parindent=0pt\relax%
%<utf82tex_s>
\begin{minipage}[t]{70mm}%
  \hfil{\color{red}^ЕV'АНГЕЛIЕ Q ^IW'АННА.}\hfil\par
  \vspace{0.5em}%
  Въ нач'алэ б`э сл'ово, ^и сл'ово б`э къ б_гу, ^и б_гъ б`э сл'ово.
  С'ей б`э ^искон`и къ б_гу:
  вс^я т'эмъ б'ыша, ^и без\ъ нег`w ничт'оже б'ысть, "eже б'ысть.
  Въ т'омъ жив'отъ б`э, ^и жив'отъ б`э св'этъ челов'экwмъ:
  ^и св'этъ во тм`э св'этится, ^и тм`а >eг`w не >wб\ъ'ятъ.
  Б'ысть челов'экъ п'осланъ q б_га, "имя >eм`у ^iw'аннъ:
  с'ей прi'иде во свид'этелство, да свид'этелствуетъ ^w св'этэ, 
  да вс`и в'эру "имутъ >eм`у.
  Не б`э т'ой св'этъ, но да свид'этелствуетъ ^w св'етэ:
  б`э св'этъ "истинный, "иже просвэщ'аетъ вс'якаго челов'эка 
  гряд'ущаго въ м'iръ:
  въ м'iрэ б`э, ^и м'iръ т'эмъ б'ысть, ^и м'iръ >eг`w не позн`а:
%</utf82tex_s>
\end{minipage}
\end{document}

D. Smirnov から YouTube に彼のピアノ作品 Piano Sonata No. 4 "String Destiny"(2000)の演奏動画がアップされたという連絡をもらった。早速,視聴。彼の愛嬢,この作品を献呈された人でもある Alissa Firsova がピアノを弾いている。彼女はなんと 14 歳のとき,この作品を初演し,CD も出したそうである。

本作品は,現代音楽とはいえ古典的な趣きがあり,スクリャービンを思い起こす人もいるかと思う。極めてシンプルなモチーフ・構成である。現代人の孤独な心境を髣髴とさせる端正な音響。「運命の鎖」というタイトルが付いているが,むしろ極く短い時間のあいだの人間の魂の緊迫した姿,という印象を私は受ける。

The Sonata No. 4 has some classical taste. It may remind ones of Skrjabin. The motif and construction are simple. The taciturn acoustics recall me recollections of modern solitude. I feel a figure of density of a modern human's mind in his short moment, though the work is titled "String of Destiny".

Posted by NewMusicXX.

また同じメールで,Smirnov 本人の管理する YouTube Dmitri Smirnov's Channel を教わった。こちらでは,彼の音楽のみならず,作曲家の友人であり Smirnov 作品 CD の録音もしているチェリスト Anatole Liebermann 演奏によるバッハの無伴奏チェロ組曲(Smirnov の自宅で気ままに撮影したホーム演奏会のビデオのようである),Elena Firsova(Smirnov のご夫人)作曲の弦楽四重奏曲なども視聴することができる。興味のあるかたはぜひどうぞ。

Facebook のスミルノフのページを訪れ,彼の『ヴァイオリン,チェロとピアノのためのトリオ作品 23・第一楽章』(1977)の YouTube 動画を発見。この作品は,彼の師であるエディソン・デニソフに捧げられている。ソヴィエト時代の作品としては自殺行為ともいえる前衛的な無調音楽である。集中力,密度の高い寡黙な音響というスミルノフ音楽の特徴が,この曲にもよく現われている。歌い出しにちょっとシュニトケ風を感じる人も多いと思う。

前衛的とはいえ,実験的ではない。西欧音楽とは一線を画した衷心さがある。弦のハーモニクスとピアノのモノローグ,悲痛な情感。なにか悲劇的な予感の高まり。ヒステリックなところのない,静謐なアンサンブルが美しい。

Posted by NewMusicXX.

この演奏は CD で入手可能である。ベルギーのレーベル MEGADISC からリリースされた "An Introduction to DMITRI SMIRNOV"(型番 Megadisc MDC 7818)。演奏は Patricia Kopatchinskaya (Vln), Alexander Ivashkin (Vlc), Ivan Sokolov (Pf)。ピアノ・トリオ以外にもヴァイオリン・ソナタほかスミルノフの室内楽が収められている。

smirnov-introduction.jpg

Usconcord ロシア語テクスト・コンコーダンス・パッケージの説明ページを改訂した。これまでは,単語条件式の説明が少し不親切だった。例を入れて詳しくしたのである。

Usconcord は主にロシア語テクストの KWIC(keyword in context)を自動生成するための Web サーバ・ツール・キットである。解析したいコーパス(文学テクストの電子ファイル)をサーバにアップロードし,単語条件式を入力し,解析を指示すると,条件に適合する単語のコーパスにおける出現度数・前後コンテキストからなる KWIC を表示する。コンコーダンス・サイトを運用したいひとはダウンロードサービスから usconcord-1.6.tar.gz アーカイブを取得してインストールできる。コンコーダンス解析オペレーションは Windows で稼働するブラウザから可能であるが,Usconcord サーバ運用は UNIX 環境(FreeBSD,Linux 等のオペレーティングシステムとその周辺ソフトウェア)が必要である(FreeBSD で開発したが,Linux gcc 4 でもコンパイルが通るようにしてある)。Windows ではサーバ・ソフトウェアが動作しない。

もっぱらスラヴ研究者向けに 2001 年にこのプログラムを書いた。とはいえ,対象テクスト処理の内部エンコーディング前提を X11 CTEXT(X Window System Compound Text)多言語形式としている関係で,X11 CTEXT,UTF-8 でコード化されたファイルであれば,フランス語,ドイツ語,スペイン語,ポーランド語,スウェーデン語などなど,だいたいの西欧・東欧・北欧語も処理可能である。正確には国際標準文字集合 ISO 8859-1, ISO 8859-2, ISO 8859-5 で記述できる言語を取り扱うことができる。日本文の解析は未対応である(日本語形態素解析ツール「茶筌」などを用いて予め分かち書きした日本語テクストであれば,処理できないことはない)。

コンコーダンスはある作家,作品群においてことばの用例,単語,フレーズの使われ方を総覧するのに絶大な威力を発揮する。昔からシェークスピア,聖書のコンコーダンスが出版されており,近年,ロシア文学研究文献についてもプーシキン『大尉の娘』,ドストエフスキイ『罪と罰』等のインデックスが刊行されている。しかしながら,手作業で KWIC インデックスを作るのは膨大な労力が必要であり,そのような古典,大作家以外のコンコーダンスはまず入手不可能である。自分の研究する文学作品のコンコーダンス生成,しかも論理条件指定に基づく必要語彙に特化した KWIC 生成を,個人で手軽に実行できる,というのが Usconcord の目的である。

私もプーシキン『エヴゲーニイ・オネーギン』論を書いたとき,Usconcord の元になったツール(弊サイト「プーシキン作品コンコーダンス・サービス」)を用いて,単語の用例・頻度調査を行い,悩ましい論証でブレークスルーを得た。ことばは複数の語義を有することが多いが,作家の用例をつぶさに見ると,単語を使う傾向がわかり,テクスト解釈が争われる論点においてその語義を特定するための根拠にできることがある。私の場合,語の色彩的印影の特定のため共起分析の際に,コンコーダンスを活用した。

文学研究者には Usconcord をぜひ活用いただきたいと願っている。Usconcord はユーザーが自分の Web サーバにインストールして運用するキットである。でもそんな面倒を抜きにして使いたい方は,弊サイトの「ロシア語電子コンコーダンス・サービス」を利用することができる。

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ISAO。システムエンジニア。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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