静かな隕石の最近のブログ記事

A. Schönberg - Streichquartette

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アルノルト・シェーンベルクは十二音技法による無調性音楽を確立した現代音楽の創始者として知られている。しかし,彼の無調音楽はきわめて抒情的であり,感情,官能,頽廃に満ちていて, 20 世紀「現代音楽」というよりもむしろ 19 世紀のロマン主義のほうにより近いと思う。初期の弦楽四重奏曲第一番などは,ブラームスを思わせる熱情が聴かれる。

私は彼の室内楽が好みで,弦楽四重奏曲,木管五重奏曲,ヴァイオリンとピアノのための二重奏曲,声楽曲のどれもが素晴らしい。いつもは CD で楽しむんだけれども,今日のお休みは,古いアナログレコードで彼の弦楽四重奏曲全集を聴いた。ジュリアード弦楽四重奏団の演奏による,1975 年録音の CBS 盤である。CD の時代になってからは,アルディッティ四重奏団演奏 CD をもっぱら掛けているんだけれども,演奏の質,抒情的節回しにおいては,いまだに私はジュリアードの盤が最高の録音だと思っている。この盤の CD 化がなされないのが大いなる不思議なんである。

ヒロイズムすら感じさせる第一番ニ短調,シュテファン・ゲオルゲの二つの詩を第三楽章・第四楽章にフィーチャした第二番嬰ヘ短調は,ブラームス風の悲劇的旋律に無調性の新しい音響を融合させた,ロマンの香り高い作品である。第三番,第四番は十二音技法と特殊奏法の多用によるまったく新しいソノリティに根ざしているため,古典音楽に聞き馴れた耳には異様に響くかも知れないけれども,新しい時代に相応しい感情が横溢している。

私は 1927 年に作曲された第三番がいちばんの好み。ウィーンのウニフェルサール・エディツィオン社 Philharmonia Partituren スコアを片手にいつも聴くんである。第一楽章 Moderato がよい。ヴァイオリンが奏する音域の広い第二主題は,優雅で,官能的で,悠然として美しい。主題が基礎音列の逆行形,反行形という形で不断に変奏されつつ,楽曲が進行する。再現部でチェロが息の長い主題旋律を歌い上げるところが私にとっての最大の聴き所である。
 

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ジュリアードによるシェーンベルク弦楽四重奏曲全集はもう入手困難である。CBS によって CD 化されるのを期待したい。以下に,アルディッティ弦楽四重奏団による仏 Montaigne 盤のアマゾンリンクを掲げておく。
 

Schoenberg;String Quartets
Arditti String Quartet
D. Upshaw (Soprano)
Disques Montaigne (2000-11-14)

須永朝彦『日本幻想文学史』

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須永朝彦『日本幻想文学史』を読む。ちょっと骨のある著作に接したということもあり,今日はその「文学史」としての感想,その他もろもろ。

結論から言ってしまうと,本書はディレッタントのディレッタントによるディレッタントのための文学目録でしかない。学問的文学史ではなく,あくまで「目録」あるいは「読書案内」の意味しかない。「文学史」と銘打たれているのは,ただの学問的身振りである。私のようなしがないサラリーマンにこう言われては須永が可哀想なんだけど,「文学史」というアカデミックなタイトルは,残念ながら,本書のディレッタンティズムからするとあまりに高潔過ぎて,失笑すら催すものである。況や,海外の,本物の,学問的厳格さにおいて徹底した文学研究者からは嗤われる。本書はそういう「文学史」である。

「文学史」というと,大学の文学部を出た人ならわかると思うが,国文科なら日本文学史,独文科ならドイツ文学史が必修科目になっていて,当該民族・言語による「文学」の歴史的俯瞰を,一通り辿らなければならないことになっている。だいたいにおいて抽象的で退屈な授業である。ここで用いられる教科書は,たいていが複数の学者の協同によって「纏められた」ものである。あくまで「教科書」であって,その叙述文体は,高等学校の理科・社会の教科書のように,誰々の説であるなどいちいち断ることなく,あたかも確定した「真実」であるかのように書かれている。でもそれは,極めて多くの研究者の研究が最大公約数的に整理されたもので,個人による「文学史」がいかに難しいかを裏返しに示しているのである。

「歴史」であるからには,まず第一にその対象,その分類(ジャンル,類型),時代区分についての実作考察とそこから組立てた理論があるはずである。第二に,その前提として,対象に認められる特性を文献学的に抽出する原典批判が必須となり,文献学の本性として,研究者の立場は「歴史的」でなければならない。つまり,対象テクストの範列論(言葉そのものの言語学的・歴史的位置づけ),統辞論(語接続の文法・語の繋がりによる意味の変異),テーマ論等について,当該時代に固有の表象・価値・解釈に基づかねばならない。そして「幻想文学史」と銘打つ以上,想定された読者(学究)のもっとも高い関心はこれら著者の二点のアプローチにこそ存する。何故なら,何より「幻想文学」の概念そのものが一般には明確でないからである。そして,この二点の真実らしさこそが個別作品の「文学史」的位置づけを決定する根拠となるからである。ところが本書は,「幻想文学」の対象範囲・分類規範という原点考察においてまず怠慢であって,ツヴェタン・トドロフ,ロジェ・カイヨワなど海外の理論家の説を周到に引用しているにもかかわらず,引用のしっぱなしで,その評価を半ばで放棄し,結局自らの立場の位置づけを,いよいよ理解に苦しむ「広い概念」に頼むのである。

 翻って,私をも含めた現在唯今の読者一般の<幻想文学>に対する理解はいかなるものかと申せば,相変わらず<怪奇と幻想>であり,篠田の要約に誓う「驚異」と「怪異」を含む「現実を越える想像力の文学」すなわち「広い概念」の域に在るのではなかろうか。[ ... ] 日本語としての<幻想>が未だ揺れ動き曖昧さを引き摺っている現状を考え合わせると,当面は「広い概念」に拠るのがよろしかろうと愚考する。
 [ ... ] 日本の<幻想文学>について,その原型のごときものから始めて,一通り触れてみたいと思う。<文学>というからには詩歌・戯曲の類をも視界に入れるべきであろうが,この分野に限っては読者の興味は散文とくに小説に向けられているに違いないから,自ずと小説中心の叙述となるだろう。[ ... ] 古典時代に関しては簡略ながらも通史の体を心がける所存ながら,近代現代に至っては急所重視に変ずるかと思う。おそらく自分の嗜好が相応に反映されるだろう。重要なことは<純と通俗の別>などではな<技術的達成と感銘の存否>であり,<美的至福の有無>と申すに尽きる。
須永朝彦『日本幻想文学史』平凡社ライブラリー,2007 年,p. 15-6。

「幻想文学」の「現在唯今の読者一般の [ ... ] 理解」が「現実を越える想像力の文学」になるその根拠こそが知りたいのに,また,何をもってテクストが「現実を越える」と判断するのかという基準をこそ聞きたいのに,それを「広い概念」で一括りにしてしまい,規範化を断念しているわけだ。規範化の試みこそが学問なのに。もし仮に「想像力」を規範の根拠とするならば,「文学一般」が「幻想文学」であるというのと何も変わらない。また,「読者の関心」を勝手に極め付けて研究対象から詩歌を除外し(日本の古典的文学観からすれば文学とは和歌と漢詩だったのに?),対象の選定においても「美的至福」という個人的恣意(「自分の嗜好」)を堂々と押し付ける。それはそれでよい。ならば,第一に,「学」・「史」という文字をタイトルに入れてはならないのである。あるいは,第二に,個人的嗜好でもよいからディレッタントならディレッタントなりの「美的至福」のメカニズムを論証・詳説してほしいのである。この二点ともに欠いているからこそ,本書を「ディレッタントによるただの文学目録」と評せざるを得ないのである。

上記のように学問的基盤も,美的至福のメカニズムの論証も「まったくない」がために,叙述も単なる「幻想文学と思われる」事象の羅列になってしまい,時代の特徴,それに基づく時代区分,総合的判断としての「日本幻想文学」の特性の考察など,「文学史」に求められる構成要素の一切が欠落してしまっている。「ボクが読んで面白かった幻想文学と思われるものを並べてみました」— それならそれでよいのだが,曲がりなりにも「文学史」に対して「学者」のやることではない。作品評の引用も,まったく根拠がない,ほとんどが次のような「ボクもそう思う」的戯言である。

三島由紀夫が「通俗的布置を一挙に破砕するギリシア悲劇風な唐突な大団円は,新しすぎて(!)当時の読者はおろか批評家にも理解されなかつた」と絶讃した『風流線・続風流線』の結構結末なども,実は長編合卷から摂取したものではあるまいかと思わせる。
同書,p. 233。

何のための引用なのかさっぱりわからない。三島由紀夫の言説の正当性に関する論証がまるでない。よって無意味に三島由紀夫を引用することで,「ギリシア悲劇風」云々という誤解を招く余計な評釈をこのくだりのテーマ・泉鏡花作品に纏い付かせるばかりになっている。だから,この引用は,三島由紀夫という「権威」を持ち出して「ボクも三島由紀夫と同じようにそう思うんだよね」と言うディレッタントの「ノボセ」,あるいは幼稚な権威主義としてしか,説明がつかないのである。

と,ま,首を傾げつつ,失笑を覚えつつ,本書の帯をみると「通史仕立ての幻想文学目録 基準は<美的至福の有無>」とある。平凡社の編集者はさすがである。きちんと「目録」と要約してくれている。しかも個人的感想文でしかないことも「基準は」云々で暗にスッパ抜いている。恐れ入りました。

何か真理めいたものに目覚めたとき,いきなりあらゆる事象を — 個別事象で検証するという過程を経ずに — その観点で普遍化・総合しようとする人がいる。例えば,20 世紀第一四半期の世界史においてコミンテルンによるある国での共産革命の工作の事実を知り,当時の歴史を揺るがす大事件のすべてがコミンテルンの「謀略」によるものだと主張する人がいる(田母神さんという元軍人の鼻摘み「論文」がその例である)。専門家筋から見れば「バカ」ないし「青臭い」の一言で一蹴されるわけだが,バカの間ではまことしやかに広がり,不安定な政治情勢下で一定の影響力を持つことがある。また,隣の人が死ぬほど困っていても何の手も差し伸べないのに,いきなり全世界を救いたいと考える人(ドストエフスキイ『罪と罰』のラスコーリニコフのような人)がいるものである。「文学史」と銘打たれた個人著者による著作を目にして,まず私のアタマに飛来するのは,こうした性急な普遍化・全体志向である。そして,須永朝彦『日本幻想文学史』もその手のものである。

須永も引用しているツヴェタン・トドロフは,『幻想文学論序説』(現在邦訳が東京創元社から出ている。かつて邦題『幻想文学 — 構造と機能』として有名だった)で「幻想文学」の定義付けを試み,「テクストの奇怪な出来事について合理的,超自然的の二つのスタンスから読者を揺さぶる構造にこそその特性がある」と定式化した。具体的作品に即し,78 の参考文献を照会し,邦訳で 258 頁を費やして,たったそれだけのことを論証したのである。「序説 Introduction」というささやかな題名は,これでやっと「幻想文学」の文学史を語りはじめられる下地ができた,そういう理論的ポリシーの確立こそが目的であることを示している。そう,普通,個人でできるのはせいぜいこのような「序説」までである。加藤周一も日本文学史を試みたが,最終的に「序説」と題することに躊躇はなかった。でも,ここには — トドロフにも,加藤にも —「学問的誠実さ」がある。文学現象の記述に当り,何が「文学」であるかという対象とその類型の枠組みを設けることすらいかに難しいか,さらにそれら対象を一貫した理論的観点で俯瞰するということがどれだけ労苦に満ち,困難で,しかもフィクショナルなものか,ということをまざまざと教えてくれるからである。そして「文学史」と題された書物を手に取る学究は,この事情を知るがゆえに,「真実」というよりもまさにその理論的「フィクション」を求めているものなのである。

須永朝彦『日本幻想文学史』も「文学史」というからには,そしてアプローチとして「幻想文学」のジャンルの考察から稿を起こしている以上,安易な普遍主義ではなく,真摯な学問的フィクションを私は期待したのだが,無駄だった。それでも,このディレッタント目録にももちろん美点はある。能等の芸能における<本地>の一覧,歌舞伎における<世界>(固定したテーマ論的背景のセット)の一覧,巻末の妖人魔人怨霊キャラクター略事典は一読に値する。そして浩瀚な作品の一覧はこれからの読書案内として役に立つ。いずれにせよ,個人的興味に基づいた「目録」であるけれど。
 

日本幻想文学史 (平凡社ライブラリー す 9-1)
須永 朝彦
平凡社ライブラリー す 9-1
幻想文学論序説 (創元ライブラリ)
ツヴェタン・トドロフ
三好 郁朗 訳
東京創元社
 

とはいえ,個人著者による「文学史」はどれもダメかというとそうではない。私がこれまで読んだなかから,これはと思う素晴らしい「文学史」— 学問性に厳しく準じたもの,あるいは,たとえ学問性において疑わしくとも,対象の美的メカニズムをきちんと論証したもの — を,何点か以下に上げておく。私はこれらと須永朝彦『日本幻想文学史』とを比較してしまい,後者もそれなりの労作であるわけだけど,どうしても辛口になってしまうのである。
 

小西甚一の大著『日本文藝史』は全六巻。第一巻のみリンクを掲げておく。「文学史」としての基盤(対象,時代区分,研究方法)の確固たる大著である。アイヌ文藝,琉球文藝をも含めた日本文藝の「学問的」俯瞰図であるところが最大の特長になっている。小西甚一はこの業績により日本文学史そのものに名を残すことになるだろう。
 

村松剛の書は,「死」という観念への立場を巡って,柿本人麻呂から終戦までの主だった文学作品をモノグラフ風に辿ったものである。学問的志向は薄く「文学史」というよりも「文学の系譜」と呼ぶほうが相応しい。しかし,作品そのものへの確かな凝視に基づき,「死」の文学的表象を追う求心力に心打たれる。「感動」が学問的身振りの瑕疵を埋めて余りある,そういう批評作品になっているのである。
 

本書は,それまでの「ロシア文学史」がソヴィエト体制の社会的リアリズム中心主義に偏重したものだったことへのアンチテーゼとして書かれた(1986 年刊)。その目的の設定と,各国のロシア文学研究者の新しい学説の整理とに基づいて,ロシア文学の新しい俯瞰図を再構成してくれたところに,個の日本人学究による文学史としての意義がある。複数の研究者の共著による川端香男里先生編の『ロシア文学史』(1986 年)が東京大学出版会からも出ている。これも優れた概説であり,ロシア文学研究者たちのもっとも信頼する教科書になっている。ただし,同時期に同じ著者が関与する「ロシア文学史」が二冊もあることについて,私の尊敬するある学者は「学問的良心を疑う」と洩らしておられた。この批判もある意味で正当だけれども,川端先生の仕事が現時点のロシア文学研究学徒の指針になっていることは疑いがない。東京大学出版会から出た『ロシア文学史』のリンクも上げておく。残念ながらこれら二冊ともいまは品切れで,古書でしか入手できないようである。ちょうどこの二冊が出たあたりに川端先生の講義を直接聞いた私には,懐かしさが先に立つ。
 

ロシア文学史


 
川端香男里 編
栗原成郎,森安達也,佐藤純一,島田陽,米川哲夫,
望月哲男,安藤厚,金沢美知子,沼野充義,諫早勇一 他
東京大学出版会

空書

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空書というのをご存知だろうか。あまり書家の流派や作風には詳しくないけれども,書が好きである。見事な墨跡を見ると,漢字文化圏の文字に込めた美学に戦く。空書とはいわゆる文字というよりも書家の想像力に従った抽象的な書を謂う。YouTube で女流書家・佐々木香粋による空書動画を見つけた。これは 2010 年横浜で開かれた APEC Japan 2010 のメインビジュアル画面で放映されたものである。彼女は 1982 年生まれの俊英である。こういう若い藝術家が書という日本の伝統藝術によって新しい現代感覚を表現するのに接すると,息を呑むくらいの感動を覚える。ここにもエンベッドしておきます。

休日に映画『エゴン・シーレ』(原題: Egon Schiele - Exzeß und Bestrafung)を久々に鑑賞。私は大学時代の 1983 年に,公開されてすぐ映画館で観た。今回はツタヤの DVD で何度目かの鑑賞なんである。じつは私は VHS ビデオでこのソフトを所有しているのだが,ビデオデッキが壊れてそのまんまなのだった。主演は,マテュー・カリエール(エゴン・シーレ),ジェーン・バーキン(ヴァリ),ニーナ・ファレンシュタイン(タチアナ),クリスティーネ・カウフマン(エディット)ほか。1980 年,墺・西独・仏合作,ヘルベルト・フェーゼリー監督作品。

エゴン・シーレはいまでこそ日本でも人気のある画家になったが,1983 年当時はウィーン世紀末美術の専門家でなければ知らない存在だったのではないか。私は会社に入ってから,1989 年に渋谷のセゾン美術館で開かれた展覧会『ウィーン世紀末 クリムト,シーレとその時代』展で,シーレのタブローをはじめてみた。ごつごつしたタッチの,陰毛も汚らわしい,彼のエロティック画は,グロテスクで,不吉で,陰湿で,印象派の画なんかが好きな人は恐らく眉を顰めるような部類に入る。ギュスターヴ・モローやフランツ・フォン・シュトゥック,グスタフ・クリムト,フェルナン・クノップフなど,象徴派の描くエロティック画のもつ陶酔した耽美趣味,ロマンティシズムがまるでない。彼の画を視ていると,生きること・性そのものの暗黒を見せられているような暗い病的な気分に襲われる。「頽廃」というより「病気」である。いま「病み」という「闇」に掛けた言葉が日本の青少年のあいだで使われていて,この「病み」こそがシーレ画の印象に相応しいかも知れない。でも,これこそが二十世紀の命のあり方なんだと感じさせる不思議な吸引力がある。シーレの藝術は現代ではドイツ表現主義思潮の流れにあると評されている。

映画は,少女を誘惑しモデルにして裸体画を描いたという容疑で当局に逮捕・勾留された藝術家の,滅び行く半生を描いている。シーレはクリムトの弟子で,師匠のモデルだったヴァリと同棲していた。無罪になり釈放された後,ヴァリと別れ,エディットと出会って妻とするが,夫婦ともに若くしてスペイン風邪で亡くなる。作品は,生活力に乏しい繊細な画家が,己の藝術への社会の偏見・無理解ゆえに投獄され,己のよき理解者(ヴァリ)を捨て,自滅して行く,というシンプルな物語である。邦題は『愛欲と陶酔の日々』となっているが,原題は『行過ぎと罰』であり,そんなロマンティシズムとは無縁であって,エロティック画に対する社会的側面が強調されている。映画ポスターに Pornographie というドイツ語が印字されているポルノであり,エロティックな映像がたびたび出て来るのだけれども(私が映画館で観たときは陰毛にぼかしが入っていたが,DVD では無修正だった),俗悪な印象はない。グスタフ・クリムトの『ベートーヴェンフリーズ』の痩せぎすの裸体画とパラレルに映るジェーン・バーキンの痛々しい裸体が,病的なウィーン世紀末を感じさせてよかった。彼女はロンドン生まれなのにフランス映画でしか私は見たことがなかった。ドイツ語の役も演じるなんて,ちょっとびっくり。マルチリンガルは欧州の俳優にとっては当たり前らしい。彼女が歌手として来日し東日本大震災復興支援コンサートに出演してくれたのは記憶に新しい。
 

 

『エゴン・シーレ』を最初に観たとき,私は映像のみならず,それ以上に音楽に打ちのめされた。本作品ではシーレと同時代のウィーンの作曲家アントン・ウェーベルンの音楽が映像を支えている(その他,ブライアン・イーノ,メンデルスゾーンも使われていた)。映画では『弦楽四重奏のための五つの楽章作品 5』(Fünf Sätze für Streichquartett, Op. 5, 1909)がシーレの不安,激情,抑圧,エロティックな幻想を伴奏するに効果的に用いられていた。彼の音楽はモンドリアンの絵画にも喩えられ,高い抽象性で知られているけれども,私はこの映画でウェーベルンの音楽に触れ,いきなり過剰なエロティシズムの伴奏としてくらってしまったからか,「抽象的音楽」などという批評はまったく無意味に思われた(尊敬する詩人・鷲巣繁男は評論『エウメニデス』のなかで「抽象的殉教者ウェーベルンの詩的結晶の不幸と聖化」と書いているけれども — 『鷲巣繁男詩集』思潮社,現代詩文庫 51,1972 年,p. 146)。ウェーベルンの音楽は私にとって二十世紀精神の不安,生の血脈,病んだエロスの具体的表現になった。そしていまだに映画『エゴン・シーレ』と結びついて離れない。映画でウェーベルンの室内楽に魅せられて以降,アルバン・ベルク四重奏団やピエール・ブレーズの演奏レコードを買い込んで,オーストリアのウニフェルザール・エディツィオーンから出ていた Philharmonia スコアを眺めながら繰返し繰返し聴くようになった。この映画が日本で公開された 1983 年はウェーベルン生誕 100 年という節目でもあった。このころウェーベルンのほか,シェーンベルク,ベルクの第二次ウィーン楽派の音楽作品,シュテファン・ゲオルゲやフーゴー・フォン・ホフマンスタール,ライナー・マリア・リルケの文学作品に夢中になっていたものである。

ウェーベルンの室内楽はどれも点描的,断片的でごく短い。ひとことでいうとミクロコスモスである。すべての弦楽四重奏曲,弦楽三重奏曲が一枚の CD に収まってしまう。彼は,思うに,音楽表現において短形式とそれを支える間・無音の意義に覚醒した西欧最初の作曲家である。どこか墨絵ないし書を思わせる。もちろん日本的とはとても言えないけれども,この点に「前衛的」という表現では片付けたくない共感を覚えるのである。私はアナログ・レコード時代からジュリアード四重奏団,ラサール四重奏団,とりわけアルバン・ベルク四重奏団の演奏を聴いて来たが,CD の比較的新しい録音としては,アルディッティ四重奏団によるものがお勧めである。
 

Webern;Comp String Trios/Quart
Arditti String Quartet:
I. Arditti, D. Alberman (Vln),
L. Andrade (Vla), R. de Saram (Vlc).
Disques Montaigne (2000-11-14)
 

ヴァリオリンとチェロのための小品も堪らなくよい。アイダ・カヴァフィアンのヴァイオリン,フレッド・シェリーのチェロ,ピーター・ゼルキンのピアノによる盤が,私のいままで耳にしたもののなかで最高の名演である。
 

タッシ・プレイズ・ウェーベルン(紙ジャケット仕様)
タッシ:
P. Serkin (Pf), I. Kavafian (Vln),
F. Sherry (Vlc), R. Stoltman (Cl).
M. Krystall (T-Sax)
BMG JAPAN (2006-11-22)
 

ウェーベルンの作品全集は,ピエール・ブレーズが監修・指揮した盤が新旧二つある。1978 年 CBS 盤と,2000 年 Deutsche Grammophon 盤である。私の好みとしてはアナログ・レコードでずっと聴いて来た旧盤である。いまでは,新しいデジタル録音のグラモフォン盤のほうを推す人が多いかも知れない。
 

Complete Works, Opus 1-31
P. Boulez (Dir), I. Stern (Vln),
Julliard Quartet, London Symphony Orchestra, et ali.
Sbme Import (1991-03-26)
Complete Webern
P. Boulez (Dir), Ensemble InterContemporain,
Berliner Philharmoniker,
Emerson Quartet, G. Kremer (Vln), et ali.
Deutsche Grammophon (2000-05-09)
 

いまやウェーベルンの楽曲スコアがインターネットから PDF でダウンロードできる。IMSLP Petrucci Music Library サイトの Category:Webern, Anton から,弦楽四重奏曲も,弦楽三重奏曲も,ヴァイオリン小品集も,出版物からスキャンした総譜が得られるんである。嬉しい時代になったものである。以下は,ヴァイオリンとピアノのための四つの小品作品 7(Vier Stück für Violine und Klavier, Op. 7, 1910)から第二曲出だしの譜面である。
 

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エゴン・シーレやグスタフ・クリムトの実物のタブローをまた観たいものである。1989 年の展覧会『ウィーン世紀末 クリムト,シーレとその時代』で観た,クリムトの有名な『接吻』は,そのきらびやかな幻想的装飾で息を呑むほどに素晴らしかった。ウィーン世紀末展では,絵画のほかにウィーン世紀末の工芸品,建築模型も展示されていた。映画にも出て来た『ベートーヴェンフリーズ』(コンサートホールの壁画)の同寸コピーもあった。展覧会カタログだけがそのときの感銘のよすがとなっている。
 

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佐藤優『はじめての宗教論』

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佐藤優は目下のジャーナリズムの寵児である。彼は元外務省分析官で,もっぱらロシア外交に携わり鈴木宗男とともに北方領土問題の解決に尽力した。それよりもなによりも,彼は 2002 年に背任容疑で逮捕され,先頃有罪が確定した人として世間に知られている。佐藤優は,本を読まずにテレビばかり観ている人にはただの「犯罪者」でしかないが,マスコミ報道に疑問を持つ者,世界を理解しようとするにまずは書籍を頼む者にとっては,日本人に数少ない最高の行動的知識人のひとりである。

私はかつて彼の『国家の罠』,『自壊する帝国』について記事を書いた。宗教論について書かれた『はじめての宗教論』二冊(右巻:2009,左巻:2011)こそ,思うに,佐藤の人となりの深いところを示し,かつその人間精神のあり方でもって感動を与える書物になっている。私は 2009 年末に右巻が出版されてすぐ読んだ。左巻がその後なかなか出て来ないので,どうしたのかと思っていたら今年の 1 月にようやく出た。ちょっと思うところがあり,遅まきながら本書をここでも取上げたい。

宗教論のみならず,佐藤の哲学・文学についての言説の特徴は,これらが生きて行く上で「役に立つ」ということを誰憚りなく主張し,現代の日本・世界の政治情勢の分析において具体的に適用している点である。私は大学でロシア文学を先攻した。これについては自分が世の中の余計者の系譜にあると自認している。卒業後は喰うために情報処理技術者となった。仕事は他人と生活との役に立つ社会的行動(公),文学はまったく役に立たない,他人の知らない私の内面世界(私) — こういう相互関係のない公私の割り切りをして来た。文学のブの字も出ない職場に 20 年以上いるとこうなる。世の中には人文科学を無用の長物と見下すバカがゴマンといる。よってもって,文学・哲学・宗教学について「役に立つ」などと人前で本気で語る人をはじめて見て,非常に驚いたのである。

本書は「見えない世界」について考察する宗教学が何故に生き続けているのか,それが現代においてどういう意味を持つのかを,「学」としての基礎知識とともに,示してくれる。彼の宗旨であるプロテスタント神学の観点からという前置きがあるにせよ,これによって,「見えない世界」を見えるようにするための基礎訓練とでもいうような仕上がりになっている。右巻は,宗教と人間社会・政治・国家との関わり,罪,霊魂の問題について,左巻は,宗教とナショナリズムについて述べている。

本書で私がもっとも感銘を受けたのが「道徳」と「倫理」の問題である。「殺す勿れ」は道徳の範疇である。末期ガンで苦しむ患者を,もはや尽くす手がなくなったとき安楽死させるべきかどうかについて悩むとき,人は倫理の問題に踏み込む。「殺す勿れ」の道徳はこういう当の抜差しならない状況において問題解決の役に立たない。道徳は善悪の一般的基準である。そして,倫理とは個別具体的な状況での決断である,というようなことが書かれている。私はそこで述べられたエピソードにいたく感銘を受けたので,長文ではあるが引用しておきたい。

 こんな例があります。私はかつてロシアで外交官として大使館に勤務するかたわら,週一回,モスクワ国立大学哲学部宗教史宗教哲学科(旧科学的無神論学科)で宗教論の講義をしていました。あるとき,アフガニスタンへの従軍経験がある学生アルベルト君から,次のような質問を受けたことがあります。
「アフガニスタンのゲリラにソ連兵が捕まると,目をくりぬかれ,鼻をそぎ落とされ,両手両足を切り取られ,芋虫のようにされて放置され,殺されます。山岳部でソ連兵がゲリラに拘束されそうになり,救出できる見込みがないときには武装ヘリコプターを飛ばして,友軍傷兵を皆殺しにしました。それが戦友を苦しみから救う唯一の手段だと思ったからです。サトウ先生,キリスト教神学倫理の立場からこの対応は正しいと言えますか?」
 アルベルト君は私を困らせようとしてこの質問をしたわけではありません。この質問に対して,「アフガニスタンに侵攻したソ連軍が悪い」と非難しても問題の解決にはなりません。アルベルト君は自ら手を上げてアフガニスタンへ行ったのではなく,徴兵されて戦地に送られたに過ぎないからです。ソ連がアフガニスタンから撤退した後,帰還兵には大学の特別枠が設けられ,アルベルト君は戦場での体験を心の中で整理するために宗教を学ぶことにしたのだといいます。
 私は「戦友をヘリコプターで射殺したのは状況倫理として認められる」と答えた上で,こう質問しました。
「その後,君たちは何をやったのか」
「ソ連兵を拘束しようとした者がいた村に掃討作戦を行いました」[ 後略 ]
佐藤優『はじめての宗教論』右巻,NHK 出版,2009, pp. 243--4。

「殺す勿れ」は原則であるが,個別具体的状況に直面すると苦しい決断の果てに「殺さなければならないときがある」。これが正しいかどうかはわからない。「倫理として認められる」のみである。しかし,ここには「道徳」と「倫理」について誠実に考える姿がある。タローとジローを生きたまま地獄の南極に置き去りにした『南極物語』の隊員の行動は正しかったのだろうか。そもそもこの処置は悩み抜いた末の「決断」だったのだろうか? しばらくして隊員が南極を再度訪れたとき信じられないことにタローとジローが生きていた,ということに感動の焦点を置くわれわれ日本人は,この観点が欠如しているのではないか。これが「優しい日本人」ということなのだろうか? おそらく『南極物語』を「美談」と捉えるのは,日本人だけではないだろうか。政治学者・丸山眞男は,福沢諭吉を高く評価し,ある既成観念に応じた判断(福沢の言う「惑溺」)ではなく,具体的事案の状況に即してその都度善し悪しを評価し次の行動を決して行く動的な態度を主張した。佐藤優の「道徳」と「倫理」の問題は,丸山の「既成観念に応じた判断」と「状況に即した動的態度」との関係に似ている。いずれにせよ,私は一般論(道徳,既成観念)にしがみつく奴の言うことは信じないことにしている。個別的事情の凝視とその都度の動的判断 — 丸山と佐藤の教えるところだと思っている。

佐藤はこの倫理の問題から多様性と寛容の立場を抽象して来る。

個別的な出来事には必ず差異があります。そこで,自分とは異なるものをいかに認めるかという,寛容・非寛容の問題とつながってくるわけです。類型的な見方とは多元主義なので,必然的に寛容性が出てくる。それに対して,具体的な実体から離れたところに抽象的な絶対の真理を立てることはキリスト教では禁じられています。絶対の真理は神にしか立てられません。
同書, pp. 245。

世の中にはいろんな考え方があり(多様性),場合によっては鋭く対立し共存が相容れないように思われることがある。それでも,お互いを尊重し(寛容性),「正しい/正しくない」に固執せず(何故ならその絶対的真理は「神のみぞ知る」だからだ),「個別倫理として認める」姿勢が必要だ — と佐藤は述べているのである。日本人は「二分法」的(「売国奴」かそうでないか云々というような)あるいは,個的特性を全体に適用する「十把一絡・一事が万事」的(ある韓国人によるレイプ殺人報道をみて韓国人全体が性嗜好の欠陥を持っているとするような)超絶論理学を主張する奴があまりに多い。そういう意味で,ユニバーサルな(グローバルではない)立場をリベラリズムではなく宗教論に基づいて説いてくれる佐藤のような知識人は,たいへん奇特な存在である。
 

* * *

TPP 問題がいま大きく取上げられ,民主党,自民党のそれぞれの党内でも統一的立場を決めかねている。JA など農業関連団体はモーレツに反対運動を繰り広げている。極めて考え深い韓国政府は,あらゆる製品において制限が撤廃されるであろう TPP を嫌って,保護すべき製品を除外できる余地のある米韓 FTA に踏み切ろうとしている。もし韓国が米韓 FTA を批准したとしたら,日本は米国との貿易において決定的に韓国に敗北し,日本製品の国際競争力はさらに角度を増して低下するのは目に見えている。ここで,日本は大きな決断を迫られている。日米安保条約批准と同じくらいの。菅首相が「第二の開国」と評したのも充分納得できる,それくらいのインパクトがある。野田首相は TPP 参加に前向きである。

この状況に対して,佐藤優はラジオで面白いことを言っていた。TPP は中国包囲網としての環太平洋諸国による「経済ブロック」の実現であるというのだ。なぜなら,自由貿易の枠組み自体は WTO というものがすでにあり,それに各国が準拠してゆけばよいからである。またぞろわざわざ自由貿易圏を環太平洋諸国間で作ろうというのには,ブロック経済という帝国主義的思惑がある。これで中国を圏外に追い出して貿易の国益を中国以外の国々で山分けしようという魂胆。野田首相の前向き発言のおかげで,プーチンが同じ中国包囲網であるユーラシア経済圏をぶち上げた,北朝鮮が中国偏重をやめロシアに目を向けるとともに日本にラブコールを送りはじめた,という佐藤の指摘は意味深長である。へえ,というしかない。こんな見方があるんだと感心した。日米安保条約が軍事的安全保障上の戦略だとすれば,TPP は米国との経済的同盟関係,つまり保護主義的にツルむということ。日本国民は関税の掛かった中国製品と,無関税の安い米国製品とでどちらを買うか。米国国民は関税の掛かった中国製品と,無関税で比較的安くなった質の高い日本製品とでどちらを買うか。少なくとも中国製品の魅力はいまよりも確実に低下する。

TPP で関税のみならず資本・人的資源の往来も自由化されれば,競争力の弱い産業はたちどころに壊滅するのは当たり前である。その筆頭である農業団体はもとより,外国資本・労働者がより日本に入って来やすくなるとして,排外主義的右翼は猛反発している。医療サービスそのものも対象になるとなると既得権益を確保できなくなるので,医療団体も猛反対している。しかし,この経済圏から日本が締め出されたら,これこそ日本全体の首が締まる。私個人は TPP に前向きな野田総理を支持します。ま,例によって小田原評定の政府だから,当分は決まらないだろう。こうして日本の国際競争力は知らないうちにいつの間にやら「お前はもう死んでいる」ということになりそうである。

国芳

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歌川国芳の画集を古書で入手した。古書といっても,今夏に没後 150 周年を記念して開催された回顧展のカタログ『破天荒の浮世絵師 歌川国芳』(NHK プロモーション制作,2011 年)である。

国芳は幕末の動乱期を生きた。洋の東西を問わず動乱期の藝術は,既成の価値観が動揺し,文化史的にマニエリスム的な傾向を帯びるものだが,国芳の場合も,アルチンボルド風騙し絵あり,オランダ絵画に倣った風景画あり,と伝統的な浮世絵師の概念から大きく逸脱する作品も残している。絵の題材の厳しい制約 — 当時,天保の改革以降,芝居役者を描くことは禁じられていた — をかい潜るために,落書き風に描いた変った絵もあり,現代ならさしづめ「ヘタウマ」路線のような試みまでしている。それゆえに「破天荒」なる形容が相応しい絵師のひとりになっている。彼は猫をたいそう可愛がったそうで,猫が登場する戯画をたくさん描いている。

彼の作品の最高峰は武者絵と妖怪画だろう。伝奇物語に取材したダイナミックな構図と色彩は,現代クリエイターの関心をも惹き付けて止まないものがある。侍が巨大な骸骨と対決する妖怪画『相馬の古内裏』はなかでも有名で,私も江戸絵画でもっとも好きな作品のひとつである。国芳展の情報がアンテナに引っかからず,実物を拝めなかったのがつくづく残念である。さしあたりこの画集を眺めて楽しもう。
 

20111026-kuniyosi-1.jpg国芳画集カバー
20111026-kuniyosi-2.jpg相馬の古内裏
20111026-kuniyosi-3.jpg見立東海道五拾三次 岡部 猫石の由来
20111026-kuniyosi-4.jpg荷宝蔵壁のむだ書
20111026-kuniyosi-5.jpg二尾の猫絵

秋,クラシック音楽に浸っております。今日は少し汗ばむ暑い昼下がり,ハイドンの弦楽四重奏曲集『太陽』全曲を楽しんだ。Haydn - Streichquartette op.20 »Sonnen-Quartette«, Hob.III: 31-36。ドイツ・グラモフォン,1994 年,ハーゲン四重奏団の演奏による比較的新しい録音である。若々しく端正なハイドン。
 


交響曲などの大編成オーケストラによる作品がコンサートホールに集う市民たちの祝祭であるとするなら,室内楽作品は心をひとつにする極く少数の仲間内の親密な語らいである。前者が公的でシンプルで華やかであるならば,後者は私的で複雑で洗練されている。室内楽でも弦楽四重奏という形式は,ことにその傾向が強い。そしてその至高の表現者はいうまでもなくベートーヴェンであった。彼の交響曲は誰にもわかるようにシンプルに書かれ,高い演奏効果をもち(アマチュア・オケによる演奏であっても),よって人気も高い。それに対し,弦楽四重奏曲は複雑(とくに後期作品は複雑怪奇といってもよいくらいである)で,気難しく,実験的で,極めて難解である。市民的オーディエンスのためではなく,作曲家自身,あるいは演奏家,音楽的教養の豊かな選ばれた少数の人たちのために書かれているといえる。

ハイドンはそういった弦楽四重奏曲という形式を完成させた作曲家とされている。ベートーヴェン,シューベルト,ブラームス,シェーンベルクの弦楽四重奏曲を知ってしまったわれわれからすれば,難解なところは少しも感じられないけれども,彼の作曲した数多の弦楽四重奏曲群は,「演奏効果」だけからすれば,聴くをもっぱらとする側にとって退屈なシリーズであるかも知れない。ところが「演奏者にとって」は,四国八十八箇所の霊場巡りのような,求道的鍛錬と悦びの混淆する魅力のあるモニュメントになっている。私の大学のころの友人に大学サークルの弦楽四重奏団でヴァイオリンを弾く者がいたが,彼の曰く,優れた四重奏はたくさんあるが,弾いていて楽しい四重奏はハイドンがピカイチ。もっぱら聴くばかりの私は「ふーん」であった。

それでももちろんハイドンは,「演奏者」ほどではないにせよ「聴くばかりの者」にも確かに素晴らしい弦楽四重奏曲を書いている。私にとって『太陽四重奏曲集』はそんな作品のひとつ。第四楽章のシンコペーションが印象的な第一番変ホ長調,優美で長閑なテーマの第二番ハ長調など,愉悦に溢れた楽しい作品が全 6 曲。なかでも私は第五番へ短調が大好きである。疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドラング)時代の理性の裡に秘めた激情というのか,Romantik に成り切れない者の節度ある憂愁というのか,第一ヴァイオリンの奏でる哀愁のあるテーマが胸を打つんである。東京カルテット演奏のアナログ・レコードではじめて聴いたときは,ハイドンにもこういうドラマティックな感情があるのかと感嘆した覚えがある。
 

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お休みの今日,バッハの平均律クラヴィーア曲集を第一巻,第二巻全 48 曲通して聴いた。この曲の私のお気に入りの盤は,何といってもロシアのピアニスト,スヴャトスラフ・リヒテルのピアノ演奏によるもので,普段はもっぱらこちらばかりなんであるが,今日はケネス・ギルバートによるチェンバロ演奏,1984 年・独 Archiv Produktion から出た Das Wohltemperierte Clavier, Teil I & II, BWV 846 - 893, Präludien und Fugen を久しぶりに再生した。

チェンバロ盤はグスタフ・レオンハルト,鈴木雅明,ケネス・ギルバートの録音を取っ替え引っ替え聴いている。いずれもお気に入りなんだけど,ギルバートの盤は,音響の粒立ち,広がりのよい録音と,確かな技量に支えられたクセのない演奏とで,飽きが来ない。オーソドックスな演奏だと思う。清々しい朝に華やかに鳴らしても,深夜に音量を絞って耳を傾けても,満ち足りた独りだけの贅沢な時間を過ごすことが出来る。

私にとってバッハの平均律はこれまでの人生でもっとも大切な音楽の筆頭である。ハ長調からはじまって半音ずつ主音を上げつつ長・短それぞれの調性で前奏曲とフーガを織りなし,12 音・長短調の全 24 曲かけて一巡りして円環が閉じられるとき,何か壮大な世界が完結する。キリスト者が苦悩のなか聖書の一節を顧みるように,自分の人生のある時点の境遇・気分にぴったり嵌る曲をこの曲集のなかに見つけるのが,私の精神的習慣になっている。

普段はレディ・ガガや Acid Black Cherry などの米国 POPS,JPOP ばかりに夢中で「クラシック音楽は退屈」と言って憚らないウチの娘も,私の影響からか,バッハだけは別格で,バッハの平均律を聞くと「神のいる宇宙の広がり」を想像してしまうらしい。第一巻の楽譜を買い与えてやったら,24 番ロ短調 BWV 869 を結構真面目に練習していた。でもきちんと弾けるようになる前に,受験,バレーボールその他もろもろの理由で,残念ながら,さらうのをやめてしまった。「音符の数はスカスカなのに何でこんなに難しいの?」— 「バッハは複数の旋律線が別々に聞こえて来ないとまったく何が何やらわからないんだよ」— 確かに娘にバッハの平均律は何十年か早かった。それでも,まったくヘタクソでも,娘があの瞑想的なプレリュードを弾くのを耳にしたときは,なんとも言えない感慨を覚えたのである。
 

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ギルバート演奏の私の所有するレコードは,東京に出たてのころ秋葉原・石丸電気で見つけた輸入盤 CD 4 枚組。この盤をアマゾンで探してみたが見当たらなかった。多分これが再発盤と思われるもののリンクを設置しておきます。
 

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泉鏡花『貧民倶樂部』

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作家・泉鏡花は明治六年,金沢の生まれ。その作品は怪奇趣味と妖美を湛え,幻想文学の愛好家にとっては『高野聖』,『草迷宮』,『歌行燈』,『夜叉ケ池』等などで文学史上の忘れられない名前になっている。私も高校生のころから鏡花作品に親しんで来た。私は,怪奇幻想の系列だけではなく,「通俗娯楽」作品も大好きなんである。江戸草子文藝の濃密な味わいが堪らないのである。初期の作品『貧民倶樂部』(明治二十八年)はそのような作品のひとつ。『江戸迷宮』読後,鏡花が恋しくなり,岩波書店『鏡花全集』第二巻を引っ張り出して再読。

『貧民倶樂部』は痛快娯楽物中篇小説といってよい。毎晩新聞社の探訪員・お丹が,四ツ谷・鮫ヶ橋(江戸のころは夜鷹=下級売春婦のねぐら,明治時代は貧民スラムとして有名だったそうである)の貧民窟に住む貧民たちとともに,貧民救済慈善会を催す華族婦人たちの偽善と虚飾を暴き出し,それを新聞に書き立て,華族婦人を恥辱にまみれさせ,さらに非情な私刑を加えて行く。作品の魅力は,なんといっても,非日常的でありながら江戸のころより親しまれた文語体によって,明治の上流階級,最底辺の貧民,気風のいい伝統的江戸ツ子が入り乱れる奇想譚を物語ったところに尽きる。ここでは,貧民の群れ,乱闘の描写に横溢する百鬼夜行ぶりは,くだらない人道主義的リアリズムを超越して,むしろ豪華絢爛と言いたいところだ。

「さあこれからだよ。賣溜うりだめ金子かね幾千いくらあらうと鐚一錢びたいちもんでも手出でだしをしめえぜ。金子かねつてしのぐやうな優長いうちやう次第わけではいから,かつゑてるものはなんでもひな。さむ手合てあひは,其處そこらにあるきれでも襯衣しやつでもかまはずもらへ。」とおたん下知げちに,おほかみころもまとひ,きつねくらひ,たぬきみ,ふくろふうたへば,からすをどり,百足むかでくちなはたゝみひ,いたち鼯鼠むさゝび廊下らうかはしり,縱横じうわう交馳かうち亂暴らんばう狼藉らうぜき,あはれ六六館ろく\/くわん樓上ろうじやう魑魅魍魎きみまうりやう橫奪わうだつされて,荒唐蕪涼くわうたうぶりやうきはめたり。
『鏡花全集』第二巻,岩波書店,1973 年,pp. 88-9。
そして,いま読んでも痺れるようなお色気。これぞ鏡花の大きな魅力だと私は思う。「婦人慈善會」に現れたお丹は因縁をつけ,会の売物シャツをタダでせしめて,衆人環視のなか敢然と諸肌を脱ぐ。この一見無意味な露出が,虚飾を排したヒロインの色気たっぷりの気風のよさを見せつけて,カンゲキなんである。
一寸ちよいと婆樣ばあさん。」
 婦人ふじん照子てるここたへざるをて,伯爵夫人はくしやくふじん婆樣ばあさんよばはり,これ亦異數またいすうなり。「啊呀おや返事へんじをしないね。みゝうといのか,襯衣しやつつてげよう。」
 とこたへざれども無頓着むとんぢやく鳶色とびいろ毛絲けいとにて見事みごと編成あみなしたる襯衣しやつり,閉絲とぢいとぶつりとりぬ。
 これのみにても眼覺めざましきに,肩掛シヨオルをぱつと脫棄ぬぎすてたり。慈善會場じぜんくわいぢやうきやくあるじ愕然がくぜんとしてながむれば,かれはする\/とおびきて,下〆したじめ押寬おしくつろげ,おくするいろなく諸肌もろはだぎて,衆目しうもくところ二布ふたのぢず,十指じつしゆびさところ乳房ちぶさおほはず,はだへきよゆきつかね,薄色友禪うすいろいうぜん長襦袢ながじゆばんひるがへりたる紅裡もみうらゆるがごと鮮麗あざやかなり。れてはたまへど,もとより深窓しんさう生育おひたちて,乘物のりものならではおもてでざる止事無やむごとな方々かた\"/なれば,他人事ひとごとながらはぢらひて,かほそむけ,かしられ,正面しやうめんよりるものなし。
同書,p. 64。

もうひとつ,お丹が上流婦人・綾子を私刑するくだり。狡猾,小粋でサディスティックなお丹の女傑ぶりは,その筋の小説好きには堪らないはずである。

 かねてよりめいじけむ,夜叉羅刹やしやらせつ猶豫ためらはず,兩個ふたり一齊いつせいひざてゝ,深川ふかがは夫人ふじん眞白ましろ手首てくびに,くろするどつめくはへて左右さいうより禁扼とりしばり三重みへかさねたる御襟おんえり二個ふたりして押開おしひらき,他目ひとめらばえぬべき,ゆきなすむねしたまで,あらけなくかきあくれば,綾子あやこかほあかめつゝ,惡汗をかん津々しん\/腋下えきかきて,あれよ\/ともだたまふ。りやう乳房ちぶさ右顧とみ左眄かうみて,おたんはなぶりあざけり,「ふむ,大分だいぶんおほきくなつた乳嘴ちくびにぼつといろいて,かた呼吸いきして,......ところ四月よつき末頃すゑごろたしかだ。それでしと,搔合かきあはせてんなよ,おさむいのに。」
同書,p. 163。

鏡花の作品集は数あるわけだけど,「怪奇・幻想・妖艶」にばかりこだわる現代鏡花読みのワンパターンゆえに『貧民倶樂部』は収録されず,この作品は,おそらく岩波『鏡花全集』でしか読むことができないと思う(私が知らないだけで収録作品集も,ネット上の電子テキストもあるやも知れないが)。岩波『鏡花全集』全二十九巻は昭和十七年の版であり,テクストは上の引用の通り総ルビ付きの往時の活版である。表カバーには,雲母をひいた地に桜,桃,梅の文様と,源氏香図「紅葉賀」。見返しには,緑地に青の紫陽花図。扉には,兎,波,月の散らし文様の小袖の図に,題名が印刷されている。用語類の注が一切ない不親切な編集で,世態風俗の用語を調べながら読まないといけないのではあるが,書籍としても版面としても美しい版なんである。鏡花の全集を購入するのはよほどの愛好家であるためか,『鏡花全集』は二,三十年に一度くらいのタイミングでしかも予約出版でしか刊行されない。私は昭和四十八年版(昭和十七年初版の第二刷)を古書で入手したんである。
 

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アマゾンで『鏡花全集』第二巻の古書が出ているようなので,リンクを設置しておく。
 

先日,俳優の原田芳雄が亡くなった。彼を偲んで,映画『ツィゴイネルワイゼン』を,所有するパイオニア配給 DVD ソフトで久しぶりに観た。この作品を私はこれまで何回観ただろう。鈴木清順・1980 年監督作品。原田芳雄,大谷直子,藤田敏八,大楠道代,真喜志きさ子ほかの出演。『ツィゴイネルワイゼン』は,私の確信するに,邦画ファンにとって忘れられない記念碑的一作である。というのも,この作品ののち,1980 年代以降,日本の映画はどうしようもないただの優等生作品,あるいは — 言い換えれば,と言った方が妥当かも知れないが — 不良ですらない下等作品(そういう藝術作品をクズという)ばかりになってしまったからである。というか,本作品をもって日本の輝かしい映画史が終わりを告げ,暗黒時代に入ったとさえ私には思われるからである。まだピンク映画のほうがマシ,ってなもんや。

『おくりびと』などはアカデミー賞・外国映画賞を取るくらいの実力があるじゃないか。日本の映画も捨てたもんじゃない。それは私も否定しない。確かに観て面白い映画はたくさんある。けれども,これらは素材こそ日本的かも知れないが,テーマやモチーフの扱い自体は「リアリズム」という意味で誰が観ても「ああ,あれか」とすぐに理解できる。底の浅いハリウッド映画と何も変らない。だからこそ海外の権威ある賞を受賞できたのだ,と考えたほうがよい。それでよいと思う映画ファンもいるだろう。でも 1970 年代までの邦画に打ちのめされたことのある者は,どうしても苦笑いしてしまう状況なんである。言わばいまの日本映画は,韓国や香港,台湾,インドなどの「映画後進国」の作品とまったく同じレベル — 同じようにヒューマンであり,同じように心温まり,同じように哀しく,同じように泪に咽び,同じように楽しく,同じように面白い,ということ。韓流がなぜいまの日本で流行るのか — それは映像に対する感じ方,見方において,日本映画が韓国の,ないしはグローバル(つまり米国)のフィクション感覚と同じレベル — むしろ先を越されたというのが正しいかも知れない — になったからである。かつてのフランスのフィルム・ノワール,ヌーヴェル・ヴァーグ,ドイツの表現主義に匹敵する,日本人の手になる映像の記憶は失われてしまった。日本人でなければ撮れない映像がロードショーにかかるなんてもはや一縷の期待もできなくなって久しいのである。わずかに北野武,大林宣彦,あと誰がいるか,ってな感じなんである。「何を偉そうに」とお思いになるかも知れないが,黒澤,小津,市川,大島,鈴木などなどのかつての邦画作品の狂気を知る者には,いまの邦画はホントつまらない。私はただの時代遅れか?

『ツィゴイネルワイゼン』のどこがそんなに凄いのか。わからない人(いまの若い人たち)にいくら説明しても無駄である。映画は,思うに,「心温まる人間性」や「正義感」,「真実の愛」なんぞの表現ではなく,絵,ビジョンそのものが命である。『ツィゴイネルワイゼン』の物語は,音楽のように手に掴めもしなければ,匂いのように言葉で表せない何かである。ここでは,映像も台詞も,現実のつまらない人間が見せる表情,発する言葉と共通するところが何もない。これは注意して視るとよい。だから「ああ,あれか」式の日常性モドキから何とも潔く解放してくれるのである。よって「迫真の演技」なんていうホントにくだらないドラマの見方(「リアリズム」と呼ばれている幻想的審美観)からも自由になる。本作品の,訳の分らない,失笑すら催すところも多い,ハッキリ言って荒唐無稽のくっだらないストーリー。やたらとモノを食うシーンが出て来る。なのに,シーンひとつひとつに色気があり,あたかも四人の登場人物たちの絡みが,一種独特の映像による弦楽四重奏とでもいうような美しい狂躁で,脳髄を侵してしまう。映画ではストーリーなんて二次なんである。物語と同様どちらが狂っているのかわからないと束の間納得してすぐ我に返るのだが,映画の台詞にあるように,「もう後戻りはできない」ところにいる感じがするのである。

「きみ,何か言ったかね」,「そのあと,兄さんも同じ夢をごらんになったでしょう... わたくしと,同じ,こわぁーい,夢... 不思議ですわ,わたくしの夢を,兄さんが,途中から,お盗りになってしまった」,「レコオドが一枚,こちら様に来ているのですけれど... サラサーテが演奏している,ツィゴイネルワイゼンでございます... 左様でございますか,グラモフォンの十吋盤なのでございますけれど」— こうした台詞はすべて,まったく迫真性のない — 騒々しいテレビドラマのリアリズムに毒された目にはヘタクソにすら思われるような — 非日常的抑揚を担わされている。それゆえに小説のなかの台詞のように,肉の剥ぎ取られた他ならぬ言葉の骨のようなものが露出して却って頭の中で艶っぽく美しく響くのである。ああ,大正の昔の純粋な美しい日本語とはこうだったに違いない,というような — まったく根拠のない — ヘンな幻想に駆られるんである。歌舞伎や浄瑠璃と同じく,映画のなかでしか聞かれない美しい台詞回しというものがあるのだ。

私はこの映画を三十年の昔,大学生のころ札幌のジャブ70という札幌映画フリーク御用達の渋いハコで観た(当然ながらこの映画館はいまは潰れてしまった)。この映画を観て,大正のころの大學獨逸語教授(「ドイツ語」じゃないよ)というものにほのかな憧れを抱いた記憶がある。『ツィゴイネルワイゼン』に登場する,衒学的で,Erotik で,狂気にあふれたインテリ。フラスコのウィスキーを呷りながらドイツ語の法学なり歴史学の書物を読む姿は,なんとカッコいいものかと思ったものである。私はロシア語の学徒であったわけで,その後もドイツ語はまったくわからないんだけど,日本のインテリにはドイツ語がよく似合うと思ってしまったのである。映画で,中砂(原田芳雄)の本を返してもらいに青地(藤田敏八)宅を訪問した小稲(大谷直子)が,「ゾルダン,ヘッペのヘキセンプロツェッセがこちら様に参っているはずでございます」と,ドイツ語の本の名を語るくだりがある。「ヘッペ」というのが無茶苦茶印象に残ったので — 北海道方言を知る人なら何故かはすぐわかるはずだ —,同じ大学の独文科の友人(Nietzschean であった)に聞いてみた。Hexenprozeß というのは魔女裁判のことらしい。
 
 

谷崎潤一郎『卍』

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谷崎潤一郎の『卍』を再読。もの思ふ秋なんてカッコつけたところへ,またもやエロ戻り。

『卍』は昭和三年に雑誌『改造』に連載された。当時ではこのような同性愛をテーマにした作品はかなりヘンタイ的嗜好で読まれた,と想像する。「卍」の字訓は縦横に入り乱れるさまである。谷崎の本作品のおかげで「卍」という漢字には — 仏教的漢語に使われることが多かったにもかかわらず — 肉体が乱れ絡むさまの性愛的イメージが定着してしまったのではなかろうか。でも性的嗜好何でもありのこの現代,この作品はもはやテーマのショッキング性を喪失してしまっている。イケメン男性の同性愛ネタのマンガ・アニメはひとつのジャンルをなしており,それを好む女性を「腐女子」と称する。こういう名称がひろく行きわたることは,それこそ「腐女子」がヘンタイでもなんでもなく,藝術作品愛好のひとつの類型として「健康的に」定着している証左である。「腐女子」といわれる女性も普通の市民生活を送り,普通に男性と恋をしている。「腐」っているのはアタマの中だけだ,というわけである。私はこれはとてもよいことだと思っている。それにしても,女性の同性愛物語を愛好する男の謂として「腐男子」なるコトバがないのはどうしてか。昔からその愛好があまりにもありきたりだからだろう。

それでも谷崎の『卍』はいま読んでも背徳的想像力を充分に刺激してくれる。何より本作品の魅力になっているのは,大阪弁によって一大長編を滔々と語り尽くしているところである。小説などで出て来る関西弁は大阪出身の私からみると不自然なものが多いのだけれど,谷崎は言葉そのものへの凝視が徹底していて,大正期の大阪船場あたりのハイソな家庭のヌラヌラ,ニョロニョロした頽廃的大阪弁を,擬音語でも使うように,ごく自然に写している。しかし,このヌラヌラ,ニョロニョロが,大阪の言語的日常性を超越してしまい,同性愛の陰湿と滑稽と真面目とがブレンドされた哀しさを表現している。唸らさせられるんである。

夫・柿内孝太郎と妻・柿内園子は徳光光子を巡る三角関係に陥り,光子を自宅に住まわせて夫婦で取り合いをする。「僕ら死んだら,此の觀音樣『光子觀音』云ふ名アつけて,みんなして拜んでくれたら浮かばれるやろ」(p. 169)などという孝太郎の台詞とともに,三人は薬を飲んで心中を図る。園子は光子の自称婚約者・綿貫榮次郞から光子を共有する契約書に血判を押させられる。結局,綿貫は同性愛三角関係の秘密を世間に暴露し,新聞がその醜聞を書き立てる。これらはみな,その荒唐無稽さでエロティシズムというよりは笑いをこそ催す。異常性がある一線を超えると日常的風景のなかでは,滑稽感を顕に浮き彫りにする。

その一方で,生き残った園子は,光子に騙されたと思いながらも「今でも光子さんのこと考へたら『憎い』『口惜しい』思ふより戀しいて\/ [ くの字点:私註 ],......... あゝ,どうぞ,どうぞ,こない泣いたりしまして堪忍してください」(谷崎潤一郎全集,巻十七,p. 169)と拭いきれない未練を洩らす。このハイカラな「パツシヨン」は笑うべきものではない。

こういう荒唐無稽の笑いと狂った情熱との混淆が中期谷崎エロティック・ワールドなんだと私は思う。ラブシーンの描写そのものは,いまのエロ小説では考えられないくらいに抑制が効いている。

さう云ふと光子さんもやつぱり默つてわたしの顏じーツと視つめたまゝ,ふるてなさつたやうでしたが,ついさつきまでの氣高い楊柳觀音のポーズ崩れて,羞かしさうに兩方の肩おさへて,一方の足の先を一方の上に重ねて,片膝を「く」の字なりにすぼめながら立つてなさるのが,哀れにも美しう思へました。わたしはちよつといたいたしい氣イしましてんけど,シーツの破れ目から堆く盛り上つた肩の肉が白い肌をのぞかせてるのを見ますと,いつそ殘酷に引きちぎつてやりたうなつて,夢中で飛びついて荒々しうシーツ剝がしました。[ ... ] — 冷やゝかな,意地の惡いほゝゑみを口もとに浮かべて,體に卷きついてゐるものをだんだんに解いて行きましたが,次第に神聖な處女の彫像が現れて來ますと,勝利の感じがいつのまにやら驚嘆の聲に變つて行きました。「あゝ,憎たらしい,こんな綺麗な體してゝ! うちあんたを殺してやりたい」わたしはさう云うて光子さんのふるてる手頸しつかり握りしめたまゝ,一方の手エで顏引き寄せて,唇持つて行きました。
谷崎潤一郎全集,第十七巻,中央公論社,1959 年,pp. 27--28。傍線は原典傍点。

「羞かしさうに兩方の肩おさへて,一方の足の先を一方の上に重ねて,片膝を『く』の字なりにすぼめながら立つ」,「シーツの破れ目から堆く盛り上つた肩の肉が白い肌をのぞかせてる」などの描写は,おそらく往時では読者のエロティックな想像力を掻き乱したに違いない。現代のわれわれはおそらくもっと露骨な想像を働かせるだろうけど。
 

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谷崎の小説を読んですぐ,映画『卍』も観た。2005 年,アートポート制作,井口昇監督作品。主演は秋桜子(柿内園子),不二子(徳光光子),野村宏信(柿内孝太郎),荒川良々(綿貫榮次郞)ほか。

いうまでもなくピンク映画である。谷崎作品の映像解釈としては当然,ピンク映画なので露骨な濡れ場が出て来る。東宝映画などで見られるお高く止まったエロティシズムではなく,現代人の欲望を正直に,気取りなく映像化することのできる「ピンク映画」の視線で,谷崎ワールドを再現している。登場人物の造形の子供っぽさに原作本来の荒唐無稽感がよく出ていて,笑いを誘う。俳優の大阪弁は不自然な感じが強い。だけれども,映画・演劇における台詞の迫真性はリアリズムではないのであって,私はこの映画の「作ったっぽい」台詞は少しクレージーなテーマに合っていてよいと思うほうである。

だいたいにおいて原作のストーリーに忠実たろうとした映画だろうけど,上記で引用したシーンは,原作と違って,園子ではなく光子が積極的に相手を貪るような解釈になっていて,面白かった。映画では光子は確信犯的「悪女」のタイプに作られていた。映画ではやはり現代の日本人が観ることを想定してコトバなどが微妙に現代風になっているのもおかしかった。原作では,光子は園子の夫を「姉ちやんのハズ」(ハズバンドの略)と呼ぶのだが,映画では「パパさん」になっていた。

「映画ファン」,「谷崎ファン」はこの映画を酷評するだろう。大阪弁の台詞がわざとらしくて無茶苦茶だの,谷崎のエロスを通俗化し過ぎているだの。谷崎の「荒唐無稽」「子供っぽさ」にある笑いの要素が多分理解できないのだろう。谷崎ファンの所謂「日本の伝統美」なんてクソくらえである。人間の裸体の美を無条件に肯定することが谷崎の魅力だと私は思っている。谷崎の真骨頂は「吐き捨てたくなるからこそのエロ」なのだ。なんてバカバカしくて,なんて哀しいのか。深みがなさそうなピンク映画,エロ小説のどこが悪い。私はこの映画を支持します。
 

* * *

今回再読したのは,中央公論が 1959 年に刊行した谷崎潤一郎全集第十七巻(全三十巻)である。私は谷崎源氏もこのシリーズで全巻持っている。棟方志功デザインの新書判クロス装丁は味がある。本文も谷崎のオリジナルに合わせた旧字・旧仮名遣いである。活字の手触りがたまらなくよい。
 

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以下のアマゾンリンクには,手近に入手できる新潮文庫版を挙げておく。旧字・旧仮名遣いが例によって新字体・現代仮名遣いに改められている。作品のヌルヌル,ニョロニョロ感は息づいている。新潮文庫版における表記の変更など,まったく気にしなくてよい。
 

東北大震災のクライシスのあと,あまりにショッキングだったせいか,思うところがあり,ロシアの詩人,アレクサンドル・プーシキンが 1833 年秋に書いた叙事詩『青銅の騎士 — ペテルブルク物語』— А. С. Пушкин «Медный Всадник - Петербургская повесть» を再読した。本作品は,ソヴィエト科学アカデミー版プーシキン全集で,タイトル頁等のスカスカ頁を含めても,たった 16 頁しかない叙事詩(題に「ペテルブルク物語」とあるように,いわゆる叙事詩とは距離をおいた新しいジャンルを作者は意図しているのではあるが,作品全体が四韻脚弱強格の韻文で書かれている。「詩」というものに「美辞麗句」や「型に嵌った紋切型」のようなことしか連想しない現代の小説読みにはわからない,構造的ダイナミズムがあるのだ)である。朗読しても 25, 6 分。なのに,恐るべき傑作として世界文学史上に輝いている。

主人公・エヴゲーニイは,地位も金もない入庁三年目のペーペー公務員である。神に知恵と金を授けてもらってそれなりに独立と名誉をかち得て,恋人と結婚する,ささやかな家を設けて平和に暮らす,ともに老いてともに墓に入る,孫たちに弔ってもらう — 彼の思いはそのようなものだった(「結婚? 俺が? もちろんそれは重荷だ,でも俺は健康だし夜昼働くつもりだ。世の中にはバカで怠け者のくせに楽チン生活しているシアワセな奴がいるじゃねぇか,いったい何なんだ!」— エヴゲーニイのこの独り言,なんと身につまされることか)。この叙事詩の主人公はまさにこのような善良な小市民である。ところが,彼は,1824 年 11 月にペテルブルクで発生したネヴァ河の大氾濫のために,恋人を失ってしまう。家屋が流され死体がごろごろ転がる氾濫の恐ろしい傷跡を目の当たりにした主人公は,発狂し,恐ろしい記憶に苛まれつつ,我が身を引きずるようなホームレス生活を送る。時が経ちある秋の夜(おそらくは 1825 年 11 月,デカブリスト蜂起失敗の直前だ)埠頭で寝ていると,雨と風の音のなかで呼び交す哨兵の声で,突然あの洪水の日をまざまざと思い出す。気がつくと彼は元老院広場に佇んでいる。目の前にはピョートルの記念碑・青銅の騎士像。主人公は洪水の大量死を,このペテルブルクという都市を海辺に建設したピョートル大帝の幻影に結びつける。「この野郎,思い知らせてやる!」と悪口雑言を騎士像に浴びせる。するとブロンズ像が恐ろしい形相で彼を睨みつけ,馬を駆って彼を追いかけてくる。主人公は逃げ回り,その果てに野たれ死ぬ。彼の死体は死んだ恋人の壊滅した家の敷居で発見され,無縁仏(ロシア語では「神のために」)として葬られる。

『青銅の騎士』の筋書きはこのようなものである。東北大震災の津波の大惨事を見た者には,この作品の悲劇性を共有しないではおれないはずである。偕老同穴・孫に弔われるという夢が,洪水で壊滅した家という死に場所を恋人と共有し「神のために葬られる」姿に終わるというあまりに残酷な皮肉 — 涙を禁じ得ない。とはいえ一方で,エヴゲーニイがピョートルの幻影に天災の不幸の責めを負わせてしまう筋書きは,内在的論理抜きにそれだけを単純に眺めると,東北大震災の責任を菅総理あるいは政府に転嫁するようなただの短絡バカにしか見えないかも知れない。オマケに叙事詩の主人公というものは貴族階級のエリート的英雄こそが相応しかったのに,『青銅の騎士』では主人公は我々のようなどこにでもいるただのパンピーであって,いよいよ喜劇的バカに見えてもおかしくない。しかし,天災発生の結果,原子力発電所で事故が起こり,このため多くの市民・家族の生活が破壊されたとなると,話は別である。ここには何か深遠な問題 — エネルギー確保と核技術の維持という国家の論理と国民生活との調和という大問題 — が立ち現れる。現在,日本人だけでなく世界中の人々が原発問題を議論している次第である。よく読むと『青銅の騎士』でもエヴゲーニイと青銅の騎士像とのコンフリクトにおいてこれに類する国家権力の問題提議を読み取ることができ,それゆえにこそ,この現代に読んでも,この作品の厳粛で悲劇的な物語性に唸らされるのである。私は認識した,青銅の騎士は現代の原発であり,エヴゲーニイは現代の日本国民である,原発の恐怖に我を失って巷を彷徨するエヴゲーニイたちがいま東北地方に大量に出現しているに違いないと。

今回の再読で,私はいくつか発見をした。この作品にヨハネ黙示録の神話的物語構造が認められること(ネヴァ河氾濫災害の発生はロシア暦 1824 年 11 月 7 日,つまりヨハネ黙示録に登場する大天使ミハイルの日の前日である,青銅の騎士は「蒼白い馬に乗る騎士」のイメージがある,等々); そして聖書的物語構造に立脚するがゆえにこそ,しがないパンピー主人公がイエスと関ったペテロのごとき大きな「振子運動」(エーリッヒ・アウエルバッハ)を起こして神的なまでの悲劇的昇華を果たすこと; 発狂したエヴゲーニイが青銅の騎士に追いかけられる筋書きには,秘密警察による監視・追及の寓意が付加されていること(騎士像を囲む格子に顔を押し付けるエヴゲーニイの描写は,牢獄の鉄格子に捕われる姿の寓意である。この作品にはスパイ小説のような魅力もあるのだ); エヴゲーニイの元老院広場での反抗と挫折にはデカブリスト蜂起が暗示されていること(場所と時がそれを如実に示している); 「序」のペテルブルク(「ピョートルの都市」)の旧世界には漁師であったペテロ(ロシア語でピョートル)の居住地という表象があること(聖書的神話構造の一要素); ペテルブルクという都市とエヴゲーニイの葛藤は『エヴゲーニイ・オネーギン』八章におけるタチヤーナとオネーギンの葛藤の問題論の継承であること; などなどについて,かなりの確信が得られた。一部は前から考えていたことである(ここにも少し書いた)。ここでグダグダそれらの論証を綴ってもしようがない。きちんと文献学的に検証して論文の形にしたいと思い,いま参考文献を漁っている。そして,プーシキンというロシアの古典的作家の偉大さに,改めて恐れおののいているところである。いまの私の流行語は Ужо тебе!(ウジョー・チビェー!=この野郎,思い知らせてやる!)。ニュースで民主党政権のお笑いを見るたびにこれを発しているんである...

YouTube で音楽関係の動画をよく観る(音楽メインなんで「静止画」がほとんどなんだけど)。今日,20 世紀初めのロシアの作曲家ニコライ・ロースラヴェツの『ノクターン』を見つけた。ハープ,オーボエ,チェロと二つのヴィオラのための室内楽の小品である。ロースラヴェツはソヴィエト時代のアヴァンギャルドの鬼才であったが,その斬新な音楽性ゆえにスターリン時代の当然の成り行きとして弾圧され 1944 年に亡くなった。

それにしても,この『ノクターン』の叙情性には陶然としてしまう。夜の波の上を漂うような,夢見るような,質の高いリリシズムがある。『ノクターン』は 1913 年ヤルタで作曲された。この地は,北方のロシア人にとって異国情緒溢れる暖かい地方である黒海・クリミヤ半島にある。この曲のロシアらしからぬ軽やかさはこの地方がもたらす特別な憧憬に因って来るのだと私は思う。

私はモスクワ現代音楽アンサンブル(ドイツのアンサンブル・モデルン,フランスのアンサンブル・アンテルコンタンポランと並び称される現代音楽のエキスパート集団である)による素晴らしい演奏 CD(残念ながらいまはもう入手できないようだ) を所有しているけれども,YouTube の Ensemble Vozvrashenie (直訳すると「アンサンブル帰還」)による演奏も見事である。以下にエンベッドしておくので,ぜひ堪能いただきたい。

この連休は,散歩に一度出たきりで,あとは何もせずにぼんやり過ごした。ロマンチックな長編ミステリーでも読みたいと本屋に行くも,適当なものが見当たらず。結局,「積読」状態だった本,ロシア人研究者による芭蕉論を読んだ。Бреславец Т. И.  Поэзия Мацуо Басё. М.:«Наука», 1981 (タチヤーナ・ブレスラーヴェツ『松尾芭蕉の詩』モスクワ,1981 年)。ソヴィエト科学アカデミー東洋学研究所から出版されたものである。

本書はわずか 152 頁の小さなモノグラフではあるが,芭蕉の生涯と文学史的位置,その美学的諸概念,表現手法の特徴について,総合的に解説した力作である。悟り,しをり,寂び,細み,軽み,不易流行,風雅の誠といった概念を具体的作品に照らして説明しているところは,外国人がどのように日本の古典文学にアプローチするのかが興味深いだけでなく,ロシア語でこれらの術語を説明するネタとして極めて有益だった。日本人による芭蕉論は軽み・不易流行に重きを置くものが多いと思われるけれども,彼女は上記の美学概念の究極的本質として,風雅の誠を芭蕉の詩的真実だと位置づけている。日本の伝統と日常的・庶民的美の融合こそが芭蕉の最大の功績であるとしている。

歌枕,切字,本歌取り,枕詞,掛詞,縁語などの詩法について,その効果,日本古典詩の特性が,説明のレベルを落とすことなく,なにも予備知識のない読者(研究者・学生)にも伝わるように解説されている。音韻的分析は興味深かった。詩の国・ロシアの研究者らしさがここにあると思われた。Ю. Лотман, Б. Томашевский, В. Виноградов の詩論が援用された芭蕉俳論に出くわすとは思ってもみなかった。次の「閑さや岩にしみ入蟬の聲」の分析はとくに新鮮だった。

Чтобы подчеркнуть значение слов, поэт часто прибегает к аллитерации и ассонансу:
Сидзукэса я Тишина.
Ива-ни симииру Скалы пронизывает
Сэми-но коэ Цикады звон
[131, т. 41, с. 169, № 280]. 1689 г.
Повторяемость звуков «и» и «с» наполняет стихотворение звоном цикад, который разбивает молчание скал. Звук и тишина сливаются воедино, усиливая друг друга. Так впечатление от содержания хайку усугубляется его звуковой организацией.

ことばの意味を強調するために芭蕉はしばしば子音反復法と母音反復法を用いている:閑さや岩にしみ入蟬の聲 Shizukasa ya / Iwa-ni shimiiru / Semi-no koe (露訳省略)。

«i» 音と «s» 音の繰返しは,岩の沈黙をうち壊す蟬の声で詩を満たす。声と静寂はひとつに融け合い,互いを強調し合う。このように俳句の内容から受ける印象がその音声組織によって倍加されるのである。

Бреславец Т. И.  Поэзия Мацуо Басё. М.:«Наука», 1981, с. 133.

芭蕉にある連句と連衆の詩精神についてロシアの研究者の見解が聴きたかったが,その点についてはほとんど触れられていなかった。そこが本書に感じた不満であった。西欧人にとって藝術作品はほとんどつねに個人による一個のシステーマである。それが無意識の formula になっている。拭い去ることのできない個人主義がある。相聞,歌合わせ,連歌,連句抜きに,日本の詩歌の驚くべき高みは理解できないと私は思う。

 

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* * *

ロシアの日本文学研究もかなりなものだと興味をそそられ,Ozon でちょっと漁ってみた。これはというものが見出せなかったが,面白い本を見つけた。Рубоко Шо «Эротические танки», 2009.— Ruboko Sho『エロティック短歌集』という本。

「ルボコショウ? なんやそれ」。「Эта книга была написана в X в. и представляет собой удивительный, яркий образец средневековой японской поэзии из цикла любовной лирики. Традиционные пятистишия Рубоко Шо вводят читателя в глубоко чувственный, метафоричный мир поэта.— 本書は 10 世紀に書かれ,中世日本恋愛抒情詩の驚くべき輝かしい典型である。ルボコショウの伝統的短歌は読者を詩人の深い官能と陰影の世界に導く」とある。そんな歌人いたっけ? 流鉾抄か? でも歌人の名前なんだよな。国文をやった妻に聞いても知らないという。ロシアの日本好きによるサイト Fushigi Nippon に記事:Рубоко Шо - Ночи Комати, или Время Цикад - Поэзия - Статьи о Японии (るぼこしょう - 小町の夜々,あるいは蟬の頃 - 詩 - 日本に関するコラム) があった。それによると Кино Кавабаки きのかわばき? によって 20 世紀末になって発見された歌人だという。だんだん胡散臭くなってきた。

どうやらルボコショウは мистификация (偽作) のようである。この単語を付加して Google 探索した結果,Рубоко Шо というのは Олег Борушко オレーグ・ボルシュコという人のアナグラムだということがわかった。なんだ人騒がせな。

「一首」だけ訳してみた。

О пара ночных мотыльков
В любовной истоме
Хаги в полном цвету
Вместе с одеждой
Ты сбросила стыд
 
一つがいの夜の蝶よ
愛欲の気怠さのうちに
萩は花開く
衣とともに
お前は恥じらいを脱ぎ捨てる

どうも明け透け過ぎますな。でも,日本の古典を装ってエロティック詩集が出るロシアという国も面白いと思った。この偽装詩集を発注してしまったのは言うまでもない。ちなみに,いま,ロシアでの日本文学ベストセラーはというと,Ozon によれば,桐野夏生,村上春樹,芥川龍之介などなど。芥川は昔からロシアでファンが多いけれども,現在は村上春樹がダントツで人気がある。桐野夏生は意外でした。
 

* * *

先日,Facebook でガリーナ・グリゴーリエヴァさんから東京カンタート合唱コンサートへのお誘いがあったが,結局,別の用事のために行かれなかった。それでも,彼女から教えられていたニコニコ動画で彼女の合唱曲を聴き,感想を彼女に書き送った。喜んでくれた。彼女は,スミルノフの芭蕉俳句訳に付けた私の注解も読んでくれていて,激励してくれた。

その合唱曲 NOX VITAE (生の夜) のニコ動のリンクはここ:http://nicoviewer.info/sm13372666。私はとくに二曲目 Падает снег (雪は降る) が好きである。ロシア正教会の精神性というか静かな魂が感じられる。

NOX VITAE というタイトルから私はロシアの詩人インノケンティ・アンネンスキイの詩によるものと思い込んでいたのだけれど,違った。コンサートに行くかも知れず,あらかじめ詩を読んでおいたのだが,違った。アンネンスキイの詩 NOX VITAE をちょっと訳してみた。四韻脚弱強詩格である。人生の終焉に近づいた己が若かりしころを思い出してみても,懐かしいはずの夜の光景に疎外感しか認められない憂愁を歌っている。そしてそこにそこはかとない美(寒々とした月)を見出している。

アンネンスキイ (1855–1909) は日本ではほとんど知られていない。象徴派の次のアクメイズム詩人,アンナ・アフマートヴァやオシップ・マンデリシタームの魁だと評されている。彼は生徒から慕われた校長先生だった一方で,「デカダン詩人」を自認した世紀末詩人であった。けれども,頽廃というよりは世紀の黄昏の憂愁を衷心から切々と歌うといった詩風である。人を驚かす奇矯な表現はなく,古典的節度がより強い。輝き切れない色彩感に独特の魅力がある。
 

из «КИПАРИСОВЫЙ ЛАРЕЦ» (1910) 詩集『糸杉の手文庫』より (1910)
Иннокентий Анненский    
 
インノケンティ・アンネンスキイ  
 
ТРИЛИСТНИК ПРИЗРАЧНЫЙ 幻影のクローバー
1. NOX VITAE
 
1. NOX VITAE (生の夜)
 
Отрадна тень, пока крушин
Вливает кровь в хлороз жасмина...
Но... ветер... клены... шум вершин
С упреком давнего помина...
 
木陰は快く まだクロウメモドキの血潮を
ジャスミンの白い斑れに注ぎ込む⋯
なのに⋯ 風⋯ 楓⋯ 頂のざわめき
かつての追憶が責めたてる
 
Но... в блекло-призрачной луне
Воздушно-черный стан растений,
И вы, на мрачной белизне
Ветвей тоскующие тени!
なのに⋯ くすんだ月の幻光を浴びる
ふわふわと黝い樹々の胴体
また お前たち 陰気な白光に
憂える木の枝の影!
 
Как странно слиты сад и твердь
Своим безмолвием суровым,
Как ночь напоминает смерть
Всем, даже выцветшим покровом.
 
奇妙にも 庭と天空は融け合わさり
酷な無言をまもり
夜は万物 死を想い起こさせる
色褪せた覆いによってまで
 
А всё ведь только что сейчас
Лазурно было здесь, что нужды?
О тени, я не знаю вас,
Вы так глубоко сердцу чужды.
 
ものみないましがたまで
碧かったのに それはもうどうでもよいと?
影よ 私はお前たちを知らぬ
お前たちは私の心に深く深く疎ましい
 
Неужто ж точно, боже мой,
Я здесь любил, я здесь был молод,
И дальше некуда?.. Домой
Пришел я в этот лунный холод?
まさか ここなのか
私が恋をした場所は 若かった場所は
ここが終着?‥ 帰り来たということか
この寒い月下の地に?
Иннокентий Анненский  Стихотворения и трагедии.
Библиотека поэта. Большая серия,
изд. 3-е. Л., 1990, с. 111-112.

* * *

麻雀ゲームで字一色をツモってしまいました。こんなことやってっから娘から堕落してると言われるんである。
 

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田中善信の『芭蕉—「かるみ」の境地へ』を読む。中公新書 2010 年刊の比較的新しい芭蕉論。先日,『芭蕉二つの顔』がたいそう面白かったが,読んでいる最中にこの『芭蕉』も同じ田中善信による著書であることに気付いた。俺も,最近,抜けが酷い。

本書は芭蕉の生涯と作品を解説した啓蒙書である。俳句文藝に詳しくない者も芭蕉時代における連句や俳諧の事情についてわかるようにやさしく書かれている。蕉風確立の過程で一定の影響を与えた貞門,談林の俳諧潮流の特徴を具体的作品に照らして説明してくれるプロローグから,本書は確かな研究者によるものだと納得させられた。

芭蕉は,俳聖とされ神と崇められ,俳句の世界では頂点に君臨する権威者,俳論と藝術観の高尚なヴェールに覆われた求道者,といったイメージが確固としてある。一般の芭蕉研究では,芭蕉もそれに相応しい堅苦しい「芸術家/思想家」の人物像を着せられることが多いのではなかろうか。これに対し,『芭蕉—「かるみ」の境地へ』では,冗談好きで明るくサービス精神旺盛で涙もろい人間的側面がより表に出るように描かれている。

漢句とされてきた『虚栗(みなしぐり)』掲載句を発句と評価したり,作品の位置づけの解釈も著者独自の見解がある。2008 年に発見された芭蕉書簡によって,路通(芭蕉の弟子で,乞食の放浪生活をした。他の門人から嫌われていたが,芭蕉自身は彼の独特の才能を高く買っていた)が直前に失踪したために,曽良が『おくのほそ道』に随行することになった事情など,新しい研究成果についても述べられている。
 

後を囘顧みたれば

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「ロト,ゾアルに至れる時日地の上に昇れり ヱホバ硫黃と火をヱホバの所より卽ち天よりソドムとゴモラに雨しめ 其邑と低地と其邑の居民および地に生ふるところの物を盡く滅ぼし給へり ロトの妻は後を囘顧みたれば鹽の柱となりぬ」。

「創世記」19 章 23−26,罪と頽廃の街・ソドムとゴモラが神の劫火に滅び,ただロトの家族のみが神の救済に与るくだりである。引用は日本聖書協会による文語訳からのものである(『舊新約聖書』日本聖書協会, 1991 年, p. 21)。クライシスとそこからの救済というモチーフ。震災ゆえかなにか心に迫るところがあり,読み返してみた(もちろん震災被災地はソドムでもゴモラでもない)。ロトの妻は,後ろを振返るなと天使から諭されていたにもかかわらず振返ってしまい「鹽の柱」と化す。これが恐ろしい象徴として胸を打つ。「後」とは過去のことを言うのだろうか。滅びて行くものに後ろ髪を引かれ,それゆえに己をも滅ぼす。私も振返って己を滅ぼすクチだと思う。それにしても,この後ろを振返ることで本意が遂げられないというモチーフは,オルフェウスとユーリディケーの逸話にもあって興味深い。

泉鏡花の怪異短編小説『黒壁』(明治二十七年)に「予も何となく後顧(うしろぐら)き心地して」という表現が出て来る。「後ろ暗い」が「後ろを顧みるような」と等価の関係で捉えられている。「後ろ暗い」とは「気掛かり,心配だ」のほかに「ふた心がある」という意味もある。つまり,心に覚悟がなく,信念に反する邪念があるの謂いである。神はロトの妻のそういう心の奥底を「振返るな」との命により試したのかも知れない。

「創世記」のこのくだりを教会スラヴ語訳聖書でも読んでみた。「鹽の柱」は «столпъ сланъ»「霜の柱」という訳になっている。拙作 OldSlav 教会スラヴ語 LaTeX パッケージ (See also OldSlav: An extension of SlavTeX for Old Church Slavonic typesetting) を使って,タイプセットしてみた。

bytie19-23-26.jpg

LaTeX の原稿は以下のとおり。

% -*- coding: utf-8; -*-
% Ветхая Библия 19:23-26
\documentclass[b5paper]{article}
\usepackage[pdftex]{color}
\usepackage[T2A,T1]{fontenc}
\usepackage[russian,oldchurchslavonic]{babel}
\languageattribute{oldchurchslavonic}{utf8,slavdate}
\setlength{\textwidth}{11cm}
\DeclareFontFamily{LST}{cmr}{}%
\DeclareFontShape{LST}{cmr}{m}{n}{<-> s * [1.12] fslavrm}{}%
\definecolor{bibc}{rgb}{0.40,0.44,0,20}%
\begin{document}
\color{bibc}
\Large
С'олнце вз'ыде над\ъ з'емлю,
л'ѡтъ же вн'иде въ си\-г'ѡръ.
\И г|сдь <ѡдожд`и на сод'омъ \и
гом'орръ ж'упелъ, \и "ѻгнь ѿ г|сда
съ небес`е.
\И преврат`и гр'ады сї^ѧ, \и вс`ю
<ѡкр'естную стран`у, \и вс'ѧ жив'ущыѧ
во град'ѣхъ, \и вс^ѧ прозѧб^ающаѧ
ѿ земл`и.
\И <ѡзр'ѣсѧ жен`а єг`ѡ всп'ѧть,
\и б'ысть ст'олпъ сл'анъ.
 
\vspace{.4em}
\hfill БЫТЇ`Е ГЛАВ`А \slnum(19).:
\slnum(23).{\selectlanguage{russian}--}\slnum(26).
\end{document}
 
* * *

震災の影響で国産煙草が品薄になっている。一週間ほど前,会社からの帰途にある煙草屋に寄るも,どこもハイライトが品切れだった。帰宅して,近所を探しまわったがやはり品切れ。しようがなく昔住んでいた平間の煙草屋に行ってみるとかろうじて自販機に残があり,店のオヤジにタスポを借りて4箱手に入れた。それ以後,もう入手できない。ま,煙草なんて生活必需品ではないのだから,どうでもいいことではある。
 

* * *

まったく関係ありませんが,麻雀ゲームで清老頭を上がってしまいました。
 
20110417-tinroto.jpg

ロンドン在住のロシアの女流作曲家エレーナ・フィルソヴァが,Facebook の私のウォールにビデオをシェアしてくれた。2 月 18 日にロンドンで行われた,彼女の作品:チェロ協奏曲第四番作品 122 "Concerto-Elegy" 演奏の模様である。このコンサートは少し前に Facebook でアナウンスがあったのだけど,私はロンドンになどとても行かれず,でもこうしてすぐ YouTube で観れるようになったことに,時代は変わったと思わずにおれない。

演奏は Anatole Liebermann (Vlc), St Paul's Sinfonia (Orchestra), Andrew Morley (Conductor)。本作品はチェロ奏者,指揮者としてもはや伝説になったムスチスラフ・ロストロポーヴィチに捧げられている。ソヴィエト体制のなかで藝術的意思を貫いたスラーヴァ(ロストロポーウィチの愛称)へのオマージュである。第二部の冒頭の神秘的な木管,チェロのカデンツァが印象に残った。ここにもエンベッドしておきます。
 

 

YouTube のフィルソヴァのチャンネルでは,これ以外にも彼女の作品の動画が観られる。うれしいことに『Music for 12』もある。これは,1987 年のベルリン藝術週間・特集「モスクワの今日」を NHK-FM 放送で聴いて,そこでフィルソヴァの名をはじめて知った曲である。私はこの放送でソヴィエト「現代音楽」の素晴らしさに目覚めたのだ。当時,彼女はソヴィエト当局から反体制的作曲家のレッテルを貼られていた(「フレンニコフの七人」の一人として批判にさらされた)。時代は変わったなあ。

ロンドン在住のロシアの作曲家 D. Smirnov が Wikilivres に松尾芭蕉俳句のロシア語訳のサイトを開設した: Хайку Басё - Wikilivres。彼は 2003 年に芭蕉俳句に基づく室内歌曲集 «Грёзы скитаний» Op. 140 (『夢は枯れのを』) を作曲したあたりから,日本語を勉強し自力で原典から芭蕉に取り組むようになったようである。

さしあたり寛文時代の初期の句が公開されているけれども,目次をみると彼が全句制覇を目論んでいることが知れる。芭蕉作品のロシア語訳は Вера Маркова によるものが有名だが,全句をカバーするものはこれまで出ていないはずである。

じつはこのプロジェクトで私は,日本語の解釈について確認したり,日本の文献の情報で注釈を記したり,補足的なお手伝いをしている。いちおう共同プロジェクトということになっている。私は日本人研究者の成果を横流ししているだけなので,何か主体的な意見を表明しているわけではさらさらないのだけれど,Smirnov はサイトの序文のなかで私のことを持ち上げてくれている。

ということは,私も芭蕉全句について,これから少しずつ研究しつつ,ロシア語で注釈をしなければならないということになるわけである。私の書いた恥ずかしい,ひでぇロシア語を,本サイトに掲載する段階で D. Smirnov がきちんとしたロシア語に訂正してくれているのは論を俟たない。私も,ロシア語の勉強も兼ねて,芭蕉理解を深めたいと思っている。

興味のある方はぜひご覧ください: Хайку Басё - Wikilivres

私達を名付けてください

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ラヴェルの室内歌曲『ステファヌ・マラルメの三つの詩』は私のもっとも愛するラヴェル作品のひとつである。弦楽四重奏,ピアノ,フルートとクラリネットによる音響が色彩感に充ちて官能的である。シェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』,ストラヴィンスキイの『兵士の物語』と並んで,20 世紀のモダンな室内歌曲の最高傑作といってよい。

この作品の第 2 曲『徒な願ひ(Placet futile)』に,「私達を名付けてください(Nommez nous...)」なる詩句がある。マラルメ独特の難解さ,意味深長さがある。

私達を名付けてください......木莓の薰の高い笑ひ聲が,
慕ひ寄る人の懇願を喰ひちらし 恍惚として啼き喚き,
飼ひ馴らされた仔羊の群さながらになる あなた,
『マラルメ詩集』鈴木信太郎訳,岩波文庫,1963 年,18 頁。

あるものを名付ける行為は,それを他ならぬものとして認識するとともに,己の支配下におく(「飼ひ馴らされた仔羊の群さながらに」する)ような意味をもつ。家に籠りっきりで親とも社会ともコミュニケーションを断絶し,独り趣味に埋没して社会性を喪失する行動様式は,齋藤環によって「ひきこもり」と名付けられることによってはじめて,これが悪魔の取り憑いたわけでも気が触れたわけでもなく,また個的現象でもない,社会的病理であると認識され,克服されるべき問題として「顔」をもちはじめたのである。この曲を久しぶりに聴いて,「名付けること」の重みに考えが飛躍するとともに,千代崎秀雄著『聖書の名句・名言』(講談社現代新書,1987 年)の一節を思い出した。人間の根源的な情念にも関る,よい一節なので,少し長いけれども引用しておく。

《人が,生き物につける名は,みな,それが,その名となった》(創世記 二19)
 
 一人の若い女性が医師をおとずれた。妊娠中絶の合意を得るために---。
 医師は反対したかったが,彼女は説得の余地がないほど決定的に中絶を決意しており,そのことについて悩んだ形跡もない。そこで医師は話題を転じて,もしかりに彼女がその子を生んだ場合,どんな名前をつけようと思うかとたずねた。
 気楽な話題として彼女はそれに応じ,男の子なら何,女の子なら何,と,あれこれ名を考えはじめたらしい。長い沈黙。その間,彼女の表情はあきらかに動揺を示した。ついに,"ありがとうございました。生みます" といった。
 これは,パウル・トゥルニエ医師の著『なまえといのち』(小西・今枝訳 YMCA同盟出版部)に記される一挿話である。
千代崎秀雄著『聖書の名句・名言』 講談社現代新書,1987 年,25 頁。

禅は,この「名付けること」のもつ恐ろしさに向き合うことを,修行者に突きつける。この意味で,パウル・トゥルニエ医師の報告する感動的な逸話よりも,私にはさらに意味深長である。『無門関』第四十三則に首山竹箆(しゅざん・しっぺい)という公案がある:「無門は評して言う — 竹箆〔しっぺい — 禅道場の指導者が使う,竹でできた法具:私註〕と呼べば触れるし,竹箆と呼ばなければ背く。有語であることもできない,無語であることもできない。さあ言え,言え」(秋月龍珉『無門関を読む』講談社学術文庫,2002 年,47 頁)。

秋月龍珉によれば,「竹箆」を竹箆と呼ぶと「触れる」(ふれる,犯す,逆らう)というのは,「真如」(ありのまま)には,本来「名」はないと考えるからである。本来「名」のないものに「名」をつけてそれに執着して迷うのが衆生である。一方,「竹箆」は竹箆以外の何物でもなく,これを「金棒」などと呼ぶと「日常」は混乱する(「背く」)。じゃあどうすればいいのか。「さあ言え」と無門は詰め寄る。秋月は次のように解説している。

禅者〔無門:私註〕は衆生が「日常」の中に埋没して似而非なる「平安」に眠り込んでいるのを目覚ませようとして,「日常」の底にひそむ「危機」を見せるために,修行者を「極限状態」に追い込むのです。[ ... ] 我々一人一人が「即今なんと言ってもいけない」ところに立っていることに気づけというのです。[ ... ] こうした生死の「危機」に臨んで,避けず逃げずごまかさず,それと真っ向四つに取り組んで,この実存の大問題にぶつかってゆくのが禅の道なのです。
秋月龍珉『無門関を読む』講談社学術文庫,2002 年,48--9 頁。

知識というものがこの「名」に通暁することでしかない,となれば,そんなものは「知」ではないということも,これは教えているように思う。私は悟ったとはとても言えないけれども,この公案の意味は深い。
 

* * *

ラヴェルの歌曲集はよい CD がなかなか出ない。私の愛聴しているのはエリー・アメリンクのソプラノによるエラート版だが,もはや廃盤である。次の全集に収録された『マラルメの三つの詩』もなかなかよい。
 

ラヴェル歌曲全集
T.ベルガンサ,G.バキエ,J.ダム,M.メスプレ,F.ロット,J.ノーマン
EMIミュージック・ジャパン (1998-12-16)
 

ステファヌ・マラルメは,めちゃくちゃ名声が高いわりには,私にはそのまともな翻訳を読んだ記憶がない,そういう詩人のひとりである。神秘的なまでに難解なのがこの詩人の特徴なのだが,そうはいっても奇妙キテレツなフランス語を使っているわけではないのだから(学生時代に Gallimard nrf 版を必死こいて読んだ時期がある),もう少し素直な翻訳が出てもよいと思うのに,研究者が細部の意味を知るだけにわざわざ読みづらく訳しているものばかりである。『詩集』を収録していて,現在,元気に生きている版は,専門家向け(というより — 専門家ならフランス語で読むはずなので — 好事家向け)の,いたく高価な筑摩の全集だけのようである。マラルメというよりマラルメの骸骨にしか出逢えないかも知れないが,この版へのリンクを以下にあげておく。これで「すべての書を読んだ」気分に浸っていただきたい。これ以外で手に入る版は手頃なものがなく,私の書架にある岩波文庫版もいまや中古で探すしかない。この詩人がいまだにインテリの所有物でしかなく,本当は日本人に愛されているわけでも,理解されているわけでもない証左であろう。
 

 

私はキリスト者ではないが,しばしば聖書のことばに深い感動を覚える。この本はユーモアに充ちた語り口で聖書の名句・名言を説いてくれる良書だと思う。
 

 

『無門関』は中国宋代の禅僧・無門慧開和尚による公案集である。公案とは,禅の修行者に課される試験問題のようなもの。いわゆる禅問答。公案を生(き)でいただいてもまったく理解できないと思う。先達の解説とともに読むことをお勧めする。
 

 

それにしても,公案にはあっと言わせるものがある。指を切り落とされて悟る,次の第三則『愚胝堅指』は恐ろしい。

 愚胝和尚は,何か質問を受けると,いつもただ一本指を立てるだけであった。
 のちに,愚胝の寺に一人の小僧がいて,寺の外の人に,
「老師はどんな法を説くか」
 と訊かれて,和尚のまねをして同じように指を立てた。愚胝は,これを聞くと,小僧を呼んでその指を切り落とした。小僧は痛さのあまり大声をあげて泣きながら,室外に出ようとした。愚胝はふたたび小僧を呼んだ。小僧は振り返った。そのとき今度は愚胝が指を立てた。小僧ははっと悟った。
前掲書,65 頁。

岡田さん,可哀相

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サッカー W 杯代表が決定して,直前の期待感がいや増しに高まって来た。こういう楽しみを味わうことが出来るようになったことの仕合わせ。1993 年のドーハの悲劇も,1997 年のジョホールバルの歓喜もテレビに齧り付いて観た私は,日本が 4 大会連続出場を果たしたことをなにより凄いことだと改めて思う。

ところが,サッカーファンの W 杯への期待度がかつてないくらい低いという記事をよく目にする。岡田監督への批判が凄まじい。今日もサポートメンバー 4 人が発表されたが,その人選に対しネットの意見は否定的なものばかりである。やることなすこと腐されているという感じ。カズをなぜ呼ばないのか,などというほとんど自虐的にしか聞こえない声が結構多いのに驚く。どうも,すでに W 杯は日本のサッカーファンにとっては終わったも同然のようである。でも,勝負はやってみないとわからないわけで,日本チームにだって一縷の望みはあるわけで。これじゃ,岡田監督,選手たちがあまりに可哀相じゃないか。

負の期待感に覆われたこの雰囲気。ならば,自虐ネタで楽しむのも面白いのではないだろうか。自虐的予想で現実を見つめておくことにより,あらかじめ 3 戦全敗時の落胆のハードルを思いっきり低くしておく。これは精神衛生上,大人の振舞いではなかろうか。そうすると,もしも,もしもですよ,仮に,神風でも吹いて,我らが代表が 1 勝でもしてくれようものなら,その喜びも一入じゃあありませんか。

守備にミスの多い日本チーム。どうなるんでしょうか......

カメルーン初戦。日本は大舞台の割に落ち着いた無難な立ち上がりを見せたが,前半 30 分,ロングボールを入れられて闘莉王がエトーと競り合って抜かれそうになり,エキサイトしてついついケリを入れてしまう。一発退場。ブブセラの咆哮が一気に高まる。後半開始早々,ゴール前のせめぎ合いで内田が相手の足を引っかけてファウルを取られてしまう。その 10 分後,今度は長友がペナルティエリアでハンドを献上してしまう。こうしてなんとペナルティキックで 3 点を失う。結局,日本は初戦を 5--0 で惨敗してしまう。岡田監督:「ちょっと選手に硬さがあった。高地対策はしていたが,南アフリカはいま冬だということを忘れていた」。日本国内では「いまからでも監督を代えろ」との大合唱が起こる。

第 2 戦。対戦相手は強豪国オランダ。なぜかここに来て,スリーバック布陣のスターティングメンバー。前半 20 分,岡崎が倒され,ゴール中央 25 メートル付近でフリーキックのチャンス! 中村俊輔,本田圭祐,遠藤保仁が厳しい表情で話をしている。いきなり中村と本田がジャンケンをはじめる。なぜかアイコでしょが続く。ホイッスルが鳴るので,しようがないなあと遠藤がコロコロとフリーキックを蹴ると,なんとオランダのキーパーが — まるでウイイレかと思うばかりに — 逆を突かれ,ゴール。日本先制! 岡田監督は大喜び。しかし,それも束の間,わずか 3 分後,ロッベンに稲本,中澤,岩政がクルクルとかわされ,当たってもいないのに駒野が倒れるスキに(ロッベンの鼻息で吹っ飛ばされたのか?),ゴール右に同点打を突き刺されてしまう。ここでああ,またかという白けた空気のチームに漂うのが,テレビ画面から地球の裏側にいる日本サポーターにまでありありと感知される。後半に入り,スピードの落ちた日本はさらに 3 失点。うち 1 点は,DF がボールを回す一瞬の隙を突かれて横パスをインターセプトされたものだった。4--1 で完敗。結果は下馬評通り。岡田監督の談話:「先制した時点でスリーバックが生きて来ると思ったが,相手のフィジカルの強さは予想以上だった。ポゼッションはウチが 7 割くらいあった。一瞬を突かれた感じ。惜しかった」。2 戦連敗でグループリーグ突破は不可能となった。日本ではその数時間後,満員電車のサラリーマンの手にある東スポ 1 面には,次期代表監督騒ぎが伝えられる。怖い顔をした犬飼会長の写真の下には「もっとブーイングをしてほしい」とのキャプションが読める。なぜかマツコ・デラックスの写真もその横にあるが,コメントは残念ながら読み取れない。サラリーマンはというと,桃色ページを見ている。

第 3 戦。これまで 1 勝 1 敗,勝てばグループリーグ突破が決まるデンマークは,主力をベンチスタートで温存するという,日本を舐めきったスターティングメンバー。しかし,日本は開始早々からデンマークに攻めまくられ,防戦一方になる。第 2 戦までノーゴールだった岡崎のワントップに代えて大久保,玉田,矢野のスリートップで攻撃的布陣をとった日本は,意外にも矢野の体を張った守備などが光り,失点を免れて前半を終了。後半,焦ったデンマークは主力を投入。日本はベントナーとトマソンのマークに集中し過ぎたためか,後半 40 分,コーナーキックからフリーになった若い MF エリクセンに頭で押し込まれ先制されてしまう。残り 3 分,岡田監督は矢野に代えて期待のフォワード・森本を投入。日本に攻撃のリズムが出はじめる。ロスタイムに入り日本は,足の止りかけたデンマークに対し波状攻撃をしかけるが,アッガー,キアルの鉄壁センターバックにことごとく跳ね返されてしまう。張り切った森本は,DF ではなくキーパーを背負ってしまい,中村憲剛の絶妙なスルーパスはオフサイドの判定。手元の時計・ロスタイム残り 20 秒のところで,大久保がゴール 20 メートルの絶好の位置でファウルを得る。中村俊輔 — 第 2 戦のあのジャンケンで勝利を収めていたのだ — の黄金の左足に期待がかかる。はるばる日本から危険を承知でやって来たサポーターは,アフリカ人に対抗しようと日本から持ち込んだホラを吹きまくる。キーパー楢崎も,攻撃に参加しようとゴールを放り出して上がって来た。俊輔のフリーキックやいかに。

試合終了後,テレビ局にゲストで呼ばれていたイビチャ・オシム前日本代表監督がひとこと:「人生にも,サッカーにも,負け続けることがある」。アナウンサーは「このたびはこんな真夜中にお越しいただき,ありがとうございました」と丁重に感謝のことばを述べる。「いやいや,オーストリアにいると思えば普通の時間,時差ボケにならずにすんだ。おまけに日本は南アフリカと違って夏だ。それより,岡田監督の健康が心配」とオシム。画面には本田圭祐選手がタオルをかぶって横たわっている姿が映し出されている。なぜか両腕に高級腕時計を嵌めている。そこに,現地アナ(残念ながら男子アナ)からデンマーク監督の談話が伝えられる:「日本は凄い(fucking)チームだ。フォワードの守備能力,ディフェンダーの攻撃能力に驚いた。東洋の神秘を改めて思い知らされた」。どうもこのアナウンサーは,これを日本への賞讃だと勘違いしたらしい。デンマーク監督はこれ以外のこともたくさんしゃべったに違いないが,ここだけが紹介された。ちょうどそのころ,2ちゃんねるでは「W 杯戦犯を叩こうスレ」,「予選突破韓国・北朝鮮は審判を買収スレ」が真夜中にもかかわらず大盛況になり,とうとうサーバーがダウンしてしまう。

疲れました。なお,本サイトの記述はフィクションであり,実在する個人,団体等とは一切関係ありません。為念。とはいえ「人生にも,サッカーにも,棚からぼた餅がある」と信じて日本代表を応援したい。頼むぞー。

※付記

日本チームの最大の問題は,点取屋がいないとかそういう技術的な点ではないと思う。11 人のなかにリーダー的存在がまったくおらず,「チーム」をなしていないところではないだろうか。カズを呼べなどと愚かな注文をするのは,この意味で少し理解できる。でもリーダーとは,ピッチの外にいてはダメで,戦う過程でレギュラーのなかから選手の暗黙の総意によって自然と選ばれるべきものである。「カズ,川口,もしくは中澤,キャプテンよろしく」なんて,バカではないだろうか(そういう「頼まれ」リーダーは責任だけを負わされる不幸な存在である)。中村俊や遠藤,中澤あたりが本来ならこの役割を果たさないといけないのに,彼らはどうも自分のプレーだけを大事にする「性格」であって,リーダーの素質がまったくない。だから,わずか 1 失点でチームがガタガタになってしまうのだ。これが日本チームの悲劇ではないだろうか。宮本のような,ヘタクソだがキャプテンシーを発揮する選手が選ばれたジーコ監督の一時期,日本は素晴らしい実績を残したではないか。岡田監督の責任があるとしたら,この点だと思う。

あまりに悲観的な物語に,かつんと来た方,じつは私はあなたの側にいます。いまの可哀相な期待感のなかで「ベストフォー」という目標に,ファンは「ちょっとここだけにしておいて」風の白けを感じている人が多い(グループリーグのベストフォーということか? なんていう人もいる)。また,言葉尻を捉えられて,いまや「ハエ・ジャパン」とまで蔑まれている。ちょっと酷くね? ところが,本田圭祐選手はそこへもってきて「優勝をめざす」とぶち上げた。やっぱりアスリートはこうでなくちゃ。私はたとえ上のような事態になったとしても,W 杯日本代表チームを尊敬いたします。

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ISAO YASUDA。システムエンジニア。神奈川県在住。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
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