musicaの最近のブログ記事

今日,9 時少し前に帰宅すると,我が家ではすでに夕食が済んでいた。この時間だとテレビを観ながら皆で晩ご飯が通常だが,今日は私ひとりでいただいた。妻が,洗物をする BGM として,ドヴォルザークの 8 番の交響曲を掛けた。第三楽章のスケルツォ,あの哀愁を帯びた優雅さがやっぱりよい。味醂で味付けした鰆の焼魚が旨かった。
 

ドヴォルザーク:交響曲第8番&第9番
ヘルベルト・フォン・カラヤン (Dir)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ユニバーサル ミュージック クラシック (2003-10-22)

Facebook のスミルノフのページを訪れ,彼の『ヴァイオリン,チェロとピアノのためのトリオ作品 23・第一楽章』(1977)の YouTube 動画を発見。この作品は,彼の師であるエディソン・デニソフに捧げられている。ソヴィエト時代の作品としては自殺行為ともいえる前衛的な無調音楽である。集中力,密度の高い寡黙な音響というスミルノフ音楽の特徴が,この曲にもよく現われている。歌い出しにちょっとシュニトケ風を感じる人も多いと思う。

前衛的とはいえ,実験的ではない。西欧音楽とは一線を画した衷心さがある。弦のハーモニクスとピアノのモノローグ,悲痛な情感。なにか悲劇的な予感の高まり。ヒステリックなところのない,静謐なアンサンブルが美しい。

Posted by NewMusicXX.

この演奏は CD で入手可能である。ベルギーのレーベル MEGADISC からリリースされた "An Introduction to DMITRI SMIRNOV"(型番 Megadisc MDC 7818)。演奏は Patricia Kopatchinskaya (Vln), Alexander Ivashkin (Vlc), Ivan Sokolov (Pf)。ピアノ・トリオ以外にもヴァイオリン・ソナタほかスミルノフの室内楽が収められている。

smirnov-introduction.jpg

Facebook で Fugata Quintet からフレンドリスト追加へのお誘いがあった。Fugata Quintet はロンドン王立音楽院で学んだ若い五人のプレーヤーによる Nuevo Tango クィンテット。メンバーは Z. Nicolic (Accordion),A. Mavroudis (Vln),A. Hatzinikolaou (Guitar),A. Chaushyan (Pf),J. Opstad (Double bass)。

彼らの Web: http://fugata.co.uk/ を訪れると,その演奏が BGM に流れるので聴いてみるとよい。Á. Piazolla ピアソラに認められる,アルゼンチン・タンゴをベースにした楽天的な現代的アコースティックが特色のようである。Facebook の彼らのページには,彼らが歌手のすぐ近くで室内オペラを伴奏する,一風変わった舞台の写真も掲載されていて面白い。クラシック演奏家の名門・ロンドン王立音楽院を出た演奏家たちによる音楽だが,いわゆる古典音楽を連想すると期待が外れる。でもじつは,活きた音楽シーンはこのような若者たちが作るのである。

CD が出ていればぜひ入手してみたい。

ヴァイオリニスト・植田梨紗さんが日本デビューする。Facebook で案内をもらった。12 月 14 日月曜日,大阪・いずみホール。チャイコフスキイのニ長調協奏曲を弾く。藤岡幸夫の指揮,関西フィルハーモニーによる管弦楽。ネットで検索したところ,関西フィル Web サイトにも「辻久子門下生による三大ヴァイオリン協奏曲の夕べ」の広告が出ていた。

植田さんは D. Smirnov 作曲 Dream Journey 初演(2009.2.6,ロンドン王立音楽院デユークス・ホール)においてヴァイオリン・パートを受け持ち,素晴らしい現代音楽アンサンブルを聴かせてくれたのである。ロンドン王立音楽院で研鑽を積んでいた。辻久子の門下生だとは知らなかった。

残念ながら,平日の大阪という場所には行かれそうもない。次は東京でコンサートを開いて欲しいと切に願っている。

植田さんのほか,辻久子門下生二人,徳田雅子さん,藤盛祐輔さんがそれぞれメンデルスゾーン,ベートーヴェンの協奏曲を演奏する。ヴァイオリン・コンチェルトの名曲をまとめて聴くことができる。興味のある方はぜひどうぞ。

Facebook にあるドミトリ・スミルノフの頁を訪れて,誕生日メッセージのお礼をした。そこで,彼の夫人にして高名な作曲家エレーナ・フィルソヴァが,これまた現代ロシア音楽を代表する作曲家ソフィヤ・グバイドゥーリナのもとを訪れた際のフォトがアップされていた。こういうのを閲覧できるのが SNS のありがたいところ。日本では SNS のなかでは Mixi が圧倒的支持を得ているけれども,Facebook は,ワールドワイドの強みか,リゲティなどの作曲家や演奏家の頁,譜面が閲覧できる現代音楽コミュニティもあり,現代音楽好きには重要な情報源となる。請け合ってよい。

グバイドゥーリナの音楽は現代音楽とはいえ古典的な調性感があり楽器法も色彩豊かである。彼女はタタールの血を引くロシア人であるが,その音楽は現代ロシア音楽に特徴的な諧謔的ニュアンスが少なく,物語性を感じさせるダイナミズムがあり,現代音楽のキコキコ,スカスカ調が好きになれないひとでも楽しめるのではないだろうか。以下に彼女のヴィオラ協奏曲(1996 年)のレコードを挙げておく。ユーリイ・バシュメットによる名演である。ヴィオラの瞑想的なモノローグと狂のダンスとが印象的な曲である。
 

Kancheli: Styx; Gubaidulina: Viola Concerto
Yu. Bashmet (Vla), V. Gergiev (Dir),
Orchestra of the Mariinsky Theatre,
St. Petersburg Chamber Choir.
Deutsche Grammophon (2002-05-14)

ミッシャ・マイスキイの演奏によるバッハの無伴奏チェロ組曲を本当に久しぶりに聴いた。私は第二番と第五番が好きである。この曲の演奏はいくつも名演がある。私はムスチスラフ・ロストロポーヴィチ,ピエール・フルニエ,ミッシャ・マイスキイの盤がお気に入りである。なかでもマイスキイ盤には,ある特別な思い出がまつわりついている。

1985 年の春先,ソ連の最高権力者・共産党書記長コンスタンチン・チェルネンコが亡くなった。テレビを持たず新聞も購読できない貧乏学生であった私は,そのニュースを知らずにいた。札幌のまだ凍てつく下宿で,ロシアの文芸学者・文学史家ボリス・トマシェフスキイの詩論集 «О стихе»(『詩について』)を読んでいた。コーヒーをドリップする間に,NHK-FM を付けた。バッハの無伴奏チェロ組曲が流れていた。私は直感でミッシャ・マイスキイの出たばかりの盤だとわかった。一曲が終わったら,別の組曲が開始された。なにかおかしい。DJ なりアナウンサーなりの語りがなく,曲の演奏だけが延々と続く。なんの説明もない。すぐに,私は誰か貴人が亡くなったのだと悟った。ソ連では権力者が亡くなるとクラシック音楽をひたすらラジオで流すという話を思い出したのだ。そうか,書記長が死んだのだ。え,なんで? 就任してまだ少しじゃないか,本当か? でも,それは正しい判断だった。しばらくしてニュースがはじまり,チェルネンコ死去が報じられたのである。

異常な気分になり,トマシェフスキイどころではなくなったのを鮮明に覚えている。いま思うと,NHK はそういう放送局だったのだとへんな感銘を覚える。国際的最重要人物が亡くなろうと,このような放送は現在ではしないと思う。NHK にロシアの伝統を知る者がいたのだろう。それに合わせて哀悼の意を表したのだろう。「不可解」が国際情勢の緊張感を異様に高めるということが身に沁みた。「臨時ニュースを申し上げます」なんかより,観念させるようななにかがあった。

ソ連共産党書記長の死を告げるマイスキイのバッハ。もうひとつ強烈なのは,ミッシャ・マイスキイがソ連官憲によって投獄された経験を持つユダヤ系亡命ロシア人であったこと。そんなマイスキイの演奏でソ連の権力者の死を哀悼するなんて,NHK は端倪すべからざる意図を秘めた放送局だと思ったものである。そして,こういう歴史的事件の黎明の伴奏にはやはりバッハが相応しいと。チェルネンコを襲ったゴルバチョフはやがてソ連を解体させてしまい,冷戦は終局を迎えることになったのである。
 

バッハ:無伴奏チェロ組曲 全曲
マイスキー(ミッシャ)
ポリドール (1994-08-01)

井上陽水は私の好きなアーティストのひとり。1972 年にデビューし,1973 年『氷の世界』がヒットして有名になった。小学校 6 年のころ「心もよう」を耳にして,その歌詞にあるように「青い便箋」のようなうら悲しい歌に惹かれた。

学生運動の熱気が去って孤独に打ち拉がれた若者が世界に悪意を抱きつつ自分の弱さに苛立つ時代だったと思う。弱さは安易な集団的暴力と結びつくことがある。その当時,浅間山荘事件,三菱重工爆破事件など不穏なテロが頻発していたのである。陽水はそんな 1970 年代の荒んだ世代の敗北者精神を代表していたと私は勝手に思っている。

テレビでは我が国の将来の問題を
誰かが深刻な顔をしてしゃべっている
だけども問題は今日の雨 傘がない
井上陽水「傘がない」

1981 年,大学に入ったころ,「ジェラシー」がヒットした。「ワンピースを重ね着する君の心は ...」というような歌詞が,陽水らしいあの暗いわからなさを引き継いでいた。この曲を聞くと,国文学科に行った友人 M を思い出す。いつも坊主頭にしていて,ちょっと偏執狂的なところがあった。深夜に私の下宿をぶらっと訪ねて来ては「藤村の詩を読むと泣いてしまうんや」と金沢訛りで独言しながら,大真面目な顔で畳に座っていたものである。私の聞いたこともない 19 世紀ドイツ作家作品の,M による翻訳をよく読ませられた。そのころの私はビーダーマイヤー時代のドイツ小説は日本の私小説と同様つまらないものと誤解していたのだ。かと思うと彼は「裸の女二人が温泉に入るテレビ番組,あれ好きなんや」という一面も持ち合わせていた。私はこの深夜番組を見せてもらいに,よく同じ下宿の友人部屋に行った。私も大好きだったのだ。M はこういうところでへんに気が合う友であった。ドイツ人のように冗談を解さずまったく笑わない彼は,よく衿付シャツを重ね着していたのだ。彼は「不思議な世界を彷徨い歩いていた」のだと私はいまでも思う。

後輩の T は,露文研究室で学生同士話をしていると,ふといきなりギターを手に取って --- そのころは誰のものか知れないギターがどの研究室にも転がっていたのである ---「甘いくちづけ ... 遠い思い出 ...」とろうろうと歌い出すことがよくあった。ドストエフスキイに身も心も捧げた T の歌う陽水には凄みがあった。こいつ女にもてたのだ。いい男だった。そのころはギターで井上陽水や河島英五の弾き語りをする者が多かったのである。もうひとつ。農作業の手伝いをしたりその家の子供たちと遊んだりして,1週間ほど十勝で過ごしたことがある。そのとき一緒に行った同級生(三浪で大学に入った,風来坊のような男だった)は,宿泊施設(町の公会所みたいな掘建て小屋であった)で農家の子供たちとゲームをしたあとで,ギター片手に「心もよう」を歌って子供たちを神妙にさせた。

学生時代の思い出のなかでは,このように陽水の曲が流れていることが少なくない。井上陽水について語ることは感情のお里が丸出しになるような恥ずかしさがある。しかし,陽水的 70 年代の残骸のような者たちが暗い生き方をする(「ネクラ」と言われた)一方で,1980 年代は脇目も振らずバカ明るくてお金をもっている者たち(「ネアカ」と言われた)が我が物顔になった時代である。高校野球のような,皆が一律坊主にしてひとつの目標に向かって努力する集団的営みが鼻で嗤われる時代になったのである。努力,真面目はダサイものとなった。貧乏は恥となった。この「ネアカ」たちに圧倒的に支持されたのがサザンオールスターズである。ご存知のとおり,サザンはいまだにヒットを飛ばし,要するに JPOP の「勝ち組」であり,つまりは 1980 年代以降の日本人の趣味をある意味で決定づけたともいえる。

私はいまだにサザンより陽水を高く買っている(私は桑田佳祐も好きなんだけど)。あのサザンの時代・80 年代にこそいまこの現代の病巣があるとさえ思っている。ゆえに,私はいわゆる「負け組」である。
 

GOLDEN BEST
井上陽水
フォーライフ ミュージックエンタテイメント (1999-07-28)

"sator arepo tenet opera rotas" というラテン語の格言がある。いくつかの古代遺跡の壁面に刻印されているそうである。「種蒔く人は収穫を保有し収穫は種蒔く人を保有す」という意味である。これだけだとなんということもなさそうに思われるが,次のようにしるすとその驚くべき姿が見えて来る。

S A T O R
A R E P O
T E N E T
O P E R A
R O T A S

左上から右横,下方へ読んでも,右下から左横,上方へ読んでも(つまり逆から読んでも),さらに,左上から縦下に,右方へ読んでも,右下から縦上に,左方へ読んでも,同じ。しかも真ん中の TENET は上下・左右で回文をなし,十字架を形成する。

これは「魔法陣」と呼ばれるものである。クロード・ロスタンによれば,その起源,言語学的・宗教的意義について,学者の意見が一致していないという。それにしても,精巧にして不思議。くらくらして来る。

作曲家アントン・ウェーベルンはこの魔法陣に霊感を得て,12 音列を展開した曲を書いた。九つの独奏楽器のための協奏曲作品 24(1934 年)。音による点描のような断片的な無調音楽に聞こえるが,現代音楽好きは簡素な美しさに魅せられる。その枯淡の音像のなかにじつはこの魔法陣のような精巧な規則性があると思うと,くらくらして来る。

「種蒔く人は収穫を保有し収穫は種蒔く人を保有す」--- 私はこの格言を,クロード・ロスタンによるウェーベルンの作品論(クロード・ロスタン『ウェーベルン』店村新次訳, 音楽之友社, 1975 年)によって知った。ウェーベルンの短く緻密な音楽様式を象徴するに相応しい言ではないだろうか。しかし,上記のごとき魔法陣の神秘性を取り除いても,含蓄あることばである。私は仕事の上での座右の銘にしている。仕事とその成果との循環性を鼓舞しないと,日常性に耐えきれなくなってしまうのである。私はまた,この格言で弊 Web サイト・トップページを飾らせてもらっている。
 

Complete Webern [Box Set]

P. Boulez (Dir)
Berliner Philharmoniker
Ensemble InterContemporain
Emerson String Quartet, et al.
Deutsche Grammophon (2000-05-09)

午過ぎに起きてきて,ひとり遅い食事をとり,少し本を読み,FreeBSD で Emacs をいじくりまわす。今日もそんないつもの休日であった。夕方,バッハのマタイ受難曲,ブルックナーの 9 番を聴く。「マタイ受難曲を聴いた」と妻に言うと,--- 娘が横から「え? ママの体重が何キロか聞いたって?」。「信長殿も信長殿だがねね殿もねね殿じゃ --- お父さん,早口で言ってみて」。妻が掃除中,私の灰皿のチェブラーシカの首を折ってしまう。晩ごはんのあと,iPod で日本の旧き良き歌謡曲を聴きながら,食器洗いをする。山口百恵,上田正樹,南こうせつ,バンバンなどなど。学生運動潰えた世代の暗い曲の数々。ヒット江夏のケンケン,否「ひと夏の経験」に感じいって「モモエちゃん...」と独り言を漏らすベートーヴェン。そんな CM が昔あったな。訳わからん。

* * *

鳩山次期首相の組閣の話題でもちきり。半世紀ぶりの政権交代ということもあり,当然ながら,どんな体制になるか皆興味津々である。社民党と国民新党の両党首が入閣するそうである。参議院での協力を得たいため,大臣席でもって懐柔しようとしているらしい。民主党はあれだけ大勝したのだから,他の野党の顔色を窺う必要などないのではないだろうか。意見が合わなければ論戦すればよいのだ。選挙の結果からすれば社民党と国民新党が有権者の支持を得たとは言えない。そんな政党と連立政権を組むなんてナンセンスではないか。

* * *

陸上=南アのスポーツ担当相,『セメンヤ報道』に激怒」なる記事を見た。かの圧倒的強さを見せたセメンヤを「両性具有者」だとするオーストラリアのマスコミ報道に南アフリカの大臣が激怒したそうな。「第三次世界大戦もの」だなんて,そんな大げさな。

オーストラリアは日本にとって大事な国である。日本人の行きたい国のなかでも上位に入るのではないだろうか。しかし一方で,オーストラリアは昔から人種差別の酷い,つい先日まで白豪主義なる人種差別に囚われていた,思想的に遅れた国だ,というのが私の正直な認識である。オーストラリアでは,2005 年 12 月にも,シドニーにおいて中東やレバノン系の住民に対する白人暴動が発生している。いまだにこうなんである。米国の KKK などはもっと陰湿だが公的には徹底的に批判されているのと比較すると,人種差別が大規模化するところがオーストラリアの国情を物語っていると思う。また一方で,米国の反捕鯨団体・シー・シェパードの活動などを見ていると,オーストラリアという国は,環境問題にかこつけて人種差別をするこういうとんでもない愚連隊を政府が野放しにする国だとつくづく思ってしまう。捕鯨を生活の糧としてきた国は日本以外にもロシア,カナダ,ノルウェーなど数多くあるにもかかわらず,シー・シェパードが目の仇としているのは日本だけなのである(シー・シェパードの行為の対象がロシアだったらどうだろう。間違いなくロシア海軍によって直ちに太平洋に沈められてしまうはずである)。それは何故か。日本だけが黄色人種だからである。鯨の肉をかっ食らう日本人は土人と同じという訳か。鯨とカンガルーはどちらが旨いだろうか。

「セメンヤ報道」にも同じ人種的偏見を嗅ぎ取るのは私だけだろうか。中国や韓国という同族の意図的反日行動に怒りを覚える前に,こういうのをもっと叩いたらどうかね。

* * *

昨日は映画『キサラギ』を観て夜更かし。2007 年,佐藤祐市監督作品。主演は小栗旬,ユースケ・サンタマリア,小出恵介,塚地武雅,香川照之。アイドルおたく5人が彼女の死の一周忌に集まる。マンションで焼身自殺した彼女の死はじつは殺人だったというひとりの主張を巡って,5人の記憶をたどりつつ謎解き,ファン同士の掴み合いの喧嘩がはじまる。部屋のなかだけで進む謎解きストーリーは,『十二人の怒れる男たち』のような --- 登場人物はそれとはまったく対極にあるようなアイドル・オタクなんだけど --- 演劇風の緊張感に満ちていて,意外なくらい面白かった。

* * *

おっとそこへ最新ニュース。わが阪神タイガースが3位に浮上したらしい。このところヤクルトが絶不調。そのおかげでヤクルト,阪神,広島の三つ巴で「熾烈な3位争い」になっているらしい。今年の阪神の要約 ---「09 年は熾烈な3位争いを演じた」。レベル低。

* * *

瞬間接着剤でチェブラーシカ復活!

cheburashka.jpg

北園克衛詩のロシア語訳について先日メールのやりとりをしたニューヨーク在住のロシア詩人から,今日,連絡があった。掲載される予定の文芸雑誌 «Новая Кожа, 2009 No. 2»(日本語にすれば『新たなる皮膚』というのか。ニューヨークで発行されている independent なロシア語系雑誌のようである。米国に移住しても母国言語で創作活動の場を興そうというロシア人たちがいるのだと感心してしまった)の,彼の北園翻訳頁を PDF 版で送ってくれたのである。

冒頭に北園克衛のごくごく簡単な紹介文があった。伊勢で生まれたこと,エズラ・パウンドと文通をしていたこと,アヴァンギャルド雑誌 VOU 編集に携わったことが触れられていた。「モダニズムの古典的詩人」と評されていた。

訳は私がはじめに読んだものから少し変更が加えられていた。うれしいことに,頁の最後に私への謝辞が述べられていた。私の名が "литератураведа Исао Ясуду" と対格形でしるされ,しかも「文学研究者」なる肩書きが付されているのに,照れてしまった。Web サイトを公開していると時おりこういう貴重な経験ができる。

«Новая Кожа» の Web サイトはこちら。そのうち,Игорь Сатановский さんの北園詩翻訳がここにも掲載されるのではないかと思う。

kitasono_novaja_kozha_2009_.jpg

* * *

今週会社の夏期休暇を取った。それで昨日,妻と川崎駅周辺に買い物・食事に出た。Tower Records を何気なくぶらついていたら,前から欲しかった CD を 2 セット見つけ購入した。

ひとつはセルジウ・チェリビダッケがミュンヘン・フィルを指揮したブルックナー交響曲第 8 番ハ短調 1890 年ノヴァク版のライブ録音。私は彼の指揮によるブルックナーの CD を何枚も所有し愛聴している。EMI から 1998 年に出たシリーズが特に好みである。7 番と 9 番を発売当時すぐ手に入れたのだが,この 8 番は買いそびれてその後なかなか入手する機会がなかったのである。

ブルックナーのシンフォニーは一時期,ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルによるドイツ・グラモフォン盤をよく聴いていた。ところが学生時代 NHK-FM でチェリビダッケ,ミュンヘン・フィルのライブを聴きその集中力の高さと深い音場に心底感激して以来,チェリビダッケ録音ディスクを待望するようになった。彼は音楽の演奏を「一期一会」と見なしていたようである。録音を毛嫌いした。でも愛好家がそんな演奏を偲ぶ記録を手元に置きたい,というのも人情である。彼の死後,発売されたブルックナーの盤はその感動をもう一度再現してくれた。そのためか,私はもうカラヤン盤をまったく聴かないようになってしまった。

(カラヤンは 20 世紀の大指揮者である。けれども,私にとっては彼の録音は「どれもこれも」優れていて好みの演奏であるにせよ,そのうち個別曲の演奏において彼を圧倒的に凌駕する指揮者の盤が登場し,私にとって最高の盤といえるものがほとんどなくなってしまう,そういうタイプの名演奏家である。モーツァルト,ベートーヴェン,ブラームス,チャイコフスキイ,マーラー,ブルックナー,等々どれも一流であるが「私にとって最高」と言えるのものが残念ながらほとんどない。リヒテルと組んだチャイコフスキイのピアノ協奏曲くらいか。)

Bruckner 8
S. Celibidache(Dir), Münchner Philharmoniker
(Live recording: 12 & 13 Sept. 1993)
EMI Classics (1998-09-30)
 

もう一枚は巌本真理弦楽四重奏団による待望のシェーンベルク室内楽 CD 化である。私はこれまでずっとこの録音をアナログ LP で聴いて来た。Tower Records が企画し,復活させてくれたらしいのだ。1972 年の録音。

この盤ほど気合いの入ったシェーンベルクを私は聴いたことがない。少し解釈の重く生真面目すぎるきらいがあるが,長野羊奈子のソプラノの迫力は凄い。ジュリアード,ラサール,アルディッティよりも私はこの盤を上に置いているのである。このカルテットがシェーンベルクの全集を録音していてくれたらと残念である。

シェーンベルク:浄夜 & 弦楽四重奏曲第2番
巌本真理弦楽四重奏団,
江戸純子(Vla),藤田隆雄(Vlc),長野羊奈子(S)
TOWER RECORDS EMI CLASSIC (2009-03-04)

最近,息子が受験生らしくなって来た。どうもガールフレンドに振られたらしい。時折,ぶつぶつこぼしている。気にするなと妻が慰める(私が学生のころ,ガールフレンドの話題が出ると,母には「孕ませたらアカンで」みたいなことばかり言われたものだが)。その一方で,お笑い番組を観てはバカ笑いをし,タレントや祖父母の物まねをやって家族を笑わせている性格は,誰に似たのか。その明るさには我が子ながら感心してしまう。

いつのまにか,子供も大きくなってしまった。なんて感傷に浸っていると,子供たちがまだ幼児だったころ,会社に行く前に『ひらけポンキッキ(ポンキッキーズ?)』や『おはスタ』などの朝の子供向けテレビ番組を,子供たちといっしょによく観てたなあとふいに思い出した。十四,五年前か。

『ポンキッキ』ではブレークする前の鈴木蘭蘭と安室奈美恵とが,ふたりしてうさぎの着ぐるみを着て,「まーさかり・かーついだ・きーんたろおー」と歌っていて愛くるしかった。バックダンサーを引き連れて「Body Feels EXIT!」とカッコ良く歌う安室を観たときは,「あれ? ポンキッキのお姉さんじゃんかー」というのが我が家の反応だったのである。その後,いろんなことが変わってしまった。

『おはスタ』はいまもまだ続いているようである。私の記憶にある『おはスタ』では,司会の山ちゃん(『新世紀エヴァンゲリオン』加持リョウジ役の,しかし加持リョウジにはまったく似ていない声優・山寺宏一)が,「レイモンドだよー」なる黒人タレントとともに,朝に相応しい元気なしゃべりでかしましかった。ポケモンが大流行したころである。「おはガール」という看板娘が日替わりで登場し,そのなかには『スポルト』のフジテレビ人気女子アナ・平井理央もいたことを知っているひとはどれだけいるだろうか。「おっはー」というチョー軽い挨拶が番組の合い言葉であった。『学級王ヤマザキ』という短篇アニメのコーナーがあって,この王様ヤマザキは「おはよう」のことを「おっぱいよー」といっていた。まあ,そのくだらなさが想像できると思うが,私は子供とおもしろがって観ていたのだ。おっはー。おっぱいよー。あぁあ。

最近,テレビで AKB48 なる大勢の若い娘さんたちが歌って踊っているのを観て,「エーケービー・シジュウハチ?」という私は,子供たちに失笑される始末である。「フォーティーエイト!」--- でも 48 人もいないじゃないか。なんかの四十八手をもっているのか(と,下品な口がちょっと滑ってしまう)。「じゃなくて,いろんな女の子がいるってことだよ!」--- あぁあ。なんだ昔のオニャン子か,というのは呑込んだ。

文章がうまくなりたいと思わない者はないだろう。誰しも一冊や二冊はその指南の書を手にしたことがあるのではなかろうか。私も高校生のころから,そのテの本をそれなりに読んで来た。「うまく」書けるようになりたいと。しかし,大学を卒業し,勤めに出るようになって,文章に対する考え方が根本的に変わった。自分の思想(というか「思考」)を簡潔に,明快に,わかり易く書くことが第一目標になった。「個性」,「表現」,「文体」というものが,なるたけちらつかないようにすること。

その過程で,文章の書き方についてしるした本についても評価がまったく変わってしまった。昔は作家が書いた『文章読本』を有り難がって読んだものだが,いまは十中八九,それらはその作家個人の単なる趣味の域を越えず,その多くはただの「たはごと」だと考えるようになった。要するに,丸谷才一や三島由紀夫などの『文章読本』を読んで,吹き出してしまうようになったのである。偉い作家の「書き方」が優れた文章指南の本としてまかり通っているから,文学をやった者が世の中にバカ者(でなければ気取屋)扱いされるのだと,真剣に考えるようになったのである。

それとともに,日本の国語教育のレベルの低級さがいや増しに感ぜられるようになった。作文では自分の「思っていること」をうまく「表現」し「個性的に」書くことが尊ばれ,起承転結などという「はぐらかし」文章構成法がもてはやされ,まあ要するに,個性もないのに個性的たろうとするバカを養成するのが学校の作文教育の目的であるように思われて来た。テーマの取扱い方・絞り方や,誰もが則るべき規則,事実と意見の書き分け方などの,どちらかというと没個性的な言語構成法をどうして子供たちに徹底的に仕込まないのかと思うようになった。

その一方で,埋め草や文学的な言い回し(要するに「表現」への指向)を排して,言いたいことの優先度を整理し,目的の実現に最大限奉仕するようパラグラフを構成し,わかり易い言葉を選びかつ一貫させることが,私の作文(というか仕事などでの資料作り)の主眼となった。そこには「雰囲気」,「空気を読ませる」,「陰翳」などの無意味な意図を絶対に潜り込ませてはならない。そんな「文芸」からもっとも遠いマナーを尊ぶようになった。いまの私にとって文章指南の最高の書籍は,木下是雄著『理科系の作文技術』(「理科系の」という表題が大いなる皮肉である)と M. J. アドラー・C. V. ドーレン共著『本を読む本』(後者は「読む立場」から書かれているが,逆にそれに答えるような書き方を教えてくれるのである)。この二冊につきると思っている。

R. J. ウィンジェルの著書『音楽の文章術』(宮澤淳一・小倉眞理訳,春秋社,1994 年)は,音楽という芸術に関する記述においても,幼稚な比喩や文学的言い回しで陽動するのではなく,「音楽についての考察」,「音楽の内部で何が起こっているのか」を思慮深く明晰に書かなければならないと述べている。音楽の感動を文章にしるすとなると主観的にならざるを得ない。昨日私の書いたブログ記事の「メンデルスゾーンの音楽は,自己主張の少ない慎ましやかなものだが,衷心さが心を打つ」なんてのも,ただの主観的書き散らしに過ぎない。それでも,音楽について公的になにかを主張したいという場合,やはり主観から客観に重心を移すべきであって,本書はそのための指南になっている。

音楽について書くのは難しい。そのため,音楽について実際に考察するのを避けるために,陽動作戦に訴え,まったく関係のない内容でページを埋めてしまう人がいる。... そういう文章の書き方について触れるのは,物笑いの種にするためではない。われわれが避けたい文章の書き方とはどのようなものかを明らかにするためである。なお断っておくが,これから挙げる例は直接的な引用ではなく,私が読んだことのある文章に手を加えたものである。...
...... ヴィオラはみずからの簡潔な主題によってさえぎろうと懸命になるのだが,木管楽器群はそれに心を動かされることなく,引き続き自分たちのおしゃべりを続ける。しかし,最後に金管楽器群が決着をつける。ほかのすべての楽器をかき消して,本来の秩序を回復させるのである。
あまり意味のない内容にいつまでも関っていても仕方がない。この文章は音楽について何も語っていない。凝ったつもりなのだろうが,楽器の擬人化は,有益どころか幼稚である。
リチャード J. ウィンジェル『音楽の文章術』春秋社,pp. 5--6.

引用を含む長い引用でいただけないけれども,ここで「物笑い」になっているような文章を『レコード芸術』などでいやというほど読まされた方は,頷かれるものと信ずる。私には喝采ものである。「陽動作戦」を排する --- 肝に銘じたい。

ウィンジェルの本は,音楽学の学生に向けて書かれた実践的なものである。しかし,主観的なる芸術について真実を求めて書くという姿勢において,書くこと一般について示唆に富む一冊である。

音楽の文章術―レポートの作成から表現の技法まで
リチャード・J. ウィンジェル 著
宮澤淳一,小倉眞理 訳
春秋社

言及した,私のイチ押しの本も挙げておきます。

本を読む本 (講談社学術文庫)
M. J. アドラー,C. V. ドーレン 著
外山滋比古,槇未知子 訳
講談社

一昨日の夜だったか,NHK でライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団演奏会の録画放映があった。オール・メンデルスゾーン・プログラム。ライプツィヒ・ゲヴァントハウスはメンデルスゾーンゆかりのオケである。交響曲『イタリア』,ヴァイリン協奏曲を視聴した。指揮はそれぞれ,リッカルド・シャイー,クルト・マズア。ヴァイオリン独奏はアンネ・ゾフィー・ムターという豪華な顔ぶれ。

メンデルスゾーンの音楽は,自己主張の少ない慎ましやかなものだが,衷心さが心を打つ。それにしても,『イタリア』ってこんなにいい曲だったっけー,と感動を新たにしてくれる演奏会であった。今年はメンデルスゾーン生誕 200 年の年だそうである。

以下の盤は私のお気に入り。

Mendelssohn: 5 Symphonies; 7 Overtures
C. Abbado (Dir),
London Symphony Orchestra.
Universal (2002-05-14)
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調
N. ミルシテイン (Vln),
C. アバド (Dir),
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団.
ユニバーサル ミュージック クラシック (2006-11-08)

今日は中学三年になる娘のバレーボールの試合だった。市のベストエイトが決まる日だった。浜川崎にある中学校の体育館。顧問の先生にご挨拶した。自身母親の身でありながら,休日,夏休み関係なくクラブで子供たちを指導している。私には,まったく頭の下がるタイプの先生である。

私は久しぶりに iPod を持参し,音楽を聴きながら,他の学校の試合含めバレーボール観戦を楽しんだ。バルトークの弦,打楽器とチェレスタのための音楽,ヴァイオリン協奏曲,弦楽四重奏曲全六曲を聴き通した。意外とノリがよかった。レシーブに秀でた娘のチームは三戦全勝で,見事ベストエイト進出を果たした。私にはセッター選手のプレーが光った。

そのあと,浜川崎まで来たついでに,海が見たくなった。川崎に移り住んでからもう二十年近くなる。そのうち一度は行ってみたいとかねがね思いつつ,果たせなかった臨海地区の散策を思いついた。

浜川崎駅は JR 南部支線の終着であり,JFE(東日本製鉄所,すなわち,かつての川崎製鉄)の工場に接していて,JR 貨物列車も入って来る。しかし,なんと無人駅であった。Suica の簡易改札をはじめて目にした。この大都会の,なんというか,陥穽に入った気分。自宅からの往路は南部支線駅で下車したが,臨海方面に行くには,道路を隔てた JR 鶴見線に乗り換えなければならない。駅舎のそばの植え込みに猫親子がいた。

1-hamakawasaki-1.jpg

ところが,鶴見線の無人のホームに立ち,次の列車の時刻を確認したら,50 分後。なぬ! 夕方少し前の時間帯は 1 時間に 1,2 本なのである。JR 東日本はこの 4 月から全面禁煙になったはずだが,この駅はまだホームの端に喫煙コーナーがあった。ベンチに座って狭いホームでひとり煙草を吹かす。持参した C++ 言語の本を読む。すぐ目の前に東日本製鉄所の錆び付いた工場が広がっている。

このあたりは,昭和二十年代〜四十年代くらいは破竹の勢いで鉄鋼・重化学工業が躍進し,労働者で溢れ返っていたはずだ。中学を卒業した少年が田舎から出て来て,ただひたすら働きに働く姿。周囲には,煤煙凄まじい工場のほかはなにもない。若者は月に一度,週末,女を買いに川崎の歓楽街まで足を運ぶくらいしか,楽しみがなかったかも知れない。そんなことを想像した。『あしたのジョー』の川崎。

1-hamakawasaki-2.jpg

目指すは海に臨む海芝浦駅。車内はほとんど客がいなかった。元気な中国語が聞こえて来る。鶴見線・浅野駅。ここで,もう一度乗り換えが必要である。浅野駅もやはり無人駅。次の電車は 1 時間後である。駅の佇まいはまるで,かつて見た北海道の赤字ローカル線のようであった。十勝・士幌は周りにジャガイモ畑,ビート畑,麦畑,広大な林が広がっていたのに対し,こちらは工場,倉庫,高圧電線が錯綜している。なのに,のどかな雰囲気はなぜか共通している。潮の香りがする。青緑の見事な揚羽蝶が舞っている。黒猫が二匹いた。振り返るとクロネコヤマトの倉庫のロゴ。吹き出してしまう。白い服のお婆ちゃんが突然現われて猫達に水をやり,毛並みを整えはじめた。いつも世話をしているひとらしい。

2-asano.jpg

終着・海芝浦駅に到着。海に面した珍しい駅舎ではないだろうか。東京湾に開けた運河。向かいに首都高速湾岸線のベイブリッジが見えた。海の饐えた臭いはあまり快適ではなかった。手すりのすぐ下の海面は濁りに濁り,灰汁のようなものが縞模様に集まり,そのあわいをクラゲがたくさん漂っていた。欄干に凭れ,煙草を吹かし(この駅にも喫煙場所があった),しばらく海を眺めた。誰もいない。来てよかった。バッハのイタリア協奏曲 BWV 971 とコラール前奏曲 "Ich ruf'zu dir, Herr Jesu Christ" BWV 639 をちょうど聴き終えたころ,東芝の社員と思われる人達がぞろぞろ現われた(この駅は東芝敷地内にあり,社員でないと出ることができないらしい)。時計を見ると鶴見行き出発時刻にあと少しだった。

3-umisibaura.jpg

帰り,鶴見から川崎に出た。買い物客で溢れ返るメガストア・川崎 LAZONA に立ち寄り,丸善で二冊本を買った。汗だくになり,腹が減ってどうしようもなかったので,惣菜屋でコロッケを二個,買食いした。約 8,000 歩の散歩だったが,これでダイエットのためのカロリー消費はすべて無意味となった。


より大きな地図で 川崎臨海地区 を表示
* * *
Béla Bartók: The Miraculous Mandarin; Music for Strings, Percussion & Celesta
P. Boulez (Dir), Chicago Symphony Orchestra.
Deutsche Grammophon (1996-04-09)
Béla Bartók: Violin Concerto No. 2; Rhapsodies Nos. 1 & 2
Kyung-Wha Chung (Vln), S. Rattle (Dir),
City of Birmingham Symphony Orchestra.
EMI (1994-05-24)

出版社に勤めている妻が珍しく出張。イベントを札幌でやるらしい。札幌は,私も妻も学生時代を過ごした土地。1日余計に遊んで来ることに。それで,私はやかましい子供たちと3人で日曜日まで過ごす訳である。

夜,店屋物の中華を3人で食いながら,テレ朝の「ミュージックステーション」を観る。私は JPOP にそれほど関心がない。Perfume が出て来て,子供たちは熱心に観ている。初音ミク以上にロボット風のボーカルが特徴の,テクノな,個性的な3人組の娘たち。よくこんな声が出せるものだと感心。「学校にアーチャンのファンがいるの,筋金はいってんの。なんでノッチじゃないのかな」と娘が言う。「アーチャン?」---「真ん中で歌ってるゴリラみたいな顔した子」---「ひでー,お父さんにはそうは見えんけど」。そのあと,これこそゴリラともいうべき,矢島美容室なる,とんねるずユニットが登場して来て,メシがまずくなった。

* * *

詩人・翻訳家だというロシア人からメールを受け取った。北園克衛の詩をロシア語に翻訳したのだが,原文と比べておかしな点がないか,意見がほしいとの相談だった。もっと適任者がいそうな気がするけれども,彼は,私の Web サイトで Кацуэ Китасоно の名前を見いだして,ロシア語と北園克衛との論理積条件に適合した唯一の人物として,私を買いかぶったようである。

『煙の直線』,『BLUE』からの数編のロシア語訳。日本の現代詩を楽しもうという外国人がいるとは想像もしていなかったが,興味深いことには違いない。John Solt 氏の手になる英語訳をベースに各国語に翻訳するプロジェクトが進行中らしい。ロシア語訳も重訳である。ざっと見たところ,少なくともとんちんかんな翻訳ではなかった。北園の前衛詩はリアルからの遁走であって,ある意味「誤訳」なんてありえない性質だともいえるから,私はじつはあんまりロシア語の問題についてぐだぐだ言うつもりはないし,その資格もない。そういうことで,思いついた点を書き送ってあげるだけにしようと思う。

鳩山邦夫総務相が「正しいことを貫く」だのなんだの宣わって辞任した。郵政のトップ人事における意見の相違を理由に,大臣の役職を蹴ってよいものなのだろうか。国政を舐めていやしないか。北朝鮮に対する強い国連制裁決議を導き出し,株価も一万円台を回復しようかという --- 政策の効果が現われはじめた --- いま,政策・政権の安定化を果たすべきときに,選挙を目前に控えて,このざまである。腹の煮えくり返った麻生総理の談話が印象的であった。選挙を睨んだ正義の演技者,この偽善者,裏切者をどうしてくれようか。私が権力者ならこの裏切者を徹底的に「X正」するだろう。麻生総理は「自民党総裁」,「内閣総理大臣」という地位がいかに恐るべきものであるのか,国政を軽んずるこの括弧付き英雄に思い知らせてやればよい。

* * *

今日,娘のピアノ練習に付き合った。先日その楽譜を買ってやった吉松隆の『プレイアデス舞曲集』から,「過去形のロマンス」を弾いてくれた。ピアノ教室でのいまの課題曲は,モーツァルトのピアノソナタ・ハ長調 K.545,バッハの前奏曲とフーガ・ロ短調 BWV 869 なんだそうである。後者はバッハ作品のなかで私のもっとも好きな曲であり,娘はそれで選んだらしい。どちらも,まだまだのでき。

娘の誕生日プレゼントに吉松隆の『プレイアデス舞曲集』を選んだ。『プレイアデス舞曲集』はどれも愛すべき小品である。そのなかから,門光子の演奏で知った6つのロマンスを収録しているシリーズ III,IV,V の楽譜。それと吉松作品の演奏で有名な田部京子の CD。

プレイアデス舞曲集
田部京子 (Pf)
コロムビアミュージックエンタテインメント (1996-05-21)

2 日,忌野清志郎が亡くなった。また逸材「だけ」が消えて行く。日本のロックやポップスがナツメロもしくは CM ソングに成り果てようとしているいま,団塊世代の懐古趣味が横行する腐ったこの日本の音楽シーンにあって,前上方をきちんと向いている尊敬すべきロッカーだった。ご遺族には申し訳ないが,冥福なんかせず恐ろしい亡霊になってこの世界の上空を回っていてくれと私は願う。

今日,娘のピアノ発表会があった。私は昨日深酒をしてしまい,今朝頭痛が酷くてならなかったが,Google マップで場所を確認して出かけた。会場は,新横浜にある横浜ラポール・ホール。横浜ラポールは横浜市総合リハビリテーション・センターの一角にある施設である。身体に障害のあるひと,お年寄り,子供たちが卓球やボーリングに興じていた。なかなか立派な中規模ホールが同じ館内にあった。Steinway & Sons 製の豪華なコンサート・ピアノが設置されていた。いままでのホールはどこも YAMAHA か KAWAI だったので,「金持ってんなー」と思わずにおれなかった。

娘はシューベルトの Impromptus OP. 90-4 As-Dur を弾いた。暗譜で破綻なく弾き終えたけれど,練習不足がありありとわかった。「トリオの途中で譜を忘れちゃった。ほんとに即興しちゃった」と娘はケロリとしていた。だとしたら,ある意味で誉めてやってもよい。「折角シューベルトの名曲を練習したんだから,レパートリーにしなくちゃ」と私。去年ショパンの即興幻想曲を奏でた女性が今回参加しておらず,私は少しがっかり。

横浜ラポールは日産スタジアムのすぐ隣である。帰り,新横浜駅に向かう途中,横浜Fマリノス対ジュビロ磐田のサッカー・ゲームに向かう大勢のひととすれ違った。頭痛で悩ましい私はさっさと帰宅したかったけど,娘は大規模ドラッグストアで買い物をするといって聞かない。年頃の女の子はドラッグストアで安物コスメなんかを漁るのがほんと好きなんである。

20090429-piano.jpg

尾高賞 30 周年記念 N 響コンサート '82 の録音を聴く。CBS ソニーから出たアナログ・レコード『日本の現代管弦楽作品集』。これは,山田耕筰,近衛秀麿から伊福部昭,芥川也寸志を経て,一柳慧,吉松隆に至る日本現代音楽の回顧展ともいえた。指揮は外山雄三,管弦楽は NHK 交響楽団である。

私はこのコンサートを NHK によるテレビ中継で観た。吉松隆という才能の登場に大いなる感激を覚えた,私の記憶に残るコンサートだった。吉松隆『朱鷺によせる哀歌』は,鳴き交わし羽音をたてる朱鷺と,その背景にある荒涼とした雪原を,幻想的にイメージさせる傑作だった。なんと切ない美しさだろうか。この感情はモーツァルト,ベートーヴェン,マーラー,シェーンベルクにだって表現することができない。時代に生きる者の心の琴線に触れるのはやはり現代音楽,同時代の音楽なのだと思い知った。吉松は武満徹を襲う唯一の作曲家だと,私は確信したのである。

このレコードに収録されている曲で,私は三善晃の『ヴァイオリン協奏曲』もお気に入りである。数住岸子によるヴァイオリン独奏は,この曲のよい新録音がない(1960 年代の,黒沼ユリ子,海野義雄の独奏によるレコードしかない!)なかにあって,最高の名演である。いまやこの録音が絶版となってしまい,入手できないのは残念である。敬愛する女流・数住岸子のディスコグラフィーにおける,私にとっての最高の盤のひとつ。

modern_jp_music.jpg

吉松隆『朱鷺によせる哀歌』は BBC 交響楽団の演奏で以下の CD が入手可能である。私は上の NHK 交響楽団によるライブ演奏が忘れられない。

※ 4/30 付記

Amazon で調べたところ,『日本の現代管弦楽作品集』は CBS ソニーから CD が発売されていた。ただし,こちらも品切れのようである。参考までにリンクを貼っておく。中古はプレミアが付いてバカ高い。再リリースを待った方がよさそうである。

現代日本の管弦楽作品集



 
外山雄三 (Dir),数住岸子 (Vln),堤剛 (Vlc),木村かをり (Pf),
NHK 交響楽団
ソニーレコード (1991-01-21)

Profile

ISAO。システムエンジニア。昭和 30 年代を懐かしむオヤジ。ロシアに興味があります。
[more], [About our site]

Notice

この文書はフィクションであり,実在する個人,団体等とは一切関係ありません。

文書の記述内容は無保証です。不適切な表現があればコメントにてご指摘ください。

管理者が公序良俗に反すると判断したコメント,トラックバックは,断りなく削除される場合があります。

Links

About this archive

All Entries of Category musica

Previous: misima

Next: ロシア・スラヴ

Recent Entries in Main Index.
All Entries in Archive Index.

Web Pages

Powered by Movable Type 4.1